戦いは一瞬で終った。特に特筆するべき点もなく、淡々と流れるようにあっけなく終わった。
「副隊長、剣の腹では人は斬れんぞ」
運命の一太刀が終わった後、俺はそう笑いかける。
「隊長こそ、鞘に入ったままでは剣は人は斬れませんよ」
俺の笑みをうけ、副隊長も爽快な笑みを見せる。副隊長は笑っていた。でも、その笑顔の奥には抑えきれない熱い感情があることがありありと見て取れる。
「まぁ、腹だろうと鞘に入っていようとお互い寸止めするのならどのみち斬れてないな」
「その通りですね」
そう言ってお互いに顔を見合わせてまた笑う。お互いの首元にはお互いの剣がある。あと、数センチも近づければ肌に触れるだろう。しかし、お互いにその数センチを縮めることはしない。
どちらともなく剣を収める。そして、俺は何も言わずに副隊長の横を通り抜け、先へと足を進める。
「隊長」
そんな俺の背中に掛けられる声。
「どうした?」
「た、隊長はそれでよろしいんですか?」
その声は少しだけ震えていた。
「……あぁ」
その問いかけに小さく肯定する。
「どうして……どうして、貴方はそんなに簡単に……こんな決断を出来るんですか!?」
「…………」
「俺には分かりません! 今の隊長のお気持ちが! 俺にはまだあの竜の魔女の考えの方が納得できます! でも、でも、隊長の決意を見させていただきました。ならば俺には何も言うことはありません。この先にいる竜の魔女との戦いで全てを決めてください。俺は世界が滅びようとも、そのまま存続しようとも、そのどちらでも運命として受け入れます」
「一度剣を隊長に向けてしまったけじめとして俺はこの戦いで隊長と肩を並べて戦うことは出来ません。ですので、俺は表で竜の相手をしている部下たちの応援に向かいます」
「そうか、あいつらをよろしく頼む」
「えぇ、任せて下さい。隊長の御命令、命に賭けても遂行してみせましょう」
お互いに振り向かない。俺はその声を背中で受け、一つ頷くと更に足を進める。
「隊長! 最後に一つだけ――」
ホール一杯に聞こえるような大きく力強い声を副隊長が張り上げた。
「隊長! 我々は隊長と生前交わした約束を決して、決して忘れることはしません! 我々は“お先”に地獄に行き、そこで隊長を待っております! ですので、隊長! 地獄でまた飲みましょう!」
「あぁ、すまんな。少しばかり待たせてしまう」
「気にしないでください。では、隊長ご武運を……」
それが副隊長と交わした最後の言葉になった。
そして、お互いに走りだす。俺は竜の魔女の下に。副隊長は部下の下に。それぞれの最期の戦いが始まる。
広間を抜けると長い廊下があり、その終わりには荘厳な扉が一つあった。熱すぎて触れれば火傷をしそうな扉を蹴破るように開けると、そこは炎の海だった。
炎と黒い煙に包まれたその中心に二人の人影が見えた。
――間に合った!
その二人の間に走り込む形で割り込む。火の海の中を走ったため火傷は避けられないが、燃やされるのは前世から慣れたものだ。それに、もう体中ボロボロになっている。もうこうなってしまえば足の火傷くらいどうってこともない。
「あら、間に合ったの?」
「あぁ、どうにかね」
目の前には漆黒の衣装に身を包んだ竜の魔女。あの時と同じく憎悪の見える金色の瞳が俺を見抜く。その体には傷らしきものはどこにも見えず、息も切らしていない。
「……お兄ちゃん」
そして、俺の後ろには白い衣装をところどころを焦がし、顔も煤で黒く染まっている聖女がいた。こちらは竜の魔女と違い損傷が激しいらしく息も絶え絶えであり、体中に火傷の跡が見える。きっと、今立っているのも気力によるものだろう。
「すまん、遅れた。マシュと立香は無事か?」
「あの……二人……なら向こうの……柱に……寄りかかる様に……気絶して、いるよ」
ジャンヌが言った方向に目線だけやれば炎の海の向こう、まだ火の手に包まれていない柱に寄りかかる様に座っている二人の姿が見えた。
ここからでは二人の詳しい様子は分からないが、ジャンヌが気絶と言うからにはまだ息はあるのだろう。
「……ジャンヌ」
「ど……うした……の?」
言葉を出すのも辛いのかジャンヌの声はかろうじて聞こえるくらいのものだった。
「立香とマシュを連れて安全な所に避難していろ。竜の魔女は俺が引き受ける」
「そん……な!無理だよ!」
「大丈夫だよ、心配するな」
今にも俺に飛びかかって来そうなジャンヌに優しく声を掛ける。
「だから、ジャンヌはマシュと立香を守ってくれ。あの二人が死んだら世界は終わる。それにお前ならその旗で彼女たちを守れるだろう?」
ジャンヌの宝具については既に知っている。彼女の宝具ならこの炎の海の中でも人類最後の希望であるカルデアのマスターを守れるだろう。
「で……でも、それじゃあ……お兄ちゃんが……。それに、お兄ちゃんも傷が……」
「だから、大丈夫だって言っているだろ」
体中が切り傷塗れで血まみれの俺が強がったところで信用して貰えるかどうかは分からないが、それでもこう言う他に言葉はない。
「…………」
そんな俺とジャンヌの会話を聞きながらも竜の魔女は動く気配がない。どうやら彼女も俺と同じ気持ちなようだ。
――最後は二人きりで決着をつける。
それがどう転ぼうと、俺たちの最期はやはりこうでないといけない。
「そもそもお前は戦うのに向いていないだろ? 戦うのは俺たち兵士に任せてお前は守りを頼む」
「……じゃあ……お兄ちゃん……一つだけ、約束を……して」
荒い息を吐きながら手にもつ純白の旗に体重を預けながらジャンヌは言う。
「……お兄ちゃん……必ず、また会おうね」
――あぁ、なるほど、お前も分かっていたんだな、ジャンヌ。
普段なら俺は言葉を濁しただろう。
「あぁ約束するよ」
でも、俺はこの時ばかりはすんなりと言葉を出すことが出来た。
――嘘をつくのは得意なんだ。
「大丈夫だよ……私ずっと……祈っているから……」
俺の不安を見透かすように、彼女は優しく凛とした声で語り掛ける。
「ジャンヌにそう言われると大丈夫なような気がするよ」
「うん――」
――またね。
――あぁ、またな。
それが彼女と交わした最後の言葉になった。
炎の海に道が出来た。柱に寄りかかる立香とマシュまで続く道が。
「…………」
竜の魔女は何も言わず、ただ黄金の瞳でこちらを見るだけだった。
――行くなら、さっさといきなさい。
彼女の瞳はそう物語っていた。
「待たせて悪かったな」
ジャンヌが二人の下に辿り着くと同時に炎はまた勢いよく燃え上がり道をふさいだ。周りは炎の海、もう引くことも出来ない。まぁ退路は元よりなく、ただ進むだけなので、それで構わない。
「いいえ、気にすることはないわ」
「それで君のことは何て呼べばいいんだ?」
最後まで竜の魔女じゃ、味気ないだろ? と笑いかければ、
「そうね、昔のままだとあの聖女と被ってしまうから……オルタ。うん、私はジャンヌ・ダルクオルタ。オルタとでも呼んでちょうだい」
「そうか、じゃあオルタと呼ばせて貰うよ」
「ええ、そうしてちょうだい。まぁ、短い間だろうけど」
そう言ってオルタは漆黒の旗をもつ手の力を強めた。
「貴方はやっぱり、ここに立つのね」
「あぁ、だからあの時言ったじゃないか」
黒く染まった彼女と初めて会った日。
――そういうことだから、私達は一度引くわ。私はアナタがこちらについてくれるならいつでも大歓迎だから……でも、もしも、気持ちが変わらないようであれば、次からは、私とアナタは……。
――あぁ、そうだな――敵同士だ。
そうあの時からこうなることがきっと決まっていた。
「貴方は私の前に立つことの意味が本当に分かっているの?」
――本当にそれでいいの?
彼女の瞳はそう語る。
「あぁ、もちろん」
その瞳に――是と力強く返す。
「本当に! 本当に分かっているの!」
傍から見ても分かるくらい手に力を込めながらオルタは叫ぶ。その声は辺りから聞こえる燃え盛る炎の声を乗り越え部屋中に響き渡った。
「あぁ、分かってるよ」
吐き捨てるようにそう言いながら言葉を紡ぐ。これまで聞いた話と、これまで見て来たことと、そして俺自身のことを組み合わせて出た答えを吐き出す。
——さぁ、いい加減答え合わせと行こうか。
オルレアン最終決戦最終戦 悪魔の軍 隊長VS 竜の魔女ジャンヌ・ダルクオルタ 開戦
終焉はもう既に目の前にある。
書くまでもないとは思いますが次回最終回です。前作はやけに最終話が長くなったので今回は分割します。連休中に更新できればいいなぁ。