あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三十七話

 

「……そろそろ朝か」

 

今頃ガリアの人々が目覚め始めている事だろう。もう少しすれば街も人々の往来で賑わい出す。まさか昨夜、この国の姫が拉致されかけたとは夢にも思うまい。

 

ラインハルトはその様子を城の窓から見ていた。

絶賛軟禁中である。捕まったラインハルトはあの後、独房に入れられた。独房と言っても犯罪者を収容する様な牢屋ではない。調度品の置かれた質素ながら品の良い応接間のような場所に通された。

捕まった際にあっさりと身分をバラしたのが効いたのかもしれない。

 

小太りの金髪男が馴れ馴れしく俺の私物に触れてこようとするものだから思わず「触るな下郎が!俺は帝国の皇子ラインハルト・フォン・レギンレイブであるぞ!!」と言ってしまったのだ。

あの時の彼らの顔は見ものだったな。彼には悪い事をした。

 

……おかげでコイツを取られずにすんだ。

 

懐に入れたそれに触れる。

コイツが今回の鍵になるだろう。リスクは高いし成功率も決して高くない。なぜならこれの成功はガリア国民にかかっているからだ。

 

「やれやれ、我ながら分の悪い賭けだ」

 

ゴロンと寝転がるラインハルトの顔は悪くない。むしろ楽しんでいる。どのような結果になってもガリアは変わる。それを見てみたい。もし俺の望む結果になったら。

その時は……。

 

コンコンと扉からノック音が。誰か来た。意外にも俺の予想する人物ではなかった。

入ってきたのは老女だった。

名をマーヤと言うらしい彼女は恐る恐る俺に近づいてくる。怖がられてるな。

 

「……お、皇子様、この度、コーデリア姫をお救い頂き誠にありがとうございます」

 

深々と腰を折って頭を下げる。

どうやらコーデリア姫の使いで来たようだ。信頼されているのか彼女にも事情が伝わっているらしい。

連邦高官に拐われた事を。そのお礼の言葉を賜って来たのだという。礼を受け取ると帰るかと思ったが。

 

「コーデリア姫の願いで貴方様を逃すよう言われております」

「コーデリア姫が?」

 

どうやら本気のようだ。これには俺の方が戸惑った。幾らコーデリア姫といえど独断でそんな事をすればどうなるか分からない訳ではないだろう。

 

「はい、ですがコーデリア姫は本気です、今度ばかりは引く気はないと、こんな事は初めてです」

「……その申し出ありがたく受け取ろう、だが俺はここから出ていくつもりはない」

 

マーヤが驚いた顔で俺を見る。正気ですか坊ちゃんとでも言いたげだ。

 

「いったいどうして?」

「ここが俺の戦場だからだ、きっと俺の仲間達も動いている。ここから出るわけにはいかない彼と相対せねば」

「っ……それはもしやボルグ宰相の事ですか、でしたらどうか協力させて下さい!」

「それもコーデリア姫から聞いたのですか、随分と姫から信頼されているようですね」

 

マーヤは涙ながらに語る。先代太公が亡くなられてからの姫の不憫な生活を。彼女の事を赤ん坊の頃から知るマーヤにとって宰相の横暴は目に余る。何としてもあの男を罰したい。

その為なら俺に協力する事も辞さない覚悟だと言う。

 

「どうせ老い先短い命です、だったら姫様の為に使いたい」

「……成程、貴女の想い強く伝わった。であれば貴女にも協力してもらいましょう、なに簡単な事ですタイミングよく……」

 

ゴニョゴニョと老女の耳に何か囁くラインハルト。

それを聞いたマーヤは困惑する。それだけでよいのですか?

 

「……分かりました姫様に打診して来ます」

「お願いしますこれで俺の作戦の成功率が上がる、お互いベストを尽くすとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンと厳格に扉を叩く音。

 

「ん?……どうぞ」

「失礼しますぞ」

 

そう言って一言かけて入って来たのはガリア貴族の身なりをした男だった。見るからに私は大貴族の生まれですと言うような豪奢な衣装に身を包んでいる。野心に溢れた鷲の目をしていた。そんな男がラインハルトに対して恭しい態度を取る。

 

「お初にお目にかかります殿下、いいえ、ラインハルト様とお呼びしましょうか」

「……別に何と呼んでくれても構わないが?」

 

そう言ってラインハルトは立ち上がるとボルグ宰相と握手を交わした。思わぬ好感触にボルグ宰相は一瞬驚いた表情になる。が直ぐに笑みに変わる。

 

「お噂はかねがね聞き及んでおります、ですが噂と実際では天と地程の差がありますな。まさか我がガリア公国に来ていたとは思いもしませんでしたぞ」

「なに愚か者の道楽と思ってくれていいぞ実際そうなのだしな」

「はっはっはご冗談を、貴方様がこの国に来たのは只の道楽の為だけではありますまいっ……どうやら聞き及んだ所によりますとガリア公国との停戦を考えているとか?」

「耳が早い事で、そうだ。俺はガリアと帝国の早期終戦を考えている」

「無論それだけではありますまい?」

「……流石はボルグ宰相、その通りだ俺は俺の望みを叶える為に此処にいる、兄上マクシミリアンを止める為にな」

「成程……皇帝の跡目争いですな」

 

よくある事だ帝国において。肉親同士の骨肉の争いは。ラインハルトは何も言わない。しかしボルグ宰相はそれを肯定と捉えたようだ。計算高く考えている。

 

「……それでしたらラインハルト様にこのガリアを差し上げると言ったら、どうしますか?」

 

釣れたな簡単に。

だがラインハルトは素知らぬ顔で。

 

「……何だと?どういう意味だ」

「言葉通りの意味です、ラインハルト様、私は貴方を高く評価しております、皇帝からの寵愛も厚く、連邦との戦いで既に並ぶ者なき功績を打ち立て帝国軍においては副元帥の立場におられる御方、もはや貴方様ならば次期皇帝も夢ではありますまい!だからこそ誰よりも先んじて投資したいのですラインハルト・フォン・レギンレイブに!」

 

私の目に狂いはありませんぞと鼻息荒く言うボルグにラインハルトは内心でため息を吐く。

俺が次期皇帝になるとか大きく出たな。

この男、交渉ごとに置いては優れているのかもしれない。

だがその目は節穴だな。

この俺が皇帝になるわけがない。

皇帝になるのは俺ではなく……。

 

いやいい、今はこっちだ。

ラインハルトはおもむろに懐に手を入れる。ソレに触れてカチッとONにする。

 

「んん……それで?ボルグ宰相殿は俺に、いや帝国に何を与えてくれる気だ、金か?土地か権利か?」

「その全てを差し上げましょう」

「全てとは……?」

「ガリア公国のあらゆる全てをですっ」

「本気か?俺をガリア公国の執事にでもする気か」

「執事などとんでもない、文字通りガリア公国太公に成りなさい」

「次の太公はコーデリア姫に決まっているはずだが?」

「そんなもの殿下の妃にでも据えれば問題ないでしょう」

 

簡単に言うものだな。自分の国のプリンセスに対して敵国の皇子のモノになれと言うとは。悪官極まれりだな。

ラインハルトも悪い顔をする。

 

「貴方はこの国の宰相でしょうに簡単に国を売り渡すんですね」

「……この国に未来はありません、お分かりでしょう、この戦争はガリアの敗北に終わる、ならば私はできるだけガリアの価値が高いうちに価値ある人間の手に渡す事こそが宰相の役目だと考えます」

「成程、賢明な判断だ。俺を人質に取ろうとも考えなかったのはそれが理由か」

「ええ、どうせいつかは帝国か連邦の土地になるのですから無駄なこと」

「連邦との同盟がならなかったから、次は帝国ということか、中々節操がないじゃないか」

「これもまた弱きモノの運命かと、お嫌いですかな?」

 

ラインハルトが悪い顔を崩さずにニヤリと笑った。

 

「いいや、気に入った、であればこれからガリアは帝国のものか、ガリア国民は俺の奴隷、俺の所有物ということだな、ではその見返りに何でも申すが良い」

「はっならば帝国にある一等領地と地位を望みます」

「それだけか?ハッハッハ欲がない!それではその為に売られたガリア国民が可哀想ではないか!」

「過ぎたるは及ばざるが如しとも言いますガリア程度ならその程度の価値でしょうハハハ!」

 

悪党二人が笑い合う。こんな場面を誰かに聞かれていたら大問題だ。

とそこに運悪くコーデリア姫が入って来る。

先程の会話も聞かれていたようだ。

 

「こ、これは一体どういう事ですかボルグ宰相!?」

 

ボルグ宰相と俺を見比べる。

その目には俺に対する失望がありありと浮かんでいた。ボルグ宰相についたのですかとその目が言っている。俺はあえてそれを無視する。

 

「……コーデリア姫、どうやら聞かれてしまったようですな、やれやれ運の悪い、貴女にはこれから自由はありません、城の外には一歩も出る事は叶わないと覚悟して下さいませ」

「わ、私はこの国の国家元首ですよ!貴方の言うことはもう聞きません!」

「ほう?私に逆らうと言うのですか、無力な貴女にいったい何が出来ます!」

 

びくりと体を震わせる。

助けを求めるようにラインハルトを見るが彼は見向きもしない。

……頑張れ、これは貴女が乗り越えなくちゃいけない壁だ。

コーデリアからすればたまったものではないだろうが彼女は気丈にもボルグ宰相を睨み返した。その目は正に先代太公に瓜二つ。

 

「ボルグお前の言う通り私は無力かもしれません、ですが自分の意思を持つと決めた今日から、もう私は逃げない!お前こそ何の力も持たないと知りなさい!」

「っ……!?」

 

思わず面食らうボルグ。何も言い返せず顔を怒りで真っ赤にする。茶をしばいている俺を見て邪悪に笑う。

 

「力ならあります強力な後ろ盾が!帝国だ!帝国と私が手を結べばヨーロッパ全土の支配も夢ではない!!」

「ヨーロッパの支配っまだそんな世迷言をよくも言えたものですね」

「ふふふ、私は知っているのですよ、ガリアには世界を変える力がある!聖なる槍がね!」

 

ラインハルトの目が鋭く光る。

そうか、そう言うことか。宰相は知っているのだな聖槍の在処を。それを手土産に帝国に渡る気だったのか。

成程と納得するがコーデリア姫は知るはずもなく。

 

「……聖なる槍?何を言ってるの?」

「ほう……興味深い聖槍ですかボルグ宰相はそれが何なのか知っているのですか」

「無論です同盟が成った暁には全てを話しましょう」

「帝国はボルグ宰相を歓迎するでしょう俺の名前で保証します」

「おおっありがとうございます!」

 

余裕ぶったラインハルトに頭を下げるボルグ。

まるで悪党の親玉とその子分だ。

大の男二人で少女一人をいたぶっているのだから構図が酷い。

 

「そんな事は私が許しません!」

 

コーデリア姫が隠し待っていた短剣を抜いた。

そしてボルグに切先を突きつける。

 

「なにを!?」

「私が自分の手でガリアを守る!」

 

コーデリアは思い切り地面を蹴った。

短剣が驚くボルグの胸に突き刺さる直前、怖くなって目を瞑る。ドスっと何かに当たる、僅かに肉を裂く感触が伝わって来る。

恐る恐る目を開ければラインハルトが短剣を止めていた。手から血が滴っている。

 

「どうして……」

「貴女がそこまで手を汚す必要はない、それに大丈夫、貴女の行動は必ずガリア国民に伝わります、コーデリア太公女殿下」

「え?」

 

死の恐怖でみじろぎ一つ出来ないでいた。

ボルグ宰相が笑い出す。

 

「は……ハハハハ!馬鹿な女だ、誰かおるか!姫様が御乱心された!捕えて牢屋に入れておけ!!クソッ信じられん!わしを刺そうなど!ふざけおって!ーー!」

 

それからもあらゆる罵詈雑言を並べる。老人の怒り声が部屋に響き続いた。暫くして顔を青くした兵士が駆け込んで来た。

 

「遅いぞ何をしておった!」

「た、大変です……大勢の民が城の前に詰め寄せています!!」

「……なに?何を言っておる」

 

正に晴天の霹靂だ。突然の事にボルグは戸惑いの声を上げる。コーデリアも何が起きてるのか知らない。ただラインハルトだけが微笑みを浮かべていた。

……そうか、動いたか。人の意思が。

 

「ーーボルグ宰相すまないが俺はコーデリア姫に降伏する事にした」

「何ですと!?どういう事ですか」

「言葉通りの意味だ俺達は負けたのだよコーデリア姫にガリアに。……短い同盟関係であったな」

 

そう言ってラインハルトは懐からある物を取り出した。小型無線機だ。ヴァジュラの通信機能を改良して作られたコレは一瞬で広範囲に周波数を飛ばすことが出来る。ランドグリーズ中に設置した機器を介せば首都一帯に指示を送る事が可能だ。と説明する。

何が言いたいかというと、

 

「全ての会話が現在ランドグリーズ中に流れている、と言う事だ」

「……な、なああにいいぃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なああにいいぃ!?』

 

男の声がスピーカーを介して首都の至る所から聞こえる。

屋内から屋上から。大音量で。

ガリア人がそれを聞いている、路地裏から大通りまで人だかりが出来ている。皆がそれを聞き逃さないよう真剣だ。

途端に彼らの怒りが吹き出した。

 

「ふざけるな!俺達を何だと思ってやがる!」

「ボルグ宰相こそガリアを売った売国奴だ!」

「帝国とボルグ宰相は敵だ!弾劾しろ!!」 

「コーデリア姫をお救いしろぉ!!」

 

油を撒いた小火のように、それは一瞬で大火となった。人々の意思は流れとなって動き出す。城に向かって。もはや私達が何もしなくとも止まることはないだろう。

 

その光景を屋根の上から見ていたイムカはこれがラインハルトの策かと感嘆する。凄いものだ、ガリア人を使って宰相の首を取るとは。

これがプランB。

 

私達はランドグリーズ中の通信機の設定をするだけで良かった。敵と戦うことすらなく私達は人知れず戦いを終える。

ーーこれが情報を用いた戦。

殿下が影を重用するのも分かる。

録音もしてある上にレコードをガリア新聞社に送る手筈も整っている。その手際の良さに思わずイムカは呆れた目をする。

 

「……これで私達の勝ち?」

「はい、これで任務完了です。通信端末300基全て稼動中、これでガリア上層部にいる貴族達の力は引き摺り下ろされるでしょう、これからはコーデリア姫と民衆の時代です」

 

エリーシャの言う通り、ここからガリアは大きく変わっていく。貴族主義だった時代から民衆が力を持つ時代へ。

勿論、直ぐに全てが変わる訳ではないだろう。

それでも今日、この日が転換点だったのは間違いない。

 

『諦めろボルグ宰相、貴方はガリアを裏切った。ならばガリア国民によって裁かれるがいい』

 

それを最後に通信が切れる。

それから6時間もの紆余曲折の末、マウリッツ・ボルグ宰相の投獄が行われた。宰相という立場でありながら国家を危ぶませた罪は重い。ガリアは変わる。

後にガリア新聞社の記者はこう綴る「ガリアの夜明け」と。

 

その翌日、正式にコーデリアが太公の座についた。

戴冠はもう少し後になるだろうが、それでも、もうコーデリアの時代が来た事を玉座の間にいる誰もが感じていた。

 

「皆様、ご心配をおかけして申し訳ありません。ですがもう大丈夫です、ガリア公国大公女としての責任を果たすことを誓います、ですので皆様に力をかして頂きたいのですガリアを守る為に!」

 

憑き物が落ちたかのようだった。声には力があり自信が漲っていたからだ。

ウェルキンもその様子を嬉しそうに見ていた。

 

……そういえばラインハルトは無事だろうか、あの後から顔を見ていないが。

昨日から消えてしまった彼の行方を知る者はいない。ボルグ宰相と同じく投獄されてしまったという噂があるが。真偽の方は定かではない。

 

せめて無事を祈るしか出来ない事を残念に思っているウェルキンをよそにコーデリアの報告が終わる。

今後の(まつりごと)はコーデリアが引き受けるというものだった。これには全員が同意する。

そんな中、虎視眈々とボルグ宰相の後釜を狙う貴族がチラホラと何人かいるようだ。視線だけで牽制し合っている。

 

次に軍事の話に移る。

最高司令官は変わらずゲオルグ・ダモン将軍が継続する。あまり良い噂の聞かない将軍だ。何人かの軍人が顔をしかめた。満足気に頷くダモン。だが話の雲行きが変わったのはここからだ。

 

「……最後に最高司令官に次ぐ権限を持つ特別軍事顧問という役職を新たに創りました」

「む……?」

 

どよめきが上がる。

何だそれは聞いたことのない名称だ。

他の軍人達も何を言ってるのだ姫様はと言いたげだ。

 

「ご紹介します……入りなさい」

「ーーはっ!」

「……ええ!?」

 

登壇してきた男を見てウェルキンが驚きの声を上げる。

その男は黒い制服に身を纏い、黒いサングラスをしていた。見事な金髪を隠そうともしないその男はコーデリア姫の横に立ち。

 

「ご紹介に預かった特別軍事顧問官です。

名前は……ジークハルトだ、よろしく頼むガリア軍の皆さん」

 

そう言って彼は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 







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