「艦隊、帰投しました~」
睦月が元気な声で帰投を伝える。
ここにきて一ヶ月以上が経過。私の提案した深海棲艦からの資材強奪計画は見事的中した。
づほを旗艦に固定したまま、重巡(航巡含む)、軽巡(雷巡含む)、駆逐艦をローテーションで編成しての資材確保を目的とした作戦。
づほのおかげ(?)で大井が協力的になり、作戦の安定度はさらに増した。
今まで失敗らしい失敗もなく、誰一人欠くこともないまま、上々の戦果を上げている。
まだ潤沢とは言えないが、もう少し資材を溜めることができれば、大和や陸奥、それに正規空母の二人も運用できるようになるだろう。
「みんな、お疲れ」
「提督~、見て見て~。弾薬がこぉんなに」
島風が満面の笑みで戦利品を見せる。
「すごいじゃない! づほも旗艦お疲れ様」
「うん。づほ、偉い?」
「偉い偉い」
「ほんと? じゃあ、ナデナデして」
艤装を外したづほが、甘えるように擦り寄ってくる。
「ダメよ、づほちゃん! こんな女に触れたら病気になるわ!」
しかしそこに、(最近恒例となりつつある)大井が割って入った。
「大井、人を病原菌みたいに言わないでくれる?」
「あ~ら、ゴメンあそばせ。根が正直なもので」
バチバチバチ。私と大井の間に火花が散る。
大井とは最近いつもこんな感じだ。が、さすがに大口を叩くだけあって、そのご自慢の魚雷で大きな戦果を上げている。
敵の撃沈率はダントツトップ。づほとの一件以来、やたらと百合臭を漂わせてづほにベッタリになってしまい、どうしたものかと思ったけど、前よりは遥かに協力的になったのである程度は好きにさせている(づほには気の毒だけど)。
「……ハア、アホらし。づほ、ナデナデはあとでね」
「……うん。分かった」
私の言葉に、づほがしょんぼりと肩を落とした。
「ちょっとアナタ! もしわたしの知らないところでづほちゃんに手を出したら、六十一センチ四連装(酸素)魚雷をアナタのピーにブチ込んで、アナタのピーをピピピーにしてやるわよ!」
「はいはい、分かったから。気が済んだらさっさと補給に入りなさい。怪我してる子は先にお風呂からね~」
『は~い』
私の指示に従って、帰ってきた艦娘達が目的地へと向かっていく。
「提督、この作戦、いけそうですね」
「あら、翔鶴」
いつの間にか、隣に翔鶴が立っていた。
「現在の資材の備蓄状況は?」
「はい。このところの戦果により、かなり余裕が出てきました」
「そう。艦隊の状況も大分改善されてきたし、少しは希望が出てきたかもね」
翔鶴の言葉に一つ頷いて、私はボーキサイトを齧る。
どういうわけか、私、時々無性にボーキサイトとか燃料(もちろん薬状の)がほしくなるのよね。戦闘指揮とか終わった後は特に。
頭を使った後は甘い物が食べたくなるっていうあの感覚に似てる(ていうか、便宜上薬扱いだけど、薬状のボーキサイトやその他の資材は、見た目も味もお菓子そのものだし。燃料はスポーツドリンクみたいな飲み物だけど)。
今までは状況が逼迫していたから極力食べるの我慢してたけど、このところの戦果により、少しくらいなら私が食べても平気な状況になってきた。
私が資材を食べるともったいないとか言う甲板娘(瑞鶴)もいるけど、まあでも、食べると頭もすっきりするし、妖精ちゃん達も元気になるから悪いことばかりじゃ――
「フン。何言ってんだか」
出た。今のこの艦隊で私にケンカを売ってくるのは二人だけ。そのうちの一人は、最近づほにベッタリで大人しい。ということで、この声の主は……
「何よ、瑞鶴? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「あっそ、じゃあはっきり言うわ。ちょっと資材が溜まってきたからって調子に乗るなって言ってんの」
「瑞鶴、提督に向かってその口の利き方は――」
「いいのよ翔鶴。別に調子に乗ってなんかいないわよ。ただ、少しは状況が改善されてきたからよかったと思ってるだけ」
「フン。改善? ハッ、虚無の恐ろしさも知らないくせに偉そうに」
「…………」
あー、ダメだ。私にしては結構大人の対応をしてたつもりだったんだけど、そろそろ限界かも。
「アンタはいっつも安全な場所で指揮してるだけじゃない。実際に命を張るのは瑞鳳達なのよ。状況が改善されたっていうなら、最低限アタシ達正規空母を出撃できるようにしてから言いなさ――」
バチン!
気が付くと、私は瑞鶴をひっぱたいていた。
「痛った! 何すんのよ!」
瑞鶴が、頬を押さえながら叫ぶ。
しかし、私には瑞鶴の声など全く届いていなかった。
あるのはただの疑問。
何故? 何で私、こんなにムキになってるの?
瑞鶴が噛み付いてくるのはいつものこと。それが限界にきていたのも確かに事実。
でも、それでも今までは手を出すことなんてなかったはずだ。
それが……
気が付くと手を出してしまっていた。そして、今でも怒りがどんどん湧き起こってくる。
それほど、今回だけは我慢できなかった。そう、あの発言だけは。
あの、私は安全なところで命を張ってないって言葉だけは許せなかった。
でも、確かにそれは事実のはずだ。
確かに前線で戦っているづほ達に比べたら、私に危険が少ないのは事実。
なのに何故、さっきの瑞鶴の言葉にあんなに腹が立つのか。
変な感覚だ。まるで、私の中にいる別の私が怒っているような、そんな感覚。
そしてその怒りは、到底自分の中で抑え込むことができなかった。
「だったら、次はアンタが出なさいよ」
「えっ?」
「ちょうどづほを休ませたかったし、そこまで言うなら、次の強奪作戦はアンタを出撃させてあげるわ。旗艦でね」
「…………」
「ただし、失敗は許さないわよ。それだけ偉そうな口を叩いたんだからね」
「…………」
「ちなみに今までの作戦実行時の成功率は百パーセントだから。もしこれで失敗したら大恥ね」
「……フン。五航戦のアタシが失敗するはずないじゃない」
「あらそう。でも、もし失敗したら、アンタはこの先、一生私にナメた口利くんじゃないわよ。ああ、あと私のことを様付けで呼びなさい。有希乃提督様ってね」
「なっ!」
「提督よ、それはいささか大人げないのではないか?」
「利根はちょっと黙ってて。で、どうすんの? 五航戦の正規空母瑞鶴さんは、まさか逃げたりなんかしないわよね?」
「……面白いじゃない」
瑞鶴が好戦的な笑みを浮かべる。
「やってやるわよ。アタシの力、見せてあげる」
「結構、次の作戦決行が決まったら伝えるわ」
「フン。五航戦の力を見ておののくがいいわ」
そう言って、瑞鶴は肩をいからせて去っていった。
「提督、瑞鶴の無礼、申し訳ありません」
瑞鶴の去った後、隣にいた翔鶴が深く頭を下げる。
「別にアンタが悪いわけじゃないでしょ」
「にしても、少しムキになりすぎではないか。提督らしくもない」
「……かもね。ちょっと頭冷やしてくるわ。翔鶴、悪いけど、奪ってきた資材のこと、お願いね」
「は、はい。分かりました」
私は提督室に向かう道すがら、ずっと考えていた。
提督室に着き、自分の椅子に座って一人になると、急激に頭が冷えていく。
先ほどまであれほど猛り狂っていた怒りも、今はもうない。
頭の冷えた私の中に今あるのは、別の疑念。
虚無。艦娘達を呑み込むという私達の最大の敵。
そう。確かに瑞鶴の言う通り、私はまだ虚無と遭遇していないのだ。
もちろんこれは幸運なことなのだろう。
しかし、同時に不安でもある。
虚無とはどんな存在なのか。どれほどの脅威なのか。
今までの深海棲艦達のように級も鬼も姫の文字も付いていない。
翔鶴から話を聞いて大きな脅威であることは間違いないのだが、それがどの程度のものなのか。まだ遭遇していない私には検討もつかない。
仮に遭遇した場合、私達は虚無から逃げ切ることができるのか。
頭が冷えるにしたがって、そんな疑問がずっと私の中を巡っている。
私は、言い様のない焦燥感に駆られながら、ずっと提督室の椅子に座っていた。
それから二日後、瑞鶴を旗艦とした艦隊が資材強奪作戦へと出撃した。
編成メンバーは、旗艦瑞鶴、利根、筑摩、川内、神通に島風だ。
島風は連投となったが、最近元気が有り余っているらしく、本人の希望で連投となった。
まあ、このところあんまり無茶もしてないし大丈夫でしょ。
「提督、よろしいのですか?」
「んっ? 何が?」
「瑞鶴を出撃させて」
「ああ、いいのいいの。づほを休ませたかったのは本当だし、資材にも多少余裕が出てきたからね。どこかで一度、アンタ達を出そうと思ってたのよ。あんまり実戦から遠ざかってると、いざというとき困るからね」
「なるほど」
翔鶴が納得したように頷く。
「提督、強奪に向かった第一艦隊が、作戦ポイントに到着したとのことです」
「ありがと、大淀。さて、それじゃあお手並み拝見といきますか」
そう言って、私は瑞鶴のお守りに入っている妖精ちゃんとリンクを繋ぐ。
「瑞鶴~、段取りは分かってるわね~」
『おわっ! ビックリした! 急に話しかけないでよ! 驚くでしょ!』
「ああ、そうか。アンタとこうやって会話するのは初めてか。ゴメンゴメン。ほんじゃお手並みを拝見させてもらうわよ~。今回の作戦は全部アンタに任せるからね~」
『フン。言われなくても……』
瑞鶴が小さく悪態を吐いて偵察機を飛ばす。
なるほど。偉そうなことを言うだけあって、綺麗に飛ばすわね。
『言っとくけど、多少敵が手強くてもアタシはやるからね』
「それはダメよ。確かに作戦遂行時の指揮は任せるけど、遂行するかどうかは私が決めるわ。ここは譲れない。資材の確保よりもアンタ達の方が大切だからね」
『フン。どっかの誰かみたいな台詞を……!』
そこで、瑞鶴の言葉がピタリと止んだ。
「瑞鶴? どうしたの? まさかトイレじゃないでしょうね。ったく、雷や電じゃないんだから、トイレくらい……」
と軽口を叩いてみるものの反応なし。一体、どうし――
そこで、リンクしていた妖精ちゃんの視点が一気に下がった。おそらく、瑞鶴が座り込んだのだ。
『そんな……何で……』
瑞鶴の声が震えてる。
異常を感じた私は、リンクを筑摩に切り換えた。
「筑摩、一体どうしたの?」
『わ、分かりません。瑞鶴さんが急に座り込んでしまって……瑞鶴さん、大丈夫ですか?』
視界に瑞鶴が映る。
瑞鶴は、筑摩の言葉がまるで聞こえていないかのように、ただ小刻みに震えていた。
これは……どうやらただごとじゃないわね。
「筑摩、聞こえてるわね? 一時的にアンタを旗艦代理に任命するわ。今回の作戦は中止よ。瑞鶴を連れて、速やかにその海域を離脱なさい」
『りょ、了解! みんな、撤退よ!』
筑摩の大声が響く。
ったく、一体何が起きたのよ。
それから数時間後、艦隊は帰投した。
戦闘はしてないから、もちろんみんな無傷だ。
ただ、瑞鶴だけが利根と筑摩に肩を貸されて、今にも倒れそうなほどに憔悴している。
「……お疲れ様。みんな、ご苦労だったわね」
「いえ。それより申し訳ありません、提督。作戦に失敗してしまいました」
筑摩が深々と頭を下げる。
「何言ってんの。アンタのせいじゃないでしょ。私達の目的は生き残ることよ。みんな無事ならそれでいいわ」
「……はい」
「瑞鶴はどう?」
「それが、さっきからずっとこの調子で……」
「…………」
陸に上がった瑞鶴が、翔鶴に艤装を外され、おんぶされて去っていく。
「一体あの子、何を見たの?」
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「戻ってくる途中、ずっとうわ言のように吹雪ちゃんと加賀さんの名前を呼んでいました」
吹雪に加賀。もちろん聞き覚えはある。虚無に食われてしまった艦娘だ。
「分かった。とりあえずご苦労様。報告書はいいから、ゆっくり休んで」
「はい」
筑摩が頷いて、他の艦隊メンバーを連れて去っていく。
私は、その間ずっと、妙な不安が胸を蝕んでいくのを抑えることができなかった。
とりあえず、瑞鶴の面倒を翔鶴や利根、それから筑摩に任せた私は、みんなに状況を説明すべく食堂へと向かっていた。
とは言っても、何をどう説明するか。私自身も状況を把握できていない。
作戦の失敗自体は、みんな無事に帰ってきたから問題ないんだけど、瑞鶴のことについてはどう説明すべきか……
結論が出ぬまま、私は食堂に到着する。
「お姉ちゃん! 瑞鶴さんは大丈夫なの!」
食堂に着くやいなや、雷が私に詰め寄ってきた。
「瑞鶴さん、作戦中に倒れたって聞いたのです」
雷の隣で、電が心配そうな顔で尋ねてくる。そっか、もうみんな知ってるのか。
周りを見回すと、みんな瑞鶴の身を案じ、気遣う言葉を口にしていた。
瑞鶴、愛されてるなぁ。ま、あの子は仲間想いだしね。
「大丈夫よ。ちょっと調子が悪くて倒れちゃっただけ」
「ほんと? 瑞鶴さん、ほんとに大丈夫なの?」
そう聞いてきたのは島風だ。
こちらは瑞鶴と一緒に出撃してその様子をずっと見ていただけあって、一際不安だったのだろう。
「ほんとよ。今は翔鶴達が見てるから――」
「わたし、ちょっと様子見てくる!」
「ちょっ! 待ちなさい島風!」
しかし、私が言うより早く、島風は食堂を飛び出していった。やれやれ……
「まあとりあえず、瑞鶴は大丈夫だから、みんなあまり心配しないで――」
「提督! 瑞鶴さん気が付いたって!」
速っ! 島風、もう行ってきたの!
島風から瑞鶴が目を覚ましたと聞いた私は、急ぎ瑞鶴の部屋に向かった。
ドアを薄く開け、そっと中の様子を覗き見る。
おっ、ほんとだ。起きてる。
まだ布団から出てはいないけど、ちゃんと体を起こして、翔鶴にお粥を食べさせてもらってる。
けど、空気はめっちゃ重そう。ううむ、どうしよう……
よし! ここは一つ、私なりに気を利かせた登場シーンを披露するか。
私は、入る前に一つ咳払いして、声の調子を整える。
「おめでと~、甲板娘! アンタが物資強奪作戦の失敗者第一号よ。いや~、あれだけ偉そうなこと言っといて、あのザマはないわよね~。五航戦とやらも所詮はこの程度ってことなのかしら。どうやら賭けは私の勝ちみたいだし、アンタはこれから一生、私を様づけで呼びなさ――」
ギロッ!
中で瑞鶴を看病していた翔鶴、利根、筑摩の三人に睨まれ、私は言葉を切った。
もちろん本心から瑞鶴を責めているわけじゃない。
重い空気を払拭するためというのももちろんあるが、瑞鶴がいつものように反抗してくるかどうかを調べたのだ。反抗してくるだけの元気があるなら良し。しかし……
「…………」
私の嫌味にも、瑞鶴はずっと顔を伏せたまま黙っている。
これは、相当重症のようね。
「瑞鶴の体調は?」
私は、真面目な態度に戻って利根と筑摩に尋ねた。
「問題ない。戦闘をしたわけではないからの」
「むしろ問題は心の方で……」
「なるほど」
確かにここまで暗い瑞鶴は初めて見るわね。
「話せる?」
「大丈夫じゃ。さっきも翔鶴と話しておったからな」
「そう。翔鶴、ちょっといい?」
私は翔鶴に言って、お粥を食べさせるのを止めた。
「瑞鶴、ちょっと真面目な質問をいくつかするわよ」
「最初からみんな真面目じゃ。提督以外はな」
「利根~、うるさいわよ~。さっきのは場を和ませるための小粋な提督ジョークでしょうが。それくらい察しなさいよ」
「この状況でよくあんなことができますね。わたし、尊敬しちゃいます」
「筑摩、ニッコリ笑顔で嫌味を言うのはやめなさい。泣いちゃうわよ」
「提督、KYという言葉をご存知ですか?」
「だああぁぁ! 分かった! 悪かったわよ! 謝るから、そんな可哀想な人を見るような目をやめなさい、翔鶴!」
私は一つ咳払いをして、無理やり話を切った。
「瑞鶴、喋れるようなら答えてちょうだい。まずは確認から。アンタ、偵察機から何を見たの?」
「…………」
「答えられるようなら答えて。大事なことよ。今後の私達の活動方針を決めるほどのね」
「……吹雪がいた」
「えっ?」
「敵の中に吹雪がいた」
「吹雪……確か、前にアンタと同じ第五遊撃部隊にいた艦娘ね。いたのは吹雪だけ?」
「あと……」
「あと?」
「加賀さん……も」
加賀、一航戦の正規空母加賀か。確か、その娘も第五遊撃部隊にいた艦娘だったはず。
なるほど、死んだと思っていた仲間にいきなり出くわしたから驚いたわけか。
「見間違いってことはないの?」
その言葉を聞いた瑞鶴が、キッと私を睨み付ける。
「アタシがあの子達を見間違うわけないじゃない!」
「……そう。ゴメンね。一応確認しただけ。次の質問よ。その吹雪ちゃんと加賀は艤装してた? カッコは?」
「……してた。カッコは最後に見た時とおんなじだった」
チッ。私は内心で舌打ちする。
艤装をしていたのならば、少なくとも捕虜ということはないだろう。つまり……
「瑞鶴、言い辛いけど、彼女達は……」
「そうか!」
そこで瑞鶴が、ハッと気付いたように顔を上げる。
「二人とも、敵に操られてるんだ!」
「えっ?」
「そうだ。だから、あんなところにいて帰ってこないんだ。きっとそうよ。間違いない。助けなくちゃ!」
瑞鶴が思いついたように立ち上がろうとする。
「あくっ!」
しかし、失敗。起き上がろうとしたものの、足に力が入らず、滑って布団の上に倒れこむ。
「駄目よ、瑞鶴! もう少し休みなさい」
「離して、翔鶴姉! 早く二人を助けなきゃ!」
「駄目よ! 少し落ち着いて、それから――」
「そんなことしてる暇はないの! 一刻も早く二人を……」
完全に興奮状態の瑞鶴を前にして、利根が無言で私に視線を向ける。
私はそれに小さく頷いた。
「がっ!」
瑞鶴に近づいた利根が、いきなり瑞鶴の首元に手刀を入れ、失神させる。
「利根! いきなり何を――」
「落ち着け翔鶴。こうでもせんと話が進まんじゃろ」
「利根の言う通りよ。悪いけど、瑞鶴にはちょっと眠っててもらいましょ」
「…………」
「さて、さっきの瑞鶴の話から推測するに、どうやら敵の中に吹雪と加賀、つまりはアンタ達の元お仲間がいたっていうのは事実みたいね」
「捕虜……ということですか?」
「残念ながら、その可能性は限りなく低いでしょうね。瑞鶴は、二人が艤装してたと言った。普通、捕虜に艤装させたままってことはないでしょ? となると……」
『…………』
部屋の中に重苦しい空気が漂う。
「さっき瑞鶴が、二人が敵に操られているって可能性を示唆したけど、もし本当に敵に操られていて、なおかつそれを解くことができるとしたら、今回の件はある意味、朗報と言えるでしょう。でも、もし洗脳を解けない場合は……」
「撃つことになる……ですね」
「そうなるわね。残念ながら」
『…………』
「まあ、まだ推測の域を出ないし、この話は一旦ここで切りましょう。まずは状況を確認してからでないとね。次の作戦で、はっきりアンタ達の元お仲間の状況を確認しましょう。救えるものなら救いたいしね。で、その作戦なんだけど、翔鶴、アンタに出てもらうわ」
「わたしが……ですか?」
「づほを行かせたいところだけど、あの子も動揺して瑞鶴みたいになっちゃう可能性があるからね」
「……承知しました」
「決まりね。それと、この話はまだみんなには広めないで。瑞鶴達が帰投した時に話を聞いて、すでに勘付いてる子もいるかもしれないから、その子達には口止めしておきなさい。今はまだ、むやみに騒ぎ立てる段階じゃないわ。利根、筑摩、その辺のことはよろしくね」
「うむ」
「分かりました」
「それじゃ、とりあえずこの場は解散にしましょう。瑞鶴をゆっくり休ませてあげたいし」
翔鶴の部屋を出た私は、提督室へと戻ってきていた。
死んだ(というか轟沈した)艦娘がどうなるのか。そこはこのゲーム最大の謎だ。
まだ公式には発表されておらず、新たな深海棲艦になる思っている者もいれば、また艦娘として生まれ変わると思っている者もいる。
解釈も判断も様々。しかし、この世界ではどうなのか。
死んだ場合と虚無に呑み込まれた場合が同じとも限らない。
翔鶴に聞いたところによれば、吹雪も加賀も、私がここにくる前に虚無に呑み込まれてしまったそうだ。
前にも考えたことだが、そもそも虚無って一体何なの?
深海棲艦なの? それとも、私達の知らない未知の敵?
翔鶴は呑み込まれたという言葉を使った。そもそも、呑み込まれたとはどういう状況なのか。現場を見ていない私には想像できない。
そして呑み込まれるとどうなるのか。深海棲艦になってしまうのだろうか?
瑞鶴は、吹雪達がカッコはそのままに、艤装を着けて深海棲艦達と共にいたと言った。
もし仮に、吹雪や加賀が深海棲艦として生まれ変わるとしたら、少なくともカッコは今いる深海棲艦のように変わっているのではないだろうか?
だとしたら、虚無に呑み込まれて深海棲艦になるのと、轟沈して深海棲艦になるのは違うってこと?
……分からない。
ならば虚無に呑まれた二人は、深海棲艦になったわけではなく、敵に操られているだけということなのだろうか?
それとも、自らの意思で行動を共にしているのだろうか?
それも今の段階ではまだ分からない。
仮に洗脳されているとして、その洗脳が解けるということであれば、確かにそれは嬉しいニュースだ。仲間を取り戻すことができるのだから。しかし、もしそれが不可能ならば……
心が重い。私の中で、このゲームに対する境界線が曖昧になってきてる。
当初は、これはただのゲームだという気持ちが大半。
しかし、ずっと心の奥底でもう一人の私が叫ぶ。
彼女達を守り、助けろと。
絶対に死なせるなと。
私はこれまで、ただのゲームだという気持ちを抱きつつも、そのもう一人の私の声に従ってきた。
けど、だんだんもう一人の私の声が、本当の意思になりつつある。
彼女達が流す涙や、その顔からこぼれる笑顔は本物で。
そしてそれが、私の中にある心の線引きを曖昧にさせる。
そしてそれが、私の中で情となってあの子達に移る。
瑞鶴の見間違いであってほしい。
もしくは、その洗脳が解ける類のものであってほしい。
もしそうでなかった場合、私は彼女達に仲間を撃てと命じなければならなくなってしまう。
私は願った。
神など信じたことのない私が初めて願った。
最悪の事態だけは避けさせてほしい、と。
夜が明ける。
あれから私は、一睡もせずに、ただ提督室の椅子に座って考えていた。
しかし、いくら考えても、結局のところ行き着く結論は一つだけ。
「おはようございま――提督! もう起きてらしたんですか?」
提督室に入ってきた翔鶴が、驚いた表情で尋ねる。
「あら、おはよう翔鶴。起きたわけじゃないわ。寝てないだけ。瑞鶴はどう?」
「はい。まだ眠っています」
「そう、ご苦労様。翔鶴、アンタも少し眠りなさい。昨日から寝てないんでしょ?」
「そんな! 提督こそお休みになってください」
互いに互いを気遣い合う。
しばし無言の時間が過ぎた。
私達は、しばし無言で見つめ合う。
そう。お互い、言いたいことは別にあるのだ。
「ねえ、翔鶴……」
「……はい」
「瑞鶴の言ったこと、確かめる必要があるわ」
「……はい」
「さっきも言ったけど、その時はアンタに出てもらう。づほも動揺する可能性があるからね。随伴艦にも、仮にどんな状況になったとしても落ち着いて対処できるメンバーを選抜するわ。とりあえず――」
「アタシも行く!」
そこにパジャマを着たままの瑞鶴が入ってきた。
「瑞鶴! アナタ、いつから――」
「翔鶴姉、今はそんなのどうでもいいの! アタシも行くから!」
興奮した瑞鶴が私に詰め寄る。
「瑞鶴、ちょっと落ち着きなさい。次はあくまでも偵察よ。事態を把握しにいくだけ」
「分かってる! でも、偵察だろうとなんだろうとアタシも行くから」
「だから落ち着きなさいっての。そんな状態じゃ、とてもじゃないけど任せられないわ」
「お願い! もし吹雪や加賀が操られてるなら助けなくちゃ。このまま深海棲艦のところになんて置いとけないわ!」
「だから――」
「お願いよ、提督!」
「…………」
駄目だ。これはどれだけ言っても聞きそうにないわ。
まあ、気持ちは理解できなくはないし、何より、嫌っている私に頭まで下げて頼むってことは……それだけその二人が大事ってことなんだろう。
「……ハア、仕方ない。出撃を許可するわ」
「提督! それは……」
「翔鶴、アンタの言いたいことも重々承知してる。けど、瑞鶴の気持ちも理解できるの。だから、次は二人で出撃してもらう」
「えっ! よ、よろしいのですか?」
「万が一、瑞鶴が暴走した時のお目付け役は必要でしょ? 編成は……そうね、前の編成を少しいじるだけにしましょうか。翔鶴、アンタを旗艦に瑞鶴、利根、筑摩、それに神通と島風で。多分これが、現状ではベストのはずよ」
「…………」
「瑞鶴、念を押しておくけど、目的はあくまでも偵察だからね。仮に吹雪や加賀がいたとしても、今回は情報収集だけ。助けにいくのは厳禁よ」
「分かった。ありがと」
「翔鶴、瑞鶴の面倒、よろしくね」
「はい」
「作戦決行は三日後、その日が確か、次に深海棲艦が、この前瑞鶴が二人を目撃した輸送ルートを使う日よ。その時を狙って決行するわ」
そして、作戦決行の日がやってきた。
「提督、翔鶴さんから、もうすぐ目標地点に着くとの通信が」
「……そう」
司令部にて、状況を伝えてくる大淀に、私は硬い声で返す。
こんなに気分が重たいのは初めてだ。
心がどんよりと重く、沈む込んでいる。
私は翔鶴へとリンクを繋いだ。
「翔鶴、聞こえる?」
『提督! はい、聞こえています』
「現在位置は?」
『たった今、目標地点に到着しました』
「そう。では、偵察機を飛ばして輸送ルート上の索敵を」
『了解』
『ア、アタシも……』
「瑞鶴、アンタはいいの。翔鶴だけ。アンタは万が一の戦闘に備えて待機」
『……了解』
これはもちろん嘘だ。
戦闘する気など毛頭ない。いざとなれば逃げる気しかない。
ただ、瑞鶴が偵察機を飛ばして前回のようになるのを恐れてこう言っただけのこと。
翔鶴が放った矢が偵察機へと変化し、美しく空を舞う。
さてと、果たしてどうなるか……
『! 敵艦見ゆ!』
「……敵の勢力は?」
『……ここから南西三十キロほどのところに、輸送艦を除き、空母一、重巡一、軽巡一、駆逐艦が二です』
「その中に……いる?」
『……はい』
翔鶴がか細い声で言う。
「……誰?」
『……吹雪さんと加賀さんです』
なるほど、前回と同じか。
「ねえ翔鶴、アンタの目から見て、二人は敵の捕虜として捕まっているように見える?」
『……いえ。拘束もされていませんし、艤装もしていますから、その可能性はないかと』
「……そう。では次の質問。その二人を説得、もしくは連れ戻すことができると思う?」
『……それは現段階では即答しかねます』
「……そうよね」
さて、ここからだ。現在の戦力だけで見れば私達の方に分がある。
説得、もしくは強引にでも連れ戻すなら、今回が絶好のチャンスと言っていい。
今回の編成メンバーにはすでに状況を説明してあるし、このメンバーならキチンと任務を果たすだろう。
しかし、果たしてその二人を救うことができるのだろうか?
もちろんできることを願ってはいる。しかし、もう一人の私がこう言うのだ。
あの二人はもう――
『瑞鶴!』
「えっ?」
叫ぶような翔鶴の声が、私を現実へと引き戻す。
「翔鶴、どうしたの?」
『ず、瑞鶴が敵に向かって進軍しました!』
チッ! あの馬鹿……
「すぐに連れ戻して! あの馬鹿、放っておくと何するか分からないわよ!」
『了解!』
『マズいぞ翔鶴! 敵の偵察機じゃ!』
利根の声に反応して前方に視界を向けると、確かに瑞鶴の上空に敵の偵察機と思われる機影が見える。
クソッ! マズい! これは間違いなく捕捉された。
「チッ! やるしかないわ。翔鶴、みんなに戦闘準備を。……やれるわね?」
『……はい』
翔鶴がみんなを促し、砲を構えさせる。
本当は仲間を撃ちたくなんてない。
けど、今の私達にはもう『撃たない』という選択肢は取れない。
『敵の艦載機がきたよ!』
島風の声が響く。
うっ! 何だあの数は! 確か空母は加賀一人のはず。まさか、加賀一人であの艦載機を?
あの艦載機……マズい! 瑞鶴を狙ってる!
あの馬鹿、見えてないわけないんだから迎撃しなさいよ!
「翔鶴!」
『了解! 第一次攻撃隊、発艦!』
翔鶴の声を共に、無数の艦載機が空を舞う。
互いに撃ち合う艦載機。翔鶴の艦載機は動きこそ加賀のそれと互角なものの、やはり数に押され、全てを撃ち落とすことはできなかった。
残った加賀の艦載機が、瑞鶴の上に砲弾の雨を降らせる。
『キャアア!』
完全に無防備な状態で砲弾の雨に晒された瑞鶴だったが、さすがに運の高い艦娘というべきか、どうやら大事にはいたっていないようだ。小破といったところだろう。
その間に瑞鶴との距離を詰めていたみんなが、対空射撃で艦載機を撃ち落とす。
私はリンクを瑞鶴に切り換えた。
「瑞鶴、引きなさい! 一時体勢を立て直すわ!」
『…………』
しかし瑞鶴は、私の言葉など全く聞こえていないかのように前進し続ける。
その間に敵の重巡一、軽巡二、そして吹雪が瑞鶴へと迫ってきた。
それはそうだ。敵の空母が艦載機も飛ばさずに突っ込んでくるのだから。
本来、空母というのは十分に(敵に位置を捕捉させないほど)離れた距離から、艦載機の力を持って敵を攻撃する艦。
それが艦載機も飛ばさずに突っ込むなど愚行も愚行。
敵側からすればこの機を逃すはずもない。おまけに瑞鶴(ていうか空母)の装甲は薄いし。
「瑞鶴! 聞こえてるでしょ! 引きなさい!」
『待っててね、吹雪、加賀さん。今助けに行くから』
チッ! 駄目ねこれは。
はっきり言って段取りも状況も最悪だ。
しかし、これはチャンス……というより最後の機会でもあるか。
もし吹雪や加賀を説得する、もしくは強引にでも連れ戻すとしたら、敵の戦力的なことを考えても、これ以上最高の状況はない。
確かに危険な賭けでもあるんだけど……仕方ない。
私は利根にリンクを繋ぐ。
「利根、今どこ?」
『艦載機の撃墜に追われておったが、もうすぐ追いつくぞ。筑摩と神通も一緒じゃ。瑞鶴が被弾して、速度が落ちたのが幸いしたな』
「そう……利根、悪いんだけど、少し無茶な頼みをしてもいい?」
『何じゃ?』
「今、瑞鶴に向かっている重巡と軽巡を、一緒にいる吹雪から分断してほしいの。瑞鶴と吹雪を戦闘から切り離して、説得したいのよ。翔鶴にはこれから加賀の放ってくる艦載機を可能な限り撃墜させるわ。でも、全てを撃ち落とすのは難しいでしょう。だからアンタ達三人には、翔鶴の撃ち漏らした艦載機の撃墜と同時に、重巡と軽巡の引き離しをお願いしたいの」
『それはまた、随分と無茶な命令じゃな』
「ゴメン。無茶言ってるのは分かってる。けど、もし吹雪や加賀を連れ戻す機会があるとしたら、戦力的に考えてもこれが最後の機会よ。おそらく今回を逃せば……」
『みなまで言うな。吾輩とて、もう帰らぬと思っておった者達が、もし戻ってきてくれるのなら、それに越したことはない。分かった。この利根、一命を賭してその命令を完遂するぞ』
「ありがと。幸運を」
『うむ。話は聞いておったな。筑摩、神通、行くぞ!』
『はい、利根姉さん』
『敵を引き付けるのは得意です』
利根、筑摩、神通が、敵を吹雪から引き離しにかかる。三人とも頼んだわよ。
よし。その間にこっちも……
私はリンクを切り換えた。
「……もしもし。聞こえる? 現在位置は? ……そう。今すぐ指定する座標に向かって。みんなの援護をお願い」
……よし、終了。次は翔鶴ね。私はリンクを翔鶴へと繋ぐ。
「翔鶴、聞こえてる?」
『はい』
「予定変更。これから吹雪の説得に入るわ。今回を逃したら、おそらく次はないだろうから」
『……了解です』
「利根達には、すでに吹雪から他の敵艦を引き離すよう頼んである。アンタは、これから加賀が放ってくる艦載機の撃墜をお願い」
『分かりました。ですが提督……』
「何?」
『うまくいくでしょうか?』
「……分からない。けど、うまくいくよう祈ってる」
私はリンクを瑞鶴へと戻す。
吹雪との距離は目前。他に瑞鶴へと向かってくる艦はない。
どうやら利根達がうまくやってくれているようだ。
利根と神通が、敵を吹雪から引き離しながら応戦。それと同時に、筑摩が翔鶴の撃ち漏らした艦載機を撃墜。見事な連携だった。さすがね。
感心している間にも、すでに射程内へと入っていた瑞鶴に向けて、吹雪が連装砲を撃ってきた。
『吹雪! クッ!』
それを瑞鶴は、小破している状態にも関わらず、見事な航行でかわす。
『吹雪やめて! アタシよ!』
砲撃の合間に叫ぶ瑞鶴の声に反応したかのように、吹雪が一瞬だがその動きを止めた。
深海棲艦となって初めて間近で見る吹雪。
なるほど、確かにカッコはゲームやアニメに出てきたままの学校の制服っぽい服装だ。艤装もそのまま。
しかし、肌が他の人型深海棲艦と同じく妙に青白い。そして、怖いくらいに無表情だった。
体から感情というものが完全に欠落しているかのような、そんな表情。
『吹雪! アタシよ! 第五遊撃部隊で一緒に戦った瑞鶴よ! 助けにきたの!』
『…………』
必死に説得を試みる瑞鶴。
しかし、吹雪は全く表情を動かさない。
『吹雪? アタシが分からないの? あっ、そうだ! これ!』
突然思い出したかのように、瑞鶴は懐から何かを取り出した。
あれは……兎? 白い布でできた兎みたいに見えるけど……
『これ、覚えてる? アタシと吹雪、それから加賀さんとの思い出よ!』
そうか! あれはアニメに出てきた、加賀が赤城に教えてもらったという、吹雪が瑞鶴と加賀の仲を取り持つ時に使ったあのタオルでできた兎か!
『お願い吹雪、戻ってきて……お願いよ……』
瑞鶴の差し出した兎を見た吹雪が、ゆっくりと連装砲を下げた。
おっ! これは……!
しかし次の瞬間、吹雪がいきなり魚雷を構える。
マズい!
「瑞鶴! 吹雪の説得はもう無理よ! これより彼女達を深海棲艦と認識するわ! 速やかに敵を撃ちなさい!」
『嫌……やめて吹雪、アタシの話を……』
「瑞鶴! 撃ちなさい! 撃たなきゃアンタが撃たれるのよ!」
『吹雪! ねえ、お願い! 吹雪っ!』
瑞鶴の声も空しく、吹雪が魚雷を発射した。
「誰か瑞鶴を――」
言いかけて私は気付く。
無理だ。利根、筑摩、神通は、三人で他の深海棲艦を引き離しているし、島風は翔鶴の護衛。その翔鶴は離れたところから加賀の艦載機を迎撃してるし、万が一のために私の用意した保険もまだ時間がかかる。
つまり今、瑞鶴を助けられる艦娘はいない。
魚雷が徐々に瑞鶴に近づいてくる。
「瑞鶴! 避けて!」
吹雪から放たれた魚雷が、真っ直ぐに瑞鶴へと迫る。
それはゆっくりと、ほんとにスローモーションに見えて……
けど、瑞鶴は動かない。動きはひどくゆっくりに見えるのに、瑞鶴はその場から一歩も動けない。
『瑞鶴! 危ない!』
突然聞こえたその声は、魚雷の着弾音によって掻き消された。
高く上った水柱が、瞬間的に豪雨を降らせる。
それが収まった後に見えたのは……
「翔鶴!」
瑞鶴を庇い、魚雷の直撃を受けた翔鶴だった。
翔鶴! いつの間にこんなところまで!
我に返った瑞鶴が、慌てて翔鶴を助け起こす。
『翔鶴姉! ねえ、翔鶴姉ってば!』
瑞鶴が何度も翔鶴を揺さぶるが、反応はない。
マズい。少なくとも中破は確実。これ以上の戦闘はとてもできない。
と、そこでようやく私のかけておいた保険がきた。
金剛、榛名、愛宕、高雄の放った攻撃が、瑞鶴達から敵を遠ざける。
実は万が一に備えて、翔鶴の艦隊のすぐあとを追わせていたのだ。
できれば使いたくはない保険だったけど、今は致し方ない。
「榛名! 聞こえる!」
私は、榛名との通信を開始する。
『はい!』
「アンタを一時的に、翔鶴第一艦隊の旗艦代理にするわ! すぐにその場を撤退。みんなに指示を出しなさい! いいわね! 反撃しつつ撤退よ!」
『は、はい。しかし、どこに逃げれば……』
「金剛の第二艦隊に敵を引き付けさせるから、その間に利根、筑摩、神通、島風を指揮して翔鶴と瑞鶴を安全圏まで離脱させなさい! 二人を離脱させた後は、利根と筑摩に二人の護衛を任せて、アンタと神通、島風は第二艦隊と合流。第二艦隊と連携して反撃しつつ撤退! 敵は少数よ! アンタ達を追ってはこれない! そのまま真っ直ぐこちらに帰ってきていいわ! けど、無理に殲滅しようとは思わないで! 相手の援軍が来る可能性があるから! 最悪、ここが見つかっても構わない!」
『わ、分かりました!』
私は、瑞鶴との通信を切り、金剛へと切り替える。
「金剛! 聞こえるわね!」
『イエース!』
「榛名が瑞鶴達を連れて戦闘海域を離脱するまで、第二艦隊で敵を引き付けて! 瑞鶴達が離脱後、アンタ達も、戻って合流した榛名達と連携して反撃しつつ撤退! いい、援軍が来る可能性もあるから、深追いは厳禁よ!」
『了解ネ!』
それから数時間後、艦隊が帰投した。
私は、隠れ家で待機中だった艦娘達と共に、艦隊を出迎える。
奇跡的にみんな無事に生還した。
敵につけられた形跡もないし、そこは幸運だった。
敵の数が少数だったこともあって、ある程度撃ち合った後に敵は引いていった。
無論深追いはさせなかった。
敵の損害より、こちらの損害の方が遥かに大きいのだ。
特に……
翔鶴の離脱は痛い。バケツ(高速修復材)のストックがもうない上に、練度マックスの翔鶴は完治まで時間がかかる。
「みんな、お疲れ様。報告はいいから、とりあえずお風呂に直行して。利根と筑摩は翔鶴を連れて大至急ね。ついでに中破してるアンタ達も入りなさい。ただし瑞鶴、アンタは残りなさい。話があるわ」
「……何よ?」
「アンタ、戦闘中に敵を撃つのためらったわね。そのせいで翔鶴が大破した。それは分かってるわよね?」
「…………」
「だんまり? 危うくアンタのためらいのせいで、翔鶴が沈みかけたのよ。アンタ、それが分かってんの?」
「分かってるわよ!」
「いいえ、アンタは全然分かってない。アンタがこの先、またこうやって迷うようなことがあれば、その度に仲間が危険にさらされるのよ」
「…………」
「敵に情けをかけるより、まずは仲間のことを考えなさいって言ってるの」
あれ? 私、何でこんなに熱く語ってんだろ?
私はクールがモットーなはずなのに。
グイッ!
そんなことを考えていたら、不意に瑞鶴に胸倉を掴まれた。
「あれは敵なんかじゃない! 仲間よ!」
「いいえ、違う。元仲間よ。今はただの深海棲艦。つまり敵よ」
「違う! あの子達は、あいつらに操られているだけよ!」
「そう思いたければ思いなさい。でも、これだけは言っておくわ。あの子達はもう元には戻らないし、ここにも帰ってこない。それは、今回確かめたアンタが誰よりもよく分かってるでしょ? 殺してあげることだけが唯一の……」
バチン!
いきなり頬に痛みが走る。
いつの間にか、瑞鶴が目に涙を溜めて、私を睨んでいた。
「偉そうに知ったようなこと言わないで! アンタはあの子達に会ったことがないからそんなことが言えるのよ! あの子達のことを知らないからそんなことが言えるの! あの子達は仲間よ! ずっと一緒に戦ってきたアタシの大切な仲間! 加賀さんだって吹雪だって、アタシはずっと同じ部隊で一緒に戦ってきた! 加賀さんは少しぶっきらぼうだけど、とっても仲間想いだし、吹雪だって、明るくって優しくって努力家ないい子だし! そんなあの子達を、他の深海棲艦と同じように攻撃なんてできないわ!」
「瑞鶴さん……」
「大和は黙ってて! 大体、アタシは最初っからこいつが気に食わなかったのよ! その偉そうな上から目線の態度も、妙に冷めてるとこも! ついでにその、私は何でも知ってますってしたり顔もね! 今までは翔鶴姉の顔を立てて黙ってたけど、この際だからはっきり言っておくわ! アタシはね、アンタのことが大っ嫌いなの! 翔鶴姉が従えって言うから仕方なく命令に従ってるだけ! アンタなんて大っ嫌い! 他のみんなが認めても、アタシは絶対、アンタを提督とは認めない!」
「…………」
頭にドラム缶いっぱいの氷水をぶちまけられたような気分だった。
でも、分かっていたことだ。自分のこの冷めた性格も、この状況を心のどこかではゲームの延長としか思っていないってことも。
けど、ああ正面からはっきり言われると……さすがにちょっとこたえるな。
だけど、そんなのもちろん顔には出さない。だって、それが私だもの。
「言いたいことはそれだけ?」
「えっ!」
「アンタ達は根本的に大きく勘違いをしてるわ。私もこの際だからはっきり言っておく。私は別にアンタ達に認めてもらう必要なんかないの。アンタ達が、私を提督と認めようと認めまいと、私はアンタ達の提督であり上官であり、指揮官なの。だから、私を好こうと嫌おうと構わないけど、命令には従ってもらう」
「フン。何を言い出すかと思えば。アンタこそ何勘違いしてんの。アタシ達は、今やレジスタンスなのよ。政府も国も関係ないの。だから、アタシ達が認めない限り、アンタの命令を聞く義務なんて――」
「まだ分かってないようね、瑞鶴。じゃあ、頭の悪いアンタにこう言ってあげる。私がここに来てから、ここの艦隊は何度出撃した?」
「……フン。そんなの多すぎていちいち覚えてないわよ」
「そう。じゃあ、これくらいは覚えてるでしょ。私が指揮をとってからのアンタ達の被害は? 何隻轟沈した?」
「…………」
「答えなさい。いくら馬鹿なアンタでも、これくらいは分かるでしょ?」
「……ゼロ」
「そう。ゼロよ。確かにアンタ達はレジスタンス。国も政府も命令すら関係ないかもしれない。でも、そのアンタ達の目的は生き残ることでしょ? 死にたくないから戦ってるんでしょ? そして、私が着任してからは被害ゼロ。つまり、アンタ達が、私を受け入れようと受け入れまいと、生き延びたいと願うなら、私の命令に従うのがもっとも得策なの。これくらいはさすがに分かるわよね?」
「…………」
「ここまで言ってもまだ分からないようなら、こう言ってあげる。これから先、アンタが撃つのをためらう度に、仲間が死ぬ。撃ったのはもちろん敵。でもそれは、アンタが殺したのと同じよ」
「…………」
「私の話はこれで終わり。みんなもご苦労だったわね。もう休んでいいわ」
私の言葉を合図に、艦娘達が気まずそうに、一人また一人と散っていく。
瑞鶴も悔しそうに唇を噛み締めて去っていく。
残ったのは、いつの間にかきていた陸奥だけ。
「提督、あの……」
「何、陸奥?」
「アナタの言うことももっともだけど、どうかあの子の気持ちも……」
「何よ、お説教?」
「そんなつもりはないわ。ただ、瑞鶴は本当に仲間思いの優しい子なの。そして、さっき瑞鶴が名前を出した二人は、かつて同じ第五遊撃部隊に所属していた、あの子にとって仲間を想う大切さを教えてくれた大事な仲間。アナタの言うことももちろん分かるけど、どうかあの子の気持ちも……」
「ゴメンね、陸奥。それはできないわ」
「…………」
「あの子が優しいのも、誰より仲間思いなのも分かってるつもり。でもね陸奥、私は提督なの。アンタ達の命を預かってるの。アンタ達の命を操って戦ってるの。でも私は、勝つためならアンタ達の誰かを犠牲にしてもいいと思ったことは一度もないわ。アンタ達が私を仲間だと思ってなかったとしても、私にとってアンタ達は大切な仲間よ。だから、もし瑞鶴のためらいを消すことで、アンタ達の生還率が一パーセントでも上がるのなら、私はためらわずにそれを実行するわ。だって、もしそうせずにアンタ達の誰かを失ったら、私は私を許せないもの。たとえ瑞鶴が私を憎んだとしてもね」
「…………」
「ゴメンね、陸奥。いつも苦労かけてばかりでほんとゴメン」
「…………」
陸奥が、悲しげに顔で去っていく。
ハハッ。全く笑っちゃうわね。
私ってば、いつの間にこんな熱血キャラになったのかしら。
ちょっと前までの私からは、とても想像できないわ。
格納庫でのやりとりから数時間が過ぎていた。
瑞鶴とのやりとりの後、私はみんなに事情を全て伝えた。
さすがに黙っているのにも限界があったからだ。
みな、最初は動揺を隠しきれなかったものの、一応は状況を理解して、通常の任務へと戻っていった。
しかし……参ったな。
前回のことから考えて、おそらく……いや、間違いなく吹雪達を説得するのは不可能だろう。
なんというか、操られているというよりは、完全に深海棲艦として造りかえられたような感じがする。
格好や艤装こそ元のままだが、あの血の気のない肌。感情の欠落した顔。とてもじゃないが元に戻せるとは思えない。
しかしそうなると、今度は彼女達を撃たねばならない。
彼女達はもう敵なのだから。そして敵は……私達を撃ってくるのだから。
問題は――
「提督、大変です!」
大淀が血相を変えて提督室に入ってくる。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「哨戒中の瑞鳳より入電! 敵の偵察機に捕捉されたとのことです!」
「何ですって!」
私は、急ぎづほとのリンクを試みる。
づほにしては珍しいミスだ。
私は基本的に、普段の哨戒中に、づほ達には偵察機を飛ばさせたりしない。
というのも、私達の目的は深海棲艦の撃滅ではなく生き残ることであるため、極力戦闘をしたくないのだ。
故に、偵察機を使えば確かに敵の発見確率は上がるが、同時に自分達の存在もバレる可能性がある。
私達の哨戒の目的は、万が一、深海棲艦達に隠れ家の位置がバレてしまった際、迅速に隠れ家を放棄して逃げるためなわけで。
実のところ、妖精ちゃんの能力を知った時、私は真っ先に哨戒に使えるのではないかと思った。
しかし、結果は失敗。
この妖精ちゃん、普段はフヨフヨと私の周囲を飛び回っているのだが、実は恐ろしくスタミナがない。
ちょっとその辺の様子を見てきてとお願いすると、百メートルも進まぬうちにヘロヘロになって帰ってくる。
これではとても哨戒など無理ということで、巾着に入れてみんなに配ったのだ。
だから、基本的な哨戒任務は艦娘達にしてもらって、私は定期的にその艦娘(というか艦娘が身に着けている妖精ちゃん)にリンクを繋ぎ、状況を報告してもらう。
一応、隠れ家周辺にもお守りは設置してあり、これにも定期的にリンクを繋いで状況を確認している。
しかし、問題が二点。
一つは、このリンク、複数同時に繋げることができない。
一方を繋ぐともう一方を切り、また別のを繋ぐ時は今繋いでいるリンクを切らなければならない。
二つ目は、このリンク、かなりの集中力を要するため、繋ぐと極端に疲れる。
使い続けるにつれて徐々に慣れてきたが、最初の頃などは、数度リンクを繋いだだけで倒れこんでしまった。
だから、みんなには普段、電探などで敵の有無を発見させ、もし敵の偵察機などに見つかりそうになったら隠れるように指示してあったのだが……
おっ! どうやら繋がったみたい。
「づほ! 聞こえる! づほ!」
『有希乃……ごめんなさい。づほ、敵に見つかっちゃった』
「づほ! 良かった! どうしたの? アンタらしくもない」
『あのね、敵の偵察機、今までの深海棲艦の物じゃなかったの。づほ達が使うのと一緒の偵察機だったの。でも、づほ、偵察機は飛ばしちゃダメって有希乃に言われてたし、もしかしたら他の誰かが間違って出したのかなって思って、隠れなかったの。そしたら……』
「そしたら?」
『その偵察機、祥鳳お姉ちゃんのだったの!』
「落ち着いて、見間違いとかじゃないの?」
『づほ、づほ、お姉ちゃんの偵察機、見間違えたりしないもん!』
「そう……」
どうやら、お姉ちゃん恋しさに幻覚を見たってことはないようね。
『ごめんなさい! 有希乃、ごめんなさい!』
「落ち着いて、づほ。アンタは何一つ悪くないわ。いいから、とりあえず落ち着きなさい」
『でも……でも……隠れ家のこんな近くで見つかるなんて……どうしよぉ……』
づほが涙声で呟く。
「づほ、とりあえず敵の戦力を知りたいわ。敵の偵察機を、アンタの偵察機で追うことはできる?」
『……うん。お姉ちゃんの偵察機は、づほを見つけて去っていったけど、その方向に偵察機を飛ばせば、多分お姉ちゃん達を見つけられると思う』
「そう。じゃあ、早速お願い。敵の戦力が分かり次第教えて。そんでアンタは、真っ直ぐこっちに帰ってきなさい」
『うん。ごめんね』
「だから、謝る必要なんてないんだってば」
『……でも、お姉ちゃん達は、きっとすぐにづほを追ってくる。だからづほ、遠回りして戻るね』
「……づほ、敵に見つかったことを怒ったりはしないけど、そんな見え透いた嘘を吐くと怒るわよ」
『…………』
「アンタに積ませた燃料は、もう真っ直ぐこっちに戻ってくる分くらいしか残ってないはずよ」
『…………』
そう。前回の戦闘に加え、その戦闘を終えた艦娘達の補給などに大量の資材を使ってしまったため、我が艦隊は再び資材不足へ陥っていた。
そんな資材不足が深刻な今現在、哨戒に向かう子達には、半分しか燃料を積ませてないのだ。
だから当然、遠回りして帰る余裕などない。
「下手な嘘吐いてる暇があるなら、全力でこっちに戻ってきなさい。敵に艦載機を出されたら終わりよ。アンタはほとんど艦載機を積んでないんだから」
『でも……でもぉ、づほが真っ直ぐ帰ったら、隠れ家の場所がバレちゃう……』
「大丈夫よ。見つかる前に倒すから」
『えっ?』
「今回は逃げない。今、隠れ家で入渠している翔鶴を極力動かしたくはないし、アンタを失う気もない。だから、今回ばかりは、残った資材を全部ぶち込んで、ガチで艦隊決戦をするしかないわ」
『…………』
「それでねづほ、戦う前に一つ聞いておかなくちゃならないことがあるの」
『……何?』
「アンタ、お姉ちゃんと戦える?」
『…………』
案の定、づほが口を噤む。
しかし、正直なところ、づほには戦ってもらわざるをえないのだ。今うちで動ける空母は、瑞鶴とづほしかいないのだから。けど……
「もし無理なようなら……」
『……やるよ』
「づほ……」
『お姉ちゃんと戦いたくなんてないけど、でもづほ、今いるみんなが大好きだもん!』
「そう。分かったわ。じゃあ、これからすぐにこっちの連合艦隊を向かわせるから、戻ってくる途中で合流して。予備の燃料と弾薬も持たせるから、アンタはそれを使って補給後、その連合艦隊に加わり敵と戦ってもらう。いいわね?」
『了解』
「あとは敵の戦力だけど……敵はもう見つけた?」
『ごめん。それはまだ……あっ! ちょっと待って! 見つけた! 伝えるね、敵の戦力は……』
恐れていたことが起きてしまった。
私は、司令部へと向かう道すがら、ずっと考えていた。
戦うしかないという決断に迷いはない。
しかし、戦えるのかという疑問には即答できなかった。
でも、戦うという選択肢しかない以上、戦うしかない。
あの子達には……元仲間を撃ってもらうしかない。
問題は編成だった。
さすがに私とて、姉妹艦を撃てとは言いたくない。
しかし、敵のこの編成と布陣は……全く、どう考えても狙ってやってるとしか思えないわね。
色々と考えているうちに司令部に着いた。ドアを開ける。
そこには。翔鶴、利根、筑摩、神通とづほを除く全員が揃っていた。
みな、顔が暗い。
「みんな、ご苦労様。早速だけど、状況を説明するわ」
私は、重苦しい沈黙を破って口を開く。
「少し前、瑞鳳が敵の偵察機に目撃され、現在、敵の連合艦隊に追われている。敵の戦力は、空母一、軽空母一、戦艦四、重巡一、重雷巡一、軽巡一、駆逐三.結構な数よ」
『…………』
「そして、残念なお知らせだけど、今回の敵は……みんなの元お仲間よ」
『…………』
何人かの艦娘達が息を呑む。
薄々は察していただろうけど、重苦しい空気がさらに重くなった。
「まあ、本音を言えば戦いたくないんだけど、づほを見捨てることなんてできないし、敵を撒くこともできそうにないから、今回ばかりは戦うしかないわ。もっと言えば、づほの見つかった海域がここから近すぎるから、仮に敵を撒けたとしても、付近を探索されたらこの隠れ家が見つかる可能性が高い。そして、仮にここが見つかってしまった場合、この隠れ家を放棄するにしても、現在の私達には逃げながら戦うという選択肢が選べないということ。少なくとも二艦は使えなくなる。私と、動けない翔鶴を運んでもらわなくちゃならないからね」
『…………』
「よって、今回は派手に艦隊決戦をやるしかないわけ。最低限の守備隊以外を残して全艦出撃よ」
『…………』
「づほには、こちらに真っ直ぐ戻ってくるよう指示を出したわ。その途中でアンタ達と合流し、燃料と弾薬を補給させた後、こちらの連合艦隊に加わってもらう」
『…………』
「それじゃあ、特に質問がなければ――」
「はい」
手を挙げる者が一人。羽黒だった。
「どうぞ」
「敵は……誰なんですか?」
その言葉で、一瞬にして場に緊張が走る。
「……そうね。言っておいた方がいいかもね。まずは敵機動部隊、加賀、祥鳳、足柄、暁、響、吹雪」
『ッ!』
瑞鶴、雷、電、睦月、羽黒の顔が強張る。
「そして主力艦隊の編成は、武蔵、長門、比叡、霧島、北上、那珂よ」
『!』
今度は、大和、陸奥、金剛、榛名、大井、川内、神通の顔に緊張が走った。
「……ありがとうございました」
「他に質問は……ないようね。まあ、ついでに言っておくと、おそらく敵連合艦隊の旗艦は加賀よ。さて、それでは、以上を踏まえてこちらの編成を発表するわ。(まあ、ゲームでは連合艦隊を組むのに色々と制限があるんだけど、こっちの世界じゃもちろんそんなもんないし、あったとしても知ったこっちゃない、っていうかそれどころじゃないんで、その辺踏まえた上で)まずは第一機動艦隊、旗艦は瑞鶴」
「ッ!」
瑞鶴の肩が、その場で飛び上がる。
やれやれ。まいったな。まだこの調子か。
けど、瑞鶴には何が何でも出てもらわなくて困る。
今現在動くことのできる唯一の正規空母なのだから。
瑞鶴がいなければ、制空権を取るどころの話ではなく、一瞬にして艦隊が壊滅する可能性がある。
「……ちなみに瑞鶴には、第一機動艦隊の旗艦と共に、この連合艦隊の旗艦も兼任させるから。次に、途中で加わる瑞鳳、羽黒、愛宕、島風、睦月」
『…………』
「羽黒、行ける?」
「……行けます。確かに足柄姉さんと戦うのは辛いけど、みんなの背中はわたしが守ります」
「そう。ありがとう」
助かるわ。この子も強くなってる。
「島風と愛宕もお願いね。特に島風は連戦になるけど……」
「ぱんぱかぱーん。おっまかせくださーい!」
「わたしは全然平気~。ドンドンいっちゃうよ~!」
場の雰囲気にそぐわない大声。
でも、決して空気を読んでいないわけではないことを私は知っている。
こういう時は、たとえ空元気でもこういう艦娘達がいてくれると助かる。
「睦月……行ける?」
私の言葉に、睦月はギュッと小さな拳を握りしめた。
正直なところ、私は、雷電姉妹と睦月を戦場に出したくなかった。
さすがの私も、まだ幼い(とか言うと雷に怒られそうだけど)三人に、姉妹艦や仲間を撃たせたくはなかったからだ。
しかし、こちらの戦力が限られている以上、どうしても誰かに出てもらうしかない。
「……うん。睦月も大丈夫です」
と言って、睦月は笑う。思わずこちらがもらい泣きしてしまいそうなほど、悲しげな顔で。
「睦月も頑張って行かなきゃ。みんなに怒られちゃう」
「……そう。ありがとう」
「続けるわ。次に第二主力艦隊、旗艦は大和」
「……はい」
大和が、いつもの澄んだ声で答える。
「……陸奥、金剛、榛名、高雄、川内」
呼ばれた子達の顔が曇った。
「大和、行ける?」
「……提督、実はわたし、武蔵とは満足に会話したこともないんです」
「…………」
「不思議なものですね。久しぶりの再開がこんな形になるなんて……」
「…………」
「それが救い……というわけではありませんが、わたしも大丈夫です。今のわたしには、守らなくてはならない仲間がたくさんいますから」
「……そう。よろしく頼むわね。陸奥は? 大丈夫?」
「……フフ。もちろん、大丈夫よ」
「そんなに無理して笑顔作ることないわよ。できれば姉妹艦同士で戦わせたくはないんだけど……」
「心配しないで。ちゃんと戦えるわ。だって、今ここで戦わなかったら、あとで長門に何を言われるか分からないもの」
「……そう。お願いね」
泣き笑いのような表情を浮かべる陸奥に、私は心の中で頭を下げる。
「金剛、榛名も大丈夫?」
「オフコースネ、有希乃。ワタシはそのためにここにイマース」
「榛名も、絶対にみんなを守りたいです」
「ありがと。期待してるわ」
二人の力強い返事が頼もしい。
「川内ゴメンね。できれば那珂と戦わせるようなことはしたくなったんだけど……」
「大丈夫。アタシ、やるよ。夜戦じゃないのは、気に食わないけど」
「……お願いね」
悲痛な表情を浮かべながらも頷く川内。ほんと、助かるわね。
みんながみんな、それぞれの想いを胸に出撃すると決めてくれた。
この場にいて指揮することしかできない自分が、すごくもどかしい。
最初はただのゲームだと思った。この子達はただのプログラムだと思ってた。
でも、今は違う。ここは違う。みんな、仲間のために必死に戦ったり、泣いたり、笑ったりしてる。
決めた。この子達は絶対守ってみせる。誰一人欠けずに、帰ってこさせる。
「……編成は以上よ。戦闘の指揮は、通信を通して私が直接執ります。出撃する艦はすぐに準備して――」
「ちょっと待ちなさい!」
出撃しようとしたみんなを、誰かが呼び止める。大井だ。
「何かしら、大井?」
「『何かしら?』じゃないわよ! 何でわたしが入ってないの!」
やはりか、と私は内心で頭を抱えた。
この娘が黙ってるとは思わなかったけど……さて、どうしたものか。
「私の決めた編成に文句でもあるの?」
「大アリよ! 北上さんがいるのに、わたしを出撃させないなんてどういうつもり!」
「そんなの、アンタが一番よく分かってるでしょうが」
「なんですって……」
「アンタは北上を撃てない。絶対に。それがアンタを出撃させない理由よ」
「ッ!」
「感動の再会を抱き合って喜びに行くわけじゃないのよ。私達は、今から戦いに行くの。それもほとんど総力戦よ。そんな戦いに、撃てない艦を行かせるわけにはいかない」
「フン。北上さん以外なら皆殺しにしてやるわよ」
「そういう発言が出るから行かせないのよ。アンタなら、北上を撃とうとした味方を撃ちかねないからね」
「…………」
「撃てないだけならまだしも、味方を撃ちかねないような奴を行かせるわけにはいかない。今は弾切れ状態のはずだから、脅しを言っても無駄よ。大人しく守備隊として待機してなさい」
「…………」
「返事は?」
「…………」
大井が頬を膨らませてそっぽを向く。まっ、こうなるとは思ってたけど。
「時間が惜しいわ。みんな、急いで準備して。全員補給は満タンでね。あとで合流する瑞鳳の燃料と弾薬も忘れずに」
私はそう言ってみんなを促す。
「……待って」
みんなが急いで司令部を出ようとする中、じっとその場に立ち尽くして動かない者がいた。
瑞鶴だ。
「ア、アタシ……無理」
瑞鶴が真っ白い顔をして、ポツリと言う。
「何グズグズしてるの。瑞鶴、出撃よ。今度こそ確実に敵を撃ちなさい」
「…………」
瑞鶴は黙ったまま答えない。
「……嫌」
「! アンタ、まだそんな――」
「だって仲間だもん!」
「…………」
「あの子達は仲間だもん! 一緒に泣いて、笑って、戦ってきた仲間だもん! 撃てないよ! 撃ちたくないよ! だって、だって、アタシはあの子達が大好きなんだもん!」
瑞鶴が大粒の涙をポロポロとこぼしながら叫ぶ。
全く、この子は。ほんとに手がかかるわね。翔鶴の苦労が分かるわ。
私は、ゆっくりと泣きじゃくる瑞鶴に近づく。
近づいてきた私に気付いた瑞鶴が、慌てて距離を取ろうとしたが、その前に私は彼女を引き寄せ、強く抱きしめた。
「それでも行くの。瑞鶴、敵を倒しなさい」
「ぐすっ……やだ……いやだよぉ」
「瑞鶴、よく聞いて。アンタは本当に優しい子よ。とても仲間思いでとても優しい子。アンタのその優しさは、本当にとても愛しいわ。でもね瑞鶴、優しさだけじゃ守れないものもあるの」
「ひっく……ぐすっ……」
「周りと見て。何が見える?」
「……みんなが見える」
「そうよ。今ここには、アンタの大事な仲間がいる。まだ生きてる仲間がいる」
「ぐすっ……でも、でもぉ」
「そうね、瑞鶴。確かに深海棲艦になってしまった子達も、アンタの大事な仲間よね。けどね瑞鶴、その子達は、今あなたを沈めに、殺しにきているの」
「…………」
「戦艦の子も、駆逐艦の子も、軽巡の子も、みんな、アンタや翔鶴がいるから全力で戦えるの。アンタ達の支えがあるから戦えるの」
「…………」
「まだ撃つことにためらいがあるならこう思いなさい。アンタは深海棲艦になってしまった仲間を殺すために撃つんじゃない。その子達を虚無の手から解放し、今いる大事な仲間達を守るために撃ってるんだって」
「…………」
「アンタがためらった分だけ、みんなは危険にさらされる。瑞鶴、アンタは、今ここにいる仲間の誰かがいなくなってもいいの?」
「ぐすっ……やだ」
「なら、戦いなさい。アンタがみんなを守らなきゃ」
「ひっく……守る? アタシがみんなを……?」
「そう。私はただの提督よ。指揮はできても、現場で直接みんなを守ることはできない。まあ本当は、戦闘指揮自体も旗艦に任せて、本来はやらないんだけどね」
「…………」
「アンタは、今までずっと翔鶴に頼り、守ってもらってきた。でも、それも今日でおしまい。翔鶴は今、動けない。今残ってる正規空母はアンタしかいない。みんなの柱になれるのは、もうアンタしかいないの。だから……」
私はゆっくりと体を離し、真っ直ぐに瑞鶴を見つめた。
「これからは、アンタがみんなを守りなさい」
「行きましたね……」
二人っきりになった司令部で、大淀がポツリと言った。
「そうね……」
「大丈夫でしょうか?」
その言葉は、もちろん瑞鶴に向けてのものだろう。
「分からない……」
とりあえず格納庫に向かってはくれたけど、それでも戦ってくれるかは五分……いや、もっと低いかもしれない。
「連合艦隊の旗艦は大和にするべきだったのでは?」
「…………」
それは私も考えた。
瑞鶴のメンタルを考えると、連合艦隊の旗艦は大和か陸奥にすべきだったのではと。
しかし……
「賭けるしかないわ。瑞鶴に」
「…………」
そう。敵の旗艦が加賀である以上、こちらも瑞鶴を旗艦に据えるのが最善だと判断したのだ。
しかし、その判断が正しいかどうかは分からない。
「ごめんね。これでもし負けちゃったら、全部私の責任だわ」
「いえ、そういうつもりで言ったわけではないのですが……」
大淀が気まずそうに言葉を濁す。
「でも、意外でした」
「? 何が?」
「先ほどの提督がです。わたしはてっきり、提督は瑞鶴のことを快く思っていないと思っていましたから」
「ああ……」
確かにね。その考えは間違ってはいない。
「確かにそうね。何かにつけて私に噛み付いてくるし、気は短いし、口うるさいし、おまけに胸は飛行甲板だし」
「さ、最後のは関係ないと思いますが……」
「けど……」
「けど?」
「あの子が一番、この艦隊で仲間を大切に思っているからね。それに賭けてみようと思ったわけ」
「…………」
「死んでいった仲間よりも大切なものがあることに気付いてくれるといいんだけど……」
▲▲▲
格納庫の前にはもうみんな揃っていた。
みんなはただ黙々と艤装を着けている。誰一人として口を開かない。
「あの……」
そんな中、誰かがアタシに声をかけてくる。
「……何よ?」
睦月だ。前に失態を晒したこともあって、決まりの悪かったアタシは、睦月から顔を逸らす。
「あの……大丈夫……ですか?」
「ッ!」
自分よりも年下の駆逐艦にそう言われたアタシは、一瞬カッとなったけど、すぐに内心で自嘲した。
情けない。アタシ、年下の睦月にまで心配されちゃってる。
「うるさいわね。ほっといてよ」
結局、アタシはそんなつっけんどんな態度を取ることしかできなかった。
「あっ……す、すいません……」
しかし、睦月は怒るわけでもなく、ただ頭を下げて離れていく。
それがまた、アタシをみじめにさせた。
「ねえ……」
気が付くと、アタシは睦月を呼び止めていた。
「はい? 何ですか?」
睦月が驚いた表情で振り向く。
「アンタはさ、撃てるの?」
「えっ?」
「今回の相手は、アンタの友達なんだよ」
「…………」
「その友達を、アンタ、撃てるの?」
アタシの言葉に、睦月はゆっくりと目を閉じ、そして開く。
その瞳はとても澄んでいて、そして深い悲しみをたたえていた。
「撃てます」
睦月が迷いのない声で答える。
「何で……」
アタシは、睦月の言葉と瞳を直視できずに、また顔を逸らす。
「アンタの友達なんだよ! 仲間なんだよ! 何で……何でそんな簡単に撃てるなんて言えるの?」
アタシの言葉に、睦月は泣きそうな顔で笑った。
「だって睦月、もうここから誰かがいなくなるのは嫌だから……」
その言葉に、アタシはハンマーで思い切り頭をブン殴られたような衝撃を受けた。
「瑞鶴さん、睦月ね、吹雪ちゃんと出撃したことほとんどないんです」
「…………」
「吹雪ちゃんも夕立ちゃんも、あっという間に睦月を追い抜いて……そして、いなくなっちゃいました」
知っている。妹の如月を失ってからまもなくのことだ。
「睦月ね、もう二度とあんな思いはしたくないんです」
「…………」
「睦月、この艦隊のみんなが大好きです。提督も、翔鶴さんも、もちろん瑞鶴さんだって大好きです。できることなら、ずっとみんなで生きていきたいです」
その言葉が、アタシの心のど真ん中を射抜く。
「だから睦月、戦わなくちゃ。こんな落ちこぼれの睦月でも、きっとできることがあるはずだから。だから戦わなくちゃ」
「…………」
「だって、ここで何もしなかったら、睦月、あとで吹雪ちゃんや如月ちゃんに怒られちゃうもん」
睦月の手が震えていた。
それを見たアタシは、強烈な自己嫌悪に襲われる。
馬鹿じゃないの!
撃ちたいわけないじゃない!
戦いたいわけないじゃない!
だって、相手は大好きな友達なんだから!
でも、それでも戦うと決めたのは……それよりも大事なものがあるからじゃない!
あの女が、アタシを連合艦隊の旗艦にした理由ははっきりしている。
アタシが、今この艦隊で唯一動くことのできる正規空母だからだ。
加賀さんに唯一対抗できそうなのがアタシだけだからだ。
今、みんなを守れるのはアタシしかいないからだ。
大和や陸奥は確かに強い。
けど、それでも艦載機には太刀打ちできない。
だから、アタシが連合艦隊の旗艦にされたんだ。
アタシしかみんなを守れないから。
みんな、姉妹を仲間をなくして傷ついてる。
けど、それでもこうしてまだ残っている仲間を守るために戦ってる。
なのにアタシは……
一体、何をしていたんだアタシは!
ここでアタシが戦わなくちゃ、死んでいった仲間達が無駄死にになるじゃない!
ここでみんなを守らなくちゃ、加賀さんや吹雪、そして、姉妹を仲間を守って死んでいったみんなに顔向けできないじゃない!
それだけは絶対に嫌!
アタシはゆっくりと目を閉じた。
心は重い。体も重い。
当然だ。だって、今からアタシ達が戦うのは深海棲艦じゃない。かつての仲間なのだ。
共に過ごし、共に笑い、共に戦った大切な仲間。
特に、吹雪や加賀さん、それに北上は、同じ艦隊にいたこともある、アタシの大切な友達でもあった。
心は重い。当然だ。だって、仲間を撃つのだから。
体も重い。当然だ。だって、友達を撃つのだから。
でも、今のアタシにもう迷いはなかった。
だって、今のアタシには、守らなくちゃいけない仲間がいる。
これまではずっと、苦しくなったら翔鶴姉に頼ってきた。
でも、それも今日で終わり。アタシがみんなを守ってみせる。
だって、アタシは翔鶴型二番艦、五航戦の正規空母瑞鶴。
今、この艦隊で唯一動くことのできる正規空母。
敵の勢力は圧倒的。今日を生き延びたとしても、最終的なアタシ達の勝機は皆無。アタシ達が、暁の水平線に勝利を刻むことはもうない。けど、それでも構わない。
今までのアタシはずっと、敵を倒すためだけに、戦果をあげるためだけに、五航戦の強さを知らしめるためだけに弓を放ってきた。
けど、今からのアタシは……これからのアタシは……
ただ仲間を守るためだけに弓を放つ。
加賀さん、アタシ、アナタを撃つわ。みんなを守るために。
アナタがアタシを守ってくれたように!
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