岸波白野の暗殺教室   作:ユイ85Y

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書いてる途中にふとした思い付きが原因でよく物語がプロットを外れていきます。
こんな事になるなんて、(私含め)誰も予想してなかったに違いない……!


17.蠢動の時間

 

「んっ、ん~~~~……!」

 

 廃墟の地下から出て大きく伸びを1つ。薄暗い祇園の小道からもっと薄暗い地下に移動させられていただけに、日の光が随分と懐かしく感じる。

 あの後不良達は意味の分からない事を一通り喚き散らした後、殺せんせーに鈍器(しおり)を脳天に食らって意識を強制終了させられた。制裁としては物足りない気がしないでもないが、やり過ぎるのも余計な禍根を残す。このくらいが落とし所なのだろう。

 

「……そういえば」

 

 首をポキポキと鳴らしていると、顔隠しを取った殺せんせーが声を上げた。周りに人はいないけど街中なのだから、カツラと鼻と肌はしっかり擬態している。

 

「何かありましたか神崎さん?」

 

「え」

 

「酷い災難に遭ったので混乱しててもおかしくないのに……何か逆に、迷いが吹っ切れた顔をしています」

 

「……そういえば」

 

 確かに、言われてみれば神崎さんは随分と落ち着いているように見える。全て終わったとはいえ、一時は命の危機だったのだ。安堵を感じた後で恐怖がぶり返してきてもおかしくは無い。にも関わらず、その表情はすっきりしている。

 

「……いえ、特に何も。ありがとうございました殺せんせー」

 

 そう言って神崎さんが浮かべた笑顔は、教室で見たいつも通りの穏やかなものだった。

 

「――――――」

 

 その笑顔に少し安心する。恐怖が心に残っているのならあんな笑顔は出来ないだろう。人質に取られた時は肝を冷やしたが、何の後遺症も残ってないみたいだ。

 

「……ん」

 

 ふと視線を感じてそちらを見ると、殺せんせーと目が合った。相も変わらず正露丸みたいな小さい瞳はじっと私を見据えており、その黒い点からは何の感情も窺えない。

 

「殺せんせー?」

 

「にゅ…………いえ、何でもありません」

 

 小首を傾げて名前を呼べば、少しの間躊躇うような素振りをした後、ついと目を逸らされてしまった。

 

「……さて、先生は事後処理をしてきますので、少し待っていてください」

 

 視線の意味を聞きたかったが、それよりも先に殺せんせーは再び地下へと消えていった。事後処理と言っていたから、多分私達があの場にいた痕跡を消してくるんだろう。

 

「……岸波さん」

 

 それを待っていたかのように、神崎さんが声を掛けて来た。その表情は先程までのそれとは違い揺れる球体の様に不安定で、迷いが見て取れた。

 

「その、さっきのアレは……」

 

「……うん」

 

「あー……」

 

 まぁ、それはそうか。

 殺せんせーが居なくなってから聞いてくる辺り、誰にも言わないという約束を守ってくれるつもりではあるみたいだ。だけど、私がさっき見せた大立ち回りの詳細が気になるというのも本音なのだろう。二人は私が礼装を実体化させた所も見ているのだ。純粋な身体能力で縄を引きちぎって無双しましたでは通用しない。

 

「……出来れば話したくないんだけど……無理、だよね?」

 

 ダメ元で聞いてみる。返答は頷きで返ってきた。

 

「あ、でもでも! 言いたくない事まで言わなくていいからね!? 誰にだって隠しておきたい事の一つや二つあるんだし!」

 

「うん……岸波さんが話せる範囲で、説明してほしいな」

 

 二人がそれぞれ言葉を追加してくる。つまり、どこまで話すかはこっちに任せると。

 

 ――さて、どこまで話したものか。

 

 何も言わないというのが一番簡単で問題の無い方法だ。だが、それは流石に許されないだろう。どこまで情報を開示するか、私が自分で線を引いて良いと言ってくれたのだ。尚も話さないのは不義理というもの。

 だが説明するとなると、これも難しい。私が転生したという事、月の聖杯戦争、黄金の都市、コードキャスト、ギルガメッシュの事……私がこちらの人々に隠している事はあまりにも多すぎる。しかもそれら全てが連続しているため、一つ説明すれば芋づる式に話さなければならない。かといってその辺りを有耶無耶にすると、今度は説明した部分に説得力が無くなってしまう。

 少しの間悩んで、私が出した結論は――――

 

「――――うん。ざっくり言うとね、私は魔法使いなんだ」

 

 ――そんな風に、全体を誤魔化す事だった。

 私が引いたラインは、転生や聖杯戦争の事までは話せない。黄金の都市、ギルガメッシュについても同様。だがコードキャストは見せてしまった以上話さなければならないだろう。

 なら……コードキャストがどういったものなのかを伏せて、『普通の人には出来ない特別な事が出来る』――つまり、魔法が使えるという説明にすればいいという結論に達した。

 まぁ正確には魔術師(ウィザード)なのだが、こっちの人にはそんな違いわからないしね。魔法使いという言葉の方が聞きやすいだろう。

 

 先程二人に見せる事になった守り刀を実体化させながらそう言うと、二人とも固まってしまった。

 

「だからこんな事も出来るし、魔法で身体能力を上げる事も出来るって訳」

 

 礼装を消すと、それは光の粒子が中空に解けるようにして消える。何も知らない人からすれば魔法っぽく見えるかもしれない。

 

「……えっ、と」

 

「ホント?」

 

「……うん」

 

 ……正直、こんな子供騙しな内容を鵜呑みにしてもらえるとは思っていない。二人からすれば真面目な話をしてほしいのに誤魔化されたと思うかもしれない。今見せた守り刀の消滅だって、手品の一つだと言われてしまえばそれまでだ。

 だけど私が開示できるのは此処まで。転生なんて荒唐無稽な話や、この手で何人もの命を奪っているという殺伐な事は話せない。いずれ素性がバレて追及されれば別かもしれないが、少なくとも自分から語って聞かせるなんてとても無理だ。

 

「「――――――」」

 

 説明を受けた神崎さんと茅野さんは、どうしたものかと顔を見合わせている。誰も喋らない事で、路地の向こう側から聞こえてくる喧騒がかすかに耳に届いた。

 

「……やっぱり、信じられないよね?」

 

 隠している事はまだ多いが、言った事は嘘という訳でも無い。しかし聞かされた側からすれば嘘にしか聞こえないだろう。そんな思いから、ぽつりと漏れた言葉だった。

 暫く無言の時間が続いた後の言葉に、慌てて神崎さんが口を開いた。

 

「ち、違うよ! ただ少し、その、びっくりして……」

 

「……え」

 

 その言葉に、今度は私が驚かされた。神崎さんは信じられないから黙っていたのではなく、純粋な驚きから黙っていたのだという。つまりそれは――

 

「……信じて、くれるの?」

 

 私のぼかした事実を信じてくれている事に他ならない。

 信じられないという思いと共に出て来た問いかけに、今度は茅野さんが口を開いた。

 

「……正直言えば信じられないけど、実際に見せられたしね」

 

「うん」

 

「それに、助けてもらっておいて信じませんっていうのも……ね」

 

 だから、信じるよ。

 そう言った二人の目はとても真っ直ぐで、疑惑の色は欠片も残っていなかった。

 

「……そっか」

 

 その言葉に、自然と肩の力が抜けた。自分でも気がつかない内に随分と緊張していたらしい。ただ『信じてもらえた』という安堵が自分の中に広がっていくのを感じていた。

 

 別に信じてもらえなかった場合に、今後……つまり暗殺に関して何か問題があるのかと言われれば、実は何も無かったりする。二人との仲が少し拗れるだけで、暗殺には何の影響も無い。この説明で納得してほしいというのは私の意思で、それと暗殺に関する事は別の件だ。だから暗殺の事だけを考えるのなら、この場で私達の中が拗れようと何の問題も無い。

 

 ―――それでも。

 

 それでも。私はそんなのは嫌なのだ。折角繋ぐ事の出来た縁なのだから、嫌われるよりも親密になりたい。

 今でこそ担任の教師を殺すなんて物騒な事に巻き込まれているが、本来なら命の危機を感じる争いなんて身近には起こらない平和な所なんだ。だったら尚の事、その繋がりを大事にしたい。

 ……何の憂いも無く背中を預けられる程の繋がりを持てたとしても、それを自分で壊さなければならない時があったのだから。そんな心配が無い場所に、今私は生きているんだ。凛やラニ、レオ達の代用(かわり)という訳ではないけれど、ムーンセル(あっち)で出来なかった普通の友人関係を、こちらでは大事にしたいのだ。

 

「えっと、それで……その、黙ってたほうが良いんだよね?」

 

「うん、出来るだけ知られたくはないかな」

 

「……よくわからないけど、多分大変なんだよね」

 

「まぁ……はい」

 

 元々魔術というのは秘匿されるべきものだし、間違っては無い。まぁそれは魔術師(メイガス)の場合で魔術師(ウィザード)はまた少し違ったらしいのだが、生憎とその辺りは詳しくない。レオやユリウスなら詳しいんだろうけど……。

 何にせよ、こちらではそんな違いはあって無い様なものだ。知られると困るのも事実だし、余程の状況でない限り秘匿していくという方向で問題無い。今回みたいに非常事態に陥った時とかは別として。

 

「分かった。じゃあ黙っとくね」

 

「……何か、巻き込んでゴメン」

 

 黙っていてくれるというのは私にとって有り難いが、そのせいで彼女たち二人にはいらぬ荷物を背負わせる事になるのだ。多少ながら罪悪感というものも湧いてくる。

 気にしなくていいよ、という意味の言葉がそれぞれの口から返ってきた。

 

「お待たせしました。事後処理の方は滞りなく……おや?」

 

 そこまで話した所で、地下の入口から黄色い巨体が姿を現した。話が切りあがったところで戻ってくる辺り、随分とタイミングが良い。盗み聞きされたかという考えが一瞬頭をちらついたが、この先生が魔法なんてものを知って黙っていられるとは思えない。そわそわした雰囲気も無い以上、単純にタイミングが合っただけだろう。

 

「ヌルフフフ……随分と楽しそうですね。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものです」

 

「……そんなに激しく喋ってたつもりは無いんだけどな」

 

「言葉の綾ですよ……差し支えなければ、何を話していたか教えてもらっても?」

 

「……えー」

 

 話していた事は私の隠し事についてだ。絶対に言える訳が無い。それでなくとも女子の会話を聞きたがるというのは……どうなんだろう?

 そんな感情と共に何となく二人の方を見ると、視線ががっちりと合わさった。その顔色は嫌そうに少しだけ歪んだ困惑顔で、多分私も同じような顔をしていたんだろう。それが何だか可笑しくて、誰からともなく噴出した。

 

「ふふ、内緒」

 

「にゅやっ!? な、何ですかその自分たちだけで分かり合ってる感は!? 先生すごい疎外感なんですが!」

 

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい殺せんせー」

 

「別に、何でもないんだけどね」

 

「そーそー! ただのガールズトークだよ!」

 

「にゅにゅ……そうですか……」

 

 何だか納得がいってないような雰囲気の殺せんせーだったが、私達が笑っているのを見て力が抜けたようだった。多分、あんな目に遭った後でも笑えてる事に安心したんだろう。

 

「……さて、渚君達と合流して修学旅行の続きといきますか」

 

「さーんせー!」

 

 殺せんせーの言葉に茅野さんが元気よく返事をして歩き出す。殺せんせーはそれに釣られるようにしてブニュブニュと歩き出した……黄色いままで。

 

「こっ、殺せんせー! 擬態擬態!」

 

「にゅやっ! わ、私とした事が……」

 

「しっかりしてくれ国家機密様……」

 

「……あはは」

 

 私の隣で力なく神崎さんが笑った。文字通り目にも留まらぬ速さで擬態を済ませた殺せんせーは、携帯でどこかに連絡を取っている。多分烏間先生辺りだろう。無事救出しました、とかそんな感じだろうか。というか何故事後処理で擬態を解除する必要があったのか。カツラが邪魔になるような所でも行ったんだろうか。

 茅野さんも携帯を取り出している。こっちは潮田君辺りに連絡だろう。

 

「私達も行こうか」

 

「あ……うん」

 

 手を差し出すと、少し躊躇いながらも神崎さんは握り返してくれた。何でもないように見えるし実際もう引き摺っていないのだろうけど、人質に取られてナイフを突きつけられるなんて怖い思いをしたんだ。私の落ち度でそうなったのだから、せめて修学旅行中は出来るだけ傍にいてあげたい。

 

「あぁ烏間先生ですか? ……えぇ、無事三人とも救出できました。それで暗殺なんでs、え? にゅやっ!? じ、辞退したァ!? なーんでそこで引き止めないんですかアナタ!? 渚君達が暗殺出来ないじゃないですか!」

 

 殺せんせーが電話の向こうにいるであろう烏間先生に声を荒げている。人気が少ない所とは言え、もう少し周囲への配慮をしてほしい。一つ溜息を吐いた所で―――

 

「……全部、終わったのかな」

 

 消え入る様に呟かれた、神崎さんの言葉が耳に届いた。

 

「……どういう事?」

 

「え? あ……えっと」

 

 前の二人が電話に夢中になってる中、まさか聞かれるとは思ってなかったのだろう、少し驚いた様子の神崎さんがぽつりぽつりと語り始めた。

 

「その、あの人達が車の中で言ってたんだけど」

 

 何でもその事を私に説明する直前に男が割り込んできたせいで言いそびれていたらしい。あぁ、あの時かと思い当たる。私が目覚めたのを見てやって来た時だ。私の暴れっぷりに、言ってなかった事を今の今まで忘れていたらしい。

 そうして語られた内容は、私の足を止めるには十分過ぎた。

 

「……確か、『場所と車は用意してもらえて、攫った後は好きにしていい。おまけに金までもらえる。楽で美味しい仕事(・・)だ』……って」

 

「……え」

 

 ――――『仕事』?

 

 

 

   ◆

 

 

 

 ……時は少し巻き戻り、殺せんせーが地下へと到着した頃。

 大きく物事が動いている京都の廃ビルから離れた隣県の某所、とあるホテルの一室にその男は居た。

 

『学校や肩書など関係無い。清流に棲もうがドブ川に棲もうが、前に泳げば魚は美しく育つのです』

 

 男の目の前に置かれたパソコンには、遠く離れた京都の廃ビル、その地下室の光景が写っていた。標的(ターゲット)の入室を確認するために設置した物であり、部屋全体を見渡せるよう天井の一角に仕掛けられたものだ。

 

「…………」

 

 男は無言でポケットから携帯を取り出し、迷う事無く一つの番号を呼び出しコールする。しかし男は手にした携帯を耳に宛がう事もせず、その濁り切った双眸でただ無心にパソコンのディスプレイを眺め続けるだけだった。それもその筈、掛けた先の携帯電話は通話を目的として存在していないのだから。

 

 呼び出された携帯は架空名義で部下に購入させたものだ。但し呼び出し音も振動も発せず、着信は改造された回路を通じてプラスチック爆弾に繋がれた起爆信管に送られる。爆弾が取り付けられているのは、今まさにディスプレイに写る先である京都の廃ビル。強度上の要となる支柱にその爆弾は取り付けられていた。

 爆発は小規模でこそあるものの支柱を破壊し、自重に耐え切れなくなったビルは周囲を傷つける事なく内側へと倒壊する――爆破解体の技術だ。老朽化が進んだ一階の床はその瓦礫を支えきれず、地下室へ大量の瓦礫と、上階にばら撒かれた対触手物質のシャワーを降らせるだろう。

 

 男は、殺し屋だ。

 日本政府からこの修学旅行中に標的(ターゲット)の射殺を依頼された殺し屋だった。生徒の立てた作戦に従い、超生物の肉体に風穴を開ける為に名乗りを上げた仕事人であった。しかし――彼には暗殺を決行する気はあれど、作戦に参加する気は微塵も存在していなかった。

 当然だろう。たった一月程度暗殺の訓練を積んだ人間、しかも中学生の立てた青臭い作戦など欠片も信用できない。訓練を施したのが当の標的本人ともなれば尚更だ。それならばこの機会に乗じて独自に作戦を立て、独断で殺しに及んだ方が確実だ。殺しを生業としてきた男にとってその考えは当然の帰結だった。

 

 故に男は標的の情報を徹底的に調べ上げ、利用するために生徒の計画を聞き出した後、「やはり自分には荷が重い」として日本政府の傘下から離脱……元より無理を言っている自覚でもあったのだろう、咎める声は無かった。そして得た情報――常軌を逸した速さ、鼻が利く、生徒第一、突飛な事態には弱い――を元に、あらゆる要素で規格外な標的の殺害方法を計画した。密室に追い込む事で自慢の速さを殺し、助かるためには生徒を見殺しにするしかないという状況で逃げの一手を封じる。確実に殺すための一手を、数百では利かない数を葬ってきた経験と頭脳で導き出した。

 それが今回、第四班の生徒数人が拉致された一件の真相……即ち、水面下で進行していた暗殺計画だった。

 

 計画は、先ず同時期に修学旅行で京都へと向かう不良高校生を使って生徒を拉致、頃合いを見計らい学校の方へ『椚ヶ丘の生徒が連れ去られた』と善意の一般人を装って通報、超生物が現場に駆け付けて高校生を鎮圧している隙を見計らい爆弾を起動、生徒ごと瓦礫と対触手物質の下敷きにするというもの。

 生徒と高校生は超生物と共に死ぬ事になるが、だから何だというのだろうか。地球を破壊する超生物を殺すという事は即ち、地球に生きる全人類を救うという事。約60億とその場の二十数人、どちらが重いかなど比べる必要も無い。

 大を生かすために小を切り捨てる。男はそういった殺しを専門に行ってきた。殺し屋の中でも異端として扱われる存在だろう。仕事を受ければ徹底的に情報を洗い出し、依頼の遂行が多くの命を失わせる事に繋がると判断すれば、その銃口は依頼主に向いた事もある。

 

「――――――」

 

 携帯は問題無く起動する。信号は発信され、起爆装置を起動し、廃ビルは爆破解体の方法を以て巨大な凶器へとその在り様を変える―――

 

『修学旅行の基礎知識を……その体に叩き込んであげましょう』

 

 ……筈だった。

 

 ディスプレイに表示されているのは高校生の脳天に辞書を打ち据えている超生物の姿であり、ビルが倒壊する気配は一切感じられない。

 

 ――信管を外されたか。

 

「……ハァ」

 

 いや、元より男はこうなる事は分かっていたのだ。本来なら現地に潜伏させた己の部下が起動させる手筈だったそれが何時まで経っても起動しない。その時点で男は自らの計画が失敗したことを悟っていた。起動の合図を送ったのはただの確認だった。

 溜息を1つ吐き胸ポケットに手を運ぶと、普段からそこに入れている煙草が無い事に気が付いた。鼻の利く超生物対策として念のために禁煙していた事を思い出し、癖で伸びた手を笑うようにまた一つ溜息が零れた。

 

 失敗の理由は何だったのだろうかと男は思考を巡らせる。一番の要因はやはり高校生だろう。本来なら生徒全員を拉致する手筈であり、運搬に使用する車もそれが可能なものを用意していたのだ。しかし彼らは事もあろうに女子生徒三人だけを獲物とし、他については気絶させてその場に放置した。

 その所為で生徒から標的へと迅速な連絡がなされ、標的に捜索をさせてしまったのだ。恐らく嗅覚を全開にして探した結果、標的は生徒と爆弾を発見するに至った。プラスチック爆弾は無臭だが、人間以上の嗅覚なら感知可能という事なのだろう。そうして信管を抜き、恐らくは伏せていた部下も無力化され、計画は失敗した。

 

「ン」

 

 手にした携帯が震えた。表示されているのは見知らぬ番号。だが、その先にいるのが誰かは分かっている。元よりこの携帯の番号を知っている人物など一人しかいない。複数持たせた携帯の一つだろうと当たりを付け、迷う事無く通話をタップした。

 

「――失敗したか」

 

『ッ……はい。申し訳ありません――ライブラ』

 

 電話に出て要件を確認すれば、打てば響く速さで返事が電話の相手――現地入りさせた部下から返って来た。

 ライブラ(天秤)、というのは男の通り名(コードネーム)だ。自分が名乗り始めた訳ではないが、いつの間にかそう呼ばれていた。仕事振りからそう呼ばれたのだろう。本名以外で識別が可能なのでそのまま使っている。

 

「いや、構わない。予想できた結末の一つだ。……それで、僕の事は洩らしてないだろうな?」

 

『はい……ッそ、それは抜かりなッく……』

 

「……何があった?」

 

 電話越しに聞こえる部下の声はどうもおかしい。激しい運動をした後で無理矢理話しているかのようだ。

 

『その……標的に、見つかり……起爆装置をとっ、取り上げられて……そしてあ……あんな……』

 

「分かった、もういい」

 

 恐らくは噂に聞く『手入れ』とやらを施されたのだろう。電話に出られて受け答えが可能なレベルで無事だというのなら、気にすることは何もない。

 

「そのまま京都に滞在しろ。奴が東京に戻った後、念のため海外を経由して日本に戻って来い。次の計画を立てる。奴も授業を放り出してまで尾行はしないだろう」

 

『――……。了解』

 

 落ち着くためなのか深呼吸を挟んだ後の返事を聞き、部下との通信を終わらせる。ディスプレイにはすでに標的の姿は無く、高校生たちが力なく横たわっているだけであった。

 

「……表立って動かなかったのは、正解だったな」

 

 今回の失敗が何一つ得られないものだったのかと言われれば、そうではない。無臭の筈であるプラスチック爆弾が効かない事が判明したし、ほんの僅かにだが動きも確認できた。

 何より――今回の一件で、標的に自分の存在が漏れていない事が良い。政府が殺しを依頼してきたのも厳密には男ではなく、長距離狙撃を得意とする部下にだった。政府との交渉から現地の工作、高校生の買収も含めて全てを部下に実行させたのは、拾って一年になる彼女が使い物になるかどうかを確認したかった事ともう一つ、万が一失敗した時のための保険であった。

 何しろ相手は人間の枠組みを超えた超生物。殺せるように万全を期したが、一度目ですんなり殺せるとは思っていなかった。故に自分は指示を出すだけに徹し、全ての実働を部下に任せた。この傀儡状態を取る事で情報を徹底的に遮断した事で、部下と自分を繋げる事は難しくなった。そのお陰で自分は標的に気取られる事無く次の計画を練る事が出来る。

 

 パソコンを終了して荷物を纏める。京都での暗殺が失敗した以上、この地に留まる理由は無い。拠点を移して情報を集め、次の機会を待つとしよう。

 この後の行動を考えながら、荷物を片付ける前よりも物が散乱した部屋を後にする。光の無い目の奥底で、濁り切った殺気が、決意と混ざってどろりと動いた。

 

「あぁ――この程度の失敗で、止まれるもんか」

 

 ――僕は、世界を救うんだ。




何でこうなったかと言えば、型月側からも中ボスが欲しかったんです……

誰かは分かったかと思いますが、彼ではありません。似たような経緯を辿って今に至った、起源を同じくする別人と捉えて下さい。だからキャラとか設定がおかしくてもスルーでお願いします。
因みにこの世界には魔術無いんで、彼の肋骨は揃ってます。

神崎と茅野は白野の説明が嘘、本当だったとしてもまだ隠してる事があるというのは分かってますが、自分が隠し事経験者なのであえて触れてません。

次回は旅館でのあれこれになる予定。



FGOの水着イベントとかガチャとか言いたい事色々あったんですが……
『ますます』の、マハトマと接続、発射まで2秒(意味深)で全部吹っ飛んだ。

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