このたびは『かまいたちの夜 黒木姉弟シュプールへ行く』をお読み下さりありがとう御座いました。
過去作『弟切草 カエッテキタトモクン』に続くサウンドノベルシリーズ第二弾ということで、今回も『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』をベースに他作品とのクロスオーバーをやらせて頂いた次第なのですが、この場を借りて作中のアレコレやif展開、続編案などについて書いてみようと思います。クロスオーバー先のゲームのネタバレも含まれますのでご注意ください。
■クロスオーバー先のゲームについて
本作のおおまかな展開・登場人物・舞台設定は『かまいたちの夜』というゲームをベースとさせて頂いており、このクロス先の本来の主人公であったプレイヤー及びその同伴者のヒロインをそれぞれ黒木姉弟へとすげかえた形になっています。
かまいたちの夜は1994年にチュンソフトから発売されたスーパーファミコン用ソフトであり、「小説をテレビゲームとして楽しむ」という斬新なコンセプトを売りにした【サウンドノベル】という特殊なジャンルの作品です。かのミステリー作家・我孫子武丸氏が担当したシナリオの面白さもさることながら、スーパーファミコンの限界に挑戦した高品質なグラフィックや効果音、入念に調整が重ねられたゲーム性などがあいまってこのゲームは当時のプレイヤーから絶賛される出来栄えとなり、発売から三十年以上経った今もなお根強い人気と高い評価を誇っています。特に作中で使用される数々の秀逸なBGMが印象的でして、90年代頃のワイドショーなどではこのゲームのBGMが借用されることもままあったため、一定の年代以上の人の中にはゲーム自体は未プレイながらBGMだけはいつかどこかで聴いた覚えがあるというケースも多いことと思います。
ゲーム内容としてはガールフレンドを連れてスキー旅行へやってきた主人公=プレイヤーが、吹雪に閉ざされ孤立した山奥のペンション・シュプール(長野県白馬村に実在するペンション・クヌルプがモデル)で奇妙な殺人事件に遭遇するというもので、調査や推理を通して宿泊客の中に潜む犯人の正体を如何に暴いていくかというのが骨子となっています。主人公の行動によって物語の展開がどんどん変わっていくのも見所で、犯人を見つけられないままゲームが進むとやがて悲惨な結末へと至ることも。そのようにしてハッピーエンドやバッドエンドも含めた幾通りもの変化をプレイごとに楽しんでいくのがこの作品の醍醐味でもあります。
このゲームは作者が子供の頃に夢中でプレイした思い出深い作品なのですが、発売当時に『弟切草』*1みたいなゲームがまた出たと聞いてすぐ購入したところ、格段に進歩したグラフィックとサウンド、そして展開が支離滅裂になりがちだった弟切草よりも整合性の高いシナリオの造りに感動したものです。バリエーション豊かなサブシナリオが各種取り揃えられているのも好きで、心霊ホラー感満載の「悪霊編」とアクション映画のような「スパイ編」が特にお気に入りでした。「不思議のペンション編」はシナリオの出現条件がかなり厳しかったのでスーファミ版では結局未プレイでしたが、もしあの頃にこれをプレイ出来ていたら楽しかっただろうなと思わされます。
■猫好き香山さん
香山さんが猫好きというのは、かまいたちの夜ファンの有志が制作した同人ゲーム『
■香山さんちの猫
人妻さんが言ってた飼い猫「ナツミ」ですが、これはクロス先のゲームの続編『かまいたちの夜2』にて登場する香山さんの後妻の
かま2の続編『かまいたちの夜
■「どや、うち
本作の中では描写しませんでしたが香山さんはこうした決まり文句を持っており、有望な若者がいると自社に誘いをかけたりします。この後に「ウチはええで~」と続くのが定番。智子が見ていない所で智貴もしつこく誘われた模様。なお誘いを受けるともれなく大阪へ引っ越すことに……。
■人妻さん
皆がお茶の淹れ具合を絶賛してましたが料理の腕前も相当で、精進料理とかも作れます。かまいたちシリーズでは主人公が度々人妻さんの魅力にクラッと来ていたので、智子が彼女のことを少し意識しているのはその辺りを踏まえてのこと。おじさんとは料理の腕前を互いに認め合う仲なのですが、香山さんはそれにヤキモチを焼いたりします。
■メガネさん
原作ゲームではヒステリックで思いこみが強くはあるものの特に探偵の真似をすることはないのですが、本作では原作主人公である
田中氏の部屋におじさんが踏み込む前、メガネさんがとある小説家のお名前を口にしますが、これは初代かまいたちの夜のシナリオを全面的に担当なされた作家先生のことです。かま2ではメガネさんがこの方の名を冠する謎の人物の娘として遺影になった姿で登場したりします。
■川本さん
彼女のキャラについては初代かまいたちのリメイク作となる『
智子は彼女をずっと川本さん呼びしてましたが、実際の名前は「
■ビッチさん
勝気そうでいて結構臆病な人。犯人を捕まえられないルートだと場合によっては恐怖のあまり発狂して主人公に襲いかかった末に撃退され無残な死を遂げるという、作中屈指のバッドエンドがあったりします。原作ゲームのサブシナリオ「スパイ編」では彼女に誘惑された主人公がメロメロになったりするので、ビッチさんが智子に好意的なのはその辺を意識しています。
怖がりな所のある性格ですが守るべきものがあると強さを発揮する面も持っているので、もし本作が非常に後味の悪いルート「サバイバルゲーム編」に進んでいた場合は、惨劇の舞台と化したペンションの中で震える智子に寄り添う保護者になってくれたのかもしれません。
■小林のおじさん
原作ゲームではヒロインの母親の兄という位置づけなので本作もそれに準じて智子の母の実兄ということにしています。大地主だった父からその土地を引き継いでいるそうですが、シュプールを開業するにあたっては随分苦労しており香山さんにも(おそらく資金面で)援助して貰ったということなので、相続税や固定資産税などの問題を考えるとお金持ちという訳ではないのだろうと想像できます。
夫婦の絆は強く、かま2のメインシナリオ終盤にて妻と添い遂げた最期は泣けます。
■今日子おばさん
平和主義のとても優しい人。智子も言ってたように料理の腕前がエクストリーム級に壊滅的で、時折夕食に自前の料理を混ぜて客を仰天させるのがおじさんの悩みの種。
かま2では
■俊夫さん
みどりさんと密かに付き合ってるスキー大好きな自称大学六年生。関節が柔らかく縄抜けが出来たり、銃の扱いも詳しかったりする少し謎な人。
かま3のサブシナリオでは重度のポニテ萌えらしいことが明かされるので、スキー中の智子のポニテ姿に蠱惑されていたのかもしれません。
■みどりさん
「おばさんにも女子高生にも見える」と評される年齢不詳の人。原作ゲームだとルートによっては第二の犠牲者になってしまう運命……。ジェニーがやたらと田中氏の部屋に興味津々だったのは、亡くなった彼女が押し込められていた物置の前で同様の反応を見せていた点を参考にしています。
かま3では訳あって刑務所に入ってましたが、エンディングにて釈放され、子宝にも恵まれ俊夫さんと幸せに暮らしたようです。出所したての彼女をシュプールメンバー全員が出迎えてあげるシーンは泣けます。
■美樹本さん
作中では触れませんでしたがフリーのカメラマンを自称しています。原作ゲームのメインシナリオ「ミステリー編」では極悪人ですが、サブシナリオの「悪霊編」では一転して頼れる兄貴に(ヒゲも本物)。ヒゲありミッキが善人、偽ひげミッキが悪人という感じです。
かま3のサブシナリオではなんと主人公の透君に密かな恋心を抱いていたことが判明。
■食後のケーキ
智子が食べていたミシシッピマッドケーキはシュプールのモデルになったペンションでも実際に注文出来ます。子供の頃、初代かまいたちの夜のプレイ中にその名を知ってから数十年、機会があれば食べたく思っているのですがいまだ望みは叶わず。
■夕食の美味しいスープ
これはミネストローネです。前述のケーキ同様、子供心に「凄く美味しそう」と憧れた思い出があります。変装中のミッキもうまうまと味わっていた模様。
■一〇一体目の複製人間
谷川ニコ先生の漫画『ナンバーガール』がドラマ化されたような番組で、川本さんのお気に入り。主題歌はきっとチャゲアスが担当してそう。
■智子の牙突
シュプールのストックやモップは不思議と一般の物よりも遥かに攻撃力が高くなってるので、智子でも全力で急所を突けば一撃必殺になりうる筈。原作ゲームだとルートによっては犯人だと決め付けられた主人公がヒロインの繰り出す牙突で仕留められる非常に後味の悪いバッドエンドがあります。
■天井裏の抜け道
これは原作ゲームのサブシナリオ「スパイ編」にて、浴室に閉じ込められたメガネさん&川本さん組が脱出時に使った抜け道が元ネタ。この二人がコンビで推理戦を挑んでくると手強かったのは、スパイ編での彼女らの強敵ぶりを意識してのこと。
■縄を切る
おじさんは拘束を解いて犯人に飛びかかってましたが元々これは原作ゲーム主人公の役目。本来は俊夫さんの隠し持つナイフで主人公が自分一人だけ切って貰ってたのですが、本作では智子が時間稼ぎをしてくれたので、おじさんと俊夫さんの二人がかりで不意打ちを仕掛けることが出来た次第です。
■智子の撃った銃
こちらは〈ベレッタM92F〉という銃を想定しています。智子は元々中学時代に銃器趣味をかじったことがあるようですが、M92Fはバイオハザードシリーズでもハンドガンとしてよく出てくるので、それもあってこの銃の仕組みをある程度知っていた感じです。
■鎌井達の夜
第二章で智子が名前をあげていたこの作品は、原作ゲームのバッドエンドの内の一つが元ネタ。例のスーファミを談話室でプレイする際、選ぶカセットによってはこの『鎌井達の夜』を延々とプレイすることになり、無限ループの世界にひきずりこまれる感じになります。
また、併せて言及していた作品『Oの喜劇』は、原作ゲームのサブシナリオが元ネタ。このシナリオは小林夫妻の密かなアブノーマル趣味を匂わせる描写があったりと、かなりおふざけ色の強い内容となっています。俊夫さんの協力で拘束を解いてみせた小林オーナーが、腕のしびれをものともせずにすぐさま全力で動けたのは日頃から今日子さんに鍛えられていて緊縛耐性があったからというふうに考えていました。なお気絶後の犯人は今日子さんの熟練の技によって芸術的な縛られ方(どうあがいても縄抜け不可)をしていた模様。夫婦の愛(と趣味)が犯人に打ち勝つ!
■不思議のペンション
智子が部屋で遊んでいたこのスーファミソフトは原作ゲームのサブシナリオ「不思議のペンション編」が元ネタ。ペンションの地下に発生した危険がいっぱいのダンジョンを探索するというカオスな内容です。モンスターから強そうな武器(妖刀
■浪速のど根性焼き
原作ゲームの続編で香山さんが経営していることが明らかになるお好み焼きチェーン店。かま3のエンディングでは本当に海外進出を果たし一万店舗を達成してしまいます。ちなみに記念すべき一万店舗目の場所は南極。
作中では「そんな店知らん」と言ってた智子でしたがそのうち千葉にも出店しそうなので、いつか幕張店に友達を連れていった智子が「私、ここの社長と知り合いなんだ」と自慢する一幕なんかもあったりするかもしれません。
■スノーモービル
原作ゲームの「スパイ編」にて登場する乗り物。シュプールにはこれが二台置いてあり、主人公&ヒロイン組がこれを駆って某国工作員のみどりさんと雪原のデッドヒートを繰り広げます。
■階段
実はシュプールの階段というのはもの凄い危険地帯だったりします。原作ゲームでもヒロインがここから転落してあっさりお亡くなりになってしまうバッドエンドがあったりします。体力のあるミッキだからこそなんとか死なずに済んだのかもしれません。
■
かまいたちの夜公式ファンブック用に書き下ろされた短編『a novel』にて名前の出てくる小林家の先祖で、権力をかさに狼藉を働く人物だった模様。
■その他
犯人が大人しく地下室へ行こうとしてた時、智子が弟に言いかけた言葉は「ごほうびにチューしてやろうか?」でした。「ちょっとカッコよかったぞ、おまえ」と褒めてあげるつもりだったようです。
事件はわたモテ二年生編の冬休み中に起きたこととしているので、正月に会ったきーちゃんには盛りに盛った自慢話を披露したり、三学期になると「修羅場をくぐった私にゃヤンキーなんか目じゃないぜ」と強気な態度を取ったりしそうです。田村さん達にも飽きられるまでは当分昼食時のトークネタにしてそう。
■エピローグ的なお話
無事警察が来て犯人を逮捕していった後の出来事についても書き連ねてみます。
智子は犯人に啖呵を切ってましたが、ビッチさんから「あの時の智子ちゃん、凄くカッコよかった」と褒めて貰ったりします。メガネさんは犯人扱いした非を姉弟に詫び倒すんですが、それを尻目に川本さんが他人事みたいな態度だったので「あんたも謝んなさい!」とビッチさんに怒られたりします。
血生臭い事件が起きたペンションの今後の風評が気になる智子だったけど、これを逆手に取った香山さんはおじさんにプロモーションの話を持ちかけます。どうもテレビ業界に伝手があるようで、事件を映画化してはどうかと提案する香山さんは「わしも本人役で出演するで~」とノリノリなご様子。「勿論主役はお二人さんや」と姉弟にまで絡んでいくので人妻さんにたしなめられる一幕も……。
そして警察がペンションに詰めかける中、宅配業者が一つのダンボール箱を届けにきた。荷物は犯人宛てであったから、立ち会った警察官が中を開けてみるとそこには札束がギッシリ。その様子を見ていた智子は自分の憶測が的中していたことを悟る。やはりあの犯人は銀行強盗犯の片割れに違いなかったのだと。
ともあれ事件は無事解決したかと思いきや、何故か智子までもが警察の取り調べを受ける羽目に。どうやら智子が銃を発砲してしまったことを犯人が悔しまぎれにチクっていった模様。このせいで結局すぐには千葉に帰れず、その後しばらくはおじさんの所で姉弟仲良くお世話になったという感じです。
事件後、智子の部屋にはスキー中に弟と一緒に撮ってもらったツーショット写真なんかがしばらく飾られていた模様。
■色々なルートについて
本作では黒木姉弟の活躍によって犯人の正体を暴くことに成功し、新たな犠牲者を出すこともなく無事に朝を迎えることができましたが、ふたりの行動如何によってはまったく異なる結末へと至っていた可能性があります。そしてそういう可能性の広がりこそが「サウンドノベル」というジャンルの醍醐味でもありますし、作者自身も本作執筆中にそうしたifについてあれこれ考えていましたので、それらを以下に書いてみます。
*スピード解決!と思いきや……
メガネさんによる黒木姉弟追及イベントへと進むよりも前の段階で智子が犯人の正体をつきとめた場合のルート。ここでは智貴が田中=犯人同一人物説を裏付けるため、みんなの前で付けヒゲによる犯人の変装を暴き、その正体を白日のもとにさらします。原作ゲームでは「そんなに疑うんだったらやってみろよ、ほら」と犯人に促されるまま、遠慮がちにその付けヒゲをひっぺがそうとしていた透君ですが、智貴の場合は犯人がものを言い終わらないうちに容赦なく一瞬でひっぺがしてしまいます。
「無いな、ヒゲ」と呟く智貴が剥ぎ取った付けヒゲを投げ捨てるのですが、「おー痛い……いきなりはやめてくれよな」と、頬をさする犯人がゆっくりと向き直ります。彼の顔にはもうヒゲなんて生えていなかったから、それを目の当たりにしたみんなからおどろきの声があがります。犯人の正体が暴かれた瞬間でした。
突如、本性をあらわした犯人が目の前の智貴を人質にしようとつかみかかるんですが、そこは智貴もさるもので、犯人の逆上を予想していた彼はすかさず反撃し、見事相手をノックアウトさせます。すべては一瞬の出来事で、智子が恐怖を感じるヒマもないほどのあっけない決着でした。
ともあれ犯人は縄で縛られ、地下室へ閉じ込められることに。平和の戻ったロビーでは、みんなが姉弟の活躍を称えます。まるで推理小説に出てくる名探偵のようだったと、メガネさんが興奮気味にあれこれ質問してきたり、香山さんが「ふたりで探偵事務所でもひらいたらどうや?」なんて提案してきたりします。こうした反応にまんざらでもない智子がちょっぴり調子に乗ったりしているうち、夜は更けていきます。
そうして翌朝、警察の到着を待つみんなが朝食をとっていたころ、食堂を抜け出した智子がひとりトイレに向かいます。するとペンションの裏口があいていて、そこに誰かがいることに気付きます。なんとそれは、いつのまにか地下室から脱出していた犯人でした。犯人は智子の姿を見るや、叫ぶヒマも与えずその口をふさぎ、そのまま強引に外へ連れ出してしまいます。そうして引きずられていった先は、ペンションの裏にあるガレージでした。ここには二台のスノーモービルが格納されていたんですが、キーをくすねていた犯人はこれを始動させ、智子を乗せたまま発進しました。
なまじ姉弟が事件を早々に解決したことでみんなが犯人を甘く見てしまったせいなのか、結局犯人は監視の隙を突いて警察の到着前に逃げ出してしまい、あまつさえ智子が対警察用の人質に取られてしまったのでした。
スノーモービルのエンジン音に気付いた小林オーナー達が窓から外を見やれば、いままさに智子が犯人に連れ去られていくところでしたから、大慌てで追いかけようとします。そうして残されたもう一台のスノーモービルで追跡に出たのはろくに身支度もしていない俊夫さんと、彼の腰につかまる智貴。出だしこそ遅れたものの、スノーモービルの運転にまるで不慣れな犯人へと追いつくのは俊夫さんにとって難しくありませんでした。
するとうしろを振り返った犯人が、懐から取り出した拳銃を智貴達に向けて発砲してきました。しかし車両の運転と智子の拘束にも手を割いている犯人にとってはかなり無理があったのか、揺れる座席の上でまともな狙いもつけられないそれは、巧みな運転で射線をかわす俊夫さんにとって威嚇射撃程度にしかなりませんでした。
「智貴くん、今だ!」
そうして一気に距離を詰めた俊夫さんの呼びかけを受け、智貴が犯人のスノーモービルへと飛び移ります。背後からつかみかかられた犯人の運転がたちまち乱れますが、悪あがきとばかりに俊夫さんの車両に向けてハンドルを大きく切り、そのまま衝突させてきました。二台のスノーモービルはいずれも横転してしまい、智子達は雪原へ放り出されることに。
薄着のまま外に連れ出されていたせいですっかり凍えてしまい、雪に叩きつけられた衝撃で体中が痛い智子でしたが、埋もれた雪の中からどうにか力を振り絞って這い出します。そんな智子の目に映ったのは、離れた先でもみあう犯人と智貴の姿でした。さしもの智貴も雪の上では持前のフットワークが活かせなかったようで、やがて腕力に勝る犯人にとうとう抑えこまれてしまいます。
(あ──っ!? コノヤロォ──ッ!)
馬乗りになった犯人が智貴の首を両手で絞め上げだしたので、智子はもういてもたってもいられなくなりました。しかし深く積もった雪の上でしたから、中々前に進むことができません。スリッパなんてとっくの昔に脱げてしまっていたので、じかに触れる雪の冷たさのせいで足先がひどく痛みます。
「やめて、やめてよぉ──っ!!」
犯人がふんぐぬふんぐぬと鼻息も荒く力をこめるたび、智貴の喉の奥から聞いたこともないようなうめき声が絞り出されます。これはヤバい。これはマズい。あれはマジに死ぬやつだ。やめろやめろ、その手を離せ。犯人てめぇ、ぶち殺すぞ。いくら智子が頭の中で吼えてみても、その震える口から出てくるのは、どうかやめてください、お願いしますと、涙ながらに犯人へと懇願するような言葉ばかりでした。
そこへ突如として耳をつんざく銃声が鳴り響きます。瞬間、犯人がびくんと大きく飛び跳ね、そのまま手足をじたばたさせて雪の上を転がっていきます。しかしそれも束の間のこと、すぐしないうちに犯人はぐったりし、そのまま動かなくなってしまったのですが、そんな犯人の周囲には血が飛び散っていたようです。
これは一体どういうことかと、激しく咳き込む智貴を尻目に智子が辺りを見回します。すると離れたところに立っていた俊夫さんと目が合います。彼はひょいと手を上げると、そのまま雪をかきわけ智子達のもとへとやってきます。
「智貴君、大丈夫かい?」
俊夫さんの呼びかけに、喉をひどく痛めた智貴が無言のままうなずきます。それを受けて俊夫さんが大きく安堵のため息をつき、自身の短いポニーテールをなでつけます。
「あっ、あのっ、あれっ、も、もしかして……?」
智子にはもう、なにが起きたのかがわかってしまいました。それでも確認せずにいられない智子が、物言わぬ犯人を指さしながら俊夫さんにたずねます。すると彼は「ああ、俺がこいつで撃った。ああするしかなかった」と、苦々しい顔で手に持つ拳銃を掲げ、そのセーフティレバーを下げます。渡米経験のあるという彼は銃器の扱いにも慣れていたらしく、犯人が落とした拳銃を使って智貴の窮地を救ったのでした。
裸足で雪を踏みしめるさまを見かねた俊夫さんが、智子のことをおんぶしてあげます。そうして見下ろした雪原の先には、血をまき散らしてつっぷした犯人の姿。赤黒く染まった雪に埋もれる彼の姿を智子が茫然と眺めていると、どこからかエンジン音が聞こえてきました。音のするほうへ目をやれば、誰かの運転するワゴン車がこちらへ走ってきます。やがて近くに停まったその車から出てきたのは、小林オーナーとみどりさんでした。ふたりは智子達の後を追ってここまでやってきたようです。
ともあれ俊夫さんから事情を聞いた小林オーナーは、ひとまず姉弟を連れ帰るため、ふたりを車に乗せてあげます。俊夫さんは車に載せてあった防寒着を着込んだあと、ひっくり返ったスノーモービルを立て直したりしていたのですが、彼は警察が来るまでのあいだ、みどりさんと現場に残って犯人を見張ることに。
「あのさ、おじさん……俊夫さんのことなんだけど……」
ペンションへの帰路の途中、後部座席でぐったりする弟の顔をタオルでぬぐってやっていた智子が口を開きます。俊夫さんが銃を撃った瞬間、犯人の胸元が弾け、組み伏せていた智貴に血しぶきを浴びせたのを智子は目撃していましたので、おそらく犯人は死んでしまったのだろうという確信がありました。だからこそ、俊夫さんがこれから警察にどう扱われてしまうのかが心配になったようです。正当防衛とはいえ彼は拳銃を使って人を殺してしまった。それはきっとこの日本においてそれなりの刑罰が科せられる行為なのではないか、と。
「大丈夫だ、絶対に悪いようにはさせないとも……。すまないが君達にも少し協力してもらうことになりそうだが」
元弁護士の小林オーナーでしたから、彼なりのツテを使ってなんとしても俊夫さんへのお咎めをなくしたいと考えているようです。それを聞き、胸をなでおろした智子が「ふ──……」と長いため息をついてシートに体を預けます。途端、疲労感にどっと襲われた智子は目を閉じるのですが、そうしているうちに凍傷の苦痛もどこか遠くに感じられていきます。
ひとまずもう、これ以上はなにも考えたくない。今はただあたたかい車の中で、こうして弟に寄り添っていよう。お互いすっかり冷え切った体に、少しでもぬくもりを取り戻すために……【完】
という感じの、原作ゲームの「ミステリー編」早期解決ルートをベースに、「スパイ編」の終盤の展開を取り入れたようなifのお話でした。
*夢ならどうか覚めないで……(暴力&死にネタ注意!)
小林オーナーの擁護によってメガネさんの追及を逃れることのできた姉弟が、しかし結局真犯人の正体を暴こうとしなかった場合は、多くの犠牲者が出る恐ろしいルートへと進むことに。
みんなが寝静まったころ、ふと目の覚めた智子は一階へおりていくのですが、オーナールームにて小林夫妻が殺害されているのを発見してしまいます。ショックのあまり叫ぶことすらできず、嘔吐を繰り返しつつほうほうのていでロビーまで逃げてきた智子でしたが、そこには姉の不在に気付いて様子を見に来た智貴の姿がありました。
弟にすがりつき、舌を激しくもつれさせながらもおじさん達が死んでいたことをどうにか伝える智子でしたが、ここでようやく涙と鼻水が溢れてきて止まらなくなってしまいます。とめどなく泣き続ける姉を促す智貴が、自分の目でも確かめてみようとオーナールームへ足を運びますが、そこには依然として目を覆いたくなるような光景が広がっていました。
一体なにが起きたというのか。他のみんなはどうしているのか。姉弟はそれから武器を手に一階部分の探索を始めるのですが、しかしそこでまたしても犠牲者を発見することに。スタッフルームのベッドにはみどりさんが横たわっていたのですが、彼女の首はおかしな方向にねじ曲げられ、あっとおどろいたような表情のまま絶命していたのです。おなじくスタッフルームで寝泊りしているはずの俊夫さんはいないようでしたが、ともあれ大変な事態が起きていることは間違いありません。
田中さんを殺害した犯人がみんなの寝静まった頃を見計らってペンションへ戻ってきたに違いない。そう主張する智子でしたが、智貴のほうは姉の考えに同意せず、別の可能性を口にします。仮に部外者の犯行だとしたら、多少なりとも争う音が聞こえてきたり、被害者の抵抗によって室内が荒れていたりしそうなものなのに、そんな様子は少しも見られなかった。あたかも顔見知りから不意打ちをくらったかのように、三人もの人間があっけなく殺されてしまっていた。どこか不自然なこの状況に、彼はペンションの従業員か宿泊客の中に犯人が潜んでいると考えたようです。
やがてふたりがロビーへと戻ってきたところで、今度は地下室のほうから猫の悲しげな鳴き声が聞こえてきました。気になった智子が扉をそっとあけてやると、足の裏に血をべったり付けたジェニーがぬるりと出てきます。そして同時に、地下室に充満していた異臭が智子の鼻に届きます。
これはもう絶対に中で誰かが殺されているはずだと、そう確信した智子の言葉を受け、智貴が地下室へと入っていきます。そうしてしばらくしたのち、ロビーへと戻ってきた智貴が自分の見たものを智子に語って聞かせるのですが、どうやら地下室に連れ込まれたらしい香山さんが殺害されていたようです。
他の宿泊客の様子を確認するべく、姉弟は続いて二階へとあがっていきます。そうしてまずは人妻さんのいる部屋を何度かノックするのですが、しばらく待っても返事はありません。試しにドアノブをひねってみると鍵がかかっていないようでしたので、姉を下がらせ室内を覗き込む智貴。しかし彼はすぐさま扉を閉めてしまいました。「どうだった……?」とおそるおそるたずねる智子に対し、首を振る智貴は「ダメだ、春子さんも殺されてる……」と答えるのが精いっぱいでした。あんなにきれいだった人が殺されてしまうなんて。もう涙も出尽くしてしまった智子は、まるで悪夢を見ているような気分になります。これが夢なら早く覚めてほしいと、そう強く願わずにはいられませんでした。
続いて美樹本さんの部屋をたずねる姉弟でしたが、ここでちょっと奇妙なことが。部屋に美樹本さんの姿はないようでしたが、代わりに彼が使っていたと思しきベッドには、おびただしい量の血に染まったシーツがかけられているようでした。これはもしや、美樹本さんの血なのでは? そう考えるふたりは、彼もまた犯人の手にかかってしまったのだろうかと考えます。しかし彼の死体らしきものはどこにも見当たりません。ですがその代わり、壁には血で書いたと思われる「としお」という文字が残されていました。
これは美樹本さんの残したダイイングメッセージかもしれない。いまだ姿を見せない俊夫さんに疑いを抱く智貴でしたが、果たして本当にそうなのだろうかと、智子のほうは釈然としません。ゲレンデで懇切丁寧に滑り方を指導してくれていた彼の姿を思い浮かべる智子には、あの人のよさそうな青年がおじさん達を殺しただなんて、どうにも信じられないのでした。
私達がメガネのやつに苦しめられていたときだって、あの人は率先してかばってくれていたじゃないかと、そのように言って智子が俊夫さんのことを弁護してみるものの、いまやペンションの中で生き残っていそうなのはOLさん達を除けば彼ひとりでしたから、智貴のほうも姉の言葉に納得することはできませんでした。このペンションのどこかに俊夫さんが潜んでいて、今も自分達のことを狙っているかもしれない。なにがあっても姉を守らねばと思う智貴でしたから、あらゆる可能性に目を向けずにはいられないようです。
そうして残るOLさん達の部屋の前にやってきた姉弟は、そっと扉をノックします。もしや彼女らも既に犯人の手にかかってしまったのではと思う智子でしたが、幸いにもすぐさま反応がありました。「誰?」と呼びかける声が扉の向こう側から聞こえてきたのですが、応対に出たのはメガネさんのようです。しかしたずねてきたのが智子達であると知るや、ひっと小さく悲鳴をあげた彼女は、こんな時間に一体なんの用かと警戒心をあらわにします。そこで智貴がペンションの惨状を説明し、ひとまず部屋の中へ入れてほしいと頼むのですが、それでもメガネさんは鍵をあけてくれません。
「や、やっぱり、あ、あなた達が犯人なんでしょっ……!?」
どうやらメガネさんはいまだに姉弟への疑いを抱いたままでいる様子。しかしそこへ、別の誰かの声が割って入ります。
「智子ちゃんもいるの? なにがあったの?」
それはメガネさんと相部屋になっているビッチさんの声でした。ひとまず姉弟を招き入れてあげてはどうかと言う彼女は、メガネさんの反対を押し切って扉を開けてくれました。姉弟が部屋の中に入ると、そこには武器を構えて臨戦態勢を取るメガネさんと、寝ぼけまなこでベッドから身を起こす川本さんの姿がありました。
(さすがビッチ、寝るときもドスケベな格好してやがる……)
ビッチさんのスケスケネグリジェ姿に現実逃避じみた場違いな興味を抱いてしまう智子でしたが、そうしたいつも通りな自分の思考にひどくむなしさを覚えます。
おじさんも、おばさんも、みどりさんも、香山さん達も、そしておそらくは美樹本さんまでもが、何者かによって殺害されてしまった。いまやペンションの中で生き残っているのは、この場にいる五人を除けば、あとは姿を見せない俊夫さんただひとり。そこまで話を聞かされたビッチさんはすっかり青ざめてしまいますが、疑心暗鬼に陥っているメガネさんと違い、智子達へ疑いを向けるようなことはしませんでした。
「とにかく絶対にひとりにならないでください。朝になるまで待って、もし吹雪が止んでいたら、みんなでここを出ましょう」
そう提案する智貴は、OLさん達の部屋にみんなで立てこもり、この恐怖の一夜をどうにかしてしのぎきろうと考えます。
「あなた達……おかしな真似したらこれで刺すからね……!」
しかし姉弟を信用しきれないメガネさんは、先の尖ったストックをにぎりしめて物騒なことを言います。そんな彼女にため息をついた智貴は「どうぞ好きにしてください」と呆れまじりに言うだけでした。寝ていたところを起こされたばかりの川本さんはというと、眠気覚ましにすっぱいグミを口にしている模様。
ともあれ風の吹きすさぶ中、黙りこくったみんなは硬い表情で各々の時間を過ごします。しかし一分一秒が異様に長く感じられてならないこの状況でしたから、不安は膨らむ一方でした。そんな中、階下からいきなり鳩時計の鳴き声が聞こえてきたので、智子はびくっと身を縮こまらせます。
「大丈夫よ、智子ちゃん。みんながついてるから……」
ベッドの上で智子と隣り合っていたビッチさんが、そう言って智子の肩に手を回し、ぎゅっと抱き寄せます。このようにして智子を安心させようとするビッチさんではありましたが、彼女もまた不安に押しつぶされそうになっていることを智子はその体のこわばり具合から察するのでした。
──ピィィン、ポォォォォーン……
階下から突然チャイムの音が聞こえてきたものだから、智貴以外のみんなが押し殺したような悲鳴をあげます。
──ピィィン、ポォォォォーン……
ひと呼吸おいてまたも鳴らされるそのチャイムに、智子達はたちまち恐怖に包まれます。あれは玄関の呼び鈴だろうか。だとしたら、一体誰が鳴らしているのだろうか。それはもう、犯人以外に考えられない。
「誰っ、誰なのよっ……!」
「たぶん、俊夫さんだと思います」
「うそ……じゃあ、じゃあ、本当に……?」
声を震わせるメガネさんがたまらず声をあげますが、智貴の指摘を受けてその態度に変化が。どうやらここに来てようやく姉弟への嫌疑を取り下げたようです。
なおも断続的に鳴らされるチャイムでしたから、そこに何者かがいることは間違いありません。そしてそれはおそらく犯人で、部屋にたてこもった智子達のことを誘い出しているように思えました。ならばこのまま無視してやろうと、迂闊な行動を避けることにしたみんなは、繰り返される不気味なチャイム音に耐え続けます。川本さんなどはもはやお菓子を食べる余裕すらなくなったのか、ベッド脇の小棚から取り出した十字架をにぎりしめ、震える声で祈りの言葉をささやきはじめました。
と、それからしばらくして、今度は突然ガラスの割れる音が聞こえてきました。それを受け、またしてもみんなの中から悲鳴があがりますが、すぐしないうちに智貴が顔色を変えます。
「入れてくれぇ──……中に、入れてくれぇ──……」
階下から確かにそのような声が聞こえてきたのです。男性のものと思われるその断末魔のような叫びに、とうとう泣き始めるビッチさん。誰かが一階にいる。そしてさっきガラスが割れたのも、その人の仕業なのかもしれない。中に入れてくれとしきりに訴えていることから、ひょっとするとその人は玄関の手前にいるのかもしれない。声の感じからして、ひどく弱っているようにも思える。
てっきり犯人の罠かと考えていたけれど、これはもしかすると重傷を負わされた上にペンションの外へと締め出されてしまった美樹本さんが助けを求めているのではないか。そう考えた智貴は彼を助けに行くと言い出します。そうした弟の言葉に反対する智子でしたが、見殺しにすることのできない智貴はすぐ戻るからと言い、武器を手に部屋を出ていってしまいます。誰かひとりぐらいは同行者を募ればよかったのですが、怯えきっているみんなに対して無理強いはできないと考えた模様。しかし智子は、このとき弟をひとりきりにしてしまったことを激しく後悔することになります。
智貴が玄関の様子を見に行ったところ、風除室を挟んだ向こう側、屋外に面する玄関扉のガラスが割れていることに気付きます。そしてその割れたところから、外にいる誰かが寄りかかるようにして血まみれの手をだらりと引っかけているようでした。智貴が玄関の鍵を外して扉をあけたところ、その誰かが風除室に倒れ込んできます。
「俊夫さん……?」
それは誰であろう、智貴が疑いを向けていたあの俊夫さんなのでした。彼はひどいケガを負っていたようで、その青ざめた顔には頭から流れ出たらしい血の跡がいくつも残っていました。そんな彼をひとまずロビーのほうへと引っ張っていった智貴でしたが、そこで俊夫さんが息も絶え絶えに意外なことを口にします。
「智貴君……気をつけろ……犯人はあいつだ……
もう目も見えていないらしい俊夫さんには、そのとき智貴の背後から誰かが忍び寄っていたことを指摘してやることができませんでした。智貴が彼の言葉を聞き終えたところで、いきなり脳天に強烈な痛みが走ります。頭の中身が弾けてしまいそうなほどの一撃を受け、たまらず床につっぷした智貴でしたが、その背後に立っていたのは鈍器を手にした美樹本さんでした。
俊夫さんの言う通り、美樹本さんこそが真犯人であり、ペンションのみんなを殺して回った恐るべき殺人鬼なのでした。彼は人妻さんを殺害したとき、彼女のベッドから血に染まったシーツを奪い、それを用いてあたかも自分が犯人に襲われたかのように偽装工作をしたのですが、智貴はまんまとその罠にはまってしまったようです。
そうして犯人が智貴へもう一撃くらわそうと鈍器を振り上げたとき、誰かが二階の吹き抜けを飛びおりてきて、犯人の頭上からつかみかかります。
「テメェ──ッ! 死ねぇっ、このぉっ!」
そう狂ったように叫びながら、手にしたストックの先で犯人の顔を力いっぱいメッタ刺しにするのは智子でした。結局智貴のことが心配でたまらなくなった智子は他のみんなと一緒に様子を見に来たのですが、ちょうど階下で智貴が襲われているのを目にしてしまったため、頭に血がのぼってこのような咄嗟の行動に出たのでした。
「ゲフッ……!」
しかし智子の攻撃に犯人がひるんだのは最初のうちだけで、彼はすぐしないうちに智子の腕をつかむと、そのまま力任せに放り投げてしまいました。それを目の当たりにしたOLさん達から悲鳴があがりますが、彼女らは智子へ加勢しようと一階までおりてきたはいいものの、その智子があっさり撃退されてしまったので、たちまち戦意を失ってしまったようです。
「おー痛い……ひょろっちいくせに意外と凶暴なやつだな」顔面のあちこちから血をにじませる犯人が、それでもなんてことない様子で、
「やれやれ。ひとりずつ、じっくり
犯人はOLさん達へ銃口を向け、「動くなよ、逃げようとしたやつから殺す」とおどします。床に叩きつけられた智子は全身がしびれたようになってしまい、呼吸もままらない状態でしたから、己の無力さを悔やんでただただ涙を流すしかありません。やがて犯人に命じられるまま、メガネさんがロビーに放置されていた底板の仕掛けから紐を外し、それを使ってビッチさんと川本さんをひとつなぎに縛っていきます。
「おいガキ、代わってやれ。今度はおまえがそいつを縛るんだ」
ようやく立ち上がれるようになった智子に犯人が命令してきます。どれだけ自分のほうが有利な立場にあっても念を入れた用心深さを見せる犯人は、最後に残るのはできるだけ非力な人間がいいとして、智子にメガネさんを縛らせるつもりのようです。
「……テメーだけは絶対にブチ殺す」
しかし犯人をにらみつける智子は、誰がおまえの言う通りになどしてやるものかと、毅然とした態度で要求をつっぱねます。床に倒れ伏していた俊夫さんの顔からはもはや完全に生気が消え失せていましたが、うつぶせになっている弟のほうはまだ息があるようです。しかしそんな彼の頭からは、血がとめどなく流れていました。弟がこんな目にあわされた怒りでどうにかなりそうだった智子には、もはや犯人に対する恐怖心は存在しませんでした。
「ずいぶん威勢がいいな。だったらおまえから先に死んでみるか?」
智子のこうした態度を単なる虚勢に過ぎないと見た犯人が銃を突きつけおどします。しかし智子はこれにひるむどころか物言わぬままスッと前へ進み出ます。あまりにも迷いがなく、それでいて気配の全てを置き去りにしていったかのようなそのステルスめいた動きは、智子のことを甘く見ていた犯人の意表を突いてやるには十分でした。
「貴様っ!?」
犯人が反応する頃には智子はもう彼の目の前まで迫っていました。直後、耳をつんざく破裂音とOLさん達の弾けるような悲鳴。智子に向けて引き金を引いたつもりの犯人でしたが、しかしその弾丸は見当違いな方向へと飛んでいきました。彼の持つ拳銃の銃身部分が智子の両手によってがっちりとつかみ取られ、銃口を逸らされていたからです。拳銃で武装した相手に素手でどう立ち向かえばいいのか、中学時代はそんなことも熱心に調べたりしていた智子でしたので、にわか知識ながらもここにきてそれが活かされた模様。
「このっ、このぉっ……!」
ですが反撃はそこまででした。銃を抑え込んだ智子が続けざまに犯人の股間を蹴りあげてやったのですが、いかんせん非力な智子でしたから犯人はちっともこたえていないようでした。
「ギャッ、ウグッ……!」
銃にしがみついたままの智子を引きはがそうと、犯人がその大きな拳を智子に容赦なく浴びせます。殴りつけられるたび、智子の体からバキボキと嫌な音が鳴るのですが、しかしそれでも手を放そうとはしません。
「~~~~ッ!?」
するとどうしたことか、犯人が突然雷に打たれたようにのけぞります。そうして勢いよく後ろ向きに倒れ込んだあと、顔をおさえてヒィヒィと悲鳴をあげながらもがき苦しみだしたのですが、彼の片方の目からは血と体液の混ざったようなものが流れ出ていました。
「とっ、智子ちゃん! う、撃って! そいつ撃って! 早くぅ!」
うわずった声でそう叫ぶのは、手にしたストックをぶるぶる震わせるメガネさんでした。どうやら彼女は智子が犯人ともみあっている隙に、拾い上げた武器で犯人の目玉を突いてやった模様。
メガネさんの言葉にはっとする智子でしたが、その手には犯人の手放していった銃がにぎられたままになっていました。今こそヤローをブチ殺すチャンスと、よろめきつつも銃を構える智子。大柄な犯人から激しく殴打されては立っていられるはずもありませんが、断固戦い抜くという決意がその体に力をみなぎらせているようです。
「やめろぉッ! こいつに当たるぞぉッ!」
銃を奪われたことに気付いた犯人が、大慌てでよつんばいになって飛びのきます。そうして転がっていった先で身を起こした彼が吼えるように叫びました。
「素人が俺だけ狙って撃てるもんか……弟くんも一緒に殺しちまうなぁ……?」
ぜいぜいと息を荒らげる犯人が、無理やり引き起こした誰かの背に隠れるようにして、そのようなことを言ってきます。犯人は床に倒れ伏していた智貴を自分の盾代わりにしたのでした。
「ほら、彼はまだ生きてるぞ……それを早く返せ、でないとこいつの首をへし折る……どうだ?」
智子をそうおどしつつ、片目の犯人がじりじりと距離を詰めてきます。銃を構える智子はしかし、ぐったりしたままでいる智貴を盾にして迫る犯人を前に、ただ後ずさることしかできませんでした。
「撃ってよぉっ! でないとみんな殺されちゃうよぉっ!」
さっきの一撃でもうすっかり気力を使い果たしてしまったのか、腰を抜かしてへたり込んでいたメガネさんがそんなことを叫びます。弟を犠牲にしてでも犯人を撃つようにと、そのように言っているのです。
「うっせぇ黙ってろクソメガネがッ!」
そうしたメガネさんを智子が一喝します。例え他のみんなが殺されてしまったとしても弟だけは助けてやりたい。自分の命と引きかえになってもいい。そのような思いに駆られる智子でしたからメガネさんの言葉に耳を貸すつもりなどあろうはずがないのでした。
「そうだよなぁ、大切な弟くんだもんなぁ……だからほら、どうすればいいかわかるだろ? 彼だけは助けてやるさ、約束する。これ以上彼にはなにもしないと誓うよ。本当だ、信じてくれ……」
自分などもうどうなってもいいが、なんとかして弟を助け出し、鉛玉を犯人の脳天へ撃ち込んでやるまでは死んでも死にきれない。けれどもヘタに動けば今すぐにでも智貴が殺されてしまいかねない。一歩一歩近づいてくる犯人を前に、解決策を見いだせない智子は強い焦りに襲われます。
「そう、そのままじっとしてるんだ……なにもしやしない……それを返してくれるだけでいいんだ……俺も悪かった、本当はみんなを傷つけるつもりなんてなかったんだ……亜希ちゃんが妙な詮索をするからこんなことになっちまったんだ。彼女がしつこく犯人捜しなんてしなかったら、俺も君達も、今頃ぐっすり眠れていたってのに……。おっと亜希ちゃん、これ以上余計なことはしないでくれよ? 今、そこのふたりの縄を解いてやろうと考えただろう? そんなことしたら、俺はこいつをすぐにでも殺すからな」
メガネさんの動向にも目を光らせつつ、このように会話を長引かせて時間稼ぎをする犯人でしたから、気付けば智子は壁際まで追い詰められてしまいます。銃を握る手は震え、照準もろくに定まりません。こんな調子で撃とうものなら犯人の言う通り、弟に弾が当たりかねないのでした。
「ぐほっ」
智貴越しにそっと手を伸ばしてきた犯人が今にも銃をつかみ取らんとしたところで、なにかを強く蹴り上げるような音がしました。同時に犯人の顔が苦悶に歪みます。
「貸して」
「へっ?」
智子の手からひょいと拳銃がつかみ取られていきましたが、それは犯人に奪われたからではありません。それまで犯人の腕の中でぐったりしていたはずの智貴が、突然そのような行動に出たのです。
そこから先は流れるような展開でした。智貴は自分を拘束する犯人に対して背中越しに銃口を押し当て、ひと思いに引き金を引きます。一体どの辺りを撃たれたのか、犯人がただごとならぬ様子で悲鳴をあげるのですが、そうして拘束から解かれた智貴は、膝をつく犯人に向けて続けざまに発砲します。一発、二発、三発四発──どれほど撃ち続けたのか、智貴が銃をおろす頃にはうずくまっていた犯人の体はすっかり穴だらけ。弾切れするまで念入りに撃たれた彼はすでに絶命していました。
と、犯人の死を見届けたからなのか、智貴は拳銃を取り落とすとそのまま崩れるように倒れてしまいました。
一応の手当てを受けた智貴がソファーにぐったりと背を預け、天を仰いでいます。ぼんやりとした様子の智子もそのかたわらで寄り添うように座っていました。
「じゃあもう行くけど、なにかあったらすぐ呼んでね?」
「あっ……はぃ……」
今まで智子に付き添ってくれていたビッチさんが、そう言い残して階段をあがっていきます。夜が明けたら彼女はスノーモービルを使って近くの町まで助けを求めにいく予定だったのですが、それまでに少し休むことにしたようです。メガネさんと川本さんは先んじて自室に戻っていたので、ロビーに残ったのは智子と智貴、そして智子の膝の上で丸くなっているジェニーだけ。いまわのきわに犯人の名を告げた俊夫さんのほうはというと、結局助からなかったようでもう息をしていませんでした。
「ほんとさぁ……とんだ旅行になりやがったよなぁ……。お母さんになんて言やいいんだろ……なぁ?」
視界の端に映る俊夫さんや犯人の死体からなるべく目を逸らし、智子は気を紛らわせるかのように弟へ話しかけたりします。黙っているとこのまま弟が消えてしまいそうな気がする。そのように感じた智子でしたから、息をするたび脇腹や背中がおかしいくらいにうずきますがそれを押してでも口を開かずにはいられないようです。しかし智貴のほうは会話をする余裕はないようで、生返事をするばかりなのでした。
「あー……そうだ、ゲームやろうよ。ちょっと待ってて。イテテ……」
ジェニーをそっと脇にどかした智子がストックを杖代わりにのろのろと立ち上がり、痛む体を引きずるように階段をあがっていきました。やがてスーパーファミコンを抱えた智子がよたよたとおぼつかない足取りで戻ってきたのですが、元々智子はペンションでカンヅメになっているあいだ弟とゲームでもして暇つぶししようと考えていたのでそのことを思い出したようです。
「ほら、これ……おまえがジャマしやがったやつ……。もっかいやるからさ、今度は大人しく見とけよな」
そうして遊び始めたのは、智子が妙な名前を主人公につけて弟をからかっていたあの『弟切草』というゲームでした。
「ち・ん・ち・ん・智・貴……っと」
例によってまた同じ名前を設定した智子が、今度は智貴に邪魔されることもなく順調にゲームを進めていきます。智子の予想に反し、その内容は弟をズバズバ斬ってやっつけたりするアクションゲームではなく音と絵で小説を楽しむノベルゲームでした。
ゲームの中の物語を追いつつ、智子は度々かたわらの弟へ話しかけていきます。画面上にミイラの顔が突然あらわれて智子をおどろかせたときはブツクサ文句を言って同意を求めたり、話がちょっとエッチな展開になったときは卑猥なジョークを投げかけてみたり。それに対して最初のうちは一応ながらもあいづちを打っていた智貴でしたが、やがて時間が経つと共にろくな返事をすることもできなくなり、小さな呼吸を繰り返すばかりとなってしまいます。
隣り合う弟の体が段々と冷たくなっていくのを智子はその肌で感じていました。急にテレビ画面がぼやけて見えなくなったのは涙がにじんできたから。ぬぐっても、ぬぐっても、とめどなく涙が溢れてきます。それでも智子はゲームをやめず、弟に話しかけることもやめないのでした。そうやっていつ訪れるともしれない夜明けを待ち続けて──。
智子が元気よく雪の上を滑り、そのあとをノロノロと滑る智貴が追っていきます。麓におりてきた智貴が、もういい加減帰ろうと智子に言うのですが、まだまだ遊び足りない智子は新たなコースを求めて場所を移します。そうして向かった先は超上級者専用とされるウルトラ・エキスパート・スペシャル・サンダー・ドラゴン・ウオリャー!・トリャー!・ソリャー!・コースでした。断崖絶壁同然の斜面に加えて数々の自然災害が待ち受けるその危険なコースを、しかし智子は見事に突破してみせます。
「すげーな、ねーちゃん。あんなんよく滑れたな」
「ま、智くんにはこのコースはまだ早いかなぁ。おねえちゃんぐらいのレベルじゃなきゃ自殺行為だもんね」
麓のほうで姉が滑りおりてくるのを待っていた智貴が、無事戻ってきた智子を称賛します。それを受けてほこらしげに胸を張る智子は自画自賛の言葉を恥ずかしげもなく口にします。
「智くんにもちゃんとした滑りかた、教えてあげるよ。ヘナヘナ滑りのまんまじゃつまんないでしょ?」
すっかりコーチ気取りの智子がそんなことを言って智貴を誘います。今日はとことん弟と一緒にスキーを楽しもうと、そう考えているようです。
『智子ちゃん……智子ちゃん……』
ふと智子の耳に誰かの声が聞こえてきました。自分の名を呼ぶその誰かは女性のようでした。一体どこから聞こえてくるのだろうと辺りを見回す智子でしたが、周囲には自分達以外のスキー客の姿はありません。
「ねーちゃん、行こうぜ。滑りかた教えてくれよ」
「あっうん……!」
初心者コースに戻って姉の指導を受けたいらしい智貴がそう誘ってくるので彼のあとをついていく智子。
『智子ちゃん……起きて……起きて……』
しかしまたしても誰かが智子の名を呼びます。起きて、起きてと、遠くのほうから呼びかけてくるその声は智子にも聞き覚えのあるものでした。
(たぶんビッチさんだな……)
智子にはもう、声の主が誰なのかがわかってしまいました。きっとあの人は寝ている自分を起こしにきたのだろうと、そのように理解します。
ああ、もう少しだけそっとしておいてほしい。お願いだから私をこのまま起こさないで。あとちょっと、あともうちょっとだけ……。これが夢なら、どうかこのまま覚めないで……【完】
という感じの、原作ゲームのメインシナリオから派生するバッドエンドルート「サバイバルゲーム編」をベースにし、ラストにサブシナリオ「Oの喜劇編」の一幕を加えたifのお話でした。
■そして『かまいたちの夜2』へ
わたモテをプレイステーション2のサウンドノベル『かまいたちの夜2』とクロスオーバーさせたら……ということで、クロス先のゲームに収録されている「陰陽編」というサブシナリオを下敷きにした続編案『黒木姉弟の
『黒木姉弟シュプールへ行く』より月日は流れ、智子が三年生の夏休みを目前に控えたある日。黒木家に今日子おばさんから連絡が来た。なんでもシュプールでの姉弟の活躍を耳にした自身の祖父・
親友の水着姿が見たい智子はまずゆうちゃんへと連絡。首尾よく約束を取り付けたものの、その際「こみちゃんも誘おう」と言われてしまったものだから、翌日学校にて渋々小宮山さんにも声をかける羽目に。島のビーチで智貴の水着姿が見れると思った小宮山さんは一も二もなくその話に飛びついた。
お次は田村さんと真子を誘ってみた所、ふたりはこれを快諾。ついでにそばで聞き耳を立てていたらしい南さんまでもが真子にくっつく形で参加することに。吉田さんにも声をかけるべきか迷っていた智子だったけど、真子に促されるまま彼女のことも誘って了解を取り付ける。
さてあとまだ三人足りないぞと思っていた所、噂を聞きつけたネモが首をつっこんでくる。そんなおもしろそうなことに何故誘ってくれないんだと怒っているようだったので彼女にも参加して貰うことに。
残るはあと二人。だけども加藤さんと岡田さんは生憎予定が合わず、これ以上相談するアテも無いのでどうしたものかと考えあぐねる智子。そうして自宅へ帰ってみれば従妹のきーちゃんから連絡が。夏休みに黒木家へ泊まりに行きたいとのことだったけれど、単に自慢するつもりでバカンスの予定を教えてあげたところ興味をいだいたらしく島への同行を熱望するきーちゃん。誘うつもりなんて無かったものの、そのまま従妹に言いくるめられてしまった智子は同行を認めることに。ともあれこれで八人までは揃った。一人足りないもののその程度は大目に見て貰えるだろうと踏んだ智子はここで弟に再びアプローチをかける。
「大勢の人間がバカンスを楽しみにしてるんだ。もうお前一人の勝手は許されんぞ」と迫ったものだから、姉の執念深さにゲンナリしつつも智貴はとうとう降参。智貴の本心としては「また何かよからぬことが起きるんじゃ」と嫌な予感があったために姉弟共々招待に応じない方向へと持っていきたかったのだけど、保護者として小林夫妻も同行してくれると聞いてそれならばと参加を決意。
そうして出発日。黒木家にやってきたきーちゃんを同伴して集合場所の駅に向かった姉弟は、小林夫妻と落ち合い久方ぶりの再会を喜び合う。昨年の事件によるシュプールへの風評被害を心配していた智子だったが、香山さんの仕掛けたプロモーションの成果もあって前以上に繁盛しているらしい。
やがて集合場所には続々と他の参加者達も集まってくるのだが、そんな彼女らに智子は妙に上から目線。「今日は皆をウチの別荘に連れてってあげるからね」とうそぶいてみせたりする。気分はもうすっかりお金持ちで、妙な優越感に浸っている模様。ともあれグループとなった智子らはまず新幹線で関西方面へと赴き、下車した先で更に目的地の島へと渡るための船が待つ港へと向かった。すると港には呼んでない筈のうっちーの姿まであり、「誰か誘ってくれないかなー」とこれみよがしに思わせぶりな態度を取る彼女は旅行鞄を背負い準備万端といった様子。一度はスルーされてしまうものの諦めない彼女は結局迎えの船に無理やり乗り込んできたため、(まあ一人足りなかったし……)と智子はこれを見逃してやる。
かくして一行を乗せた船は目的地の島を目指し海原を進んでいく。バカンスに期待を膨らませる智子だったが、彼女は三日月島がかつて「
この続編案では岸猿伊右衛門という百歳超えの老人が、遠縁ながらも一族に連なる智貴を「当家を継ぐに相応しい者」と見込んで岸猿家に代々伝わる儀式を受けさせようと画策したことが話の発端になるという感じです。内容的には『かまいたちの夜2』と『かまいたちの夜×3』をミックスしたような形に。伊右衛門としては儀式を通じて元々の候補者だった孫のつとむ氏(今日子おばさんの弟)にもの凄い強運を授ける予定だったのですが、この呪われた儀式を忌み嫌う彼に拒否されてしまったため、代わりになる人間をずっと探していました。そこに遠縁の黒木姉弟の噂が耳に入り、二人に目をつけたという訳です。この儀式を行うには島内に五十年間蓄積された莫大な〈気〉が必要なのですが、智子達が島を訪れたのは丁度その〈気〉の蓄積量が最高潮に達する日だったりします。同時にこの日の晩は五十年に一度、島を襲う局地的な大嵐の到来と重なっています。原作ゲームでは嵐の通過後に〈気〉も散ってしまうとされているのですが、この続編案では嵐の力と〈気〉が混ざり合うことで儀式のための力場が島全体に形成され、それは嵐の去ったあとも一定時間保たれることとなります。
五十年前にも今日子おばさんの父が儀式を受けないまま家を飛び出してしまったため、栄華を誇った岸猿家は後継者不在に陥ってしまい今やすっかり落ち目。病床に伏せる伊右衛門自身も満足に外出することが出来ない体となっています。一族が代々崇めてきた守り神は定期的に儀式を行わないと力が弱まってしまうのですが、前回の儀式失敗を受けてその命脈は風前の灯火。己の存命中に儀式を行うチャンスは最早今回限りと焦った伊右衛門が、自身の見舞いにと無理に呼びつけた今日子おばさんを陰陽術で操り姉弟を島へと連れてこさせます。
ちなみにこの守り神は邪神であり、儀式には九人分の生贄をも必要とするので、縁のある人間を連れてくるよう言ったのはそのためでした。元々は当主候補自身が独特の手順で生贄達を手にかける習わしで、伊右衛門もかつて少年時代に儀式をやり遂げた経験がありますが、ここは別に第三者が代行しても問題ない模様。
「必ず姉弟一緒に」と念押しして招いたのにも理由があり、これは転生の術を心得る伊右衛門が二人を無理やり結婚させて、その子供として生まれ変わるつもりでいたから。この姉弟が互いを補強し合った時は逆境を生き抜く強い力を発揮すると睨んでいた伊右衛門でしたから、転生後の己の父母とするには申し分ないと考えたようです。そうして岸猿姓に改姓させた智貴を新たな当主として迎え、妻の智子と共に岸猿家を再興させるための駒にするというのが伊右衛門じいちゃんの計画。儀式を受けると邪神に魅入られ一生岸猿家に縛り付けられたも同然の状態になってしまうので、二人が自主的に黒木家へ戻るということもしなくなってしまいます。
そんなこんなでかの御老公の思惑が渦巻く島へと向かう智子一行でしたが、船の上でこれから向かう場所についてあれやこれやと話に華を咲かせます。その折、自分達の招待主が岸猿伊右衛門であることを聞かされた南さんはびっくり。親がそれなりの資産家である彼女は、かつて財界にその名を轟かせていた伊右衛門氏の名をお父さんから教えて貰っていたようです。ですが南さんは不思議がります。何十年も前に跡継ぎに逃げられてしまってからというものすっかり表舞台に出てこなくなった氏は、病床に伏せって以降ずっとどこかの病院に入院していて外出もままならなくなっているというのが通説だったからです。
「うぅ……緊張するなぁ……」
おじさんも伊右衛門に会うのは実は今回が初めて。元々は今日子おばさん一人が姉弟を島まで連れていく筈だったのですが、日頃から実家の祖父との付き合いを避けてきた妻が急に氏の招待に応じると言い出したことを心配してシュプールを臨時休業にしてまで付いてきた感じです。ともあれ智子とおじさんが船酔いでまいってしまったりもしたけれど、本日の宿泊地である三日月館へと向かう道中、風光明媚な島を皆でのんびり散策するうちにすっかり調子を取り戻します。道中見つけた大きな湖を前におじさんが「今日は釣り三昧だ」とはしゃぐ一幕も。
この三日月館というのは巨大な外壁に囲まれた大変不気味な建物なのですが、これは元々岸猿家に反抗した人々を幽閉したり処刑するための私設監獄として明治頃から昭和初期にかけて代々使われていたものだったりします。また、建物そのものが儀式用の祭壇となる構造をしています。かつてはドSな伊右衛門がここでよく囚人を虐め倒して遊んでいたりもしたお気に入りの場所だったようです。二年夏休みの昆虫採集の一件以来、蠱毒を含めたその手の怪しい儀式に詳しくなっていた小宮山さんは、島の地形や館の構造が〈気〉を集めるのに最適な形になっていることに気付きます(本来この辺りはクロス先の原作ゲームに登場する夏美さんの役割)。
ともあれ別荘というにはあまりにも不吉な建物でしたから、館を目の当たりにして戸惑う皆を前に智子は大慌て。今日子おばさんからは「とっても豪華で楽しい素敵な別荘」と聞かされていたので皆にもそう自慢していたのに、これでは話が違うという感じです。(料理と一緒でおばさんのセンスってやっぱおかしいんだな)と考える智子でしたが実際に館の中に入ってみるとまさに監獄の中といったその重苦しい雰囲気に益々ゲンナリ。各自の部屋は元々一人用の牢獄として使われていた場所で採光用の小窓すらありません。「サイアク! こんなとこ泊まりたくない!」と憤慨する南さんに「じゃあ帰れば?」と塩対応の田村さん。ともあれ迎えの船は明日の夕方にならないとやってこないことを聞かされ、南さんは渋々納得します。
館の管理を任されているキヨさんという老婆は今日子おばさんと旧知の仲で岸猿家の遠縁にあたる人。普段は島に近い本土の村に住んでいるのですが、伊右衛門の指示で少し前から島に滞在し来客の準備をしていたようです。キヨさんのもてなしを受ける一行でしたが肝心の招待主である伊右衛門が何故か姿を現しません。おじさんがキヨさんに尋ねてみれば「島への到着が遅れているだけなのでそのうち来る」とのこと。
島の中にはビーチの他にも廃村跡(
そうして宿泊一日目の前半はバカンスを満喫する智子。夕暮れ時に館へ帰ってきてみれば、他のメンバー達も各々の観光を終えて戻ってきていた模様。食堂にてキヨさんの用意した晩餐にありつく一行だったけど、なぜかいまだに伊右衛門の姿はその席にありません。と、突然食堂内のスピーカーから声が響いてきます。男とも女ともつかない年齢不詳のその加工されたような声は伊右衛門を自称するのですが、訳あって姿を見せられないけれど各自存分にくつろいでいってほしいということを伝えてきます。そもそも伊右衛門は自分達姉弟と会うべくここへ招いた筈なのに顔を見せないのはどういうことだと訝しむ智子でしたが、「大丈夫、おじい様はちゃんとあなた達を見ていらっしゃるわ」と今日子おばさんに言われてしまい納得させられます。
夕食後、夜釣りに出掛けようとしたおじさんをキヨさんが引き止めます。それどころか閉鎖的な造りの館の中で唯一の出入り口となる玄関を厳重に封鎖し始めてしまいました。
「かまいたちの夜が始まりました……」
いつの間にか外からは風切音がひっきりなしに聞こえてくるようになっています。どうも今晩は五十年に一度の周期で発生するこの地方特有の特大暴風雨〈かまいたちの夜〉が島を直撃するそうで、嵐が過ぎるまで誰も外へ出ないようにとキヨさんは忠告するのでした。ともあれその後も館の中をあちこち探検したりして遊んでいた一行でしたが、やがて夜も更けて各自眠りにつくことに。
その日の晩、悪夢にうなされた智子はふと目が覚めてしまいます。そうしてトイレに行った帰り道、突如館の中に悲鳴が響き渡ったものだから仰天。慌てて弟やおじさんを起こして回る智子でしたが、騒ぎを聞きつけた他のメンバーも部屋から出てきます。しかし部屋から出てこない者が一人だけいました。それは小宮山さんです。部屋の扉をノックしても呼びかけに応えないので不審に思いキヨさんを呼んできて鍵を開けて貰ったところ、そこには頭から血を流し倒れていた彼女の姿が……。そしてその傍らには、呪文のようなものが書かれた紙が一枚落ちていました。
という感じで、島に伝わるわらべ唄(歌詞が九番まである)になぞらえた第一の事件が起こってしまいます。ここで姉弟が第二の事件が起きる前に真犯人を特定することが出来ればのちに続く惨劇を一旦は回避出来るのですが、推理に失敗した場合は超絶バッドエンドに直行する感じです。ちなみにその際はキヨさんが犯人扱いされることになるのですが、実際に彼女は真犯人の仲間でもあり、自ら進んでスケープゴートになるという役目も与えられていたりします。なのであえて疑わしい行動を取ったりもするキヨさんなだけに、姉弟がそれに引っかかって犯人追及イベントへと進んでしまうとアウト。小宮山さんを殺害した犯人に違いないと決め付けられ、周囲から非難されて怯えるキヨさんでしたが、この人の良さそうな老婆が犯人だとはどうしても思えない吉田さんが一旦皆を制して「ばーさん、本当にアンタがやったのか?」と真剣な目で問う一幕も。だけどキヨさんは目を逸らしながら「その……わ、わたくしめが犯人で……ございます」と狼狽しながらもハッキリと肯定するので結局納得せざるを得ない吉田さん。
ちなみにこのバッドエンドルートの終盤では、今日子おばさんが姉弟を館の地下深くに隠された儀式の間に連れ込んで二人に婚姻の儀式を受けさせたりします。また、館の邪気にあてられて凶悪化したきーちゃんがおばさんの犯行を手伝う見返りとして岸猿家の一員に迎えて貰ったりもします(その際、自分の代わりの生贄とすべくきーちゃんが手始めに小林のおじさんを襲います)。
ともあれ犯人の正体を早期に暴くことに成功したルートでは、そもそも伊右衛門氏がこの島に来ておらず全てはおばさんの自作自演であったことなども明らかになります。本当に犯人なのかとすがるような思いで今日子さんに尋ねるおじさんでしたが、彼女はくつくつと笑い始め「ようやった、よくぞ見破った……益々気に入ったわい」と姉弟を称えます。何故こんな真似をしたのかとわたモテメンバー達から非難されるおばさんでしたが「黙れい!」と一喝。
「小娘どもが生意気な……お前らは生贄ぞ……その血肉を我らの神に捧げるのだ……」
やがておばさんはうつろな顔でブツブツと
「こんな島に来るんじゃなかった! 今日子がここに行くと言った時、何がなんでも引き止めるべきだった……」
妻の変わり果てた姿を目の当たりにしたおじさんは慟哭します。元々おじさんは此度の招待にも懐疑的だったようで、伊右衛門の見舞いから帰ってきて以降少し様子のおかしい妻を心配していたようです。おばさんのことが可哀想でならない智子は彼女を塔から下ろしてあげたいと思うものの、塔の出入り口の扉はその鍵が見つからず開けることが出来ません。それどころか外壁の閉ざされた門の鍵すら見当たらないものだから、一行はどう脱出したものかと思案します。三日月館は元々監獄なので、内側からであっても鍵がないと門を開けられないようになっているからです。ひとまずこのまま夕方まで待てばやがて迎えの船がやってくる訳ですから、それまでにハシゴでも探してどうにか外壁を乗り越えられるようにしておこうと考えます。
ともあれ事件は終わったと誰もがそう思っていたのですが、一人納得出来ない様子の智貴。智子が尋ねてみれば、一体誰がおばさんを牢屋から出してあげたのかと考えているようです。そこでマスターキーを持つ筈のキヨさんがその容疑者として浮上するのですが、どうもキーはいつの間にか誰かに持ち去られたようでキヨさん自身は持ってないとのこと。ここでまた上手い具合に謎を解決しないと再びバッドエンドルートへと引き戻されてしまいます。
ともあれ仲間達の助力も受けつつ色んな調査の末に真相へと辿り着いた姉弟。改めて皆に集合をかけようとするのですが、館の中に仲間の一人の姿が見当たらないものだから慌てて捜索します。わらべ唄になぞらえて事件が起きるのだとしたらあそこにいるに違いないと、犯行の再発を予見していた姉弟は唄の二番目の歌詞から推理しうる現場へいち早く駆けつけます。その甲斐あって厨房の冷凍庫に縛られて押し込まれ、凍える寸前だったゆうちゃんを救出することに成功。ここでゆうちゃんは自分を襲った犯人が今日子おばさんに間違いなかったと証言します。そんなまさかと驚く仲間達とおじさんでしたが、既に真相を見抜いていた姉弟は皆に自分達の推理を説明。塔の上に吊るされていたおばさんの遺体が偽者であり、実際は館の所蔵品のミイラを用いたトリックであったことを明かします。おばさんを牢屋からこっそり出してあげたのはやはりキヨさんに間違いないということも暴いてみせる姉弟。白状したキヨさんによれば、彼女は岸猿家再興のためにどうしても協力してほしいと今日子さんに前もって頼まれていたので、仕方なく今までちょこちょこその手伝いをしていた模様。食堂のスピーカーから聞こえた例の伊右衛門の声もキヨさんが変声機を使ってなりすましたものだったらしい。
「すんません……すんません……」
可哀想なぐらい平謝りするキヨさんでしたが、どうも岸猿家の人間に逆らえない弱みがあるようです。ともあれ今日子おばさんは死んでなどおらず、今もこの館のどこかに潜んでいるという智貴。この館には隠し部屋があるのだと主張する彼に案内されて問題の場所まで赴いた一行は、そこに潜んでいた何者かを確かに発見します。呼びかけに応じて隠し部屋から大人しく出てきたのはやはりおばさんでした。姉弟の推理通りの結果に戦慄する一同は思わず身をすくめますが、姉を己の背で守るように進み出た智貴がそれに対峙します。
「邪魔はさせんぞォォォォッ!!」
まるで神主のような格好をしていたおばさんでしたが、急に老人のような声で絶叫したかと思うと猛ダッシュで逃げてしまいました。智貴や吉田さんが全力で追いかけるのですが、おばさんの人外じみたその足の速さに付いていけません。まるで館の構造を熟知しているかのように逃げ回る彼女でしたから、とうとう見失ってしまいます。
と思っていたら、やがて館のあちこちから水が噴き出し始めました。おばさんが向かった先は地下水門を制御するための部屋だったのですが、それを用いて館の内外を水でいっぱいにして皆を一網打尽にしようと考えた模様。どうも智貴を跡継ぎにするのは諦めたようですが、ひとまず不本意ながら自分自身でその恩恵を受け取ろうと考え儀式を強行するつもりのようです。本来は手順通りに生贄を一人ずつ手にかける必要があったのですが、単に館の敷地内で必要な数だけ死者が出さえすれば不完全ながらも儀式の遂行は可能っぽい。
ともあれ慌てて外へ逃げ出した一行でしたが外壁の門は閉ざされていたことを思い出します。庭内でも水がそこかしこから勢いよく噴き出していたものだから、このままでは辺り一帯がすぐさま水に満たされてしまいます。あわや全員ここで溺れてしまうのではとなるのですが、急に水の勢いが衰え出したかと思うと遂にはどこかで排水されているかのように水が引いていきました。一体何事かと思う一行でしたが、すっかり水の引いた後で館の中から気絶したおばさんを背負って誰かが出てきます。なんとそれは死んだと思われていた小宮山さんだったのです。本当に色々あったのだとくたびれた様子で語る小宮山さんでしたが、やがて目を覚ましたおばさんはすっかり憑き物が落ちたようになっていました。
「今日子か? 本当に今日子なんだな?」
その様子から彼女が本来の妻に戻っていることを理解したおじさんは、何度も何度も問いかけます。その度に「ええそうよ」と肯定するおばさんでしたが、おじさんが繰り返し同じことを聞いてくるものだから、ならばと二人だけの恥ずかしい秘密を言ってみせようとして慌てて口止めされてしまいます。
一体なんでお前は生きてるんだと小宮山さんを問い詰める智子でしたが、おばさんが代わって説明してあげます。それによれば小宮山さんは自身の溢れる生命力のおかげで辛くも死に至らず仮死状態のまま幽体離脱するだけで済んでいたとのこと。そうして岸猿家の秘術に多少の心得があったおばさんの助けを借りて最終的には蘇生を果たしたのだとか(幽霊になってる最中、智貴の部屋を覗きにいったりもしていた小宮山さんでした)。
伊右衛門の仕掛けた術のせいで自分の体の中から追い出されてしまったおばさんは、その体を長らく伊右衛門の生霊に乗っ取られていたようです。そこで同じく幽霊となった小宮山さんと協力し、館の地下深くに隠された儀式の要となるご神体の鎌を破壊しに行っていたことを明かします。途中、ご神体の危機を察知して肉体を抜け出してきた伊右衛門に襲われたりもしたけれど小宮山さんのド根性+にわか仕込みの陰陽術で撃退した感じです。
まるで嘘のような話でしたが、おばさんも小宮山さんも大真面目な様子。ともあれ親友が生き返ったことにゆうちゃんは涙を流して喜びます。智子は内心で(ゴキブリ並みの生命力だな……)なんて思ったりしますが、その顔には他のみんなとおなじく安堵の色が浮かんでいました。その時、庭の噴水から甲高い鳴き声が聞こえてきたので皆はそちらを振り向いたのですが、そこから飛び出してきた一匹の巨大な黄金の龍が逃げるように空へと昇っていくのを目の当たりにします(この噴水の奥底の、さらにその底にある儀式の間に潜んでいた存在です)。
龍は空の上で苦しそうにうねると、やがてバラバラに裂けて消えてしまいました。目の錯覚かと疑う智子でしたが、もしかするとあれこそが岸猿家のかつての繁栄を支えてきた邪神の成れの果てだったのかもしれないと考えます。それを契機にどんよりとしていた曇り空が晴れ、辺りに陽光が降り注ぎます。心なしか館の不気味な雰囲気も消えてしまったように感じられるのでした。ともあれその日の夕方、迎えにやってきた船に乗って皆はようやく呪われた島からの脱出を果たすことになりました。「智子のせいでひどい目にあった」と田村さんがぼんやり愚痴ったりもしますが、互いの無事を喜びあわずにはいられない一行。
事件の真犯人である伊右衛門氏の本体はおそらく今もどこかの病院で寝たきりになっている筈と考えた智子は、氏が今後またよからぬ企みをするのではと気になってしまい、帰りの船上にておばさんに尋ねてみます。それに対しておばさんは「大丈夫。もう何も出来ないただのおじいちゃんになってしまったから」と答えます。どうしてそう言いきれるのかと疑問に思う智子でしたが、きっと岸猿家の人間だけが分かる事情のようなものがあるのかもしれないと己を納得させます。
(結局見舞いにも行かなかったが……もしかすっと会いたがってたりすんのかな……?)
去年の冬に倒れた祖父のことをふと思い出した智子は、この夏休み中に弟を連れて祖父母の家に泊まりにいこうかなと思うのでした。【完】
『かまいたちの夜 黒木姉弟シュプールへ行く』のこぼれ話については以上となります。