「ここがバリアス砂漠かい?何もないんだね」
殺風景な光景が広がる荒野の真ん中に義勇軍第七小隊は居た。
帝国軍がこの一帯を支配しているとの情報があり、上層部の命令でこうしてはるばるやって来た。
来たはいいものの帝国軍の姿は影も形もない。
砂嵐の影響もあって索敵にも捕まらなかった。
「こんなところに本当に帝国軍がいるのかい?」
「そのはずなんだが偵察の数を増やしてみるか?」
「隊長が戻ってきたらで良いだろ」
「しっかし本当に凄えな、どうしたらこんな大地になるんだ?」
ラルゴの疑問ももっともだ、見渡す限り雑草一つない砂の大地。まるで別世界にやって来てしまったような感覚に陥る。
「あたい知ってるよダルクスの災厄だろ、はるか昔、古のダルクス人が妖しげな邪法でこんな姿に変えたってはなしさね」
こんな場所が世界中あちこちにあるそうだ。
だからこそダルクス人はヨーロッパ中の人間から迫害を受けている。昔のあたいだったら自業自得と言って嫌悪感を抱いただろうね。だけど今は。
「ロージーさん、言っておきますが私はそんな邪法は使えませんからね、それにダルクス人がそんな事をしたというのも信憑性の薄いものです」
「あ、あたいは一般的な風説を言っただけさね、あんたがそんな事をするなんて思っちゃいないよ、ほらスイカ食べるかい?」
ハッチから顔を出すイサラがジト目で言ってくるのを、狼狽えたロージーが持っていたスイカを手渡す(食いかけ)
それを受け取ったイサラがありがとうございますと言って素直に食べる。小動物のようだ。
そんな何気ない、しかし意外な光景にその様子を見ていたラルゴが困惑する。
「お前らいつのまに仲良くなったんだ?」
「別に仲良くなんてしてないだろ」
「いやいや、前のお前だったら間違いなく喧嘩になってたろ」
「そうかい?」
不思議そうに首を捻るロージーだったが、大のダルクス人嫌いの頃を知るラルゴからすれば、そうだよと力説したくなる。
「別に今だってダルクスの事は良く思ってないさ、でもイサラは良い娘だからね、いつまでもあたいがガキみたいな事を言ってる訳にもいかないだろ?」
「変わったな何か悪いものでも食ったか、いやこの場合は善い物を食ったかだな」
「さて善いか悪いか知らないけど、あの劇物のせいかもね」
「あいつか」
言わずとも分かる。あれから数週間経っているにも関わらず俺たちの記憶に強く残っていた。
ハルトにイムカ。あの二人の事はそう簡単に忘れられるものではない。
「まあね」
懐かしむように己の愛機に触れる。
新品同様にピカピカだ。いつも手入れしているのが分かる。ロージーの手入れの仕方ではない。
そうかイサラに頼んでいるんだな。ラルゴにも合点がいった。そうかその接点で距離が縮まったのか。
「それにあたいはあいつと約束したからね」
「約束?何だそりゃいつしたんだ」
「ちょうど首都に着くまえぐらいかね」
「それで?どんな約束をしたんだ」
ロージーがニヤっとほくそ笑む。
な、なんだ?
こいつがこんなに可笑しそうに笑う程とは。
「この戦争が終わったら」
「この戦争が終わったら?」
この流れはまさか、
もしかすると男女のあれか。
いつしかラルゴだけでなく小隊全員が聞き耳を立てていた。
「あたしをあいつの故郷に呼んで」
ここでオオッと声が出た。
「そこの劇場で歌わせてくれるっていうのさ!」
「おお!って、ん?」
凄いだろと胸を張るロージーになんだとがっかりする面々。特に面白いことではなかった。それを見てなんだい?と狼狽えるロージーにラルゴは苦笑を混えつつ、
「良かったな、うん」
「なんだいその生暖かい目は!?凄い事なんだよ!宿屋の歌手しかやった事のないあたいにとってはね!」
「悪かったって、そう怒るなよ」
「まあ、劇場といっても、あいつから聞いた話しじゃ、そこまで大きくないらしいからね、あたいにはピッタリだよ」
「おめでとうございますロージーさん」
「うんうん、その時はイサラも呼んであげるとしようかね」
「おいおい俺たちは?」
「知らないよ」
ツンとそっぽを向く、どうやら拗ねたらしい。
どうご機嫌取りをしようかね、と思いつつ、そうかあのロージーが未来を見ている、同僚が前に進めた事に嬉しさを覚えたラルゴ。
「あいつには感謝しねぇとな」
ロージーは知らない。
ラインハルトがまあまあの場所だと言った劇場が実は帝国にあること、そして帝国の中で最も格式高い事で有名なかの帝都劇場である事を。
一万人以上の観客を収容できる規模の劇場と知ればロージーはどう思うだろうか。
騙されたと叫ぶか、声にならないかだろう。
その光景をラインハルトは想像して悪戯っけたっぷりの笑みを浮かべたに違いない。
所変わってウェルキンとアリシアとファルディオはバリアス遺跡の中に居た。ファルディオとはウェルキンのかつての大学時代の学友だ。
彼は考古学をウェルキンは生物社会学を専攻していた。
その縁もあってウェルキンは遺跡探究に呼ばれた。
「これがバリアス遺跡、なんだか変わった形だね」
「ああ、かつて古のヴァルキュリア人が作り出した、彼らにしか作れない技法だ。どうやって作ったのかも分からない」
「不思議、ライトもないのに、こんに明るいなんて」
「ラグナイト含有率の高い石材が使われているからな、彼等の技法の特徴だ」
すると突然、ウェルキンが思い出したように言った。
「分かったぞ、この遺跡ツノオウムガイに似ているんだ何か関係あるのかも!」
「ウェルキンちょっと黙ってようか」
夫婦漫才を始める二人にファルディオは苦笑を浮かべ、遺跡内を見渡す。やはり以前来た時と同様、特に変わりないか。
帝国軍がバリアス砂漠に進駐したと聞いた時はもしやと思ったのだが目論見が外れたらしい。
探索を打ち切って外に出ようと言おうとした時、アリシアの悲鳴が上がる。何事かと思い振り返ったら、奥に続くための扉のような穴が開いていた。
そんな穴はさっきまでなかった、アリシアに聞いても分からないと言う。戸惑いつつもウェルキン達は先に進んだ。
「凄い歴史的大発見だ!」
中には空洞の遺構が地下に向かって続いていた。
喜ぶファルディオをよそに地下空洞を眺めていたアリシアがはっと警戒をあらわにする。気をつけて誰かいるとの言葉にファルディオは驚いた。
こん場所に自分達以外に誰が。
だが確かに誰かが階段を上がってきている。
そして、
「ほう?余以外にも此処に来る者がいるとはな」
不遜な物言いでそう言って来た、その男は豪奢な衣装に身を包んでいる古風な英雄のようないでたちだ。あまりに場違いな姿に一瞬呆気にとられる。
ファルディオが気づいた。
「まさかお前はマクシミリアン!」
「マクシミリアンって敵の総司令官!?」
その名前はあまりにも有名だった。ガリア方面軍司令官の名前だからだ。こんな場所にいったいなぜ。
戸惑う3人を無視して歩き出す。外に出ようというのだろう。
だが千載一遇の好機にアリシアが彼を制止させる。武器を構えた。
「止まりなさい!」
ここで彼を捕らえられれば戦争は終わる。
もう誰も傷つかないですむ。だがその思いは無情にも切り捨てられる。
「なんだお前、死にたいのか?」
そう言って現れたのは女、その手には槍と盾が握られていた。どこかで見覚えのあるそれに危機感を覚える。
この武器は。
「やめよプルト、ここを余もろとも吹き飛ばす気か」
「はっ申し訳ありません」
「貴様の命なぞ取るに足らぬが死にたくなければ武器を下ろすがいい、決着は外でつけようではないか……ふむ?」
そう言ってアリシアの手元を見るマクシミリアンの目が意外なものを見たとばかりに驚きに変わる。
その武器は。
「その武器はガリア軍の物ではないな」
「え?」
なぜそれを。
確かにこれはガリア軍制式の銃ではない。
これは……ハルトさんから頂いた物だ。でもそれが何?
「それがどうした」
ウェルキンが訝しげに聞いた。
マクシミリアンの真意が分からない。何でそんな事を聞く。
「見せろ、それを余に」
ますます疑念が深まる。
武器を渡せと言われて大人しく言う事を聞くわけがない。
「武装を解くわけないだろ構う事はないウェルキン奴らは丸腰だ、ここで捕えるぞ手伝ってくれ」
「待つんだファルディオ」
ウェルキンが止める。
……恐らくこの状況で優位なのは僕達じゃない。
特にあの女兵士は危険だ。彼女からはあの街で遭遇した怪物達と同じ匂いがする。すなわち死の気配が。
あの女兵士が本気なら僕らはものの数秒で殺されるだろう。
ここは大人しく渡す他ない。
「アリシア銃を渡すんだ」
「馬鹿な正気かウェルキン!?」
「……分かったわ」
ウェルキンの考えがアリシアにも伝わったのか大人しくマクシミリアンに銃を手渡す。
「……やはり、これは……ベルク工房の武器」
暫く銃を見分していたマクシミリアンは確信する。
この武器がガリアにあるはずかない武器である事を。
初めは路傍の石程の価値もないと思っていたが、この者たちには価値がある。とてつもない価値の情報をもっている。
「この工房製の武器をどこで手に入れた、よもやガリア製とは言わせぬぞ、これは余の帝国の武器ぞ」
「え?……馬鹿な事を言わないでそれは連邦の武器よ!帝国のはずがないでしょう!?」
「……そうか、出所は知らぬか、ではこれは誰から入手した、それともこれはどこぞで野垂れ死んだ帝国兵から奪った戦利品か?」
「そんな訳ないでしょう!これは大事な人達から預かった物よ、戦争が終わったら返すって決めてるんだから!」
帝国兵から簒奪したような言い方に、むかついたアリシアが負けじと言い返す。
「誰だその大事な者の名は?」
「言わないわよ」
「言え、おんな死にたくなければ」
マクシミリアンが手を挙げる。
敵女兵士が槍を構えた。ほのかに蒼いオーラが漏れ出す。
やはりこの女も街を襲撃した奴らと同じ……!
「……ハルト、という商会を介した代表者から貰った物だ」
「ウェルキン!?」
アリシアが非難を込めた声で叫んだ。
殺されても言うつもりはなかった。なのに何故。そういう類の意味が込められていた。
しかしウェルキンは黙ってマクシミリアンを見詰める。
「っ……ハルト」
その名前を聞いたマクシミリアンの反応は劇的だった。
それまで全てに無関心であった彼の顔が崩れる。
それは驚愕。ありえない、ありえるはずがない。そんな驚きに満ちた顔だった。
そんなマクシミリアンの顔を見た事がなかったのか女兵士も動揺している程だ。
「殿下どうされました!?」
それに答えず、マクシミリアンは俯く。未だ動揺から立ち直れていない様子。
それに驚いたのはウェルキンとアリシアだ。
まさか敵司令官がここまで動揺するとは思っていなかったからだ。
何でハルトさんの名前でそこまで?
ウェルキンは薄々ハルトが帝国人ではないか、と推測していた。
彼の言葉遣い、所作、それからイサラから聞いた彼らが使う手入れ油は帝国製の物である事を。
数週間、彼らと共にし、それらを踏まえた上での結論だ。
それでも僕が見逃している事があったのだろう。
その秘密を帝国の準皇太子である彼が知っている。
そこから導かれる答えは?
……まさか、そんな馬鹿な。
この時、ウェルキンだけは気づいた。
その可能性に。しかしそれは99%ありえない事だ。
「……く、くくく、……クハハハハハ!!」
遺跡の中にマクシミリアンの声が響き渡る。
「……そうか、そこまでして余の邪魔をする気かあやつは!愚か者め!うつけが!!」
ありとあらゆる暴言を吐くマクシミリアンに4人が呆然とする。
何が起こっているのか理解できたものはいない。
だけど彼が酷いことを言われている事はアリシアにも分かった。
「ちょっと!意味わかんないわよ!貴方に彼をそんな風に言われる筋合いないわ!」
「これが罵られずにいられようか、その愚か者は今どこにいる?まさかランドグリーズではあるまいな?」
「貴方なんかに教える訳ないでしょ、第一関係ないじゃない!」
マクシミリアンがアリシアを見る。面白くて仕方ないとばかりに笑みを浮かべて。
「関係がないだと?……余とあやつに関係が無いわけがなかろう」
アリシアがえっと首を傾げる。
どういう意味か分からない。何でこの人とハルトさんに関係があるのよ。ねえウェルキンと振り返ったら、ウェルキンの顔に渋面が広がっていた。
言いようのない不安が押し寄せる。
そんなアリシアに向けて至極当然のようにマクシミリアンは言った。
「まだ分からぬか?なぜならそやつが余の腹違いの弟だからに他あるまい」
「……え?」
「真の名をラインハルト・フォン・レギンレイヴ、帝国の第二皇子だ」
ラインハルト。その名前もよく知っている。
エレットの壁新聞で読んだ事がある。
大西洋連邦の大軍勢をいち早く撃退した帝国軍を指揮した総司令官の名前だ。その所業から殲滅のラインハルトとも呼ばれている。
超危険人物。
ガリア公国軍の敵だ。
……ハルトさんが敵?
「嘘よそんな訳ない」
「騙されたのだラインハルトに。奴は恐ろしい程に狡猾だぞ余ですら手こずっているのだからな、ガリアで何をしているか知らぬが、気をつける事だ、ガリア国民も皆殺しにされるかもしれぬぞ?連邦軍のようにな」
「っ!?」
「面白い情報を聞かせてくれた礼だ大人しく退いてやろう、ラインハルトの事はそちらで好きにするが良い、どちらにせよ余の覇道は誰にも止められぬ、あやつであろうともな……」
マクシミリアン達が遺跡から出て行った。
その背中をアリシア達は見送る事しかできない。
いなくなった後も二人の胸には彼の言葉が重くのしかかっていた。
何を信じればいいのか分からない。
この荒野のように寂しい風が吹いていた。
返された武器に目を落とす。新品同様にピカピカと輝いている。
だが、
親しんでいた己の愛機も今はむなしい。