ではどうぞ。
「ッ……神崎、さん……!」
――――しまった……!
……迂闊、としか言いようがない。敵を倒す事に意識を裂きすぎた。動けるのが私だけなのだから、神崎さんと茅野さんの安全確保は最優先事項だったというのに―――!
距離は辛うじて歩法で詰められる程度しか開いていない。このまま私が脅しに屈した所で何も事態は好転しない。再び拘束されて、三人仲良く慰みモノだ。そんな事態は到底容認できない。ならば私が取るべきは一つ――殺られる前に、殺る。
そうして駆けだそうとした私の脚は、しかし一歩も前には進まなかった。
「ぐッ…………!」
「ヘヘヘ……やぁっと大人しくなりやがった……!」
神崎さんの方へ意識を取られた隙を突いて、男の一人が私を羽交い絞めにした。しかも脇の下から腕を入れるようなものではなく、背後から腕ごと抱きかかえる様な体勢だ。私の反撃を恐れてそうなったのだろうが、その所為で相手の頭が耳元にある……所謂『あすなろ抱き』と呼ばれるような状態になってしまっていた。
「こんだけ暴れてくれたんだ……タアッップリお返ししてやるからなぁ……?」
「―――――!」
――気持ち悪い。
何度がギルガメッシュ相手に似たような状態にしたりされたりした事はあったが、それとこれとは雲泥の差……いや、比べるのは彼に失礼だ。今すぐ風呂場に駆け込みたくなる程の嫌悪感。それの発生源が耳元で笑っていた。
よし、潰そう。
私の中の全てが満場一致でこの結論をはじき出した。
「チッ……」
私を拘束しているコイツの処遇は決定したが、問題は神崎さんだ。彼女を人質にしている男に
そうなると接近して神崎さんを解放しなければならない。距離は活歩一回で詰められる距離だが、やはり物理面でも神崎さんを盾にされると動きにくい。なら回り込むしかないけど、今の私がそれをするには少々力不足だ。
「――――――」
……仕方ない。拘束されてて動けない今の状況を利用させてもらおう。
―――gain_con(16)―――
―――move_speed()―――
「グぅ…………ッ」
守りの護符の耐久強化、強化スパイクの敏捷強化。脳に走る痛みを噛み殺しながら、コードキャストを二つ追加で発動する。
拘束されている今の状況なら、たとえ隙があろうとなかろうと関係無い。他の奴らが動き出さない限りはいくらでもコードキャストを重ね掛け出来る。その間コイツの腕の中に納まっていないといけないというのが心底不快極まりないが、大事の前の小事と自分に言い聞かせる。
「へ、へへへ……急に静かになったなぁ? 期待してんのか?」
前言撤回。今すぐ殺す、すぐ殺す。
空気打ちのコードキャストで攻撃の選択肢を増やしておこうかと考えていたが、その考えを全力で投げ捨てる。今はただ、この男から一秒でも早く離れたくて仕方ない。
一瞬でその結論に至った私は、現状を打破すべく両足に力を籠める。腕を抑えて安心しているというのなら、それは間違いだ。八極拳を使う者にとってこの体勢は不利でも何でもない。目の前で両手を広げて突っ立ってるのと大差無いのだ。
『仮に腕が使えなくとも、両足が地面についているのなら何も問題は無い』
全力で震脚を踏み鳴らす。その衝撃は全身を伝って背中へと届く。
『後ろから拘束されているような状況であれば、逆に好都合というものだ。遠慮なく
言峰のその言葉に従い、ニタニタと笑う男へ向けて全力の靠撃を叩き込む。鉄山靠という訳にはいかないが、予想もしていなかったであろう一撃だ。完全に油断していた相手には完全に決まり、拘束が緩んだ。
その隙に少しだけ離れた相手の鳩尾に肘を撃ち込み、崩しを完璧なものとする。そこまでいけば腕のロックは完全に外れており、再び私の体は自由になった。
「―――あぁぁあアッ!!」
そうして体を反転、痛みに体をくの字に曲げる男の無防備な顎に、打ち上げる様にして掌底を叩き込む。そしてとどめの一撃とばかりに顔面をそのまま掴み、投げ捨てる様にして地面に叩きつけた。
「ぐぺぷッッ!!!?」
形容し難い悲鳴を上げて男がのたうち回る。というかコイツ良く見たら、今やったのと全く同じような方法でカルマにやられていた奴だ。あの時もそうだったが、今回もしっかりと歯が数本抜け落ちている。まぁ仕方ない、自業自得という事で納得していろ。
「て、テメェ! 大人しくしやがれ、この女が――――」
神崎さんを人質に取った男が何か喚いているが、それを無視して足を踏み出し、地面を蹴って一気に加速する。強化された筋力による踏み込みと、加えて敏捷も強化によって上昇している。移動速度だけ見れば単純に倍の速さで動いていると言っても過言ではないだろう。漸く私の動きに目が慣れて来た相手にとっては、その速さだけで不意打ちになる。
「―――どうなっ、て?」
そしてその不意打ちがあっさりと決まる。
拳が届く距離まで接近されたというのに、男は状況が理解できていないらしい。宣言通りに神崎さんを傷つける訳でも無く、ただナイフを首に添えたまま茫然と突っ立っている。
こんな危機感の無い奴に出し抜かれたという事実が、自分がどれだけ優位な状況で慢心していたのかという事を見せつけてくる。こんな所までギルの影響があるのは困るなと思いながら、今なお神崎さんを脅かすナイフの
「な―――」
「え」
被害者と加害者の驚く声を聴きながら、握った手に力を籠める。刃の部分を握りこむなんて事をすれば普通は大惨事だが、そんな事は起こらない。肉に食い込む感触こそ感じるが刃物のそれではなく、細い鉄板を握りしめているような感覚だ。
もちろんそれは私の皮膚が特別頑丈という訳ではなく、耐久強化のコードキャストによるものなのだが。耐久強化というだけあって生半可な攻撃は通らなくなり、ある程度痛覚も鈍化しているように感じる。
「フ――――ッッ!」
絶対に離さないようにナイフを握り込んだままその場でフックを撃つように回転、強化された筋力と遠心力で引っ張られたナイフは簡単に男の手からすっぽ抜けた。
神崎さんは未だ捕まった状態だが、これですぐにどうこうされるという危機からは脱せた筈だ。なので今の内に、別の脅威を排除する。
「茅野さん―――伏せてッ!」
神崎さんを人質に取られた事で、一瞬とはいえ私は止まった。人質が効くというのは奴ら全員が認識しただろう。敵に対して有効な一手を軸に攻めるというのは当たり前の事だ。なら、危険なのは神崎さんだけじゃない。
ナイフを手にしたまま、今まさに新たな人質にされそうになっている茅野さんの元へと急ぐ。
「えっ!? わ、わ――――」
突然の指示に混乱しながらも、茅野さんがその小さい体躯をさらに縮める。後ろから迫っている男の体へと道が出来た。
「は、あっ……!? お、おい誰か武器!」
横目で神崎さんの方を確認すると、凶器を奪われて脅しが効かなくなったという事に、漸く理解が追い付いたのだろう。周囲に武器を求めている。早く何とかしなければという焦燥が透けて見える様で、茅野さんの方へと向かった結果、自分の斜め後ろへと回り込んだ私の事は頭から抜け落ちているらしい。
これなら……当たる。
―――hack_skl(16)―――
腕を振り抜くようにして
「ガッ―――」
結果はドンピシャ。示し合わせたように、男の脇腹に私の蹴りが突き刺さった。当たった時の感覚からしてアバラが逝っているかもしれないな。
それとほぼ同時に頭痛が襲って来るが、やる事は蹴り脚を振り抜く事だけだ。それだけなら頭痛があっても事前に意識していれば何とかできる。
「早く武器よごっ―――!?」
不可視の衝撃が後頭部に着弾して、男の体が前のめりに大きく傾く。これで神崎さんの危機は過ぎ去ったと言えるだろう。
「キャ―――――」
「ッ!」
しかし無理矢理立たされていた支えが崩れ落ちた事で、神崎さんまで倒れこみそうになる。戻した脚で地面を蹴って、再び神崎さんの所へ駆け出した。
「―――っと」
強化された脚のお陰で神崎さんが倒れこむ前に余裕で間に合い、襟元を掴んで引き寄せる。やり方が手荒になってしまったのは申し訳ないが、そこには目を瞑ってもらおう。
「き、岸波さ―――」
「――ゴメン神崎さん、怖い思いさせた」
コードキャストで敵が崩れ落ちる音が聞こえる中、私は言い聞かせるようにして言葉をこぼす。今し方起きた事に関しては完全に私の落ち度だ。もっと二人を気にして立ち回っていたのなら神崎さんに怖い思いをさせる事も無かっただろう。どれだけ責められても仕方ない事だと思っているが、今はそんな場合じゃない。お叱りなら後でいくらでも受け付けよう。今必要なのは、神崎さんを安心させることだ。
こういう表現をすると失礼かもしれないが、赤子をあやすように背中をぽんぽんと叩きながら、言葉を続けていく。
「もうちょっと、考えて動くべきだったね……ゴメン」
「そ、それは……ッ! き、岸波さんうし――」
「うん」
一度神崎さんを離し、背後から角材を片手に襲い掛かって来ていた男の攻撃を受け止める。全力で振り下ろされた角材の衝撃が腕に伝わってくるが、そのダメージは強化された耐久の前には無力。本来なら骨に響いたであろう衝撃も、歩いてる時に腕が壁にぶつかった程度の感覚でしかない。私が後ろを向いているからやれるとでも思ったのだろうか。だとしたら浅はかにも程がある。
「なっ!?」
「――――――」
腕を流す様にして懐へと入り込み、足払いを掛けて肩で強く押す。まさか防がれると思っていなかったのか、最初から最後まで無防備だった相手は呆気なく体勢を崩す。放っておけば仰向けに倒れ無様を晒すだろう。
「――――ハァっ!」
追い打ちの掌底を一発。崩れた所に突き刺さった一撃に抗う術は無く、空気が抜けるような声を最後に男は4・5メートルほど吹き飛んだ。
「うわ……」
アクション映画の様に吹き飛んだ男を見た茅野さんの声が、割と近くで聞こえた。どうやら自力で立ち上がってこっちまで来たらしい。護衛対象が集まってくれたのは助かる。
「もう大丈夫。今度は……ちゃんと守るから」
二人を背に隠し、敵を見据えて宣言する。私がいるのにもうあんな怖い思いはさせない。必ず守り通す。
「き、岸波さん……」
……とはいえ、状況はあまりよくない。いや、先程より不利になったというのが正しいか。
二人を責める訳ではないが、守る対象がいる状況での戦闘というのは戦う上では出来るだけ避けたい展開だ。何せ目に見える弱点を抱え込むことになるのだ。敵の弱い部分を攻めるのは常識である以上、神崎さんと茅野さんにも攻撃が行くだろう。
まぁそこは問題無い。二人に襲い掛かってこようと、私が迎撃するだけだ。問題なのは、脱出経路の確保もままならない状況なのに持久戦を強いられる事だ。
私達が逃げるには敵の群れを乗り越えて扉に到達する必要がある。しかし、腕を縛られている二人を守りながらそれを成し遂げるのはほぼ不可能に近い。敵を全員倒せば可能だが、数の上ではあちらが未だ有利。数人で私を足止めしている間に二人を狙うだろう。
それに、戦闘が長引けば倒した敵が戦線復帰するかもしれないし、応援を呼ばれる可能性だってある。一方こちらの戦力は私一人、敵が増えれば増えるほどに不利になっていく。しかも一人で動き回るのなら、それだけ疲労も蓄積していくことになる。どれだけ奮起したとしても、パフォーマンスは低下するだろう。
――潮田君達、せめてカルマ一人でもいてくれれば違ったんだけどな。
それなら二人の護衛を任せて、私は何の心配も無く敵戦力の殲滅に打って出れる。しかしこの場にいない人物をあてには出来ない。連れ去られたという事は恐らく気絶でもさせられたのだろうし、すぐに目が覚めたとしてもここまで追って来れるとは考えにくい。何せ相手は車で、しかも誘拐先は廃墟の地下。何の情報も無しに辿り着けるとは思えない。
「……ん」
と、そこまで考えて、扉の向こう側から聞こえてくる音に気が付いた。階段を駆け下りてくるような音がかすかに聞こえてくる。何物かがこちらへと向かってきている証拠だ。
「……へッ、呼んどいた
思わず舌打ちが漏れる。恐れていた最悪の展開だ。さっきまで腰が引けていた連中も、援軍の到着に士気が上がっている。その勢いで全員雪崩れ込んで来たりすればそれだけでこちらの負けが確定してしまう。
かくなる上は……
――使う、しかないか?
この状況を一瞬で覆す一手というものが、無い訳ではない。
今使ってるコードキャスト全般や、実践の中である程度の形まで仕上げた八極拳よりも強力なもの。所謂『切り札』というものが私にも……三つほどある。といっても、この状況で使用できるのは一つだけだが。それを使用すれば、二秒とかからずに眼前の敵を無力化できるだろう。
しかしそれを使えばどれだけの反動がやって来るのか想像もできないし、反動に堪え切れたとしても、使用したが最後この場は紛争地帯も真っ青な瓦礫と肉片の集積場へと姿を変える。そんなスプラッターな光景は出来る限り二人に見せたくないし、こんな事で命を背負いたくはない。
そして何よりアレは私が所有していて使用可能ではあるが、
―――うん、やっぱり駄目だ。アレは使わない。
使えないのではなく使わない、心の中で決意を新たにする。今手元にある
なら……せめて私がこの場に残る事になっても、二人は逃がさなければ。そう決意を固めた所で、扉のきしむ音が地下に響き渡った。
「そぅら、名門のエリート様は見た事も無いような不良共の登場だ」
大きく手を広げて、舞台役者の様にリーダー格の男が声を上げる。それに呼応するようにして部屋に入ってきたのは、その紹介に違わぬ不良―――
「――――え?」
――不良……不りょ、え?
「…………昔の優等生?」
「は?」
キッチリと閉められた学ランの襟元、綺麗に丸められた坊主頭、漫画でしか見ないような瓶底眼鏡……扉の向こうから現れたのは、そうとしか形容できない、不良のふの字も見当たらない優等生だった。
そして、その傍らに立っていたのは、顔こそ隠しているが間違いない―――
「不良なんてどこにもいませんねぇ……先生が手入れしてしまったので」
―――我らが担任様だった。
「こっ……先生!」
思わず殺せんせーと普段通りに呼びそうになったのを寸前で堪えた。流石に外で殺せんせーは拙いだろう。
「いやぁ……遅くなってすいません。渚君から連絡を受けて急行したのですが、空き時間に枕を取りに東京まで行っていたものですから、一分ほど到着が遅れてしまいました」
「結局取りに行ったのか……」
「し、仕方ないじゃないですか! 本当に寝れなかったんですよ!?」
……何だろう、コレ。助けに来てくれたことで急激に上がったはずの株が、加速度的に大暴落していく。殺せんせーらしいと言えばらしいのだが、どうにも気が抜ける。
「……まぁ、間に合って良かった」
「……えぇ、本当に間に合って良かったです。攫われた場所から一番近い廃墟だと思って、渚君達にはそちらへ行ってもらったのですが……どうやら、余程計画を練っていたようだ」
自然と安堵のため息が零れる。最悪の場合この手を血で染める覚悟をしていただけに、救援がやって来たという事実に自然と肩から力が抜けた。
わずかに除く皮膚の色は擬態した肌色……それが運動後に上気しているかの様にほんのりと赤い。赤は怒りの色だと潮田君が言っていたから、多分どうにか苛立ちを押さえつけているといった所だろう。
「……せ、先公だとぉ……? フザけんな! ナメたカッコしやがって!!」
友人が劇的なビフォーアフターを遂げた事で暫く茫然としていた不良達が一斉に動き出した。私達に背を向けて殺せんせーの元へと殺到する。相手は一人でこちらには武器もある、勝てると思ったのだろう。その動きには迷いが無い。
だが―――無駄だ。この教師にとって、何の脅威にも鳴り得ない。
「――――ふざけるな?」
両腕を一閃。私の目は辛うじて触手の動きを追えたが、彼らには初動さえ認識できなかっただろう。マッハの速さで振り抜かれた触手は顎を正確に捉え、瞬く間に全員がその場に崩れ落ちた。
「……うわぁ」
自分が同じ事をしようとすればコードキャストで肉体を強化して一人一人確実に仕留めなければならないというのに、この担任は私が数十分掛けてようやく上げられる戦果を一秒掛からずに出してしまった。襲撃者という明確な比較基準が出来た事で、改めてこの超生物の規格外さを思い知らされる。
「先生のセリフです。ハエが止まるようなスピードと汚い手で……うちの生徒に触るなどふざけるんじゃあない……!」
黒子の様な顔隠しの下から覗いていた皮膚の色が、肌色から黒へと変わっていく。見るのは初めてだが、あれが潮田君曰くの「ブチ切れている時」の顔色なのだろう。大気を通して伝わってくるその怒気は、ギルガメッシュには及ばないものの十分な威圧を纏っている。
「――――――」
気絶しなかったらしい不良が何か言っていたがどうでもいい。追いつめられた下衆の言う事なんて自己の正当化と責任転嫁に決まってる。わざわざ対処しなくても、後は殺せんせーに任せておけば大丈夫だろう。
修学旅行で他校の生徒とトラブルがあった場合は、大人しく先生に任せておくのが正解だ。そんな事を考えながらコードキャストを解除し、二人の縄を解くために踵を返した。
白野が持ち込んだものその③:切り札
1.????????
2.????
3.??????????????
コードキャストや八極拳をはるかに凌駕する
ざっくり言うと、一つはCCCで渡されたもの、一つは持っててもおかしく無いなと思い持たせたもの、一つは金ぴかとの合わせ技です。
・
ホームズガチャ回したら虹演出でルーラーだったので来たか!? と思ったらジャンヌ(三人目)でした。
令呪を以て命ずる、リヨぐだ子の所へ行けと口走った私は悪くない。