24日の夕刻から始まるクリスマスイブも終わり夜中になる。
良い子はぐっすりと夢の中、目覚めるその時を楽しみに表情を綻ばせて眠りにつく。
なぜなら次に目が覚めると目の前には.....。
「わあ!プレゼントだー!ありがとございますサンター!」
枕もとの長靴下に入れられているプレゼントを見て、ニサはぴょんぴょんと喜びを全身で表した。
そう、胸に期待を膨らませて眠るのは次の日、
サンタクロースがプレゼントを運んで持ってきてくれるからだ。
帝国、いやヨーロッパ中の子供達が歓喜する朝だった。
どうやら世界中を飛び回り、忙しいはずのサンタクロースのおじさんは、ちゃんとニサにもプレゼントを用意してくれていたようだ。
流石はサンタ、働く聖人君主である。
しかし煙突が一つもなく、何百人といる衛兵に守られているはずの帝都の主城にどうやって忍び込んだのだろうか、まったくもって不思議である。世の中には時にそういう事があるのだ。
「.......フッ」
そこに、どこからともなく現れるラインハルト。
娘のように可愛がる少女が喜ぶ姿を見に来たのだろう。
ニサが帝都に居るのは単純で遊びに来たからだ。しかも一人で。勿論、少女を引率する護衛はいる。つまり世界唯一のダルクス系自治都市ニュルンベルクで市政の勉強に励んでいる母親を置いてきたという意味だ。母親の心配をよそに突然やって来た少女をラインハルトは喜んで迎え入れた。
なぜ来たのか理由を問うと、ニサ曰く「おとーさんの所に居た方がサンターが良い物をくれる気がしたからー」だった。
なるほど、確かに躾の厳しい母親の所でサンタに貰えるプレゼントよりも、ニサに甘いらしいラインハルトの所に来た方が、貰えるプレゼントはよりニサ好みの物になり、かつグレードも上なのは確実だ。それを本能で感じ取ったのだ末恐ろしい少女である。
直々に護衛を行っているダハウの苦労が浮かばれる。
だがそんな事は知らぬとばかりにラインハルトも一緒になって楽しんでいた。
何かなー、何だろうなと児女と共にはしゃいでいる男の姿は次期皇帝とは思えない。
ラッピングのリボンをしゅるりと外し、口の開いたプレゼントの包みから中身を取り出す。
露わになったソレを見てニサの目が輝く。
「すごい!ニサが欲しかった奴だ!」
「......そうか、あっていたか」
ニサの喜びようを見てなぜかラインハルトがほっとする。
まるで直前まで本当にこれで良かったのか心配していた本音が漏れたようであった。が、気のせいだろう。プレゼントをくれたのはサンタクロースなのだから。きっとセルベリアとイムカの三人で帰りのマーケットを物色してあれでもない、これでもないと何かを探すようにしていた、なんて裏事情はなかったはずだ。
――それにしても。
「本当にそれで良かったのか?」
少女自身の口から聞いてもまだ納得しかねると云った顔で、ラインハルトは聞いた。
自分で買っておいて何だが、どう贔屓目に見ても、それが少女の喜ぶ物だとは思えないからだ。
なぜならニサが箱から取り出したのは小ぶりの剣だから。
刃を潰してあるレプリカだが、ちゃんとした細工の施された子供用のそれは、貴族の子弟が剣術を学ぶ場合に使用される事がある。
それが、ニサの望んだ物だった。少女らしからぬ物を欲しがりラインハルトの方が戸惑っている。
「うん!おかーさん達みたく強くなるの!えいってやって悪い人をビューンってやっつけるの!」
えいえいと剣を突き出しながら誰かの真似をする。
この場合で言うおかーさん達と言うのはセルベリアとイムカの事だろう。いや、あるいは言葉通りエムリナの事だろうか。報告では覚醒した彼女の姿を間近で見ていたとあったが。
なるほどな、戦う彼女達の姿を見て憧れを持ったのだろう。それで自分も剣を持ちたがったのだ。
剣と云う事はやはりセルベリアの剣技を目指しているのだろうか。剣を使うのは彼女しかいないから恐らくそうだろう。もしかするとセルベリアに師事してもらいたいと言うかもしれない。彼女に憧れて弟子入りを頼む者は少なくないのだ。彼女自身は弟子に興味ないのか悉く断っているらしいが。妹の様に可愛がっているニサの頼みとなれば話は違うかもしれないな。
――と思っていると。
「だからおとーさん、私に戦い方をおしえてくれませんか?」
無邪気に喜んでいた先程とは違い真剣な目でニサは言う。
思い違いをしていた事に気づく。どうやらニサが剣を教えてもらいたいのは剣の極地を知るセルベリアではなく俺であったらしい。
「俺に?......こう言っては何だがリアの方が俺の何十倍も強いぞ」
「んーん、おそわるなら絶対におとーさんが良い!」
「よわったな、何でまた俺なんだ」
正直そんな時間は取れないと云うのが本音だ。皇帝になる上で法律に関する勉強など政策の法案作り、貴族に対する根回しなどやる事が多すぎる。今まで怠けていた訳ではないがやはり皇帝になる者にしか教えられない事などが多々あったりするのだ。それを片っ端から吸収して来年の正式な戴冠に間に合わせなければならない。他に費やす時間なんて無いのである。
だから無論――
「おとーさんに助けられたあの日を覚えているよ、あの時から私にとっての憧れはおとーさんだけになったの。だからおとーさんに教えてもらいたいな.....ダメですか?」
「――構わないさ」
時間なんていくらでも作れる。なに、少しばかり睡眠時間を削れば問題ないだろう。三時間ぐらいしか寝る事が出来ない事になるが関係ないな。未来の幹部候補を育てる事も皇帝として重要な課題だ。いや、ニサを兵士にするなんて言語道断だしするつもりはこれっぽっちもないのだが。
少女の強くなりたいという意思は尊重すべきだ。かつては俺もそれを望んだ事があるのだから。
「やったー!おとうさんに教えてもらえる!.....強くなれるかなおとうさんみたいに」
「なれるさ、俺なんかよりずっと強くなれる。なにせお前には――ダルクス王家と古代民族ヴァキュリアの血が流れているのだから」
それが発覚したのは最近の事だ。俺の留守を狙って行われた第一次ニュルンベルク攻防戦の最中、フランツ軍によって制圧間際まで攻め込まれたニュルンベルク城で起きた彼の事件≪血の三日間≫
そこで初めて彼女のヴァルキュリアとしての覚醒が観測される事になる。専属侍女として働いていた事と俺の私室で保管していた槍と盾を敵に奪われてはならない、と持ち出して守った彼女の使命感が奇跡の様に重なって起きたそれは侵入して来た敵に撃たれた事で繋がった。――ヴァルキュリアに変貌した彼女は、急行したダハウ達と共に市街戦で激戦を繰り広げていたイムカと合流し民兵と力を合わせて都市を守り切ったのである。
同時にエムリナ達が王家傍流の血を引いている事も発覚した。
ダルクス人でありながらヴァルキュリア人の血を引いていた事、それこそがエムリナに王家の血が流れている可能性を示す由縁でもあった。
これは調査途中だが――遥か昔、古代ヴァルキュリア人がダルクス人の国を滅ぼした時、民族支配の為に王家の一部を古代ヴァルキュリア人は血族として迎え入れる事で、潤滑にダルクス人を隷属させることに成功させたのではないかと考えられている。古代ヴァルキュリア人が滅んだ事で混血の一族も滅んだと思われていた。だがセルベリアたち古代ヴァルキュリア人の子孫が生き残っていたように、混血の一族も完全には滅んではいなかった。
その一族の生き残りの1人がエムリナと云う訳だ。
その血は何世代にも渡って薄まったとはいえ、連綿と受け継がれて来た遺伝子は確かにこの小さな少女の体に秘められている。戦神の血を引いているのだ戦いの才能がないとは思えない。
将来が楽しみだ。
娘の成長を夢想する父親の様な考えに浸っていた。
その時、母娘に隠された衝撃の新事実を軽くぶっ飛ばす程の事を当のニサが言った。
ラインハルトの言葉を聞いて嬉しそうにしながら。
「みんなを守れるくらい強くなるんだ!そしたら―――生まれてくる赤ちゃんも私が守るから安心してねおとうさん!」
「そうか、そうか。ニサが守ってくれるならあんし........赤ちゃん?」
待て、何のことだ。生まれてくる赤ちゃんとは何だ。
そこいらで赤ん坊が自然と生まれてくる、なんて事はなかったはずだが。
前の時ならいざ知らず、この時代に置いて赤子が生まれるという意味は、人間の母親が居ると云う事だ。しかもそれは顔も知らない母体というだけの認識ではなく、生んだ子供を育てる肉親が存在するはずだ。愛情を与えてくれる母という存在の認識が希薄な俺にとって、そもそも家族というのがあまり実感の湧かない存在だ。今は亡き伯母上と兄上ぐらいだろうか。近しい感情を覚えたのは。―――それよりもニサの言葉だ。その言い方ではまるで.....。
いや、そんなはずはないと思いながら、無理に笑い声を上げる。
「ははは!そうか赤ん坊が生まれるのか、いったい誰と誰のだ?」
「ほえ?」
「――え?」
不思議そうにするニサ、とラインハルト。
二人して首を傾げている。何か認識の違いがあるのは明白である。
......まさか。
あえて無視していた予想が現実味を帯びてきて、焦燥感にも似たものを覚えだす。
何だか緊張してきた。
そんなラインハルトを無視してニサはあっけらかんと言い放った。
「おとーさんとリアおねーちゃんの赤ちゃんだよ」
かつて『おとーさん』呼びで周囲を騒然とさせたニサの爆弾発言がさらなる進化を遂げて降りかかったのだ。その言葉に込められた破壊力は凄まじく。しばらくの間ラインハルトは放心していた。これが戦場なら秒殺だったろう。ハッと我に戻る。忘我の彼方から帰って来た。
「その話は本当なのか?」
「ほんとうだよだって直接きいたもん!おっきいお部屋でメイドのおねーちゃんとお話してたよ」
「何と言っていた?」
「えっとぅ、メイドのおねーちゃんが体調はどうですか?って聞いてて、リアおねーちゃんがやっぱり最近おかしい、前から吐き気はあったが、とうとう悪阻まで覚え始めた。本当に赤ちゃんが出来たかもしれないって!メイドのおねーちゃんもそれから何度か質問した後におめでとうございますって言ってたよ、ニサはその時、かくれんぼしてたらから気づかれなかったけど」
「......エリーシャが認めたなら可能性は高いと云う事か。」
一気に真実感が増した。妊娠したか確認するメディカルチェックをした後に彼女が認めたと云う事は、そういう事なのだろう。セルベリアが――俺の子を妊娠している。
その事実を知ったラインハルトに去来した感情は複雑に尽くしがたいものであった。
勿論、真っ先に来た素の感情は喜びであった。戸惑いと今まで感じた事のない温かい何かが胸をじんわりとさせて、たまらない思いにさせる。これが子の親になる気持ちか。
ひとしきり感動を噛みしめていると、頭の中の冷静な部分が水を差す。
――おい、計画はどうするんだよ?
「!?――しまった!来年の侵攻計画が!」
依然として強大な力を持つセルベリアの存在は今後の計画でも必要不可欠。
だが妊娠しているとなれば戦場に出す訳にはいかなくなるのは自明の理。
計画の中核に据えている以上、計画案を見直す必要がある!
ぬかったわ、誤ってそうならないよう、これまで慎重に慎重を重ねてきたというのに。
「避妊具を開発させてまで避けていたのだが、逆にそれが隙となったか。この時代の避妊具が完璧であるはずがない事を失念していた俺の過ちだな。.......子を為すのは平和な時代が訪れてからと考えていたのだが......」
まるで同級生を孕ませてしまった十代の若者のような、やっちまったあ、という感じの顔で項垂れる。これで戦争に負けたらシャレにならんぞ。
どうしたものかと頭を悩ませていると。
「もうおとーさん嬉しくないの!赤ちゃんだよ?」
「い、いや嬉しいぞ。だが今は重大な案件が――」
「――赤ちゃんより大事な事なんてないよ!もっと喜ぼうよ!」
なにかニサの気に障る事をしてしまったのか、プクリと頬を膨らませて、怒られた。
愛らしくも御立腹な彼女にたじたじとなる。
こうなったらもうラインハルトに勝ち目はない。大人しく降伏を選ぶのみである。
「そうだな、まずは喜び。それから考えるとしよう。それに、まさかあいつ.....」
ひとまず侵攻計画は横に置いておくとしても、気になる事が一つある。
まだセルベリア本人からその話を聞いていない事だ。告白するタイミングを見計らっているのか、あえて隠しているのか、恐らく後者だろう。その理由は一つしかない、戦争に行く気なのだ。子を宿したとなれば計画の妨げになると考え、何事もないかのように振る舞っている。そうとしか考えられない――そういう女だ。
俺の邪魔になる事を死ぬほど嫌うからな。
――仕方のない。
「リアの所に行ってくる、労いの言葉をかけにな。それから少しお説教だ」
そうは言うが顔には隠しきれない笑みを浮かべて。母親の務めを果たせ――と言いに向かうラインハルトの背中を見送ったニサは満面の笑みでこう言った。
「ハッピークリスマス!おとーさん!」
今年最後の投稿、作中の伏線を解放した番外編、楽しんでいただけたなら幸いです。