今回は一人しかμ'sメンバー出せなかったという…
ナニソレイミワカンナイ!!
『うえ~ん!!
助けて穂乃果ちゃぁぁぁん!!』
『待っててことりちゃん!今助けを呼んでくるからね!』
『どうしてこうなるの~!?』
登った木から降りられなくなってしまった少女は助けが来るのを待つしかなかった。
『手が痛いよぉ……』
木に辛うじて掴まっているがその白い小さな手の力では助けが来るまで木に掴まっていることはできないだろう。
『誰か来て…早くぅ……』
少女はもう限界だった。
だがそのときだった。
『ん?お前そんなところで何やってるんだよ?』
『え…?』
少女の近くにはランドセルを背負った少年がいた。
木登り慣れているのか、少女の状況を見ても尚ぽかんとしたまま見上げている。
『降りられなくなっちゃったの…助けて…!!』
『わ、分かった!ちょっと待ってろよ!!』
状況を理解した少年は急いで少女の足下へ周り込んだ。
『よし、飛び降りろ!!キャッチするから!!』
『え!?そんなの無理だよ…!!』
『でも、そのままじゃ何も変わらないだろ?
大丈夫だ、俺を信じろよ。木に登るのも降りるのも得意なんだ』
ほら、と頭上にいる自分に向けて手を広げる少年。
下で自分が跳ぶときを待っている彼の姿を見た彼女は意を決する。
『じゃあ、いくよ──あぁっ!』
下にいる少年とタイミングを合わせて飛ぼうとした少女だったが、木に掴まり続けて擦り減った小さな掌が限界を迎えていた。
結果、痛みに耐えきれず木から手を離してしまった。
『げぇっ!?ちょっと待ってくれ──ぐぇっ』
少年は最後の抵抗として彼女の着地地点を追いかけるようにしてヘッドスライディングしながら両手を伸ばしたが、タイミングが合わなかった。
彼女の着地地点に体を滑り込ませてしまった結果、少年の背を下敷きにする形で少女は着地できた。
『あぁっ!ご、ごめんなさい!大丈夫!?』
『だ、大丈夫…
よかったな、降りられて』
様々な感情が決壊してしまったのか、少女は少年に抱き付き、少年の肩で泣きじゃくる。
『怖かった…怖かったよぅ…』
『わ、分かったから離れてくれぇぇ!!』
『ど、どうして…?ことりのこと嫌いなの…?』
『・・・恥ずかしいんだよ』
少年は顔を見られたくないのか、頭を掻きながら明後日の方向を向いてしまう。
『いたっ…』
『あぁ、そうか。それで手を離しちゃったんだな』
木に掴まっていたために擦りきれてしまっていた少女の手を見て少年は一人納得する。
『ちょっと待ってろ。・・・確かここに…お、あったぞ』
少年は自分の鞄を漁り、消毒液と絆創膏を出した。
『痛いけど我慢してくれ。バイ菌が入るよりはいいから』
『うぅっ……』
『よし。これでもう大丈夫だ』
ポケットから出したハンカチに消毒を着けて彼女の掌を拭った後、血が出てしまっていた部分に大きめの絆創膏を貼りつけた。
『ありがとう。お医者さんみたいだね』
『ははっ、俺もよく怪我するからな』
『あれ…あなたはどうして怪我してるの?』
少女は少年の頬に触れる。その付近は僅かに腫れていた。
傷があったり、汚れていないことから先程の下敷きになってしまったときに怪我したわけではないだろう。
『これは…さっき喧嘩したときに…』
『けんか…?』
『い、いやなんでもない!ここにくるときに転んだんだ』
少年は前言を隠す。
そんなことを知らない彼女は心配そうに少年の頬を擦る。
『ねぇ、絆創膏もらっていい?』
彼女の突然の言葉に少年はぽかんとする。傷がある場所にはもう絆創膏は貼りつけた筈だ。
一人考えを巡らせる少年の頬に、絆創膏がぺたりと貼りつけられた。
『これであなたの怪我もなおるかな?』
『いや、これは──』
腫れに絆創膏を貼っても意味はない。年の割に聡明である彼にはそんなことはわかっていた。
だが自分を心配そうに見つめる少女の顔を見ても尚、そんな現実的なことを言える程酷ではなかった。
『あぁ…ありがとな。すぐによくなるよ』
『えへへっ、よかったぁ。もしよくなったら、一緒に──』
そのときだった。
『ことりちゃぁぁぁぁぁん!!』
『あ…ほ、穂乃果ちゃん!!』
助けを呼びに行っていた少女の友人が戻ってきた。
その後ろには彼女の父親が事態を聞いて走ってきてくれていた。
『ことりちゃん!!お父さん呼んできたよ!
・・・ってあれ?降りられたの?』
『う…うん!!
この子が助けて………』
少女が振り向いた場所に少年はいなかった。
『あれ…?』
『ことりちゃん?』
少年がいた場所には消毒液と絆創膏。そしてハンカチが置いてあった。
ジリリリリリリリリリ!!!!
「んあぁ?」
まだ覚醒しきっていない嫌な眠気と共に目を覚ます。
休みの筈の日に、こんな時間に目覚ましかける理由があっただろうか。
『雄二!!早く起きなさい!!
吉井君たちが来てるわよ!!』
「なっ!?マジか!?」
少年、坂本雄二は母親の叫び声でようやく頭の中の靄が晴れた。
そうだ、今日は音ノ木坂に入学手続きをしにいくんだった。
それを思い出したときにはすでに待ち合わせの時間を回っていた。
「お袋!!昼はあいつらと食ってくるから大丈夫だ。
あと向こうの寮に行く前に一回荷物とりに帰ってくるから!」
『待って雄二、ほら。
行く前にコーヒーくらい飲んでいきなさい』
雄二の母が机にマグカップを置いてくれる。
雄二はそれを急ぎ、口に流し込んだ。
「わ、悪りぃお袋───ぶふぉぉぉっ!?」
『な…!?どうしたのよ雄二!!』
「これコーヒーじゃねぇだろ!!一体何を入れた!?」
『えぇ?ちゃんとコーヒーのボトルを──
あら…これ、めんつゆだったわ…』
「どうしてめんつゆとコーヒーを間違えることが出来るんだ!?」
『だってコーヒーとめんつゆって文字が似てるじゃない?』
「どこがだよ!!めんつゆはカタカナですらねェだろ!!」
『そんなことより雄二、吉井君たちが…』
「あぁクソッ!!どうしてこんなことに…!?」
雄二は急いで玄関を出る。
家の前では明久がこれから走ることを見越してか、準備運動をしていた。
「・・・遅刻した俺が言うのもなんだが、遅刻したときの状況に随分慣れてないか?」
「遅いよ雄二!!全力ダッシュは確定だよ!!」
「あぁ、すまねぇ!走るぞお前ら!」
「どうしてこんなことになるのじゃあ!?」
「・・・とんだ災難」
四人の新たな学園生活一日目は音ノ木坂へのマラソンで始まってしまった。
「ねぇ雄二!!」
「何だ明久?」
「なんだがめんつゆの臭いがするんだけど!?」
「それはカクカクシカジカで……」
「泣きっ面に蜂とはこのことじゃな…」
「流石に僕でもめんつゆとコーヒーは間違えないよ…」
「・・・差し入れ」
康太がコンビニで買ったものであろう、おにぎりを雄二に投げ渡した。
・・・ただ、輸血パックの入ったクーラーボックスからおにぎりを出したのを雄二は見逃さなかった。
「すまねぇ、康太。いただくぜ」
ビニールの包みをポケットに突っ込み、おにぎりを口に放り込む雄二。
走りながらではあるが、音ノ木坂へ走るカロリーを補給できたことは嬉しい誤算であった。
「あのバスに乗れば音ノ木坂に近い所で降りられる!!
お前ら全力で走れ!!」
「わ、分かったのじゃ!!」
その後、何とかバスに乗って音ノ木坂へと向かうことができた四人だったのだが…………
「ハァ…ハァ………
こんなにも辛い登校は…生まれて初めてだ……」
「僕たちもだよ…」
全員登校の時点で疲れきっていた。
朝からこんなんで、このあとにお偉いさんたちと会談などできるのだろうか…
「でも乗り遅れなくて良かったのじゃ」
「そうだね。これで乗り遅れたら怒られちゃうもんね
・・・主に鉄人に」
「容易に想像がつくな」
「・・・確かに」
「「「「ハッハッハッハ…」」」」
「ほう、面白そうな話をしているな。吉井に坂本。
誰に怒られると言ったんだ?」
「あれ?雄二。
今鉄人の声が聞こえたような…?」
「まさか、奴とは別行動だろうが」
「お主ら。現実から目を背けてはいけないのじゃ」
秀吉の言葉を解せずにいた雄二だったが、後ろの席を見た明久が青ざめていることに気がついた。
そう、そこには奴がいた。
「お前たちの行き先だけは、音ノ木坂のあとに補習室も追加したほうがいいらしいな…
今日は寝坊するなとあれほど言っていた筈だが?」
「待ってください、鉄人先生!今日は寝坊したのは僕じゃなくて──ぐあぁぁ!!」
「西村先生と呼ばんか馬鹿者が!」
鬼の形相で雄二と明久の肩が掴まれる。
恐ろしさから後ろの席を向くことができなかった雄二だが、この肩にかかる力加減は間違いなく鉄人だった…
死。その一文字のみが真っ白になった頭に浮かんだ。
「・・・明久、雄二。今まで楽しかったよ」
「何で康太は僕らが死ぬことを前提としてるの!?」
「降りるぞ明久!!ここに居たら死刑に──」
「吉井、坂本!!音ノ木坂に着く前に課外授業の時間だ!!」
「「ギャァァァァァァ!!!!」」
明久と雄二は音ノ木坂に着くまで延々と説教と音ノ木坂でのマナーを叩き込まれた。
「さぁ着いたぞ。・・・さっさと降りんか吉井に坂本!!
お前たちの遅刻で時間が押しているのだからな」
「へ~い……」
「クソが…誰のせいでこのザマだと思ってやがる…」
「少なくとも雄二が遅刻しなければそうはなっとらんぞい…」
耳が痛いことを言ってくれるな、と秀吉にこぼす雄二。
ついでに一緒に説教を受けた明久にはあとで飯くらい奢ろう、と心の中で決めた。
「・・・気を確かに持て明久、雄二。これから音ノ木坂の理事長に会うんだろ?」
「お、おう…」
「うん…」
────
「お前たち俺がバスで言ったことは覚えているな?」
「は、はい!鉄じ──西村先生!」
明久が間違えかけた刹那、鉄人が明久を睨み付けた。
危うく、荘厳な雰囲気の理事長室を前に処刑が行われるところだった。
「よし、行くぞ」
そう言うと鉄人はドアをノックした。
「失礼します。文月学園より参りました西村です」
『どうぞお入り下さい』
中から女性の声が聞こえた。鉄人が行くぞ、と言わんばかりに雄二たちに目線を送る。
鉄人を先頭とし、四人は理事長に入った。
「こんにちは、文月学園の皆さん。御足労、ありがとうございます。
私がこの音ノ木坂の理事長、南です。
よろしくお願いしますね。」
「「「「よろしくお願いします。」」」」
「とても礼儀正しい生徒さんですね。
聞いていた生徒さんたちとは大違いです。」
「・・・南理事長。失礼ですが、うちの学園長からはどんな生徒だと聞いておられましたか…?」
理事長の前であるというのに、こめかみを抑えながら鉄人が訪ねる。
鉄人も鉄人でババァの滅茶苦茶には相当参っているらしい。
「・・・その、とても私の口からは…」
あのババァ…転校する前には絶対に殺ろう。雄二は心の中でそう決断した。
雄二は横に目線を向ける。明久はおろか秀吉と康太まで殺気立っていた。奴を始末するのに士気は十分だろう。
「それでは…
早速本題の方に入らせて頂きますね。こちらへ」
そう言って理事長は西村と四人を来客用のソファーへと案内する。
目の前に置かれているテーブルに複数の紙が並べられた。
「まずは入学手続きの方ですね。
事前に藤堂学園長の方から必要な書類などは頂いているので問題ありません。音ノ木坂から支給されるものはこちらのリストに。
それと、これは文月学園側から支給される物のリストです。不備がないか確認お願いします」
渡された紙に目を通す。
が、そこには学園生活を送る上では見かけることのないものが並んでいた。雄二はそこを凝視し、その場で手を挙げる。
「・・・理事長、ひとつよろしいでしょうか」
「はい?何でしょう」
「このリストにあるものは全て、文月学園から支給されてる物で間違い無いんですよね?」
「はい。そうですね」
「じゃあこのクレジットカードとかいう明らかに学校から支給される筈が無い物は一体…?」
「・・・それは藤堂先生からですね。
文月学園側からのリストにあるものは全て皆さんの学生寮に送られていますので後で確認して下さいね」
あのババァ、とうとう金銭感覚までイカれやがったか。雄二は心の中でそう叫んだ。
四人は既に自分たちの名前は残っていないとはいえ、かつて自分たちのいた学校の頭の無茶苦茶に呆れていた。
「それとこちらが音ノ木坂学生帳になります。
では一人ずつ名前の記入をお願いします」
四人は一人一人それを理事長から手渡しで受け取ると、学生帳に名前を書いた。
「はい。これで皆さんは今日から音ノ木坂の生徒です。
これからよろしくおねがいしますね」
とりあえずこれで本日の目標は達成だ。
四人は説明に使われたプリントと学生証を仕舞う。
「それと、皆さんには音ノ木坂で学園生活を送るにあたってご協力していただきたいことがあります」
「彼らのことなら、お気になさらずにどうぞ」
おい鉄人、俺たちが決めることだろそれは。雄二は西村を睨み付けながら恨み言を溢す。
「皆さんも知っての通り、この学校は新しく試験召喚戦争を取り入れる学校です。
そこでより安全に試験召喚戦争を行うためにも試験召喚戦争に詳しい皆さんには試験召喚戦争の運営役…つまり生徒会を手伝っていただきたいのです。」
予想外の提案に雄二たちは目を合わせる。
しかし、文月学園から送られてきた理由も加味すれば自分たちがそんなガラじゃないことはわかっていた。
「理事長。この場合の手伝いというのは生徒会役員として名前を連ねる、ということで合っていますか?」
「雄二…」
雄二の質問に明久が制止する。
だが、音ノ木坂の面子にも泥を塗るかもしれない以上、これは確認しておかなければならない。
「はい。藤堂学園長が仰っていたことは聞きましたが、この場で会って皆さんの立ち振舞いから、この学園の試験召喚戦争のアドバイザーとしても任せられる方だと思えたので。・・・藤堂学園長の仰っていたことも何か理由があってのことなのでしょう。」
少々、買い被られすぎている気もする。
だが、少なくともババァの語る偏見に寄らずに、自分たちを自分の目で評価してくれようとしている相手を無下にすることはできなかった。
「わかりました。生徒会としての俺たちの仕事を教えていただけますか?」
「生徒会での仕事は会長に出されたことを実行していただければ大丈夫です。
運営としての仕事は主に召喚獣の召喚の承認、及び音ノ木坂における試験召喚戦争のルールの公布です」
思わぬ好都合に、雄二は口角をあげるのを堪えた。
自分たちはいつでも召喚獣を出せるようになる上に、文月学園式の召喚戦争に沿わず、ルールの上乗せも出来るってことか。
「分かりました。お引き受けします」
「ありがとうございます。今日はこれで終了です。
最後になりますが──」
理事長は西村と四人に向けて深く頭を下げた。
「皆さんの学園生活を変えてしまってごめんなさい。
・・・音ノ木坂のために、力を貸してくれて、ありがとう」
大人が頭を下げることは難しい。それは大きな立場にある人間であれば尚更だ。
だというのにこの人は、自分たちのような落ちこぼれに願いを託してくれたのだ。
「西村先生。文月学園の皆様にも、どうかお礼のほど、お伝えください」
「南理事長、頭をあげてください。音ノ木坂には文月学園発足時から良好な関係を築いていただいてきた盟友です。
できることがあれば、我々は協力を惜しみません。
・・・コイツらは帰らせますが私は学園長に任されている仕事もあるのでしばし残らせていただきます」
「分かりました。
では西村先生はこちらにどうぞ。試験召喚戦争等のことについてお話がありますので…」
「はい。お前たち、今日はご苦労だったな。
初日に備えてゆっくり休んでくれ」
鉄人に促され、四人は音ノ木坂を後にする。
「・・・色んな人の考えがあるみたいだね、僕たちの転校も」
「あぁ、少なくともあの理事長に迷惑をかけるわけにはいかねぇな」
重い雰囲気の中で空気を変えるべく雄二はババァから渡されていたカギを手に取り、三人に見せながら空に掲げた。
「さて、英気を養う学生寮、拝見といくか。お前ら、行くぞ!!」
「「「おー!!」」」
「俺たちの楽園へ!!」
そう、唯一お楽しみである学生寮だ。
親無し、鉄人無しの四人にとっての楽園だ。
───
「……………」
「…ねぇ雄二」
「何だ明久」
「これって本当に学生寮なの?」
「…らしいな」
あまりに広すぎる敷地、雄二の身長でも余るほどの高さの入り口門。
明久たちが地図を頼りに来た場所にあったのは豪邸と呼ぶに相応しい一軒家だった。
「ちょっと待てあのババァまさかとは思うが、新築したのかこの家…!?」
どう見ても新築にしか見えない一軒家は四人だけが住むには充分すぎる大きさだった。
バカ広い敷地の大きさも相まって、近隣の住宅とは異質さを放っていた。
「・・・庭にプールつきだと…!?」
「どう見ても学生寮ではなく、豪邸じゃな…」
「僕もここまで来るとちょっと悪い気がするよ…」
イカれたババァの差し金だろうが、これは願ってもいなかった幸運だ。
「だがこれはラッキーだな。お陰でお前らに会うときいちいち違う部屋に行かなくても済むしな」
雄二は先陣を切り、バカでかい門を明久たちと潜る。そのまま家の鍵を開けた。
「ちょっと待って雄二…!?」
「なんと言うか…もう何を見ても驚かんぞ」
「・・・まさに楽園」
「こんなに広い家なら演劇の練習も思う存分できるぞい!!」
「さて、入って早々だが一旦帰るぞお前ら」
「どうしてさ?今日からここに住むんじゃないの?」
「一応家具までは付けなくてもいいって言ったからな。
家具をそれぞれの家から送って貰うまでは無理だな」
「・・・それならババァが既に俺たちの家具を引っ越し業者が持ってくると言っていた」
「…康太。それはどこ情報なんだ?」
「・・・ババァからの連絡」
雄二は嫌は予感がしてすぐに電話をかけた。
『あら雄二?どうしたの?』
「お袋、もうすぐ引っ越し業者が来ると思うが俺の家具はまだ運ばせないで──」
『あぁ!業者さんならさっき雄二の家具をすっきり全部持っていったわよ。
・・・あと、雄二のベッドの下にあった本も添えておいたから安心して──』
雄二は耐えきれず、電話を切った。
その姿は空を仰ぎ、涙を流して真っ白になっていた。
「ゆ、雄二…?」
「・・・上等じゃねぇか」
「え?」
「上等じゃねぇかあのババァ!!
今日からこの学生寮…いや、要塞に住み着いてやろうじゃねぇか!!」
自棄になって叫ぶ雄二。
これだけの声量で叫んでも尚、近隣に迷惑はかからず広い庭に木霊するだけだ。
「僕らの家具も多分来るだろうし…
それまで時間あるけどどうする?」
「買い出し行くぞ!!
冷蔵庫とかは明久の家のが来る筈だ。」
「実家とはいえ、一人暮らしは僕だけだしね」
「ということは当然冷蔵庫の中は空っぽの筈」
「そもそも引っ越しされるときに中身は抜かれるでしょ!・・・実際何もないけどさ!」
「ということはこの要塞には今食料が無い!!
つーわけで直ぐに支度しろ。買い出し行くぞ」
「けど雄二、僕たちそんなにお金持ってないよ?」
「ババァがクレジットカードを送って来てただろ?せっかくだから使い倒してババァを困らせようぜ」
「何から何までとんでもない学園じゃな…南理事長もリストを渡してきたとき目が泳いでおったぞ」
確かにあれは心底ドン引きしたことだろう。
廃校も視野に入れている学校の懐事情もあれば尚更だ。
「ほら早く行くぞ。恐らく何回かに分けて買うことになるから時間を無駄にできないぞ」
とりあえず四人は買い出しに行くことにした。
───
「ふぅ…たくさん買っちゃったね。流石にこれが限界かな…」
カートに溢れんばかりの食料を入れて押していく四人。
だが、明久はこれから個人的な買い物に行かなくてはいけなかった。
「雄二、これ家まで持ってって貰っていいかな?
これから調理器具を買いたいんだけど…」
「調理器具?お前の家から送られてくるんじゃないのか?」
「昔から使ってる奴だからもう古くてさ。
流石にそれで料理して皆に出すわけには行かないから」
「そうか、分かった。これは俺たちで運んどくからじっくり選んで来い」
「今晩は旨い料理を期待しておるぞ」
「・・・明久の料理は絶品」
「あはは…ありがとう。期待に答えられるよう、がんばるよ」
明久は携帯で周辺のホームセンターをマッピングする。
三人と別れ、そこへと足を向けるのだった。
一時間後…
「よし、これで大丈夫かな。まさか有名メーカーのフライパンをこの手で使える日が来るなんてね」
調理器具は意外と高い。
フライパンひとつ買うだけで明久が食費を切り詰めてまで買っていたゲームソフトの代金何本分か持ってかれる程だ。
「ん?あれって…」
大荷物を背負って歩く明久の目に、回りの住宅とは違う建物が留まった。
和菓子屋『穂むら』。そう記されている看板を備え付けられた風情のある建物に明久は不思議と足を止めた。
「雄二たちのお土産にもなるし、何か買っていこうかな。
今日は和食だし、食後に和菓子は合うよね」
明久は店に入り、中を詮索する。けど、中に人の気配はなかった。
「あれ。今日はお休みの日なのかな?」
けどそんな看板もなかった。おそらく今は立て込んでいるのだろう。
「とりあえず商品を見て待つか。看板商品は…これなのかな?」
明久の目に留まったのはおまんじゅうだ。
っていうかもう決まっちゃったよ。どうしようか、まだ店員さんいないみたいだけど…
そのときだった。
「ただいま──ってお客さん!?」
店の入り口が空いて明久と同い年くらいの女の子が入ってきた。
ぱっちりと開いた大きな瞳、黄色いリボンで纏められたサイドテールが特徴的なその少女に明久は目を奪われる。
明久の目から見ても、目の前にいる少女は美少女として映っていた。
「あれ…お~い?大丈夫?」
「──はっ!?いや、その───」
時が止まったように静止した明久に少女は目の前で手を振りながら返答を求める。それに気づいた明久は何か言葉を発そうとするが、頭が真っ白になってしまっていた。
会話の切り口を探す明久の目に、少女の着ていた制服が目に留まった。
「あれ…その制服は音ノ木坂の…?」
「うん!そうだよ!音ノ木坂知ってるの!?」
目を輝かせながらずいっと近づいてくる女の子。
なんだろう、元気な犬でも相手にしているような気分だ。
「う、うん。知ってるよ!この辺では有名な女子校だからね」
転校する高校だから、とは言えなかった。
「うんうん、音ノ木坂歴史ある学校だからね!──って、ごめんなさい!!お客さんでしたね!直ぐに準備しますから──痛っ!」
女の子が駆け足で店の奥へ入っていく。
奥から転んだような音が聞こえたけど大丈夫だろうか。
「ごめんなさい、お待たせしました~」
しばらくすると女の子が出てきた。
店の制服であろう割烹着を着ており、特徴的なサイドテールとリボンは隠れていた。
「ここのお店の人だったんだね。バイト、とか?」
「えへへ…♪驚いた?ここ私の家なんだ」
「そうだったんだ。・・・それより、さっき大丈夫だった?」
勿論、さっきの転んだであろうことについてだ。
「あ、あれは聞かなかったことにしてほしいな...お願いっ!」
「あはは…ごめんね。そうだ、これお願いします」
顔を赤らめて恥ずかしがる女の子に謝りながらも、僕はおまんじゅうをレジに出した。
「ありがとうございました!」
お金を払って財布にお釣りを入れる。
その際、財布に入れておいた生徒手帳が落ちてしまった。
親切心からだろう、それを店員の女の子が拾いあげる。
「あれ、これって…」
「あ~…見なかったことにしてもらったりとかって─」
機密とかの関係上、見られたら不味いかもしれないものを落としてしまったことから冷や汗をかく明久。
けど女の子は手帳をしばらく見ると、ぱぁっと明るい表情になる。
「ねぇ!もしかして君が音ノ木坂に入学してくるテスト生なの?」
「え…うん。実はそうなんだ。
よかった。生徒にも告知されてたんだね」
「うん!午後に学校の集会があって、そこで聞いたの!」
どこかのババァと違い、南理事長はテスト生制度のことを事前に生徒に話してくれたらしい。
女子校に侵入せんとする不審者などと、あらぬ誤解を受けて警察にお世話になるのは御免だったので明久は安堵する。
「やっぱり貴方がそうだったんだ~!あ、私は高坂 穂乃果だよ!」
「僕は吉井 明久。宜しくね、高坂さん」
「じゃあ明久君だ!よろしくね、明久君!」
「えぇっ!?あ…明久君!?」
「あ、駄目だった?」
「ううん!全然!好きなように呼んでよ!」
「じゃあ明久君って呼ぶね!また学校で!
同じクラスだといいね!」
「うん!またね、高坂さん!!」
思わぬ出会いを経た明久は和菓子屋さんを後にした。
この出会いこそが、二人のこれからの学園生活を変えることになるとも知らずに。
今回もありがとうございました!