ここにきて十日が経った。
最初は戸惑うことの多かった私も、今ではすっかりここでの生活に馴染み……
「よし! 真っ白♪」
今日も朝礼前から元気に洗濯物を洗っていた。
今洗っているのは翔鶴の白い紐パン。
当然のことながら、艦娘によって下着の好みも様々。
翔鶴は白(大半は紐パン)を好むし、陸奥は黒いスケスケ。雷や電なんかのお子様達はもちろん白だし、大和なんてなんとビックリ紫の――
「にゃわ! て、提督! 何してるんですか!」
大和ご愛用の紫色のTバックを洗って広げていたところに睦月がやってきた。
「あら睦月、おはよう」
「あっ、おはようございま――じゃなくて! どうして提督がお洗濯なんかしてるんですか! もう川内さんのレッスンは終わったんですよ!」
「なんでって決まってるじゃない」
私は、大和の下着を握りしめて仁王立ち。
「そこに洗濯物があるからよ」
「…………」
睦月が呆れたような視線を向ける。
「提督、大和さんの下着を握りしめて力説されても、全然カッコよくありませんよ」
「……失敬」
私は、いそいそと大和の下着をしまう。
「とにかく、洗濯は睦月がしますから、提督はご自分の仕事に戻ってください」
睦月がズリズリと私の背中を押して、洗濯室から追い出そうとする。
「ねえ睦月……」
「はい。何ですか?」
「川内の件、ありがとね」
「えっ?」
私を押していた睦月の手が止まった。
「ほんと助かったわ。アンタのおかげよ」
「そ、そんな……」
睦月の顔が朱に染まる。
「睦月なんかが少しでもお役に立てたならよかったです」
「役に立ったなんてもんじゃないわ。アンタが文字通り、この艦隊を救ったのよ」
「にゃわ! あ、あんまり褒めないでくださいぃ」
睦月が真っ赤になって顔を伏せた。
「む、、睦月、落ちこぼれだから、今まであんまり褒められたことなくて照れちゃいますぅ」
「クスッ。可愛いわね。でも、助かったのは本当よ。だから、ありがと」
「そ、そんな……睦月、戦闘じゃなんの役にも立てない落ちこぼれだから。だから、少しでもお役に立てるのならって、それで……」
「そんなに自分を卑下することないのに。アンタは立派なこの艦隊の一員なんだから」
「あ、ありがとうございますぅ」
「さてさて、そんじゃ私は行くとしますか。睦月、あとはよろしくね」
「はい♪」
さてと、洗濯の続きを睦月に任せて、私は提督室へと戻る――と、待てよ。
そういえば、すでに洗い終わって乾かしていた分の洗濯物がそろそろ乾くはずね。
よし、いつもは洗濯物の配達は島風に任せるとこなんだけど、最後に自分で配ってから提督室に行くことにしよう。
なんか私、こういう雑用っていうか家事っぽいことも好きみたい。
普段は書類に目を通したり、頭を使ったりする仕事が多いから、こういう単純作業がいい気分転換になるのだ。
さてさて、それでは……
「あの……提督……」
そこで誰かが私を呼びとめた。振り向くと、そこにいたのは……
「あら神通。おはよう」
神通だった。どうやら私を見つけて声をかけてきたみたい。
「随分と起きるの早いじゃない。朝礼にはまだ時間あるわよ」
「いえ、わたしは哨戒帰りで……」
「ああ、そっか。ご苦労様。これから寝るの?」
「はい。あの、提督……」
「ん? 何?」
「川内姉さんのこと、本当にありがとうございました」
そう言って、神通が深々と頭を下げる。
「ひょっとして歌のこと? いいっていいって。それに私は何もしてないわ。川内に歌を教えたのは睦月なんだから、お礼を言うなら睦月によ」
「はい。けれど、提督が睦月ちゃんに頼んでくださらなかったら、姉さんはずっとあのままでしたから」
どうやら艦娘の姉妹艦ってのは、妹が真面目なケースが多いみたい。榛名といい、筑摩といい、神通といい。あの姉達はできた妹をもって幸せね。ちょっと羨ましいわ。
「やれやれ、真面目ね。ほんとに気にする必要はないわ。私はやるべきことをしただけなんだから。それより神通、これからも川内のことよろしくね」
「……はい」
「よろしい。ほんじゃ私は、乾いた洗濯物をみんなに届けに行くから」
「えっ! 提督がですか?」
「そうよ~」
「そんな! 提督がなさるくらいならわたしが……」
「ああ、いいのいいの。私が好きでやってるんだから。アンタは哨戒帰りなんだからゆっくり休みなさい。じゃあね~」
乾かしていた洗濯物を取り込んだ私は、それらを丁寧にたたんでみんなの部屋に配っていた。
え~と、これで最後かな。最後は……利根と筑摩の分ね。あの子達は同室だから……
私は、最後に残った洗濯物を届けるために、利根と筑摩の部屋へと向かう。
あれ? あの子達の部屋、ちょっと開いてる。
「利根~、筑摩~、洗濯物持ってきたわ――って、ギョワ~~~~!」
ドアを開けた瞬間、私は叫んだ。
中では、筑摩が利根のパジャマを嬉しそうに脱がせている。
「ア、ア、アンタ達、何やってんの!」
私に気付いた筑摩がニッコリと微笑んだ。
「あら、提督? 何と言われましても、ただのお着替えですけど」
「き、着替え?」
「はい。利根姉さんは寝起きが悪いから、いつもわたしがお着替えさせているんです♡」
「うみゅ。筑摩、寒いのじゃ」
「はいはい。ちょっと待っててくださいね♪」
まだ寝ぼけ眼の利根に、筑摩がニッコリと微笑んで服を着せていく。
あ、ああ、なるほど。着替えか……
そうよね。そう。それだけよ。それだけのはずよ。
フウ。筑摩の脱がせ方があまりにエロかったから、一瞬勘違いしちゃったわ。
「そ、そう。着替えね。でも、アンタさっき、利根の脱いだパジャマの匂い嗅いでなかった?」
「あらヤダ。見てらしたんですか」
おいおい、否定ぐらいしなさいよ。
「姉さんの脱いだパジャマ、とってもいい匂いがするんです。姉さんがいない時なんかは、姉さんのお布団に入ったりもしてますよ♡」
筑摩が興奮気味に語り出す。
「わたし、一日三回は姉さんの匂いを嗅がないと元気出なくて。この前なんか、姉さんがお風呂に入ってる間に、こっそり姉さんの脱いだ下着を――」
「ああ、ゴメンなさい筑摩。私、朝礼前に翔鶴に頼まれてたことがあったんだわ。それじゃ」
私はそう言って、急いでドアを閉めた。
ハアハア。ま、全く、どうなってんのよ、姉妹艦ってのは。瑞鶴といい、筑摩といい。ちょっと仲良すぎじゃない。っていうか、仲良すぎて百合百合しい香りが漂ってるわよ。
「……フウ」
私は大きく深呼吸して、提督室へと――
「あら、提督じゃない」
「ひゃい!」
戻ろうとして、いきなりかけられた声に腰を抜かしそうになった。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「な、なんだ、陸奥か。ビックリさせないでよ」
長門型戦艦の二番艦、陸奥。ショートの髪をした長身の美女。それに加え、愛宕や高雄に勝るとも劣らぬダイナマイトなボディの持ち主である。
「ビックリしたのはこっちの方よ。声をかけただけで飛び上がるんだもの。何かあったの?」
「い、いや、別に何も。ウハ、ウハハハハ」
私は、とりあえず笑って誤魔化すことにした。
「? まあいいけど。それよりちょうどよかった。提督、これから時間ある?」
「え? 時間? まあこのまま提督室に戻っても急ぎの案件があるわけでもないし、朝礼までなら大丈夫だけど」
「よかった。じゃあ、ちょっと付き合って」
「へっ?」
陸奥に連れてこられたのは、大和の部屋だった。
「さ、入って入って」
「いや、入ってって、ここ、大和の部屋じゃ……」
「いいからいいから♪」
楽しげに言う陸奥に促されて部屋の中へ入ると、そこは他の部屋とは似ても似つかぬ高級感に満ち溢れた一室だった。
高そうな絨毯に、高そうなティーテーブル、おまけに天蓋付きのダブルベッド。他にも、頭に高級という単語を付けなければ語れないような家具の数々。
「すごい。まるでホテ――」
「ルじゃありませんよ」
私の心を先読みしたかのようにそう言ったのは、大和型戦艦の一番艦、大和だった。
優美でしっとりとした京美人を思わせる風貌ながら、今は慣れた手つきで紅茶を注いでいる。
「提督、こんな時間にどうされたんですか?」
「わたしが連れてきたの。ちょうど、提督とゆっくりお話してみたかったし。構わないでしょ?」
「ええ、もちろん。それでは、こちらへどうぞ」
そう言われ、私は大和に勧められた椅子に腰を下ろす。
こ、この椅子、提督室にあるのより座り心地がいい。
「どうぞ」
「……どうも」
大和から受け取った紅茶から、いい香りが立ち上る。
「ん~、いい香り♪ いっただきま~す」
陸奥が嬉しそうに紅茶に口を付けた。
「ん~おいし。どうしたの提督? 飲まないの?」
「あっ、いや……」
「ひょっとして紅茶お嫌いでしたか?」
「そ、そんなことないわよ。いただきます」
私は危なっかしい手付きで紅茶を口に運ぶ。
「あっ、ほんとだ。おいしい……」
「でしょ? 大和の入れてくれる紅茶は絶品なのよ」
「そんな……」
褒める陸奥に照れる大和。どうやらこの二人はとても仲良しさんみたい。
「あの提督、こちらのマカロンもどうぞ」
「ありがと」
お礼を言ってマカロンを一口齧る。うん。こっちも美味。
「で、え~と、何で私お呼ばれしたの?」
「何でって、さっき言ったじゃない。ゆっくりお話したかったからよ」
「話って、私と?」
「そっ。だって、アナタがきてから結構経つのに、まだゆっくり話したことないんだもの。だから、ね♪」
そう言って、陸奥がウインク。
「ねえ提督、ひょっとしてアナタ、緊張してる?」
「ギクッ!」
どうしよう。その通りだった。
確かに私は、この二人を前にしてちょっと緊張気味。
翔鶴や他のみんなの前ではそんなに緊張することもなかったんだけど、なんかこの二人は、大人というかお姉さん的なオーラがあって、ちょっと緊張しちゃうのよね。
「そんなに緊張しないでください。これでもわたし達、提督ともっと仲良くなりたいと思っているんです」
「えっ? そうなの?」
「そっ。それなりに信用もしてるしね」
これは意外なお言葉だった。てっきりもっと警戒されてると思っていたのだ。
「何で? 私、新参者よ。他のみんなだって最初は警戒して――」
「クスッ。そのみんなから最近色々聞くのよ。アナタのこと」
「え? 何て?」
「そうね~。いつでもスカートを捲りたがる変態提督とか」
「うっ!」
「それは翔鶴さんですね」
「ううっ!」
お、おにょれ、翔鶴。今度スカート捲るついでに紐パンの紐も解いてやる。
「ど、どうやらあんまり良い話じゃないようね」
「そんなことないわよ。それ以外はみんな良い話♪」
「へっ?」
「そうですね。みんなそれぞれ言い方は違いましたが、要約すると、アナタはちょっと変なところもあるけど、信用しても大丈夫なお方といったところです」
大和がそう言ってニッコリ笑う。
「そ、そうなんだ……」
嬉しいような嬉しくないような複雑な気分……
「でね、わたしはそんな提督と一度ゆっくりお話してみたいと思ってたの。聞くところによると、アナタ記憶喪失なんですって?」
「ええ。ここにくる前の記憶はさっぱりないの」
「ふ~ん」
「その割りにはあまり焦っているようには見えませんね」
「そりゃ焦って記憶が戻るならそうしてもいいけどね。やるべきことはちゃんと分かってるもの。今はそれで十分よ」
「クスッ。わたし達を守ってくれるんでしょ?」
そう言って、陸奥がウインク一つ。
「そ。笑いたかったら笑ってもいいわよ」
「笑いませんよ。現にアナタは、雷さんと電さんを助けてくれましたから」
「そういうこと。アナタは自分の言ったことを、言葉ではなく行動で示した。それだけで十分よ」
「……ありがと」
「それじゃあ次ね、記憶を失くした提督は、普段どんなことを考えているのかしら?」
「どんなこと考えてって……別に普通よ。最近考えてることといえば、まあ艦隊の資材をどうにかしなきゃとはもちろん考えてるけど、一番はアンタ達のパンツのことかしらね」
「「はっ? パンツ?」」
「そっ。(アニメとかだと諸々の事情で見えないんだけど、こっちはリアルだから)この前、金剛達に雷や電を救出に行かせた時に思ったんだけど、みんなメチャクチャスカート短いから、航行の時も戦闘の時もパンツ丸見えなわけよ。あんなカッコで戦って大丈夫なのかな~、とかね」
「「…………」」
「いやいや。もちろんスカートが短い理由(その方がオタク受けするからとか、この程度の露出がなければ昨今のこの業界では生き残れないから)は分かってるのよ。けどさ、リアルでスカート全開のパンツ丸見えで戦ってるアンタ達を見てると、おかしいを通り越して不憫に思えてきてね」
「はあ……」
「不憫……ですか」
「ここは提督として、雷が穿いてるみたいなタイツの着用を義務付けようかとか色々考えてるわけよ」
「「…………」」
「だって、あのままじゃ夜に哨戒に行く子だってお腹冷やしちゃうだろうし、艦娘だって女の子なんだから、やっぱりお腹を冷やすのは――」
「プッ、ククク……」
「クスクスクス……」
熱弁する私に二人が笑いをこぼす。そして……
「「アハハハハハハハハハハハハ!」」
とうとう堪えきれないといった感じで吹き出した。
「えっ? 何? 私、なんか変なこと言った?」
「アハハ! それ、本気で言ってる?」
「今のお話はおかしいところしかありませんよ」
「何言ってんのよ。私はこれでも真剣にアンタ達のお腹のことを……」
「アハハ! あ~おかし。こんなに笑ったのいつ以来かしら。ねえ、大和?」
「ええ。わたしは生まれて初めてかもしれません」
「そうよねぇ。あー、ほんとおかしかった。どうやらアナタは、みんなが言ってた通りの人だったみたい」
えっ? 何それ? 勝手に納得されても困るんだけど。
「ですね。わたしの想像とは随分と違う方のようですが」
「そうよねぇ。けど、信用できるっていうのは間違いなさそう」
「そのようですね」
「あの~、二人で話を進めてないで、私にもちゃんと説明してよ。ぼっちにすると泣いちゃうわよ」
「ゴメンゴメン。要するに、これからよろしくねってとこ」
「です」
「はあ……」
まあよく分かんないけど、とにかく二人は私に対して警戒心とか敵愾心はないみたい。
「まあ、強いて一つだけお願いがあるとすれば……」
「早く資材状況を改善して、わたし達を出撃させてくださいね♪」
「うっ! りょ、了解。善処します」
二人の部屋を出た私は、朝礼を終え、朝食を摂るために食堂へと向かっていた。
資材、資材か~。そうよねぇ~。
今の状況じゃとても艦隊決戦とかはできないもんなぁ。
もちろん可能な限り戦わない方向ではいくけど、いざという時に資材は必要だもんなぁ。
「フウ……」
まあ、資材の状況改善も急務だけど、他の艦娘達との関係改善も進めなくちゃ。
う~みゅ。他の艦娘達ともっと打ち解けるにはどうすればいいんだろう。
まあ、翔鶴はともかくとして、雷電姉妹(名前をまとめると怒るから、本人達の前にでは言わないけど)は先日の一件以来、なにかと懐いてくるようになったし(いつの間にか呼び名がお姉ちゃんになってるし)、それに、高雄姉妹や利根姉妹、それから川内姉妹に睦月あたりとは随分と打ち解けてきたんだけど、他の連中がね~。
特に瑞鶴なんて私に敵意剥き出しだし、瑞鳳や羽黒なんて、私が話しかけただけで逃げちゃうもんな~。どうしたもんかな~。
そんなことを考えつつ、食堂へと向かう。
食堂には、すでに何人かの艦娘達が、朝食をとるために集まっているわけだけど……あっ! 瑞鳳発見! 一人でポツンとご飯食べてる。
よし。ここは一つ、親睦を深めるために相席しよう。
そう思い、私は金剛から朝食を受け取って、瑞鳳のもとへ向かった。
「ここ、いい?」
「あっ! て、提督……」
慌てて敬礼しようとする瑞鳳を手で制す。
「ああ、敬礼はいいわ。基本的には、平時は敬礼しなくていい。戦闘時はしてもらいところだけどね」
「はあ……」
「それより、ここ、いい?」
「……どうぞ」
消え入りそうな声で了承を得た私は、瑞鳳の向かいの席に座った。
「どう、調子は?」
「…………」
とりあえず無難に話題を振ってみるものの反応なし。ううむ、手ごわい。
ゲームでは少なくとも無口なキャラじゃなかったはずなのに。
卵焼きが大好きで、天真爛漫って感じだったんだけどな~。
そこで私はふと気づく。
「あれ? 瑞鳳、卵焼き食べないの?」
「ッ!」
瑞鳳といえば卵焼き。そんなイメージが強かったのだが、瑞鳳のお盆には卵焼きのお皿が載っていなかったのだ。
私の言葉に、瑞鳳の体が小さく震えた。おおっ、反応あり。
「ひょっとして、もう食べちゃったとか? もしよかったら、私の卵焼き――」
「やめて!」
お近づきになろうとして、卵焼きを瑞鳳のお皿に移そうとした私の手が、ピシャリとはたかれた。
私の箸からこぼれ落ちた卵焼きが、コロコロと床に転がる。
「あっ……!」
それを見た瑞鳳から泣きそうな声が漏れた。
「あの、あの……すいません!」
瑞鳳が逃げ出すようにして食堂を去っていく。わ、私、何かまずったかしら?
そんなことを考えながら卵焼きを拾おうとした私のもとに、雷電姉妹がやってきた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
暁の帽子を被った雷が尋ねる。
「あら、二人とも。これからご飯?」
私は、若干気まずくなった空気を払拭すべく、努めて明るい声で尋ねる。
「はいなのです。あの、お姉ちゃん、瑞鳳さんのこと、怒らないであげてほしいのです」
「あ、やっぱ見てたんだ」
私は思わず頬を掻いた。
「どうやら私、相当嫌われてるみたいね」
「そ、そんなことないわよ。ただ、今の瑞鳳さんに卵焼きは……」
雷が言葉を濁す。
「卵焼き? 瑞鳳って卵焼き好きじゃなかったっけ?」
「む、昔はそうだったけど、今は……あんまり好きじゃないのです」
「どういうこと?」
「その……卵焼きは、瑞鳳さんのお姉ちゃんである祥鳳さんが、任務帰りの瑞鳳さんによく作ってあげてた料理なの。それで瑞鳳さんも卵焼きが大好きになって、自分でも作るようになったの。瑞鳳さんと祥鳳さん、ほとんどおんなじ艦隊になったことなかったから、自分も卵焼きを作れるようになって、祥鳳さんに食べさせてあげるんだって」
「でも、祥鳳さん、少し前の戦いで、瑞鳳さんを庇って……」
なるほど。死んだお姉ちゃんを思い出すから、思い出の詰まった卵焼きは見たくもないと。
「なるほどね」
「祥鳳さんがいなくなってから、瑞鳳さん、ずっと暗いままで。雷達も何とか元気づけようとしたんだけど、やっぱりダメで」
「それで、みんなで話し合って、少しそっとしておいた方がいいということになったのです。心の傷は、時間が癒してくれるのを待つしかないって」
なるほど。状況は分かったけど、それは多分無理だと思うな。
何より、このままじゃ作戦にも影響が出るだろうし、安心して出撃させることもできない。
「だからお姉ちゃん、瑞鳳さんのこと、しばらくそっとしておいてあげて」
「…………」
泣きそうな声で言う雷達に、私は分かったと言うことができなかった。
朝食を終えた私は今、演習場にいた。
理由はもちろん、みんなの実力を見るためだ。
雷と電の救出時に何人かの艦娘達の動きは見たが、艦娘一人一人の癖、動き方、個人の技量、ゲームのように数値では判断できないので、個人の能力はこういった演習で見るしかない。
そしてこういった情報は、編成を組む時の重要な要素になりうる……ような気がする。
彼女達がこれ以上練度を上げる必要はない。
つまりこれは、彼女達の練度上げるための演習ではなく、私が彼女達の実力を把握するために行っている演習なわけで。
みんな(と言っても、哨戒や他の任務にあたっている子もいるので全員じゃないけど)に悪いとは思いつつも、基礎的な砲撃、航行などの演習を行ってもらっている。
実はこの演習には、みんなの実力調査の他にもう一つ目的があった。
現在のこの艦隊における一番の問題、そう、資材状況の改善を行う上で、私の立てた作戦を実行できるかどうかを調べる目的もあるのだ。
ここで艦娘の戦いについて少しだけ触れておこう。
ちなみにこれは、今までの演習を見た感想や前回の雷達救出時の戦闘、そして翔鶴に渡された資料をもとにしたものである。
まず艦娘の戦闘についてだが、これは実際の艦艇同士での戦闘とは少し異なり、射程がかなり短い。
こちらでは超長の射程で一キロ程度。
故に、射程の短い駆逐艦や軽巡洋艦の子達は、かなりの接近戦で敵と撃ち合うことになる。
まあ、これについてはなんとなく理由が分かる。
おそらく実際の射程での戦闘となると、距離が長すぎてアニメ的にというかゲーム的に見ていても面白くないからだろう。
実際アニメでは、長門や大井などが深海棲艦相手に蹴りとかかましている。
吹雪達の砲雷撃戦(これはゲーム上の言葉で実際に使われたりはしていない)にしても、戦闘シーンでの距離はかなり近い。
ただ、例外なのが艦載機だ。
艦載機とは、水上偵察機や水上爆撃機のことだ。しかしこの世界では、本来は艦上機と呼ばれる、飛行甲板を持つ正規空母や軽空母の運用する水上航空兵力も含まれる。
その性能や用途によっていくつかの種類があり、艦上攻撃機(魚雷を攻撃方法とした、対潜攻撃に特化した航空機)や、艦上戦闘機(制空権の掌握や敵航空機からの被害を抑える、対航空機攻撃に特化した航空機)や、艦上偵察機(偵察に特化した航空機)、それに艦上爆撃機(対艦攻撃に特化した航空機)などがある。
これらの艦載機については、やはり本物の艦艇に艦載されているものほどではないにしろ、かなり長い距離を飛び、史実同様の脅威となる。
だから艦娘の戦いは、威力はそのままに射程をかなり短くしたものと考えてもらうと分かりやすい。
ちなみに艤装(というか武装)についても同様で、例えば四十六センチ砲と呼ばれるものでも、実際には四十六センチもあったりしない。
こちらの理由は容易に想像がつく。
例えば、もし本物の四十六センチ砲をガン積みで四つ、普通の人間と変わらぬサイズの艦娘に持たせようものならえらいことになる(ていうか、ぶっちゃけ潰れる)。
だから武装についても、四十六センチ砲とは名乗っていても、実際にはそれをスケールダウンしたものと考えてもらえると分かりやすい(まあそれでも、実際の威力は本物とほとんど変わらないみたいだけど)。魚雷や艦載機についても同様だ。
ちなみに敵である深海棲艦の性能もほとんど似たようなものらしい(こちらは翔鶴に渡された資料から)。
以上を踏まえて始めた演習なんだけど……
まあ、さすがにみんな練度が最高なだけあって、新米提督の私が見てもその動きは滑らかかつ熟練されている。
砲撃にしてもそう。ほとんど的を外さない。ただ一人を除いては……
艦載機から放たれた砲弾が、的の遥か上空に落下する。
「瑞鳳! 何やってんの!」
そう叱咤したのは瑞鶴だった。
そう。みんなが正確な射撃を行う中、ただ一人、的を外し続けているのが瑞鳳だった。
「す、すみません……」
怒られた瑞鳳がビクビクしながら謝罪する。
「確かに、新参者にこんな基礎訓練させられてめんどくさいのは分かるけど、それでも一応、ちゃんとやらなきゃダメよ」
「は、はい……」
ちょっと瑞鶴~。聞こえてるわよ~。って当たり前か~。あからさまに聞こえるように言ってるもんね~。ウフフフフ、あの甲板娘め。今に見てなさいよ。
しかし、その後も瑞鳳の調子が元に戻ることはなかった。
う~ん。困ったな。
コンコン。
「どうぞ」
提督室のドアが開く。
「提督、少しよろしいですか?」
演習の視察後、提督室で書類に目を通していた私のもとに翔鶴がやってきた。
「何? また雷達が勝手にお使いに行ったんじゃないでしょうね?」
「いえ、違います。朝食の件、聞きました」
「……そう」
「提督、瑞鳳のこと、どうかあまりお怒りにならないでください」
「別に怒ってないわよ。差し出した卵焼き叩き落とされたくらいで怒るほど、私は器の小さい人間じゃないわ。秘書艦に信用調査されたりするとイラッとくるけど」
「うっ! そ、その節は大変失礼を……」
「うそうそ。冗談よ。けど、確かに怒ってはいないけど、瑞鳳をあのままにはしておけないわね。あと羽黒も。こんな状況下で気持ちが沈むのも分かるけど、あそこまで暗いと艦隊全員の士気に関わるわ」
「ええ。それは分かっています。ですが、瑞鳳も羽黒も、つい最近近しい者を失ったばかりで――」
「それでも、よ。姉や妹を失ったのはあの子達だけじゃないでしょ」
「それはそうなのですが、やはりここは時間が傷を癒してくれるのを待つしか……」
「その気持ちも分からなくはないけど、残念ながらそんな悠長なことを言っていられる状況じゃないわ。それくらいは分かってるわよね?」
「…………」
「今ちょっと考えてることがあってね。それには、あの子の力がどうしても必要なの。正直なところ、あの子がこの艦隊の命運を握ってると言っても過言じゃないわ」
「瑞鳳が……ですか?」
「ええ。まあ、とりあえずこの件は私に任せて。悪いようにはしないから」
「はあ……」
「んで、悪いんだけど……瑞鳳のこと、もう少し詳しく教えてくれる?」
「それはもちろんです。ですがその前に、もう一つよろしいですか?」
「何かしら? 随分と表情が硬いけど」
「ここにくる前の記憶が一切ないというのは本当ですか?」
「一切ってわけじゃないけど、まあその通りよ」
「何故、今までそれを隠しておられたのですか?」
「聞かれなかったもの。言う必要もないと思ってたしね」
「必要がないわけないでしょう! それではアナタが、提督はおろか海軍に所属しているかどうかも分からないではないですか!」
「クス。じゃあ、また信用調査でもする?」
「……アナタに初めて会った時、アナタは私達の置かれている状況を微細に知っておいででした。そして瑞鶴には、自分が新しい提督だと言っておられた。あれは……嘘だったのですか?」
「う~ん。それも分からないのよね~。多分、間違いないとは思うんだけど」
「提督、今は真面目な話を――」
「私だって真面目に話してるわよ。私にはその辺りの記憶すらないの」
「えっ?」
「私の記憶がはっきりしているのは、提督として、格納庫でみんなに挨拶した時からよ。それ以前の記憶は本当にないの。嘘みたいな話ではあるけどね」
「…………」
「だから翔鶴、また私に疑念を覚えたならそれでもいい。このことをまだ知らない子に伝えたいならそれでもいいわ。ただ私は、やるべきことをやるだけだから」
「わたし達を守ること……ですか?」
「そ。確かに私は記憶を失っているけど、それだけははっきり覚えてるの。アンタ達を守るっていう使命だけはね」
「…………」
「信じなくてもいいわ。アンタはこれからも私の傍らで、自分の目で私の行動を見て、そして自分で判断なさい。私が信用できるかどうかをね」
この艦隊の食堂は静かだ。全体的な空気が暗いというのももちろんあるが、前進基地故に、敵に発見される危険性を極力抑えるため、大きな音は立てない。
軽い雑談くらいはするが、基本的にはみんな黙々と食事をする。
「ここ、座るわよ」
そんな中、私は夕食を持って、いつものようにポツンと一人で食事をしていた瑞鳳の向かいの席に座った。
「あっ……!」
瑞鳳が気まずそうな顔をする。
「あの、今朝は……」
「ああ、いいのいいの。そのことで怒ったり処罰したりするために来たんじゃないわ」
「…………」
「お姉さん、お気の毒ね」
私の言葉に、瑞鳳は露骨に顔をしかめた。
「…………」
「アンタを庇って轟沈したんだって?」
「…………」
「ほんとお気の毒ね。アンタを庇って無駄死になんて」
「ッ! どういう意味ですか?」
瑞鳳が私を睨みながら言う。
「へえ。まだ噛み付いてくる気力は残ってたんだ。聞こえなかったみたいだからもう一度言ってあげる。せっかく自分の命をかけてまで守った妹が、いつまでも死んだみたいにしょぼくれてるから、アンタを庇って死んだお姉さんは無駄死にだったわね、って言ったの」
私の言葉で、食堂が一気に緊迫した雰囲気に包まれる。
「ちょっとアンタ! いくら提督だからって、言っていいことと悪いことがあるわよ」
そう言って怒鳴ったのは、近くで食事をしていた瑞鶴だった。
ったく、ほんといちいち噛み付いてくるわね、この子。
瑞鶴の向かいで食事をしていた翔鶴に、無言で視線を投げる。
それだけで全てを察したのか、翔鶴が瑞鶴を宥めに入った。……フウ。やれやれ。
「ごめんさない。ちょっと邪魔が入ったわね。でも、私の言ったこと、今後はちゃんと聞こえたでしょ?」
「……アナタに何が分かるんですか?」
「分からないわよ。アンタの姉が無駄死にしたってこと以外はね」
「無駄死になんてしてません!」
瑞鳳が立ち上がって叫ぶ。その目には涙が滲んでいた。
「祥鳳お姉ちゃんはわたしを庇って死んだの! わたしが調子に乗って先行しすぎたせいで、敵に囲まれたところを助けてくれたの! 祥鳳お姉ちゃんは……祥鳳お姉ちゃんは無駄死になんかしてないもん!」
「いいえ、無駄死によ。アンタがいつまでも死んだみたいな顔してちゃね」
「何も知らないくせに、好き勝手言わないで! 祥鳳お姉ちゃんが死んだのはわたしのせいなの! なのに、わたしに笑えって? 明るくしてろって! そんなのできるわけないじゃない!」
「じゃあ、聞いてみなさいよ、アンタのお姉ちゃんに」
「はあ? 何言ってんの? 祥鳳お姉ちゃんはもう――」
「いるでしょ、アンタのここに」
そう言って、私は自分の胸を指で突く。
「アンタのここにいる大好きなお姉ちゃんに聞いてみなさいよ。『ゴメンね、祥鳳お姉ちゃん。わたしのせいで死なせちゃって。でもわたし、これからはずっと死んだみたいに暗いまま、お姉ちゃんのことを想って生きていくわ。それで許してくれる?』って聞いてみなさいよ」
「ッ!」
「アンタの気持ちは私には分からないわ。逆に聞くけど、ここで新参者の私に『アナタの気持ち、私には良く分かるわ』って言われて、アンタ納得できんの? できないわよね?」
「…………」
「ただこれだけは言えるわ。アンタがこの先、ずっと死んだように暗い顔をしたままなら、祥鳳は本当に無駄死によ。少なくとも、アンタの大好きだったお姉ちゃんは、アンタにそんな顔で一生生きてほしいとは思ってないと思うけどね」
「……でも、でも……」
瑞鳳が大粒の涙をこぼしながら、ギュッと拳を握りしめる。
「そんなに簡単には割り切れないもん……」
「誰も割り切れとは言ってないわ。想いなさいよ。想い続けなさいよ。大好きなお姉ちゃんを。綺麗事に聞こえるかもしれないけど、アンタが想い続ける限り、アンタの中のお姉ちゃんは死なない。でも、想いと罪悪感を混ぜては駄目。それじゃアンタを庇って死んだ祥鳳が報われないわ」
「……わたしにどうしろっていうの?」
「上を向いて生きなさい。お姉ちゃんの死を無駄にしないために。アンタの大好きなお姉ちゃんの想いを無駄にしないために」
そこまで言って、私はゆっくりと瑞鳳に背を向ける。
そして、食事を終え心配そうにこちらの様子を窺っていた翔鶴の肩を軽く叩いた。
「私にできるのはここまで。あとのこと、頼むわね」
「……了解しました」
▲▲▲
何なのあの人?
言いたいことだけ言って去っていった提督を見ながら、わたしはそんなことを考えていた。
きたばかりのくせに、言いたいことだけズケズケ言って去っていく。
なんて身勝手な人なんだろう。
何にも知らないくせに。きたばかりのくせに。
わたしの心を抉るのがそんなに楽しいの?
大切な人を失ったことがあるの?
大切な人を自分のせいで死なせてしまったことがあるの?
偉そうにご高説ぶって楽しい?
上官だからって、人の心に土足で入り込んでくる資格なんてないじゃない。
そう言ってやりたかった。喉まで出掛かってた。
けど、何故かその言葉を口に出すことはできなかった。
提督に何か言われたらしい翔鶴さんが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ずいほ……」
「翔鶴さんゴメンなさい。わたし今、誰とも話したくないんです」
わたしはそう言って、そそくさとお盆を持ち、その場を去ろうとした。
ポヨン。
「キャッ!」
しかし、涙で前がよく見えなかったため、体の向きを変えた途端に、何かとても柔らかいものに顔をぶつけてしまった。
「あらあら、ゴメンね~。大丈夫~?」
鼻を押さえていたわたしに、聞き覚えのある声がかかる。この声……
「陸奥さん……」
そう。陸奥さんだ。
まだ鎮守府が健在だった頃、当時の秘書艦だった長門さんを手助けしていた艦娘。
そして、翔鳳お姉ちゃんが尊敬していた艦娘でもあった。
「陸奥……」
「翔鶴、ここはいいわ」
陸奥さんの言葉を聞いた翔鶴さんが、小さく頷き、その場を去っていく。
「ゴメンね、瑞鳳。お鼻大丈夫?」
「は、はい。こっちこそすいません」
「クスッ。いいのよ」
そう言って、陸奥さんが優しくわたしを抱きしめた。
柔らかくて優しい良い匂いが、わたしを包み込む。
「変な人でしょ、あの人?」
「あの人?」
「提督のこと」
「……はい」
「クスッ。でも、優しい人でもあるわ」
「優しい……ですか?」
「ええ。おそらく、今のこの艦隊で一番アナタのことを想っているのはあの人よ」
「そんな! そんなことないです! ここにきたばかりのくせに、わたし達のこと何も知らないくせに、言いたいことだけ好き放題言って。無神経です。わたし、あの人嫌い」
「そうね。けど、だからこそ優しいのよ」
「? 陸奥さん、何を言って――」
「黙ってそっとしておくことだけが優しさとは限らないわ」
「!」
「わたし達はアナタをそっとしておくことが最善だと思った。けど、心の中ではこうも思っていたかもしれない。今は他の子に構っていられる余裕なんてない、と」
「…………」
「けどあの人は、おそらく今、最もアナタに必要なことを言ってくれたわ。考えてごらんなさい。アナタにあんなことを言って、あの人に何の得があるの?」
「…………」
「自分が嫌われてでも他人のために苦言を呈することは中々できないわ。アナタだって気付いてるでしょう? あの人の言ったことは間違ってはいないって」
「…………」
「ゴメンね、瑞鳳。あの言葉は、本来ならわたし達が言うべき言葉だったのに」
「…………」
「結局、アナタを救ったのはあの人だけだったわね」
「そっ! そんなことは……」
「クスッ。そうなのよ。だって、提督にあの言葉を言われる前のアナタなら、きっと今みたいに反論してこなかったもの」
「…………」
「でも結局、これからどうするかはアンタ次第。あとはアナタが決めることよ」
そう言って、陸奥さんはわたしの頭を優しく撫でて去っていった。
金剛さん達に時間をもらって厨房に立つ。
最後にここに立ったのはいつだっただろう?
卵を一つ手に取る。
最初のうちはうまく割れなくて、しょっちゅう殻がボールの中に入ってしまった。
けど、そんなわたしに祥鳳お姉ちゃんは優しく微笑む。
わたしはその笑顔が大好きだった。
卵をゆっくりとかき混ぜる。
祥鳳お姉ちゃんのなめらかな手付きと違って、わたしのはどこかぎこちなかった。
いつかお姉ちゃんみたいになりたいと思って、わたしは練習を繰り返した。
軽空母のわたし達姉妹が一緒の艦隊になったことはほとんどなく、初めて一緒になった艦隊で祥鳳お姉ちゃんは死んだ。
初めて共に出撃できると喜び、調子に乗って前に出すぎたわたしを庇って。
その時の光景が、今でもはっきりとわたしの脳裏に焼き付いてる。
いつの間にか、かき混ぜていたボールの中にポタポタと水滴が落ちている。
それが自分の涙だと気づくのに少し時間がかかった。
ごめんね、お姉ちゃん。
けどわたし、ううん、づほはもう泣かないから。
泣くのはこれで最後にするから。
お姉ちゃんからもらったこの命で、づほはみんなを守る。
それがきっと、お姉ちゃんにできる唯一の恩返しだと思うから。
だから祥鳳お姉ちゃん、いつか会いに行くその日まで、づほのこと見守っててね。
▲▲▲
ハア~~~~。
偉そうにお説教をたれたものの……
どうしよう。超気まずいわ。
とてもとても気まずいわ。
次に瑞鳳に会った時、どんな顔で接すればいいのかしら。
ちなみにだけど、私が記憶喪失だと知ったあとも、翔鶴の態度にさしたる変化はなかった。
他の子の反応がいつもと変わらないところを見ると、どうやら他の子に言い回ったりはしていないらしい。これは今は静観ってことなのかな?
まあいいや。そんなことより今は瑞鳳よ。
とてもじゃないけど、何事もなかったかのように振る舞うのは難し――コンコン。
誰よ、もう! 人が悩んでるっていうのに!
私は、一言文句を言ってやろうと部屋を開ける。
「あれ? 瑞鳳?」
そこにいたのは、一枚の皿を持った瑞鳳だった。
ど、どうしよう。さすがにこの展開は予想してなかったわね。
「あ、あの、提督……」
「ひゃ、ひゃい!」
キャ~、噛んじゃった!
おずおずと話しかけてくる瑞鳳に、思いっきり噛んじゃったわ!
ヤバイ! 超恥ずかしい!
「あの……これ……」
瑞鳳が手に持っていた皿を差し出す。クンクン。こ、この匂いは……
「アンタ、これ……」
「えと、づほ、卵焼き作ってみたの。よかったら、食べてくれりゅ?」
瑞鳳の一人称が『わたし』から『づほ』に変わっていることに少し驚きながらも、私の胸に温かい何かが溢れた。
「ありがと、いただくわ」