艦これif  ~ポンタローバージョン~   作:ポンタロー

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第九章 雪解けの鶴

「提督、連合艦隊出撃しました」

 大淀が良く通る声で言った。

 さて、どんな作戦でいくか。

 向こうがどういった戦術でくるかも気になるが、私が立てた作戦を瑞鶴達がきちんと実行できるかも気になる。

 特に瑞鶴のメンタルが気にかかるが、しかしまあ、みんなを信じてとりあえず――

「お姉ちゃん、大変よ!」

 叫び声に近い大声で、誰かが司令室に入ってきた。

「どうしたの、雷? そんなに慌てて」

「大井さんが……大井さんが……勝手に出撃しちゃった!」

「なんですって!」

 マズイ! それはかなりマズイ!

 大人しくしているとは思わなかったが、大井が戦場でどういった行動に出るか、私には全く読めない。最悪、北上を撃とうとした味方を攻撃する可能性もアイツなら十分にありうる。

「クソッ! 全く、手のかかる……」

 私は急いで大井に付いている妖精ちゃんにリンクを繋いだ。

「大井! 聞こえてるでしょ! 大井!」

 

 

 

▲▲▲

 

 アタシ達は、嵐の前の静けさという表現がピッタリとあてはまるような、静かな海を疾走していた。

 すでに瑞鳳とは無事に合流。瑞鳳は、隠れ家から持ってきた燃料と弾薬で補給を終え、アタシの隣を走っている。

『瑞鶴さん……』

 第二艦隊の旗艦である大和が声をかけてくる。この距離なら全員に会話が聞こえているはずだ。

『作戦の細かい指示は、あとで提督が伝えてくると言っていましたが、何か連絡はありましたか?』

「……いいえ」

『どうしましょう? もうまもなく接敵しますが……』

 確かに。そろそろ敵と遭遇してもおかしくない。ったく、あの馬鹿、何やってんのよ!

「いいわ。アタシが指揮を執る。みんな、今回はアタシの指示に従って」

『ええっ!』

 みんなが驚愕の声を上げる。

『だ、大丈夫なのですか?』

『有希乃が連絡してくるのを待った方がいいと思うネ』

『榛名もそう思います』

「あの……づほも……」

 などと、次々と反対の声が聞こえてくる。

 全く、どいつもこいつも有希乃有希乃って。

「黙りなさい。この連合艦隊の旗艦はアタシよ。アイツからは連絡はこない。まもなく接敵。もう時間がない。この状況では、アタシ達の誰かが指揮を執るしかないわ。そしてそれを、今回はアタシがやる」

『…………』

 みんなが黙り込む。

 まあ、あれだけ仲間を撃つことを躊躇っていたアタシが、すぐに信用してもらえるとは思ってないけど。さて、どう説得したものか……

『みなさん、ここは瑞鶴さんに任せましょう』

「大和……」

 助け舟が出ると思っていなかったアタシは、大和の言葉に驚く。

『確かに瑞鶴さんの言うことも一理あります。提督からの連絡がない以上、もしかしたら提督の通信手段に問題が起こったのかもしれません。その場合、確かに前線で指揮を執る者が必要です』

『でも、それなら大和さんの方が……』

『いいえ、川内さん。わたしは戦艦。最前線で戦わなくてはなりません。つまり、轟沈する可能性も高い。そうなった時、指揮権の移譲で混乱を招くよりも、後ろで構えている瑞鶴さんに最初から指揮を任せておいた方がいい。違いますか?』

『…………』

『信じましょう。瑞鶴さんを』

『……分かったネ』

『榛名、了解です』

『ウフ、陸奥もそれでいいわよ』

 などと、大和の声に反応して、次々と了承の声がする。

「大和……ありがと」

『いいえ。では瑞鶴さん、みんなに指示を』

「分かったわ……と言いたいところなんだけど、その前に……瑞鳳、偵察機を出してくれる?」

「あっ、はい。敵がどこにいるか調べるんですね」

「それもあるんだけど、この海域周辺に、加賀さん達以外の敵がいるかも知りたいの。まあ一応、伏兵の警戒もしないとね。持ってる偵察機は全部出して構わないわ」

「わ、分かりました」

 アタシの言葉を受けた瑞鳳が、すぐさま偵察機を飛ばす。

『あの……瑞鶴さん、伏兵の存在も気になりますが、それより相手の陣形や出方の方が……』

「相手の陣形は、機動艦隊である加賀さんの艦隊を後方に置いての第四警戒航行序列よ。加賀さんが連合艦隊の旗艦を務めているならまず間違いないわ」

『な、何故そのようなことが分かるのですか?』

「そりゃ分かるわよ。だって……アタシと加賀さんは、ずっと一緒の部隊で戦ってきたんだから」

『…………』

「その加賀さんが旗艦を務めている以上、敵は間違いなくこの陣形でくる」

 そう。アタシには確信があった。

『わ、分かりました。では、こちらはどのような陣形で迎え撃ちますか?』

「それなんだけど……まあ、基本的にはアタシ達も、加賀さん達と同じ第四警戒航行序列で進みはするけど、敵と交戦になった瞬間、こちらの陣形を崩すわ。とりあえず、アタシと瑞鳳を残して、全艦、敵に突撃よ。アタシ達には護衛艦もいらない。アタシと瑞鳳以外が全艦突撃」

『えええええぇぇぇぇっ!』

 その場にいた(アタシを覗く)全員が叫んだ。

『ず、瑞鶴さん、それはいくらなんでも……』

『ヘイ、瑞鶴! それを作戦とは言わないネ』

『榛名もそう思います。作戦というより特攻です……』

「あの……づほ、やっぱり有希乃の連絡を待った方がいいと思う……」

「まあ、そう思うのも無理ないわ。けどね、アタシは何も、やけになってこの作戦を立てたわけじゃないの。おそらくこの作戦が最も勝てる可能性が高いわ」

『……説明していただけますか?』

「向こうの戦術は簡単よ。正攻法で、まずは機動部隊である加賀さんが艦載機を飛ばして制空権を取り、その後、祥鳳と共に艦載機でこちらの主力艦隊を攻撃。アタシ達が陣形を崩したところで、自分達の主力艦隊を突っ込ませる。正攻法中の正攻法。向こうは間違いなくこれでくるわ」

『何故、そのようなことが……』

「前に二人と戦った時ね、変わってなかったのよ。吹雪も加賀さんも、戦い方やくせが生前と同じだった。だから、加賀さんは間違いなくこの戦法でくる。だって、向こうはそれが一番強いと思ってるから。少なくとも加賀さんはね。そして実際、加賀さんは自分達に小細工なんて必要ないと思っている。まっ、一航戦の誇りってやつね」

「…………」

「そして、その自信を確固たるものにしているのが、加賀さんの力。みんなも知っていると思うけど、加賀さんの力は他の正規空母と比べても圧倒的よ。同じ一航戦の赤城さんですらかなわないほどにね。加賀さんはその力をもって、この正攻法の強さを確固たるものにしている。しかし、それは逆を言えば、こちらが制空権を取りさえすれば、向こうの作戦が崩壊するということよ」

『……では、こちらが制空権を取ると?』

「そういうことね」

『あの……瑞鶴さん。失礼ですが、その……あなたは確か、加賀さんには……』

「そうね。勝ったことはないわ。一度もね」

『それでは……』

「大丈夫よ。アタシだって、仲間を失ってから、ただ怯えてビクビクしていたわけじゃないわ。やるべきことはちゃんとやるから」

『…………』

「制空権を取れば、向こうはこちらの艦載機を撃ち落とすことに集中して、対空射撃を開始する。その瞬間狙って、まずは大和と陸奥が超長距離から徹甲弾で加賀さんと祥鳳を攻撃。二人に艦載機を出せなくさせた後に、今度はこちらの艦載機で向こうの戦艦を爆撃。轟沈できれば一番いいけど、ここは足止めで十分。その隙に高速戦艦金剛、榛名と水雷メンバーが、残った敵を掃討。てな作戦でいくわ」

 アタシの出した作戦に、みんなが押し黙る。

『……確かに、そのとおりに事が運べば上々です。ですが、それはやはり、こちらが制空権を取るという前提があって初めて可能となる。つまりは……この作戦の全て、そして、わたし達の命運全てを……瑞鶴さん、あなたが握っているということになりますね』

「……そうね」

「ッ! 敵艦見ゆ! 敵連合艦隊、もう目前です!」

「伏兵は?」

「今のところ見当たりません!」

 よし! これなら加賀さん達の相手に集中できる。

『どうやら……時間切れのようですね。では、最後にみんなを代表してお尋ねします。本当に、加賀さんに勝てるのですね?』

 真っ直ぐにアタシを見つめてくる大和を、アタシも真っ直ぐに見つめ返す。

「ええ、任せて。制空権は必ずこちらが取る。大丈夫よ。アンタ達は、アタシが必ず守ってあげる」

 ずっとアタシの目を見つめていた大和が、不意にクスリと笑った。

『……みなさん、どうやらお任せしても大丈夫なようです』

『分かったネ。じゃあ、ワタシ達のライフ、瑞鶴に預けたネ!』

 そう言って、金剛が突撃する。

『榛名、全力で参ります!』

 榛名もそれに続く。榛名だけじゃない。

『夜戦じゃないけど、行っくよー!』

『高雄、参ります!』

『ぱんぱかぱ~ん! 愛宕、行っきま~す!』

『みんなの後ろは、羽黒が守ります!』

他のみんなも、瑞鳳を残して突撃する。

『それでは……第二主力艦隊、旗艦大和、推して参ります!』

 そして、大和もそれに続く。

「瑞鶴さん……」

「瑞鳳、そんな泣きそうな声出さないでよ。大丈夫、みんなちゃんと戻ってくるわ。誰も死んだりなんかしない。ううん、誰も死なせたりなんかしない」

 瑞鳳が不安にかられるのも仕方ない。

 加賀さんは特別なのだ。おそらく加賀さんは、全艦娘中最強の正規空母。その加賀さんを最強たらしめているのが……

「瑞鶴さん! 敵の艦載機が!」

 予想通り、敵が艦載機を出してきた。その数は圧倒的。しかし、おそらく祥鳳は艦載機を出していない。加賀さんだけであの数なのだ。

 そう、加賀さんは特殊なのだ。詰める艦載機の数も艦娘中最多。それに加え、極端に詰める艦載機の数に偏りがある。

 そして、それこそが加賀さんを正規空母最強たらしめている理由の一つ。下手をすると加賀さんは、自分だけで敵の空母二隻と航空戦を張り合える。

 でもね、加賀さん……

「瑞鳳、アンタはまだ艦載機を出さなくていいわ。まずはアタシが行く」

「でも……」

「大丈夫よ。心配しないで」

 不思議だ。覚悟を決めた途端、自分の心が妙に落ち着いているのが分かる。

 敵は最強の正規空母加賀さん。にもかかわらず、今のアタシは全く負ける気がしない。

 アタシはゆっくりと弓を構える。

「瑞鶴さん! それは……」

 瑞鳳が驚きの声を漏らす。まあ、無理もないか。他人に見せるの初めてだしね。

 そう。アタシだって遊んでいたわけじゃない。

 加賀さん、アナタがアタシを守って死んだあの日から、ううん、アナタと共に第五遊撃部隊で戦っていた時からずっと、アタシはアナタを超えるために研鑽を積んできた。

 もって生まれた才能の量は違っても、いつか必ずアナタに追いつき、そして越えるために。

 でもね、今は正直、そんなことはどうでもいいの。

 ゴメンね、加賀さん。今回ばかりはアタシが勝たせてもらうわ。

 だって、今のアタシの背中には、翔鶴姉と、そして、アタシを信じてくれた仲間の命がのっかっているんだから。

 もう迷いはなかった。心と体の重りもいつの間にか外れている。

「連合艦隊旗艦、五航戦瑞鶴! 全艦載機、発艦!」

 そしてアタシは、空に向かって矢を放つ。

 アタシの想いを全て載せた、三本の矢を。

 

▲▲▲

 

 

 

「信じられない……」

 瑞鶴の弓から放たれた艦載機の大群が、敵へ向かって突き進む。

 妖精ちゃんを通してその光景を見ていた私は、思わず声を漏らした。

 瑞鶴にリンクを繋いだのは、実を言うともう少し前だった。

 ちょうどみんなが、私からの連絡がなくて不安を募らせていた時だ。

 大井の馬鹿の勝手な出撃による混乱を恐れた私は、すぐさま大井とリンクを繋ぎ、怒鳴り散らして止めようとした。

 が、結果は失敗。向こうは全く聞く耳持たず。

 とりあえず瑞鶴に、大井がそちらに向かったことだけでも伝えておこうと思い、リンクを繋いだのだ。

 しかし結局、大井の暴走を伝えることはできなかった。あの子達に無用な混乱を抱かせると思ったからだ。

 本当はすぐに指揮を執ろうと思ったけど、瑞鶴の言葉を聞いて、もう少し静観することにした。

 そして、瑞鶴が無謀とも言える作戦を決行し、自らの矢を放った。それが今だ。

 制空権を取れぬうちから主力艦隊突撃など、通常では考えられないことだ。

 だって敵には空母がいる。いくらこちらに対空砲があると言っても、最強の正規空母加賀の艦載機を全て撃ち落せるほどではない。

 故に、主力艦隊に甚大な被害が出てしまう。そう思った。

 しかし、それでもなお瑞鶴を止めなかったのは……

 瑞鶴の言葉に、確かな自信と勝算を見たからだった。

 今までのあの子には見ることのできなった確固たる自信。

 正直、私の立てた作戦とはかなり違うが、それこそが、私に瑞鶴の作戦を黙認させた理由だった。

 しかし、三本同時に矢を放つとは恐れ入る。

 しかも、瑞鶴はその後も何度か三本撃ちを繰り返した。

 あの艦載機の量。間違いなく加賀の放ったそれを大きく上回る。

おそらくあれは、瑞鶴の全弾だろう。そうでなくてはあの数は出せない。

そして何より……

『敵の艦載機、全て撃墜。制空権、取った!』

 瑞鶴が自信に満ちた声でそう伝える。

 そう。そして何より、おそらく今回の瑞鶴は艦載機の中でも航空戦に特化した艦上戦闘機しか積んでいない。偵察機すら摘んでないはずだ。

 しかも、あの艦戦の形状、間違いなく震電改。

 それも全弾全て。おそらく翔鶴のものを借りたのだろう。

 完全に制空権を取るためだけに特化した、みんなを守るためだけに練られた装備編成。ガン積みというか、烈風キャリアーならぬ震電改キャリアーってところか。

だからこそ、最初に行った偵察をづほにやらせたのだろう。

しかし、最初に全艦載機を発射するという決断には本当に恐れ入る。

 まあ、そうでもしないと加賀に勝てないことは確かだが……

『大和! 陸奥! 出番よ! 敵は今、アタシの放った艦載機の撃墜におわれてる。その位置からなら届くわよね!』

『はい! いつでもいけます!』

『はぁ~い。こっちもいけるわよ~』

『よし! では、大和、陸奥! 敵空母に向かって、全砲塔斉射!』

『了解です! 徹甲弾装填。第二主力艦隊旗艦大和!』

『同じく陸奥!』

『『全砲塔、斉射!』』

 その声と共に、大和と陸奥から、轟音を伴った徹甲弾の雨が加賀と祥鳳に向かって降り注ぐ。

『着弾を確認。敵空母、及び軽空母を中破!』

『よし、よくやってくれたわ二人とも! これで向こうはもう艦載機を出せない。そのまま水雷メンバーと共に敵主力艦隊の撃滅に向かって』

『『了解!』』

『瑞鳳、出番よ! 艦載機を出して、敵主力艦隊の戦力を削ぎなさい! 全弾撃ち尽して構わないわ!』

『了解! 第一機動艦隊づ……じゃなかった、瑞鳳、全攻撃隊、発艦!』

 今度はづほが艦載機を放つ。みんな、すごい……

『着弾を確認! 敵戦艦二隻及び重巡洋艦一隻を小破! 敵駆逐艦一隻の中破を確認!』

『十分よ! さあ、金剛、榛名、みんなも! あとは任せたからね!』

『了解ネ!』

『はい! 榛名でよければお相手しましょう!』

『やった~、待ちに待った夜戦――』

『川内ちゃ~ん、今は夜戦じゃないわよ~』

『みんなの背中は、わたしが守ります!』

 たたみかけるように、第二主力部隊の面々が交戦に入る。

 金剛と榛名が徹甲弾を。水雷メンバーが魚雷の雨を降らせる。

 制空権を取られたことで完全に崩れた敵連合艦隊は、その攻撃を防ぐことができず、次々とこちらの攻撃を浴びていく。

 すごい。最初から最後に至るまで、見事な多重波状攻撃。

 無謀のように見えて、その実、完全に相手の攻め方を読みきっていなければできない戦術。

 おそらくこれは、ずっと加賀と共に戦ってきた瑞鶴にしか立てられない作戦だろう。

 全く、大したものね。

『ヘイ、瑞鶴! こちら、金剛ネ! 全弾命中! 敵の被害は甚大ネ!』

『よくやってくれたわ! アタシ達の勝ち――』

『瑞鶴さん!』

 そこに突然、づほの叫び声は響く。

 えっ? 何?

 

 

 

▲▲▲

 

 金剛からの報告を受けたアタシは、ホッと胸を撫で下ろした。

 よかった。みんなをちゃんと守ることができた。

 何よりも先にアタシの胸を満たしたのは、勝利の喜びよりも安堵。

 そっか。アタシ、ちゃんと守れたんだ。

「瑞鶴さん!」

 いきなりの瑞鳳の叫びで、アタシは慌てて我に返る。

 すると左から……

「北上!」

 コイツ、一人だけ回りこんでいたか。誰か、随伴艦――

 そうだ! 第一機動部隊の随伴艦は、みんな突撃させたんだ。

 つまり今、アタシ達を守る護衛艦はいない。

「クッ!」

 北上が魚雷を構える。

 クソッ! 今からじゃ、助けを呼んでも間に合わない!

 北上の魚雷を構える速度が、やけにゆっくりと見える。

 狙いはアタシ……じゃない! 瑞鳳だ!

 今、あの子を失うわけには……

 瑞鳳は驚きで動けない。チッ!

 北上が魚雷を放つ。

 アタシは、飛行甲板を盾にして瑞鳳の前に立つ。

「うぐっ!」

 衝撃と爆音が体を叩く。

「瑞鶴さん!」

「瑞鳳! 逃げなさい!」

 叫ぶ瑞鳳にアタシも叫ぶ。

「でも……」

「いいから! 今、アンタを失うわけには行かないわ! アタシが時間を稼ぐから、アンタは大和達と合流しなさい!」

「でも、置いてなんかいけません!」

「それでも行くの! このままじゃ二人とも死ぬわ! いいから行って!」

「ッ!」

 アタシの怒声に、瑞鳳が唇を噛み締めて背を向ける。よかった。

 さて、問題はどうやってコイツの足止めをするかだ。

 矢は切れてるし、あったとしても飛行甲板はボロボロ。

 しょうがない。何とか組み付いて動きを止めるしかないか。

 全く、アウトレンジで決めるのが信条のこのアタシが、まさかインファイトをすることになるとはね。

 しっかし、まさかこのアタシが味方を守って時間稼ぎとは……

 でも、アタシを守ってくれた加賀さんや翔鶴姉の気持ち、今なら少し分かる気がする。

 まあ、あとはあのクソ提督がうまくやるでしょ。

 北上が再度アタシに魚雷を構える。

 さて、それじゃあ――

「北上さん!」

 弓を投げて隙を作ろうとしたちょうどその時、魚雷を放とうとしていた北上に誰かが抱きついた。

「へっ?」

 アタシは思わず間の抜けた声を上げる。あれっ? 何で大井がここにいるの?

「北上さん! 会いたかった! 北上さん!」

 大井は、白い顔で無表情を貫く北上に抱きつき、そのほっぺたに口付けの雨を降らせる。

 え~と、この状況、どうしたらいいのかな?

 キーン!

「ッ!」

 その時、アタシの耳に不可解な音(のようなもの)が響いた。

 それはとても耳障りで、心が掻き毟られるかのような、そんな音。

 それを聞いた北上が、大井をひっぺがして去っていく。

『瑞鶴さん! 敵が撤退していきます! 追撃を?』

「いいえ、大和。追撃はいいわ。下手に追撃して他の深海棲艦と鉢合わせしても面倒だし、何より今のアタシ達にそこまでの余裕はない……でしょ?」

『了解しました。そちらに合流します』

 やれやれ、複雑な気分ではあるけど、とりあえず何とかな――

「北上さん! 待って!」

 ってなかったみたい。大井が北上のあとを追おうとしてる。

 ったく、あの馬鹿……

 

▲▲▲

 

 

 

 北上の奇襲と大井の乱入を、私はただ呆然と見ていることしかできなかった。

 しかし、それも何とか切り抜けたようで……

『北上さん! 待って!』

 と思った矢先、大井が、そう叫んで北上のあとを追おうとする。

 マズイ! 早く止めないと、あの馬鹿、ほんとに行きかねない。

 私は、急ぎ大井に付いている妖精ちゃんへとリンクを――

『大井! 待ちなさい!』

 大声が響いた。その声に驚いて、大井が足を止める。

 そして、射抜くような眼差しで、声を出した瑞鶴を睨み付けた。

『何よ! 邪魔する気?』

『そうよ! 戦闘はこれで終わり。追撃はなし。そう言ったはずよ』

『フン! そんな命令、聞いてやる義理はないわ』

『何寝言言ってんの? この連合艦隊の旗艦はアタシよ。義理があろうとあるまいと、命令には従ってもらうわ。第一アンタ、北上を追っていってどうすんの? ロクに魚雷も積んでないくせに』

『フン。わたしは北上さんに会いに行くだけよ。戦いに行くわけじゃないわ』

『会ってどうすんの?』

『決まってるじゃない! 連れ戻すのよ!』

『それができないことくらい、分かってるはずでしょ?』

『ウルサイ! 誰が何と言おうと、わたしは北上さんに会いに行く!』

『フウ。あの子達の顔、アンタも見たでしょ? もう……あの子達は死んだの。アタシ達のことなんて分からないのよ』

 瑞鶴が拳を握りしめて呻く。

『……黙りなさい。やってみなきゃ分からないでしょ』

『……死ぬわよ』

『構うもんですか! 北上さんのいない世界で生きていくのだって、わたしにとっては死んでるのと同じよ!』

『ッ!』

 瑞鶴から、一瞬だけ怒気に満ちた空気が漏れる。

 引っ叩こうとしたのを、何とか我慢したような感じ。

 合流してきたみんなも、固唾を呑んで状況を見守っている。

『……ふ~ん。あっそ。じゃあ、アンタはこのまま愛する北上さんのあとを追って死にたいわけね?』

『そうよ! わたしと北上さんはずっと一緒よ!』

『で、アンタもめでたく深海棲艦の仲間入りを果たすと?』

『そうよ! 北上さんと一緒にいられるなら、深海棲艦にでも何でもなってやるわ!』

『ふ~ん……』

 瑞鶴が冷ややかな声で呟く。

『じゃあ、仇はどうすんの?』

『!』

 大井の顔に焦りが走った。

『北上をあんなにした仇はどうすんの?』

『そ、それは……、そ、そんなの、北上さんと一緒にいられればどうでも……』

『へえ~、あれだけ殺したい殺したい言ってた奴を許すんだ。ふ~ん』

『な、何よ? アンタには関係ないでしょ!』

『そうね。確かにアタシには関係ない。けどね……』

 そこで瑞鶴は言葉を切る。

『アンタ、一つ忘れてるみたいだけど、深海棲艦になるってことは、アタシ達の敵になるってことよ』

『それが何? そんなの百も承知――』

『じゃあアンタ、瑞鳳が撃てるのね?』

『ッ!』

 瑞鶴の言葉に、大井が言葉を失う。

『アンタは、瑞鳳も殺して道連れにするわけね?』

『…………』

 大井が完全に黙り込む。

『まあ正直、アタシ個人の意見としては、アンタが北上のあとを追ってくたばろうと深海棲艦になろうとどうでもいいの。ただ、今のアンタは、この艦隊唯一の重雷装巡洋艦。つまり今の艦隊としては、アンタを失うわけにはいかないの』

『…………』

『だから、再度命令するわ、大井。追撃はなしで、隠れ家に帰投する。アンタのお気に入りである瑞鳳と撃ち合いたくなければね。これだけ言っても分からないなら、どうぞご自由に。もうアタシに、アンタを止める方法はないわ』

 そう言って、瑞鶴が自分の胸にあるお守りを手に取る。

『提督、聞こえてるわよね?』

「……ええ」

『あっ! 有希乃と通信繋がったの?』

 私と瑞鶴の会話にづほが割って入る。

『有希乃、そっちは大丈夫なの?』

『瑞鳳、心配しなくても大丈夫よ。でしょ?』

 づほの質問に答えたのは、私ではなく瑞鶴だった。

 な、何で通信が繋がってるって分かったんだろう?

 ていうか、何故自信満々でこちらが無事だと言えるのかしら。

「え、ええ。まあね……」

『任務完了。連合艦隊、帰投します!』

「……了解」

 少しモヤモヤしながらも了承する私。

 瑞鶴の言葉で、みんなが隠れ家に向けて針路を取る。

 大井にリンクを切り換えた。

 ……良かった。みんなに付いていってる。

 でも、驚いた。

 この一戦、完全に瑞鶴がみんなをまとめていた。

 一人も欠けずにみんなを帰ってこさせるなんて息巻いてたけど……

今回は私、全部出番取られちゃった。

 

「お疲れ様」

 総力戦から数時間後、私は守備隊の任に就いていた艦娘達と共に、帰ってきたみんなを迎えた。

 みんな、少し誇らしげな、そして、どこか晴れやかな表情で帰ってくる。

「有希乃!」

 艤装を外したづほが、真っ直ぐに私に飛びついてくる。

 私は、そんなづほを力強く抱きしめた。

「ごめんね、有希乃! ごめんね!」

 づほが涙声で何度も謝ってくる。

 私はそんなづほの頭を何度も撫でた。

「何言ってんの。今回の件に関しては、アンタは何も悪くないって言ったでしょ? 無事で本当によかった。よく頑張ったわね」

「ぐすっ……うん」

「ア~! 瑞鳳ばっかりズルイネ~! ワタシだって有希乃にナデナデしてもらいたいデース!」

「あの……榛名も……」

「はいはい。二人とも、よくやってくれたわ。えらいえらい」

 私は、詰め寄ってきた金剛と榛名の頭も撫でる。

「フフーン。当然ネ。ワタシ達、高速戦艦姉妹は無敵デース!」

「はいはい。羽黒もよく頑張ってくれたわね」

「はい。ありがとうございます」

「大和も、本当によくやってくれたわ」

「いいえ。わたしは大したことはしていません。今回、わたし達が勝てたのは瑞鶴さんのおかげです」

「そう……」

「ところで有希乃さん、今回の作戦の指示がありませんでしたが、何かあったのですか?」

「そうだ!」

 ずっと抱きついていたづほが、気付いたように私の顔を覗き込む。

「有希乃! 何かあったの? づほ、隠れ家に何かあったんじゃないかって、すっごく心配したんだから!」

 私はポリポリと頬を掻いた。え~と、何て言い訳しようかな。

「いや~、ほんとにゴメンね。実はさ、もうみんな知ってるとは思うけど、どっかのおバカな重雷装巡洋艦が勝手に隠れ家を飛び出しちゃってさ。大変だったのよ」

『あ~』

 全員から納得したような声が返る。

「でもまあ、瑞鶴がうまく指揮してくれて助かったわ。みんなも本当にお疲れ様。とりあえず報告書は後回しでいいから、補給を終えたらゆっくり休んで」

 みんなは私の言葉に頷き、続々と食堂へと向かっていく。

 怪我らしい怪我をした子は一人もいない。

 みんな、本当に頑張ってくれたわ。めでたしめでたし……と、言いたいところなんだけど――

「大井、ちょっと待ちなさい!」

「ギクッ!」

 そのまま何食わぬ顔で食堂へ向かおうとしていた大井を、私は冷たく呼び止める。

「何か勘違いしているようだけど、『よく頑張ってくれたメンバー』の中にアンタは入ってないわ」

「……チッ!」

「『チッ!』って言いたいのは私の方よ! 独断出撃に命令無視、覚悟はできてるんでしょうね?」

 私の冷たい言葉に、食堂へ向かおうとしていたみんなの足が止まる。

「……フン。何よ? 銃殺にでも何でもすればいいわ」

「そ~んなことできない状況なのは、アンタが一番よく分かってるでしょうが。っていうか、半分自殺志願者のアンタにそんなご褒美あげるわけないじゃない。かといって、営倉行きにして、戦闘の時に役に立たなくなっても困るしね。だから、そんなアンタにスペシャルなお仕置きを用意したわ」

「フン。言ってみなさいよ。言っとくけど、この重雷装巡洋艦大井さんは並大抵のことじゃ――」

「アンタ、これから一週間、づほの半径十メートル以内に立ち入り禁止」

 ピシッ!

 大井の不敵な顔にヒビが入る。

「……フ、フン。そんなのこのわたしが守るとでも――」

「言っとくけど、このお仕置きは、破る度に期間延長、プラスどんどんレベルアップしていくわ。一度破ったら、それから二週間、づほは私と二人っきりで入浴。その次破ったら、それから四週間、づほは私と二人っきりで就寝。といった具合にね」

「ぐはっ!」

 大井が、女の子とは思えぬ叫び声を上げる。

「ア、アナタ、わたしのづほちゃんに――」

「アンタが! ちゃんと! お仕置きを! 受ければ! 済む話よ。言っとくけど、みんなにも随時見張らせておくからね」

「ぐぬぬ……」

「アンタにはこういったお仕置きが一番効くでしょ? これに懲りたら、今回みたいな馬鹿な真似は二度としないことね」

「…………」

 大井がものすんごい表情で私を睨む。

「いつまでも睨んでないで、さっさと行きなさい。ほら、みんなも。雷と電が、前に鎮守府のカレー大会で優勝した時に作ったとかいう第六駆逐隊特製カレーを作って待ってるわよ」

 それを聞いたみんなが、次々と食堂へと向かう。

 そして……

「お帰りなさい、瑞鶴」

 最後に瑞鶴が帰ってきた。

「……フン」

 声をかけた私に、瑞鶴がプイとそっぽを向く。

「報告書はあとでいいから、アンタもみんなと補給を済ませて、ゆっくり休んで。それと、翔鶴が意識を取り戻したわ。先に顔を見たければどうぞ」

「……あっそ」

 艤装を外した瑞鶴が、不機嫌そうな顔で、私の横を通り過ぎようとする。

「……何で指揮しなかったの?」

 と思ったら、私のすぐ横で止まり、そんなことを尋ねてきた。

「……みんなにも言ったけど、大井が勝手に飛び出しちゃって大変だったのよ」

「……フン。でも、戦闘が始まる前には、もう通信を繋いでたんでしょ? アタシにね」

「! 気付いてたの?」

「当然よ。繋ぐ側のアンタは知らないだろうけど、アンタが通信を繋いでる時は、どういうわけかこのお守りが光るの」

「…………」

「戦闘開始前になってもアンタが何も言ってこなかった時、アタシは二つの可能性を考えたわ。一つは、隠れ家に敵の襲撃があった場合。でも、その場合は少なくとも、アンタなら何か言ってくるでしょ? でも、言ってはこなかった。アタシ達を呼び戻すほどの敵ではなかったからとも推測できるけど、もしそうなら守備隊の指揮を執っているはずだから、このお守りは光っていない。そして、アンタが今言った大井の件、もし戦闘開始時にまで大井ともめていたのなら、少なくとも通信は大井と繋がっていたはずでしょ? 敵襲の件と大井の件、両方に言えることだけど、アンタの不思議な通信は、同時に二人と繋ぐことはできないみたいだしね」

「…………」

 平静を装いつつも、私は内心で舌を巻いていた。

 あ、あの瑞鶴がここまで冷静に状況を分析してるなんて……

「つまり結論として、どういうわけかアンタは『指揮できる状況であったにも関わらず、指揮をしなかった』と結論付けられるわけ。何か反論は?」

「……ないわ」

「まあ、大井のことを伝えなかったのは、あの状況で無用な混乱を招かないためと考えれば仕方ないかもね」

「…………」

「でも、指揮を執らなかった理由だけは、どうしても気になってね」

「…………」

「もう一度聞くわ。どうして指揮をしなかったの? 大和のおかげで、みんな、アタシが指揮をすることに納得してくれたけど、下手をすれば戦闘前に内部分裂してたわよ」

「……そうね~」

 そこで私は、ちょっと感慨に耽る。

 ほんと、成長したもんだわ。

「あの時のアンタになら、任せても大丈夫だと思ったから……かしらね」

「!」

「そして実際、アンタは私の予想を上回る戦果をもたらした。おそらく、私が指揮を執った場合を上回るほどの戦果をね」

「…………」

「本当によくやってくれたわ。勲章でもほしい? 多分、提督室にいくつかあると思うけど」

「……フン。そんなガラクタのために戦ったんじゃないわよ」

「そう。でも多分、少し前のアンタならそうは言わなかったわ。そんなアンタだから、私は指揮を任せたの。間違ってなかったでしょ?」

「……その何もかもお見通しみたいな態度、ほんとムカつく。気に入らないわ」

「へえ、そう。別に私は、アンタに気に入られたいわけじゃないからね」

「その妙に上から目線の物言いもムカつく。やっぱりアタシ、アンタなんか大ッキライ!」

「あっそ。私は別に、アンタに好かれたくて提督してるわけじゃないし。っていうか、実際私の方が上よ」

「……フン。気分悪い。もう行くわ」

「はいはい。お疲れ様」

 そう言って、瑞鶴が不機嫌そうに去っていく。

「……ありがと」

 しかしその去り際、瑞鶴がポツリとそう呟いた。

 やれやれ、ツンデレの相手は大変だわ。

 

 

 

「……フウ」

 高雄にまとめてもらった、資材の残量とみんなの現在状態のデータに一通り目を通して、私は一息吐いた。

 正直言って、超しんどい。

 ゲームじゃポチポチクリックするだけなのに、実際に提督するとなったら……フウ、って感じ。

 でも、それはそうだ。意外だったのは、頭に超が付くほどのめんどくさがりであるこの私が、淡々とその仕事をこなしているってこと。

 記憶がまだ戻ってないから、私が何者でどんな仕事に就いていた(ひょっとしたら学生かもしれないけど)かは分からないけど、どうやらデスクワークが苦手ってことはないみたい。

 しっかし、私ってば、何をこんなに真剣になってるんだか。

 ほんとに正直、超意外。

 今では責任感というか義務感みたいな感情まで湧いてきちゃってるし。

 けど、悪い気分じゃないのよね。

 それに、必死になって生きようとしているあの子達を見てると……コンコン!

 控えめなノック音が私の思考を中断する。誰だろ?

「どうぞ」

 と声をかけたものの、入ってくる気配はない。はて……

「開いてるよ」

 …………

 再度声にも反応なし。誰よ、まったく。

 私は若干の苛立ちを覚えながらドアを開いた。

「あれ? 瑞鶴?」

 目の前に立っていたのは瑞鶴だった。

 可愛いワンコのプリントされたパジャマに身を包んだ瑞鶴が、少し怯えたように上目遣いで私の目の前に立っている。

「どしたの? こんな時間に」

 そう尋ねたものの反応なし。

 しかし、いつまでも無言のままだとはっきり言って間がもたない。

「ねえ、瑞――」

「あ、あの!」

 再び呼びかけようとした時、ようやく瑞鶴が反応した。

「あ、あああ、あの……」

 しかし、『あ』か『の』の文字を不規則に並べるだけで、あとはもじもじ。電ちゃんかアンタは。

 ちょっとキャラが崩壊気味の瑞鶴に、私がどう反応すればいいものか迷っていると、瑞鶴がいきなり何かを思いついたように顔を上げた。

「こ、これからの方針について聞いておこうと思って」

「嘘吐け!」

 私は思わず瑞鶴の頭にチョップする。

 モロに食らった瑞鶴は、そのまま涙目でしゃがみこんだ。

「いった~! 何すんのよ!」

「それはこっちの台詞。アンタこそ何しにきたのよ」

「だ、だから、今後のほうし――」

「はいはい。それはもういいから。用がないならさっさと寝なさい。私も今日はもう休――」

 ハシッ!

 そう言って、ドアを閉めようとした私の服の裾を瑞鶴が掴む。

 まるで、子供が母親の服の裾を掴むかのように。

「あ、あの……」

「だから何よ?」

「きょ、今日の仕事はもう終わったの?」

「えっ? ええ、まあ」

「じゃ、じゃじゃじゃじゃあさ、今日、一緒に寝ちゃダメ?」

「はあ? 何子供みたいなこと言ってんの。アンタ、頭でも打ったんじゃないでしょうね?」

「ち、違うもん……」

 瑞鶴が尻すぼみに小さな声で呟いた。

「ったく。翔鶴はどうしたのよ? 同室でしょうが」

「……翔鶴姉は……まだおフロだもん」

「ああ……」

 そうだった。意識が戻っただけで、まだ入渠中だったっけ。

「アンタ、まさかとは思うけど……一人で寝られないんじゃないでしょうね?」

「ギクッ!」

 瑞鶴の肩が飛び上がる。おいおい。

「やれやれ。普段はあれだけ大人ぶってるくせに、一人じゃ寝られないって……」

「…………」

 嫌味の一つも言ってやろうと思ったけど、普段からは想像もできないほどしおらしい顔をしている瑞鶴に、私は二の句を告げなかった。

「あ、あの……やっぱりダメ……だよね?」

「うっ!」

 コ、コイツ、ちょっと可愛いじゃない。不覚にも、今、ドキッとしてしまったわ。

「しょ、しょうがないわね。入りなさいよ」

「あっ♪ うん♪」

 私の言葉を聞いた瑞鶴は、嬉しそうな顔で(きっと尻尾でも生えていたら、千切れんばかりに振りまくってるような様子で)提督室に入ってきた。

 

「ねえ、有希乃……」

「何よ?」

 セミダブルサイズのベッドに、瑞鶴と二人並んで眠る。

 そんな時、瑞鶴がもそもそと身じろぎしながら、私に話しかけてきた。

 いつの間にか、呼び名が有希乃に変わってるし。まあいいけど。

「もうちょっとくっついていい?」

 そう言うやいなや、許可も取らずに擦り寄ってくる。

 甘いフローラルな香りが、私の鼻腔をくすぐった。

「……やれやれ。他のみんなにはこんなところ見せられないわね」

「うっ! そ、その……他の子達には内緒にして」

「言えないっての。ったく、翔鶴の苦労が分かるわ」

「ご、ごめん……」

 だ~か~ら~、そういうしおらしい態度やめてよ。調子狂うじゃない。

「まあいいわ。今日だけだからね」

「えっ! 今日だけ……?」

 瑞鶴がこの世の終わりみたいな顔をする。

「……ヤダ」

 そして、私を放すまいと腕にしがみついてきた。

 捨てられた子犬みたいなその仕草は、正直、私に拒否という選択肢を取らせないには十分で……

「ハア~。しょうがない。翔鶴が戻るまでだからね」

「……うん♪」

 腕にしがみつく力が少しだけ緩む。

「あのさ、有希乃……」

「今度は何?」

「あの……ありがと」

「! ……フン。別にいいわよ」

 素直なお礼の言葉に、私はそう言ってそっぽを向くことしかできなかった。

 ほっぺたが妙に熱い。部屋が暗くて助かったわ。

「有希乃ってさ、いい匂いがするね。翔鶴姉とおんなじ、優しい匂い……」

「……いい匂いがするのはアンタでしょうが。ほら、今日はもうどこにも行かないから、さっさと寝なさい」

「うん。お休み、有希乃」

「……お休み」

 瑞鶴が、すぐに安らかな寝息を立て始める。

 その気持ち良さそうな寝顔に私も眠気をつられ、気が付くと眠りについていた。

 

 

 

「……とく。提督」

 んっ? 誰?

 私は、その呼び声で目を覚ます。

「提督、おはようございます」

 目を開けた先にいたのは翔鶴だった。

「翔鶴、もういいの?」

「ええ。この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」

「別に、元気ならそれでいいわ」

 そう言って、私は体を起こ……せなかった。

 気が付くと、私の片腕が瑞鶴によってガッチリとロックされ、全く体を起こせない。

 そうだった。昨日は瑞鶴と一緒に寝たんだった。

 その光景を見た翔鶴がおかしそうに笑う。

「あらあら。わたしのいない間にすっかり仲良くなって。少し妬けてしまいますね。ウフフ……」

「何を馬鹿なことを……瑞鶴、アンタもいい加減起きな――」

「ムニャ……ダメェ。有希乃、行っちゃヤダァ……ニャムニャム」

「あらあら、ウフフ……」

 楽しそうに微笑む翔鶴に、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

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