「模擬暗殺……ですか?」
「あぁ、そうだ……頭の痛い話だがな」
体育の授業は殺せんせーではなく烏間先生の担当だ。その間、殺せんせーとイリーナ先生は職員室で暇になる。といっても遊んでいる訳ではなく、殺せんせーは授業で使うプリントや小テストを作成したりしているし、イリーナ先生も教材の選択や殺せんせーの暗殺など、やっている事は意外と多い。
それは逆も然りで、殺せんせーやイリーナ先生が教卓に立つ時間は、烏間先生も訓練施設の設計や政府への報告なんかの事務をこなしているらしい。
要するに、自分が受け持つ授業時間でなくても、教師という職業は存外多忙であるという事だ。
その割と忙しい筈の二人が姿を見せて、更には初めて見るオジサンを引き連れているとなれば、気にならない筈が無い。烏間先生は気にしなくていいと言っていたが、それでも気になるものは気になる。ほぼ全員が授業に集中できていない現状をどうにかしようと、やがて頭痛を堪えるような表情で説明してくれた。
「『殺し屋屋』……殺し屋の斡旋業か」
「そんな仕事あるんだなぁ」
あの見知らぬおじさんの正体は殺し屋屋ロヴロといい、イリーナ先生を日本政府に紹介してこの教室に送り込んだ人物。イリーナ先生に殺しの技術を教え込んだ師匠らしい。
何故そんな人物がこの場に居るのかというと、いわゆる現場視察というものらしい。そしてイリーナ先生の現状……殺し屋ではなく教師として活動する彼女を見て、計画と人選の失敗を悟ったらしい。
『正体を隠した潜入暗殺ならこいつの才能は比類ない。
だが一度素性が割れてしまえば一山いくらのレベルの殺し屋でしかない』
それがイリーナ先生を一から育てた、師匠であるロヴロさんの評価との事。
その評価は、まぁ妥当だと思う。イリーナ先生が得意としているのは
仕留め損ねた時点で全て終わりなのだから、今のように素性が割れて尚殺すための技術を身につけてなくてもおかしくは無い。
本来ならこの話はそこまでだ。殺せんせーを殺すために教師として送り込むのに、それが不可能な人物をそこに置き続ける必要は無い。だからどれだけごねようがイリーナ先生は退職、新しい殺し屋教師が赴任してくる。
その筈だった。
『殺し比べてみればわかりますよ。彼女と貴方、どちらが優れた暗殺者なのか!』
新しい刺客を送り出したいロヴロさん、この教室に残って暗殺を続けたいイリーナ先生。
その双方を納得させるために、上海で杏仁豆腐食べてきた殺せんせーが出した解決法が模擬暗殺だ。
ルールは簡単で、イリーナ先生とロヴロさんで烏間先生を狙い、先にナイフを当てた方が勝ちというもの。使うナイフは人間には無害な対先生ナイフで、互いの暗殺や授業を妨害するのは禁止。
イリーナ先生がこれに勝つ、つまりはロヴロさんよりも先に烏間先生にナイフを当てる事が出来れば、この教室に教師として残留する事が出来るらしい。
「迷惑な話だが、君達の授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ……」
苦々しく告げる烏間先生は、割と苦労人だと思う。政府の人間だったり教師だったり、色々と立場が複雑で考える事も多い。今度何か甘い物でも差し入れしようと思いつつ、気になった事を聞いてみる。
「あの、それって烏間先生が逃げ切った場合はどうなるんですか?」
「何?」
そう、この勝負には結末が3パターン存在する。イリーナ先生が勝った場合、ロヴロさんが勝った場合。そして、二人とも烏間先生にナイフを当てられなかった場合だ。
イリーナ先生が勝てば教室に残留、ロヴロさんが勝てば教師の入れ替えときて、烏間先生が逃げ切った場合の結果が語られていない。無傷で終わると予想されてないのかとも思ったけど、ハニートラッパーという事が知られているイリーナ先生と、元は熟練とはいえ引退した殺し屋。この二人が相手なら、現役である烏間先生なら逃げ切るのは難しくないだろう。
「……そういえば、その点については何も聞いて無いな。あのタコに何か見返りでも請求するとしよう」
どうやらそこについては何も決まって無かった様子。精々吹っ掛けてやるといいですよと言うと、素晴らしく黒い笑みが返って来た。
とまぁそんな訳で、私達の暗殺の横で別の暗殺が始まる事となったのだ。
「まぁ烏間先生もあぁ言ってるし、俺等には関係無さそうだな」
「いや関係あるだろ、結果次第でビッチ先生とさよならだぞ?」
「まぁ確かに、今から他の先生ってのもなぁ」
「それに絶対初期のビッチ先生みたいな殺し一辺倒だって」
「「うわー」」
体育の授業も終わり、外にいた皆が続々と校舎に戻っていく。その途中、菅谷君達がそんな事を言っていた。
「他の先生に変わるかもしれないのかぁ」
「ちょっと嫌……かな。せっかく打ち解けて来たのにさ」
「だよねぇ。岸波さんは?」
「んー……殺せんせーの暗殺を考えたら交代するべきだとは思うよ」
たまたま校舎に戻るのが一緒になった中村さんの問いに、思った事を返す。
「イリーナ先生のいる場所は、殺せんせーを殺したい殺し屋からすれば特等席だもん。不向きな人間に占領させるわけにはいかないだろうし」
「ドライね……」
隣にいた原さんが苦笑と共に私の事をそう言った。声に含まれる若干の非難を誤魔化す様にして、私は言葉を続けた。
「それと……勝負の結果がどっちに転んだとしても、この勝負は貴重だと思う」
「貴重?」
「データ収集って意味ではね」
私の言葉に首を傾げる二人に、この話を聞いてから思っていた事を説明する。
「プロの殺し屋、それもイリーナ先生とは別のタイプの殺し方が学べる」
ロヴロさんがどういった殺し屋なのかは不明だが、少なくともイリーナ先生以上の戦闘力は持っているだろう。更に狙う相手は殺せんせーではなく烏間先生だ。殺せんせーだとマッハで対処してしまうので何も学べないが、烏間先生ならその対応も人間が出来る範囲になる。
それが丸々殺せんせーに流用できるとは思っていないが、少なくとも殺し方から思惑を読み取る事は出来る。そこから発想を広げていくことは出来るだろう。
経験に裏打ちされた作戦立案。私達が今は絶対に出来ない事を学べる機会なのだ。貴重と言わず何と言う。
そう説明すると、二人からは戸惑うような反応が返ってきた。
「暗殺に前向きなのは良い事だと思うけど……考えすぎじゃないかしら」
「貪欲だねぇ、ホントに同い年?」
「えー、そうかな……」
考え方が中学生らしくないというのは自覚しているけど、そこまで突飛な考え方ではないと思う。実際、磯貝君とか片岡さんとかは、学べるものがあるかもしれないって話してたし。
と、その時。
「いったーい! おぶってカラスマ、おんぶ~~~!!」
「「「は?」」」
背後から聞こえて来た甘ったるい悲鳴に、三人揃って振り向いた。
見れば、地面に座り込んで泣きじゃくっているイリーナ先生に、呆れと怒りが混じった表情を浮かべてこちらに歩いてくる烏間先生。そしてそれを遠巻きに見つめる一部の生徒という、なんともコメントに困る風景が出来上がっていた。
状況から判断して、多分イリーナ先生が仕掛けたのだろう。あんな甘えるような声を出している辺り、多分色仕掛けだ。そして烏間先生がそれに一切付き合わなかった事であぁなった、という事だろう。
「あれは……」
「駄目だこりゃ」
「……これはひどい」
大体似たような評価がそれぞれの口から出て来て、顔を見合わせて苦笑する。
まぁ素性が割れている相手にハニートラップを仕掛けるのは色々と無理がある。流れて聞こえてくる会話では、イリーナ先生がキャバ嬢と親子関係を例えに出して今の自分の気まずさを説明しているが、その例えは中学生には遠すぎてわからない。
しかしあの様子を見る限り、イリーナ先生の勝利にはあまり期待できそうにない。あのまま色仕掛け一辺倒なら、烏間先生が急に女に飢えでもしない限りほぼ不可能だろう。ロヴロさんと烏間先生の一騎打ちになりそうだ。
そうなると先生はこのE組を離れて、新しい教師が来るという事になる。どんな人物が来るのかはその時になってみないと不明だが、少なくともイリーナ先生以上の仕事に忠実な殺し屋と予測できる。つまりは教師としては期待できないという事だ。
「……やっぱり、嫌だなぁ」
まだ知り合って一月ほどだが、イリーナ先生とはそれなりに仲良くなれたと思う。それは彼女がこの教室で仕事をするために、教師として私達に接してくれたからだ。単純に殺し屋としてだけで行動していたら、今みたいにはなれなかった。
殺し屋と教師という異なる二つの職務に向き合ってくれる殺し屋が、果たして何人いるだろうか。次に来る人は、ほぼ確実にそうではない人物だろう。そう思ったら、自然と言葉が口から洩れた。
「わ」
すると、左右から頭と頬へ向けて手が伸ばされる。両隣に居るのは、先程まで話していた二人だ。
「な、何……なに?」
「いや、まぁ……考えてる事はわかるわよ」
「そうそう。もー可愛いなコイツー」
「何だっていうんだ、一体……?」
二人の行動は良く解らなかったが、別に跳ね除けるほどの事では無い。
原さんに頭を撫でられて、中村さんに頬を突かれて。そんな状態のまま私達は校舎に戻った。
それを見かけた狭間さんが怪訝な顔してた。そうだよね、よくわかんないよね。私もです。
◆
時間は流れてお昼休み。模擬暗殺についてはイリーナ先生が継続中、ロヴロさんが棄権という事になった。棄権の理由は単純に、これ以上の暗殺が続行不可能となったからである。
休み時間に職員室の前へ向かった時、ロヴロさんが手袋をはめて襲撃の準備をしている場面に出くわした。見ててもいいですかと聞いたら了承を貰えたので、邪魔にならない範囲で見学させてもらえたのだ。日本語が通じてよかった、なんてことを考えたのは蛇足である。
そしてロヴロさんの暗殺が始まった訳だが、特に策という程の物は無い。真正面から奇襲する、ただそれだけである。
それだけ? と思われるかもしれないが、実はそうではない。シンプルイズベストなんて言葉があるように、単純の中にいくつもの仕込みがある。
警戒している相手に対して、敢えて真正面から向かう事で意識的な死角を突く。座っている時に襲う事で、迎撃のために『椅子を引いて立つ』という余計な動作を挟ませる。その際椅子を引きにくいように床板に細工する事で、意識していた動きを詰まらせて認識を逸らす。
ロヴロさんが取った行動は、私の目から見ても間違ってないと思った。実力者同士の戦闘では、こういった一手のミスや空白の時間が勝負を分ける事も珍しくない。それは姿を捉える事さえ困難なサーヴァント戦で指揮を執っていた私自身が誰よりも痛感している。アレが無ければ負けていたとか、あれのせいで王様が不要な傷を負ったとかの経験は幾つもあるのだ。思い出すたびに不甲斐無さで申し訳なくなる。
ただロヴロさんに一つだけ誤算があったとすれば、彼我の戦力差を正しく認識できていなかったという事だろうか。
真正面からの特攻はアッサリと往なされ、ナイフの持ち手を潰された上にカウンターの膝までもらってしまう所だった。その際に浮かべていた凶悪な笑顔はあんまり思い出したくない。私にアイアンクローを極める直前の王様を思い出す。
これにより、ロヴロさんは模擬暗殺を棄権、勝負はイリーナ先生の勝ちか引き分けに持ち込まれたのだ。
ちなみに烏間先生がロヴロさんを撃退した時に殺せんせーが怯えていたため、多分引き分けの際の交渉を行ったのだろう。震えあがっていたから中々の条件を引き出したに違いない。
「お。見てみ渚君、あそこ」
「……あぁ、烏間先生よくあそこでご飯食べてるよね」
「その烏間先生に近づく女が一人……殺る気だぜ、ビッチ先生」
そしてその勝負も終盤と言った所だろう。イリーナ先生が木の根元に座り込む烏間先生に近づいていく。特に遮蔽物も無いので、教室の窓からその様子は良く見えた。
「これが事実上のラストチャンスかなぁ」
上着を脱ぎだしたイリーナ先生を視界に収めつつそう呟く。一緒に昼食を食べていた神崎さんが何で? という目を向けて来たので、独断による解説をしていく。
「イリーナ先生が使える武器とか手段って、多分そう多くないと思うんだよね。殺し屋としては色仕掛けに特化してるだろうし」
ハニートラップを主軸に据えて殺し屋をやっていくのであれば、身につけるスキルも自然と色仕掛けが中心になる。考えられるのは、薄着でも凶器を悟られない暗器の技能や毒物の知識、私達が学んでいるコミュニケーション能力や人心掌握術などもそれに該当するだろう。
他にも色々あるかもしれないが、その中で直接的な戦闘能力に応用が可能なものは果たしていくつあるだろうか。あったとして、事前準備が不要ですぐに使えるものとなれば?
「そこまで条件を絞り込んでいけば、あっても一つか二つだと思う」
「成る程……それでラストチャンスなんだね」
神崎さんは納得がいったようで、うんうんと頷いている。
周囲はイリーナ先生の暗殺に興味津々で、ぞろぞろと窓際に寄って来る。私の解説が聞こえていた訳じゃないだろうが、彼女の残留か追放が掛かった一戦が気になるのだろう。私も一旦食事の手を止めて観戦する事にした。
イリーナ先生は烏間先生が背にした木の裏に回り、何か話している。流石にこの距離だと声までは聞こえない。けどまぁ、何の意味も無い雑談という事は無いだろう。
何かしてくるという警戒はされている筈。なら考えられるのは、その本命から意識を逸らすための誘導。彼女が得意とする会話の技能だ。
そして―――イリーナ先生が動いた。
「ッ!」
「おぉ!」
「え?」
どちらかというと、彼女らしくない機敏な動き。
木の裏から一気に動き出したイリーナ先生と同時に動いたのは、迎撃のために身構えた烏間先生だけではなかった。イリーナ先生が脱ぎ捨てた上着が、彼女を追いかけるようにして素早く移動する―――その内側に、烏間先生の片足を巻き込んだ上で。
よく見れば、イリーナ先生と上着の間には一本のラインが結ばれていた。
―――ワイヤートラップ!
足を引っかけて転ばせる、罠としてはよくあるありきたりな物。色仕掛けと組み合わせたそれは、しかし絶大なリターンを齎した。
「うおぉ烏間先生の上を取った!」
「やるじゃんビッチ先生!」
走り抜けた道をほぼ引き返す様な挙動でイリーナ先生が向かう先には、座り込んだ状態から片足を引っ掻けられた事で仰向けになった烏間先生。その上に跨ってさらに自由を奪う。
彼女一人くらいなら、あの体勢からでも烏間先生であればすぐに跳ね除けるだろう。だがそうなるよりも、イリーナ先生のナイフが速い―――!
「あぁ受け止められた!」
「これは、どうなるんだ……!?」
そのままで行けば当たったはずのナイフは、烏間先生に受け止められた。倒れた姿勢がたまたま仰向けだった事が、辛うじて烏間先生に反撃の機会を与えていた。これがうつ伏せだったらナイフは防がれず、イリーナ先生の勝ちは確定だったろうに。
こうなってしまえば後は技なんて関係ない。押し込むイリーナ先生と、押し返す烏間先生の腕力勝負だ。ここは純粋な筋力に優れた烏間先生に分がある。
その状態が暫し続いたが、やがて決着がつく。烏間先生が手を放し、ナイフが彼の体に触れる。人を傷つけない対先生ナイフがぐにゃりと曲がった。腕力で負けたとは思えないし、溜息も吐いていたように見えたから、きっと根負けだろう。
「当たった!」
「すげぇ、ビッチ先生残留決定だ!」
それでも勝利は勝利だ。何時の間にやら応援席と化していた教室は大騒ぎである。困難を成し遂げたイリーナ先生に対して、拍手喝采が送られていた。
その後ロヴロさんと幾つか言葉を交わしたイリーナ先生が、意気揚々と教室へ乗り込んで来る。
「どーよ見たでしょガキ共! 私だってヤる時は殺るのよ!」
「すげーぜビッチ先生!」
「巨乳だけど見直した!」
「いい乳揺れだったぜ!」
「そーでしょそーでしょ! もっと褒めなさい!」
普段なら弄られるような自信満々の言葉だが、やった事が事だけに、それに対する皆の声も好意的なものだ。……一部は普段同様の歪みない言葉だが、それを受けても上機嫌に笑ってる辺り今は気にしてないんだろう。
「良かったわね」
「……うん」
いつの間にか横に来ていた原さんの言葉に頷く。
これでイリーナ先生のE組残留が決定した。暗殺の事を考えるとあまり良い事とは言えないのだろうが、それでも嬉しいものがある。仲良くなった人がいなくなるというのは、やはり進んで経験したいものではない。
これからの暗殺の事とか色々あるけど、今はただイリーナ先生が勝ち取った勝利を喜ぼう。校庭の隅で謎の鎧をスクラップに変える烏間先生を視界の隅に捉えながら、そう思った。
◆
イリーナ先生が烏間先生に勝った数日後。
また幾日かの雨天を挟んだ快晴の日。また明日からは雨という事もあり、今日は絶好の体育日和である。実際、それを踏まえて今日の授業は午後イチの授業が体育へと変更されていた。
ナイフを使う様な練習は教室内でも可能とはいえ、大きく動く実践訓練は外でないとできない。殺せんせーが痺れを切らして体育館を建造するか、マッハで飛び回って雨雲を霧散させる前に晴れてよかったと思う。前者は本校舎から見て隠せないし、後者は衛星写真で異常気象と騒ぎになる。
さて、そんな体育日和の今日ではあるが、私は体育に出ていない。というよりも学校に登校してすらいない。
とはいっても、サボりという訳ではなく、定期健診で病院に用があるだけだ。
交通事故で半年間も昏睡状態にあり、更に事故の衝撃で記憶喪失に陥っている。それが何も知らない外側から見た私の現状であり、対外的な私の設定だ。
リハビリは既に終わっているが、それは肉体面の事。記憶に関しては日常を過ごしている内に思い出すだろうと楽観的な措置をとられているが、それでも定期的に経過観察が必要との事だ。まぁその記憶の持ち主である本来の岸波白野は既に存在していないため、私が思い出す事は何も無いのだが。
これまでも何度かあったその定期検診だが、今までは全て休日に行われていた。それが今回に限って平日に行われるのは、単純に向こうの都合らしい。何でも数日後にアメリカへ行かなければならないとか何とか。
まぁそういう理由なら仕方ない。人はマッハで自由に移動できないのだから、私のために高い飛行機代と時間をかけて戻って来いとは言えないのだ。烏間先生に許可を取って公欠扱いにしてもらい、こうして病院に赴いている。
「……うん、じゃあ今回はここまでにしておこうか。平日に悪かったね」
「いえ、気にしないで下さい」
定期健診といっても、そう長く拘束される訳じゃない。専用の機械で幾つか写真を撮って、精神科医の先生と幾つか話をするだけだ。遅くても昼過ぎには終わる内容である。
割と高い診察料金を払い、お大事にという声を背中に病院を後にする。外へ出ると、雨雲に遮られた分を取り戻すかのような日差しが肌に突き刺さる。
「んっ……んん~~~っ」
道を歩きながら大きく伸びをする。久しぶりの日差しが心地良かった。雨が巻き上げる湿気交じりの土の香りも嫌いではないが、毎日それだとウンザリしてしまう。
今日はもうこれといって用事は無い。今から学校に向かうのも変な話だし、家に帰っても用事らしいものは皆無だ。ここの所取り掛かっていたものと言えば端末の防衛プログラムくらいだが、それも先日完成した。急ごしらえで後々補強するつもりではあるが、当面はこれで凌げる。
王様とどこかに出かけようかとも思ったのだが、それも不可能だ。彼は今朝から一人で外に出てしまっている。目立つのは仕方ないから、せめて誰も不敬認定されませんようにと祈っておく。
そういう訳で、今日一日は完全に暇なのだ。
「……とはいってもなぁ」
王様であれば、こういった余暇の過ごし方は豊富にあるのだろう。しかし私は未だ自分の愉悦さえ儘ならない身だ。自由にしていいと言われると、逆に何をしていいのか分からなくなる。
「とりあえず、ご飯かな」
きゅるると鳴った腹を押さえ、一先ずの目的を決める。どこか適当な所で外食でもしようか。
食後は腹ごなしに商店街を歩き回って色々と物色してみて、放課後になったらクラスの誰かに連絡して、こういう時の遊び方でも教えてもらえないだろうか。
うん、一つ決まると色々と形になってきた。
「―――ん」
そうと決まれば行動開始だ―――そう思って動き出した私の足は、2~3歩でその歩みを止めていた。
「あれは……」
視線の先にあるのは繁華街だ。昼時という事もあって人が多く、どこの店も混雑している。立ち食い蕎麦のような短時間で食事ができる店にサラリーマンが多いのはお約束と言えるだろう。
その繁華街の端。そこまでを繁華街の範囲に含むべきかどうかという外れの場所に、一台の屋台があった。営業中らしく、店内からは煙が出ている。何の変哲もないはずのその光景に、何故か視線が釘付けになった。
その時、風に暖簾が揺れ、店内が見えた。書き入れ時であるにも拘わらず、客の姿は一人も無い。
「――――――」
その奥にいる店主の姿がちらっと見えて、気付けば駆け出していた。人混みを縫うようにして移動していき、やがてそこに辿り着く。
『ラーメン泰山』と書かれた暖簾を跳ね飛ばす様にして店内スペースに入ると、屋台の構造上の関係で、すぐ目の前にいる店主と鉢合わせになる。
そしてその人物が、先程の光景が見間違いでは無かった事を証明していた。
「―――来たか同士よ。君ならばこの店に辿り着くと思っていた」
低く特徴的な声が耳に届く。見慣れた神父服ではなく、見慣れぬ作業着が目に映る。雲を衝くような男が、相も変わらぬ暗い瞳で私を見下ろしていた。
「……言峰、神父」
「久し振りだな、若きマスターよ」
かつての月の聖杯戦争監督役、そして月の裏側の購買部店員。
私の八極拳の師匠、言峰綺礼がそこに居た。
という訳でマジカル八極拳の師匠、言峰の登場です。コイツがいる理由はまた次回。正直これも結構無理がある設定なのですが、見逃していただけると幸いです。
次回はラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシク的な話です。
・
大奥が復刻されましたね。開催当時はロードの長さとプレイ環境で最後まで行けなかったんですが、今回でシナリオ全部見れました。
バトルに関しては……正直、サポート自由で特攻礼装アリ、術・裁以外のクラスで女属性という時点で、ジャック+スカディですんなりいけました。