あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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番外編 聖夜の贈り物

帝都の街並みをしんしんと降り積もる雪が覆っている。

すっかり冬景色となった24日のクリスマスイブ。

それはヨーロッパ世界において一年で最も大切な祭日。

町は大きな賑わいを見せる。露店には多くのクリスマスマーケットが軒を連ね、多くの人々が飾りつけやプレゼントを買いに訪れている。どこか慌ただしい様子なのは買い付けの出来る最後の日だからだ。25日からは全ての商店が閉じられるので、買い付けを忘れた者がプレゼントを買いに走る光景は街の風物詩だ。

ならば大通りのいたる所で人々がその土地名産のグリューワインを飲みかわし顔を赤くさせている光景もまた名物の光景と言って良いのだろう。

 

戦乱が続いた帝国がやっと落ち着きを取り戻したのだ。

安心してこの日を迎える事が出来て皆が喜びに満ちていた。

 

《皇帝の死去が発端となって始まった帝国の内乱》

 

第一皇太子と第二皇子が皇位を巡って争われた権力闘争は、一部の大貴族と将軍派が第一皇太子に付いた事で、渦巻く戦火は拡大し、後に≪血潮の時代≫と呼ばれる程の大戦となった。

第一皇太子フランツ軍900万を相手に、第二皇子ラインハルトはたった100万の軍勢で戦いを挑み。この不利な状況でラインハルトは奇跡的な勝利をおさめることになる。多くの将校がその命を代償に変えて。彼は数多の苦難を乗り越えたのだ。

 

来年からいよいよラインハルトが皇帝の御世となる時代だ。

それを祝う意味も兼ねていた。

 

飾り付けられた大通りを三人の男女が歩いている。

一人はサングラスをかけた金髪の男。

一人は銀髪に赤い瞳の美女。

一人は腰まで伸びる紺色の髪を幾何学文様のストールで縛った女。

 

言うまでもなく変装したラインハルトとセルベリアにイムカだ。

この男、もはや一国と各属州国の帝となるくせに未だ少数で外に出る癖が治っていないようだ。今日だけは特別と云う事で二人に許しを得て外出しているのだが。楽し気に辺りを見渡すあたり警戒心がなさすぎる。見るもの全てが新鮮とでも云うようなラインハルトの様子に、セルベリアとイムカは笑みを浮かべている。

 

「殿下。あまり私達の目から離れないでください、危険ですので」

「うん.....ハルトは集中すると周りが見えなくなる傾向があるから心配」

 

二人の言葉にラインハルトは子供のようにムッとなり振り返る。

 

「俺は迷子になる子供か。ちゃんとわきまえているさ」

 

心外だとでも言いたげなラインハルトだがその手にはマーケットの商品が携えられている。

それを見てきまり悪げにすると棚に戻した。露店のおっちゃんが残念がる。

何事もなかった様に道を歩くラインハルト。

まだクスクスする二人を見て、何だかロマンがないなあ、と思いながら話を切り替えようと話題を考える。キラキラと輝く街並みを何気なく見ていると、一つ一つの輝きが記憶の残滓のようで、今までの事が脳裏をよぎる。しみじみとラインハルトは言った。

 

「思い返せば思い返すほどあの戦いに勝てたのが不思議なほどだ、お前達には感謝せねばならないな。皆の尽力がなければ俺はここに立ってはいまい」

「何を言っているのですか、逆でしょう。殿下が居なければこの戦いに勝利はありえなかった。常に我々を引っ張ってくれたのは貴方です」

「ハルトが立たなければきっと帝国は割れていた、フランツ皇太子が病気で亡くなり、求心的存在を失った貴族派と将軍派の泥沼の戦いになっていた。たぶん帝国は崩壊していたと思う」

「俺がやった事は繋ぎ止めただけに過ぎない、それも不十分で内乱によって属国が連邦に鞍替えしなかったのはセルベリアのおかげでヒルダ公国が動いてくれたからだ。あれがなければ分裂を止める事は出来なかっただろう......そういえば元首エリザが是非セルベリアを国に招待したいと言っていたぞ、国賓級で招きたいそうだ」

「それは.....あの方には悪いのですが辞退させていただきます。ヒルダに行ったらそのまま帰れないような気がするので」

 

慕ってくれるのは嬉しいが、あの方の情念は些か強すぎる。

恐らくセルベリアが頼めば帝国に反旗を翻す事も容易だろう程度には、お姉さまと心酔されていた。国家元首としてそれでいいのか、と思わずにはいられない。

 

「イムカにも感謝している。ニュルンベルクが陥落した時、エムリナとニサを守ってくれていたからこそダルクス人の自治都市が実現した。彼女が死んでいれば確認できている真のダルクス王家の末裔の血が途絶えていただろう」

「私はただ敵を倒していただけ、ダハウ達カラミティ・レーベンが二人を死守した、そしてエムリナ自身が戦ってくれたから......耐える事が出来た。あれがなければみんな死んでいた」

 

完全に敵軍に包囲されていたニュルンベルクで救援が来るまで三日三晩戦えたのはダルクス人部隊カラミティ・レーベンとラインハルト親衛隊を名乗る、彼を信奉する武装民兵が蜂起して一緒に戦ってくれたおかげだ。絶望的な状況でも一丸となって戦えたからこそニュルンベルクを守り切れたのだから。

 

「多くの苦難を乗り越えて俺は皇帝になる道を選んだ。死んだ兄上に託された時から想いは変わらない。国内をおさめたら次は連邦に攻め入る。首都を陥落し降伏させ講和を結ぶ。交渉の仲介は中立国ガリアに頼む事となるだろう」

 

300万の軍を動員予定だ。先の戦争で負った傷を回復させる暇は与えない。

来年には連邦攻めを行う用意は整えている。必ずや勝利をおさめなければならない。たとえどれほどの犠牲を出す事になろうとも後に訪れる平和を実現させるためには必要な事だ。犠牲を出す覚悟はとうに出来ている。

 

―――だが。

 

「連邦が窮地に陥れば必ずや奴らが出て来るだろう」

「もしやそれは」

「合衆国だ、同盟国の危機に必ず彼の軍は来る。奴らは危険だ。何としても合衆国が動く前に連邦を講和の席に着かせなければならない」

「それほどに危険?」

「うむ、聞き及んだ情報では研究機関の人間が亡命したとの話もある。事実確認を調査しているが本当なら不味い事になる。時間を稼ぐためにも東の隣国の皇国との同盟を締結する。彼の国を援助し太平洋上で行われている戦争を勝たせる事ができれば合衆国も動けまい。これからは時間との勝負となるだろう」

「御安心ください必ずや勝利を我が君に」

「きっと次の戦いもハルトなら勝てる」

 

いつの間にか話が軍関係に染まっていた事に気づいた。それも大切だが今だけは.....。

三人は広場に来ていた。中央には聳える大きなクリスマスツリーが。

その周囲には恋人たちがたむろっている。

そう、今だけは恋人となった二人との時間を共有したい。

 

ほうっと飾り立てられたツリーに目を奪われている二人を見て、ラインハルトは覚悟を決める。

懐に忍ばせていた物を取り出す。

 

「本当ならもっと早く渡したかったんだが、これを二人に贈らせてほしい」

 

取り出したのはエンゲージリング。キラリと輝く二つの指輪を見て二人が息を吞む。

それを女性に贈る意味は一つしかない。

 

「今はまだ戦争中だから無理だが、戦争が終わって平和になったら改めてちゃんと贈らせてもらうつもりだ。その時は......結婚しよう」

 

静寂が流れる。

二人から何の反応もないので不安になって来た。

もしや間違えたか、と思って顔を上げて見たら。

なんと二人して涙をポロポロと流して泣いているではないか。

慌てたラインハルトがどうしたと聞く前に。勢いよく抱き付かれた。

 

「......こんなに幸せで良いのでしょうか、私は多くの者の血でこの手を汚して来たのに、そんな私が許されるのでしょうか」

「その手は俺の為に汚してくれたものだろう。ならば責められるべきは俺だ。そんな俺でもいいか?」

「無論です!貴方の為なら死すら惜しくない!」

 

ギュッとイムカが服を握る。

 

「見てハルトこんなに固い手だよ?戦いばかりで少しも女らしくなんてない体だよ?」

「俺の為に戦ってくれた手だ、お前は魅力的だよイムカ。抱きしめさせてくれ」

 

空いた手に飛び込むイムカ。女性としての柔らかさを感じさせるその体を強く抱きしめた。

いつまでも三人は重なっていた。

気づけば日を跨ぎ聖夜の鐘が鳴る。

 

その音は三人を祝福するようでも、行く末を憂うようでもあった。

 

平和な時代は、まだ遠い......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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