人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
「新撰組一番隊隊長 沖田総司 推参。 あなたが私のマスターですか?」
「あっはい、そうです」
そんな感じで契約が完了してからの話。
沖田総司。
俺の隣で歩いているサーヴァントだ。
丈の短い装束の上に新撰組を象徴する浅葱色の羽織を着た小柄な少女。
桜セイバーとも呼ばれ、これといったストーリーが無かったにも関わらず、その可憐な容姿と健気な性格で多くのfgoプレイヤーを魅了した。
実際に俺も桜セイバーには散々お世話になっていた。
本人の望みは、最後まで戦い抜くことらしい。これには過去に持病によって新撰組の仲間たちと共に戦えずに死んだことが原因だとか。
たくあんが嫌い、甘いものは割りと好き。
知っている知識をあげるならこのくらいだろうか。
近接戦闘に優れ、ある程度のダーティープレイも許容してくれる。病弱というデメリットスキルを持つものの、とりあえず今回のラスボスであるセイバーオルタを十分に打倒できる力を持つ優秀なサーヴァントだ。
「······当たり前の事ですが、ここはもう私の知る時代では無いのですね」
ロマンに誘導され所長達の所へ移動する途中、セイバーはそんな事を呟いた。
新たな時代の礎となった新撰組に身を置いていた彼女だ。国の平和の為に戦ったにも関わらず、呼ばれて見た光景が破壊され尽くした日本の街だったのだ。
そりゃあ思うところもあるだろう。
隣を歩くセイバーはどこか物悲しい表情をしていた。
「······そうだな、ここは色々と特殊な例だけど、日本自体は穏やかなもんさ。少なくともこの国で戦争はしばらく起こっていない」
戦争は起こっていない、現在進行形で人類滅亡の危機に瀕しているが。
さらに加えて言うなら戦争が無くなることが平和に繋がるかというとそうでもない。
人という生き物は欲深いもので、一つ満たされると直ぐに別のなにかを求める。
物質的に満たされていたとしても精神的に満たされない人間が多いのだから仕方ない。
実際、俺の身の上を語るなら、薬でラリった父親にぶっ殺されてるしね!
まあそんな事を初対面の相手に語る意味もない。応答に困る会話は適当にお茶を濁すのがベストだろう。それが出来ない奴は、きっと友人もいない寂しい人間に違いない。
―――あれ、俺って友達いなくね?
そうだよ、俺ってカルデアで友達いないじゃん。ロマンともめっちゃ仲良いわけでもないし、ついさっきオペレーター嬢にも見限られた。ダヴィンチちゃんとはよく話すが、あれは脱糞野郎の物珍しさ故にって感じだった。
マシュは·········どうなんだろうか。常識的に考えれば普通にヤバい奴だとは思われているだろうけど。
脱糞の与えた影響は大きい。
カルデアで仕事以外の話をしたことが、食堂で誰かと食べたことがあっただろうか。いいや、無い。
ぶっちゃけ、かなり孤立無援に近い状況何じゃないだろうか。
これ以上考えるとメンタルがブレイクしそうなので、俺はこの悲しい現実を忘却することに決めた。
「······そうですか、それなら――嬉しいです」
一応納得のいく説明だったのか、セイバーが柔らかく微笑む。
俺の荒んだ心がちょっとだけ癒されたのでセイバーに作戦を説明しておく。
「今回の目的はこの特異点を修正することだ」
聖杯戦争が行われたこの冬木の土地で、歴史を歪めている原因を探り。可能ならばそれを排除することで目的が達成される。
ロマンからの情報によると所長達はキャスターと無事合流したらしい。
俺というイレギュラーのせいで原作解離の可能性を危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。この調子ならマシュの宝具習得イベントも上手くこなしてくれそうだ。
頃合いを見計らって大聖杯のある洞窟へと向かえば、エミヤと主人公達が戦っているタイミングで合流できるのではないだろうか。
といった事を、必要な部分だけをかいつまんでセイバーに説明する。
「なるほど、つまり残ったサーヴァント達を斬ればいいんですね」
心が底冷えするような声が、響く。
ぎょっとしてセイバーを見る。
隣で歩く彼女は、冷ややかでいて無機質な目付きをしていた。
おそらくはセイバーの人斬りとしての側面。先程までの明るい彼女との落差にどこか恐ろしいものを感じた。
「······まあそういうことだな」
ちょっと膝が笑っているが、とりあえず頷いておく。
規模はやたらとデカいが、やっていることは普通の聖杯戦争と変わらない。とにかく勝てば良いのだから。
·····その勝つのが難しいんだがな。どう考えても。
とりあえず、ロマンの誘導もあるし、所長達と出会えないということはないだろう。いまこっちに顔を出さないところを察するにキャスニキが訓練と称して暴れているのかもしれない。
「任せてくださいマスター。この人斬り、敵を斬ることだけに関してなら心得があります」
どこまでも感情の篭らない平坦な口調を聞いて、少しだけ理解する。
きっと彼女は戦うとき、人を殺す時はいつもこうしていたのだろう。
心が揺らがないように己を殺し、他者を殺す。自らの在り方を人斬りという機構として完成させ、人斬りという目的を完遂する。
それが沖田総司。
幕末を生きた少女剣士の姿。
それを否定するつもりはない。
俺が生き残ることに執着するように、セイバーにも戦うことに執着するだけの、譲れない何かがあった筈なのだから。
ただ俺は、自分を殺すその生き方を、少しだけ悲しいものだと思った。
たとえ新撰組という
俺も、心が揺らがないように己を殺し、脱糞で更に己を(社会的に)殺していた俺だから解る。
きっと、俺も悲しいから彼女も悲しい(確信)。
ぼんやりとそんなことを考えていると、腕に付けていた通信端末からモニターが現れ、ロマンの顔が映し出される。
急ぎの用件らしく、画面からは切羽詰まった声が聞こえてくる。
『ヒズミくん! 今すぐ立香くん達のいる場所へ向かってくれ! 彼らはアーチャーと交戦している!』
はえーよ、もうそんな時間かよ。
まあ正直な話、俺がいなくても話は進んでくれるんじゃないだろうかと思わないでもない。
出だしからある原作介入をしたのだが、結局新人マスター御一行はライダー、アサシン、ランサーを撃破しているのだから。
ただここで行かないと沖田の望みが叶わず不和を招くかも知れないし、カルデアでの評価が更に悪いことになるかもしれない。
行きたくない。けど行くしかない。
「了解、すぐに向かう。誘導してくれ」
セイバーの方を見る。
可愛いなぁ―――ではなく、戦意は充実しているようで、いつでも戦えそうだ。
「行きましょう、マスター」
「ああ、行こう」
短く返事を返し、ロマンの誘導に従い走り出す。
これが始めての実戦だ、戦争だ、殺し合いだ。
恐怖で身体が震える。
大丈夫だと自分に言い聞かせる。俺がしてきたことは脱糞だけじゃない。
この日ために俺は準備を重ねてきたのだ。
エミヤとアルトリアを倒し、特異点を修正し、俺はこの地獄から絶対に―――
「―――生き残ってやる」
進むごとに強くなっていく死の気配は、どこか物語の終わりを暗示しているような気がした。