もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

25 / 70
【ホラー・パロディ】弟切草 カエッテキタトモクン(エピローグ)

モテないし墓参りする

 ──二〇一一年、八月。

 

「智子っ! もう置いてくよ!?」

「待ってー、すぐ行くー」

 

 玄関のほうからお母さんの急かす声が聞こえてきたので、私は慌ててスマホをポケットに突っ込み階段をおりていく。

 

「ちゃんと酔い止め飲んだ?」

「うん、大丈夫」

 

 今年もまたこの日がやってきた。これから行く場所はくねくね道が続く山の中なので、乗り物酔いしやすい私は薬を飲まないと大変なのだ。

 我が家では毎年夏休みの時期になると家族全員で山奥にあるお墓へお参りしにいくことになっている。あれはお父さんの「本当の親のお墓」というやつらしい。この辺りのことはちょっとややこしいんだが、要するにお父さんには育ての親と産みの親とがそれぞれいるということで、つまり私の本当のおじいちゃんとおばあちゃんのお墓って訳だ。もっともこの二人には一度も会ったことがない。私が生まれるよりも前に死んだんだとか。

 急いで靴を履いた私が既にエンジンのかかっている車の助手席に乗り込めば、お父さんが狭苦しい後部座席で腕組みして待っていた。そうして玄関の鍵をかけたお母さんが運転席に戻ってきて車を動かし始める。するとたちまち「ゴンゲ~」と間抜けな鳴き声みたいなエンジン音が聞こえてきた。これのせいで子供のころはこいつに乗る度に笑わされたもんだ。まれにンゴンゴと鳴いたりもするから今でもやっぱり笑ってしまうけど。

 ウチの車はかなり年季の入った古いもので、私は物心ついたころからこれに乗ってきた。もうすっかり家族の一員みたいなもんで、私はこいつのことを〈ゴンゲ〉って呼んでやっている。なんでもこれはもともとおばあちゃんが使ってたお古を譲ってもらったものらしいから形見でもある訳だな。そういう訳でゴンゲは相当な年寄りなんだけど、今でもこうして元気に走っている。理由は判らないけどなぜかほとんど故障したりすることがないらしい。ちなみにゴンゲゴンゲと鳴くようになったのはお母さんがずっと前に無茶な走りをさせちゃったせいらしいから、やっぱりどこかちょっと壊れてるのかもしれない。

 お墓はウチから結構遠い。わざわざ山奥なんかに建てるのが悪いんだけれども、毎度のことながらこのくねくね道は嫌になる。薬を飲んでても油断したら酔いそうなので、いくら暇でも車ん中でスマホなんていじってられない。ホントは面倒臭いし行きたくないが、置いてけぼりにされるのが癪なので私は結局付いていく。別に寂しいからって訳じゃない。ちっともそんなことはないったらない。私がわざわざ付いてってあげるのは、お父さんとお母さんを二人っきりにしたらそのまま変なところで休憩とかしたりして夜まで帰ってこなそうな気がするからだ。

 ウチのお母さんは変態主婦おばさんなのでまったく油断ならん。大体お父さんとお母さんが結婚した経緯からしてアレなのだ。私もこの歳まで生きてると両親の若いころの話なんてものを、聞きたくなくても偶然耳に入れる機会があったりするのだけど、いつの日か聞いた二人の結婚のきっかけはそりゃもうヒドいもんだった。大学を卒業して社会人になったばかりのお父さんを、性欲に素直なお母さんがしょっちゅう如何わしい場所に連れ込んでたら間もなく私がデキちゃったらしいのだ。そんで、お父さんが責任取るって言い出してソッコーでプロポーズして結婚したらしい。デキ婚だデキ婚! なんか知らんがむかっ腹が立つ……。

 *

 そんなこんなでお墓に到着だ。車を停めてやけにでっかい門の中に入ってくと広い空き地があるんだけど、お墓はこの中にある。この広い空き地にはもともと大きな家があったらしいけど、ずっと昔に火事で焼けてしまったそうで今は草がぼうぼうになってるガレキの山があるだけだ。

 その家はお父さんの本当の両親、つまりおじいちゃんとおばあちゃんが住んでたもので、なんでもお父さんも小さいころここに住んでたんだとか。いつのまにか他所の誰かの手に渡っていたこの土地をお父さんとお母さんが二人してどうにか取り戻したみたい。

 というか墓地でもないところに勝手に墓なんて作って良いのかと思ったんだが、ネットで調べたら遺骨もなんも埋まってないお墓なら別に好きにしていいと書いてあった。そう、おじいちゃんとおばあちゃんのお墓には遺骨がないのだ。なんでかは知らないしお父さんたちも教えてくれない。

 ここには同じ種類の花が沢山生えている。〈弟切草〉っていう黄色い花で、お墓にはいつもこいつらを適当にちぎってお供えしてやることになっている(おかげで花代が浮くぜ)。こいつらは葉のとこの裏に返り血みたいなポツポツの模様があるけど、私はそんなところも含めて気に入ってる。なんか不吉な言い伝えとかもあるんだけど、こうして見てる分にはかわいい奴だ。昔からなんだが、なんかたまに広場の中のこいつらが私に話しかけてきてるような気がしてならない。もしかすると人がいなくて寂しがってるのかな?なんて思ったりする。

 お父さんにはずっと昔に死んだお姉さんがいるんだけど、こいつらはもともとその人が植えたものだと聞いた。ちなみにそのお姉さんのお墓もここにあったりする。私からすると伯母さんになるんだけど、どうも私の名前はその人から取ったらしい。なんか縁起悪くね? 別にいいけど……。

 ともあれ今や私が今代の智子ってやつなのだ。ウチのアルバムの中にこの伯母さんの写真があるんだが、ガキんころのお父さんと並んで写ってる伯母さんは目がとっても大きな子で私とはあんまし似てないはずなんだけど、名前が同じなせいか不思議と自分を見てるような気がしてしまうから変な感じだ。

 お母さんたちが花を摘んでるあいだ、暇だから私は近くの森ん中に入っていく。この辺は昔っから毎年来るたんびに探検したりしてるので、今や勝手知ったる我が家のようなもんなのだ。まーでもこんなクソド田舎に住めって言われたら絶対嫌だけどな。私は都会っ子なんだ。ゆうちゃんとも離れ離れになっちゃうし……。

 

「おっ、キョンみっけ」

 

 木の陰から一匹の子鹿みたいな動物がヒョコっと顔を覗かせてこっちを見ている。千葉の山にはこんな風に野生動物が結構いるんだ。あれは鹿に似てるけどキョンって動物で、なんかどっかの観光地から脱走したらしいこいつらが今は大量に繁殖して結構問題になってるらしい。

 

「おいで」

 

 しゃがみこんで手招きしてみるけど、ビビリのキョンは私を怖がって遠くのほうへと慌てて逃げていく。ああいう野生のやつに限らずどうも私は動物全般に怖がられてしまうところがあるみたいで悲しい。前世で嫌われるようなことでもしたのかな。私に念力でもあればあの逃げてくキョンをヒョイと浮かせてこっちに連れてこれたりするのになぁ。

 なんだかつまらないのでお墓のほうに戻ってみたらお父さんとお母さんがお墓の前でべったりくっついてやがった。人が見てないとすぐこれだ。指とか絡めてんじゃねえ! ハゲ親父! 色情おばさん!

 まあお父さん別にハゲてないけど……とにかくお父さんなんてハゲ親父のブサイク親父なんだ。無口だし愛想ないしクソつまらんし。私があれこれ話しかけてあげても「ああ」だの「おお」だのしか言わないし。年頃の娘に話しかけてもらったら普通は父親ってもっと嬉しそうにするもんじゃないの? あんなんでよく結婚できたなぁ。そんなだからお母さんみたいなのしか寄ってこないんだぞ。

 あっ、これキスとかする流れだ……ところ構わず発情しやがって! けだものか!

 

「あいたっ!」

 

 怒りに任せてぴゃいっとほうり投げてやった小石はお母さんの頭上にポコンと見事に落っこちた。ザマミロ。怒ったらしいお母さんがこっちに向かって一直線に走ってくる。あっやべ、ありゃマジギレしてるときの目だ。

 私は今来た道を引き返して森ん中に逃げる。私にとってここはもうテリトリーみたいなもんだからお母さんを撒くのなんて簡単だ。

 

「ぎゃふっ」

 

 とか思ってたら丁度顔の前に木の枝が突き出しててうっかりそいつに顔面からぶつかってしまった。酔い止めのせいでちょっとフラフラしていたからだ。

 

「~~~~っ!」

「バカ! なにしてんのあんた!」

 

 私に追いついてきたお母さんがやれやれといった感じに溜息をつく。そんなお母さんが鼻を押さえて尻餅をついてた私を立たせて、お尻に付いた泥とかを払ってくれた。

 

「大丈夫? 鼻血出てない?」

「う、うん……」

 

 私の顔を心配そうに覗き込むお母さんはもう怒ってないようだった。変態だし口うるさいし怒ると怖いお母さんだけど、たまにこうして優しくされるとなんだかむず痒くなってしまう。蹴っ飛ばした相手から親切にされるみたいな、そんなムズムズ感だ。

 なんだか目を合わせるのが恥ずかしくなった私は視線を逸らす。するとお母さんの肩にぶぅんと大ぶりな羽虫が一匹止まったのが見えた。毒々しい危険な色をしたそいつは大きなハチだった。

 

「おかーさん! ハチ! 肩に!」

「えっ? えっ?」

 

 ぶぅん、ぶぅーんと、いつのまにか辺りにハチどもが飛び回っていて私たちを取り囲もうとしている。さっき私がぶつかった木の枝を見たら先っちょに巨大なまだら模様の丸い塊がくっついていた。あ、これスズメバチの巣っぽい……。

 私はまだよく判ってない様子のお母さんを放置し、広場に向かって猛ダッシュで逃げた。

 

「うわぁっ!?」

 

 遅れてハチに気づいたお母さんも慌てて私の後を追うようにして逃げる。大量のハチどものいかつい羽音が背後から迫ってくる。こりゃもう墓参りどころじゃねえ! 車に避難だやれ急げ。

 

「お父さん、スズメバチめっちゃ来た! もう帰ろうっ」

「マジかよ!?」

 

 広場でこっちのほうを暢気に眺めつつポケットに手とか入れてカッコつけてたお父さんも私のそんな叫びに血相を変える。そのまま車に避難するのかなと思ったら逆に森のほうへ走ってって足の遅いお母さんの手を引いてやっていた。別にいいけど……仲良し夫婦で結構なことだけども……。

 とにかく今日の墓参りはここまで。おじいちゃん、おばあちゃん、あと伯母さん、来年もヨロシク。そんじゃまたな、弟切草!

 

 ──またね……

 

 ふと弟切草たちの返事が聞こえたような気がして足を止めてしまったけれど、それはやっぱり私の気のせいかもしれなかった。

 

 

カエッテキタトモクン 完

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。