艦これif  ~ポンタローバージョン~   作:ポンタロー

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第三章 一人前のレディー

 

 翌朝、私は、自分にしか見えない妖精ちゃん(ちなみにこの妖精ちゃん、どういうわけか体の大きさを調節できる。だから今は、せいぜい五センチ程度の身長。どういう仕組みかはもちろんさっぱり。ほんと不思議ちゃんだわ)を一人ずつ小さな巾着に入れ(目に当たる部分には小さな穴を開けておいた)、お守りと称して艦娘全員に配布することにした。

 とりあえず、一番最初にそれを受け取った愛宕が、その巾着を首にさげる。よしよし。

 愛宕が首にさげるのを確認した私は、とりあえず愛宕のさげた巾着の中にいる妖精ちゃんに意識を集中する。すると……

 よしよし。思った通り、妖精ちゃんの視界がバッチリと私のゴーグルに映った。

 昨日の夜、色々と試したんだけど、どうやら私は、私にしか見えない妖精ちゃん限定で、その妖精ちゃんとの視界を共有できるみたい。

 共有できるのは視界だけではない。どうやら耳と声を共有することもできるらしく、私の発した声をそのまま口にすることができるのだ。

 別に視界をリンクするのに、その妖精ちゃんを見つめる必要はなくて、ただ集中して意識をリンクさせたい妖精ちゃんに向けるだけ。

 不思議なことに、この事実に気付いてから、目を瞑っていても妖精ちゃん達がどこにいるか分かるようになった。

 しかし、これは使える。これなら艦娘達の現在状況を自分の目で確かめることができる。これは大きい。

 気を良くした私は、とりあえず朝食を食べに食堂へと向かった。

 

 さて、金剛はどうなったかな?

 私の言葉が少しでも届いてくれてるといいんだけど。

「ハーイ! 今日のメニューはサバの塩焼きとおでんデスネー! いっぱいありますから、ドンドンお替りしてくださいネー!」

 食堂から金剛の声が響いてくる。

イギリス帰りでおでんとは、随分と日本じみてるわね。まあ、榛名もいることだし、それで――

と、そこで私は言葉を止めた。

「あれ? 金剛……?」

 そう。食事の受け取り口で食事を配っていたのは確かに金剛だった。間違いなく金剛だ。

 けど、違う。明らかに昨日までとは違う。

 今日、金剛が浮かべている笑みは、明らかに昨日までのものとは別物で。

 一見して能天気なように見えて、でも、見てると心があったかくなるような、そんな笑顔。

 私は、少し戸惑いながら食事を受け取りに行く。

「あっ! 有希乃! グッモーニンネ!」

 何か呼び名が変わってるけど、まあいいか。

「おはよう、金剛。どうしたの? 随分といい顔するようになったじゃない」

「そうデスカ? 別に昨日と変わらないと思うネ」

「そう? アンタがそう言うならそうかもね」

「ご飯はどれくらい入れるデスカ?」

「そうね。大盛りで」

「オッケー! ジャストアモーメン!」

 そう言って、金剛がどんぶりに山のようなご飯を盛る。おい。

「こ、金剛……私は大盛りって言ったのよ。山盛りにしろとは言ってないわ」

「ドントウォーリー! 有希乃ならそれくらいラクショーデスネ!」

 と言ってウインク一つ。

 やれやれ。まあ、調子が戻ったみたいだから良しとするか。

 私は小さく笑ってどんぶりを受け取った。

 うっ! お盆が超重い。なるべく近くの席に座ろ。

「ヘイ、有希乃!」

 急いで席に向かおうとした私に、金剛が声をかける。

「ちょっ! いきなり声をかけないでよ! 危ないじゃない!」

「オウ! これはソーリーネ!」

 金剛がぺロリと舌を出す。

「で、何?」

「えへへ。有希乃に一言言っておこうと思ったネ」

「何を?」

「ワタシはもう……大丈夫デスカラ」

「!」

 その一言と、そして、金剛の笑顔で私は全てを察する。

「そう。分かったわ。じゃあ、早速今日から哨戒に出てもらうわね。榛名を少し休ませたいから」

「オフコース! ちょうどワタシの方からそう言おうと思ってたネ。さっすが有希乃デース!」

 笑顔で頷く金剛に背を向けて、私は一番近くにある……あっ無理だ。利根姉妹がいる。

 なるべく近くの席へと座った。

 やれやれ。とりあえず金剛の件はどうにかなったけど、このご飯、食べきれるかな?

 

 ううっ、お腹が……

 朝食を食べ終えた私は、ポッコリと膨らんだお腹をさすりながら提督室へと向かった。

 お残しするなんてもったいないし、作ってくれた金剛達に悪いから根性入れて食べたけど……

 ヤバイ! 体重が超心配!

 こう見えても、私だって一応女(の子)。当然体重は気になる。

 仕方ない。これから毎朝ジョギングでも――

「提督!」

 そんな私に、背後から声をかけてくる者がいた。この声は……

「榛名? どうしたの?」

 榛名だった。どうやら私を追ってきたらしい。

「あの、ありがとうございました!」

 息を切らせた榛名が、いきなり深く頭を下げる。

「ど、どうしたの、急に?」

「その、金剛お姉さまのこと、本当に……」

「ああ、そのこと。あれ? でも、何で知って――」

「えと、今朝、翔鶴さんから窺って」

 なるほどね、納得。

 けど、翔鶴の奴、昨日の金剛との会話を盗み聞きしてたな。よし、あとでスカート捲っとこう。

「あんな元気なお姉さま久しぶりで、ほんとになんてお礼を言ったらいいか……」

 榛名が、目端に涙を浮かべて言う。

「別にお礼を言う必要はないわ」

「えっ?」

「私は、提督としてやるべきことをしただけ。使える戦力を使えるようにしただけよ。何もお礼を言う必要はない」

「でも……」

「榛名。金剛のこと、よろしくね」

「……はい」

 そう言って、榛名は再び大きく頭を下げた。

 

 朝食ですでに昼食分のカロリーも摂取してしまった私は、昼食も取らずに黙々とを執務をこなしていた。

 と言っても、翔鶴から渡された資料を読んで、これからのことを自分なりに検討していただけなんだけど。

 とりあえず資材の調達は急務だ。

 戦力差が圧倒的なのでこちらから戦闘を仕掛けたりはしないが、遭遇戦などは避けられない。そうなってくると、やはり資材は必要になってくる。

 燃料、弾薬、鋼材にボーキサイトもそうだが、バケツ(高速修復材)がないのも痛い。

 これではどれだけ練度が高くても――というか高いからこそ、大和や陸奥もしくは翔鶴や瑞鶴をおいそれと出撃させることができない。万が一、大破でもしようものなら、それこそ資材がすっからかんになる。

 翔鶴の話では、本国からの支援は期待できないというし……フウ。

 問題は山積みだった。

 確かにこれでは、前任の提督が逃げ出すのも無理はない。

 吉報と言えば、金剛が戦列に復帰してくれたことくらい。

 金剛は、戦線に復帰しつつも食事番は続けるみたい。

 ちなみにここの食事番は、金剛、榛名、大和に陸奥が交代で行っている。

 昼食、夕食、夜食、朝食が一サイクルで、それを金剛・榛名ペアと大和・陸奥ペアが交代で行っている。

 私としては、資材の関係で海に出ることのできない大和や陸奥に食事番を一任したいところだけど(本当は瑞鶴も海に出ることのできない中に入るのだが、腕の問題で食事番にはできないらしい)、大和や陸奥も色々と他にやることがあるらしく、交代制が一番いいようだ。

まっ、私は、金剛が戦線復帰さえしてくれれば文句はないから好きにさせよう。

っていうかあの子、調子が戻った途端、テンション高すぎ。

食事番を大和と陸奥に交代したあと、「今までサボってた分を取り返すデース!」とか言って、何かさせろとうるさいし。

まっ、やる気になったのは結構なことだから、哨戒に出す前に、第二艦隊を再編して(編成は、旗艦金剛、高雄、川内、神通、島風)、少し離れた海域にある、今は放棄された泊地跡(の中で、唯一まだ資材の残っていそうなところ)に燃料と弾薬を取りに行かせたけど。

 コンコン!

「どうぞ~」

 入ってきたのは秘書艦の翔鶴だった。

「提督、遠征を命じた雷と電がそろそろ目標海域に到着するとのことです」

「はっ?」

 私は思わずポカンとなる。

「ごめん、翔鶴。今なんて?」

「えっ? ですから、以前に撤退を命じて手を付けなかったボーキサイトがあったじゃないですか。あれの調達を命じた雷と電が、まもなく目標海域に到達するとの報告が入ったのでお知らせを――」

「私、そんな命令出してないわよ」

「えっ! いや、だって、雷達は確かに、朝礼後に提督からお守りを受け取ると同時に命令を受けたと――」

「言うわけないでしょ、そんなこと。まだ深海棲艦がいるかもしれないし、仮に撃破してボーキサイトを回収するにしても、雷と電の二人じゃ無理だもの。罠の可能性だってあるからね。どっちにしろそんな命令出すわけないじゃない」

「で、でも、ボーキサイトの件は、提督から聞いたと。確かにあの件を知っているのは、わたしと提督、それに大淀だけで、大淀は言っていないと言ってましたし――」

 慌てる翔鶴に、私は小さくため息を吐いた。

「あのね、直接そこを見てきた第二艦隊の連中がいるでしょうが。その誰かから聞いたんじゃないの?」

「あっ!」

 チッ。あのお子様姉妹ったら……

 子供扱いするなって言ってたくせに、やってることは子供じゃないの。

「司令部に行くわ。まったく手間のかかるお子様ね」

 そう言って、私は苛立ちを隠そうともせず立ち上がった。

 

「あっ! て、提督!」

 司令部に入ってきた私を見て、慌てて敬礼しようとする大淀を手で制す。

「雷達から最後に通信があったのは?」

「は、はい。ちょうど十分前です」

「敵はいるの?」

「はい。少数ですが……。しかし、まだ発見されていないため、隠れて任務を続行すると」

「今は通信できるの?」

「現在は不可能です。どうやらその海域にいる深海棲艦に、通信を妨害する者がいるらしく……」

「ありがとう。もういいわ」

 私は内心で舌打ちして、意識を集中する。

 雷に持たせたお守りの中の妖精ちゃんと視界を共有するために。

(妖精ちゃん! 妖精ちゃん!)

 私は意識を集中し、妖精ちゃんとのリンクを試みる。

(……よし、繋がった!)

 リンクした妖精ちゃんの視界が、私のゴーグルに映る。

 どうやら、私の妖精ちゃんとのリンクは妨害されないみたい。

 そこは森の中だった。その中で、雷達がせっせと手を動かし、ボーキサイトをドラム缶の中に詰め込んでいる。

「雷、聞こえる?」

『ふにゃ! えっ? えっ?』

 突然名前を呼ばれて驚いたらしく、雷が素っ頓狂な声を上げた。

「私よ、有希乃。雷、私の声が聞こえるわね?」

『えっ? えっ? 聞こえてるけど……けど、何で司令官の声が……』

「アンタ達に渡したお守りにはちょっとした細工がしてあってね。それを通してアンタ達と会話できるようになってるの」

『し、司令官、アナタ一体何者……』

「そんなこと今はどうでもいいわ。雷、電、何で私の命令なんて嘘吐いてまで遠征に出たの?」

『…………』

「あの提督、何を……」

「翔鶴、ちょっと黙ってて。あとで全部説明するから。雷、電、答えなさい」

『……だって、ボーキサイトがないと、空母の人達出撃できないんだもの』

『……なのです』

「あのね、だからってこんな危険を冒してまで……」

『平気よ、司令官。だって敵には全然気付かれてないもの』

「馬鹿! アンタ達は全然分かってない! いい! 今は見つかっていなくても、帰る時には――」

『もお~、心配性ね、司令官は。……よいしょっと。よし、終わったわ。ほら、回収ももう終わったし、今から帰るね』

「駄目! ドラム缶をその場に置いて、すぐにその海域を離脱するの! 今すぐに!」

『はあ~、何言ってるの、司令官? そんなことできるわけないじゃない』

『なのです』

『これ持ってすぐに帰るからちょっと待っててね』

 そう言って、海に出ようとする雷と電。

「馬鹿! アンタ達はほんとに何も分かってないわ! いい、そんな大量のドラム缶さげて海を走ったら――」

 ガランゴロンガラン!

 ドラム缶が海面を叩く音が辺りに響く。

「敵に発見されやすくなっ――」

 ドゴォォン!

 私の声を掻き消したのは、一発の砲撃だった。

 しまった! 見つかった!

「……言わんこっちゃない。雷、電、敵の勢力は?」

『え、えと……駆逐艦五隻に、あと……嘘……』

「どうしたの、雷? 雷!」

『……戦艦棲姫』

「なっ!」

 戦艦棲姫って、あのゲームにも出てくる超強い奴じゃない!

 あんなの、夜戦でどまぐれの魚雷でも当たらなきゃ、雷や電だけでどうにかできる相手じゃない。

「提督、あの一体何が……」

 翔鶴がまた尋ねてくる。

「……私は、アンタ達に渡したお守りを通して、アンタ達の現在状況が分かったり、離れていても通信できるの。何でかは聞かないで。きっと言っても理解できないと思うから。でも、そういうこと。どうやらこの方法は、敵に妨害されないみたい。で、今それを使って雷達と通信してる。どうやらボーキサイトの回収まではできたようだけど、敵に発見されたみたい。そしてその敵勢力は、駆逐艦五と……そして戦艦棲姫」

「そんなっ!」

「あ、翔鶴姉、こんなところにいた。ねえ、ちょっと資材の残量のことで相談が……」

 驚く翔鶴の横でいきなりドアが開き、そこから瑞鶴が入ってきた。

「どしたの、翔鶴姉? そんなに血相変えて?」

「……翔鶴、瑞鶴にも説明してあげて。雷、聞こえてるわね?」

『……うん』

「雷、電、これは命令よ。今すぐ資材を捨てて戻りなさい」

『…………』

「聞いてるの!」

『……ヤダ』

 語気を強めて言う私に、震えの混じった声で雷が言う。

『このボーキサイトを捨てちゃったら、翔鶴さんも瑞鶴さんも出撃できなくなっちゃう』

「バカ! そんなのまた探せばいいじゃない! さっさと戻りなさい! これは命令よ!」

『……ヤダ』

 そう言って、雷と電はボーキサイトを詰め込んだドラム缶を腰に括りつけたまま、盛大に音を立てて水面を走る。ったく、よく行きは見つからなかったわね。

「何してるの! 追いつかれるわよ!」

『いいのよ。この先にある、前にパラオ泊地のあったところまでもてば』

「えっ?」

『このボーキサイトはそこに置いていくわ。ここにくる時に確認したの。あそこには今、深海棲艦はいない。アイツらの狙いは雷達よ。だったら、ボーキサイトなんかより雷達を優先するはず』

「…………」

『ボーキサイトを置いたら、雷達は可能な限り逃げるわ。だって、もう隠れ家には戻れないもの。雷達が戻ったら、隠れ家の場所がバレちゃう』

「雷、アンタ……」

『奴らがこの海域から離れたら、ちゃんとボーキサイト拾ってよね。せっかく雷達が必死でかき集めたんだから』

「…………」

 私はいつの間にか拳を握りしめていた。

 自分の馬鹿さ加減に嫌気がして。

 私は一度、雷達との通信を切り、唇を強く引き結んで司令部を出る。

「提督、どちらに……?」

「ちょっと出てくるわ。大丈夫よ、すぐに戻るから」

「しかし……」

「心配しないで。ほんとにすぐよ。一分もかからないわ」

「ちょっとアンタ、今の状況分かってんの!」

 状況を聞いたらしい瑞鶴が、私に詰め寄ってくる。

「黙りなさい、瑞鶴。分かってるから出るのよ。ここじゃ騒がしすぎて集中できないからね」

 そう言って私は、まだ何か言いたげな瑞鶴を残して司令部を出た。

 

 司令部を出た私は、そのドアの前で大きく息を吐いた。

 正直なところ、私は自分で自分の行動に驚いていた。

 何故こうもあの子達を助けることに執着するのか。

 これはゲーム。あの子達はただのプログラム。

 この世界にきた今でも、頭からそんな考えが抜けずにいる。

 ならばこそ、ここであの子達が死のうと死ぬまいと、私にとってはどうでもいいこと。

 そう思っていた。

 でも、心のどこかで別の私が言う。心の奥底にいるもう一人の私が言う。

 あの子達を死なせるなと。

 まるであの子達を守ることこそが自分の使命であるかのように、もう一人の私が言う、

 その声が今、私を突き動かしている。

 雷達の覚悟は本物だ。説得はまず無理。となると……

 目を閉じ、意識を集中する。

 フウ。妖精ちゃんとのリンクは確かに便利だけど、距離が離れるほどリンクするのが大変なのよね。

 敵の戦力は駆逐艦五隻に戦艦棲姫。ということは、少なくとも艦載機を飛ばしてくることはない。これはラッキーだ。これならギリギリ間に合うはず。

 そんなことを考えながら、私はさらに意識を集中する。

 ……よし! 繋がった。

「もしもし、聞こえる……」

 

「お待たせ」

 そう言って戻った私に、すぐさま瑞鶴が詰め寄ってくる。

「アンタ、こんな時にどこ行ってたのよ!」

「トイレよ、トイレ。私、緊張するとトイレ行きたくなるのよね」

「ふざけんじゃ――」

「黙りなさい」

 さらに詰め寄ってくる勢いの瑞鶴に、私はピシャリと言った。

「今はアンタと遊んでいる時間はないの。雷、まだ生きてるわよね?」

『……うん。どうにかね』

「状況は?」

『もうすぐ目標地点に着くわ』

「……そう」

 そこで私は、一度言葉を切る。

「雷、最後にもう一度だけ言うわ。今運んでるボーキサイトを捨てて、電と一緒に今すぐ戻りなさい」

『クスッ。司令官ってば、何言ってるのよ。そんなことできるわけないじゃない。さっきも言ったでしょ。そんなことしたら隠れ家の場所がバレちゃう』

「そんなのどうとでもなるわ。電、アンタからも説得して」

『ごめんなさいなのです、司令官さん。電も雷ちゃんと同じ考えなのです』

 電が声を震わせながらそう言った。

「……提督、あの子達も艦娘です。こういった時の覚悟はすでにできています」

「黙りなさい、翔鶴」

 意見を述べる翔鶴を、私は一言で切って捨てた。

「この艦隊の提督は誰?」

「…………」

「言いなさい」

「……アナタです。有希乃提督」

「そうよ。私がこの艦隊の提督。故に、アンタ達は私の命令を聞く義務がある。そうよね?」

「……はい」

「では命令するわ。少しの間、黙っていなさい」

「……はい」

「雷、そして電、どうあっても戻る気はないのね?」

『……うん』

『……なのです』

「……そう。分かったわ。命令違反は重罪よ。戻ってきたらお仕置きだからね」

『……クスッ。何言ってるの、司令官? 雷達はもう戻らないわ』

「そう。じゃあ、もし戻ってきたら、ということにしておくわ」

『……うん。分かった。ごめんね、司令官』

「アンタが謝る必要なんてないわ。謝るのは私の方よ」

『えっ?』

「どうやら私は、まだ心のどこかでアンタ達を子供扱いしてたみたい。ごめんね」

『……クスッ。そうだったんだ。でもいいわ。最期だから許してあげる。寛大な雷達に感謝しなさい』

「ええ、ありがと。ねえ、雷、電。最後に一つだけ命令を聞いてくれる?」

『……戻れって命令以外ならね』

「……逃げるなら東に逃げなさい。その方が距離を稼げるわ」

『……うん。分かった。そうする。じゃあ、通信終わるね』

「ええ。次はこの隠れ家で会いましょう。お仕置きを考えて待ってるわ」

『……えっ?』

 そこで私は通信を切った。

 そして次に、意識を集中させ、雷に持たせたお守りの中にいる妖精ちゃんの視界を私のゴーグルにリンクする。

 どうやら雷達は、私の指示通りに東へ向かったようだ。よし、これなら……

「提督、あの……」

「ああ、ごめんね、翔鶴。もう喋ってもいいわよ」

「『喋っていいわよ』じゃないわよ! アンタ、あの子達を見殺しにする気!」

「……私は、あの子達の意思を尊重しただけよ。だって、これ以上何を言っても聞きそうにないんだもの」

「もういい! アタシが行く! アタシの艦載機があれば……」

「無理ね。アンタの今積んでる艦載機の量じゃ、とても戦艦棲姫に太刀打ちできないわ」

「だからって……そうだ! 大和や陸奥を出せば――」

「今から行って間に合うわけないじゃない。もうちょっと冷静になりなさいよ」

「うるさい! こうなったら――」

「瑞鶴、落ち着いて」

 いきり立つ瑞鶴を、翔鶴がなだめる。

「さっきも言ったけど、わたし達は艦娘。こういった時のことはすでに覚悟しているはずでしょ」

「けど翔鶴姉、あの子達、まだあんなに小さいのに……なのに……」

「瑞鶴……」

 泣きそうな顔ですがりつく瑞鶴を、翔鶴が抱きしめる。

 そんな光景を横目に、私は意識を集中した。

 私が艦娘達に渡したお守りの中の妖精ちゃんが、目の前の光景をしっかりと私に伝える。

 風によって靡いたお守りが、雷と電の後方の光景をしっかりと私に伝えていた。よし、予想通り。

「ねえ、アンタ達。姉妹で慰めあうのはいいけど……」

「えっ?」

「それ、意味ないから」

「……なんですって?」

 私の言葉が聞き捨てならなかったのか、翔鶴から体を離した瑞鶴が私を睨む。

「もう一度言ってみなさいよ」

「何度でも言ってあげる。今アンタ達のしていることにはなんの意味もないから」

「この……!」

 瑞鶴が私の胸倉を掴んだ。

「瑞鶴、離しなさい。命令よ」

「あの子達を見殺しにしといてどの口が……」

「それも間違いね。私はあの子達を見殺しにしたわけじゃないわ」

「……フン。あの子達の意思を尊重したって言うんでしょ? そんなのただの詭弁よ。あの子達は――」

「死なせないわ」

「!」

「私は、あの子達を死なせるつもりはないわ」

「はあ? でも……だって……」

「……クスッ。ねえ、翔鶴、雷達を追っている敵艦隊の編成は?」

「……駆逐艦五隻と……戦艦棲姫です」

「そうよね。対するこっちは駆逐艦が二隻。どう考えても、正面からやりあったら勝ち目はないわ」

「…………」

「おまけに雷達の燃料も残り少ないはずだから、大して逃げないうちに燃料切れになって、敵の駆逐艦に捕まるわね」

 翔鶴が辛そうに唇を噛み締めた。

 瑞鶴がさらに強い視線で私を睨みつける。

 やれやれ。ここまで言っても分からないか。

「さて、そこで問題よ二人とも。この状況で真っ先に雷達に追いつくのは?」

「はあ? アンタ、何言ってんの? さっき自分で言ったじゃない! 敵の駆逐艦でしょ!」

「そうよ。速度的に考えて、雷達に最初に追いつくのは、敵の駆逐艦……だけなのよ」

 そこで、ゴーグルに爆発が映った。徹甲弾だ。

 どこからか放たれた徹甲弾が、敵の駆逐艦に直撃。そのまま敵駆逐艦は轟沈する。

 続けて二発三発。あっという間に敵駆逐艦は全て轟沈した。

「つ、通信回復しました! トラック泊地跡に遠征している第二艦隊より入電! 駆逐艦雷と電を追撃していた敵駆逐艦五隻を撃破。雷、電の救出に成功、とのことです!」

 通信を受けた大淀が、大声で叫ぶ。フウ、何とか間に合ったみたいね。

「よし。第二艦隊にはそのまま後方の敵も殲滅するよう伝えて。と言っても、戦艦棲姫は強いわ。金剛に引き付けさせて、他の者達を後方に回り込ませなさい。それから一気に魚雷を斉射よ」

「は、はい!」

「何? ……どういうこと?」

 状況の分かっていない瑞鶴が、困ったように目を白黒させる。

「ハア。まだ分からないの? 雷達が向かった東には何がある?」

「何って……あっ!」

「ようやく気付いたみたいね。そっ、雷達の向かったパラオ泊地のある海域のすぐ東は、すでに遠征に行かせていた金剛達、第二艦隊の向かったトラック泊地のある海域。でも、いかに第二艦隊といえど、敵の六隻を相手にするのは分が悪いわ。第二艦隊は五隻しかいないし、敵には戦艦棲姫もいるからね。そこで私は、敵戦力を分断することにしたのよ」

「え、えと……つまり……」

「深海棲艦は艦娘を執拗に追いかけている。しかも、今回のこちらの戦力は駆逐艦二隻。ということは、敵は雷達を逃がさないよう、陣形を崩してでも追いかけてくるはず。戦艦棲姫は火力こそ強いものの、速度は低速。つまり、一番最初に雷と電に追いつくのは、敵駆逐艦のみ。そこを狙って、まずは敵駆逐艦が戦艦棲姫から離れたところをこちらの戦艦で強襲……ということですね」

「その通り。さすが、翔鶴。そして……」

 私は、今度は金剛のところにいる妖精ちゃんに意識を集中させ、妖精ちゃんの視界をゴーグルにリンクする。

 すると金剛が、すでに一隻となり、川内、神通、高雄、島風の魚雷を食らって身動きの取れない戦艦棲姫に向かって、自慢の主砲をぶちかましていた。

 そしてそれは見事に直撃。ゲームならクリティカルヒットとでも出ていることだろう。

それを皮切りに、第二艦隊全員が火線を戦艦棲姫に集中させる。

 その集中砲火を受けた戦艦棲姫は耐え切れずに大破。そのまま爆散した。

「引き続き第二艦隊から入電です。雷と電を追撃していた敵艦隊を全て殲滅。周囲に敵影なし。とのことです」

「となるわけ」

「…………」

 フウ、よかった。どうやら増援はないみたいね。

「ねえ、瑞鶴。分かったら、さっさとこの手をどけてくれないかしら」

「!」

 瑞鶴が慌てて私から手を離し、決まりの悪そうな顔でそっぽを向く。

 要はこういうことだ。

 雷達の覚悟が揺るがないと感じた私は、急ぎ妖精ちゃんを使って、すでにその付近の海域に遠征を行っていた金剛率いる第二艦隊に通信、状況を伝えた。

 そして、そこで持ち帰るはずだった燃料や弾薬(幸運にも薬状の物がいくつか残っていた)で補給させて、雷達の救出に向かわせたわけだ。

 やれやれ、説明すると簡単だけどうまくいってよかった。

 増援でもあったら目も当てられなかったわ。

 瑞鶴から解放された私は、そのまま妖精ちゃんを通して、金剛との通信に入る。

「もしもし、金剛聞こえる? ご苦労様。敵の追跡には十分注意して戻ってきてね。それと、雷と電はそろそろ燃料切れだから、みんなで手分けして連れてきて。よろしくね」

 

 金剛と川内にお姫様抱っこされた雷と電が隠れ家に戻ってきたのは、それから数時間後のことだった。

「おかえり」

 そう言って、私は二人を出迎える。

 金剛と川内におろされた二人は、困ったような決まりの悪いようなそんな顔をしていた。

「……ただいま」

「……なのです」

「とりあえず無事で何よりだわ。ところで二人とも、最後の通信の時、私が言ったことを覚えてる?」

「うっ! お仕置き……」

「はわわ……」

「そうよ。よく覚えてたわね。でもその前に……」

 私はスッと目を細めた。

「聞かせてもらおうかしら。どうして私の命令を無視したの?」

「そ、それは……だって……」

「…………」

「答えられないわけないわよね。答えなさい二人とも。立派な一人前のレディーでしょ?」

「うっ! だって、あそこで逃げたら、この隠れ家の場所バレちゃうし……」

「私は、敵に見つかる前にも帰って来いと言ったはずよ。それにこの隠れ家だって、引き払って別のところを探せばいいだけでしょ。どうせ他の場所も放棄されてるんだから、そこに移ればいいだけの話よね」

「ボ、ボーキサイトだって、あれがないと空母のみんなが……」

「そう。分かったわ。じゃあ、ボーキサイトは私が取ってくるから、アンタ達は……そうね、アンタ達のお姉ちゃん二人、暁と響を連れてきなさい」

「「なっ!」」

「だって、そういうことでしょ? アンタ達は、自分達よりボーキサイトが大事なんでしょ? じゃあ、アンタ達が自分より価値があると思ってるボーキサイトは私が見つけてきてあげるから、アンタ達はそのボーキサイトより価値のない駆逐艦を二隻連れてきなさい」

「ううっ……」

「はうぅ……」

「アンタ達がしたのはそういうことよ」

「「…………」」

 雷と電は、目を赤くして俯いている。

「アンタ達の覚悟は確かにすごかったわ。私も、心のどこかでアンタ達を子供扱いしていたのは申し訳ないと思う。でもね……」

 私は、二人を優しく抱きしめた。

「私は隠れ家の場所やボーキサイトなんかより、アンタ達の方がずっと大事なの」

「「!」」

「隠れ家はまた移せばいい。ボーキサイトはまた見つければいい。でもね、アンタ達を蘇らせることは私にはできないの」

「「…………」」

「だからね、もう二度とこんな無茶なことをしてはダメよ。いいわね?」

「……ううっ。グスッ……ひっく……」

「ひぐっ……ふぇぇ……」

 雷と電から嗚咽が漏れる。

「お姉ちゃん達からもらった大事な命でしょ。大切になさい。でもほんと……無事でよかった」

「うえ、ひっく、うぇぇ……ごめんなさ~い!」

「ひっく、ふぇ、すみませんなのです~!」

 二人が大声で泣きながら私にしがみつく。やれやれ。

「分かればいいの。ところでお仕置きの件、覚えてるわよね?」

「……うん」

「……はいのです」

「よろしい。では、二人へのお仕置き。もうこれからは私の命令に背いたりしないこと。いいわね?」

「……グスッ、うん」

「……ひっく、はいなのです」

「よろしい。いい子ね」

 そう言って、私は二人の頭を優しく撫でた。

 

 

 

▲▲▲

 

「…………」

 眠れない夜だった。

 と言っても、ここ最近ぐっすり眠った記憶なんてない。

 虚無が現れたその日から、雷達艦娘に安眠なんて許されなくなった。

 暁や響がいなくなってからは特にそう。

 わたし達、暁型四姉妹はずっと一緒だった。ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、寝る時も一緒だった。

 それが突然いなくなった。

 でも、雷は悲しみにくれることなんてできなかった。

 だって電がいる。

 一番下の妹がいる。

 電に悲しい思いをさせないこと。一人にしないこと。それだけが雷を動かしていた。

 だから、いつもは電と手を繋いで、次の任務に差し障るからと無理やり眠りに入るのだ。

 でも、いくら自分に言い聞かせても、今日はなかなか寝付けなかった。

「電、起きてる?」

「……はいなのです」

 手を繋いでいた電が、ギュッと手を握り返して答える。

「眠れないね」

「……なのです」

「何でかな?」

「……多分、あの司令官さんのせいだと思うのです」

「……そうよね」

 そう。ほんとは理由なんて最初から分かっているのだ。

 あの新しく着任した司令官の言葉が、ずっと雷の頭に焼きついている。

 だから眠れないのだ。

「ねえ電……」

「はいなのです」

「あんなに怒られたの久しぶりだね」

「……はいなのです」

 そう。誰かに怒られたのなんてほんとに久しぶりだ。

 暁や響を失ってから、みんなはまだ幼い雷達に気を使って、必要以上に優しく接してくるようになった。

 その気遣いは確かにありがたいものだったけど、けどそれは、かえって雷達に暁や響がもういなくなったことを再認識させるのだ。

それがさらに雷達の心を重くする。気遣いなんていらないと、雷にさらに背伸びをさせる。

「あの司令官、今までの人達とちょっと違うよね?」

「……なのです。でも電は、あの人の方がいいのです」

「そうよね。雷だってそう」

 あの司令官の言葉は、今までの司令官や仲間達の言葉よりもずっと深く、雷達の心に突き刺さった。

 あの人の言葉が、雷の心に載っていた何かを軽くしてくれた。

「ねえ電……」

「はいなのです」

「このままじゃ眠れそうにないわよね?」

「……なのです」

「じゃあさ……」

 

▲▲▲

 

 

 

「何で人間のアンタがこんなところにいるのよ!」

 二人きりのお風呂場(という名の入渠ドック)で、いきなり瑞鶴が、私に向かって怒鳴り散らしてきた。

「それは、私がアンタ達のて・い・と・くだからよ」

 何で突然提督になったのかは分からないけど、と私は内心で付け加える。

「提督なんてアタシ達には必要ないの! さっさと消えて! 瑞鶴達には、幸運の女神がついていてくれてるんだから!」

「フーン。その女神様とやらは、どうやら胸の脂肪はくれなかったようね」

 私はチラリと瑞鶴の胸を見て、勝ち誇ったように言う。こう見えても、胸には結構自信アリ(さすがに愛宕には勝てないけど)。

「ブチッ! 何ですってぇ……」

「いや、これは失礼。お風呂にまで飛行甲板を着けてる変な艦娘がいたもんだから、ちょっと口が滑ってしまったわ」

「……言ってくれるじゃない」

 いきなり場所が切り替わった。

 そこは……崖だった。嘘っ! 何で崖?

 と突っ込む間もなく、私の両腕が急激に重くなる。

 気が付くと、私の両腕には大量のドラム缶(多分中身はボーキサイト)が縛り付けられ、身動きができなくなっていた。

 そんな状態で、私は崖に落ちる一歩手前にいる。

 そして、私の目の前には瑞鶴が立っていた。

「瑞鶴、何のマネよ!」

「何のマネって、アンタが、雷達にカッコつけて何とかするって言ってたボーキサイトを取って帰ってきたところでしょ?」

 あれ? そうだったっけ? でも変だな。じゃあ、何でこんなシチュエーションになってるの?

「さすがは提督。こんなにたくさんのボーキサイトを持って帰ってくるなんてすごいわね」

 そう言って、瑞鶴が一歩、また一歩と近づく。

 クッ! 逃げたくても、体が全く動かない。

「ちょっと瑞鶴! 何で近づいてくるのよ!」

「いや~実はさ、優秀な提督にちょっとお願いがあってね」

 と、瑞鶴が私の一歩手前で止まる。

「な、何よ、お願いって?」

「実は、もう金剛達が大量にボーキサイトを持って帰ってきてさ。提督が持ってきたのは隠れ家に入りきらないのよ。だから、それはもう必要ないの。でさ、捨てるのももったいないから、これからそのボーキサイトを、違う場所にいる艦娘達に持っていってくれる?」

「はあ? 違うところってどこよ?」

 そこで瑞鶴がニッコリと笑う。

「あ・の・世♡」

 そして、瑞鶴はいきなり私を突き飛ばした。

 

「イヤァァァァァァァァ!」

 私は叫び声を上げながら目を開けた。

「へっ?」

 あれ? 私……生きてる。……夢?

 どうやら夢だったようだ。私は、安堵して大きく息を吐く。

 しかし瑞鶴め。夢の中でまで私にケンカを売ってくるとは。今度思いっきりスカート捲ってやる。

 喉がカラカラだ。とりあえず水でも……

 そう思って立ち上がろうとした私だったけど、体がピクリとも動かない。

 ま、まさか、まだ夢の中なんてオチは……

 そんなことを考えていると、私の耳に聞こえてくる安らかな寝息が二つ。

 私は急いで首を動かす。すると……

「あら?」

 いつの間に潜り込んできたのか、雷と電の二人が私のベッドに入り込んで、私の両腕をしっかりと抱きしめて眠っている。

 やれやれ。どうやら悪夢の原因はこの子達みたいね。

 とりあえず水が飲みたかった私は、二人に掴まれた両腕を引き剥がしにかか……ろうと思ったけどやめた。こんな天使みたいな寝顔見せられちゃね。

 しょうがない。もう少し寝かせといてやるか。

 

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