艦これif  ~ポンタローバージョン~   作:ポンタロー

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第七章 残された雷巡

「「深海棲艦から資源を強奪?」」

「そ」

 その日の朝食後、提督室で、私はかねてから温めていた計画を翔鶴、大淀に打ち明けた。

「これから私達は、深海棲艦から資材をぶん盗って生きていくわ」

「いえそんな、すごく誇らしげに言われましても……」

 翔鶴が困惑の表情を浮かべる。

「そんなにうまくいくのでしょうか?」

 大淀も考えあぐねているようだ。

「まあ最後まで話を聞きなさい。私としては、これが最もリスクが低く、一番手っ取り早いと思うのよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。夜に資源豊富な海域からこっそりとってくるってのももちろん考えたんだけど、この辺の資源豊富な海域ってほとんど深海棲艦に押さえられてるでしょ? 川内や神通に調べてもらったんだけど、どうも最近、その海域を哨戒している深海棲艦達が守りを強化しているみたいなのよ。でね、わざわざ泊地水鬼やら飛行場姫のうようよいる海域にこそこそと資材をとりに向かうより、敵が資材を運んでいる途中を狙ってぶん盗った方が楽だと思ったわけ」

「で、でも、戦闘にはなりますよね?」

「そりゃそうよ。けど、少なくとも資源の採掘場所よりは少ないでしょ。それでももちろん襲う場合は選ぶわ。敵が資源の護衛に空母とか戦艦ばっかり張り付けてた場合は、当然中止よ」

「何故、今になってこんな計画を?」

「睦月の改二や島風が元気になったこともあるんだけど、一番はづほの復調ね。この作戦は、づほこそが要よ。よってこの作戦を実行に移す時は、必ずづほを旗艦にするわ」

 先日の一件以来、づほの調子が目に見えて上がっている。

 睦月はあの後、すぐに工廠に向かい、無事改二となった。

 島風との連携も改善されたみたいだし、これで十分な戦果を期待できる。

「何故、瑞鳳なのですか?」

「最大の理由は、彼女が軽空母だからよ」

「軽空母だからですか?」

「そ。この作戦は資源の強奪と同時に、敵に見つからないよう資源を持ち帰ることも重要となる。つまり、資源の強奪と敵の撃滅を同時に行う必要がある。よって、確実に作戦を成功させるには艦載機の力が必要になるわ」

「わたし達では駄目なのですか?」

「翔鶴達にはさせられないわ。ボーキサイト不足で、積んでいる艦載機の量が少ないって理由もあるけど、一番の理由は、もしアンタか瑞鶴を行かせて被弾した場合、その入渠時間とアンタ達に使う資材が、今の私達には痛すぎるということ。高速修復材もないしね。その点、づほならアンタ達より入渠時間も資材もくわないからね」

 そう。こちらにきて知ったことだが、艦娘が被弾(この場合は小破、中破、大破がそれにあたる)した場合、その傷ついた艦娘はまず入渠する。あの入渠ドック(というかお風呂)のお湯には、艦娘の治癒力を高める効能があるらしく、艦娘達はまずそこで体を癒す。

 そして破壊された艤装は、工廠ドックで修理だ。

 破損が著しい場合、工廠ドックで普通に鋼材などを使って修理する(もちろんこの場合は、艤装を一時、体から取り外す)。

 ちなみに余談だが、ここで修理を担当するのが利根と筑摩だ。二人とも、元は幼い艦娘の教官だけあって、この手の知識には詳しいらしい。

 元々は工作艦である明石の仕事だったのだが、彼女なき今、この二人が担当することとなった。

 さらに余談だが、艦娘達は基本的に(どういう仕組みかは分からないが)いつでも艤装を身に纏うことができる。無論、外すことも。

 私も数度見ただけだが、纏う時にどこから現れるのかも、外した場合にどこに消えるのかも謎(まあ、この辺がご都合主義ってやつかもしれない)。

 よって、出撃時にドック内で艤装を受け取るのは、ドックで修理もしくは調整をしていた時だけだ。

「作戦はこうよ。川内と神通に調べてもらって、深海棲艦の資源輸送部隊が通る定期ルートをいくつか見つけることができたわ。これによると、どうも輸送を行う時間なんかもある程度決まっているみたい。これを私達は強奪する。実行部隊は、づほを旗艦固定して、重巡二、軽巡一、駆逐二。まずはづほに偵察機を飛ばさせ、敵の戦力を確認。こちらの戦力で強奪と撃滅を同時に行えると判断したら決行。無理ならその艦載機を捨てて撤収」

「そんなにうまくいくでしょうか?」

「二人とも、そんなに不安そうな顔しないでよ。まずは一度試してみましょ。私、これからちょっと用事があるから、この話の続きはみんなを交えて午後からってことで」

「用事……ですか?」

「そっ。ちょっと個人的なことでね」

 

 用事と言って提督室を出た私は、トコトコと目的の場所に向かっていた。

 そして、あっさり目的地に到着。そのドアをノックする。

「はぁ~い」

 中から澄んだ声が響き、ドアが開いた。

「あっ!」

 ドアを開けた人物が、私の顔を見て、一瞬表情を強張らせる。

「こんにちは、羽黒。ちょっといい?」

「あっ、はい……」

 羽黒がビクビクしながら頷く。

「そんなに警戒しないでよ。アンタにちょっとお願いがあるの」

「お願い……ですか?」

「そっ。悪いんだけどさ、私の服をいくつか作ってくれる?」

 そう。実は私、ここに服と下着を作ってもらいにきたのだ。

 ここというのは羽黒の部屋。作ってもらう人物はもちろん羽黒。どうやら、今のような状況になって以来、艦娘達の服は羽黒が担当しているらしい。

 少し前に、高雄に下着をいくつか借りたのだが、下はともかくとして上のサイズが少し違うのだ(正確に言うと下着の方が少し……そう、少しだけ大きい)。

 違うサイズの下着を使っていると、将来、形が崩れてくるというし、作ってもらうことにしたわけだ。

 服の調達もできて、未だに打ち解けていない羽黒とも話ができる。これぞまさしく一石二鳥。

 しかし……ううむ。胸には結構自信あったのに、高雄にすら及ばないとは。さすがボイン姉妹。

 まあ、ここに至るまでの経緯はこんな感じ……

 

(数日前のこと。提督室にて。

「ねえ、翔鶴……」

「はい、何でしょう?」

「ちょっとスカート捲っていい?」

「なっ! 何を仰っているんですか! いいわけないでしょう!」

「翔鶴ってスカート引っ張られるの好きじゃないの?」

「好きなわけないでしょう! それに引っ張るのと捲るのは違います! とにかく、断固お断りします!」

「フゥ、分かったわよ」

「分かっていただけて何よりです」

「じゃあ、命令にするわ」

「はっ?」

「だから命令よ。翔鶴、スカートを捲らせなさい」

「だから、何を仰っているんですか! 職権乱用も甚だしいですよ!」

「もう、分かったわよ。わがままさんね」

「わたしが悪いみたいな言い方しないでください!」

「じゃあ、仕方ないから自分で捲ってくれていいわ」

「い・や・で・す!」

「チェ! ケチ」

「ケチで結構。全く、変態ですか、あなたは」

「変態じゃないわよ。ただ、今日の翔鶴がどんなパンツ穿いてるのか知りたいだけ」

「そ・れ・を・変態と言うのです!」

「まあ、それはさておき」

「さておかれても困るのですが……」

「アンタ達ってさ、服とかどうしてんの?」

「はっ? 服……ですか?」

「そそ、本国からの支援がなくなった以上、全部自前でしょ? そりゃ今まで持ってたのだってあるでしょうけど、消耗品なんだし、どうやって調達してるのかな~って」

「何故急にそのようなことを?」

「いやさ、私って手ぶらでここにきたみたいじゃない?」

「みたいって……ご自分のことでしょうに」

「それはそうなんだけどさ、となると、当然着替えとかもないわけでさ」

「そういえばそうですね。今まではどうされていたのですか?」

「下着は高雄に借りてたのよ。それでこの服を洗って乾かしてる時には、寝室のクローゼットにあった、知りもしない提督の服を着てたの」

「はあ、それは……大変でしたね」

「そうなのよ。でさ、今さらなんだけど、アンタ達がどうやって服を調達しているのか教えてほしいの。ご都合主義で、ほしい時には部屋に置いてありますってオチはなしで」

「はい? ごつごうしゅぎ……ですか?」

「ああ、そこはスルーしてくれていいわ。とにかく、アンタ達はどうやって服を見繕ってるの?」

「羽黒に作ってもらっていますよ」

「へっ? 羽黒が?」

「はい。今、わたし達が着ている服は、全て羽黒が作ってくれたものです」)

 

 というわけで、羽黒の部屋へとやってきたわけだ。

 それにしても瑞鶴め、羽黒のこと教えてくれたっていいじゃない。今に見てなさいよ。

「あの……司令官さん……」

 ハッ! いつの間にか、羽黒が怯えたような目で私を見つめている。

 しまった。ちょっと怖い顔してたかも。

「ゴメンゴメン。でさ、悪いんだけどお願いできる?」

「あっ、はい。それでは、採寸しますので中へどうぞ」

 通された羽黒の部屋は、かなり広めで(おそらく四人部屋)、羽黒の性格を表わしたような、綺麗に整頓された部屋だった――半分は。

 もう半分は作業に使っているらしく、作業道具一式に加えて、サイズの違う様々な服が山のように積まれている。おわっ、すごい! 何着あるか分からないや。

「あの……それで、どういった服をご所望ですか?」

「そうね……なんだかんだで今着ている服が一番馴染んでるような気がするし、これと同じようなやつをお願いできる?」

「はい。大丈夫だと思います」

「よろしく。でさ、あと下着もいくつかお願いしたいんだけど」

「分かりました。それでは採寸しますので、服を脱いでください」

「あっ、うん……」

 言われて私は服を脱ぎ始める。

 な、なんか、同姓の前だと分かっていても、見られるのはちょっと恥ずかしいわね。

「それでは測らせていただきます」

 服を脱ぎ終えた私の体に、羽黒がメジャーを当てて採寸していく。

 ひゃっ! メジャーが素肌に当たって冷たい!

「それにしても意外ね。アンタが服の担当なんて。いや、意外でもないのかな?」

「ただの趣味の延長ですよ。昔から裁縫は得意だったので……」

「そうなんだ」

「はい。姉達はそういったことに無頓着でしたから。特に足柄姉さんなんて……」

 そこで羽黒が悲しそうに顔を伏せる。

「……ゴメン」

「いえ……」

 それきり羽黒は、無言で採寸を続けた。

「……はい。終わりました。少しお時間がかかりますけど……」

「ああ、それは大丈夫よ。お願いね」

「はい」

「それとさ、羽黒。私、どうしても一つだけ聞きたいことがあるんだけど」

「な、何ですか?」

「その……葉っぱで服って作ったりするの?」

「葉っぱで……ですか? できなくはないと思いますけど、すぐ駄目になってしまいますよ」

「そ、そうよね。すぐ駄目になっちゃうわよね。はは、ははは……」

 何故か、どうしても聞いておかねばならないような気がしたのだが……そりゃそうか。

「変なこと聞いてゴメンね。それじゃ、よろしく」

「はい。あの……もし、その間に着替えが必要でしたら、ご用意しますけど……」

「ほんと! いるいる。いや~、実はさ、これを洗って乾かしてる間は、前の提督が残していった服を着ててさ~。あまりの似合わなさに泣いてたのよ~」

「クスッ」

 そこで羽黒がようやく笑顔を見せてくれた。

「え~と、これなんかいかがでしょうか?」

 そう言って、羽黒が山と積まれた服の中から、いくつかの服と下着を持ってくる。

「あら、いいじゃない。これは試作品か何かかしら?」

「い、いえ……これは、その……」

 そこで、明るくなりつつあった羽黒の顔がまた曇り始めた。

「これは……亡くなった艦娘達に頼まれてた服なんです」

「…………」

 しまった。地雷を踏んだか。

「そう……」

「ここに積まれている服はみんな、その艦娘達に合わせて作ったものだから、中々サイズの合う子がいなくて、ずっとここに積んだままなんです」

「…………」

 羽黒の瞳から、ポタポタと涙が伝い落ちる。

「わたし、この服を見る度に、死んでいった仲間のことを思い出しちゃうんです」

「…………」

「姉さん達もみんないなくなって、わたしはこの広い部屋に一人ぼっち。わたしに服を頼んでいた仲間もどんどんいなくなって、服だけが残されていく。わたしと同じように……」

「…………」

「だから、新しい服を作る度に思っちゃうんです。ひょっとしたら、この服もまた、あの山に積まなくちゃいけないのかなって……」

「そう思うと、わたしにはこの山が、だんだん死体置き場みたいに見え――」

 私はそれ以上聞いていられず、気が付くと羽黒を抱きしめていた。

「ゴメンね、羽黒。ゴメン……」

「ひっく……いえ、わたしこそ、急に泣いてしまってすいません。お恥ずかしいところ、お見せしてしまって……」

「仲間のために流す涙が恥ずかしいはずないじゃない。知らなかったこととはいえ、今のは完全に私が悪いわ。ごめんなさい」

「いえ。けど、司令官さんはすごいです」

「へっ? 何が?」

「この艦隊から一人、また一人と減っていくにつれて、みんなどんどん暗くなっていきました。金剛さんも、雷ちゃんも電ちゃんも、瑞鳳ちゃんだって。けど、司令官さんはそんなみんなに元気をを取り戻してくれました。わたしは、雷ちゃんや電ちゃんの教官でもあったのに何もできなくて。だから、すごいなって……」

「何言ってるの。私はちっともすごくなんかないわ。すごいのはアンタ達よ」

「えっ?」

「私はただの提督よ。指揮はできても、前線に立って戦うことはできない」

「…………」

「だからね、いつも私は歯痒いの。私もみんなと同じ艦娘だったら、みんなと一緒に戦えるのにって」

「…………」

「ねえ、羽黒。もうここに服を積みたくないわよね?」

「……はい」

「ならお願い。羽黒、これからもみんなの背中は、アンタがしっかり守ってあげて。もうここに、着る者のいなくなった服を積まなくていいように。私にはできないことだから」

「……はい!」

 

 羽黒の部屋を出た私は、昼食をとるために食堂へと向かっていた。

 さ~て、今日のお昼はなんだろな~♪

 ちなみに、不思議なもので金剛・榛名が食事番の時は和食中心(たまに金剛特製英国風スパイシーカリーが出る)で、大和・陸奥が食事番の時はホテルで出るような洋食が出てきたりする。ほんと、不思議なものだ。

 まあ、どっちもすごくおいしいから文句なんてな――

「なんですって! もう一度言ってみなさいよ!」

 食堂から怒鳴り声が響く。やれやれ、どうやらトラブルみたいね。

 声の主は……

 食堂に入ってみると、そこには案の定、先ほどの怒鳴り声の主――川内と、もう一人、重雷装巡洋艦大井が、少し距離を置いて睨み合っていた。

 すでに食堂には、昼食をとるためにそこそこの人数が集まっており、緊迫した場面に重苦しい空気となっている。

「何事?」

 私は、不安そうな顔で二人を見つめていた神通に尋ねた。

「あっ、提督! それが、わたしも状況を見ていなかったのでよく分からないのですが、どうやら大井さんが――」

「何度でも言ってあげる。この前の演習は一体何? てんでなってないじゃない。アナタ、魚雷の一つもまともに撃てないの?」

「ググッ……」

 どうやら、私の試した作戦決行のための連携確認演習のことを言ってるみたい。

「アナタが入ってた艦隊の方がほとんど負けてるわよね。アナタがいたから負けたんじゃないの?」

「何だとぉ」

「ああ、そうか。だから前の第三水雷戦隊の時は、妹さんが旗艦だったのね。妹さんの方が優秀だから」

「い、言わせておけば……」

「な~に? 悔しかったら何か言い返して――」

「は~い、そこまで!」

 収拾がつかなくなると感じた私は、そこで二人の間に割って入った。

「あっ! て、提督……」

 私を見た川内が、気まずそうに顔を背ける。

「これから楽しい昼食って時に、空気悪くしてんじゃないわよ」

「だ、だって、大井が……」

「ああ、やっときた。待ってたわ、提督」

 私を見た大井が不敵な笑みを浮かべる。

「待ってた? 私を?」

「ええ。ここで騒ぎを起こせば、さすがに止めに入ると思ってたもの。間違ってなかったでしょ?」

「ふ~ん。てことは、川内に突っかかってたのは、私を呼ぶための茶番だったってわけ?」

「そうよ。だって、さすがにこの前の演習の敗因が誰にあるのかくらいは分かってるもの」

「あっそ。で、私に何の用? 私に用があるなら直接言いにくればいいじゃない」

「みんながいるところで聞いた方が、はぐらかされないと思ってね」

「はぐらかす? 何を?」

「決まってるじゃない。理由よ。わたしは理由を知りたいの。演習を見る限り、どうやら出撃する予定があるみたいだけど、どうしてわたしは呼ばれてないのかしら?」

「…………」

 私は言葉に詰まった。

 そう。確かに私は、この作戦に大井を意図的に呼んでいなかったのだ。

 重雷装巡洋艦大井。雷撃に特化した艦娘。確かに物資強奪作戦のメンバーに組み込めば戦力アップを期待できるだろう。しかし……

 私は、彼女がどこか危なっかしいと感じていたのだ。

 ここにきた当初から感じていた。まるで、研ぎ澄まされたナイフのようだと。

 仲間を一切寄せ付けない、そんな雰囲気を纏った彼女を艦隊に組み込めば、必ず艦隊が崩壊する。私の中の本能がそう告げたのだ。

「あら? 提督、答えてくれないの? みんなが見てる前よ」

 チッ、確かにこの状況じゃ答えないわけにはいかないわね。

「そうね~、まあ、あえて言うなら、アンタが空気読めなさそうだからかしら」

「あらやだ。戦闘に空気を読む必要なんてないじゃない」

「連携的な意味で言ってんのよ」

「もちろん、分かってるわよ。けど、わたしが艦隊にいれば連携なんて関係ないわ。敵はみ~んなまとめて、このわたしがブッ殺してあ・げ・る♡」

 大井が壮絶な笑みを浮かべる。ったく、雷電姉妹あたりが見たら泣き出すわよ。

「つまりアンタは、私の立てた作戦に参加したいわけね」

「そうよ。そこにいる夜戦馬鹿よりは遥かに役に立つわ」

「なんですっ――」

「川内、気持ちは分かるけどちょっと黙ってて。やれやれ。ほんとは昼食後にみんな揃ったところで話したかったんだけど……仕方ない。大井、言っとくけど、今度の作戦は物資の強奪よ。敵の殲滅ももちろん大事だけど、物資の確保も重要なの」

「物資の確保? そんなの他の娘達にやらせなさいな。わたしが深海棲艦をみ~んな殺してあげるから、そのあとでね」

 チッ、これはどれだけ言っても聞きそうにないわね。仕方ない。リスクはあるけど使ってみるか。

「……いいでしょう。そこまで言うなら、初決行時はアンタを使ってあげる」

「提督! 何で!」

「川内、ここは堪えて。アンタは夜の作戦決行時に出てもらうから」

「うん、いいよ♪」

 先ほどまでの態度はどこへやら、夜と聞いた途端に、川内が満面の笑みで引き下がる。

 全く、ほんと可愛い夜戦おバカちゃんだわ。

「あら、随分と話が分かるじゃない、提督」

「ただし、もし失敗したら、全てアンタのせいにするからね」

「いいわ。受けましょう」

「とりあえず、もし失敗したら、そのナメた口調を一生慎みなさい」

「いいわ。でも、成功したらどうするのかしら?」

「どうもしないわよ。アンタ、自信があるから名乗り出たんでしょ? だったら、成功しても何もないわ。だって、成功して当然なんだから。それとも、怖くなったからやっぱりやめる?」

「……フン。減らず口を」

「お互いさまでしょ。作戦の詳細は、みんなを交えて、改めて行うわ。分かったらさっさと昼食よ。私はお腹が空いてんの」

 

 

 

 ここにきて三週間。いよいよ物資強奪作戦がスタートした。

 初決行時のメンバーは、づほを旗艦として、利根、筑摩、大井、島風、睦月だ。

 川内と神通が事前に調べてくれた、この隠れ家から少し離れたところにある深海棲艦達の輸送ルートを襲った。

 大井を組み込んだことによる連携に心配はあったが、ここを通る輸送艦隊が最も戦力が薄かったので決行したのだ(大井を使うと言った時には、翔鶴に猛反対されたけど)。

 そして結果は……

「フフッ、どうかしら提督? わたしの実力のほどは」

 作戦から戻るやいなや、艦隊を出迎えた私に、大井が得意げにそう言った。

 計画自体は成功。敵は全て殲滅。物資も無事確保。なのだが……

「まあ、一応成功と言えるかもね」

「『一応成功と言えるかもね』? ハッ、大成功でしょ? 素直に認めなさいよ」

「…………」

「あら? 今度はだんまり? まあ、その顔を見られただけ良しとしてあげる。なんなら、次もわたしが出てあげるわよ」

「……そういうことは私が決めるわ」

「あらそう。では提督、今後ともご贔屓に」

 大井が勝ち誇った顔で去っていく。私は、他のメンバーに視線を移した。

「みんな、ご苦労様。よくやってくれたわ」

「あっ、うん……」

 旗艦を務めたづほが、疲れきった表情で笑う。

「ゴメンね、有希乃。筑摩さんが中破しちゃって」

「いいの。みんな生きて帰っただけ良しとしなきゃ。筑摩、大丈夫?」

「……はい。申し訳ありません。わたしの力不足で中破してしまいました」

「アンタは何も悪くないわ。それより早く入渠なさい」

 私の言葉に、利根に肩を貸してもらった筑摩が一つ頷き、入渠に向かう。

 私は、他のみんなにも労いの言葉をかけた後、何とも言えぬ後味の悪さを抱えてその場をあとにした。

 

「……以上が戦果報告になります」

 提督室に戻った私に、翔鶴が透き通った声で報告を終える。

 まあ、戦況のほとんどは、妖精ちゃんを通して見ていたわけだから、大体分かってるんだけど。

「ご苦労様。まあ、上手くいって何より……と言いたいところなんだけど……」

「戦果に何かご不満でも?」

「いや、戦果自体は満足よ。でも、この大井って子、ちょっと心配ね」

「…………」

 私の言葉に、翔鶴の表情が少し暗くなる。

「いくらなんでも突っ込みすぎよ。あれじゃ陣形も何もあったもんじゃないし、陣形自体が機能しなくなるわ。第一、敵に空母がいたら、あっという間に轟沈よ」

「……確かに、その通りですね」

「何かあったの? あれじゃまるで死に急いでいるようにしか見えないわ」

「他の艦娘達と同じです。あの子、球磨型軽巡洋艦大井も、先の戦いで姉妹艦全てを失いました。その中でも特に仲の良かった北上が、大井を庇って死んで以来、あの子は、仕留め損ねた北上の仇である深海棲艦に復讐するためだけに戦うようになりました。そして、その行く手に立ち塞がる敵も、残らず仇と見るようになってしまい、深海棲艦を見ると迷わず突っ込むようになってしまった。自分の損傷や仲間のことなど見向きもせずに」

「……フウ」

 まっ、そんなとこだろうとは思ってたけど。

 北上ってのは、確かアニメにも出てきたおさげの艦娘か。

 なるほど。翔鶴があれほど大井を使うことに反対したのはそのせいか。確かにアニメでも仲良かったな。あの百合百合コンビは。

「そう。分かったわ。私が話す」

「えっ! ですが……」

「何かあってからじゃ遅いでしょ。私は自殺志願者を艦隊に置いておく気はないわ。大井は今どこ?」

「確かこの時間だと、お風呂に入っているはずですが……」

「お風呂?」

「ええ。ちょうどこの時間のはずです。大井は被弾していようといまいと、この時間は常にお風呂に入っています。北上がまだいた頃は、哨戒帰りによくこの時間、入渠していましたから」

「そう。じゃあ、早速――」

「提督、その前にこれを陸奥に届けてください」

 ドカッ!

 翔鶴が私の机の上に大量の書類を積み上げる。

「何これ?」

「資料です。この前から陸奥に頼まれていたもので、倉庫から引っ張り出してきました」

「こ、こんなにたくさん? ダンボール十個分はあるわよ。一体何の資料なの?」

「これは明石の……まあ、説明はあとでしますからとにかく運んでください。できるだけ早くほしいとのことなので」

「あの~翔鶴さん、一つよろしいでしょうか?」

「はい。何でしょう?」

「私は一応、提督ですよね?」

「そうですね」

「一応、アナタの上官にあたるわけですよね?」

「ですね」

「その上官にこれを運べと?」

「今朝の朝礼でわたしのスカートを捲った挙句、下着の紐まで解いた件に関してまだ議論したいのですか?」

「行ってきます」

 

 というわけで、私は大量の資料を抱えて陸奥の部屋へ。

「陸奥―、いるー? いなくても入るわよー。これ重いからー」

 そう言って、私は陸奥の部屋を開け――

「ギャアアァァァァァァ!」

 絶叫した。

 な、なんか宇宙服みたいなの着て、目にでっかいゴーグル着けた奴が、なんか作ってる。こ、ここ、陸奥の部屋よね?

 私は急ぎ部屋のネームプレートを確認。うん、間違いない。じゃ、じゃああれは……

「も~、うるさいわ――あら、提督じゃない」

「へっ?」

 宇宙服から聞き覚えのある声がする。

「だ、誰?」

「わたしよ。わ・た・し♪」

 宇宙服着た変なのが頭部部分を取ると、そこから出てきたのは、この部屋の主、陸奥だった。

「どうしたの? こんなところに」

「い、いや、翔鶴に頼まれた資料を届けに……」

「資料? ああ、この前頼んどいた明石のか。ありがと。そこに置いといて」

「うん……アンタ、そんなカッコで何作ってんの?」

「何って、薬よ薬。正確には、資材を薬状に加工してるの」

「へー」

 話には聞いてたけど、自室で作ってるのか。どう見ても、どっかのマッドサイエンティストがおかしな兵器造ってるようにしか見えなかったわ。

「で、この資料、何に使うわけ?」

「ああ、高速修復材の作り方が知りたくてね」

「高速修復材って、バケツのこと?」

「はい? バケツ?」

「ああ、アンタ達にはバケツじゃ通じないのか。いいの、忘れて。で、その高速修復材ってどうやって作るの?」

「それをこれから調べるのよ。高速修復材は明石にしか作れなかったからね」

「えっ? そうなの?」

「そっ。より正確に言うと、工作艦しかその作り方を知らされてなかったの。だから、明石がいなくなってから、高速修復材もずっと枯渇したままだったんだけど、翔鶴がこの前倉庫で、明石の資料というか工廠の記録みたいなのを見つけたって言ってたから、それを届けてもらったわけ」

「なるほど。で、できそうなの?」

「それはまだ何とも言えないわよ。でね、提督、悪いんだけど……」

「ああ、はいはい。邪魔はしないからゆっくり読んで」

「ゴメンね」

「いいのいいの。高速修復材ができるなら、艦隊としてこれほど喜ばしいことはないわ。頑張って」

「あ・り・が・と♡」

 

 陸奥の部屋を出た私は、その足でお風呂へと向かった。

 脱衣所で大井の服を発見。おっ、いるいる。

「大井―、入るわよー」

 私は服を着たままお風呂へと突入した。

 私を見た大井が、あからさまに嫌そうな顔をした後、一見して作り笑いと分かる笑顔を向ける。

「あ~ら、提督さんじゃないですか~。どうしたんです~? 服を着たままお風呂ですか~?」

「ああ、はいはい。その気持ち悪いぶりっ子はいいから。ねえ、大井。ちょっといい?」

 大井が、嫌そうな顔に戻る。

「……何か?」

「ええ。ちょっと話があるの」

「あら、何かしら? ひょっとして、前の戦闘についてお褒めの言葉でもいただけるの?」

「んなわけないでしょ。茶化してないで、黙って聞きなさい」

「フン」

 私の有無を言わせぬ態度に、大井がこれ見よがしに嫌そうな顔をする。コ、コイツ、いい度胸してんじゃない。

「今日の戦い、ずっと見させてもらったわ。あの戦い方は何?」

「何……とは?」

「アンタの無謀な特攻のことよ」

「何か問題でも? 戦果はきちんとあげているわ」

「……確かに。撃破数だけは大したものね。けど、被弾率と艦隊の被害も圧倒的に大きい」

「それが何? 深海棲艦を倒すことが、わたし達、艦娘の目的でしょ?」

「前はそうだったかもね。けど、今は違う。今は生き残ることこそが私達の目的。故に、資材の調達こそが重要であって、必ずしも敵が倒すことだけが重要なわけじゃないわ」

「……フン。新参者が偉そうに」

 やれやれ。聞く耳持たずか。

「そんなに死にたいわけ?」

「!」

 私の言葉に、大井がスッと目を細める。

「戦い方を見ていれば分かるわ。アンタ、憎いんでしょ? 大好きな北上さんを奪った深海棲艦と、そして……その深海棲艦から北上さんを守れなかった自分が」

「…………」

 大井が、切れそうなくらいに唇を強く噛み締める。

「アンタが戦う理由なんて、私にはどうだっていいことだけどね。アンタが一人で特攻したり、陣形を乱したりすると、他の子達が危なくなるの。だから、アンタの気持ちがどうあれ、この艦隊にいる以上は、私の指示に従ってもらう。いいわね?」

「フン。嫌だと言ったら? 艦隊から追い出されるのかしら?」

「あら、アンタは嫌とは言わないわよ」

「……何ですって?」

「だって、アンタの目的は、北上を殺した深海棲艦への復讐でしょ? そして、それをやり遂げれば死んでも本望。むしろ、大好きな北上さんのところに行けてラッキーってところかしら? だったら、私の指示に従いなさい。私の指示に従った方が、より確実に仇の深海棲艦を倒せるわ」

「……フン。資材の調達が最重要じゃなかったの?」

「もちろん最重要よ。けど、当然その上で、避けられない戦いも出てくるわ」

「…………」

「今のままの戦い方じゃ、アンタはそう遠くないうちに死ぬわ。間違いなくね。確かに、その過程で倒した敵の数はそれなりに多いでしょう。けど、その中に北上さんを殺した深海棲艦がいなかったらどうするの?」

「…………」

「その場合、アンタは結局、仇の一つの取れないまま、愛する北上さんのところに行くことになるわね」

「…………」

「私の指示に従えば、より確実にアンタの目的を果たさせてあげる。どう? 嫌とは言わないでしょ?」

「…………」

「要は、アンタの死に場所は、私が用意してあげるって言ってんのよ」

「…………」

「あら、だんまり? 考え込むのは結構だけど、ぶっちゃけ、アンタに選択肢なんてないのよ」

「何ですって?」

「分からないの? じゃあ、分かりやすくこう言ってあげる。大人しく私の指示に従うなら今後も資材を分けてあげるって言ってんのよ」

「…………」

 実は、ここにきた当初から、翔鶴に言われていたのだ。大井のことだけは自分に一任してほしいと。

 何か事情がありそうだったので、とりあえずその件については任せることにしたのだが、大井と話すと言った後で翔鶴に聞かされた話で、私はようやくその理由が分かった。

 そう。先日食堂で大井に自分を出撃させるよう言われた時から、私はずっと不思議に思っていた。

 深海棲艦を倒すことにこれだけ執着している娘が、何故、今なおこの艦隊に留まっているのか。

 深海棲艦を見れば、一人でも突っ込みそうなものなのに。

 その答えは簡単だった。資材がなかったのだ。

 私がこの隠れ家にくる前から、すでにこの艦隊の資材は逼迫していた。

 故に、この艦隊で最も重要な任務の一つが、その資材の保管であり(ちなみに工廠ドックに置いてる資材は、艦娘が経口摂取することはできない。陸奥が薬状に加工した資材を食べて、初めて艦娘はその力を発揮できる)、(少なくとも素手でこじ開けることはまずできない厳重な場所に)その資材を管理しているのがウチの最強戦艦大和だった。

 ここで少し艦娘の資材摂取について触れておく(これは翔鶴に渡された資料を参照にしている)。

 まず艦娘自体が生きるために必要な活力源は、言うまでもなく私と同じ人間の食事だ。

 艦娘達も私と同じように、人間が生きる上で必要な栄養素を摂取して日々の活力源にしている。

 次に資材についてだ。

 艦娘は、その戦闘もしくは航行を行う際、前に話した薬状に加工した資材と、本物の(というか、加工していないそのままの)資材を両方用いて行う。

 あまり深くは記されていなかったが、本物の資材はそのまま艤装の修復や弾薬の補充に用い、薬状の資材は、深海棲艦と戦う上でどうしても必要とのことだった。

 大井とて馬鹿ではない。確かに深海棲艦は倒したいだろうが、弾薬なしでは限度があるし、そもそも燃料がなければ海の上で動けない。

 周囲の資源豊富な場所は深海棲艦に押さえられているし、他の前進基地にもう資材は残っていない。

 というか大前提として、仮に資材があったとしても、薬状にして摂取するためには、当然ながら加工を施さねばならず、その加工ができるのは、今のところこの艦隊にいる陸奥だけ。

 しかも、ここから資材をかっぱらおうにも、そこを守っているのは最強戦艦大和。とても、残弾ゼロの重雷装巡洋艦のかなう相手ではない。

 となると、結論としては、ここに留まって資材を分けてもらうしかない。大井はそう考えたのだろう。

 ちなみに、その程度のことはすでに察していたらしい翔鶴によって、今のような状況になってからというもの、大井は、戦闘はもちろんのこと、哨戒にすら一度も出ていない。哨戒に出ても敵に突っ込んでいくだけ。翔鶴はそう考えたのだろう。

 だからこそ、大井は私に今回の話を持ちかけたのだ。

「で、どうすんの? まあ、結論は決まってるでしょうけど」

「……面白いじゃない」

 しばらく黙っていた大井が、ゾッとするような笑みを浮かべた。

「いいわ。そこまで言うなら、しばらくはアナタの指示に従ってあげる。けど、一つだけ条件があるわ」

「何かしら?」

「敵に雷巡がいる時に限り、わたしはソイツを殺すことを最優先にして動く。陣形がどうなろうが、資材がどうなろうが、味方がどうなろうが、一切構わずにその雷巡をぶっ殺すためだけに動く。これが条件よ」

 ……どうやら、北上は雷巡に落とされたようね。

「いいでしょう。好きになさい」

 まあ、雷巡が出た時には、作戦を中止すればいいだけのことだし。

「じゃあ、これで契約成立ってところかしら」

「まあね。けど、覚えておきなさい。もし、今の言葉を違えるようなことがあれば、わたしの復讐リストにアナタの名前が載るわよ」

「……ご自由に。話は以上よ」

 そう言って、私はお風呂をあとにする。

 平静を装ってたけど、内心では冷や汗ものだった。

 あ~、怖かった。リアルの方がアニメよりも遥かに怖いわね。

 

 お風呂ではああ言って大井を説得したものの……はっきり言って超不安。

 あの馬鹿、いざとなったら絶対私の言うこと聞かないわね。

 あ~イライラする。この隠れ家に縛り付けておきたいけど、今はそんな余裕はないし、やっぱ雷巡の力は欲しいし、でも絶対手綱を握ることはできそうにないし……

 話は違うけど、つい先ほど受けた報告では、高速修復材については、残念ながら作ることができないとのことだった。

 詳しい説明を聞いてもさっぱりだったので、かいつまんで説明すると、どうやら工作艦にしかできない特殊な製法で作るらしく、陸奥にはできないらしい。

 あ~、余計にムシャクシャしてきた。こうなったら、翔鶴のスカートでも捲って、ストレス解消するしかないわ!

 ということで翔鶴の探索を開始。

 しかし……いない。

 どれだけ隠れ家を回ってみても、翔鶴は見つからなかった。

 ううっ、どうしよう……せっかく、翔鶴のスカートでも捲って、ストレス解消しようと思ったのに。

「どうしたの?」

 一人途方に暮れていると、誰かが声をかけてきた。

「あっ、陸奥……」

 振り向いた先にいた陸奥が不思議そうに首を傾げている。その隣には睦月もいた。

「どうしたの、こんなところで? 一人で黄昏てたの?」

「別に黄昏てなんかいないわよ。ただちょっと、翔鶴を探してただけ」

「翔鶴を?」

「そっ。アンタ達、翔鶴見なかった?」

「さ、さあ、見てないわよ」

 陸奥が私から目を逸らして言う。

「何で目逸らすの?」

「べ、別に逸らしてないわよ……」

「ふ~ん。睦月は? 翔鶴見なかった?」

「にゃわ!」

 いきなり話を振られた睦月が、ビックリして飛び上がる。

「え、えと……睦月も知りません! そ、その、翔鶴さんに、提督にスカートを捲られそうな予感がするから、自分の居場所は教えないで欲しいとも言われてません!」

「「…………」」

 私、絶句。陸奥、頭を手で押さえる。

 すごくツッコミたいところだけど、本人は必死に隠してるみたいだしやめとこう。

「ハア~、分かったわよ。けど、陸奥と睦月のむつむつコンビなんて珍しい組み合わせね」

「たまたまよ。ちょっと時間が空いたから、睦月をお茶に誘ったの」

「にゃ~。大和さんが作ったマカロン、楽しみにゃ~。島風ちゃんにもおみやげに持って帰るんだにゃ~」

 改二になってからというもの(というか、島風と和解してからというもの)、睦月は語尾に『にゃ~』をつけて猫語で喋ることが多い。

きっとこっちが素の睦月なのだろう。アニメではしっかり者、ゲームでは猫っぽい喋り方をするお茶目っ子の睦月だけど、この世界での素の睦月は、どうやらこっちみたい。

「なるほどね」

「ところで提督、話は変わるけど、報告は受けた?」

「ええ。高速修復材の件については残念ね」

「ゴメンね……」

「何言ってんの。アンタのせいじゃないでしょ。それよりアンタ達、ちょっと私のストレス発散に付き合いなさい」

「へっ? どういうこと?」

「こういうこと」

 私は、いきなり陸奥のスカートを思いっきり捲りあげる。そこから現われたるはむっちりとした太ももと黒いレースの下着。

 おおっ! さすがは陸奥。大人の色気をさらに倍増させる黒とは。

「やるわね陸奥」

「……何やってるの?」

 しかし、陸奥は全く動揺を見せずに首を傾げるだけ。

「な、何って、スカート捲りよ。私のストレス発散はスカート捲りと決まってるの」

「ふ~ん」

 しかし、やはり陸奥の表情に変化はなし。

 隣にいる睦月は顔を真っ赤にして可愛い反応を見せてくれているというのに。

「で、満足したならそろそろ下ろしてほしいんだけど?」

「……はい」

 猛烈な敗北感を感じた私は、素直に陸奥のスカートを下ろす。

 ダメだ。私の見たい反応はこんなのじゃない。

 そうだ! そういえばもう一人……

 そこで私は、睦月にターゲットを変更。素早くそのスカートを捲りあげた、

 そこからタイツに隠れてよくは見えないけど、真っ白い下着が僅かに覗く。

「にゃわ!」

 睦月が頭から湯気を噴いた。

「これよ、陸奥!」

「は?」

「私はこういう反応が見たかったの!」

 陸奥がやれやれといった感じで首を振った。

「にゃわ! にゃわわ!」

 睦月の方は、動揺で未だに舌がうまく回っていない。

「いい! いいわよ、睦月! その反応最高よ! けど、やっぱりタイツ穿いてるとパンツが良く見えないからダメね」

「にゃ! にゃにゃにゃ……」

「まあでも、その反応に免じて合格と――」

 なでなで。

 そこで誰かが、私の頭を優しく撫でた。

「よしよし。いい子でちゅから、そろそろスカート下ろしましょうね~」

 陸奥が慈愛に満ちた表情で私の頭を優しく撫でている。

「…………」

 だんだん惨めになってきた私は、無言で睦月のスカートを下ろした。

「よしよし。ちょっと寂しかったんでちゅよね~。でも、勝手に女の子のスカートを捲っちゃダメでちゅよ~」

 ううっ、なんか完全勝利ならぬ完全敗北を喫した気分……

「こ……」

「こ?」

「これで勝ったと思わないでよね!」

 いたたまれなくなった私は、そう捨て台詞を吐いて、陸奥達のもとをあとにした。

 

 ううっ、むったんめ。この天才美少女(自称)提督である私をお子ちゃま扱いするなんて。今度絶対、むったんが恥ずかしがるようなイタズラを考えてやる!

 ……ハッ! 違う! 違うわ私! 何を言ってるの! アンタは提督でしょ! そんなことしちゃダメ!

 ああもう、またムシャクシャしてきた。こうなったら食堂でやけ食いしかないわ。

 ということで、私は食堂へと向かう。榛名がおはぎでも作ってくれてたらラッキーなんだけ――

「なんですって! もう一度言ってみなさいよ!」

 食堂に入ろうとした矢先、そこから聞き覚えのある声がする。……な、なんか前にもこんなことがあったような気がする。しかもごく最近……

 内心で大きくため息を吐きつつも、このまま放置しておくわけにもいかず、私は食堂へと入った。

 そしてそこには案の定、先ほどの声の主である川内が、怒り心頭といった感じで誰かを睨み付けている。相手は……ああ、やっぱり大井だ。

 川内の隣では、神通がオロオロしてる。食堂にいるみんなも、どうしていいか分からず困り顔だった。やれやれ。

「ちょっとそこのおバカ二人――」

「誰が馬鹿よ!」

 川内が大声で怒鳴る。対する大井は涼しい顔。

「あっ! 提督……」

 相手が私だと分かった途端、川内が気まずそうな顔になった。

「アンタと大井に決まってんでしょ。みんなの憩いの場で空気ぶっ壊す奴はバカ以外の何者でもないわ」

「だって大井が!」

「はいはい分かったから。で、大井。今回は何で川内に突っかかったわけ?」

「あら? わたしが原因だと決め付けるの?」

「違うっての?」

「いいえ、合ってるわ。別に突っかかったつもりはないんだけどね。ただ、次の出撃を代わってくれないって頼んだだけよ」

「何ですって?」

「お風呂ではアナタに従ってあげると言ったけど、どうにも体が疼いて仕方ないのよ。どれだけ体に冷水をぶちまけても、前の戦いから体が火照って仕方ないの。戦いたくて殺したくて木っ端微塵にしたくて仕方ないの」

 大井が自分の体を抱きしめながら言う。

「…………」

 駄目だ。コイツやっぱ、ちょっと頭がおかしくなってる。

「で、川内に次の出撃を代われと?」

「そうよ。だってわたしの方が強いんだもの。その方が効率だっていいでしょ?」

「言われておけば――」

「川内、悪いけどちょっと黙ってて。大井、前にもはっきり言ったけど、出撃メンバーを決めるのは私よ。川内でもアンタでもないわ」

「分かってるわよ。だから、川内には適当な理由をつけて、わたしに出撃を代わるように頼んでたの。でも、見つかったから直接頼むことにするわ。提督、次もわたしを出撃させて。戦果は保証するわ」

「へえ、そんなに出撃したいの?」

「ええ、もちろん」

「そう。なら、土下座して頼みなさいよ。『提督様、どうかこの大井めを出撃させてください』ってね」

「…………」

 余裕の笑みを浮かべていた大井の表情が露骨に曇る。

「できないでしょ? アンタ、プライド高そうだもんね。でも、それができないってんなら出撃はなし――」

 しかし次の瞬間、私の顔は驚愕に凍りついた。

 大井が膝を折って正座し、そのまま床に頭を擦り付けたのだ。

「提督、お願いします。どうかこの大井めを、次の出撃メンバーにお加えください」

 頭を擦り付けたまま言う大井。しばらく頭を擦り付けた後、ゆっくりと頭を上げて私を見据える。

 そこには、変な言い方になってしまうが、どこまでも純粋で真っ直ぐな殺意と復讐心があった。

 マズい。これは、私が考えていたより遥かにマズい。

 私を見据えていた大井が、思わず寒気のするような笑みを浮かべる。

「これでご満足? さあ、約束通り、これで次もわたしを出撃させてくれるわよね?」

「…………」

「ウフフ。土下座なんてできるわけないとでも思った? 生憎と今の私は、北上さんの仇を討つためなら何だってやるわよ。そう、何だってね。ウフフフ……」

「…………」

「まさか約束を違えたりはしないわよね? こんなに大勢の前で宣言したんですもの。約束は守っていただけますよね? もし違えるようなことがあれば、わたしにも考えがありますよ……」

 ! マズい!

「……いいでしょう。出撃を認めます」

「提督!」

 川内が信じられないといった表情で大声を上げる。

「ただし、川内も出撃させるわ。出撃メンバーは、づほ、高雄、愛宕、アンタに川内、それから……」

 駆逐艦はどうするか。基本的に私は、ゲームと同じように六人で一艦隊としている。本当は雷電姉妹を入れたいところだけど、あの子達は二人一緒の方がいいし、となると、前回一番ダメージの少なかった睦月かな。

「睦月よ。言っとくけど、編成には文句を言わせないからね」

「誰と組まされても文句なんかないわ。わたしは出撃さえできればそれでいいの」

「……そう。詳細はまた追って伝えるわ」

「了解。それでは提督、ごきげんよう」

 立ち上がった大井は、またしても冷たい微笑を浮かべて去っていった。

 

「よかったの?」

 いつの間にかきていた陸奥が、そう尋ねてくる。

「仕方ないわ。どうやら私は、大井の執念を見誤っていたみたい」

「見誤る?」

「ええ。分からなかった? 大井はね、土下座でも何でも恥をかくことを厭いませんって意味だけで『何だって』って言葉を使ったわけじゃないの。あれはね、『たとえ私達を撃ってでも戦いに行く』って意味で言ったのよ」

「そんな! さすがにそこまでは……」

「前回の出撃までは、弾切れだったからそれができなかった。大和に資材の管理を任せたのは正解ね。あれで今までは大井もうかつに手を出せなかったんでしょう。けど、確か前回の戦闘で、大井は全弾撃ち尽してはいないはずよ」

「…………」

「さっきあの馬鹿、約束を違えるならこちらにも考えがあるって言った時、一瞬艤装を纏おうとしたの」

「…………」

「アンタ達に大井が撃てない以上、出撃を認めるしかないでしょ」

「…………」

 陸奥が沈痛な表情で顔を伏せる。

 艦娘の意思で艤装を自在に着脱できるということも、ここでは仇となった。これでは大井から艤装を引っぺがすこともできない。

「私は、大井の覚悟を完全に見誤っていたわ。うまく説得できればそれに越したことはなかったけど、どうやらもうそういうレベルの話じゃないみたい」

「じゃあ、どうするの?」

「そうね……とりあえず、次の作戦で大井には全弾使わせるようにするわ。その後は……残念だけど、縛り付けてどっかに転がすなり閉じ込めておくしかないわね」

「…………」

 私の言葉に、その場にいた全員が顔を伏せる。

 ったくあの馬鹿、気分悪くなるようなことさせるんじゃないわよ。

 

 

 

 そして、次の作戦を決行する日がやってきた。

「フウ……」

 づほ達が出撃してからしばらくの後、私は司令部で大きく息を吐いた。

 今回の作戦内容は、やはり前回と同じく、敵の運んでいる資材の強奪。

 編成はづほを旗艦に、高雄、愛宕、川内、大井、睦月だ。

 ただし今回の作戦も、前回同様に夜戦ではなく日中に行う。

 川内には夜戦をさせると言ったものの、実は私、この資材強奪作戦を夜に行う気はなかった。

 理由はいくつかあるが、最も大きいのは艦載機がほとんど役に立たなくなるからだ。

 無論、闇に紛れてこの作戦を行った方が、成功率が高いということも分かってはいる。

 しかしそれでも、私は日中にこの作戦を行うことにこだわった。

 前にも少し触れたが、艦娘の戦闘は、実際の艦艇同士の撃ち合いに比べ、圧倒的に敵との距離が近い。

 つまりは空母を使わない艦娘のみの編成による夜戦の資材強奪作戦は、常に被弾する可能性があるのだ。

 故に、極力こちらの被害を少なくしたい私としては、偵察機による敵の戦力分析を十分に行った上で、艦載機による爆撃によって制空権をとり、一気に戦闘を押し切りたいのだ。

 この艦隊に潜水艦がいないことも大きな理由だった。

 潜水艦が何人か生き残っていれば、まだ潜水艦でこっそり近づいて魚雷をズドンという作戦も考えたのだが、現状でそれは無理。

 よってこのような作戦をとることになった。

「フウ……」

 やれやれ。提督も楽じゃないわ。

「提督、お疲れですか?」

 翔鶴が心配そうな声で言う。

「いえ。疲れというよりストレスね。どっかのおバカな雷巡のせいでイライラしてるの」

「なるほど。心中お察しします」

「ありがと」

「ところで提督……」

「何?」

「そのイライラとわたしのスカートを捲り上げることにはどういった関連性があるのですか?」

「関連性大アリよ。これは私のストレス発散方法なの」

「……なるほど。で、いつになったらスカートを下ろしていただけるのですか? もうかれこれ三十分はこのままですが」

「う~ん。まだイライラしてるからもうちょっと」

「そうですか。しかし、わたしの方もかなりイライラが募っているのですが」

「そうなんだ。ダメよ翔鶴。ストレスは美容の大敵なんだから。適度に発散しないとね」

 ピキッ!

 翔鶴のおでこにでっかい青筋が浮く。

「そのストレスの原因がよくも言えたものですね」

「何? 翔鶴も私のスカート捲りたいの?」

「捲りません! 提督と一緒にしないでください!」

「あの~」

 そこで大淀が控えめながら声を上げる。

「お二人とも漫才はそれくらいにしていただきたいのですが。今は一応作戦中ですし」

「そうよね大淀。その通りだわ。見なさい翔鶴、怒られちゃったじゃない」

「だ・れ・の・せいだと思ってるんですか!」

「翔鶴」

「……ピキピキ」

 あっ! 青筋の数が増えた。

「! 提督! 瑞鳳より入電! 目標地点に到達したとのことです」

「了解」

 私は翔鶴のスカートを下ろして、づほへとリンクを繋ぐ。

「もしもしづほ、聞こえる?」

『あ、有希乃! 聞こえるよ』

「着いたの?」

『うん。着いた』

「それじゃあ前回と同じく、まずは索敵を」

『了解』

 私の命を受け、づほが偵察機を飛ばす。

 ……はて? 何かづほに伝えておかなければならないことがあったような……う~ん。何だっけな。

「提督、どうされたのですか?」

 翔鶴が尋ねてくる。

「いや、ちょっとね。何かづほに伝えておかなくちゃならないことがあったような……」

「人のスカートをみだりに捲るなですよ、きっと」

「いや、そういうネタ的なことじゃなくて、もっと真面目な……」

「わたしも結構真面目に言っているのですが……」

『敵艦見ゆ!』

 づほの声が響く。

「敵の戦力は?」

『えと……ここから北東三十キロほどのところに……重巡一、雷巡一、軽巡一、駆逐艦一……かな』

 よし、悪くない。これなら……ん? 雷巡? ……しまった!

『大井さん!』

 気付いたと同時にづほが叫ぶ。

 見ると、大井が単独で敵のいる方角へと走り去っていく。

 私はようやくづほに伝え忘れていたことを思い出した。

 私はづほに、敵の戦力を打電で伝えるよう指示するつもりだったのだ。

 クソッ。せっかく大井の艤装から電探(簡単に言えばレーダー)類を全て取り除いたのに。

 そう。私は艤装のメンテナンスと称し、なおかつ出撃させる条件と言って、利根に命じて、大井の艤装から電探を全て取り去ったのだ。代わりに武装を追加して、火力を底上げするとまで言って。

 艦娘同士は、当然その通信(というか電信)を傍受することができる(まあ、味方の電信を傍受する馬鹿なんてそうそういないけど)。

 けれど私は、づほが私に敵戦力を報告する際、大井なら雷巡の有無を傍受しかねないと思い、大井の艤装から一切の電探類を排除。

 これで、近くにいる際の直接の音声でしか、大井は敵の戦力を把握できないはずだった(前にも触れた艦娘の近距離音声通信は、電探類を使わなければ発動しない)。

 出撃メンバーに大井がいる場合、敵の中に雷巡がいれば戦闘は行わない。

 これは以前、私が決めたことだ。

 しかし大井が出撃メンバーにいる時に、妖精ちゃんを通してづほと通信した場合、その音声は当然近くにいる大井の耳にも入ることになる。

 だからこそ私は、づほに打電で敵の戦力を伝えさせるつもりだった。

 他の艦娘に――もっと限定的にいえば、大井に敵の戦力情報が伝わらないように。

 大井の尋常でない雷巡への殺意を見てから、私はそう決めた。

 しかし、遅かった。チッ、完全に私の失態だ。

『大井さん、待ってください! まだゆき……提督から作戦を開始するという命令は受けてません!』

 いつの間にか大井を追いかけていたづほが叫ぶ。

 マズい!

「づほ! 大井は他の子に追わせて、アンタは下がりなさい!」

 づほの装甲は薄い。もし今、攻撃を受けたら、一発で致命傷になりかねない上に、艦載機を飛ばせなくなる。

 速度的には大井より速いづほが、大井の肩に手をかけた。

 しかしそれを、大井が乱暴に振り払う。

『うっさいわね! 邪魔するなら、アナタから先に潰すわよ!』

『だ、駄目です! この艦隊の旗艦はづほです! づほの指示に従ってください!』

 殺意を滲ませて叫ぶ大井に、づほが声を震わせながらも言った。

『ハッ! そんなの知ったことじゃないわ! あのクゾ提督とも、敵に雷巡がいる時は問答無用で殺りにいくってことで話はついてんの! 邪魔すんじゃないわよ!』

『そ、そんな勝手は許可できません! みんな無事で帰ることが一番の――キャアッ!』

 その時、大きな爆裂音と共に、突然視界が弾けとんだ。

「づほ! どうしたの、づほ!」

『…………』

 しかし、づほから応答はない。

 急いで大井にリンクを切り替える。

 すると、づほがいきなり何かに吹き飛ばされたかのように、少し離れた水面に倒れていた。

 馬鹿な! 魚雷ですって! 一体どこから……!

 視界上の海面に黒い影が映る。潜水艦か!

 マズい! 最悪のケースだ。

 一応、瑞雲(対潜水艦攻撃もできる装備)も積ませてあるづほは、少なくとも中破確実。つまり、もう艦載機は飛ばせない。

 それに加えて、大井には対潜装備を積ませていない。

「大井! づほを連れて逃げなさい!」

『ハア? 何言ってんの? 嫌に決まってるでしょ。わたしは敵のクソ雷巡を殺りにいく』

「この馬鹿! 今はそんなこと言ってる場合じゃ――」

 その時、視界に映っていた潜水艦が動きを見せた。

 マズい! また魚雷を――

『させないにゃー!』

 しかし、魚雷を放とうとしていた潜水艦が、突如爆散した。

 いつの間にか追いついてきた睦月の対潜攻撃によって。

 私は急いで睦月にリンクを切り替える。

「偉いわ、睦月! お手柄よ!」

『えへへ~、睦月だってたまにはいいとこ見せるのにゃ~』

 よく見ると、他のメンバー達も追いついてきてる。

 私は高雄にリンクを切り換えた。

「高雄、聞こえてるわね!」

『はい、提督!』

「アンタを一時的に旗艦代理にするわ。今回の作戦は中止よ! 他の敵がくる前に、急いでその海域を離脱して!」

『了解です! ですが、大井さんが……』

「大井は私が説得するわ!」

 大井にリンクを切り替える。

「大井、作戦は中止よ! づほを連れて帰投しなさい!」

『何を言うかと思えば。契約したでしょ。雷巡がいる時は、何がなんでも殺りにいくってね』

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! アンタのせいでづほが被弾したのよ! 責任取りなさいよ!」

『フン。そんなのわたしの知ったことじゃないわ』

 こ、このアマ……

『アイツよ。アイツが北上さんを殺った奴よ。間違いない。間違いないわ。殺す! ぶっ殺してやる! 壊して、砕いて、すり潰してやる!』

「大井! ちょっと落ち着きなさい! 仲間が危ないのよ! お願いだからづほを助けて!」

『嫌よ! 北上さんの仇が目の前にいるの! わたしはアイツを殺す! 絶対殺す! 八つ裂きにして、北上さんに捧げてやる!』

 私は、怒鳴り散らしたい衝動を必死に堪えた。

 堪えろ。堪えろ私。こういう時こそクールになれ。

「ああそう。じゃあいいわ。けど、このことはしっかりと北上さんに伝えておくからね」

『……何ですって?』

 飛び出そうとしていた大井が、動きを止める。

「づほは、この艦隊唯一の軽空母。貴重な戦力よ。そして、アンタも死んでづほも失うってことは、この艦隊の戦力が激減することを意味する。そうなると、私達の生存確率も大きく下がるわ。だから、もしこの艦隊が全滅するようなことがあったら、私からアンタの大好きな北上さんに伝えておいてあげる。『北上さん、大井さんがアンタの仇を取ってくれたのよ! そのせいで艦隊が全滅したけど』ってね」

『…………』

「そんなアンタを、果たして北上さんは笑顔で迎えてくれるかしら?」

『…………』

「ああでも、それ以前にアンタは、北上さんのいるところには行けないか。アンタを守って死んだ北上さんは天国にいるだろうけど、仲間を見捨てて死んだアンタは地獄行きだろうからね。だから、アンタが北上さんに会うことはもうないか」

『……チッ!』

 大井があからさまに舌打ちして、針路を変える。

 大井についてる妖精ちゃんの視界にづほが映った。よし!

 私は、再びリンクを高雄に切り替える。

「高雄、敵の反応はある?」

『いえ、今はまだ』

「よし! じゃあ、今のうちにその海域を離脱して! づほは大井に運ばせるから」

『了解です!』

 

 

 

▲▲▲

 

「クソッ!」

 わたしは、ベッドに思い切り拳を叩きつけて悪態を吐いた。

 前回の作戦は、結局あのまま海域を離脱して終了。

 チッ、あのクソアマが。アイツのせいで敵を逃がしてしまったわ。

 敵、この大井から愛する北上さんを奪った、にっくき深海棲艦の連中を。

 味方の命が優先ですって! そんなものわたしにはどうだっていいのよ!

 奴らを殺す。潰す。殲滅する。

 そのためだけに、今のわたしは生きている。

 そうよ。粉々にして、切り刻んで、根絶やしにしてやる。

 そうすればきっと、北上さんも褒めてくれるに違いないわ。

 ああ、北上さん。何であの時、わたしを庇ったりしたの?

 本来なら、わたしがアナタを庇わなければいけなかったのに。

 ごめんなさい。けど、待ってて。深海棲艦を根絶やしにして、すぐに会いに行くから。

 だからもう少しだけ――コンコン。

 誰かがドアをノックする。チッ、誰よまったく。わたしと北上さんの会話を邪魔するなんて、六十一センチ四連装(酸素)魚雷で海の藻屑にするわよ!

 ていうか、またあのクソアマじゃないでしょうね。あのアマ、妙にすかしくさって、ほんと気に入らないわ。

 コンコン。

 再び部屋がノックされる。

「チッ!」

 わたしは大きく舌打ちしてドアを開けた。

「ったく、誰よこんな時間に。わたしは疲れて……」

「あう。ご、ごめんなさい」

 そこにいたのは、あのクソアマではなく、頭にハチマキを巻いた一人の少女だった。

「あら、アナタは……」

「こ、こんばんは……」

 瑞鳳だ。

 先日わたしが、あの北上さんの仇であるにっくき深海棲艦どもを殺すチャンスを潰した女。

 その女が、手に小さな皿を持って、ビクビクしながら目の前に立っている。

「何か?」

 わたしは、瑞鳳を冷ややかに見つめて言った。

「あ、あの……これ……」

 そう言って、瑞鳳が差し出したのは、その手に持っていた小さな皿。この匂いは……

「あの、この前は助けてくれてありがとう。づほ、お礼に卵焼き作ったの。食べてくれりゅ?」

 はあ? わたしは内心で顔をしかめる。

 卵焼きですって。ハッ! 何でこのわたしが、そんな誰でも作れるようなお手軽料理を食べなきゃいけないの。わたしに何か食べさせたいなら、せめてわたしの作る肉じゃがよりもおいしい物を持ってきなさいよ。

 ったく。お礼というなら、せめてもうちょっとマシな――

「あ、あの、卵焼き嫌いだった? づほ、これしかちゃんと作れなくて。ごめんなさい……」

 ドキューン!

 何! 何なの、この子! なんて円らな瞳で見つめてくるの!

 わたしの心臓が、何かに撃ち抜かれたように高鳴った。

 何! 何なの、この気持ち! まるで北上さんが生きていた時のような……

 駄目よ!

 わたしは、内心で大きく頭を振った。

 何を考えてるの、大井! アナタは北上さん一筋のはずでしょ!

 アナタの身も心も貞操も、全て北上さんに捧げたはずでしょ!

 いくら北上さんがいなくなって、毎夜一人、枕を涙で濡らしているからといって……

「あ、あの……」

 一人で考え込んでいたわたしに、瑞鳳が声をかけてくる。

「……何よ?」

「あの……何で、づほのこと、抱きしめるの?」

 

▲▲▲

 

 

 

 う~ん。私は悩んでいた。

 なんか最近、いつも悩んでいるような気がするけど、今回もやっぱり悩んでいた。

 前回の作戦は、あのままメンバー全員が海域を離脱して終了。それはいい。

 悩みの種は大井の処遇についてだ。

 前回の作戦後、拘束してどこかに閉じ込めておく予定だったのだが、実はまだそれを実行してはいない。

 というのも、ちゃんとづほの救出には向かったため(あからさまに不服そうではあったけど)、もしかしたらうまく手綱を握れるのではないかと思い直したのだ。

 まあ簡単じゃないことは間違いないけど、けどやっぱり、仲間を監禁するよりはずっといい。

 しかし、あの暴走雷巡大井をどう丸め込むかが問題だった。

 それにずっと頭を悩ませたまま、私は食堂へと入る。

「えっ?」

 そして食堂に入った瞬間、私は目の前の光景に凍りついた。

 な、何が起こったのかしら?

「はい、づほちゃん。あ~ん♡」

「……あ~ん」

 あの大井が、づほを膝の上に乗せて、かいがいしく肉じゃがを箸で掴み、づほの口へと運んでいる。

 先日までの悪鬼のような顔はどこにもなく、ただどことなく漂うラブ臭。まるでキラ付けでもされたような晴れやかな表情で、づほの世話を焼いていた。

「あら、お姉ちゃん! おっはー」

「おはようなのです」

 ただ呆然と立ち尽くしていた私のもとに、雷電姉妹がやってくる。

「……おはよ、二人とも」

「どしたのお姉ちゃん? そんなお化けでも見たような顔して」

「お顔の色が悪いのです」

「……ちょ、ちょっとね。あのさ、あれ、どうなってんの?」

 そう言って、私は大井を指差す。

「さあ。雷達もよく分かんない。雷達が食堂に来た時には、すでにああだったもの。ねえ、電?」

「はいなのです。けど……」

「けど?」

「なんかちょっと、昔の大井さんに戻ったような気がするのです」

「確かにね。北上さんがいた時の大井さんって、いつもあんな感じだったし」

「ふ~ん」

 あまりの豹変ぶりに驚きながらも、私はとりあえず食事を受け取り、席へと……ゲッ! 大井達の向かいしか空いてない。

 仕方なしに、私は大井達の向かいの席に向かう。

「あっ! おはよう、有希乃」

「ええ、おはよう」

 そう言って、私はづほの頭を撫でる。

「♪~」

 撫でられたづほは、気持ち良さそうに目を細めた。

「ちょっと、アナタ! わたしのづほちゃんに何してけつかる!」

 そこに、大井がすごい剣幕で割って入る。

「けつかる?」

「あっ! い、いや……コホン。て、提督、申し訳ありませんが、わたしのづほちゃんに気安く触らないでもらえます?」

「はあ……」

 あまりの剣幕にそうとしか答えられない私。

 私には、その丁寧な物言いが「テメエ、わたしのづほちゃんに手ぇ出すとはいい度胸じゃねえか、コラァ! あんまりナメてっと、六十一センチ五連装(酸素)魚雷をケツの穴に突っ込んで、暁の水平線までぶっ飛ばすぞ!」と、言っているように聞こえた。

 ま、まあ、とりあえず座わろ――

 ギン!

「うっ!」

 座ろうとする私を、大井がものすごい視線で睨む。

 あからさまにどこか行けと言わんばかりの視線。なるほど、そりゃ誰もここに座ろうとしないわけだ。でもしょうがないじゃない。ここしか空いてないんだもん。

「はい、づほちゃん。あ~ん♡」

「あの、づほ、自分で食べれる」

「ダーメ♡ はい、あ~ん♡」

「……あ~ん」

 ニコニコして箸を差し出す大井と、困ったように口を開けるづほ。

 なんか妙に居心地が悪いわね。

「ちょっと提督、さっきから何ジロジロと見てるんですか?」

 目の前に座っていた私に、大井がさも気に入らないといった表情で言ってきた。

「いや、別に……」

「わたしとづほちゃんの楽しい一時を邪魔するようなら、五十三センチ艦首(酸素)魚雷をお見舞いしますけど、いいんですか?」

「いや、いいわけないでしょ。私のことは気にせず続けなさいよ」

「言われなくてもそうするわ。はい、づほちゃん。次はじゃがいもにしましょうね。あ~ん♡」

「……あ~ん」

 やれやれ。とりあえず、づほにはちょっと気の毒だけど、大井のことは何とかなったと思っていいの……かな?

 

 

 

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