「あー取り敢えず突撃準備だけするぞ」
「もうそろそろか…」
水原は深呼吸をする。
「…緊張してんのか?」
「そりゃ勿論だろ。未知の建物の中に入るんだから」
「…そりゃいい事で」
人間じみてるだけまだいいことだ。
…俺なんか何度も来ているとはいえこれから敵の本拠地に行くってのに何も感じない。
確かに支那美に対する怒りは計り知れないがそれ以上にここに潜入するにあたっての感情がまるで湧いてこない。
それはつまり人間、という括りにすら入ってないのだろうか。
「…俺も堕ちたもんだなぁ」
「どうした急に」
「いんや、こっちの話」
まさかあいつと同じになるなんてね…
「お、見張りが退いたぞ」
水原の声で入口を見る。
見れば見張りの奴は拠点の隣にある食堂へと足を運んでいった。
「…なぁ、あれ食堂だよな?なら30秒なんて短いわけ…」
「あれ夜飯見に行ってるだけだからすぐ帰ってくるぞ」
「あーそういう」
納得した顔を見せた。
「んじゃ、掛け声で行くからな。覚えてるよな?」
「勿論」
「では」
「アン、ドゥー、トロワ」
スッ…
「ん?今誰か通った?」
「いや?誰も見てないよ?働き過ぎて疲れてるんじゃない?」
「事実サボってるんだけどな」
「目をつぶってあげてるだけありがたいと思え」
「潜入完了…だな」
「マジで心臓潰れるかと思ったわ…」
気配を完全に消して空気と同化する潜入。
俺からしたら基本中の基本だが、こいつは違う。
めちゃくちゃ飲み込み早いなと思ったと同時に才能があるとまで思った。
今度色々教えた方がいいかな。
「んで、取り敢えず何処に行けばいいんだ?」
「そうだな…」
前と研究室が同じなら影魔の場所はすぐ近いはずなんだが。
「取り敢えずここまっすぐ行くと受付にぶち当たるからこっち来い」
「はいよ」
入口を入ってすぐ右には大きな扉がある。
ここからなら受付には見つからない。
なぜかと言えば。
「ここ…無人じゃね?」
「そりゃあ俺の部屋だしな」
そう。俺は何故か知らんが入口すぐ近くの部屋なのである。
「お前の部屋…」
水原は不機嫌そうにこちらを見ている。
「俺は端から殺す気はなかったぞ」
「わかってる。だが俺らに黙っていたのも事実だろう?」
「それは…」
そうだ。水原はおろか、支那美にすらこの事を話していなかったのだ。
…もしこの話を支那美が聞いていたら彼女はどんな顔をするだろうか?
俺に絶望するか。呆れられるか。
どちらにしろそんな事は真っ平御免だった。
だから言わなかった。けど。
「それを知らずに死んだ…ね。俺からしたらそっちの方がタチ悪いと思うけどな」
「うるせぇな…」
言えなかったんだ。しょうがないだろ。
拒絶されたくなかったんだから。
支那美の近くにいたかったんだから。
この話で彼女を不幸にしたくなかったから。
「じゃあさ。お前はこの話をして刈谷がお前を完全否定すると思ったか?」
「…そんなこと」
「するわけねぇよな?だって刈谷はお前の事を大事に思ってたんだから。お前が刈谷を守るように刈谷だって無理するお前を守りたかったんじゃないのか?」
「…うるせぇっての」
俺はずっと白い床を見ている。
目元がぼやけてくる。
「…お前1人に背負い込ませるタイプじゃないだろアイツは。お前はアイツを弱く見すぎたんだよ。それがこの結果だ」
「…」
「…何がどう辛かったのかは分からない。お前の過去を暴けるほど知能はないからな。ただ、もう少し俺らを頼ってもよかったんじゃないか?」
「…ごめん」
「謝るなんて柄でもねぇなぁ。んなことよりはよ奪取」
「…あぁ」
…俺はなんでもできるとは思ってはいない。
だけど、支那美を守れるのは俺だけ、とはずっと思っていた。
でも、天狗であったようだ。
タカをくくった結果、俺は支那美を守れず、自分で崩れて、助けてもらっているなんて。
あまりにも情けなくないか。
「情けなくてもいいさ。人間誰しも失敗はある。天狗になるときだってある。崩れる時だってそりゃある」
口に出してないのに全て当てられてしまった。
「だからこそ、その時は俺らがそばに居てやるから。だから、だから決して折れんな」
…初めてこいつからありがたい言葉をもらったな。
「…じゃあ、是非頼らせてもらうよ」
「いつものお前に戻ったようで何より」
いつの間にか長話していたようだ。
警備が強くなる前にさっさと持ち去るか。
「…俺らって言ってくれて、ありがとな」
それはつまり。
この作戦を成功させるという意思表示である。
「おう」