ある日突然中世フランスっぽい世界に   作:満足な愚者

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第六話

屋上に立ち、街を見渡す。建物自体あまり高くないため、見通しは良くはない。それでも、穏やかな風が吹き抜け、気持ちが良かった。

 

街は夕日によって赤く染まっていた。

 

外壁の向こうに沈む夕日を眺めながら考える。

 

聖杯について、サーヴァントについて、座について、特異点について……。手に入った多くの情報を整理して、吟味して、組み合わせる。

 

あの時の竜の魔女との会話と、シュヴァリエ・デオンの反応、その後に出会った竜の魔女の手下達、ランサーやアサシンと名乗ったサーヴァントの反応。そして、先ほどの立香とマシュの反応。

 

情報と体験を加味して考える。

 

サーヴァントは英霊であり、その力は知名度や伝承によってもある程度決まる。そして、今の俺の状態は力こそサーヴァントと同等の物があれど、その存在自体はとてもあやふやだということ。

 

デミ・サーヴァントであるマシュ曰く、人間とサーヴァントがまるで混じり合っているかのようだ、ということらしい。この言葉を聞けばあの時のデオンの反応にはある程度の納得がいく。

 

――この身はサーヴァント足るや、それとも……。

 

分かってる。自分自身のことは一番自分で分かっている。

 

俺が感じている力の不安定さ、力の上限が上がったり、下がったりするという感覚、そして、人間のようなサーヴァントのような、不安定な俺の存在。

 

色々なことを聞いた。色々なことを体験した。

 

西の空には大きな夕日が沈みかけ、天と地を自分の色へ染め、東の空は既に黒の天幕に覆われていた。夜でもなく、昼でもない。俺は昔から黄昏時が好きだった。

 

目をゆっくりと閉じ、自らに問いかける。

 

――俺がこの世界に来た意味はあったのか?

 

何時もの問いかけを、何時の通りに心の中で唱える。

 

――意味なんてない。全ては偶然だ。

 

問いが何時もと同じなら、出る答えも何時もと同じ。

 

しかし、何時もと同じはずの言葉が何故か今は心の中に重く圧し掛かるような気がした。

 

「お兄ちゃん?」

 

背中越しに声を掛けられた。聞き慣れた声は、何時もと同じように琳瑯璆鏘となる珠のような音だった。

 

「なんだ、俺の事は師と呼ぶんじゃなかったのか?」

 

振り返りざまにそうからかっておく。

 

あの後、顔を真っ赤にさせあわあわとテンパっていたジャンヌは立香の『師匠じゃなかったの……』という呟きに全力で食いつき、『そうなんです! 私は今、我が師と言ったんです!何と言っても私の師匠ですから、彼は! ええ! だから、お兄ちゃんだなんて言ってないです! いいですね!』と首を何度も上下させながら言ったのを機に、俺の事を師と呼ぶようにしたようだった。

 

ちなみにそれで立香やマシュのジャンヌに対するイメージが保たれたのかどうかは、俺が言うまでも無いだろう。

 

「うぅ……。今は、いいんです! 周りに誰もいないし、大丈夫です!」

 

ジャンヌは真っ白な頬を少しだけ淡い朱に染めると、ゆっくりと歩き、俺の横まで来た。

 

「綺麗だね」

 

彼女は俺の方は見ずに真っ直ぐに夕日を見つめる。地に落ちんとする陽に照らされた横顔は何処か神秘的に見えた。

 

「あぁ、綺麗だな」

 

「お兄ちゃん、座からのバックアップがないって本当?」

 

「あぁ、知識なんて処刑される前のことしか知らないし、サーヴァントがどんなものかなんて立香に聞くまでは分からなかったよ。ジャンヌも不完全な召喚だっけ?」

 

「うん、私も聖杯からのバックアップは殆ど受けていない状況だよ。一応完全にサーヴァント化してるし、お兄ちゃんのように全くではないんだけど、ルーラーとして使えない能力も多いし……」

 

「まぁ、お互い似た様な物と言うことか?」

 

「……うん、そうだね」

 

「そう言えば、竜殺しの呪いの解呪は終わったのか?」

 

「うん、呪いの方は無事に解除できたよ。後は傷が癒えるのを待つだけ、後四日もすれば十分治ると思う」

 

「そっか……」

 

それから、暫く無言の時が続いた。先ほどよりも少しだけ冷たくなった風が俺とジャンヌを包んだ。

 

どれほどの時間が経ったのだろうか? 

 

一分かもしれないし、十分かも知れない。あるいはもっと短いかもしれないし、もっと長いのかもしれない。

 

彼女は言葉を探し、俺は彼女の言葉を待つ。

 

幾何かの時間が流れた後に、彼女はポツリポツリと口を開いた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。黒い私、竜の魔女となった私に会ったんだよね」

 

色素の抜けた白銀の髪に、憎悪と憤怒を宿した黄金の瞳。憎悪によって染められた漆黒の衣装を身に纏い、手には竜の紋章が刻まれた旗を持つジャンヌダルク。

 

このよく分からない世界に訪れたその日に彼女と出会った。

 

「……あぁ」

 

あの時、彼女と交わした会話。そして、俺を見た時の反応。

 

全てが物語っていた。彼女がジャンヌダルクだと。

 

「どう思った? 竜の魔女と会ってみて」

 

「――――」

 

俺が言葉を探している間に、ジャンヌはさらに口を開く。

 

「私はね、あの竜の魔女と会って思ったんだ。――この魔女は私だって。間違いなく私自身だって」

 

ジャンヌはそこまで言うと夕日から俺へと目線を移した。穢れを知らない純真無垢な瞳が俺を見る。

 

「お兄ちゃんも同じことを思ったと思う。そうだよね、お兄ちゃん?」

 

「――あぁ、そうだな。俺もそう思ったよ。竜の魔女は聖女と同じだって」

 

これはまごうことなき俺の本心だ。あれは見た目だけが似ている訳ではない。それ以上だ。中身までも同じだ。

 

俺の横に立つジャンヌダルクと竜の魔女としてフランスを滅ぼそうとするジャンヌダルク。俺にはそのどちらも正しいジャンヌダルクに見えた。そう、言えば何かのボタンの掛け違い、もしくは強い信念があれば、俺の横に立つ聖女ジャンヌダルクも、あのように黒く染まり、竜の魔女になりかねない。

 

「うん、やっぱり……。マリーは私とあの魔女は違うと言ってたけど、私はそうは思わない。きっと、彼女は私で、私は彼女なんだって、そう思うの。でも、私には彼女がどうして魔女になったのか分からない。私は望んで命を差し出した。お兄ちゃんも自らの意思で、あの終わりを選んだ。その結果がどうであれ、私がフランスを恨んだり、ましてや滅ぼそうだなんて思わない」

 

ジャンヌダルクと呼ばれる聖女なら、そうだよな。彼女はあの終わりに心の底から満足している。その先に戦乱が再び起こったとしても、彼女の死が無駄死にだったとしても、あの選択をやり直そうなんていうことや、フランスという国を滅ぼそうだなんて考えを持つはずはない。

 

だから、きっと……。

 

つまり、これは……。

 

もっと簡単でもっと単純なことなのだ。

 

「それに向こうのキャスターはジル・ド・レェだと聞きました。そして、彼が私の様に黒く染まっていることも……。聖杯から知識のバックアップを受けていない私にはその原因が分からない。あの清廉潔白なジル・ド・レェ卿が黒に染まるなんて考えられない。でも、他のサーヴァントの方はジルのあの変容を見てもどこか納得しているようだった。それに、私とお兄ちゃんの関係を知った時のマシュとマスターの反応も……。この世界は何かが可笑しい……」

 

「――ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、世界が可笑しくなった原因が分かる?」

 

その問いかけに、俺はしばらく悩んだ後に、

 

「――さぁ、俺にはさっぱりだよ」

 

そう薄く笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、今戻りました」

 

青年と別れてからジャンヌは女性陣にあてがわれた建物へと戻った。竜により滅ぼされた街の中でも唯一無傷だった建物。立香達が訪れるまでは悪魔の軍の拠点となっていた建物だが、今では立香を始めとする女性達の宿舎として宛がわれていた。

 

「おかえりなさい。ジャンヌさん」

 

外から戻ったジャンヌに声を掛けたのは、デミ・サーヴァントであるマシュだった。

 

「あれ? 他の皆さんは?」

 

部屋にはマシュの姿だけしかない。この部屋には、立香、マシュ、ジャンヌ、清姫、エリザベートの五人が寝泊まりするはずなのだが、他の三人の姿が見当たらない。

 

「清姫さんとエリザベートさんは少し口論になってしまいまして、決着をつけるとか云々で外に出られました。あとマスターはほんの先ほど、用事があると外に……。マスターとは入れ違いになっていましたね」

 

「そうでしたか」

 

何やら外壁の外で火の柱が上がったり、鉄と鉄がぶつかり合う音がすると思ったらそういうことだった。あの二人は通信でも仲が悪いと聞かされていたので、そこまでの驚きはない。流石に本気で相手を殺そうだなんて思ってもいないだろうから、少しじゃれ合う程度の物だろう。

 

「何か用でもありましたか?」

 

「いえ、ただ気になっただけです」

 

ジャンヌはそこまで言うと、机の上に無造作に並べてあった紙の束に気が付いた。

 

「ん? これは……」

 

「あぁ、これですか? マスターが書いている特異点やレイシフトについての記録です」

 

「そうでしたか……」

 

ジャンヌはそこで、机の一番上に置いてあった紙を見る。明らかにフランス語ではない文字列。彼女からして見れば暗号のような文字列だった。聖杯のバックアップが乏しい彼女では、意味まで理解できない。

 

――しかし。

 

「どうかしましたか?」

 

「この文字は……」

 

「あぁ、それですか。この文字はマスターの国で日常的に使われている文字です。未来の日本という国で使われている日本語と呼ばれる文字らしいです。何でもひらがな、カタカナ、漢字と言った三つの文字があるらしく、完璧に使いこなせるようになるには凄く難易度が高いとドクターも言ってました」

 

マシュは、私もまだ一部しか読めません、と笑顔になる。

 

「その日本語がどうかしました?」

 

「いや、どこかで見た様なことがあるような気がして……」

 

彼女の疑問に答える人間はどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上が報告になります」

 

「そう、分かったわ。報告有難う」

 

オルレアンの本拠地にてセイバーからの報告を受けたジャンヌオルタは、誰にも分らないような小さなため息を一つ漏らした。

 

報告の内容は、未来から来たマスターとそれに協力するサーヴァント達をあと一歩のところまで追い詰めたが、悪魔の軍の介入により失敗に終わったと言うこと、悪魔の軍と彼女たちが合流し、さらに聖人を連れた白いジャンヌ達も彼らと合流したと言うことだった。

 

「ジャンヌ、どうされますか? 二人の聖人が揃ったとなれば竜殺しの呪いは解かれたと思っていいでしょう! 攻めるなら今が好機とこのジル・ド・レェは見ます! 今こそ、我ら全ての力をもって彼らを殲滅すべき時!」

 

キャスターがそう声を震わせて言う。憎悪と復讐に染まった声が辺りに響いた。

 

彼の言うことは間違っていない。敵の戦力がまだ全力を出し切れない内に相手を叩く。敵には手負いの人間がいるのだ、この気を逃せば敵は更に力を付けることになる。誰がどう考えても攻めるのなら今である。

 

しかし、

 

「いえ、攻めはしないわ……」

 

「何故です! ジャンヌ!」

 

「簡単な話よ。竜殺しの傷が癒えたら彼らはどうすると思う?」

 

「そ、それはオルレアンに攻め込むかと」

 

「えぇ、その通りです。それもフランス全土でちまちまと防衛戦をしている旧フランス軍隊も集めてね。最大の戦力でオルレアンに攻め込むでしょう」

 

「では、ますます今が好機では!」

 

「いえ、だからこそ今は待つのです。今攻め込んだところで彼が向こうにいるのなら主力の殆どを逃がしてしまうことになるでしょう。それではまた、イタチごっこの始まりです。相手の全てをこちらの全てを持って完膚なきまで叩き潰す。これで、この戦は終わりです。後はフランスを燃やし尽くせば終り……簡単な話ではないですか」

 

ジャンヌオルタは薄く笑うと、

 

「それとも、ジル・ド・レェ卿は私が負けると思って?」

 

「いえ! 決してこのようなことは思ってはいません! ジャンヌには勝利以外有り得ない!」

 

「そう、ならそれでいいでしょう。竜殺しの傷は後四日もすれば治るでしょう。で、あれば彼らが攻めてくるのは、五日後の朝が濃厚ね。それまでに竜を呼べるだけ呼んでおきなさい。勿論、戦力を増長するのも大切だけど、並行してフランスを破壊するのも忘れないようにね」

 

そんな時だった。報告を終えた後、一言も口を開かなかったセイバーがその口を開いた。

 

「マスター。無礼を承知で一つ意見を申したい」

 

「なにかしら?」

 

「マスターが何故、フランスを滅ぼそうとしているのか、その本当の理由を話して欲しい」

 

片膝を着いたまま首を上げずにセイバーは話す。その姿はまるで騎士そのものだった。

 

「なっ! サーヴァントの癖に生意気な!」

 

「ちょっと待ちなさい、ジル」

 

今にも襲い掛かりそうなジル・ド・レェをジャンヌオルタは止めると、再び視線をセイバーに戻した。

 

「それはどういう意味かしら? 私は前に、私を裏切ったフランスと言う国を許せないと言った筈だけど?」

 

「それが本心ではない事くらい誰でも分かります。何があったのですか? ジャンヌダルク程の聖人がそのように黒く染まるのなら、それなりの理由が有る筈です」

 

「――アナタはそれを聞いてどうするのかしら?」

 

 

「納得のいく理由でしたら、“心の底”からマスターの剣になることを誓います。私や、アーチャーは狂化が無いほうが自由に立ち回りが出来る分、狂化されるよりよっぽど強いと思います」

 

セイバーはそこまで言いきると顔を上げる。その目に嘘偽りはなかった。

 

そして、ジャンヌオルタはしばらく考えた後、

 

「――――――」

 

静かに口を開くのだった。

 

世界の命運を決める戦いまで残り四日。

 

 


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