人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
紅い光が瞬くと共にアーチャーがヒズミの目の前に出現する。
与えられた役目は目の前の魔術師を迅速に始末すること。
故に純血の狩人と呼ばれたアタランテは弓ではなく蹴撃を放つ。
それは誰よりも疾いといわれた健脚による回し蹴り。サーヴァントならばいざ知らず、生身の人間ならば一撃で殺傷して余りある。
規格外の俊足から繰り出される一撃を以て始末すること、それが常に最善の行動を求められる戦いの場で下された彼女の合理的な判断であり――――
同時に致命的なミスでもあった。
「―――馬鹿が」
気付けばアタランテの右足が宙を舞っていた。
遅れてそれが蹴りに使った脚だと思いだし、それが剣を振り抜いた形で静止している魔術師の仕業だと知った。そして本来有り得ない光景を、狂化を付与され鈍くなった思考で理解した時には全てが手遅れだった。
身体を支えていた残りの脚を膝から踏み砕くようにしてへし折られ、地面に倒れた所を反撃出来ない様に弓を持った手を踏み潰される。
あまりに一方的な蹂躙を行われた彼女が最後に見た物は、冷たい目で剣を振り下ろす男の姿だった。
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ビシャリと血が飛び散り地面を赤く染める。
首を失ったサーヴァントは何も成す事もできず呆気なく光の粒子となって消え去った。
刀を抜いた時点で魔術礼装『陰鉄』の強化は既に始まっている。規格外の身体能力と英雄すら追い抜く思考速度をもって不意を討てれば騎士王とも戦える事はすでに証明済み。遠距離専門のアーチャークラスならば追い込む事も容易い用だった。
「······え?」
竜の魔女が間の抜けた声を漏らす。
当然だろう。一級といって差し支えのないサーヴァントがただの魔術師ごときに一瞬で葬られたのだから。
「で、次はどうする?」
俺の問い掛けでようやく我に返ったのか、竜の魔女が慌てて次の行動を取ろうとする。
「来なさ―――!?」
「遅い」
即座に距離を詰め、竜の魔女に拳を叩き込み黙らせる。別のサーヴァントを呼ぼうとしたのだろうが、声に出さなければ使えない令呪など、拳一つで妨害できる。
竜の魔女を黙らせていると後ろの街の方向で光の柱が立ち上る。
どうやら藤丸達も巨大海魔の始末に成功したようだ。しばらくは残った海魔達の処理に時間を掛けるかもしれないがそのうち戻ってくるだろう。
「さて、時間が空いたからお話でもしようか。余計な事しなけりゃ殺さないから安心していいぜ」
「ガァ!?」
座り込んだままの竜の魔女の太股に剣を突き刺し縫い付ける。痛みで叫び声を上げているが無視して話を進める。
「お前はアーチャーじゃなくバーサーカーを喚ぶべきだったな。まあサーヴァント達を完全に制御できているわけでも無さそうだし従順な方を選んだんだろうが」
「黙りな·····グッ!?」
「嫌だね。俺はお前の為に教えてやってるんだから有り難く聞いとけよ」
剣を揺らして傷口を抉られ、出そうになる声を必死に押さえようとしている魔女を無感動に眺めながら言葉を繰る。
「なあ、お前ってジャンヌ・ダルクだよな」
「………はぁ?」
何をいっているんだとでも言いたげに、竜の魔女がこちらを睨みつけるが軽く流す。
「まあ聞けよ、お前は自分を見捨てて火炙りにしたフランスに復讐をしようってわけだ」
フランスに対する報復と己の罪深い行為による神の不在証明が竜の魔女の目的だったはずだ。
だいたい的を射ているのか竜の魔女は否定しない。
「でもさぁ、それっておかしくない?」
「……なんですって?」
「だって常識的に見れば神の声聞いたって叫んだ女なんて頭おかしいし、時代を考えれば魔女扱いされて火炙りが妥当だろ。当時のジャンヌだって少なくとも火炙りにされる覚悟くらいはあったはずだ」
「黙れ……ッ‼︎ たった一人の少女を利用した挙句、自分の都合で捨てたフランスに存在価値などない!」
脚を貫かれた痛みすら忘れて竜の魔女は怒りを吐き出すように怒鳴る。
それを俺は静かに聞いていた。
「私を貶めた全てに復讐するためにジャンヌ・ダルクは竜の魔女に生き返った! 私にはフランスを滅ぼすだけの資格がある!」
「そこだよ、おかしいのは。お前は本物のジャンヌ・ダルクじゃないだろ」
竜の魔女が絶句した。
当然だろう。己の行いを否定されているのかと思えば、存在そのものを疑われているのだ。動揺しないほうがおかしい。
「何を言ってーーー」
「思い当たる節はあったんだよ。本物のジャンヌがいた時、お前はずっとだまっていたな。 あれはボロが出るのをいやがったからだろ?」
「あれは……まだ恨んでいない頃の私が……気に食わなくて……」
「本当に? 自分が偽物なのを認めたくなかっただからじゃなくて? 記憶はあるのか? 自分が過ごした村の思い出も? 一緒に遊んだ友人達の名前は?」
話しながら竜の魔女の耳元まで顔を近付ける。
腕を振るえば俺の頭を容易く砕けるにも関わらずそうしない、そうするだけの心の余裕がない。
ぶつぶつと呟きながら自分の手を見つめている彼女の足から剣を引き抜いておく。
「実は俺、このフランスと似たような用事で聖杯を握ったことがあってな。聖杯の出来ることと出来ないことは大体分かってるんだ。その出来ない事に興味深いものがあってなーーー」
「ジャンヌゥ! その男の言葉に耳を傾けてはなりません!」
「ジル……?」
唐突に、 森の端から現れたジル・ドレが叫び声をあげた。
立香達の攻撃から命からがら逃げてきたのだろう。独特の衣装の端々が焦げ付いていた。
子供のようにへたり込み、ぼんやりと虚空を眺めていた竜の魔女が顔を上げる。
だがもう遅い。今この状況でジル・ドレが現れたところで状況は何も変わらない。
「聖杯は死んだ人間を生き返らせる事は出来ないんだと。………ああ、それに近い偽者を作る事は出来るらしいけどな?」
「黙れェェエエエ‼︎ この匹夫めがァァアアアア‼︎」
ジル・ドレが怒鳴るが、それは図星でしたと言っているようなものだ。そこで平静を保てれば幾らでも竜の魔女は持ち直せただろうに。
「ん? そういえばジャンヌを見捨てたフランスを恨んでいる人間って何処かにいたよな。いやー! 一体何ドレさんなんだろうな?」
「き、貴様ァァァァアアアア!!」
「まあ俺が何を言いたいかって、復讐してるのが本物じゃないなら、
何かが壊れる音がした気がした。
座り込んだままの竜の魔女からは目の光が失われ、頰には一筋の涙が伝っていた。
「あ、ああ、……ああ…ジャンヌゥ……」
「んで、竜の魔女が真実を知ることを恐れて釣られて出てきた訳だが……。次はどうする?」
「この匹夫めがぁぁぁァァアアアア‼︎ 貴様には四肢を引き裂いてこの世の苦しみを全てーーー」
狂った軍師は唐突に、沖田に首を跳ね飛ばされた。
頭部を失った身体はあっけなく崩れ落ち、光の粒子に包まれて消え去った。
警戒をしていたようだが、解っていても対処が難しいのが縮地という技術だ。キャスタークラスなら尚更だ。
海魔を連れてきていれば話は違っただろうが、単身できたという事はそれだけ焦っていたのだろう。
まあ特異点の元凶は消えた。
しばらくすれば歴史の修正が始まってカルデアに戻る事になるだろう。
「お疲れ様、沖田。今回もよくやってくれた」
「はい……ありがとうございます」
歩いて戻ってきた沖田に近付いて労いの言葉をかけるが、彼女の表情は曇ったままだ。
「? どうかしたのか?」
「いえ……、ただ彼女があのままでいいのか気になって」
沖田の視線の先には竜の魔女が座っていた。身体が透けるように薄れている所を見ると、消える寸前という所だろうか。
聖杯が核にあるからか消えるのがゆっくりだが、しばらく待てば勝手に消えるだろうし、別に何も問題はないのだがーーー
少し考えて竜の魔女に声を掛ける。
「なぁ」
「……何よ」
「人を殺した事を後悔してるのか?」
「……なんであんたの質問に答えないといけないのよ」
「いやまあそうなんだけどさ」
何と無く気になっただけだ。
答えこそなかったが、もう人を襲わなさそうなので隣に座る事にした。
無論、陰鉄の柄を握りしめて自己強化をしてからだが。
超化した身体能力と思考速度と反射神経があれば、いきなり殴りかかられても対処できるはずだ。
「全く価値のない人間なんてあんまりいないし、思い込みで間違いをやっちゃうことなんてよくあるし気にするなよ」
「……あんた、さっきと言ってることが真逆よ」
「今はフォローしてるんだよ。なんで敵だった時に優しくしなきゃならねぇんだよ」
「私は今も敵ですけど?」
「……あっそう」
しばらくの間、沈黙が支配する。ていうかマジで俺は何してるんだろうか、命のリスクを背負った上で陰鉄の過剰強化で痛いのと苦しいのを我慢しながら敵のサーヴァントと対話とかマゾ過ぎる。
でもまあ少し言いすぎたなと思ったのも確かだ。
「まあ最初から価値のある人間なんていないんだ。存在価値とかはこれから作っていけばいいんじゃねぇの? こんだけでかい事やらかしたんだ、英霊の座にも登録されてるだろうし」
竜の魔女は答えない。
だが、ジッと静かにこちらの方を見て、俺の話を聞いていてはいるようだった。
「普通の人間と違って聖杯戦争とかで召喚されれば上手いことやれるかもしれないしさ。今回みたいな騒動でカルデアに呼び出されることもある。だから元気だせよ」
「……元気なんて出るわけないでしょ」
「安心しろよ、甘いもん食えば元気出るんだよ、こういうのは」
陰鉄を握っていない方の手で懐に手を突っ込み板チョコを取り出し、竜の魔女に差し出す。
「何よこれ」
「チョコだよ。燃やすなよ、あと半分だけだぞ。半分割ったら俺に返せ」
俺が故郷を思い出すために隠し持っていた日本製菓だ。数に限りがある貴重な嗜好品だ。
差し出されたチョコをジッと見つめると、ひったくるようにしてチョコに齧りついた。
声を上げる暇もなく一瞬で平らげるとフフンと鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
「まあまあの味ね」
「テメェ、俺のチョコを……」
「ハッ! あんたのその顔を見たら満足したわ。じゃあね」
吐き捨てるようにそういうと、竜の魔女は消え去った。後に残されたのは魔術王の産物である偽聖杯だけだった。
「なんだあいつ……」
ボリボリと頭を掻きながら聖杯を拾い上げる。
よくわからないが、笑って消えていったので思い残すことはなかったのだろう。まあ良かったのでは無いだろうか。
納得がいって、満足ができて死んだのであれば、それは悪くないものだろうから。
「ヒズミさーん‼︎」
立香達が呼ぶ声が聞こえる。
元気な声が聞こえているあたり、特に問題なく海魔を討伐したか。このまま立派な一流マスターになる事を願いたい。
あんまり心配はしていないが。
「はーい、今行く」
声の聞こえる方向に歩き出す。
何はともあれ無事に特異点を攻略できたのは確かだ。
残りは6つ、まだ先は長いが全力で生き残る努力をしよう。
そうでなくては意味がない。
死を経験した俺にとって、生きることこそが最大の喜びなのだから。