艦これif  ~ポンタローバージョン~   作:ポンタロー

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第四章 艦隊のアイドル

「あ~、いいお湯だわ~」

 ここに来て一週間、私は、朝食後の朝風呂に浸かりながら、ゆっくりと体をほぐしていた。

 今朝の朝礼で翔鶴に叩かれたほっぺがまだ痛む。

 おにょれ、翔鶴め。ちょっと軽い冗談でスカート捲ったくらいで、あんなに怒らなくてもいいじゃない。

 そりゃ、朝礼の場でスカート捲ったから、みんなが翔鶴の白い紐パン見ちゃったけどさ。

翔鶴が白い紐パン穿いてることなんてみんな知って――

「あれ~? 提督じゃないですか~」

 妙に間延びした艶っぽい声が聞こえてくる。

「ああ、ぱんぱかぱんじゃない」

 愛宕だ。その横には高雄もいる。

「も~、だからぱんぱかぱ~んは口癖で、名前じゃないです~」

 愛宕がほっぷをぷっくらと膨らませて怒りを表す。

 体は大人なのに、態度は妙に子供っぽい。

「提督もお風呂ですか?」

「ええ。高雄達は哨戒帰り?」

「はい。今日も特に問題はありませんでした」

「そう。ご苦労様」

 愛宕達が体を洗って湯船に入ってくる。

 しかし……

 ボイン。プルルン。

 ほんとすごい胸。あんなスイカみたいな塊二つも胸につけて重たくないのかしら?

「提督~? どうしたんですか~? わたし達の胸に何かついてます~」

「……うん。若干殺意を覚えそうなけしからんスイカが四つほど……ハッ!」

 私はそこで我に返った。

「ゴメン、忘れて。それより高雄、この前は下着ありがとね。助かったわ」

「いえいえ。サイズは大丈夫でした?」

「……ああ、うん。大丈夫よ」

 ほんとはブラがちょっと大きかったんだけど……言えない。私にもプライドってもんがあるのよ。

「そうだ、提督~。この前の指揮、お見事でした~」

「へっ? 何のこと?」

「雷ちゃんと電ちゃんを助けた時のことですよ」

「ああ、そのこと……」

 つい先日、雷と電が無断で遠征に出かけて、パラオ泊地跡に残してきたボーキサイトは、あの後無事に回収できた。そして、それを陸奥が薬状に加工(薬への加工は陸奥の仕事らしい)。正規空母にはちょっと物足りないけど、軽空母には十分な量だ。

「みんな、見事な指揮だったって褒めてましたよ~」

「いや、そんなことは……」

 どうしよう。顔が自然とニヤケちゃう。褒められるのは嫌いじゃない。

「ええ。雷ちゃんと電ちゃんを助けてくださって、本当にありがとうございます」

「い、いいのよ。私は提督として当然のことをしただけなんだから。ウハ、ウハハハハ」

 顔のニヤケを抑えきれず、とりあえず笑っておく私。

 どうしよう。褒められるのって超嬉しい。

「フン。調子に乗ってんじゃないわよ」

 しかし、幸せ絶頂だった私を、その一言が急速に突き落とした。

 いつの間にか、瑞鶴がお風呂に入ってきてる。

「あの子達を助けたのは金剛達でしょ。そいつは何もしてないじゃない」

「そんなことないわよ~。提督が指揮したからこそ、高雄ちゃん達は救援に向かえたんだし~」

「……フン。たまたまよ、たまたま」

 ほんと、一気に冷めた。

 確かにその通りではあるけど、さすがにそんな言い方されるとムカつくわね。

 そりゃ第一印象は悪かったかもしれないけどさ、それにしたって噛み付きすぎだっつうの。

「たまたままぐれでいい結果を出したからって、調子に乗らないでよね。言っとくけど、アタシはまだアンタを提督だと認めたわけじゃないんだから」

「瑞鶴さん! それはちょっと言いすぎじゃ――」

「いいのよ、高雄。瑞鶴の言う通りだわ」

「あら、随分と物分りがいいじゃない。殊勝な心がけね」

「ええ、確かに慢心は禁物よ。あなたの言う通りだわ。ゴメンね、甲板娘」

 ピキッ!

 私の言葉に、瑞鶴が大きい青筋を立てる。

「い、今、何て言ったの?」

「あら、聞こえなかった? ちゃんと謝ったのよ。ゴメンなさいね、甲板娘。さん付けの方がよかったかしら?」

「だ、誰が甲板娘ですって?」

「アンタよ、アンタ。他のみんなを見てみなさい。胸に飛行甲板着けてるのはアンタだけでしょ?」

 私、巨乳。高雄、爆乳。愛宕、神乳(爆乳を超えし胸)。

「……フッ」

「……アンタ、ひょっとして、アタシに喧嘩売ってんの?」

「ひょっとしなくても売ってるわよ。っていうか、無料で配布してるわよ。アンタにだけね」

「……おもしろいじゃない」

 体を洗っていた瑞鶴が、お湯を体に流して立ち上がる。

 お風呂内に一触即発の空気が流れた。

 ガラッ。

 しかし、そこでいきなりお風呂のドアが開いた。

「提督、申し訳ありませんが、ちょっと目を通していただきたい書類が……」

 翔鶴だった。服を着たままお風呂に入ってきた翔鶴が、状況を把握できずに首を傾げる。

「どうかしました?」

「……いえ。何でもないわ。すぐ行くから」

 瑞鶴も翔鶴の前でモメる気はないのか、それ以上噛み付いてはこなかった。

 お風呂を出た私は、綺麗に洗濯されたタオルで急ぎ体を拭いた。

「ゴメンね、提督~。わたし達のせいで~」

 同じくお風呂から上がってきた愛宕達が、申し訳なさそうに言う。

「何言ってんの。アンタ達は何にも悪くないわ。むしろ、私の方こそゴメン。なんか空気悪くしちゃって」

「そんな、提督は何も悪くありません」

「ありがと高雄。とりあえず私は提督室に戻るから。アンタ達はゆっくり休んで」

「……はい」

 それにしても瑞鶴め。全く、いちいち噛み付いてくるのやめてくれないかしら。

 心の中でまだムカムカしていた私は、とりあえずそんな気分を払拭するため、脱衣所の冷蔵庫に入っている大和特製ラムネを……あれ? ラムネ切れてる。おのれ、瑞鶴め~(これは完全に八つ当たり)。

「オ、オオー。飲み物の補充にきたよ~」

『キュイ~』

 そこに物凄いベストタイミングで、島風がやってきた。その足元には連装砲ちゃんの姿も見える。

 長くて綺麗な白い髪に、ウサ耳を連想させる黒いリボン。そして、羞恥心の欠片も見られない超露出度の高い服装(完全にパンツは丸見え)。

駆逐艦島風。駆逐艦中最高の性能を誇る、ご存知のぜかまし。

 よし、いいタイミング。これも私の日頃の行いがいいおかげね。

「島風、ちょうどよかったわ。いいタイミングよ」

「えへへ。偉い? 島風、偉い?」

「うん。偉い偉い。ラムネ一本ちょうだい」

「は~い」

 島風からラムネを一本受け取って、私はグイッと一気飲み。クゥ~~、沁みる~。

「ほんじゃ、残りは冷蔵庫に入れとくね~。牛乳とフルーツ牛乳も忘れずに~」

 島風が、慣れた手つきで冷蔵庫に飲み物を補充していく。

 こっちの世界の島風はよく働くわね~。アニメじゃ、超自由人っぽいけど。

「補充終わり~。ほんじゃ、しっつれいしま~す。おいで、連装砲ちゃん」

『キュイ~』

 そう言って、補充を終えた島風は、その名の通り、風のような速さで去っていった。

「あの、提督……」

「ん? どしたの高雄?」

「その……瑞鶴さんのこと、どうか悪くお思いにならないでください。瑞鶴さんは、まだ少し提督と打ち解けてはいませんが、ほんとはとても優しい仲間思いの艦娘なんです」

 そう。それは分かっている。雷と電の一件も、真っ先に助けに行くと言ったのはあの子だ。仲間思いなのは十分分かっている。

 ただ、ああ露骨に噛み付いてこられると、たまにイラッとくるけど。

「大丈夫よ。ちゃんと分かってるから」

「よかった。ありがとうございます」

「ゴメンね。気を遣わせちゃって。愛宕も」

「いえいえ~。あっ、そうだ! もしよろしければ、これから一緒にお茶しませんか~」

「へっ? お茶?」

「はい。わたし達はもうお休みするだけなので、これからお茶でもしようって話してたんです。ですから、もしよろしければぜひご一緒に」

 お茶会か……うん、悪くないわね。艦娘達と親睦を深めるチャンスかも。

「うん。ぜひうかが……っといけない。そういえば、翔鶴から書類に目を通すよう言われてたんだ」

「そうですか……残念です」

「けど、大丈夫。すぐ終わると思うから。少し遅れるけど、その後伺ってもいい?」

「はい、もちろん! それでは、お時間ができましたら、わたし達の部屋までお越しください」

 

 翔鶴に頼まれた書類を速攻で片付けた私は、急ぎ足で高雄達の元へと向かっていた。

 書類の内容は、食糧の備蓄率について。食糧については、今のところ特に問題はない。

 水はこの隠れ家の島にある湧き水を利用できるし、食糧にしたって、最悪現地調達は可能(というか、今も半分はそうしている)。ということで、あっさりと仕事は終わり。

 私は髪を手櫛で整え、一つ咳払いして高雄の部屋をノックした。

「は~い」

「あ、私~」

「提督~、お待ちしてましたよ~」

 艶っぽい声の愛宕にドアを開けてもらい、私は部屋の中へと入る。

 高雄達の部屋は、簡素だが手入れの行き届いた綺麗な部屋だった。

「おっ! 提督ではないか。待っておったぞ~」

 長く綺麗な髪を左右で縛った、古風な喋り方の重巡洋艦利根が羊羹を齧りながら言う。

「あら、利根じゃない。アンタ達もお呼ばれ?」

「はい。ちょうど時間が空きましたもので」

 私の問いに答えたのは、利根の隣に座っていた、利根の姉妹艦筑摩だ。利根と同じく長い髪をした、清楚という言葉がとても似合う艦娘。

「ほら、利根姉さん。お口の周りに羊羹が付いてますよ」

 そう言って、筑摩が利根の口元を拭う。

「むっ、そうか。すまんな、筑摩。助かったぞ」

「いえいえ」

 利根に礼を言われて筑摩はニッコリ。

 な、何なの? この熟年夫婦のような会話は。

「提督、どうされました?」

「え、あ、いや……その、今日はお招きありがと」

「とんでもない。あ、座ってください。今、お茶をお入れしますね」

 高雄が慣れた手つきでお茶を入れ、それに栗羊羹を添えて出してくれる。

「おおっ! おいしそうな羊羹ね」

「はい。榛名さんが作ってくれたんです」

 なるほど、やるわね榛名。私的に超ポイント高いわよ。

「結構この四人で集まるの?」

「はい~。あとは羽黒ちゃんもよくきますよ~。今日は任務ですけどね~」

「そうなんだ」

 私はお茶を一口すすり、羊羹を一欠けら口に放り込む。

「うむ。我々は元教官ということもあっての。昔から仲が良いのじゃ」

「教官? 先生ってこと?」

「はい。わたし達は、元々軽巡や駆逐艦の子達の教官を務めていたんです」

 筑摩がしっとりとした声音で説明してくれる。

「それより提督よ。先日はよくぞ雷と電を救ってくれた。礼を言うぞ」

 突然利根が、齧っていた羊羹を置いて、深々と頭を下げる。

「ど。どしたの急に?」

「クスッ。実は利根さん、提督にずっとお礼を言いたかったそうなんです。雷ちゃんも電ちゃんもわたし達の教え子ですから」

 そう高雄が説明してくれる。

「そ、そうなんだ。でも、愛宕達にも言ったけど、私は提督としてやるべきことをしただけよ。礼を言われるようなことじゃないわ」

「いや、それでも言わせてほしい。危うく吾輩は、また何もできぬまま教え子を見送るところじゃった」

「また?」

「うむ。教え子達の多くは、すでに吾輩より先に逝ってしまった。吾輩は教え子達を守る立場にあったにも関わらず、今もこうしておめおめと……」

「姉さん、それは――」

「やめなさい、利根」

 拳を握りしめて後悔を絞り出す利根に、私はピシャリと言った。

「自分を責めてもどうにもならないわ。今のアンタには、後悔するより先にまだやれることが残ってる。違う?」

「…………」

「後悔するのは死んでからで十分でしょ?」

「……うむ。そうじゃな。すまんかった、提督。どうやら暗い空気にしてしまったようじゃな」

「気にしないで。私も一度、アンタ達とはゆっくり話をしてみたいと思ってたからね。それより――」

 バタン!

 そこでいきなりドアが開く。

「洗濯物で~す!」

 そしてそこに、明るい声と共に島風が入ってきた。

「あら、島風ちゃん。いつもご苦労様」

「あ、筑摩さん。今日もお茶会?」

「ええ。アナタも一緒にどう? 榛名さんが作ってくれたおいしい羊羹もあるわよ」

 羊羹の言葉を聞いた島風が、一瞬だけ悩むような表情を見せ――しかし、すぐに首を振った。

「ううん、やめとく。まだお手伝い残ってるから。やっぱりこういう仕事は、速いわたしがやらないとね」

「……そう。頑張ってね」

「それじゃ、おっ邪魔しました~。行くよ、連装砲ちゃん」

『キュイー!』

 そう言い残して、島風は風のように去っていった。

「行っちゃったわね~」

「そうね……あのさ、島風の仕事って、牛乳の補充とか洗濯物を配ることなの?」

「それだけじゃないですよ~。この艦隊の雑用とかはほとんど島風ちゃんがこなしてるんです~」

「ほんと! すごいわね」

 なんか随分と私の思ってたイメージとは違うな。

「それだけじゃなくて、哨戒任務もこなしてますし~」

「うむ。ちと無理しすぎじゃな。筑摩、島風が倒れぬよう見ててやれ」

「はい。利根姉さん」

 さすが元教官。ちゃんと教え子のことに心を配ってる。

「あ、提督~。お茶のおかわりはいかがですか~?」

「ありがと、いただくわ」

 そう言って、愛宕からお茶のおかわりを受け取る私。

「のう、提督よ」

「ん~? 何~?」

「話は変わるが、お主は以前どこの鎮守府におったのじゃ?」

「さあ?」

「『さあ?』」

「分かんないの。私、記憶喪失だから」

「「「「はっ?」」」」

 お茶を飲んでいた四人の手が止まる。

「私、ここにくるより前の記憶がないの。はっきりと覚えているのは名前くらいなもんね。ああ、もちろん一般常識やアンタ達艦娘に対しての基礎知識くらいは覚えてるわよ。けど、他はさっぱりなの」

「は、初耳じゃぞ」

 と利根が言う。

「今初めて言ったからね」

「あの、翔鶴さんはそのこと……」

 と高雄。

「知らないわよ。今初めて言ったって言ったでしょ。別に話してくれてもいいわよ」

「何故、今まで黙っておられたのですか?」

 と筑摩。

「だって聞かれなかったもの」

「まあ普通は、記憶はちゃんとありますかなんて聞きませんもんね~」

 と一人のんびり声で言う愛宕。

「お、お主、本当に提督なのか?」

「ん~、多分?」

「た、多分って……」

「瑞鶴から聞いた話じゃ、私はアンタ達の新しい提督ってことでここにきたみたいよ。まあ実は、その辺の記憶もなかったりするんだけど。けどまあ、とりあえずアンタ達の提督になりにここにきたってことは間違いないんじゃない」

「「「「…………」」」」

「あら? ひょっとして警戒した?」

「い、いや、そのようなことはないが……」

「クス。利根、ちょっとうろたえすぎよ。大丈夫。少なくとも、私がアンタ達の味方であることは間違いないわ」

「記憶を失っているにしては、随分とはっきり言い切るのですね?」

 と高雄が硬い声で言う。

「ええ。記憶がなくても、それだけははっきり言えるわ」

「何でですか~?」

 と全く動揺が感じられない口調で言う愛宕。

「私がはっきりと覚えていることは二つ。一つは自分の名前。そしてもう一つは……自分の使命」

「使命じゃと?」

「そ。記憶を失っても、それだけははっきり覚えてる。絶対にアンタ達を守るっていう使命だけはね」

「「「「…………」」」」

「おかしいでしょ? 笑ってもいいわよ」

「い、いえ、そんな……」

 筑摩が困惑した表情で言った。

「そう? 私だったら笑うけどな。新参者の提督が、絶対アンタを守るなんておこがましいこと言ってるんだから」

「「「「…………」」」」

「だから、笑いたかったら笑ってもいいし、私を信じられなくなったならそれでもいい。私は、ただ行動で示すだけ。これから先もアンタ達を守り続けてね」

 そう言って、私はお茶を飲み干した。

 しばらく無言の時間が続く。

 やがて、利根が小さく笑った。

「信じよう、お主のことを。お主は雷と電を助けてくれた。吾輩にとっては、それだけで十分にお主は信用に値する」

「……そうですね」

「はい」

「ウフフ」

 利根に続き、筑摩、高雄、愛宕も笑みをこぼした。

 重くなりかけていた空気がゆっくりと解れていく。

 バタン!

 そこでまたも、いきなり部屋のドアが開いた。

 私は、危うく落としそうになったお茶碗を何とか押さえ込む。

「高雄さ~ん! 川内ライブ、はっじまっるよ~!」

 入ってきたのは那珂……じゃなかった川内だ。川内型軽巡洋艦川内が、姉妹艦である那珂みたいな髪をして入ってきた。

 えっ? 何? 何で川内が那珂みたいなことしてんの?

 引き締まったスレンダーな体に、セミロングの髪を靡かせた川内が、スマイル全開でアイドルみたいなポーズを決めている。

「姉さん、やっぱりやめましょうよ」

 川内の隣にいた、川内の妹にあたる川内型軽巡洋艦二番艦の神通が、必死になって姉の腕を引っ張っている。

「んもう、神通ってば何言ってんだか。おっ! 今日は利根さんと筑摩さんもいるじゃん。やった~! 今日のお客さんは四人だね!」

「あ、あの……アンタ、川内よね?」

 私は、目の前の光景が信じられずに思わず尋ねる。

「あれ? 提督じゃん。そうだよ~、キラリン☆」

「アンタ、何してんの?」

「何って、見れば分かるじゃ~ん。ライブだよ、ライブ。でもまだ特訓中だから、リハーサルって感じかなぁ。まだ教官だった重巡の方達にしか聞いてもらってないしね」

「そ、そうなんだ……」

 説明を求めようと四人を見ると……

「ガタガタガタガタ」

「ブルブルブルブル」

「ガチガチガチガチ」

「オドオドオドオド」

 四人が四人とも、まるで何かに怯えるように顔を青くして、いきなり貧乏ゆすりを始めたり、小刻みに震えたり、歯をガチガチと鳴らしたり、妙にオドオドしだしたり、挙動不審な動きを繰り返してる。

「ど、どしたの、アンタ達?」

「い、いや、何でもないぞ。なあ、筑摩よ」

「え、ええ……」

「そうですよ~。別に無意識の内に体が震えてしまうなんてことないですよ~」

「そ、そうです。わたし達はいたっていつも通りですよ」

 いや、そんなこと言ってる時点で普通じゃないでしょ。と突っ込みたかったけど、四人があまりに何かに怯えているように見えたので言えなかった。

「さあみんな、工廠ドックへレッツゴー!」

 それを聞いた四人の体がビクリと飛び上がる――と思ったら、突然利根がお腹を押さえて倒れこんだ。

「こ、これはいかん。どうやらお茶を飲みすぎて、腹を壊してしまったようじゃ。すまんが、吾輩は辞退ということで」

「それはいけないわ。わたしは利根姉さんに付き添います。ゴメンなさいね、川内ちゃん」

「あら~、どうやら哨戒任務の疲れが今頃出てきたみたい~。ゴメンね~、わたしもちょっと無理かな~」

「あ、そういえばわたしもちょっと最近疲れが溜まってて……」

 と、四人が四人とも、何だかんだと理由をつけて不参加を表明する。どうやら、相当行きたくないらしい。

 それを聞いた川内が、可愛くほっぺを膨らませた。

「え~! 誰も見にきてくれないの~! 誰でもいいから付き合ってよ~」

 そこで、川内の視線が私に標準を合わせる。

「ねえ提督、このあと時間ある?」

「え! まあ、大丈夫だけど……」

「ほんと! じゃあさ、わたしの歌聴いてかない?」

「え、ええ……別にいいけど……」

「やったぁ! それじゃあ一名様ごあんな~い!」

 川内が無理やり私を立たせ、背中を押し始めた。

「て、提督よ。本当に良いのか?」

「い、いいも何も、ただ歌を聴くだけでしょ? それくらいなら別に……」

「なんと!」

 利根が感動したように涙を流しながら、私の肩を掴む。

「ほ、骨のある人物じゃとは思っておったが、まさかこれほどとは。吾輩は今、猛烈に感動しておるぞ」

「は? 感動?」

「ええ。どうやら提督は、真、信頼するに値する人物のようです」

「いや筑摩、そんなおおげさな……」

「提督~、ありがとね~。大丈夫よ~、骨はちゃんと拾ってあげるから~」

「な、何で骨を拾う必要が……」

「提督、ご武運を」

「高雄、何言って……っていうかみんな、何で敬礼すんの!」

 そんなことされたら、超不安になるじゃない!

「さてさて、それでは~、川内ライブへレッツゴー!」

 

『※○―×▲☆♪※○』

「~~~~」

 その十分後、私はようやく利根達の態度の理由を理解した(まあ、した時にはすでに手遅れだったわけだけど)。

 騒音というのもおこがましい声が、私の耳を爆撃する。こ、これは音痴なんてレベルを超えてるわね……

 下手という言葉が霞むくらいにひどい川内の歌声。いや、歌というよりも爆撃。ちょ、ちょっとありえないわ……

 けど、本人はいたって気持ち良さそうに歌っている。私の近くでは、神通がもはや諦めたように照明などを操作していた。あの子、よく平気で聴いていられるわね……

 徐々に私の意識が遠のいていく。

 も、もう……ダ……メ……

 

 

「お~れは、○ァイアン! が~き大将~」

 それは歌という名の大量殺戮兵器だった。

 いや、それを歌と呼んでいいものか。歌と形容するのも躊躇われるほどの騒音。

 私の耳に、回避不可能な爆撃が襲い掛かる。

「イヤァァァァァァァァァァ!」

 

 

「ハッ!」

 何かとてつもない悪夢にうなされて、私は目を覚ました。

 目を開けて最初に飛び込んできたのは真っ白い天井。ここは……

「提督! よかった! 気が付いたんですね!」

 誰かの涙声が聞こえる。

 首だけを動かして声の方に顔を向けると、川内型軽巡洋艦の二番艦神通が、目を赤くしてこちらを見つめていた。

「神通? 何でここに……ていうか、私何で寝てんの?」

 確か高雄達とお茶してて、その後……

「うっ!」

 頭が割れるように痛い。ダメだ。頭痛すぎて何も思い出せないや。

「提督は川内姉さんの歌を聴いて気を失われたんです。ですから、わたしがここに……」

 よく見ると、そこは私の寝室だった。

 そうだ。私、川内の歌(という名の爆撃)を受けて気を失ったんだ。

「すいません、提督。姉がご迷惑をおかけして……」

「いや、それはいい……いや、よくもないか。とにかく、アンタのせいじゃないわ。けど神通、アンタ、よくあの歌を聴いて平気だったわね」

「…………」

 神通が、無言で私に手を差し出す。

 なるほど、耳栓か。

「提督~、生きとるか~」

 そこに、利根、筑摩、高雄、愛宕の四人が入ってくる。

「あ~! アンタ達、よくも私を生贄にしてくれたわね!」

「人聞きの悪いことを言うな。提督が歌を聴くくらい別にと言うたんじゃろうが」

「うっ! そ、それはそうなんだけどさ、一言忠告してくれたっていいじゃない」

「すみません。提督は、一般人であるにも関わらず、ボーキサイトを食べたり、わたし達と同じお風呂に入られてる方でしたから、もしかしたら大丈夫なのではと」

 筑摩が丁寧に頭を下げる。

「いや、さすがにあれはちょっとシャレにならないでしょ。もはや爆撃に近いわよ、あれは」

「ですよね~。わたしも一度聴いて、寝込んじゃいましたから~」

「すいません、愛宕さん」

「ああ、ゴメンね神通ちゃん。アナタを責めてるわけじゃないのよ~」

「けどさ、何で川内が歌なんて歌ってんの? そういうのは那珂の役目じゃなかったっけ? 川内は、三度の飯より夜戦好きみたいなキャラだと思ってたんだけどな」

 翔鶴に渡された資料にもそう書いてあったし。

「……昔はそうだったのですが、妹の那珂ちゃんがいなくなって以降、姉は、那珂ちゃんの真似をするようになってしまって……」

「真似って……あの髪型とか歌とかを?」

「はい。どうやら姉さんは、那珂ちゃんが艦隊のムードメーカー的な役割を果たしていたと考えているらしく、那珂ちゃんがいないのなら、姉の自分がやるしかないと」

「そ、それは中々……コメントしづらいわね」

「思い込みの激しい姉がご迷惑をおかけします」

「コメントはともかくじゃ、今はまだ特訓中とかで、吾輩達しかあやつの歌を聴いておらぬが、最近妙な自信をつけて、近々艦隊のみんなにも歌を披露すると言うとったぞ。提督よ、何とかならんかの? このままでは、あやつの歌で、艦隊全員行動不能のまま全滅なんてことも……」

「そ、それはさすがに困るわね。全員に耳栓を配るにしたって、根本的な解決にはならないだろうし。かといって、本当のことを言って、川内がへこんで使い物にならなくなるのも困るし。分かった。何か考えてみる」

 

 とは言ったものの……

 参ったな。半日考えてみたものの、いい考えがさっぱり出ない。

 一番の良案としては、川内の歌唱力の上達なんだろうけど、私は歌に自信なんてないから教えることはできないし……

 ハア。誰か、歌のうまい艦娘でもいれば……

「ラ~~、ラララ~~」

 そこに透き通るような美声が響いてきた。心が酔いしれるような美しい歌声。

 この声……お風呂からだ。

 私の体が自然と引き寄せられるかのようにお風呂へと向かう。

「提督? どうされたのですか?」

 そこにいたのは大淀だった。

 湯船に浸かっていた大淀が、一人歌を口ずさんでいたようだ。

「どうかしました? 服を着たままで」

「あっ! ゴメン、服脱ぐの忘れ――って、そうじゃなくて! 大淀、さっきの歌、アンタが歌ってたの?」

「え、ええ、そうですけど……」

「でかしたわ!」

「はっ?」

 私の言葉に、大淀がキョトンとした顔をする。

「大淀! アンタは我が艦隊の救世主よ!」

「あの、申し訳ありませんが、何を仰っているのか、わたしにはさっぱり……」

「理解できなくてもいいの。大淀、アンタはこれから川内に歌を教えなさい。いい? これは命令よ」

「川内に歌を……ですか?」

「そう。これは最優先事項よ。我が艦隊が、味方の歌が原因で壊滅なんて末代までの恥を晒さないためのね」

「あの、提督。話がさっぱり見えない上に、大変言いにくいのですが、それは無理です」

「何で! どうして! 艦隊壊滅の危機なのよ!」

「わたしの仕事は……わたし以外の者にはできませんから」

「あっ!」

 そうだった。今の我が艦隊に、大淀と並ぶ通信士はいない。

 大淀が休んでいる間は、翔鶴が何とか代わりを務めているが、翔鶴には秘書艦としての仕事もあるのだ。いくらなんでもずっと通信士をさせるわけにはいかない。

「そっか……」

「すみません、お役に立てず」

「いいの。確かにアンタの言う通りだわ」

「いえ、そんな……あっ、そうだ! 提督、遅くなりましたが、この前の戦闘指揮、お見事でした」

「はっ? 何のこと?」

「雷と電のことです」

「ああ、それか。ありがと。けど、私は自分の仕事をしただけよ。大したことじゃないわ」

「そんなことありませんよ。おかげでわたしは、また仲間の轟沈を聞くことも報告することもせずに済んだのですから」

「……そっか。仲間の被害報告を一番最初に受けるのはアンタだもんね」

「……はい。わたしって、どうやら周りからはクールっていうかドライなイメージがあるみたいで」

「…………」

「そのせいで、周りからは仲間の死を悼んでいないように言われるんです。誰々が轟沈しちゃったのに、大淀さんっていつもどおりですよね、って」

「…………」

「これでも結構、堪えてるんですけどね」

「……そう。辛かったわね」

「……いえ。わたしには、わたしの戦いがありますから」

「そう。ありがとう。これからも頼りにしてるわ」

「はい。ああ、そうだ。先ほどの歌の件ですけど……」

「えっ?」

「歌の教官をお探しなら、一人、うってつけの艦娘がいますよ」

 

「大事な~時間重ねたい、ぽ~いぽいぽい……」

 洗濯室から楽しげな声が響く。

 なるほど、確かに上手ね。

「こんばんわ、睦月」

「ッ!」

 私の声に、歌っていた人物――睦月型駆逐艦の一番艦、睦月は、洗濯板に擦り付けていた手を止めて、驚いた顔でこちらに振り向いた。

「にゃわ! て、提督! 何でこんなところに!」

 睦月が慌てて立ち上がり、敬礼しようとする。

「ああ、敬礼はいいわ。ちょっとアンタに用があってね」

「む、睦月にですか?」

「そ。さっき、ちょこっとだけ歌を聴かせてもらったけど、アンタ、随分歌がうまいのね」

「そ、そんなことは……」

「誰かに歌を習ってたりしたの?」

「い、いえ。ただ、お友達の吹雪ちゃんや夕立ちゃんと一緒によく歌ってたから、それで……」

「そう」

 私は一つ頷き、睦月の両肩に手を置いた。

「にゃっ! えっ! えっ! えっ!」

「睦月、今から私の言うことをよく聞いて」

「ひゃ、ひゃい!」

「アンタはこれからしばらくの間、洗濯はしなくていいわ」

「ええっ! で、でも……」

「そのかわり、川内に歌を教えてちょうだい」

「……はっ?」

「川内に! 歌を! 教えるの! いい? これは命令よ。アンタに拒否権はないわ。艦隊の命運がかかってるからね。冗談抜きで」

「は、はあ……」

「別にトップアイドル並にしろとかそこまでは言わないから、とりあえず人並み程度にまで、川内の歌の練度を上げてちょうだい」

「は、はい……そ、それはいいんですけど、その間、お洗濯はどうするんですか? 他のみんなは忙しくて、とても代わりなんて頼め――」

「私がするわ」

「ええええぇぇぇぇっ!」

「アンタが川内に歌を教えてる間の洗濯は、私が代わりにする」

「そ、そんな……」

「それほどの事態だと認識してちょうだい。いい? これからしばらくの間、川内にも他の仕事をさせないから、アンタはその間に、徹底的に歌を叩き込んで。言うこと聞かないようなら、私の名前を出しても構わないわ」

「は、はい……」

「お願いよ、睦月。アンタが最後の砦なの!」

 

 

 

 数日後、睦月に特訓の成果を見てほしいと言われ、工廠ドックへきてみたんだけど……ダ、ダメだわ。足が震えちゃってる。

 何とかここまではきたものの、私の中では、すでに前回の出来事がトラウマになっていた。

 でもダメよ。頑張りなさい、私。ここで川内をどうにかしないと、艦隊が壊滅しちゃうわ。

「提督、きたぞ~!」

 そこに、利根、筑摩、高雄、愛宕の四人が入ってくる。ちなみにこの四人には、まだ特訓の成果披露の件は話していない。

「ご苦労様。さあ、入って入って」

「何用じゃ? 急を要する任務とは? というかお主、ちょっと足が震えておらぬか?」

「お顔の色も優れませんよ?」

「大丈夫ですか?」

「ひょっとして寝不足~? 睡眠不足はお肌の天敵よ~」

 フ、暢気に私の心配をしていられるのも今の内よ。アンタ達もすぐにこうなるんだから。

「いやいや、私は大丈夫よ。それより任務の内容を説明するわ。アンタ達、これから私と一緒に川内の歌を聴きなさい」

『!』

 私の言葉を聞いた四人の顔が、一瞬にして青ざめた。

「な、ななな……」

「そ、そそそ……」

「や、ややや……」

「む、むむむ……」

 そして、私と同じように足が震えだす。おお、ビビッてるビビッてる。

「て、提督よ。お主、吾輩達に轟沈しろと言っておるのか?」

「大丈夫よ。睦月に特訓させたから。その成果を今日確認するの。私達、五人でね」

「だ、大丈夫なの~」

「フ、大丈夫よ……メイビー」

「メイビー! 今、メイビーって言いましたよね? メイビーって!」

「フ、アンタの聞き間違いよ、高雄」

 私はそう言って、何食わぬ顔で耳をほじる。

「ゴ、ゴメンなさい提督~、わたしちょっと用事が~」

「う、うむ。実は吾輩も……」

「利根姉さんが行くならわたしも……」

「そ、そういえば、わたしも……」

 四人が我先にと工廠ドックを出ようとする。

 しかし、私は素早くドアの前に回りこみ、仁王立ちした。

「フフフ、甘いわよアンタ達。この私が逃がすとでも思ってんの? アンタ達がこの時間にやるべき任務は、全て私が翔鶴に命じて空けてあるわ。つまり、この時間のアンタ達に、私の命令よりも優先してやるべき用事なんてないのよ。ウフフフフ……」

「クッ!」

「フフフ、私一人でヴァルハラに行くのは寂しいからね。アンタ達には供をしてもらうわよ。ウフフフフ」

「み、見損なったぞ、提督! 骨のある人物じゃと思っておったのに、仲間を道連れにするとは!」

「落ち着いて、利根姉さん! 万が一に備えて用意しておいた耳栓がここに!」

「おおっ! でかしたぞ、筑摩! さすがは吾輩の愛しい妹じゃ!」

「そんな……ポッ」

「とりゃ!」

 私は、筑摩が利根に差し出した耳栓をぶんどり、遠くへと投げ飛ばした。

「ああ、なんということを!」

「応急修理女神にも匹敵する、わたし達の命綱が!」

「こんなもんつけてたら歌が聴こえないでしょうが!」

「提督一人で聴けばいいじゃろうが!」

「それじゃアンタ達を呼んだ意味がないでしょ!」

 醜く言い争う私達。

 ガチャン!

 そんな時、工廠ドックの照明が一気に落ち……ある一角にスポットライトが点灯した。

「どうやら始まるようね。諦めなさい利根。時間切れよ」

「ぐむむ……仕方ない。筑摩、死ぬ時は一緒じゃぞ」

「はい。利根姉さん」

「高雄ちゃん、今までほんとにありがとね」

「お礼を言うのはわたしよ。今までありがとう、愛宕ちゃん」

 すでに全員、気分は黄泉への旅路だった。

 そして、この世の終わりみたいな顔をしている私達の前に、アイドルみたいな衣装に身を包んだ川内が現れる。

 ほっぺには絆創膏。体のいたるところには包帯を巻き、目には眼帯。

 い、一体どんな特訓をしたのかしら……私は、確かに歌の特訓を命じたはずだけど……

 私達の近くで腕を組んで様子を見つめていた睦月に尋ねてみたかったけど、もうそんな時間はなさそうだ。

 神通は、前回と同じく照明担当。

「みんな~、今日はきてくれてありがとう~!」

 満身創痍にも関わらず、川内が明るく手を振ってくる。

 私達は、恐怖に体を震わせながらも、小さく手を振り返した。

「それでは、パワーアップした川内ちゃんの歌を聴いてください! ……でも、その前に、何でみんな、そんなに遠くにいるの~? もっと近くにおいでよ~!」

 そう、川内がいるのは広い工廠ドックの一番奥。対する私達がいるのは、工廠ドックのドアの前(に全員一列で並んでいる)。

 つまり……超離れている。

「艦隊のアイドル川内ちゃんを間近で見るチャンスだよ~! もっと近くにおいで~、キャハ☆」

 その言葉に、私達は無言で視線を交わし合い、「アンタが行きなさいよ」的な意思を訴える。

 しばらくそんな視線のやりとりを続けた結果……

「い、いい? それじゃあ、全員で一歩ずつ前に出るわよ」

 という結論に達した。

 そして私達は、たっぷりと時間をかけて川内のすぐ前に到着。

 この距離で聴く歌が、もし前回と同じだったら……フ、私達は終わりね。

 よし、とりあえず、万が一に備えて用意しておいた耳栓で、私だけでも生き延び――

 ガシッ!

 そこで、私の両隣にいた利根と愛宕が、ニッコリと微笑みながら私の両手を握ってくる。

 その目には、それぞれ「まさか自分だけ助かろうなどとは思っておるまいな?」「そんな都合の良い話は通りませんよね~?」的な意思がはっきりと見て取れた。

 チッ、いいわよ。やってやるわよ。見事に死に花咲かせてやろうじゃない(何が見事かは分からないけど)。

「それじゃあ、ミュージックゥ~、スタートォ~!」

 軽快な音楽が工廠ドックに響き、前奏の後、川内が口を開く。

 私は思わず目を閉じた。

 ああっ、終わった――

「恋のトゥーフォー、イレ~ブン♪」

 えっ?

 私はゆっくりと目を開けた。

 私の耳に届くのは、天使のような美しい歌声。

 こ、これ、川内の歌……よね?

 私は思わず周りにいた四人と顔を見合わせる。

 歌っているのは間違いなく川内だ。

 ほんの数日前まで、歌で深海棲艦を撃沈できるんじゃないかと思うほどひどい音痴だった川内。

 しかし、それがたったの数日でこんなに……

 睦月に視線を向けると、睦月はニッコリ笑って親指を立てて見せた。

 ホッ。どうやら今回は、睦月に掬われたようね。

 

 

 

▲▲▲

 

 安らかな寝息が、すぐ隣から聞こえてくる。

 隣で眠っている川内姉さんは、本当に気持ち良さそうで。

 わたしには、それがとても嬉しかった。

 睦月ちゃんに特訓してもらって臨んだ今日のライブ。

歌い終わった後、提督をはじめ、聴きにきてくれた利根さん達も大きな拍手をくれた。

満面の笑みを浮かべ、得意げな表情で喜ぶ川内姉さん。

そしてわたし達は、自室へと帰ってきた。

帰ってきた川内姉さんはそのままパッタリ。

けどその顔は、とても満ち足りたものだった。

 姉さんのこんな安らかな寝顔を見たのは本当に久しぶり。

 勝気な川内姉さんに、真面目で不器用なわたし、そしてお調子者の那珂ちゃん。

 わたし達はいつも一緒。姉妹仲もとても良かった。

 小さい時からずっと一緒。いつも一緒。

 でも、那珂ちゃんが虚無に呑まれてから、川内姉さんは変わってしまった。

 眠れなくなってしまった。

 毎夜、涙を流しながらうなされていた。何度も那珂ちゃんの名前を呼びながら。

 那珂ちゃんは、川内姉さんを庇って虚無に呑まれた。

 わたしも、そして川内姉さんも、那珂ちゃんが呑まれるのをすぐ目の前で見ていた。

 そしてそれから、川内姉さんは眠れなくなった。

 あの時の姉さんの言葉が、今もわたしの頭に残っている。

「何で!」と「どうして!」を何度も繰り返し、そして最後に、「自分が守らなきゃいけなかったのに!」と叫んだ。

 帰投したわたし達に残されたのは、ちゃぶ台の上にポツン残された、持ち主を失った一つのマイク。自称、艦隊のアイドルを名乗っていた那珂ちゃんの宝物。

 無言でそれを握りしめ、川内姉さんは泣いた。ただずっと泣き続けた。

 そしてそれから、姉さんは那珂ちゃんのマネをするようになった。

 姉さんは、表面上、艦隊のムードメーカーだった那珂ちゃんのあとを継ぐと言っていたけど、それが本当の理由でないことをわたしは知っている。

 姉さんは忘れないでほしかったのだ。那珂ちゃんのことを。

 お調子者でウザ可愛いなどと呼ばれていたわたし達の妹のことを、いつまでも風化させず、みんなの心の中に留めておいてほしかったのだ。

 だから姉さんは歌い始めた。那珂ちゃんの歌っていた歌を歌い始めた。

 けど、わたしは心配でならなかった。

 任務にアイドル活動(?)、まともに眠れない状況の中で、それに没頭する姉さんが、わたしには心配でならなかった。

 わたしがいくら言っても姉さんは聞く耳を持たず、結果として、わたしには姉さんが倒れないよう見守ることしかできなかった。

 けど、そんな姉さんを、あの人が救ってくれた。

 新しくきた提督。あの人が、あっという間に姉さんを救ってくれた。

 ずっと一緒にいた妹のわたしには何もできなかったのに。

 不思議な人だ。なんだか提督という感じがしない。

 任務中はともかく、普段はわたし達と同じ目線で接してくる。

 本当に不思議な人だ。

 けど、少なくとも危険な存在ではないと思った。

 ゆっくりと目を閉じる。

 那珂ちゃんがいなくなってから、うなされる姉さんが心配で、わたしもあまり眠れなかった。

 けど……

 今日はぐっすり眠れそう。

 

▲▲▲

 

 

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