岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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ギ ル 様 引 け た


軍資金も運も使い果たしたのでメルトは引けないでしょう。



12.試験の時間

 

「範囲が変わる!!?」

 

 浅野君との会合があった次の日。

 準備期間の最終日であり、つまりはテスト前日であるその日のHRに、前原君のそんな叫び声が響いた。他の皆は前原君の様に立ち上がるほどではないにしろ、少なくない衝撃を受けている。

 

「……えぇ。昨日の朝発表されたそうです」

 

「何でそんな急に……」

 

「こちらでも抗議したが……直前の詰込みに対応するのも進学校では必要だと言われてな」

 

「そんなのって……!」

 

 教室の中は先日までとは違った意味で騒がしい。まぁそうなるだろう。範囲が変わるというのはそれ程の事だ。

 

 昨日喫茶店を出た後、家に戻って殺せんせーに範囲変更の情報を伝えた所、すぐに行きますという返事の直後に通話が切れ、きっかり二秒後にインターホンが鳴った。

 

『き、岸波さん……範囲変更とはどういう……』

 

『……これを見てほしい』

 

 殺せんせーに変更された範囲を見せると、愕然とした表情で「これは……」と呟いたきり、何も言わなくなってしまった。殺せんせーも、まさか理事長がこんな反則ギリギリの一手を打ってくるとは思っていなかったのだろう。

 

『……とりあえず、明日一日で詰め込むしかないと思う』

 

『……そう、ですね。えぇ、それしかありませんか……にゅぅ』

 

暫く悩んでいた殺せんせーだったが、私の言葉で現実に戻ってきた後そう呟いて、よーしやりますかー! と声高に叫んだ。気持ちの切り替えには成功したらしい。

 

『近所迷惑』

 

『にゅやっ!?』

 

 うるさかったからナイフ投げたけど。

 

 ……その後、烏間先生とイリーナ先生には自分から連絡しておくと私に告げて、殺せんせーはマッハで飛び立っていった。夕暮れ時とはいえ住宅街からマッハで飛んでいかないでほしい。見られたらどう言い訳すればいいんだ。

 

「確認してきたわよー」

 

「あぁ、イリーナ先生……どうでしたか?」

 

「ハクノが手に入れた範囲で間違いないわね。正真正銘のホンモノよ」

 

 気だるげといった雰囲気を纏いながら、イリーナ先生が教室に姿を現した。

 イリーナ先生には、私が手に入れたテスト範囲が本当に正しいものなのかどうかを確認してもらっていたらしい。昨日の浅野君の言っていたことを考えると偽物ではないと思うが、慎重に動くというのは悪い事じゃない。

 確認の結果は本物。少し安心した。これよりも広いとかだったら死んでた。

 

「この範囲なら今日一日でどうにかなりますか……さて、では授業を始めましょう」

 

 授業の開始を殺せんせーが告げる。昨日までの過剰分身も最初のマンツーマン分身も止めて、全員に教えていく形にしたらしい。まぁあの分身は一人一人に適応させた教育方針だったから、全員に等しく教えていくのに分身する意味は無いんだろう。

 

「……?」

 

 最初の現代文の教科書を取り出して黒板に目を向けるが、ふと違和感に気付いた。誰も動こうとしないのだ。皆の手は膝の上や机の上に固定されていて、勉強のために動く気配はない。カルマも動いてはいないが、教科書を持った反対の手で頬杖をついてクラス全体を見渡しているので、多分私と同じなんだと思う。

 殺せんせーも気付いたのだろう。授業始めますよー? とヌルヌル動いて勉学を促している。

 

「……いや、勉強はこれくらいでいいよな」

 

「……だよね。もう十分やったし」

 

「あんだけやったんだから今までよりは上がるでしょ」

 

「しかも範囲広がってるんだし、これ以上やってもなぁ?」

 

「確かに」

 

 しかし皆は勉強道具を取り出す素振りは見せず、そんな言葉が口から零れていた。

 

「それに暗殺の方が大事だし」

 

「そーそー、なんたって百億だもん」

 

 ―――百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だし。

 

 それぞれの口から色々と言葉は零れ落ちていたが、要約するとほぼ全員がそんな事を言っていた。殺せんせーもそういう考え方をするのかと驚いてたみたいだ。

 まぁ言っている事は間違いではない。人生というのは何をするにしてもお金が必要だ。月にいた頃だって凛の協力を取り付けるのに五百万する宝石を求められたし、購入したアイテム一つ無ければ負けていた戦闘だって少なくない。裏側でもマネーイズパワーシステムという名の壁が立ちはだかったし、西欧財閥は闇金だったし、円卓の騎士は借金取りだったし、ギルにはハサンと馬鹿にされたし……今こうして思い返すと、私向こうでお金に関わる思い出に碌なものがないな。

 それにこっちに戻って来てからも両親の遺産問題や光熱費云々なんかでお金に関わる事は多かった。だからみんなの言ってる事も理解はできる。

 

「テストなんかより、暗殺の方がよっぽど身近なチャンスなんだよ……」

 

 ―――でも、それはどうなんだろうか?

 

 暗殺に成功すれば確かに人生バラ色だろう。倹約して暮らせば一生働かなくて良いかもしれない。

 でも失敗したら? 殺せんせーを狙ってるのは私達だけじゃない。イリーナ先生みたいに国が送り込んでくる刺客もいるだろうし、個人で殺せんせーを狙う殺し屋だっているかもしれない。そういった手合いに横取りされた場合、私達に残るのは『勉強も暗殺も失敗した劣等生』という汚名だけだ。そこから這い上がるのは並大抵の努力じゃ無理だろう。それこそ、今回のテストで全教科満点を取るよりも厳しくて終わりの見えない戦いを強いられる。皆はその事まで考えが及んでいないのだ。絶対に暗殺に失敗できない、背水の陣と言えば聞こえはいいが、長期的な視野を持てていないだけだ。

 

 そして、それに近い事を殺せんせーも思ったのだろう。

 

「……成る程、よくわかりました。今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ」

 

 顔に紫のバツ印を浮かべた殺せんせーは、普段のおちゃらけたトーンの声とは比べ物にならないくらいの低い声でそう言った。

 

「全員校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生も来て下さい」

 

 こちらを見ずにそう言って、殺せんせーは一人さっさと外に出て行ってしまった。

 

「……急にどうしたんだ? 殺せんせーは」

 

「さぁ……?」

 

「なんか急に不機嫌になったね」

 

 皆は殺せんせーの突然の変化に着いて行けてないらしい。まぁ無理もないだろうなとは思う。

 何しろ皆はこの学校で二年間学んでいる。つまりこの学校の在り方に染まっているのだ。だから皆にとって『自分たちはE組だから勉強しても無駄』というのは、一年生の頃から刷り込まれてきた常識なんだろう。そして常識を否定するのは何時だってその常識の外からやって来た存在だ。このE組では私と教師陣がそれにあたる。

 

「…………」

 

 横で欠伸をしているカルマの方に目を向けた。E組にやって来た経緯を考えれば、カルマもどちらかと言えば常識の外(こちら)側だと思うが、率先して動くつもりは無いんだろう。

 

「……ん、何? 岸波さん」

 

「いや、何でもない。……行こっか」

 

 席を立って外へと向かう。さて、殺せんせーはどうするのかな。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 校庭に出た殺せんせーはグラウンドからゴールなどの障害物をどけた後、イリーナ先生と烏間先生にある質問をした。

 

 イリーナ先生には「暗殺で用意するプランは一つだけか」と、烏間先生には「生徒に教えるナイフ術で重要なのは第一撃だけか」と。どちらも目的の次について語られる事だったから、多分殺せんせーと私が考えてる事は同じなんだろうと思う。

 

「第二の刃を持たざる者は――――暗殺者を名乗る資格無し!!!」

 

 高速回転して竜巻を生み出すなんて派手な事をしてグラウンドを整地した殺せんせーは、そんな言葉を口にした。

 次の手があるから自信が持てるという考え方にはとても共感できる。私の場合はムーンセルでも黄金の都市でも戦闘となると財宝ぶっぱで終わらせようとする王様がいたからだ。大抵はそれで終わるから、たまにいる財宝の雨を掻い潜って肉迫してくる敵の対処には苦労してたので、二の手三の手が重要だというのは心の底から理解できる。そんなのが面倒だっていうならもう少し狙いをつけて撃ってほしかったよ本当に。切実に!

 

 過去を思い出して心なしか頭痛がしてきた私をよそに、殺せんせーの話は続いて行く。

 

「もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないと判断し……校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

「ッ……!」

 

 第二の刃。つまり、暗殺の次に続く武器。この場合は成績の事だろう。

 

「……いつまでに?」

 

「決まっています。明日ですよ。

 ……明日の中間テスト、クラス全員で百位以内を取りなさい」

 

「「「!!?」」」

 

「……うわぁ」

 

 殺せんせーから告げられた第二の刃は、そんな『今のままじゃ無理だけど、今日一日本気でやれば手が届く』というギリギリの所だった。多分本当は成績優秀者の証である上位50人って言いたいんだろうけど、流石にそれは無茶振りが過ぎるというのはわかってるんだろう。

 それに比べれば上位百人というのは、三年生全員で186人である事を考えるとまぁ妥当と言える。失敗すれば第二の刃どころか第一の刃(暗殺)さえなくなってしまうんだから、皆必死になってやるだろう。

 

「自信を持ってその刃を振るって来なさい。仕事(ミッション)を成功させ……恥じる事なく、笑顔で胸を張るのです!」

 

 ――自分たちが暗殺者(アサシン)であり……E組である事に。

 

 殺せんせーのその言葉を最後に、少々変則的な朝のホームルームは終了した。

 その後は教室に戻って、理事長曰くの直前の詰込み教育だ。殺せんせーも今までの様な分身は行わず、ついて来れない生徒がいればその都度分身を召喚して教えていくという方針を取っていた。一人のために授業を止められず、かと言って置いて行く事も出来ない。そんな今の状況を解決する殺せんせーにしか出来ない力業だ。勉強の苦手な寺坂君達も、こうまでされては手を動かすしかない。

 

 殺せんせーの言葉を聞きながら、一つ一つ問題を解いていく。こうしていると、聖杯戦争の決戦前にギルと二人で得た情報を纏めていたことを思い出す。断片的な情報を元に真名を暴き宝具を予想して対策を講じていたあの月の日々が懐かしい。

 

「岸波さん? 手が止まっていますよ?」

 

「……あぁ、すいません」

 

 六時間目の英語の授業で、そんな考えで集中が途切れた所を咎められた。

 

「ここはわかりにくいですからね。この文法は――」

 

 教えるだけ教えた後、殺せんせーの分身は姿を消す。他の所でも分身が現れては消えている。

 そんな光景の中、最後の猶予期間(モラトリアム)は過ぎて行った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 猶予期間が終われば、やって来るのは決戦――テスト本番だ。

 

 テストは全生徒が本校舎で受ける決まりとなっているらしく、E組だけが敵地で戦う事を強いられる。スポーツでホーム・アウェイの影響がある様に、E組差別の空気に満ちたこの校舎では、教師が率先して妨害行為を行っているという始末だ。現に今も、D組の担任をしている大野とかいう教師が机を指で叩いてしなくていい咳払いをして……と露骨な集中乱しに勤しんでいる。職務に忠実な事だ。あとD組の担任って事は私に脅迫の濡れ衣を着せた張本人って事だよね? おのれ。そのまま咳のし過ぎで喉を傷めればいい。見舞いに麻婆を持っていくよ。

 

「E組だからってカンニングとかするんじゃないぞ~? 俺達本校舎の教師がしっかり見張っててやるからな~」

 

 声だけで嗜虐的な嫌らしい笑みを浮かべているのがわかる。気にするだけ無駄だ。

 

 長めに息を吐き、問題に集中する。病院のテストで分かっていた事だが、この学校のテストは凶悪だ。流石は全国有数の進学校として通っているだけの事はある。

 

『■■■■■■■■■■―――!!!』

 

 問題がこっちを殺しに来ているというのが良くわかる。問題文がエネミーの形をとって、咆哮を上げて襲い掛かってくる光景さえ幻視してしまう。

 

『うわぁ、来た来た――!』

 

『ナイフ一本じゃ殺せねーよ! どうすんだこの「問4」!?』

 

 他の皆もそんな錯覚に陥ってるんだろうか。彼方此方で戸惑う声が聞こえてくる(聞こえていたペンの音が止まる)

 私も他人事ではない。眼前には龍の様にとぐろを巻いて宙に浮かぶ『問5』がこちらを見据えている。口元からは炎が噴き零れ、巨体に反して小さく纏まっている長い体は、さながら押さえつけられたスプリングといった所か。今にもその蓄積させた力を爆発させて、槍の様に襲い掛かってくるに違いない。

 

 まぁ、そんな事にはならない訳なんだけど。

 

 もう一度落ち着いて敵の様子(問題文)をよく見る。全体的にではなく、一部一部を子細にだ。そうすれば、さっきまで見えてこなかったものが見えてくる。いや、正しく見えるようになったと言うべきか。

 長い体は短い円柱の連なりに、獰猛な目は無機質なレンズに、口の炎はただの息に。

 そうして各所で得た情報を元に再び全体を見渡せば―――何て事は無い。先程までの驚異的な力を持った龍は消え失せ、今まで散々相手にしてきたエネミーがそこにいた。どうやら次の一撃を放つために力を蓄えていただけらしい。

 

 だったら勝て(解け)る。

 

 相手の行動を待たずに、持ったナイフを眼球に突き刺す。たったそれだけで全体の結合が無くなり、つるりとした円柱と頭部はバラバラになって空中に消えていった。

 

『っしゃ! 殺れるぞ!』

 

『大したことねーな! ハハッ!』

 

 他の皆も順調に攻略しているらしい。次々に現れるエネミー(問題)に対して順調に勝ち進んでいる(筆記の音は止まらない)。それを尻目に、私もエネミーの対処をしていく。どれも何度も相手にしてきた奴ばかりだ。対策は万全、間違える要素は無い。

 

『うわァッ!?』

 

『キャッ!』

 

「――――――」

 

 ―――来たか。

 

 テストも終盤に差し掛かり、ソレ(・・)は私たちの前に姿を現した。

 視界の端から現れたその敵は、腕の一薙ぎで多くの生徒達を吹き飛ばした。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 ――巨大な、黒だった。

 心を折るような黒だった。椚ヶ丘の澱みに似た闇だった。視界すべて覆う影だった。

 全貌を把握するのは難しい程の、(おお)いなるモノ(問題)だった。

 

『な……っんだよ、コレ』

 

『勝てるの? こんなのに……』

 

 みんなもソレを目の当たりにしたのだろう。余りの巨体(問題)立ちすくむ(ペンが止まる)人が殆どだ。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 迫る。迫る。迫る。

 視界を埋め尽くすほどの巨大な影が、凄まじいスピードで。私を潰そうとその腕を伸ばす。その暗黒が私を握りつぶすまで一秒も無いだろう―――もっとも、それが私に効く(それで私が躓く)ならばだが。

 

『■■■■■――■■?』

 

 巨人(問題)の腕は私をすり抜け、地面へと消えていった。この手のエネミー(問題)は何度も見た。数学だけはカルマ同様、皆よりも先の範囲に手を付けていたのだ。だからこのエネミー(問題)は初見じゃないし、遭遇した回数が少ない訳でもない。見上げるほどの巨体(膨大な量の問題文)に面食らう段階は過ぎ去っている。

 

 一度目を閉じて再びエネミー(問題)を見れば、先程までの巨体は消え去り、未明から立ち上がっていた様な影がいた場所には、片腕の発達した一体のエネミーが佇んでいた。

 

『――――――フ』

 

 内心でほくそ笑む。

 この問題は他の物より問題文の量が多い。つまりそれだけ配点も多い。その分難しいという事でもあるが、私にとっては戦い(解き)慣れた問題だ。一つ一つ確認をしながら戦って(解いて)いけば、まず間違える事は無いし、それはさっきまでの問題も同じこと。手間は同じで見返りは大きい。ギルが言う所のレアエネミー。

 

『くっそぉ……舐めんなぁ!』

 

『まっ負けません!』

 

 ふと気が付くと、飛ばされた人達が立ち上がっていた。ボロボロになりながらもその目は戦意を失っておらず、ナイフ片手に果敢に突き進んでいく。どうやら出遅れてしまったらしい。

 

『さて……殺す(解く)か』

 

 内心で呟き、問題の攻略に取り掛かる。

 

『■■■■■―――!!!』

 

 エネミーが伸縮する腕を振り回す。鞭の様なそれの軌道を見切り、懐へと潜り込む。弱点は首。半ば胴体と一体化しているそこにナイフを突き刺し、ブチブチと切り裂いていく。腕を振り回してもがき抵抗しているが、懐まで自慢の腕は飛んでこない。

 しばらく暴れていたが、やがて抵抗にも終わりがやって来る。

 

『これで……お終いッ!』

 

 思いっきり腕を振り抜き、頭というよりは盛り上がりに近い頭部を切り飛ばす。そうして、他のエネミー同様宙に溶けるようにして消えていった。

 

 

 ……椚ヶ丘中学校一学期中間テスト。

 私達E組は、無事全員が殺せんせーの出した課題を達成し、第二の刃を示す事に成功した。




テラのプロローグと問11をどうしても絡ませたくてこんな事になった。

駆け足になってしまいましたがこれでテストが終了しました。
次から修学旅行に入ります。

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