残念イケメンと劣等生   作:ライトフォレスト

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お久しぶりです。


19話 早朝の日課

 新しい朝が来た、希望の朝だ。

 

 

 今は昔、振り返れば軽く150年近く遡る。

 1951年に始まった国民的な朝の体操。音楽とナレーションの指示に従って体を動かし、健康的で衛生的な生活を促すための体操の、その前奏で流れる歌。その最初の歌詞である。

 希望溢れる朝に早く起きて体操をすることに楽しさや充実感を感じる者もいれば朝起きのつらさや何故せねばならないという感情を持つ者がいる。

 小学校の夏休みには早く起きて近くの公民館などに集まって体操し、終わったらもらえるスタンプを提出しなければならなかったと大変な思いをしたものも多いことだろう。健康促進の体操であるのにかかわらず、強いることで不快を感じさせる、何とも皮肉なことだろうか。

 

だが、効果は確か。

この体操は第3次大戦の間を除けば、第2次大戦後6年から現在に至るまで、受け継がれてきた。もはや日本の伝統と言っても過言ではないだろう。

新しい朝、希望の朝。今日も今日とて、きっかり6時から流される音楽は、電波に乗って日本中を賑わせている。

 

 

 

もっとも、聴者の大半は高齢層なのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大きく背伸びの運動~~、はいっ』

 

 

 

いち、に、さん、し、ラジオから流れる指示に合わせて腕を伸ばして身体をほぐし伸ばしていく。顔を覗かせ始めた太陽と淡く明かり始めた空の元、ささやかな大きさの庭には大小の少年少女たちの姿があった。寝巻やジャージ、エプロンと一つも被ることのない格好、振りの大きさもバラバラに、同じように身体を動かしていく。

 

ここ『靏の宝箱』では日課に朝のラジオ体操を行っている。互いの絆を深めることを目的として開設当時から続いている。第一まで踊り終えると着替えていないものは着替えて食卓へと向かい、全員揃ってから朝食を食べる。この時も、年長者の「いただきます」を音頭に食事を始める決まりがあったりする。

 

 

 

最後の深呼吸が終わると、隆のいない中で最年長の波斗が年取ったラジオの電源をカチリと回した。アンテナを畳みながら、年下たちに着替えてくるように告げる。

身体を動かしてテンションが上がったちびっ子3人は、は~いと揃って返事をして部屋まで競う様に屋内へと走っていった。自分と同い年の春香はラジオが消えると同時に屋内へと退去している。

 

ラジオを元の位置に戻した波斗はジャージを脱ぎシャワーを浴びる。ランニングで流した汗をお湯で洗われる心地よさに浸りながら、周囲を漂う湯気のようにフワフワと思考が過ぎる。

 

 

 

 

来月行われる大会で勝てば、次は全国かーーー

 

 

 

 

 

 

 

期末試験は来週の水曜からだったなーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーん?今年の国大の会場って・・・

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを終え、着慣れた制服に着替える。滴る雫を肩にかけたタオルで拭いながら食卓に向かうと波斗以外の子供たちが既に座って待っていた。

 

 

 

「波斗兄ちゃんはやく~」「お腹空いた」「マダ~?」

 

一番背の高い陸は背もたれに頬をついて、茶色と赤のオッドアイを持つ弘樹は食事を見つめながら食卓を指でトントンと叩き、隼人はつかない足をプラプラさせながら、それぞれ催促する。

 

 

いつも通りの光景を横に流しながら席に着き、いつも通り一言、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

辺りに飛び散る汗。反撃によって吹き飛ばされる坊主たち。東京のとある寺の境内、そこには普通であれば有り得ないような、この場の者してみれば日常的な光景が広がっている。

 

 

多くの坊主が白んだ空を舞う。

風に吹き飛ばされる木の葉のように、投げられ、蹴られ、力を逸らされ境内に体を打ち付けている。

 

 

何人もの坊主が距離を置いて取り囲んでいるのは、平凡な顔つきでややツリ目の青年。癖のない髪に平均的な身長、一見特徴のない、平凡な高校生は1人、もしくは複数で飛びかかってくる相手を危なげなく対処していく。

 

 

その白熱した輪の外側で青年をジッと見守る少女が頰を緩める。誰もを魅了する微笑みからは青年の強さへの絶対的な自信と尊敬、それに無自覚の好意が見て取れた。

 

 

「おはよう、深雪ちゃん」

 

「ですから気配を消して背後から近づくのはやめてください!」

 

 

驚いて振り向いた少女、司波深雪はまたかと呆れの感情も含め抗議の声を上げる。が九重八雲はこれも修行だよ、とケラケラ笑い、そのにやけ顔に溜息をつく。

 

古来より忍びと呼ばれる一族の技、忍術を受け継いだ九重八雲といえば、魔法を技術として発展させた現代では知る人ぞ知る有名人。

しかし、その軽さと女性に鼻の下を伸ばす性格に、一時期弟子として体術を学んだ深雪は格式高い、古式魔法の伝承者としての威厳を持って欲しいと目を細める。

 

そして2人の視線は司波達也へと戻る。丁度、最後の門下生を蹴り飛ばした所であった。頰に伝う一滴を拭う達也を八雲は感心の、深雪は尊敬の眼差しを送る。視線を受ける達也は深雪に一瞬微笑み、すぐに隣へと視線を移して駆け出した。

 

 

 

 

 

朝の修練も終わり、倒れていた修行僧は屋内に戻りそれぞれの仕事につく。境内にいるのは泥だらけで背中を地面に預け、胸を上下させる達也と膝立ちで兄の頰をハンカチで拭う深雪、先程まで組手をしていたと思えないほどケロリとした顔で立っている八雲だけだった。

 

 

何処かで見た光景だと誰かが感傷に浸る中、達也は立ち上がり深雪は魔法で2人の服の汚れを払う。八雲も、いつもの事と流しながら、軽口を叩き始める。話の対象になっている達也は冗談半分、バスケットを持ち上げる深雪はステップを踏みそうになるほど上機嫌に話を聞き流している。

 

 

 

「今日はおにぎりを用意しました。中身は梅とツナマヨと明太子です!」

 

 

美少女の満面の笑みに煩悩僧の鼻の下が伸びないはずはなく、仲良く3人でおにぎりを手に取り、達也は大切な妹へと心からの感謝を述べる――

 

 

 

 

「いただきます。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はぁー・・・はぁっ・・・・・」

 

 

暗くはないが明るくもない空の下、木の葉のさざめきがそこら中から響く林の中に俺はいる。滴る汗が地面を冷たく濡らし、木々の間を縫って、朝の冷たく目の覚めるような風が少年の頬を撫ぜる。

 

 

「あららぁ?もうバテちゃったのかしら」

 

 

荒い呼吸をどうにか整えながら、頭をあげて目の前の()を見やる。同じコースを同じペースで走っているのに全く堪えてない・・・化け物かよこいつ、内心で悪態を吐く。

ただのランニングなら少年の実家の仕事柄、小さい時からやってるし、それなりに体力には自信があるつもりなのだが・・・砂利道に心臓破りの坂、100段以上の階段やら小川をジャンプで渡る(幅5m程)やらをノンストップで走り続ける荒業の前では些か心許ない。

 

 

さらに走るペースも普段より速いのだ。

 

 

 

「これでバテてちゃ、九校戦までついてこれないわよ、駿ちゃん」

 

 

 

 

隆は冷めた目で森崎を見つめる。

九校戦に勝つために朝の鍛錬に付き合わせてほしい、そう頼み込んだ森崎がここでバテるのであれば、今後のことは断らなければならない。隆も選手として出場するのだ。他と合わせて基礎練を進めるわけにはいかない。それに、自分を信頼して頼んできたのだ。中途半端にやるわけにはいかない。徹底的に鍛え上げるつもりである。

ライ◯ップのCMで例えるなら、小柄で細マッチョな森崎が項垂れて半回転した後に、ゴリゴリマッチョの十文字がドヤ顔でポーズ決めながら回るくらいにはやるつもりである。

 

 

 

 

 

弟の肉体改造と体調管理に6年間付き合ってきた私に死角はないわ(キリッ)

 

 

 

 

 

「わ、かってる…!ちょっと風、にあたってた、だけだ」

 

 

そして、隆の抱く密かな熱意に反応してかは定かではないが、森崎も必死に喰らい付こうとする。その姿勢に隆は安心する様にニヤリと笑う。

 

 

 

 

「あらそう?ならもう少しペース上げても大丈夫そうね」

 

 

「 」

 

 

 

 

 

 

 

 

シュッ

 

 

森崎の放った拳が隆の顔があった場所を貫く。隆は身体を半転させ仰け反る事で回避し、そのまま森崎の腕を引っ張り、体勢を低くした体当たりを食らわせる。

 

「っ!!!」

 

 

森崎の胸と腹に衝撃が襲い、肺の空気が思い切り吐き出される。重心が後ろに逸れた森崎は寄り添うように密着している隆と一緒に地面へと倒れる。

痛みの中、なんとか受け身をとった森崎は苦悶の表情ですぐさま上体を上げようとする。だが、起きあがることができない。何故なら、

 

 

「はい負け♡」

 

 

「!?」

 

 

隆が倒れ込んだ際に森崎の上体に跨り、マウントポジションを取っていたからだ。森崎の両脇下に膝立ちし、頭を挟むように地面に両手をついている。側から見れば、ドラマのベッドシーンのように見えるが、実際はバトル漫画の敵が主人公にとどめを刺そうとするシーンなのだ。

 

 

「これで2回目ね」

 

 

隆の一言でフリーズしていた森崎の思考が超加速する。

 

 

 

「ち、近い近い!ささっさささ、さっさと退け!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中頃まで走った隆は現在、休憩をはさんで手合わせをしていた。

 

 

 

 

 

「――――組み手?」

 

 

「ええ、いつもは忍者みたいなことしてるけど、今の駿ちゃんだと無理だろうし、日も少し足りないからもっと実戦的な訓練をしましょ」

 

 

「それはそうだが・・・・それよりも忍者みたいなことって何だ?印を組んだりしてるのか?」

 

 

 

「それもたまにするけど、いつもは枝と枝を渡ったり幹を蹴って別の木に飛んだり着地と魔法を禁止してやってるの。ちょっとした思い付きで始めたけど結構楽しいわよー」

 

 

「まじかよ・・・」

 

 

驚愕半分、呆れ半分で木から木へアクロバティックに移動する隆を見つめる。さながら動物園のサルに向ける視線と同じものなのだが、本人は気にせずやや遊んだ後にスタッと戻ってくる。

 

 

「そ・れ・で、今から組手をします。10分以内に私から一本取ってみなさい?―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

所々土で汚れた森崎は最小の動きで躱した隆に、今度は左からボディを狙って拳を突き出す。隆は一歩下がり、繰り出される森崎の腕に手を当てて右に逸らす。

 

 

「っらぁ!」

 

 

森崎は足を一歩踏み出し、受け流された力を利用した回し蹴りを続け様に繰り出す。顔面に向かう蹴りを隆は横ではなく後ろに半円を描くように回避する。2転3転、バク転して隆は森崎と距離を置いて再び対峙する。

 

 

ピピピピッーーピピピピッーー・・・

 

 

「今のはよかったわよぉ〜、危うく貰うところだったわ」

 

 

 

「くっそ、かすりもしねぇ・・・」

 

 

森崎はオホホと笑う隆を睨みつける。10分の組手と言いながら、自分からは一切手を出さず、反撃もしない。先ほどの回し蹴りも、隆は笑みを浮かべながら避けてみせたのだ。それだけの余裕がある。体力も、格闘技術も、自分よりもはるか高みにいる。普段はヘラヘラクネクネした変人だが、やる気になると規格外の力を発揮する。気が遠くなるほどの実力差に身震いさえ覚える。

 

 

 

(いつかその余裕を打ち崩してやる!)

 

 

 

森崎の目に炎が灯ったのを見て隆は嬉しそうにほくそ笑むのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

タッタッ

 

 

 

 

ボンヤリと明るくなった時刻、()()住宅街を走っている。全身に風の抵抗を抑える魔法と地面を蹴ると同時に接した瞬間に力のベクトルを進行方向の斜め前に発生させる魔法を平行起動させ、自動2輪並みの速度で自宅まで移動している。これもロードワークとして毎日、ランニングの帰りに行なっているのだが、今日は自宅まで直線的に進んでいる。家の屋根や壁を蹴って移動している。

 

 

 

 

 

 

森崎を肩に担いで

 

 

 

 

 

帰りのランニングで魔力切れを起こしてしまった森崎はそのまま隆に肩に担がれて運ばれている。

洗濯物のようにぶら下がった森崎は、現在体のだるさで主に真下の光景しか見えない。そのため屋根から屋根へ、壁から壁へと移動する光景がただただ落ちて上がって寄って離れて、まるで遊園地のアトラクションのように目紛しく変わる景色を風と音、浮遊感を体全体で受け、安全ベルトは隆が添えた腕だけ。

つまり、

 

 

 

「あぁちょっと、暴れないで頂戴!」

 

 

 

 

 

(怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

「おぉぉろぉぉぉせぇぇぇぇぇ!」

 

 

 

恐怖によって錯乱状態になった森崎はじたばたと隆の肩の上で暴れ始める。それもそうだろう、目を覚ますと担がれて屋根から屋根、壁から壁へと高速で移動している。さらに手足はぶらぶらと風にあおられる枝のように隆の肩に乗せられている。覚醒から発狂まで3秒ほど、白いUMAよろしく、「わけがわからないよ」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁっ、ちょっ、おとなしk・・・あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、都内の一角で少年の絶叫が朝早くからこだましたという。

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