人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
邪悪な視点
目の前で燃える炎に薪をくべる。
投げ込まれた木切れは、勢いよく燃える赤に舐めるようにして呑み込まれた。
ジリジリとした熱を感じながら、文庫本のページを静かにめくる音が聞こえる。
時折り、炎の中の木々が弾ける音が静寂の中で響く。
落ち着いた空間の中に彼女はいた。
静かな時間は好きだ。
怒りと憎しみ、暴力と理不尽から生まれた存在とは言え。否、そんな存在だからこそ緩やかに時が流れる瞬間は貴重なものだと思う。
だが彼女は、ジャンヌ・オルタは今この瞬間が気に入らなかった。
というか全部気に入らなかった。
レフとかいう魔術師がいる本拠地に殴り込むのを辞退して、離れた位置で待機するのが気に入らない。
自分の呪炎を火種がわりに火起こしをさせられたのも気に入らないし、隣で本を読むマスターも、その隣で興味深そうに覗き込む桜色の少女剣士も、なんか気に入らなかった。
「ファー、ねっむ」
「あっ閉じないでくださいよヒズミさん。今いいところでしたのに」
「なんか近いと思ったら読んでたのか……、しょうがねぇなぁ、今度このラノベを貸してやるよ」
「あーそこまで興味はないのでいいです」
「ああ、そう………」
「チッ!」
思わず舌打ちをしてしまう。
どうでもいいはずなのに、気にするほどの事でも無い事柄すら気にくわない。そんな事に反応する自分にイライラする。
何よりめんどくさい。自分がこんな反応をすればあいつが放って置くはずがない。
「おいおい、どうしたんだよ。そんなにローマ連合に殴り込みたかったのか?」
「煩いわね、マスターには関係ないでしょう。あっち行きなさいよ」
「と思うじゃろ? けど一応マスターだから関係あるんだよなぁ」
何度も突き放してもこれだ、澄ました顔で自分のサーヴァントにはしつこく絡んでくる。
「……本当に何もないから休みなさい。見張りくらいの役目はこなせます」
このローマ帝国を中心とした特異点に来てから、マスターはほとんど休んでいない。精々が短い睡眠を何度かとったくらいだ。
戦いを有利に進めるためと言いながら動き回り、藤丸立香をサポートするために各地のサーヴァントを探し回っていた。
聞けばオルレアンの時も似たように駆け回っていたらしい。
なんというか、死ねと思った。
「おいおいおい、急にどうしたんだよ。優しいな」
「別に、肝心な時に倒れられても困りますから」
今は立香達がローマ連合の城に攻め込み、ヒズミ達はその城が見える位置で待機している状態だ。
作戦に失敗したか、あるいは何か想定外の事態が起こった時、対応するために城から離れた位置にいるとヒズミが提案したのだった。
「…あっそう、じゃあちょっと寝るわ。なんかあったら起こしてくれ」
疲れている自覚はあるのだろう。
特に何かを言うわけでもなく、あっさりと隣で横になる。
寝息はすぐに聞こえて来た。
カルデアに呼ばれて、この飄々としたマスターがどういうものか掴めてきた気がする。
お人好し、ではないのだろう。この男はそういうモノとは無縁だ。裏表なく仲良くなろうとするのは藤丸 立香と呼ばれた少女で、マスターはもっと冷めきった、必要があるからするといった感じだろうか。
さっきのやりとりだってそうだ。 こちらが問題ないと言えば、それっきり。
「寝ちゃいましたね、マスター」
「……そうね」
きっとこの男は私達の事をなんとも思ってないのだろうと思った。
自分も、桜色の剣士も、呼び出された他の英霊も、カルデアの人間達も、目的を果たすための要素に過ぎないのだろう。
そう思っていたのに。
「…グッ……、うぁ、…嫌だ……!」
どうしてこんなにも寂しげに泣くのだろう。どうしてこんなにも悲しげな声を上げるのだろう。
眠るといつもこうだ。少しの間だけ小さく呻きながら、泣くのだ。
それが酷く人間臭くて、なにが本当なのかわからなくなる。
「……ねぇ、こいつってなんなの?」
マスターを眺めたまま、主を見守る桜色の剣士に聞いてみる。
「……とても優しい方ですよ。きっと今はいろんなことに必死なんだと思います」
「…そうですか」
なんとなく負けた気がして、寝静まったマスターの頭に手を置く。
「あっ」という声を無視してゆっくりと頭を撫でつけようとしてーーーー
「んぁ? なんかあったのか?」
マスターが目を覚ました。
眠そうな目をこすりながら、じっと見ている。
「……別に、なにもありませんよ」
目をそらして、ゆっくりと頭に置いていた手を退ける。
なるほど、セイバーが呻いているマスターになにもしない理由を理解した。触ると直ぐに目を覚ますのだ。
もともと眠りが浅いのか、それとも警戒されているのかまではわからないが。
これでは休息にはならない。
「まあ、なんでもいいけどな。カルデアのベッドが恋しいぜぃ」
マスターが大きく欠伸をしていると、その後方にある巨大な城が爆発した。
七色の極光が走ったかと思うと、巨大な城塞を根こそぎと言わんばかりに消し飛ばしていった。
ようやくかとマスターが呟くと、同時に通信機が鳴り響き、Dr.ロマンの顔が映し出される。
『大変だヒズミくん! ローマ連合を倒したと同時にアルテラと呼ばれたサーヴァントが出現した! 聖杯を取り込んだままローマの都市へと接近中だ! 街を破壊されれば間違いなく特異点の修復は不可能だ!』
「なるほど、つまりどうすればいい?」
『立香くん達もアルテラを追いかけている最中だ。アルテラの進路情報を送るから追いつくまでの足止めをしてくれ!』
「わかった」
マスターが焚き火を踏み消し、刀を背負う。
緩まった空気はすでになく、冷めきった機械のような雰囲気へと変わっていた。
「出番だ。行けるか?」
役に立つか価値を定めるかような目、その目を見据えてとびきり邪悪に嗤い、この男の隣に立つ。
「ええ、いい加減待ちくたびれました。さっさと蹂躙してしまいましょう」
躊躇いはない。
召喚されたその瞬間から、この男に自分の力を貸すと決めたのだ。
例えどんなに救いようのない人間だったとしても。
あの日、あの場所で、目的すら失い消えゆくだけだった自分に意味を与えようと近づきーーー
ーーー初めて自分を救おうとしてくれたのだから。