艦これif  ~ポンタローバージョン~   作:ポンタロー

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第六章 最強と最弱

 ここにきて二週間が経った。

 今日、私は演習の模擬戦を視察にきている。

 と言うのも、づほの復調によって、ようやくかねてから私が考えていた作戦を実行できる段階まできたのだ。

 この作戦が無事遂行できるようになれば、今の状況を大きく改善することができるだろう。

 あとは最終問題である実行メンバーの連携。それを確認するために模擬戦を行っているのだが……

「撃ち方やめ! 戦果報告! 第一艦隊勝利!」

 まただ。また第一艦隊が勝った。

 私の考える作戦は、づほを旗艦として、重巡二、軽巡一、駆逐二で編成された艦隊で行う。

 正規空母と戦艦は資材を食うためお留守番。

 前述した編成の隊を二組作り(づほのみ旗艦固定)、ローテーションで行う。

 後方支援のづほは、旗艦としてずっと出ずっぱりになってもらうが、前線及び随伴艦を担当する重巡、軽巡、駆逐艦に関しては、疲労を溜めないためにローテーション制。

 選抜メンバーとしては、重巡は利根、筑摩ペアと高雄、愛宕ペア。やはり姉妹艦同士は連携もいい。軽巡は、川内と神通辺りを交代で使う。

 そして、残った駆逐艦だが……

 私は悩んだ末に(と言っても、ウチの艦隊の駆逐艦は四人だけなので組み合わせだけ)、雷電姉妹ペアと島風・睦月ペアに分けた。のだが……

 先ほどからの演習で、島風・睦月ペアのいる第二艦隊は一度も勝っていない。

 づほを抜いての演習模擬線。駆逐艦のペアだけを固定して、重巡、軽巡のメンバーを色々と入れ替えて試してはみたものの、どうしても島風・睦月ペアのいる艦隊が勝てない。

 そして現在、第二艦隊は十連敗中。連敗街道まっしぐらだ。その最大の理由が……

「島風! 睦月のフォローじゃ!」

 演習十一戦目。利根の怒号が鳴り響く。

 睦月のところから崩れた陣形の隙を突いて、神通が魚雷を放ち、それによって利根、筑摩、川内、島風、睦月で編成された第二艦隊が分断される。

 そしてそこに、第一艦隊の残りメンバーが追い撃ち。そこからは一方的な展開になった。

「撃ち方やめ! 戦果報告! 第一艦隊勝利!」

 翔鶴が大声で戦果を報告する。まただ、これで第二艦隊の十一連敗。

 先ほどから続くこの連敗の最大の原因は、島風・睦月ペアの連携の悪さだった。

 自力で言えば、利根、筑摩、川内の三人が改二になっており、なおかつ最強の駆逐艦である島風を擁する第二艦隊の方が上。私の行った図上演習でも、そう結果は出ている。

 しかし現実は、どうしても連携の悪さから第二艦隊が敗北していた。

 陣形を崩してしまうのはいつも睦月なのだが、睦月とて性能が著しく劣っているわけではない。練度もマックスだ。

 しかし、どうしても島風と組ませた時に、島風の動きの合わせようとして、ついていけずに陣形を崩してしまう。

 第一艦隊は、そこを突いて先ほどから勝利を重ねてきたのだった。

 睦月の砲撃にも航行にも特に問題はない。

 そして、島風とて独断専行で動いているわけではない。

 にも関わらず、この二人を組み合わせると、常に最悪の結果となる。

 う~ん。相性の問題かなぁ。

 でも、雷と電は姉妹艦だし、連携面を考えても一緒に行動させたいしなぁ。

 となると、どうしてもこの二人しか残らないしなぁ。

「翔鶴、とりあえず今日はここまでにしましょ。これ以上やっても実にならないわ」

「了解です。しかし提督、何故急にこんな演習を?」

「それを説明するのはもう少し待って。ちょっと作戦決行に支障が出てきたからね」

「はあ……」

 演習していたみんなが帰ってきた。

「みんな、お疲れ様。とりあえず今日はこれでおしまいよ。ゆっくり休んで疲れを残さないように」

 私の言葉に、みんなが敬礼して去っていく。

 そんな中、島風だけが戻らずに一人残っていた。

「あの、提督……」

 残った島風がためらいがちに口を開く。その表情は、少し怯えたような、それでいて少しおどおどした感じのもので。

 私が今まで見てきた陽気な島風からは、想像もできないほど弱々しいものだった。

「何?」

「その、あの……睦月ちゃんのこと、なんだけど……」

「……睦月がどうかしたの?」

「その……もしまた今日みたいな演習をするなら……次からは睦月ちゃんを外してくれないかな」

「!」

 その言葉に、少し離れたところにいた睦月の肩がビクリと飛び上がった。

「その、さ……提督がどうしてこんな演習を始めたかは知らないけど、えと、その……もし戦闘になった時、今日みたいな感じだと、睦月ちゃんが危ないし、それに他のみんなもその……」

 それは、決して睦月を卑下するような感じの言葉ではなかった。しかし……

「……フウ。そういうことは、提督である私が決めることよ。アンタが決めることじゃないわ」

「でもっ!」

「いいから、アンタもさっさと戻りなさい」

 私の言葉を受けた島風が、泣きそうな顔をして去っていく。

 やれやれ、どうしたものかしらね。

 

 夜の演習場に模擬弾の音が響く。

「次、お願いします!」

 その声と共に新しい的が展開。それに向かって、水面を走る人物――睦月が、連装砲を発射。その結果、砲弾は的に見事命中。ど真ん中に砲弾を受けた的が完全に破壊される。

 それから睦月は、水面にある障害物を縫うようにして進んでいく。

 滑らかかつ熟練された航行。見事なものだ。

「こんばんは、愛宕」

 私は、心配そうに睦月を見守っていた愛宕に声をかけた。

「あ、提督~! こんなところにどうしたんですか~?」

「いや、たまたま通りかかっただけよ。それよりこれは……演習?」

「はい~。そうですよ~」

「あれ? けど、睦月の練度はもう最高のはずよね? だったら、別にこんな初歩的な演習をしなくても……」

「そうなんですけど~」

愛宕がチラリと睦月に目を向ける。

 睦月は、ただ一心不乱に航行訓練を続けていた。

「どうしてもやるって聞いてくれなくて~」

「なるほど、どうやら前の演習での一件が尾を引いているようね」

「はい? 何か言いましたか~?」

「いや別に。け、けど、ほんと不思議ね。急に演習しだすなんて」

「急じゃありませんよ~。睦月ちゃん、提督がここにくるずっと前から、いつもこの時間に演習してますよ~」

 ええっ! そうだったの! てっきり、前の演習で島風に言われたことを気にして演習をしていると思ったのに。っていうか、私、全然気付かなかった。

「あのね、敵に見つかったらどうすんのよ!」

「大丈夫ですよ~。模擬弾は爆発しませんから~」

……まあ、哨戒もさせてるし大丈夫だとは思うけど。

「けど、正直困ってるんですよね~」

「? 何が?」

「なんて言うか、その~、これ以上演習を続けても~、その~」

「意味ないのにって?」

「はい~。疲れるだけだから止めた方がいいとは言いにくくて~」

「……まあ、確かにそうかもね」

「どんなに頑張っても、改二になれるのは一部の限られた艦娘だけだって言ってはいるんですけどね~」

 ふむふむ、なるほど。睦月は改二になりたいのか……んっ! 改二?

「あれ? 睦月って改だっけ?」

「そうですよ~。だから、改二になりたいって言ってるんですけど~。こればっかりはどうにもならないし~」

「いや、そうとも限らないわよ」

「えっ?」

「まあいいわ。とりあえずここは私が預かるから、アンタはもう休んでいいわよ」

「でも~」

「だいじょぶだって。この提督に任せなさい」

 

 航行訓練を終えて睦月が戻ってきたのは、それから一時間後のことだった。

「お疲れ」

 艤装を脱いだ睦月に声をかける。

「にゃわ! て、提督! いつからそこに!」

「ん~、一時間くらい前からかな」

「ご、ごめんなさい! 艦隊の資材も少ないのに、勝手に演習して」

「いや、アンタの使う燃料なんてたかだが知れてるからそれはいいんだけど、けど、こんな時間まで精がでるわね」

「にゃ……じゃなかった、は、はい。睦月、落ちこぼれだから、他の艦娘よりもいっぱい頑張らなきゃですから」

 やれやれ。どうもこの子は劣等感が強すぎるみたいね。

 睦月型の性能は、確かに他の駆逐艦に比べて低いとされているけど……まあ、島風みたいな例外を除いては、そこまで気にすることないと思うんだけどな。

「ねえ、睦月。アン――」

「で、でも、睦月。ダメっ子だから、やっぱり改二は無理なのかも……」

「そんなに改二になりたいの?」

「はい。親友の吹雪ちゃんや夕立ちゃんは、改二になって大活躍だったのに、同期の睦月だけほんとダメダメで……」

「…………」

「同じ改でも、島風ちゃんみたいな天才にはとてもかなわないし、睦月、やっぱり落ちこぼれだ……」

 そう言って睦月が笑う。笑いながら涙をこぼす。

 その涙を見て、私は不謹慎だと分かっていつつも、面白いと思った。

 ゲームの中の艦娘達は、こんな風に泣いたりしない。

決められた台詞を喋って、戦うだけ。

 けど、ここは違う。

 ここではみんな、呼吸して、悩んで、笑って、涙を流して生きている。

 私には、それがとても面白いと思った。

「前の演習のこと、気にしてる?」

「にゃはは、気にしてないと言えば嘘になりますけど、睦月が一番分かってたことですから」

「そう。じゃあ、あの演習の一件以外で、誰かに何か言われたとか?」

「ううん。ここの人達はみんな優しいから、そんなこと言わないです」

「……じゃあ、どうしてそんなに自分を落ちこぼれだなんて思うの?」

「思うに決まってますよ。周りに言われなくても、自分に才能がないことなんて、誰よりも自分が一番良く分かるんですから」

「…………」

「こんなんじゃ、島風ちゃんにあんなこと言われるのも当然です」

「あのね、睦月。あれはきっと――」

「けど! どれだけ訓練しても、どれだけ努力しても、睦月はもうこれ以上にはなれないんです!」

「…………」

「あの時だって、吹雪ちゃんや夕立ちゃんと一緒にいた時だって、二人は改二になって主力艦隊に引き抜かれたけど、睦月だけお留守番で」

「…………」

「所詮、落ちこぼれの睦月はただのお使い要員で、戦闘じゃ何の役にも立たないダメっ子で」

「…………」

「どれだけ島風ちゃんみたいな天才になりたくても、どれだけ改二になりたくても、どうしてもなれなくて。睦月にはもうどうしようもないんです。どれだけ努力しても全部無駄な――」

「それは違うわ、睦月」

「ッ!」

「『努力に憾みなかりしか』。アンタもよく知っている言葉のはずでしょ?」

「けど、けど、どれだけ努力したって、睦月は――」

「無駄じゃないわ」

「ど、どうしてそう言い切れるんですか?」

「そうね~。まっ、それは私が提督だからだとでも言っておこうかしら」

「提督、睦月、真面目に話してます」

「私だって真面目よ。努力が無駄にならないって言葉じゃ納得できないってんなら、分かりやすくこう言ってあげましょう。アンタは改二になれるわ。間違いなくね」

 だってもう実装されてるもん、とは言わない。言っても分からないだろうし。

「な、なんでそんなこと分か――」

「信じる信じないはアンタの自由。でも、確かに改二になれるとは言ったけど、今のアンタじゃ無理でしょうね。仮に練度が最高だとしても」

「な、何でですか?」

「そんなの決まってるじゃない。アンタ自身が、心の底じゃ改二になんてなれないと思ってるからよ」

「!」

「アンタ自身が一番アンタの力を信じてない。勝手に自分で自分に劣等感を感じてる。そんな状態じゃ改二になんてなれっこないわ」

「…………」

「アンタには覚悟がある。練度もある。ないのはただ一つ、自信だけ」

「…………」

「睦月、もっと自分を信じなさい。アンタが自分自身を信じられるようになった時、おのずと改二への道は開けるでしょう」

「…………」

「私に言えるのはここまでよ。今日はもう上がりなさい。明日も忙しいでしょ」

 

 

 

 う~みゅ。睦月にはああ言ったものの……何とか手助けできないかなぁ。

 翌朝、私はそんなことを考えながら食堂に向かっていた。

 とは言っても、私は艦娘じゃないから実戦のアドバイスはできないしなぁ。

「おはよ、有希乃」

 考え込んでいた私に声がかかる。

「ああ、づほ。おはよう」

 づほこと瑞鳳だった。

 先日の一件以来、づほとは「有希乃」「づほ」で呼び合う関係となっていた。

「これから食事?」

「そうよ。一緒にどう?」

「うん♪」

 づほが嬉しそうに微笑む。

 今日のメニューはカレーだった。そっか、今日は金曜日か。

 大和から牛肉の大和煮がたっぷりと入ったカレーを受け取り、づほと一緒に席につく。

「ねえ、有希乃。何か悩んでる?」

 カレーを口に運ぶ途中で、づほがそう尋ねてきた。

「えっ! 何で?」

「フフッ、有希乃って結構顔に出るもん」

「うっ! そ、そうなんだ……」

 どうやら見抜かれてしまったらしい。

「づほでよかったら相談に乗るよ」

「ありがと。実はさあ……」

 私は、とりあえずづほに全ての事情を話した。

「ふ~ん。じゃあ、睦月ちゃんのために何かできないかで悩んでたんだ」

「そうなのよ。どうしたもんかなぁ」

「う~ん、誰かにアドバイスしてもらったり……とか?」

「もちろんそれも考えたんだけど、誰にしたものか……」

「まあ、普通に考えたら、教官だった利根さん、筑摩さん、羽黒さんあたりじゃない?」

「それがさぁ、あの三人も何かと忙しいみたいでさ。それにその時間、ちょうど哨戒任務なんかと重なってるのよ」

「あ~。じゃあさ、同じ駆逐艦の子とかは?」

「同じ駆逐艦っていうと……雷か電、あとは島風辺りか――」

「呼んだ?」

「おわっ!」

 いつの間にか、私のすぐ横に雷が立っている。

「んもう、そんなにビックリすることないじゃない」

 雷がほっぺをプクッと膨らませる。隣には電もいた。

「あはは、ゴメンゴメン。ちょっと考え事しててね」

「みたいね、聞こえちゃった。睦月ちゃんのことで悩んでたんでしょ?」

「そうなのよ。アンタ達、睦月に何かアドバイスしてあげてくれない? 私じゃ、戦闘に関するアドバイスはできなくてさ」

「う~ん、そう言われてもなぁ」

「電達にアドバイスできることなんてほとんどないと思うのです」

「えっ? そうなの?」

「そうよ。だって、雷達と睦月ちゃん、ほとんど実力変わらないもん。ねっ、電?」

「はいなのです。だから、電達にできることはほとんどないのです」

「そっかぁ……」

「ゴメンね、お姉ちゃん。役に立てなくて」

「とんでもない。私の方こそ気を遣わせたみたいで悪いわね」

「あっ、でも……」

 そこで、電が何か思いついたような顔をする。

「島風ちゃんなら、良いアドバイスができるかもしれないのです」

「そうよ。島風は駆逐艦最強って言われてるくらいだもん。島風ならできるかも」

「う~ん、島風かぁ……」

 私もそれは考えた。けど、前の演習の時に、ちょっと気まずい感じになっちゃったしなぁ。素直に頼みを聞いてくれるかどうか。

「う~ん、けど、島風がちょっと難しいかもね」

 そこで、私の向かいに座っていたづほが割って入る。

「瑞鳳さん、何で?」

「だって島風、結構他のみんなと距離を置いてるじゃない」

「「ああ……」」

 づほに言われて、雷電姉妹が納得する。

「そうなの?」

 私は結構誰かの手伝いとかして走り回ってる印象が強いんだけどな。

「はいなのです。島風ちゃん、『みんな、わたしについてこられないからイライラする』って、あんまり電達と一緒にいてくれないのです」

「そうよね。でも、なんかイライラっていうよりも、遠慮しているみたいに見えるのよ」

「ふ~ん」

 それは私も思っていた。食事の時もお風呂の時も、基本的に島風はみんなと行動を共にしない。

 そして、確かに雷の言った通り、あれはイライラしているというよりも……

「まっ、お姉ちゃんが言えばきっと大丈夫よ」

 と、雷が気楽に言う。

「そうなのです。お姉ちゃんなら絶対大丈夫なのです」

「うん。づほもそう思う」

 気楽に言う三人に、私はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 時刻はフタヒトマルマル。

 私は格納庫へと来ていた。あの人物に会うために。

 そして、その人物はあっさりと見つかる。なるほど、翔鶴の言ってた通りね。

「こんばんわ。島風」

 声をかけられた島風は、一瞬驚いた顔でこちらに振り向き、すぐに笑みを浮かべた。

「オオーー! 提督じゃ~ん! こんばんは~!」

 座っていた島風が飛び上がって、私の元に駆け寄ってきた。

「何々~? わたしに何か御用~? ひょっとして、わたしと競争したいとか? 言っとくけどわたし、速いよ~!」

 そう言って笑う島風。

 けど、その顔は、以前に誰かさんが見せた表情と同じように、私には泣いているようにしか見えなくて。

「ねえ、島風……」

「何々~?」

「泣きたい時には泣いたっていいのよ」

「ッ!」

 その言葉だけで、島風はあっさりと笑顔を崩す。

 しかし、また無理やり笑顔を作り直した。

「や、ヤダな~! 何言ってんの~? わたし、泣いてなんかないじゃ~ん!」

「そう。アンタがそう言うならそれでもいいわ。ところで、こんなところに一人で何してるの?」

「えっ? え~っとぉ、ちょっと駆けっこの練習を……」

「こんなところで? こんな時間に? 一人で?」

「うっ……」

「ここには翔鶴から聞いてきたの。アンタが毎晩、ここに一人でポツンと座ってるってね」

「……一人じゃないもん。連装砲ちゃんも一緒だもん」

「……そう。他の艦娘達と一緒にいたりしないの?」

「…………」

 私の言葉を受けた島風が、連装砲ちゃんの一匹(?)を抱えて背を向けた。

「……しないもん」

「何故?」

「…………」

 それきり島風が黙り込む。

「私が理由を当ててあげようか? どんな態度でみんなと接していいか分からないからでしょ?」

「!」

 島風が振り返って私を見つめる。

「何で分かるの?」

「クスッ」

 可愛いなぁ。

 私は、素直な島風の態度に内心で笑みを浮かべ、格納庫の端に座り込んだ。

 ほんと、リアルの世界は面白いなぁ。

 駆逐艦最弱と言われる睦月が改二になれなくて悩んでいるかと思えば、駆逐艦最強と言われている島風が人間関係で悩んでいる。

 これぞリアルならではってところかしら。

「座ったら?」

「…………」

 島風が私の隣に座る。

 無言で私を見つめるその瞳は、私の答えを今か今かと待っているみたいだ。

「そうね~。何で分かったと思う?」

「……分からないから聞いてるんじゃん」

「クスッ。そうね。まあ、強いて言うなら、アンタが優しい子……だからかな」

「何それ? わたし、優しくなんかないもん!」

「どうしてそう思うの?」

「だってわたし、艦隊がこんな状況なのに、いっつも速い速い言ってるんだよ! そんなわたしが優しいわけないじゃん! みんなからだって、絶対空気読めとか思われてるもん!」

「クスッ」

「な、何で笑うの?」

「ああ、ゴメンゴメン。アンタってほんと、可愛いなぁと思って」

「ば、バカにしないでよ!」

「してないわよ。だって、私がアンタを優しいと思った理由は、今アンタが全部言ったんだもの」

「はあ? 何言って――」

「ほんとに能天気な馬鹿ならね、少なくともそれを自覚してないわ」

「…………」

「理由は簡単、能天気だから。能天気さんは空気も読めないし、他人の気持ちなんか分からないから自分の好き勝手に振る舞う。けど、アンタは今こう言った。『艦隊がこんな状況なのに、自分は速い速い言ってる。みんなからは空気を読めと思われてる』ってね。普通、それを自覚しているなら言わないでしょ。でも、アンタはそれを自覚してるにも関わらず、今の態度を続けてる。何故かしらね?」

「…………」

「アンタなりに、艦隊の空気を何とかしようと思ったんじゃないの?」

「…………」

 島風が、私から顔を背けて連装砲ちゃんを抱きしめる。

「わたしには姉妹艦とかいないから……」

 島風がポツリとこぼす。

「だから、姉妹を亡くしたみんなになんて声をかけたらいいのか分からなくて……。元気出してなんて言葉、気安くかけちゃ駄目なんじゃないかって……」

 連装砲ちゃんの頭(?)にポタポタと水滴が落ちる。

「けど、けど……姉妹なんていないわたしにとっては、ここにいるみんなが家族みたいなものだから、なんとかしたくって……。けど、わたしにできるのは、馬鹿みたいに明るい態度を取ることぐらいだから……だから……」

 私は島風の頭に優しく手を置いて、そっと自分の胸に引き寄せた。

「大丈夫よ。アンタの気持ちは、ちゃんとみんなに伝わってるわ」

「……そんなことないもん。きっとみんな、わたしのことウザい奴だって思ってるもん」

「だから、みんなの輪に入らないの?」

「…………」

「バカな子。アンタが本当に能天気にあんな態度を取ってたら、絶対誰かしら怒ってるわよ。姉妹艦を亡くした子達なんか特にね。でも、アンタは誰にも怒られたことないでしょ?」

「ぐすっ……うん……」

「それは、アンタの気持ちを艦隊のみんなが察してるからよ。翔鶴に渡されたアンタの資料にはこう書いたあったわ。自由奔放、命令無視(というか命令忘れ)は当たり前、とりあえず速ければ何でもいい、ってね」

「それ、ちょっとひどくない?」

「資料はかなり前のものだし、渡したのは翔鶴よ。私じゃないわ」

「……あとでスカート捲っとく」

「そうなさい。でもね、実際のところ、私もその資料と似たような印象を持ってたの」

「…………」

「けど、実際のアンタは違った。時間にルーズで、任務なんてお構いなしに自由気ままに振る舞うと思っていたアンタは、実は私がここにきてから、一度として任務を忘れたこともサボったこともない。率先して仕事をこなし、みんなの手伝いに走り回ってた。遅刻もしない。だらけもしない」

「…………」

「演習の時、私に言った言葉だってそう。あれは、睦月のことを心配して、自分が睦月の分も戦うって意味で言ったんでしょ?」

「…………」

「島風、アンタは優しい子よ。艦隊のみんなもちゃんとそれを分かってる。だからね、アンタは一人ぼっちなんかじゃないわ」

「けど、けど、わたし……」

 私はチラリと時計を見た。時間的にはちょうどいいかも。

「島風、演習場に行ってごらんなさい。そこにアンタの求めているものがあるわ」

 

 

 

▲▲▲

 

 わたしは、小さい時から天才と呼ばれてた。

 島風型駆逐艦の一番艦、島風。

 極限まで能力を追求して生み出されたわたしは、小さい時から撃ち合い(砲撃)、駆けっこ(航行)共に、他の駆逐艦の子達を遥かに上回ってた。

 周りの子は、それを才能と呼んで羨ましがったけど、わたしは特にそれをすごいと思ったことなんてなかった。

 だって、それが当たり前だったから。

 もちろん駆逐艦限定だけど、撃ち合いでも駆けっこでも、他の子がわたしに勝てないのは当たり前。わたしが勝つのが当たり前。

 それが当たり前の世界だったわたしにとっては、それがすごいことだと理解できなかった。

 ただ、このみんなが羨ましがった才能は、わたしを一人ぼっちにした。

 一人ぼっちになっていく理由が、この才能のせいだと分かった時にはもう遅かった。

 ここのみんなに出会う前にいた鎮守府では、最初は仲の良かった子も次第にわたしを避けるようになり、ついには誰もわたしに関わろうとしなくなった。

 姉妹艦もいない。友達もいない。

 そんなわたしだったけど、この艦隊にきてからは違った。

 みんな、わたしのことを知った上で優しくしてくれた。仲良くしてくれた。家族みたいに接してくれた。

 それが、今まで一人ぼっちだったわたしには嬉しくて。本当に涙が出るほど嬉しくて。

 お友達がたくさんできた。家族みたいな仲間がたくさんできた。

 そこでわたしは、初めて一人ぼっちから解放された。

 わたしは頑張った。

 わたし達は艦娘。深海棲艦を倒すために生み出された存在。

 とても居心地のいいこの艦隊も、深海棲艦を倒すことを目的として作られている。つまりは戦闘を目的として作られている。

 大事な友達を、家族を失うなんて絶対嫌だから、わたしは頑張った。

 かつてわたしを一人ぼっちにしたこの才能とやらをフルに使って頑張った。

 でも……終わりは突然訪れた。

 虚無が現れてからというもの、大事な友達が、家族が、一人また一人と消えていく。

 その度にわたしは、心がはちきれそうになった。

 けど、姉妹艦を亡くした子達は、きっと、わたしよりもずっとずっと辛いから、わたしは歯を食いしばってなんとか我慢した。

 気安く「元気出して」なんて言葉、使いたくなかったから。

 必死になって戦い、一生懸命お手伝いも頑張り、無理やり明るく振る舞って、少しでもみんなの役に立とうとした。

 だって、わたしには他にできることがなかったから。

 わたしにこんなにもたくさんのものをくれたみんなに、わたしは何一つ恩返しできない。誰一人守れない。みんなが羨ましいと言った才能は、何の役にも立たない。

 だから、わたしは……

 ドゴン! ドゴン!

 わたしは、提督に言われて演習場へとやってきていた。

 時刻はフタフタマルマル。

 こんな時刻にも関わらず、模擬弾の音が辺りに響く。

 演習していたのは睦月ちゃんだった。

 睦月型駆逐艦の一番艦、睦月ちゃん。

 性格は真面目でしっかり者。そしてちょっぴりお茶目。

 とっても優しいわたしの友達。ここのみんなと出会ったばかりの頃、一番最初にわたしに話しかけてくれた子。それから本当に良くしてくれた。

 もう残っている駆逐艦はわたしと睦月ちゃん、そして雷ちゃんと電ちゃんだけ。睦月ちゃんは、その真面目な性格がよく表されていて、撃ち合いも駆けっこも基本に忠実だった。

 そして、それがわたしとの連携が合わない決定的な理由でもあった。

 才能とやらがあってしまったわたしは、撃ち合いや駆けっこの基礎訓練をほとんど積んでいない。しなくてもできてしまったから。

 だから、そんなわたしの動きは、きちんと基礎訓練を積んだ子達とは微妙に違い、よく変則的だと言われた。

 変則的な動きのわたしと、基本に忠実な睦月ちゃんがうまく連携なんてできっこない。

 そう。わたしには、連携が合わない理由がはっきりと分かっていた。

 けど、それは言ってもどうにもならないこと。

 睦月ちゃんに、わたしと同じ変則的な動きをしてと言っても無理だろうし、わたしも完全に体に染み付いてしまったこの動きを、簡単に変えることなんてできない。

 そして何より、連携以前に、わたしは睦月ちゃんを戦場に出したくなかった。

 だって、死なせたくなかったから。

 わたしにできた最初の友達だったから。

 だからわたしは、提督に睦月ちゃんを外すよう頼んだ。

 提督は、ここにわたしのすべきことがあるって言ってた。

 でも、ここにきてわたしにどうしろって言うんだろう?

 睦月ちゃんにちゃんと謝れってことなのかな?

 あっ! 睦月ちゃんがわたしに気付いたみたい。こっちにやってくる。

 ど、どうしよう……

 

▲▲▲

 

 

 

▲▲▲

 

 睦月はずっと自分を亀だと思ってた。

 睦月型駆逐艦の一番艦睦月。最も能力の低い艦娘。

 仲良しだった吹雪ちゃんと夕立ちゃんは主力艦隊に編入されたのに、睦月はずっと待機のまま。任務といえば、たまにお使い(遠征)に出される程度。まあ、自分の能力を考えると仕方ないかもしれない。

 仲良しだった二人は、どんどん睦月を置いて先に進んでいく。

 特に吹雪ちゃんなんて、最初は練度も低くて、砲撃も航行もうまくできなかったのに、あっという間に睦月を追い抜いて、ついには駆逐艦でありながら旗艦まで務めるようになっちゃった。

 それは睦月にとっても誇らしくて、とても嬉しいことだったけど、同時にすごい劣等感にも襲われた。二人はどんどん先に進んでいくのに、何で睦月だけ置いてけぼりなんだろうって。

 睦月だって怠けてたわけじゃない。何もしてこなかったわけじゃない。けど、それでも睦月は、二人に追いつくことはできなかった。

 改二になった夕立ちゃんはすぐに主力艦隊へと組み込まれ、大きな戦果を上げる。

 そして、少し遅れて吹雪ちゃんは改となり、夕立ちゃんと同じ主力艦隊に組み込まれ、夕立ちゃんを凌ぐほどの大戦果を上げる。

 その後、吹雪ちゃんは改二となり、二人の所属している主力艦隊は、いつしか最強と呼ばれるようになった。

 睦月はその頃になってようやく改になった。ほんと、自分の才能のなさが嫌になる。

 けれど、そんな最強と言われた艦隊も、虚無の出現によってあっさりと崩壊した。

 虚無の撃滅を命じられた主力艦隊は、虚無の圧倒的な力の前になすすべもなく敗北。誰一人として帰ってこなかった。

 二人の死を、睦月は自室で聞いた。仲の良かった姉妹艦の如月ちゃんが轟沈した時と同じ喪失感が睦月に押し寄せる。

 と同時に、何一つできない自分に腹が立った。二人と同じ戦場にすら立てない自分に腹が立った。

 

「……フウ」

 航行訓練を終えて、睦月は大きく息を吐いた。

 もう何回やったかな。体は火照っているのに、気持ちは妙に重たい。

 手ごたえが少しもなかった。どれだけ撃ってもどれだけ走っても、少しも自分の練度が高まっていると感じられなかった。

 睦月の頭の中に、才能って文字と限界って文字がグルグルと渦巻いている。

「今日はこれくらいにしよ」

 睦月は何度も頭を振って、演習を切り上げ戻ることにした。

「あっ!」

 誰か立ってる。無理を言って演習に付き合ってもらってた愛宕さんじゃない。あれは……

 島風ちゃんだ。島風型駆逐艦の一番艦、島風ちゃん。

 最強の能力を持つ駆逐艦であり、単体としての能力なら吹雪ちゃんも夕立ちゃんもかなわない。睦月が最も欲しい才能を最初から持ってる子。

 駄目だ。そんなこと考えちゃ駄目。

 睦月は、島風ちゃんに感じた黒くてドロドロとした感情を必死に押さえ込んで、陸に戻る。

 陸に戻って艤装を外すと、島風ちゃんが何か言いたげな瞳でこちらを見つめている。

「こ、こんばんは、島風ちゃん」

 その愛想笑いが睦月の精一杯だった。

 だって、どんな態度取ったらいいのか分からなかったから。

 今朝の演習のことだってあるし、今は気持ち的に島風ちゃんと笑顔でお話できない。

「こ、こんばんは……」

 島風ちゃんが、お気に入りの連装砲ちゃんを抱えて言う。

「え、演習してたの?」

「う、うん……」

 ぎこちない会話。互いに遠慮しあうような会話だった。

「む、睦月、島風ちゃんみたいに才能ないから、ちょっとでも努力しないとね」

 睦月はおどけた口調でそう言った。

 でも、それを聞いた島風ちゃんが、何故か辛そうに顔を伏せる。

どうしたんだろう? てっきり、もっと自慢げな顔をすると思ったのに。

「そ、その……明日の模擬戦にも参加するの?」

「う、うん……睦月、落ちこぼれだけど、きっと何かの役に立てるかもって。だから――」

「む、睦月ちゃんはさ、出なくていいよ」

「……えっ?」

 その言葉は、どんな砲撃よりも大きく睦月の心を破壊した。

「何で……そんなこと言うの?」

 睦月の心に、ドロドロとした汚い感情が溢れてくる。

「だって……その……」

 その? 何? 言ってよ! 睦月は役に立たない落ちこぼれだから足を引っ張るだけってはっきり言ってよ!

 睦月はそう言おうとした。心の中に溜まっていたドロドロな思いを全部島風ちゃんにブチ撒けようとした。

「死んでほしくないんだもん……」

「えっ?」

 けど、吐き出す寸前に、その言葉が待ったをかける。

 言葉だけじゃない。島風ちゃんの表情が、涙が、睦月に感情を吐き出させるのを止めた。

「わたし、もう誰にもいなくなってほしくないの……」

 島風ちゃんが、連装砲ちゃんの上にポタポタと涙をこぼしながら言葉を紡ぐ。

「もう、この艦隊から誰かがいなくなるのは嫌なの……」

「…………」

 睦月は驚いた。島風ちゃんて結構クールっていうか、ドライなイメージがあったのに。

 島風ちゃんは目元をゴシゴシして、無理やり笑みを作る。

「だ、だからさ、わたしが睦月ちゃんの分も戦うよ。そんでみんなのことも守ってあげる。ほら、わたしって速いしさ」

 その言葉は自慢している言葉のはずなのに、少しもそうは聞こえなかった。

 目を赤くして言う島風ちゃんの表情を見れば、睦月を蔑んで言っているわけではないことくらいすぐ分かる。

「何で……」

「えっ?」

「何でそんな必死になってみんなのこと守ろうとするの?」

「だって……」

 島風ちゃんの瞳にまた涙が溢れた。

「わたしにはここしかないんだもん……」

「えっ?」

「睦月ちゃん、覚えてる? わたしが初めて鎮守府にきた時のこと……」

 もちろん覚えている。

 島風ちゃんはその当時から天才ともてはやされていた駆逐艦。

 その島風ちゃんが、睦月の所属する鎮守府にくると聞いて、当時はちょっとした騒ぎになった。

「もちろん覚えてるよ」

「わたしね、前の鎮守府ではずっと一人ぼっちだったんだ」

「…………」

「わたしってほら、天才だから。……だから、みんなができないこととか最初からできちゃってさ。一生懸命努力したことって一度もないの。だって、何でもすぐできちゃうんだもん」

 まただ。自慢しているはずなのに、島風ちゃんはちっとも嬉しそうじゃない。誇らしそうじゃない。むしろ、それが嫌で嫌でたまらないみたい。

「だからそのせいでさ、今のみんながいる鎮守府にくる前はずっと一人ぼっちでさ。一人も友達なんかいなかったんだ」

「…………」

「今のみんながいる鎮守府にきた時も、最初は怖くて仕方なかったの。また一人ぼっちになったらどうしようって。けど、そんなわたしに最初に声をかけてくれたのが睦月ちゃんだった」

「…………」

「睦月ちゃんだけじゃない。夕立ちゃんも他のみんなも、ほんとにわたしに優しくしてくれた。わたし、照れくさくてお礼なんて一度も言ったことなかったけど、けど、ほんとはずっと感謝してた」

「…………」

「けど、虚無が現れてから、一人、また一人ってこの艦隊からいなくなって、残ってるのはもう今いるみんなだけ」

「…………」

「わたし、天才のはずなのに、才能あるはずなのに、誰も守れなかった! わたしは特別なはずなのに!」

「…………」

「もうやだよ! ここから誰かがいなくなるのは! 優しいみんながいなくなるのはもうやだよぅ……」

 島風ちゃんが声を上げて泣き出す。

 睦月、馬鹿だ。大馬鹿だ。

 虚無が現れて、この艦隊から少しずつ誰かが減っていくようになってから、島風ちゃんは進んで任務や雑用をこなすようになった。まだ鎮守府があった頃は、サボリや任務を忘れることなんて当たり前だったのに。哨戒任務も遠征も、自分から名乗り出るようになった。

 いつもみたいに「わたしが一番速いから」とか「みんなおっそいから、わたしが行ってきてあげるよ~」って任務に向かう島風ちゃん。

 そんな島風ちゃんをすごいと思う反面、心のどこかで疎ましく思ってた。

 けど、任務帰りだっていつだって、島風ちゃんはあの態度を崩さなかった。

 天才だって疲れるはずだ。もう間宮さんだっていないし、哨戒任務や雑用、ずっと動きっぱなし。疲れないはずがない。

 睦月、ほんとに馬鹿だ。島風ちゃんがずっとあんな態度を取ってたのは、ちょっとでもみんなの役に立とうとして、ちょっとでもみんなの雰囲気を明るくしようとしてだったんだ。

 睦月、ほんとに大馬鹿だ。この優しい天才のことを何一つ分かってなかった。島風ちゃんは、ずっとみんなのために戦っていたのに。

 睦月の目に涙が溢れる。島風ちゃんに対するごめんなさいの気持ちと、自分への愚かしさで。

 それからしばらくの間、睦月と島風ちゃんはただ泣き続けた。

 静かな演習場で、ただ泣き続けた……

 

 それから三十分後、睦月と島風ちゃんは、演習場の端っこに座り込んでいた。

 あれからお互いに一度も口を開いていない。

「あの……さ……」

 先に口を開いたのは島風ちゃんだった。

「その、さっきも言ったけど、明日からわたし一人で模擬戦に参加するよ。だから、睦月ちゃんはここで……」

 睦月は、まだこんな睦月を気遣ってくれる優しいお友達に首を振った。

「ううん。やっぱり睦月も出るよ」

「睦月ちゃ――」

「ありがとう、島風ちゃん。島風ちゃんの気持ちはほんとに嬉しいよ。けど、睦月ね、島風ちゃんにもいなくなってほしくないんだ」

「ッ!」

「島風ちゃん一人に負担をかけてたら、いつか体がもたなくなっちゃうよ。睦月、島風ちゃんとずっと一緒にいたいもん」

「……うっ……ううっ」

 睦月の言葉に、島風ちゃんが目を赤くして後ろを向く。

 そのまましばらく目をゴシゴシした後、いきなり睦月の前に連装砲ちゃんを差し出した。

「これ……」

「貸したげる」

「えっ? でもこれ、島風ちゃんの大切な連装砲ちゃんじゃ……」

「連装砲ちゃんは、わたしの動き全部知ってる」

「!」

「わたしと睦月ちゃんの連携が合わないのは、ワタシの変則的な動きと睦月ちゃんの基本に忠実な動きが全く噛み合ってないから。けど、この連装砲ちゃんの動きに付いてこれるようになったら、わたしの動きにも付いてこれる」

「…………」

「睦月ちゃん、これからは一緒に戦お。もう誰も、ここからいなくなったりしないように」

 

▲▲▲

 

 

 

 う~ん、どうしたもんかしらね~。

 私は、朝っぱらから……というか、正確に言うと昨日の夜からずっと考え込んでいた。

 困った。島風と睦月がこのままだと、とても作戦を実行に移せない。

「提督、おはようございます」

 提督室に翔鶴が入ってくる。

「提督、もうみんな演習場に集まっていますよ」

「あっ……うん。分かったわ」

「一体何を考えておられるのか、そろそろお話してくれてもよいのでは?」

「ゴメン。それは、今の段階ではまだ話せないの。下手をすると計画そのものを断念するかもしれないから」

「はあ……」

 そう。このままでは本当に計画を断念せざるをえない。

 いや、待てよ。現在の艦隊の状況から考えてもそう悠長なことは言ってられないし、最悪、雷と電に出ずっぱりで……

いや駄目だ。それは負担が大きすぎる。重巡の子をもう一人増やすとか……それも駄目だ。資材不足で戦艦と正規空母が使えない今、これ以上、重巡を割くと隠れ家の守りが薄くなる。

「フウ。とりあえず演習場に向かいましょうか」

「あっ、はい……」

 というわけで、悩みを抱えつつも私と翔鶴は演習場へ向かう。

 う~ん。先を歩く翔鶴は、今日もいつもと同じように短い赤のスカートだ。

 ずっともやもやしていた私は、ちょっと気分転換に翔鶴のスカートを掴み……

「ほい」

 と言って、捲りあげた。

「えっ? キャアァ!」

 翔鶴が可愛い悲鳴を上げる。

「て、提督! 何をするんですか!」

「翔鶴のスカートを捲ってる」

「そんなの見れば分かります! 何でスカートを捲るのですか!」

「いや、今日の翔鶴のパンツは何色かなと」

「そんなの提督には関係ないでしょう!」

「そうなんだけどさ、たまには白い紐パン以外も穿いてるのかな~って」

「もう、馬鹿なこと言ってないで、早く演習場に行ってください! もうみんな待ってるんですよ!」

「えっ! このまま行っていいの?」

「いいわけないでしょう! 早くスカートから手を離してください!」

 そして、それからずっとスカートを手で押さえている翔鶴を伴って演習場へ。

 さて、ちょっとは気分も晴れたし、苦肉の策ってことで、雷電姉妹ペアと島風・睦月ペアを組み替えてやってみるか。

「敬礼!」

 利根の号令を受けて、みんなが私に敬礼する。

「みんな、おはよう」

 私はすでに演習場に集まっていたみんなに挨拶した。

「さて、早速だけど、今日はちょっと編成を変えてみるわよ。第一艦隊は高雄に愛宕、それに神通で、駆逐艦は島風と雷ってことで――」

「提督! ちょっと待って!」

 そこで大きな声が私を止める。

 声を発したのは島風だった。

「何? 島風?」

「あ、えと……その……」

 みんなに注目されて、島風がちょっと恥ずかしそうに言いよどむ。

「あの、もう一度だけ、睦月ちゃんと一緒にやらせてほしいの」

「えっ!」

 私は、島風の発言に驚きを隠せなかった。

 まさか島風からその台詞が出てくるとは思わなかった。

「提督! 睦月からもお願いします!」

 そしてそこに睦月も加わる。

 ギュっと二人手を繋いで、こちらを見つめる島風と睦月。

 私は、二人の顔に昨日までとは違う何かを見た。

「二人とも、編成を決まるのは提督であって、アナタ達は――」

「待って翔鶴。いいわ。もう一度、島風・睦月ペアと雷電姉妹ペアでやってみましょ」

「提督! よろしいのですか?」

「もう一度だけね。ひょっとしたら今日は、昨日までとは違う結果が出るかもしれないわ」

 そう言って、私は笑った。

 

「嘘……」

 私は目の前の光景をただ呆然と見つめていた。

 今日の演習模擬戦は、第一艦隊に利根、筑摩、神通、島風、睦月。第二艦隊に高雄、愛宕、川内、雷、電。

 戦力的には圧倒的に第一艦隊有利ながらも、昨日までは連携が合わなくて島風・睦月ペアのいる艦隊が全敗していた組み合わせだ。にも関わらず……

「撃ち方やめ! 戦果報告! 第一艦隊完全勝利!」

 翔鶴の報告を聞くまでもなく結果は明らかだった。

 昨日までは全敗していた島風・睦月ペアを擁する艦隊の圧勝。しかも、完全勝利だ。

 信じられない。一体何があったの?

 勝利の要因は島風・睦月だった。二人の連携が昨日までとは全く別物だったのだ。

 一日二日でここまで連携が改善される、普通?

 それから編成を変えて何度か模擬戦を行ったけど、やはり島風・睦月ペアを擁する艦隊の圧勝。

 動きが全く噛み合っていなかった昨日までとは違い、今日の二人は、まるで一心同体とでも言えるかのような動きだった。

 二人が変則的な動きで相手の陣形を乱し、そこから他のメンバーが崩してくる。まさしく昨日までと逆だった。

 私は、とりあえず翔鶴に命じて演習を終わらせる。

「みんなお疲れ様。今日はこれで終わりよ」

「えっ? もうですか?」

 高雄が驚いたように尋ねる。

「そ。まあ、やりたりないかもしれないけど、とりあえず私の求めていた水準に全員達したってことで、演習はこれで終わり」

「はあ……」

 高雄はまだ納得していないのか首を傾げている。

「さてと、ここまで何も告げられずに演習させられて、聞きたいことも色々あるだろうけど、詳しい説明は午後にするわ。とりあえず今はこれで終わり。朝食にしましょ」

 みんなが艤装を外して、次々と食堂に向かっていく。

「ああ、そうだ。翔鶴、アンタと大淀は朝食後に提督室にきて。先に軽く打ち合わせしておくから」

「了解です」

 翔鶴が敬礼して去っていく。

「それから、睦月。ちょっといい?」

 そして私は、最後に食堂へ向かおうとしていた睦月を呼び止めた。睦月と手を繋いでいた島風も一緒に足を止める。

「今日は随分と調子が良かったじゃない。何かあったの?」

 私の言葉に、睦月と島風が顔を見合わせてニッコリ笑う。

「内緒(です)」

 その顔があまりにも輝いて見えたもんだから、私も釣られて笑みをこぼした。

「そう。まあいいわ。お疲れ様。アンタ達も速く食堂に――」

 そこで私は、睦月の異変に気づく。

「ねえ睦月、アンタ、何か体光ってない?」

 

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