あれからすぐにラインハルト達は戻ってきた護衛に摘み出された。安全上の問題もあるのだろう。それだけではないだろうが。
5分という限られた時間だったが、伝えたい事は全て伝えた。
あとはコーデリア姫を信じるしかない。
怒れる護衛達の目から逃れるようにして俺とイムカは博物館を後にした。目的である聖槍の件を聞き出す事はできなかったが、その代わりガリア上層部の関係性を俺は理解できた。これ以上ない収穫だ。
ほくほくと顔を綻ばせていると。
「……ハルト軽率すぎ」
きつくイムカに睨まれる。
何だか怒っていらっしゃる。原因は一つしかないだろう。バツが悪そうに頬を掻く。困った言い訳ひとつ出来そうにない。
今回は全面的に俺が悪い。
「すまないイムカ」
「謝って済む問題じゃない、一歩間違えれば私達は捕まっていた」
「お前の言う通りだ反省してます」
「貴方が捕まっては全てが水の泡になる」
確かに軽率な行動だった。
浮かれていたのだ。千載一遇の好機に。
国家元首であるコーデリア姫と接点を持つこと、不可能に近いと思っていたそれが目の前に唐突に現れたのだ。
是が非でも無理をする必要があった。
そして、その賭けに勝った。だからそう怒らないで。
彼女は俺が敵ではない事を理解してくれた。
もしかしたらそれは一種の諦めでもあったのかもしれない。あの護衛の奴らだ。
「まさかあれほど行動を制限されているとは思わなかったぞ」
「うん、あれでは自由とは言えない、逃げることもできない」
お世辞にもあれは無い。
あれでは囚人だ。恐らく全てを奴らに決められているのだ。コーデリア姫を主君としてではなく、道具としてみている目だ。
俺の大嫌いな目、俺を利用しようと近づいてくる貴族共と同じ目をしていた。
「まだ16歳の女の子らしい」
そうか16歳か。若いな。
ちょうど俺が初陣を飾ったのも16歳の時だったな。
あの時の俺も己の無力さを呪ったものだ。コーデリア姫も同じ事を考えているのだろう。
「……よし決めたぞイムカ、俺はコーデリア姫に全力で協力する、今のガリア上層部にガリアの運命を委ねるわけにはいかない計画を修正する」
当初の目的では聖槍の情報と共にガリア上層部との交渉を考えていた。だかコーデリア姫の現状を知って考えが変わった。
恐らく彼女に国家運営の発言権はほぼない。
では誰が今のガリア公国を操っているのか?
護衛の男が言っていた宰相。それが答えだろう。
有名な人物だ。トップリストに入っている。
ーガリア公国宰相マウリッツ・ボルグ。
ガリア貴族で位は侯爵。代々大公家に仕えている。それ以上は知らない。
至急その男の情報が欲しい。
帰ったらギュンターに頼むとしよう。
ガリア公国を守る気概があれば良い。協力してやろう。
だが、もしなければ、その時は……。
「……この俺自らが排除する」
底冷えするような冷たい声でラインハルトは言った。
それを見極めるのに7月の会談はうってつけだな。
連邦との会談に注視する。
内容次第では俺が動く必要もあるだろう。
方針は決まった後は時が来るのを待つだけだ。
「嘘だ……!」
深夜の森にロージーの声が響き渡る。
その声には怒りが滲んでいた。
イサラ達もただ呆然としていた。
発端はバリアス遺跡から戻って来たウェルキンとアリシアの様子がおかしい事だった。遺跡内で何かがあった事は明白だ。帝国軍がすぐに撤退した事と何か関係があるのだろうか。
イサラも心配していた為ロージーがウェルキン達を問い詰める。それでもダンマリを決め込んでいたウェルキンを見てロージーがいよいよ殴りかかろうとしたところで、アリシアが勢いよく口走り発覚した。
「帝国…?皇子…?ラインハルト…?何言ってんだい、あいつの正体がそんなだってのかい、ふざけんじゃないよ!」
「ロージー……事実だ。彼は帝国の人間だ。あのマクシミリアンもそれを認めた彼……ラインハルトは帝国皇帝の実子だ」
「そんな……!」
「まじかよ……」
もたらされたのは友人とも言うべき男の秘密。
苦楽を共にして旅をした男が実は俺達が戦うべき敵の親玉の子供で、しかもあの悪名高いラインハルトだって?
ふざけんじゃねえ……!
そんな話、信じられるわけがねえ。ラルゴは混乱する頭を掻きむしった。
「……つまり、なんだ俺たちは騙されてたのか?あいつに」
「分からない、彼がどういうつもりでガリア公国にきたか分からない以上、答えは出ない」
「そんなの答えは一つじゃないかい!帝国人がガリアに入る理由なんて一つしかない!侵略のためさ……!」
「っ……!」
ウェルキンもそれを否定出来なかった。
否定する為の情報が足りない。
泣いているロージーを宥めてやる事もできなかった。
「とにかく落ち着け、な?」
「ラルゴ!あんたは悔しくないのかい!?あたい達はあいつに嘘をつかれていたんだよ!あたい達に対する裏切りだ……!」
「俺だって同じ気持ちだ、だがまだ、そうと決まったわけじゃないだろ」
「ロージーさん落ち着ついてください」
「イサラっあんた分かってるのかい?あいつが裏切り者だったって事はイムカも同じ帝国側なんだよ!?」
「っ……!」
イサラの顔に影が差す。
彼女に懐いていただけに動揺はロージー以上だろう。
「……わたしはまだ、あの二人から話を聞いていません、彼らから真実を聞くまで私は、私のやるべき事をやります」
「イサラ……」
ロージーはまだ納得しかねる様子で。
それでも先程の取り乱しようからはずっとマシだ。
離れて見守っていたウェルキンとアリシアはほっと安堵する。
良かったこれから敵の陣地に入るのに部隊の結束が崩れるところだった。それでも明らかに士気が落ち込んでしまったが。
「みんな、これから帝国軍との戦いに入る、だから先に言っておく、例え彼が帝国人だとしても……」
「っウェルキン!」
言葉の途中でアリシアに組み敷かれた。突然のことに驚きの声を上げる。次の瞬間、目の前に榴弾砲が着弾する。
爆風に飛ばされるウェルキンとアリシア、そのまま背後の崖下に落ちていった。
「隊長!!アリシア!」
呼びかけるが返事はない。
深い闇底がウェルキン達を飲み込んでしまった。
「アリシア大丈夫かい?」
「うん、私ならもう大丈夫よウェルキン」
あの後、崖下に落ちたウェルキン達は奇跡的に助かり。帝国軍の目から隠れるようにして移動した。足を怪我したアリシアを支えながら闇夜の中をホタルの光を目印にして進む。
やがて一棟の掘立て小屋に行き着いた。
アリシアの治療に専念する事に決めたウェルキンはそこで一夜を明かす事に。
幸い道中、怪我や捻挫に効果覿面の薬草を採取する事ができた。
茎をすり潰して怪我の箇所に擦り込む。
痛がるアリシアには悪いけど我慢してもらうしかない。
「よかった本当に、あの時はもうダメかと」
「心配しすぎだよウェルキン、私ね昔から怪我の治りだけは早いのが自慢なの」
「そうなのかい?子供の時から?」
「うん、子供の時から、私……孤児院にいたから、怪我をしても両親がいないから一人で治してたの、薬も高いからね」
えへへと笑うアリシア。
……知らなかったアリシアが孤児だったなんて。
もしかしたら僕はアリシアの事を何も知らないんじゃないだろうか?知らないといけないと思った。
「アリシア僕は自然や動物が好きだ」
「え?うん知ってるよ」
「アリシアは何が好きだい?」
「うーん……パンかな?」
「他には?アリシアの色んな好きが知りたいな」
そうだなぁ……。アリシアとたくさんお喋りをした。
僕の昔の事やイサラとの思い出を。
気づけば夜は深まりウェルキンとアリシアは眠りにつく。
……足音?
誰か来る。人の歩く気配にウェルキンが意識を起こす。
眠っているアリシアには悪いけど起きてもらおう。
肩を揺らすとアリシアも直ぐに起きて事態を呑み込む。
そして僕たちは息を殺して待った。
小屋の扉が開いて入って来たのは帝国兵だった。ウェルキンが銃を構えて。
「止まれ!」
だが帝国兵の様子が変だ。足取りが覚束ない。
酔ったような千鳥足で歩いて来て倒れた。
アリシアと目を合わせる。助けよう。
お互い同じ事を考えたようだ。帝国兵の介抱を行う。背中に夥しい数の銃痕があった。息をしているのが不思議な程だ。
これではもう……。
「……ダメだ薬草じゃ治せない、彼はもう」
「そんな……」
アリシアが寄り添うと帝国兵が手を伸ばす。それを優しく掴んであげる。アリシアを見ている。いや違う、アリシアを通して誰かを見ている。
「母さん……ただいま帰って……来たよ?」
「っ……!」
「母さん、かあさん……どこ?たすけて……」
「……ここにいるよ、母さんはここにいるからね?お帰りなさいよく頑張ったね……」
「……おかあ…さん……」
それが彼の最後の言葉だった。
やるせない気持ちになる。助けてあげたかった。
相手は帝国兵なのに、なんて悲しい死なんだ。
僕より感受性の高いアリシアはうちのめされたようだ。彼の為に涙を流している。
「ウェルキン悲しくてたまらないよ、どうして?会ったばかりの帝国兵なのに」
「それはアリシアが彼の死を真摯に受け止めたからだ、僕も悲しいよ」
翌朝、僕らは彼を埋葬した。
急拵えだけどなんとか木のお墓を作ってあげられた。遺品のヘルメットを墓に置いて黙祷を捧げる。
君はもう戦争なんてしなくていいんだよと伝えてあげた。
「……ウェルキン私なにもしてあげられなかった。
目の前で助けを求めてたのに……、ただ見てるだけしかできなかった。」
「アリシア……君は君にしか出来ない方法で彼を助けたんだ、彼が最後に見せた表情は苦しみじゃなかったと思うよ?」
「うん……ありがとう、ウェルキン。あたしねガリアの人達の命を奪った帝国がずっと憎いと思ってた」
帝国は敵だ。悪の兵隊なんだと思い込もうとしていた。
でも……。
「でも帝国の兵士だってあたしたちと同じ人間で、同じように守りたい人がいるんだよね」
「ああ……そうだね」
「戦争が始まってそんな当たり前の事も忘れてた……この人も戦争がなければ、家族と暮らせていたのかもしれないのにね」
「………」
戦争さえなければ、今までに何度も考えた。
大勢の人々の未来や可能性があったはずなのに。
戦争がそれを奪っていった。
「ウェルキン私には家族がいないって言ったけど、いない方が幸せな事ってあるのかもね、戦争で失わずにすむもの、だから私はひとりぼっちで良かったのかも……」
何言ってるのさ。
「アリシア……君は一人なんかじゃないだろ?僕もイサラも……小隊のみんなも、今はアリシアの家族じゃないか」
「みんなが……家族」
「ああ。僕が父さん、アリシアが母さん、ロージーにイサラが娘で……ラルゴは……おじいちゃん!なんて考えてみたらどうだい?」
たまらずアリシアがふきだす。
「ぷっ……そんなこと言ったらラルゴに怒られるよ!」
「よく喧嘩する家族だけどケンカするほど仲がいいって言うだろ?最近はハルトのおかげか仲も良さそうだし」
「ウェルキン……」
「だからもうひとりぼっちなんて言っちゃだめだよ」
「うん…ありがとう……はっーーウェルキン!」
アリシアが警告するがもう遅い。
気づいた時には帝国兵に囲まれていた。
しまった。警戒を疎かにしすぎた。
絶体絶命の窮地にアリシアだけでも逃すと覚悟を決めたウェルキンだったが。
黒服を纏った男が前に出る。
帝国兵を埋葬した墓を見て。添えられているヘルメットが仲間のものである事を確認する。……間違いないフリッツのものだ。
「……お前達が埋葬してくれたのか?」
「そうだが……」
小屋を確認した帝国兵が驚きの声を上げる。黒ずんだ包帯に薬が転がっていた。
「隊長!小屋の中に治療した痕跡があります!」
「助けてくれようとしたのか?敵の帝国兵をなぜ?」
「……彼は譫言で母さんと言っていたよ、帝国兵にも家族がいる。僕にも小隊という家族がいる見捨てる事は出来なかった」
「……そうか」
考える事は同じか。帝国将校はウェルキンに感謝を述べた。
「俺にとっても隊員は家族同然だ、だから……感謝する。俺の家族を葬ってくれて」
「……ああ」
「っこの音って」
遠くから榴弾砲の音が聞こえる。どこかで誰かが戦っているんだ。
行かないと、家族のところへ。
「では次は戦場であいま見えよう」
帝国将校とはそこで別れた。せめてもの騎士の情けか、決着は戦場でつけようと言うのだろう。
あんな帝国人もいるんだな。
そうじゃない、帝国にも色んな人間がいるんだ。
他の動物達のように。僕らも同じだ。
だったらハルト……いや、ラインハルトも。
もしかすると別の思惑で動いているんじゃないか。
帝国人だからと考えないで彼と話せば何かが変わるかもしれない。
「行こうアリシアみんなと合流する!まずはこの状況を打開する!」
「了解ウェルキン!」
その後、第七小隊と合流し帝国軍を撃破する事に成功した僕たちは、皆んなの無事を祝う。イサラとロージーも調子を取り戻していた。あいつに直接会ってぶん殴るんだそうだ。
流石にそれはどうなんだろうと思うけど元気を取り戻してくれたなら良かった。僕達は一路ランドグリーズに向けて帰投するのだった。