今、私達がいるのは、三日月の形をした島に造られた前進基地の一つだった。
いや、前進基地跡と言った方が正確かな。
どの施設も見た目はボロボロ。激しい攻撃を受けたのは明らかだった。
そこを何とかごまかして使ってるって感じだ。
とりあえず顔合わせを終えた私は、次に司令部へと案内された。
まあ、簡単に言ってしまえば、戦闘時に指示を出す場所だ。
そこを主に取り仕切っているのが軽巡洋艦大淀。
基本的に大淀は直接戦闘には参加せず、ここで支援に徹する。
それには当然理由があり、どうやら艦娘達は、艤装時に互いに音声通信が可能なようで(と言っても、艦娘の声を他の艦娘が電探などを使って拾うと言った方が近い)その声を拾う範囲が一番広い艦娘が大淀なんだそうだ(どうやらこの能力は、装備している電探の性能よりも、艦娘個人の能力によるところが大きいらしい。まあ、艦娘の中で大淀が一番耳が良いと思っててもらえればいい)。
だから基本的には、近距離であれば互いの通信能力で音声通信できるが、距離が遠いと大淀は電信で、相手側は音声で通信する、ということになる(もちろん、大淀の能力が及ばないほど遠距離の場合は、両方電信)。
しかし虚無の出現以降、どうやら艦娘同士の通信を妨害する深海棲艦や、滅多に遭遇しないらしいが、艦娘の無線を傍受するタイプの深海棲艦も現れたらしく、相当苦戦しているようだ。
司令部の次は提督室へ案内すると言われた。
うーむ。しかし……
私は、提督室へと向かう道すがらずっと、前を歩く翔鶴を見つめていた。
別にもう一度、翔鶴のスカートを捲りたかったわけじゃない。
ただ、翔鶴の体の周りを覆う線(?)……というか、靄のような物が気になったのだ。
翔鶴だけじゃない。他の艦娘達もこの靄のようなものを纏っている。
触れようとしても触れられないし。
うーむ。とても気になるけど、見えているのが私だけだったとしたら、どう考えても、ちょっと頭がおかしいとか思われちゃうだろうしな~。
「あの、提督……」
「えっ! 何?」
「先ほどから、やたらと怪しげな視線を感じるのですが」
「おおっ! すごいわね、翔鶴! 後ろにも目があるの?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、またスカートを捲られるのではと」
そう言って、翔鶴がスカートを押さえる。
「えっ! 捲ってほしいの!」
「違います! 人を露出狂みたいに言わないでください!」
「あはは、冗談よ。ゴメンゴメン」
「まったくもう」
「だからゴメンってば。ところで翔鶴、一つ聞いていい?」
「何でしょう?」
「アンタさっき、残っている艦娘は二十人だけって言ってたわよね?」
「……はい」
「その、さ。新しくその~、ふ、増やしたりはできないわけ?」
「無理ですね。言ったでしょう? 残っている艦娘は、もうわたし達二十人だけだと。増援などありえないのですよ」
「そうじゃなくてさ、その~、新しくつ、造ったりとかは……」
「…………」
私の言葉に翔鶴が口を閉ざす。
な、なんかマズいこと聞いちゃったかな。
「それも無理です。開発資材がありませんから」
「……そ、そうなんだ」
「もちろんそれだけではありませんが……まあ、その話はまた追々しましょう。着きましたよ」
翔鶴にドアを開けてもらい、中へと入る。
うわっ! 何これ! 超埃っぽい!
「……すいません。提督室はずっと使っていなかったものですから……」
そう言って、翔鶴が全ての窓を開放する。
「と、とりあえず、私の初仕事は、ここの掃除ってことになるのかしら?」
「いえ。それにはおよびません」
そこで翔鶴が、どこから取り出したのか小さな鐘を取り出し、チリリンと音を鳴らす。
すると、ドアからひょこひょこと三十センチくらいの小人――妖精さんが入ってきた。
妖精さん達は、規則正しく整列し、翔鶴に敬礼する。
「ご苦労様。早速だけど、この部屋のお掃除をお願いね」
翔鶴の指示に再度敬礼でこたえた妖精さん達が、ちょこちょことミニチュアサイズの掃除道具を取り出して、辺りを掃除し始めた。
「ねえ、翔鶴――」
「あら、ごめんなさい。別に独り言を言っていたわけじゃないんですよ。ちょっと妖精さんにお掃除を頼んでたんです」
「ふ~ん、すごいのね~、妖精さんて」
ゲームでも出てくるから、一応知ってはいる。
様々な艦娘の行動をサポートする不思議な存在、それが妖精さんだ。
「ええ。こう見えても、わたし達を支えてくれる頼もしい存在で、日常生活の手伝いはもちろん、戦闘時なんかは艦載機にも乗り込んで、わたし達に様々な情報をもたらしてくれるんです。その際は、意識を繋ぎ合わせて視界を共有できたり……えっ!」
そこで翔鶴の顔が驚愕に染まった。
「提督、もしかして妖精さんが見えるんですか?」
「いや、見えるも何も……」
私は、周りをチョロチョロと動き回っていた妖精さんの一人を捕獲して翔鶴に示す。
「こんなにたくさんいるじゃない」
「…………」
翔鶴が、顔に驚愕を張り付けたまま固まった。
「し、信じられない……。今までの提督は、妖精さんを掴むことはおろか、見ることすらできなかったのに……」
「いや、見えてたけど見えないフリしてただけじゃないの? こんな不思議な生物、普通は驚いて触れないでしょ」
そう言いながらも、私は捕まえた妖精さんのほっぺをプニプニと突く。
妖精さんは、嫌そうに手足をバタバタさせていた。
「そんなはずありません! 妖精さんは、わたし達、艦娘にしか見えなかったんです!」
「ふ~ん。あっ、そう」
そんなこと言われても、私にはそうとしか答えられない。
「まっ、定番のご都合主義ってことでいいんじゃないの」
「ごつごうしゅぎ? 何ですか、それは?」
「いいの。気にしないで。ところで……」
私は、翔鶴が呼ぶ以前から(もっと正確に言えば、私が目覚めた当初から)私の周りをチョロチョロと浮いている妖精さんの一人を指差した。
「こっちの妖精さんは、アンタが呼んだのとはちょっと違うみたいだけど……」
「えっ! そこには誰もいませんよ」
翔鶴が困った顔で首を傾げる。
「いや、いるでしょ。何か宇宙服っぽいのを着た妖精さんが何人も」
「もう、提督ったら。やっぱり見えてないんですね」
「いや、見えてるって。さっき掴んだじゃん」
「あれはたまたまでしょ。もう、ビックリさせないでください」
「だから、たまたまじゃな――」
グゥ!
そこで盛大にお腹の音が鳴る……私の。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う私と翔鶴。
「……わ、私じゃないわよ」
「そうですか。わたしでもありませんけど」
「…………」
「…………」
その空気に耐え切れず、私は頭を下げた。
「……ごめんなさい。私です」
「クスッ。はい。それでは、ここのお掃除は妖精さんに任せて、わたし達は食事に行きましょう」
そして、次に案内されたのが、食堂だった。
中から何とも言えぬスパイスのいい匂いが漂ってくる。
この匂い、カレーね。今日は金曜日なのかな?
食堂では、すでに何人かの艦娘達が黙々とカレーを食べていた。
私を見つけ、慌てて敬礼しようとする艦娘達を手で制し、奥へと進む。
「ハイハーイ! おかわりありますカラネー。たくさん食べるといいデスネー」
厨房から、元気のいい妙なアクセントの日本語が聞こえてきた。
「あっ! 提督、いらっしゃいデスネー」
「こんちわ。今日のメニューはカレー?」
「イエース! この金剛型一番艦、金剛が腕によりをかけて作った英国風スパイシーカリーデース!」
金剛が胸を張る。一見すると、ゲーム通りの金剛……に見える。
けど、自己紹介の時にも感じたけど、この子……
「あの……提督、どうぞ」
と、そこで、金剛と共に給仕をしていた榛名が、カレーを盛り付けた皿をお盆に載せて持ってきた。
「ありがと」
「いえ。おかわりもありますから……」
そう言って、言葉少なに去っていく。こちらは少し顔に疲労の色が見えた。
う~ん。どうやら姉とは違って警戒されてるみたい。ただ単に疲れてるだけかもしれないけど。
ゲームでは、二人とも提督ラブなのにな~。
お盆を受け取った私は、次に飲み物を取ろうとコップの置いてあるところに――
「あら? あれは……」
そこにはすでに先客がいた。雷と電だ。
ちょうど、雷が私と同じカレーのお盆を持って、コップに牛乳を注いでるところだった。
ちなみに電はオレンジジュースだ。
う~む、やっぱり変だ。顔合わせの時も思ったけど、雷が、暁や響が被っていたような帽子を被っている。
何も被ってない姿しか知らない私にとっては、ぶっちゃけ違和感しかなかった。
どうやら二人も私に気付いたようだ。
「あら、司令官じゃない」
「ど、どうもなのです」
両手が塞がっているため敬礼のできない雷が、ペコリと頭を下げる。
電は、まだ私を警戒しているのか、慌てて雷の後ろに隠れた。
「どうも。二人とも、今から食事?」
「そうよ」
「なのです」
雷がコップになみなみと牛乳を注ぐ。
「あれ? 雷、アンタ、牛乳好きだったっけ?」
アニメだと、確か牛乳が苦手だったような気が……
「あっ……うん。好き嫌いしてると一人前のレディーになれないからね」
「…………」
そこで私は、またも違和感を覚える。
『一人前のレディー』。確かこれは、暁のよく使う言葉だったはずだが……
まあ、アニメとリアルじゃ違いもあるか。
私は、感じた違和感を心の中にしまいこみ、優しく雷の頭を撫でた。
「そう。いい子ね」
しかし、雷は一瞬だけ気持ち良さそうに目を細めたものの、慌てて首を振り、私の手を払いのける。
「もう! 子供扱いしないでよ!」
まただ。また私を違和感が襲う。
子ども扱いされて嫌がるのは暁だったような……
「あっ、ゴメン」
とりあえず、それは顔に出さずに、私は素直に謝った。
「フンだ。雷はもう立派な一人前のレディーなんだから、子供扱いはやめてよね。行こ、電」
「……はいなのです」
そう言って、二人が私の前から去る。
「提督、スプーンをお忘れですよ」
そこに、私の分のスプーンを持った翔鶴がやってきた。
「ねえ、翔鶴……」
「はい。何でしょう……」
「暁型四姉妹は……もうあの子達だけなのね?」
「……はい。暁と響はあの子達を守って……」
「そう。ところで、『一人前のレディー』って言葉は、確か暁の口癖だったと思うんだけど?」
「……よくご存知ですね。暁と響がいなくなって以来、雷は電のために、他の姉妹を演じるようになりました。暁達と同じように帽子を被り、口癖などを喋るようになった。電に寂しい思いをさせないように。ですから、たまにハラショーなど、響の口癖を喋ることもあります」
「そう……」
なるほどね。確かに子ども扱いしたのは悪かったな。
「さあ提督、そんなところにいつまでも立ってないで、早く座りましょう。せっかくのカレーが冷めてしまいますよ」
「あっ、うん……けど、その前にもう一ついい?」
「何か?」
「何で金剛や榛名に食事番なんてさせてるの? 高速戦艦なんだから、哨戒に出すなり、他の仕事に回した方がいいと思うんだけど」
「それは……」
途端に翔鶴の顔が曇る。
「できないんです」
「? できない……とは?」
「榛名はともかく、金剛はもう戦えません」
「た、戦えないってどういうこと? だってあの子、艦娘でしょ? 戦艦が戦えないって……」
「はい。ですが、金剛はもう艤装を身に纏うことができないんです」
「な、何よそれ? ひょ、ひょっとして、艦娘って処女じゃないと艤装使えないの! そんでもって、金剛はその……前の提督と色々しちゃったから無理……とか?」
「クスッ。いいえ。そういうロマンティックな理由ならば良いのですが……」
「?」
「実は……」
翔鶴から事情を聞いて私は理解した。納得はしてないけど。
「そう。そういうこと……」
「はい。あの、提督、金剛のことはひとまず置いておいて、そろそろ食事にしませんか?」
明るくそう言う翔鶴に案内されて席に向かう。
そこには先客がいた。
「瑞鶴、ここいい?」
「……好きにすれば」
翔鶴の言葉に、瑞鶴が私を軽く睨みつけて、ぶっきらぼうに答える。
……こっちはこっちで私に不信感があるみたい。
やれやれ、前途多難だわ。
それから私達は、瑞鶴の近くで黙々と食事をとった。
な、何かものすごく空気が重い。か、艦隊の食事ってこんなに暗いものなの?
しっかし、まさかあの金剛が飯炊きとはね~。リアルの世界は分からないもんだわ。
……けど彼女、何か変なのよね。
表面上は、ゲームと何ら変わらぬ朗らかな笑顔。それは疑いようもないんだけど……
そんなことを考えていたまさにその時、瑞鶴が、お菓子みたいなウエハース状の物を口に運んでいるのが見えた。
よく見ると、翔鶴のお皿にも同じような物が乗っかっている。
けど……私にはない。
何これ? イジメなの? ひょっとしてイジメなの?
新参者にはデザートなしってことなの?
私の中にフツフツと怒りが湧いてきた。
……フフフ、いいでしょう。そういうことなら……
「これおいしそ。一つもらい」
そう言って私は、瑞鶴のお皿に載っていたウエハースみたいなのを一つ摘み、口の中に放り込む。うん、甘くておいしい。
「ちょっ! アンタ、何やってんの!」
盗られた瑞鶴が信じられないって顔で言ってくる。
「何って盗み食いよ。油断大敵ってね」
「そうじゃなくて、アンタ、それが何か分かってんの!」
「何って、ただのお菓子でしょ? いいじゃない、一つくらいくれたって。私はもらえなかったんだから」
「お、お菓子って……そりゃ、アタシ達にはそうだけど……」
「何ともないのですか?」
そう言ってきたのは、瑞鶴の向かいに座っていた翔鶴だった。
「何よ。毒でも入ってんの?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、ボーキサイトは普通の人間が食べられるようなものではないのですが……」
言われて私はギョッとする。
「ボーキサイト! これ、ボーキサイトなの!」
「ええ。まあ正確に言うと、こちらのボーキサイトは、工廠ドックに並んでいる武器の開発用とは違って、わたし達が摂取しやすいように食べやすく加工した物ですけど。わたし達が艤装能力である艦載機を補充するために摂取するお菓子……というか、薬ですね。けれど普通の人にとっては、とても食べられるようなものではないはずなのですが……」
「フーン。だから私はもらえなかったんだ。でも、私は普通に食べられるわよ。おいしいじゃない」
「フン。どうせアンタは、まともな味覚なんて持ってないからでしょ」
「何ですって~~」
「ま、まあまあ。二人ともケンカはやめて。瑞鶴、提督にはちゃんと敬意を払いなさいっていつも言ってるでしょ」
「だってさ~。こいつ、アタシ達のこと馬鹿にしてるじゃん。なんかさ~、アタシ達のことを見下してる感じがするのよね」
「アンタ達じゃなくて、アンタ限定だけどね」
「何ですって、いい度胸してんじゃない」
「何よ、やる気? 受けて立つわよ」
私と瑞鶴の間に、一触即発の空気が流れる。
「ちょっと二人とも、いい加減にして! 瑞鶴も、周りに迷惑でしょ!」
翔鶴の言葉に、瑞鶴が唇を噛み締めて引き下がる。
「フン。翔鶴姉に免じてここは引いてあげる。けど、覚えときなさい。アタシはまだアンタを提督だなんて認めてないから」
「瑞鶴、まだそんな……」
「フン!」
そう悪態を吐いて、瑞鶴がトレーを持って去っていく。
「提督、申し訳ありません」
「いいわよ別に。気にしてないわ」
「よかった。ごめんなさい。誰にでも噛み付くような子じゃないんですけど……」
「クスッ。大好きなお姉ちゃんを取られて焼きもち焼いてるんでしょ。可愛いもんじゃない」
「はあ……」
「まあ、戦闘中の指示にさえ従ってくれれば文句はないわ。ただし、そこだけは徹底させて」
「……分かりました」
「それと、これからは私にもあのお菓子を配るように言っておきなさい。私だって女の子だから、甘い物が食べたいの」
「……了解です」
「ゴメンね翔鶴。損な役回りばかりさせて」
「いえ。それが秘書艦の務めですから」
「…………」
次はお風呂に案内する。そう言われて付いてきた私だったんだけど……
私は目の前にある光景に思わず絶句する。
「……ねえねえ、翔鶴さん?」
「はい、何でしょう?」
「……これは何?」
「え? 何と言われましても、提督専用の入浴施設ですが」
ポン。
そこで私は、優しく翔鶴の肩に手を置いた。
「翔鶴、もう一度聞くわね。これは何?」
「で、ですから、提督のための入浴施設で……」
「ほほう。つまりアンタは、提督であるこの私に、目の前に鎮座ましますドラム缶で入浴を済ませろ、とそう言っているわけね?」
「え、ええ。一応綺麗に洗ってはいますから――」
「そういう問題じゃないでしょ! ドラム缶よ! ドラム缶! しかもここ、工廠ドックじゃない! 何が悲しくて、みんなが装備開発している横でお風呂に入らなきゃならないのよ!」
「そ、そう言われましても……」
「アンタ達はどうしてんの!」
「えっ! わ、わたし達はその……専用の入渠ドックで……」
「それって(アニメとかに出てくる)大浴場みたいなところ?」
「え、ええ、まあ……」
「ほほう……」
そこで私は目を細めた。
「つまりアンタは、『自分達は大浴場を使うけど、新参者の提督にはドラム缶風呂で十分でしょ。むしろ用意してやっただけ感謝しなさいよ。ペッ』と、こう言いたいわけね?」
「い、いえ。そこまではさすがに……」
「ないわけないでしょ! どうやらアンタは、本当に私に喧嘩を売っているようね」
「そ、そう言われましても、今までの提督はずっとこちらに……」
「……アンタ達、実は前の提督をいじめて追い出したんじゃないでしょうね?」
「ま、まさか。ですが、前の提督は男性でしたし、それに何より……」
「ほお、確かに提督が男だったらそういう扱いもあるかもだけど、女の私にこの扱いはないでしょうが!」
「いえ、ですから――」
「それとも何? アンタには、私が男に見えるわけ?」
「め、滅相もない。しかし、これにはですね――」
「だったら! さっさと! そのアンタ達専用の! 入渠ドックとやらに! 案内しなさい! さもないとアンタを解体して資材の足しにするわよ!」
というわけで、入渠ドックに到着。
おおっ! 本当にアニメと同じく銭湯みたいな大浴場だ。
「あの、提督……本当にここを使われるのですか?」
「何よ、まだ文句あんの?」
「いえ、そういうわけでは。ですが……」
「じゃあ、もう黙りなさい。さて……」
私は急いで服を脱ぎ、近くに置いてある籠に突っ込んで、入渠ドック(めんどくさいからこれからはお風呂)の中に入った。
当然といえば当然だけど、すでに何人か先客がいる。
私を見つけ、敬礼しようとしたその子達を、ヒラヒラと手を振って制す。
実は私、銭湯みたいな大浴場とか初めてなのよね。どうしよう、超テンション上がる。
さて、とりあえず体を洗おう。
ということで、近くに設置されたシャワーの前に座った。
「あら? アンタ達……」
そこにいたのは、まだ小学生くらいのチビッ子二人。仲良く髪を洗いっこしてる。先ほども食堂で会った……
「雷電姉妹じゃない」
「「名前をまとめないで(なのです)!」」
おお、アニメと同じ反応だ。
「ゴメンゴメン。アンタ達も、お風呂?」
「そうよ。やっぱり一人前のレディーは、常に清潔じゃないとね」
そう言って、雷が電の頭をワシャワシャと洗っている。
「そう。偉い偉い」
私はそんな雷の頭を撫で……ようとして、慌てて出した手を引っ込める。
そうだった。子供扱いしたら怒るんだった。
「あっ! 提督!」
そこに、今来たらしい金剛と榛名がやってくる。
「あら? アンタ達もお風呂?」
「イエ~ス! ちょっと榛名に牛乳をブチ撒けられたから、一足先にお風呂デスネ~」
「すみません、金剛お姉様……」
「ノープロブレム! 誰にでも失敗はアリマ~ス! 気にしちゃノーデスヨ~。それより、提督もお風呂デスカ~?」
やっぱりだ。やっぱり違和感がある。
見た目はゲームやアニメに出てくる金剛のキャラそのもの。けど、どうにも私は違和感を拭えなかった。
まあ、みんなもいるし、今は黙っておこう。
「まあね」
「これで提督とも裸のお付き合いネ~」
金剛が嬉しそうにシャワー台へと向かった。それに慌てて榛名も続く。
とりあえず体を洗い終えた私は、浴槽に足をつけた。
うわっ! 何これ?
何か体の中にジーンと温もりが染み渡ってくる。すごく気持ちいい。
「あっ!」
「えっ?」
不意に近くにいた重巡洋艦羽黒と目が合った。
妙高型重巡洋艦四姉妹の末っ子にして、間違いなく美人だが、少し引っ込み思案な感じのする艦娘。
「ご、ごめんなさい!」
驚愕の表情を浮かべた羽黒が、慌てて顔を逸らす。……どゆこと?
どうやら私、随分と警戒されてるようね。まあ、無理もないけど。
翔鶴は、自分達は人間に見捨てられたと言った。なら、私に対して警戒心を抱くのも当然か。
まあ、その辺のことを考えるのはあとにして……
私は浴槽に張られている湯に身を浸す。
ああ、なんて気持ちいいんだろう。心地いい温もりが、体の芯まで染み渡ってきて……
「提督! ああ、遅かった!」
そこに、服を着たままの翔鶴が入ってきた。
「あら、翔鶴。遅かったわね」
「アナタが乱暴に突っ込んだ服をたたんでたんです! あんな風に衣服を扱ったらしわになってしまいますよ!」
お母さんか、アンタは。
「それより提督、ここのお湯に浸かっても……大丈夫なんですか?」
「へっ? 何が?」
「……平気そうですね」
「……あのね、お湯に浸かったくらいで何かあるわけないでしょうが!」
「しかし、ここのお湯は艦娘専用の特別製で、温度も高く、前の提督は一度入って大火傷を負ってしまったのですが……」
「…………」
お、お風呂のお湯で火傷って、どんだけ肌弱いのよ。
まあ、こういうゲームにハマるオタクが、バリバリの健康優良児だとは思わないけど。
「あのね、確かに私とアンタ達は違うかもしれないけど、さすがにお風呂に入ったくらいで火傷はしないわよ」
「で、ですが、以前の提督は……」
「それは前の提督が特殊だっただけ。あのボーキサイトだってそう。ただのウエハースがまずいって、どんだけブルジョワだっつーの」
「ぶるじょわ? あの、それは一体……」
「ああ、いいからいいから。こっちの話よ。とにかく私は、前のゆとり提督とは違って普通だから、そんなに気を使わなくていいわよ」
「はあ……」
「あと、戦闘時以外では、基本的に私のことは名前で呼んでいいわ。それと戦闘時以外での敬礼もいらない。そう全員に伝えて。すぐには難しいかもしれないけどね」
「わ、分かりました……」
困った表情を浮かべる翔鶴を置いて、私はお風呂を満喫した。
お風呂を存分に満喫した私は、再び翔鶴と共に提督室へ。
提督室の隣の部屋は、簡素だが寝室になっており、そこで寝起きしろとのことだ。
「……以上で一通りの案内は終了ですが、何か質問はございますか?」
「…………」
「……ないようでしたら、わたしはこれで。あとこれを……」
そう言って、翔鶴がどこから取り出したのか、分厚い紙の束を私に渡す。
「現状の詳細な資料です。お目通しを」
「……りょーかい」
私の返事に翔鶴は一つ頷き、敬礼して部屋を出ようとする。
「待って」
「……何か?」
「一つだけ、質問いい?」
「……何でしょう?」
「アンタは……これでいいわけ?」
「……?」
私の質問に、翔鶴は小さく首を傾げた。
「他の子は結構分かりやすかったけど、アンタだけはよく分からなかったのよね」
「……何がでしょう?」
「アンタは、私が提督……というより、アンタ達を指揮する立場に立つことに文句ないわけ?」
「…………」
「面倒だから率直に聞くわ。アンタは私を信用できるわけ?」
「…………」
「他の子達は分かりやすいわよ。瑞鶴なんか特にね。他のみんなも、表面上は体裁を繕っていても、やっぱり心の底では警戒しているのが見え見え。まあ、本国からは見捨てられ、前任の提督が突然姿をくらましたとあっちゃ無理もないけど」
「…………」
「でも、そんな人間の一人である私を、アンタは擁護し、提督にした。教えて。アンタはほんとに私のことを信用してるの?」
「…………」
私の質問に翔鶴は何も答えず、ただ静かに頭を下げて部屋を出た。
なるほど、それが答えってわけね。
「う~ん」
お風呂(という名の入渠)を済ませた私は、翔鶴にまとめてもらった資料に目を通しながら、提督室の隣に設置された寝室で一人唸っていた。
どうやらこの世界は、設定的にはアニメに酷似している。というか、アニメの後日談みたいな感じがする(まあ、それにしては随分と状況がシュールではあるけれど)。
第五遊撃部隊のメンバー編成とかもアニメそっくりだし、吹雪、睦月、夕立が仲良しってところも似てるし。もっとも、そのアニメの主人公だった吹雪や、その仲良しさんだった夕立はもういないんだけど。
しかし……やれやれ。どーもこのリアル艦これの世界は、私の知ってるゲームの艦これとは違いすぎるわ。
まず第一に、この艦隊全体の雰囲気がむちゃくちゃ暗い。
そして第二に、みんな、私に対して警戒心バリバリ。まあ、これに関しては、事情を聞く限り、ある程度は仕方ないと思うけど、ゲームじゃほとんどの艦娘達が提督に対して好意的だから、そのギャップに驚くのよね。
それに、特にというかやはりというか、姉妹艦を失った艦娘ほど暗く、私に対して警戒心が強いような気がする。
このままじゃ戦闘にも影響が出るかもしれない。早急に何とかしないと。
金剛あたりは、一見ゲームと同じように好意的に見えるんだけど……実は、彼女が一番違和感があるのよね。
何より、貴重な戦艦である彼女を、このまま飯炊きにしておくなんてできないし。
フウ。やれやれ、どうやら艦隊を指揮する前に、やらなきゃいけないことが山ほどあるみたい。
それにしても……
どうして翔鶴には見えなかったんだろう。
私は、翔鶴が見ることのできなかった妖精さんの一人を肩に乗せ、ほっぺをツンツン突く。
妖精さんは、くすぐったそうに目を細め、私の指に頬ずりしてきた。
ふむ、やっぱりいるじゃん。しかも、こっちの方が人懐っこいし。
この子だけじゃない。私が目覚めてからずっと、三十人近い妖精さんが、私の周囲を飛び回っている。まるで私に付いてくるみたいに。
しかも、そのことに他の艦娘達は気付いていない。
ふ~む。どうやらこの子達が見えるのは私だけみたい。
仕組みはよく分からないが、どうもそういうことらしい。
コンコン!
ノック音がする。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは翔鶴だった。
「すいません。もうお休みでしたか」
「いいえ。ただ寝転がってただけよ。何か用?」
「はい、一応これからの方針についてなのですが……」
「資材の調達が最優先……でしょ?」
「気付いておいででしたか」
「そりゃまあ、あの資料を読めば、嫌でもね」
渡された資料に一通り目を通したが、この艦隊の状況は極めて悪い。
艦娘達の練度は確かに高い。しかし、圧倒的に資材が足りないのだ。
ちょっと今さら感があるけど、資材と艦娘が行動するために必要な物資のことだ。
ゲームでは、弾薬、燃料、鋼材、ボーキサイトの四種類があり、これらを使って艦娘達は行動する(戦う)。
逆に言えば、これらが枯渇すると、艦娘達は戦えないのだ。
どうもこちらの世界では、艦娘達が行動するのに、食堂で見た薬状の資材と本物(というか薬状に加工する前の)資材の両方が必要なようだが、それらの残量がかなり少ない。
特にボーキサイトはひどい。何せ現段階で、今、空母の子達が積んでいる分しか残量がないのだ。つまり、在庫は限りなくゼロ。積んでいる量にしたって、最大値の半分前後。
さらに言えば、高速修復材も応急修理要員も応急修理女神もゼロ。
史実でもそうだが、空母は艦隊の要だ。できれば早急にボーキサイトを確保したいところなんだけど……
「フウ。とりあえず資材の調達は急務ね。まあ、本国からの補給は頼れないとして。となると、あとは遠征くらいしかないわけだけど……」
「……残念ながら、この付近の海域で資源の豊富なところは、すでに深海棲艦に押さえられています。今までは放棄された前進基地を回って、放置されたままの資材を回収することでなんとかやりくりしていたのですが、それももう限界です。一応、第二艦隊に少し離れた海域を偵察に行かせています」
「そう。分かったわ。じゃあ、とりあえず……」
「提督、失礼します!」
そこに血相を変えた大淀が入ってきた。
「偵察に出ていた第二艦隊より入電。ボーキサイトを調達できそうな島を発見。しかし、やはり深海棲艦が辺りを徘徊しているとのことです」
「第二艦隊の編成は?」
「利根、川内、神通、島風です」
「なるほど。それで?」
「はい。利根より、現状を考えると、みすみすここのボーキサイトを逃すのは惜しいと。幸い、敵の艦隊は少数なので十分撃破は可能。攻撃の許可を求めています」
「…………」
「提督、いかがなさいますか?」
尋ねる大淀に、私は少し返答に間を置いた。
「提督、やりましょう」
「翔鶴?」
「これはチャンスです。現在の資材の枯渇状況はすでにお分かりのはず。ここはなんとしてもそこのボーキサイトを入手しましょう。そうすればわたしや瑞鶴も――」
「いいえ。駄目よ」
「「えっ?」」
私の言葉に、翔鶴と大淀の声が重なる。
「攻撃の許可は出さない。大淀、すぐに第二艦隊に連絡して。今回はそこにボーキサイトがあると分かっただけで十分。手を付けずに戻れと。絶対に攻撃はするなと伝えなさい」
「提督、お言葉ですが……」
「二度言わせる気?」
言葉を返そうとする大淀を先に制し、私は目で出て行くよう促した。
「……失礼します」
大淀はまだ納得できないといった様子で、渋々寝室をあとにする。さて……
「提督、何故……?」
「何故? その答えは、アンタが一番良く分かっているはずよ、翔鶴」
翔鶴の表情がわずかに硬くなった。
「今の私達と敵の勢力差は、はっきり言って比べるのもおこがましいほど圧倒的。それは私よりアンタの方がよく分かっているはず。そうよね?」
「…………」
「そして、アンタがさっき言っていたことと合わせて推測するに、今までアンタ達は、敵の深海棲艦から息を潜めて、他の放棄された前進基地を転々としながら生き延びてきた。そうでしょ?」
「…………」
「であれば、先ほどの大淀の報告を聞いた時、アンタは頭の中でこう考えていたはずよ。『ボーキサイトの確保よりも、万が一、他に敵がいて、敵に自分達の居場所がバレることの方が問題だ』と」
「…………」
「そう考えているアンタは、本来ならこう言っていたはず。『提督、ボーキサイトよりも、ここの安全を確保することの方が重要です。敵がその少数だけとは限りません。万が一、他に敵がいて、第二艦隊がつけられた場合、この隠れ家の場所がバレる可能性があります。ここは戦闘を避け、徘徊する深海棲艦が去るのを待って、ボーキサイトを回収しましょう』と」
「…………」
「しかし、アンタはそうは言わなかった。率先して私に戦闘の指示を促した。現在の艦隊の状況を一番良く知っているはずなのに」
「…………」
「私を試したわね、翔鶴?」
「……申し訳ありません」
ずっと黙っていた翔鶴が、深々と頭を下げた。
「まあ、これまで艦隊を引っ張ってきたアンタが、新米提督の力量と信用を調査したいと思うのも無理ないわ。だから、今回は許してあげる。でも、一つだけ言っておくわ」
「…………」
「私は人に試されるのが嫌いよ」
「…………」
「それだけ、今回はね。もう下がっていいわ。お疲れ様」
「……失礼します」
そう小さく呟き、翔鶴は最後にもう一度、深く頭を下げて寝室を出て行った。
「……フウ」
一人になった提督室で、私は大きく息を吐く。
私って……
私って……
超カッコいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
と、心の中で自分を褒めちぎる。
すごい。すごすぎるわ、私。
何でこんな判断できるんだろ?
ゲームじゃこんな展開もちろんないし。
もしかして、私って天才?
そんなことを考えつつ、私は一人、ベッドに寝転がって喜びの余韻に浸っていた。
っと、忘れてた。妖精さんのこと。
あれから確認してみたけど、この妖精さん達は、翔鶴以外のみんなにも見えなかった。
一応、区別するために、私にしか見えないこの子達を妖精ちゃん、翔鶴達にも見える子達を妖精さんとしよう。
私は、周りをフヨフヨ浮いてる妖精ちゃん達と戯れながら考える。
う~ん、不思議。着ている服も他の妖精さんとはちょっと違うし、何故か妙に私に懐いてるし(まあ悪い気はしないけど)。
とりあえず……
「よろしくね、妖精ちゃん」
私は、妖精ちゃんの一人のほっぺをツンツンしながら言った。
するとその妖精ちゃんは、私の胸にチョコンと着地し、ビシッと敬礼する。
不意に妖精ちゃんと目が合った。あれ? 何で私のゴーグルに私の顔が映ってるの?
妖精ちゃんの瞳に移る私の顔とかじゃなくて、本当に私の顔が映ってる。
ど、どうなってんの?
私は軽く頭を振った。
すると、視界には再び妖精ちゃんが映る。なんだ、気のせいか。
そして、再び妖精ちゃんと目が合った。
「えっ! 嘘……」
すると、再びゴーグルに私の顔が映る。
ひょ、ひょっとして……
私は、周りを飛び回っている別の妖精ちゃんをじっと見つめてみる。
「やっぱり……」
私のゴーグルには、その妖精ちゃんは移らず、まったく別に景色が映し出された。
どうやら私が見つめた妖精ちゃんの視界らしい。
「どゆこと?」
「どゆこと?」
「なっ!」
「なっ!」
今度はさらにビックリ。なんと私の口から出た言葉が重なって聞こえた。
妖精ちゃんの視界に映る私の声と、視界を共有している妖精ちゃんからの声(声音は私そっくり)。
「あー」
「あー」
もう一度試してみると、やはり妖精ちゃんから私の声が。
私の真似をしているわけじゃない。だって、同時に聞こえるんだもの。
こ、これがマンガやアニメにありがちなご都合主義というやつか。
まさか、実際に体験することになるとはね。
私はしばし呆然となったが、よくよく考えてみると……
「これ、使えるかもね」
私は、まるで新しいイタズラを発見した子供のようにニンマリと笑う。
さて、とりあえずこれは明日試すとして……
寝る前に、一つやるべきことをしておくか。
っとその前に、とりあえず着替えよう。
お風呂には入ったけど、着替えはしてないからね。
そう思った私は、今着ている服――紺色のブレザーにチェックのスカートといった高校の制服を思わせる服を脱いで……
そこで私はふと気付く。
あれ? 私の着替えってどこにあるんだろう?
とりあえず今までの一連の出来事を思い出してみる……
あれ? 私って荷物とか持ってたっけ?
挨拶の場で目が覚めて、それから……
「…………」
トランクとかバッグとかを持ってた記憶がない。
提督室や寝室を見回すがそれらしいものはなし。
私の顔から、汗がダラダラと滴り落ちる。
落ち着け、落ち着くのよ私。
とりあえずここは……そう! クローゼットを開けてみましょう!
もしこれがゲームの世界で、ご都合主義ってものがちゃんと(?)存在しているなら、きっとこのクローゼットの中には私の着替え一式が入っているはず。
私は願いを込めてクローゼットを開けた。
「…………」
……あった。確かにあった。けど……
ぐ、軍服はちょっと……
確かにクローゼットの中には服があった。それも、まばゆいくらいに真っ白な「私が提督です!」といわんばかりの白い軍服が何着も入っていた。しかも男物。おまけに帽子まである。
私は、頭の中でこの真っ白な男物の軍服に身を包んだ自分を想像してみる……ないな。
……パタン。
私はゆっくりとクローゼットを閉めた。
「ハア……」
私は大きくため息を吐いた。
まあ、百歩譲って、着る物がなければ、(壮絶に嫌だけど)あれを着ることには譲歩しよう。しかし、問題は……
し、下着どうしよう……
そう、下着がないのだ。
私だって女(の子)。しかも年頃だ。
同じ下着を何日も穿き続けるなんて死んでも嫌。
けど、残念ながら着替えがない。これは死活問題だ。
まあ、最悪の場合は、今穿いているのを洗って、乾かしている間は何も着けないってことに……駄目だ。やっぱ無理。
そうだ! とりあえず翔鶴に話してみよう。
ひょっとしたら、私の荷物を預かってるって可能性も……
私は、一縷の望みをかけて、急ぎ提督室を出た。ええと確か、翔鶴の部屋は……
よし、着いた。
あっさりと翔鶴の部屋の前に着いた私は、さっそくドアをノック――
「あっ!」
「おっと!」
と、そこで突然ドアが開き、バランスを崩して誰かとぶつかる。
「あ! 瑞鶴!」
ぶつかったのは瑞鶴だった。そういえばこの子、翔鶴と同じ部屋だったわね。
「…………」
相手が私だと分かった瑞鶴が、途端に不機嫌そうな顔になってそっぽを向く。
どうやら、完全に嫌われているらしい。
とはいえ、このままってのも気まずいしな。
「あの……ゴメンね、瑞鶴。ちょっと考え事してて……」
と、私はとりあえず謝った。
「…………」
しかし、瑞鶴は無言。これにはさすがにイラッとくる。
けど、私は何とか堪えた。
駄目よ、私。あなたは提督なの。この程度のことで怒っているようじゃ、この先やっていけないわよ。クールになりなさい。そう、クールに。
何とかそう自分に言い聞かせた私は……
「ほんとにゴメンね、瑞鶴。私、ちょっと翔鶴に用があるから、これで……」
と、もう一度謝って、その場からの離脱を試みる。
「アンタ、こんな時間に何してんの?」
が失敗。瑞鶴に呼び止められた。
「ちょっと翔鶴に話がね」
「……話って何よ?」
瑞鶴が、後ろ手にドアを閉めて、部屋の前に立ち塞がる。
どうやら通せんぼしているようだ。
「その、個人的なことでちょっと……」
「ちょっとって何? 翔鶴姉は今忙しいの。話ならアタシが聞いてあげる」
どうやら、私を翔鶴に会わせたくないらしい。
困ったな。この子に相談してもいいんだけど――っていうか、最悪の場合、この子に下着を借りるって手もあるんだけど……
そこで私は、瑞鶴の体を見る。
……いや、やっぱり無理だな。下着を借りるって選択肢はなしだ。
「何よ? さっきからジロジロ見て」
「えっ! ああ、いや、その……な、なんでもないわ。アハハ」
乾いた笑みでごまかす私。「アンタに下着を借りようと思ったけど、サイズが合いそうにないから(特に胸の)やめとくわ」なんて言おうものなら、間違いなく修羅場突入だ。それくらい、私にだって分かる。
「ふ~ん。で、翔鶴姉に話って何? 何もないようならこれで……」
「待って! その……悪いんだけど、翔鶴に私の荷物を預かってないか聞いてきてもらえる?」
「ハア?」
瑞鶴が呆れたような声を出した。
「荷物って……アンタ、何も持ってなかったじゃない」
「えっ? 嘘!」
「嘘吐いてどうすんのよ。アンタは、何も持たずに手ぶらでここに来たの。『はいは~い。私は敵じゃないわよ~。ほら見て~。丸腰でしょ~。本国を捨ててアンタ達を助けに来てやったのよ~。感謝しなさいよね~』とか何とか言ってね」
「…………」
「その時のアンタの言い方。さも偉そうに、めんどくさそうに、おまけに嫌そうなあの言い方。ほんとムカついたわ」
「…………」
な、なるほど、瑞鶴が私を嫌ってるのはそのせいか。
確かにそんな言い方されたら腹も立つわね。
……残念ながら全く記憶にないんだけど。
「ご、ゴメンね、瑞鶴。どうやら私、緊張してたみたい」
「ハッ、緊張? アンタも緊張なんかするんだ。そんな図太そうな顔して」
ブチッ。
が、我慢よ、私。我慢我慢。
「で、でね、話を戻すんだけど、あの……クローゼットにたくさん軍服が入ってたんだけど……」
「ああ、あれは他の提督のよ」
「…………」
ということは……私、着替えなし?
「あの……瑞鶴、私、着替えがないんだけど、どうしたら……」
「そんなのアタシの知ったことじゃないわよ。その辺に生えてる葉っぱでも巻いといたら?」
は、葉っぱって……た、確かにマンガにはそういうシーンもあったけど……
「話はそれだけ? じゃあ、もう済んだわね。それじゃ」
バタン!
そう言い残して、瑞鶴が部屋に入る。
クソッ! あの甲板娘め。こうなったら、ドアを叩きまくって、翔鶴を――
「あら~? 提督じゃないですか~?」
そこで、妙に間延びした甘ったるい声が廊下に響いた。この声は……
声の方に振り向くと、そこにいたのは、長い金髪を靡かせたグラマラスなボディの美女。愛宕だ。
「ああ、パンパカパンか」
「もう! 提督~! 確かにパンパカパ~ンはわたしの口癖ですけど、それを名前にするなんてひどいですよ~! っていうか、わたし、提督の前で言ったことありましたっけ~?」
怒っているのか楽しんでいるのか、いまいち判断のつきにくい口調で愛宕が言う。
「あはは、ゴメンゴメン」
「提督、どうかされたのですか?」
あとからやってきた、愛宕と同じようなスタイルで、綺麗な黒髪を短く切り揃えた美女が、そう私に尋ねてくる。
「ああ、高雄。哨戒任務はもう終わり?」
「はい。榛名さんと交代です」
「榛名? だってあの子、さっきまで食堂でご飯作ってたんじゃ……」
「はい。わたし達も無理はしないよう言っているのですが、『金剛お姉様の分まで自分が頑張る』と聞かなくて……」
「このままじゃ、榛名ちゃん、倒れちゃいます~」
……なるほど、これはちょっと急いだ方がいいな。
でも、その前に……
「あのさ、アンタ達にちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「何ですか~?」
「あのさ、ちょっと下着貸してくれない?」
「こんばんわ」
提督室を出た私は、一人残って厨房を掃除していた金剛に声をかけた。
「あれ? 提督じゃないデスカ! どうしたデスカ?」
「ちょっとね。榛名は?」
「榛名は今、哨戒に出てるデスネ」
やっぱり。でも、今は好都合かな。
「あっ! 分かったデスネ。またお腹が空いたんデショ?」
金剛がそう言って笑う。
その笑顔は、一見朗らかに見えるような笑みで、その実、気味が悪いくらい作りこまれた笑顔だった。
「え~……そうね。確かにちょっと小腹が空いたかもね」
「フフ。やっぱりネ。ちょっと待っててクダサーイ。たしかここに、余ったご飯で作ったおにぎりが……」
「いえ。できれば甘いものが食べたいわ。そうね……スコーンでももらおうかしら。紅茶付きでね」
私がそう言った瞬間、金剛の体がピタリと止まり、その笑顔が凍りつく。
そして金剛が、いきなり私に背を向けた。
「……提督、すみませんネ。ちょっと今、紅茶を切らしてマスネ」
「そう。なら、スコーンだけでいいわ」
「……ゴメンなさいネ。それも今、ちょっと切らしてマスネ」
「そう、ないの。いいわ。じゃあ、悪いんだけど、ちょっと作ってくれる? 今日はこれから徹夜で、翔鶴のまとめてくれた資料を読まなきゃいけないの。遅くなってもいいから、できたら提督室に――」
「すみませんネ。紅茶もスコーンも、今のワタシには作れないデスヨ」
「それは、死んだ比叡や霧島を思い出すからかしら?」
「!」
私の言葉に、金剛の体がビクリと震える。
「ごめんなさい。翔鶴から全部聞いたわ」
「……そうデスカ」
金剛が低い声で呟いた。
金剛がこちらを振り向く。
するとそこには、さっきまでと同じ作りこまれた笑顔があった。
そう、完璧なまでに、気持ち悪いくらいに作りこまれた笑顔。
「ま、ワタシ達は艦娘デスカラネー。いつかはこういう日が来るデスヨー。アハハ……」
金剛が、そう言って乾いた笑いをこぼす。
「ねえ金剛、私、自己紹介の時から思ってたんだけど……」
「ハイハイ。何デスカー?」
「いつからそんな気持ち悪い顔で笑うようになったの?」
ピキッ。
その言葉で、今度こそ金剛の笑顔にヒビが入った。
「ど――」
「どうもこうもないわ。その顔は、確かに見た目は笑っているように見えなくもない。けど、はっきり言って、違和感バリバリよ」
「…………」
「まあ無理もないわね。だって、今のアンタは笑ってるわけじゃない。絶望の上に無理やり笑顔を張り付けてるだけなんだから」
「…………」
金剛の顔から完全に笑顔が消えた。
その下にあったのは完全な無表情。まるで、全ての感情が抜け落ちたかのような、そんな表情。
「あら? もう背を向けないんだ? さっきみたいに背を向けて、その顔に笑みを張り付けなくていいの?」
「……どうして分かったデスカ?」
それは、今までの金剛のものとは思えぬ、抑揚のない平淡な声だった。
「逆に聞くわ。どうして分からないと思ったの? そんな分かりやすい顔して」
「他の艦娘達は全然気付かなかったデスネ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。はっきり言って、私は他人の心の機微にはかなり疎い方よ。その私でさえ気付いたんだもの。他の子達が気づかないはずないわ。気付いてて言わないだけ」
まあもしくは、指摘するほどの余裕がないだけ、と私は内心で付け加える。
「つまりアンタは、今までおいしい食事を作ってみんなの面倒を見てきたと思ってるかもしれないけど、実はずっと、アンタの方がみんなに、何よりも榛名に面倒を見てもらってたってわけね」
「…………」
「だけど、残念ながら私には、アンタを気遣う余裕がないのよ。新参者でも一応は提督だからね。貴重な戦力である高速戦艦のアンタを、厨房で遊ばせとくわけにはいかないの」
「提督、ソーリーネ。ワタシはもう……」
「艤装を着けられないって?」
「!」
「着けると体の震えが止まらないって?」
「ッ!」
「悪いけど、アンタの甘えに付き合ってる余裕はないのよ」
「……甘え? 甘えとは随分と言ってくれマスネ……」
そこでようやく、金剛の顔に感情がこもる。そう。それでいいの。
「ワタシはただ、もうこれ以上、仲間が死んでいくのを見たくないだけデスネ」
「…………」
「提督には分からないデスヨ。目の前で妹や仲間を失うことの辛さは……」
「そうね。確かに分からないわ。けど、一つだけはっきり分かってることがある」
「何デスカ?」
「アンタが、やっぱりただの甘ったれってことよ」
「なっ!」
「アンタは、もう仲間が死ぬのを見たくないと言った。でも、アンタはこれからもっとたくさんの死を目にすることになるわよ。だって、敵は強いんだもの。圧倒的なまでに、絶対的なまでに、絶望的なまでに強いんだもの。私達にできることはただ一つ、ただ足掻いて、必死に逃げて、一日一日精一杯生きていくことだけ」
「…………」
「その過程で、当然何人かの仲間を失うこともあるでしょう。世の中そんなに甘くないわ」
「…………」
「アンタが戦線に復帰しても、全てが守れるわけじゃない。けど、アンタが戦えば、間違いなく守れる命もある」
「…………」
「けど、今のアンタはそれを放棄してる。ただ仲間の死に直面したくないってだけの理由で。じゃあ何? 直面することはできないけど、ご飯を作りながら、被害報告で仲間の死を知ることは平気なの?」
「…………」
「辛いのはアンタだけじゃないわ。けど、それでもみんな、必死に戦ってる。生きようとしてる。なのにアンタはしていない。これを甘ったれと言わずして、なんと言うの?」
「…………」
「生憎と私は、他の子みたいに心が広いわけじゃないの。だから、いつまでも甘えているようなら、容赦なく尻を叩くわ。だって、それが私の仕事だもの」
「…………」
「忘れないで。比叡や霧島は死んでしまった。もう戻ってはこない。けど、まだ生きてる者はいる。アンタの守れる命はある。辛いだろうけど、今は前を向いていくしかない。守れる者を守ろうと思うならね」
「…………」
「私が言いたいことはそれだけよ。邪魔したわね」
そう言って、私は食堂をあとにした。
▲▲▲
愛する妹達、比叡と霧島を失ったあの日から、ワタシの頭にはずっと靄がかかってイル。
その靄はどんよりと重たくて、やがて、ワタシの頭だけでなく、体全体を重たくシタ。
でも……
ベッドの中でワタシは目を閉じる。
蘇ってくるのは、新しく着任した提督の言葉。
その言葉が、ワタシにかかっていた靄を少しだけ軽くシタ。
ガチャ……
「金剛お姉さま、ただいま戻りました……」
控えめにドアが開き、榛名が入ってキタ。
疲労を滲ませた小さな声で。
無理もナイ。
ワタシが艤装を纏えなくなったその日から、戦艦が必要な任務でかり出されるのは、いつも榛名ナノダ。
しかも今は資材が乏しいため、極力戦闘を避けて行動しているから、哨戒などの任務は、速度が遅く、消費資材も多く大和達よりも、速度の速い榛名が担当することがほとんどダッタ。
そう。あの提督の言う通り、ワタシはずっと、この三番目の妹に守られてキタ。
比叡も霧島も、そして榛名も、ほんとに、ワタシにはもったいないくらいにできた妹達ネ。
目を閉じる。そして、再びあの提督の言葉を思い出す。
比叡、霧島、そして死んでいった仲間達。彼女達はもう戻っては来ない。
けど、榛名はまだ生きてイル。まだここにイル。
一体ワタシは、今まで何をしてたデスカ。
何故、こんなことに今まで気付かなかったデスカ!
心の中で自分を叱りつける。
そしてワタシは、ゆっくりと目を開けた。
「榛名……」
「! はい? 何ですか、お姉様?」
驚きからか、榛名の声は上擦ってイタ。
当然ネ。最近のワタシは、部屋でほとんど口を開かない。
みんなの前では必死になって笑顔を装い、自室に戻ると死んだようにベッドに潜り込んで眠りにつくだけ。
「今までサンキューネ」
「……えっ?」
榛名から呆けたような声が漏れる。
「次の哨戒はワタシが出マース。榛名はゆっくり休むとイイネ」
「お姉さま……」
「ワタシはもう……大丈夫デスカラ」
「……はい」
榛名が何かを堪えるようにして呟いた。
そうだ。ワタシには、まだ守りたい者も守るべき者もいる。
死んでいった仲間達はもう戻ってこないけど、まだ生きてる榛名や他のみんなは絶対に守ってみせるネ。
▲▲▲