それは少し時を遡る。
ラインハルトが出てから数を数え。約180秒後にイムカも動き出した。手に武器は持たず。ヴァールもヴァルキリー同様、南の倉庫に入れてある。やはり街中だと目立つからだ。だからラインハルトが先に出る必要があった。
おかげで敵の注意は逸れた。
急がないといけない。ラインハルトが何者かにマークされている事はイムカも気づいていた。
迅速にヴァルキリーを待機状態にさせる必要がある。彼を守るために。
その一心で裏手の路地を走っていた。この速さなら10分と掛からず目的地に到着できるだろう。
ふとイムカの足が止まる。
……正面に1人、後ろに1人、前後に挟まれている。
どうやら簡単には行かせてくれないようだ。件のネームレスだろうか。当たりをつける。だとすればみくびられたものだ。この程度の数で止められる私じゃない。例えヴァールが無くともだ。
イムカは体中に暗殺用ナイフを仕込んでいた。
いつでも敵の首をかき切れるように。
「いるのは分かってる、出てこい」
「……おや、凄い、バレてしまいましたか」
「流石は皇子の護衛を任されるだけはありますね」
現れたのは男女2人。男の方は知っている。
この男は確か資料館で出会ったダルクス人だ。
「お前は……ヴァン?」
「はい、お久しぶりですね、覚えて頂けて嬉しいな、貴女の記憶に僕はちゃんといたんだ」
「兄様、良かったですね」
異様な空気感の二人に。イムカは内心で緊張感を高めていた。違うこいつらはガリアの兵士じゃない。
まずはこの女だ。この女がいま言った言葉は到底看過できるものではない。
「お前、いま何て言った……皇子だと?」
「はい……皇子様の護衛なんですよね?イムカさんはラインハルト様の」
「……どこでそれを」
ふかしじゃない。この女は知っている。
知り得るはずのない情報を。ラインハルトの正体をだ。
「……ふふ、凄い殺気。その奥にあるのは戸惑いと焦り、それから……あら?貴女ラインハルト様に恋してるのね、それに……」
「こら大人気ないぞエムリル。力を使ってやるな」
「ごめんなさい兄様」
「……」
ペコリと頭を伏せるエムリルと呼ばれた女。
まるでこちらを見透かした言動にイムカの警鐘が最大に鳴る。
「すみませんイムカさん、貴女を怯えさせるつもりはありませんでした。僕らは敵ではなく味方です、帝国軍研究所所属の者です」
「帝国の……人間」
「はい、今回イムカさん貴女を勧誘しに来ました」
「……なに言ってる」
眼鏡のダルクス人青年は真剣な表情で言った。
「……一目惚れです、貴女の様なダルクス人は見た事がない、強く凛々しく美しい貴女のようなダルクス人を探していたのです僕の伴侶になって下さい!」
なんの脈絡もない告白だったが。
本気だった。ヴァンは本気でイムカに恋心を待っていた。初めて見かけた瞬間にもう撃ち抜かれていた。
当のイムカはというと。
……いきなり何を言ってるんだこいつは。
言ってる意味が分からない。そんな事を言うために私に接近して来たのか。
「ふざけるな!急いでいる!邪魔だどけ!」
一世一代のプロポーズがあえなく撃沈。というかイムカに理解すらしてもらえなかった。ヴァンは呆然としている。断られると思っていなかったようだ。
「そんな……」
初めてだったこんな思いは。
これが失恋というものか。残念だ本当に残念だ。
……貴女の敵にならなければならないなんて。僕の手を取ってくれればラインハルトの救援でもなんでもやればいい。
でも僕のモノにならないならば仕方がない。
落ち込むヴァンを無視してイムカは先に行こうとする。エムリルの横を通り過ぎる。彼女は何もしてこない。そのまま行こうとした時。
ヴァンが指を鳴らす。それは決別を意味した。
「エムリル全力で彼女を引き止めろ、皇子の元に行かせるな」
「……ティルカ村」
呟かれた言葉にイムカの足が止まる。
まるで魔法の言葉のように。
ゆっくりとイムカが振り返る。理性では分かってる足を止めてはならない早くラインハルトの元に行け、そう言っている。
それでも振り返らざるを得なかった。
「……その名前をなぜ、知っている?」
「ふふ、だって……私が滅ぼしたんですもの」
ほろぼした……。滅ぼしただと。
愉快そうに言う女の言葉を理解する。
理解した瞬間イムカは地面を蹴っていた。
「ーー死ね!」
「ふふ凄いっ!まさかこれ程だなんて!」
本心からのものだ。
目の前のダルクスの少女が、衣服に隠したナイフを閃かせ攻撃してくるのをエムリルは素直に称賛した。
この少女が戦士になって凡そ2年。たった2年だ。
たったそれだけの短時間で私を圧倒する攻撃の数々を繰り出してくる。この少女は天賦の才を持っている。
だからこそ惜しい。
「貴女の感情が伝わってくる、復讐の憎悪が!」
今もひしひしと感じる圧迫感。
それが復讐心からくるモノである事が手に取るように分かる。彼女が次にどうやって私の命を刈り取ろうとするかも分かってしまう。かわすのは容易い。
本当に憎悪に呑まれた人間の行動は予測しやすい。
これが無ければもしかすると彼女の刃は私に届いたかもしれないのに。
「それほどまでにイムカさんにとってティルカ村は大事な場所だったんですね」
「黙れ!お前が私の故郷を!皆んなを!殺してやるっ」
「殺せませんよ?今の貴女では私を殺せません100回戦っても私が勝ちます、ほらこんな風に!」
「ぐっ!?」
反撃に合い後退りするイムカ。
それで冷静さを少し取り戻す。
……強い。攻撃を全て避けられる。まるでこちらの動きを予知しているかのような。ありえない。
あらゆる戦場を潜って来た、経験値の差によるものではない。
もっと根本的なものだ、この女の強さは。
崩せない。今の私ではこの女を殺すのは不可能だ。
だがそれでも退く理由にはならない。
もうラインハルトの事もなぜ自分がここにいるのかも忘れていた。どうやったらこの女を殺せるか、あるのはそれだけだ。怒りが支配する中、セルベリアの言葉を思い出す。
ーー怒り任せに攻撃するだけでは私を殺せない、怒りを力に変え冷静に戦術を立てろ。イムカお前が戦場を変えるんだ。
崩せないなら、崩れるように仕向ける。
あの男だ。私達の戦いをただ黙って見守っている、あの男を攻撃すれば女の呼吸は乱れる。
ターゲットを変える。
イムカはそこで初めて明確にフェイントを入れる。女を攻撃すると見せかけて男に向かって走る。
「動きが良くなったと思ったらそう言う事ですかっ」
イムカの意図に気付き妨害しようとするもナイフが飛んできた。的確にエムリルの眉間に向かって。腰に携えていた剣で打ち払う。
その間にイムカはヴァンの眼前に躍り出る。牽制のつもりで繰り出されるナイフの一撃をヴァンは避けない。
「……ああ、やっぱり僕の目に狂いは無かった!イムカさん貴女こそ僕の右腕に相応しい!」
「……っ!?」
ヴァンは破顔してイムカの攻撃を受け止めて見せた。迫るナイフの中腹を五指で止めている。イムカがどんなに頑張っても微動だにしない。人間業じゃない力。
この男まさか……。
途端にヴァンの体から青い粒子が噴き出す。
見慣れた光景にイムカは瞠目する。
ヴァルキュリアの力だと。
「馬鹿な……ダルクス人が、ヴァルキュリアの力を使えるはずがない……!」
「……改めて自己紹介をしましょうか。僕の名前はハイエル・ヴァン・ダルクセン。
……いずれダルクス人全ての王となる者の名です」