あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三十八話 無名の騎士ジーク編

 

コツコツと廊下を歩く男。

お披露目会も無事に終わり城奥に戻ったジークハルトは自室に戻るところで耐えきれず肩を振るわせる。あの場にいる誰もが鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。あのウェルキンですらだ。あれは傑作だったな。

 

「くくく……ははは」

 

我慢できず声が漏れる。

ここが自領なら盛大に大笑いしているところだ。それ程に痛快だった。

しかし当初の予定とは随分と違ってしまったな。

本来であれば秘密裏にガリア上層部と交渉するはずが、気づいたら自分がそこに入り込んでしまった。

運命とは面白いものだ。

これもコーデリア姫のおかげだ。

あの後、何とか誤解を解く事が出来た。全てはボルグ宰相を罠にかけるための演技だったことを。

まさか泣かれてしまうとは思わなかった。あれには困った。

彼女には酷い事をしてしまったと反省する。

 

特別軍事顧問という大仰な肩書きまで貰ったのだ。

有効活用しなければな。わざわざ名前も消したのだから。

 

「あ、ラインハルト様」

あっさりと本当の名前を呼ばれて内心で苦笑する。顔には出さず振り返る。コーデリア姫が向こうから歩いてくる。

 

「これは姫様、先程の演説は見事でしたよ」

「ありがとう、貴方様のおかげです、できれば国を挙げて感謝したいのですが」

 

流石にそれは出来ない。

俺が帝国人であるどころかラインハルトと知られれば大事だ。もう何人かに事情を知られているがガリア義勇軍と諜報部だった事がせめてもの救いか。既に戒厳令は布かれている。

コーデリア姫が残念そうにしている。

 

「なに俺はただ約束を果たしたまで、鳥籠から解放された気分はどうですか?」

「……とても良いものです、ようやく生きている事を実感できました」

「これからはもう我慢する必要はありません、もっと我儘に生きて下さい」

 

なんせこれからはコーデリア姫の時代だ。

彼女のやりたい事を邪魔するものはいないのだから。

 

「それよりも俺の提案を呑んでいただいたことを感謝しなければなりません、得体の知れない俺のために前代未聞の事をしてくれたのですから、むしろ俺の方が迷惑をかけたくらいだ」

「とんでもありません!私には貴方様のお力添えが必要です、感謝するのは私の方です!」

 

姫に無理を言って作ってもらった役職は、ラインハルトが提案したものだった。身分と正体を隠した上でガリア公国軍に働きかける地位が欲しかった。理由はガリア軍の改革だ。

貴族というだけで上に立ち、真に優秀なものは閑職に回される前ボルグ宰相時代のままでは、無駄に被害を出すだけだ。

軍自体を変えなければならない。

つまり俺の目的はガリア軍の改善と強化にある。

 

「俺は決めましたガリア方面軍と戦う事になろうとも構いません、何としても帝国軍を押し返さなければならない聖槍が何であるかを知ってしまった以上は……」

 

聖槍が何であるかが分かった今、絶対に帝国軍をランドグリーズに来させてはならない。それを投獄されたボルグ宰相の証言で確信する。

あれはこの世にあってはならないものだ。

破棄できる代物ではない。ならば悪用されないよう封印したままにする必要がある。

 

葛藤がないと言えば嘘になる。

だが俺には責任がある。無責任にもこの国を変えた責任が。だからこそラインハルトという名前は暫し封印する。帝国軍と、同胞と戦うために。

人知れず苦悩するラインハルトの内情をコーデリアだけが知っていた。

 

「ごめんなさい」

「?……」

「貴方にこんな決断をさせてしまった事を申し訳なく思います」

 

本来であれば貴方はこんな葛藤をする必要はないはずなのに。それを理解しているからこそコーデリアは顔を暗くする。それを見てラインハルトはふっと笑う。16歳の女の子がそんな心配をしなくていい。

 

「俺が戦うのは俺の為です、貴女が気にする必要はない。ですがそうですね罪悪感を感じているのなら、ちょうどいいアレをしましょう」

 

アレとはなんだろうか。こてんと首を捻るコーデリアをよそにラインハルトは壁に立てかけてあった飾り付けの剣を手に取る。

膝を折ってコーデリアに跪く。剣を両の手で差し出して。

 

「この俺ジークハルトは宣誓する。この剣を貴女のために振るうと、貴女を守りぬき、この戦いを勝利に導くと。だからどうか叶うならば俺を貴女の騎士にしていただけませんか……」

「……えっと、は、はい私は認めます、貴方が私の騎士になる事を……」

差し出された剣を手に取って、おっかなびっくり騎士の洗礼の儀式を行う。

「コーデリア・ギ・ランドグリーズの名において」

 

肩、頭に剣を翳し、そして祝詞を唱え終える。これで名実ともにジークハルトはコーデリアの騎士になった。これは契約だ。ジークハルトの間は彼女に忠誠を誓う。絶対に裏切らない。戦争の重荷は俺が背負う。

これで少しは信頼関係を築ければ良いんだがな。

 

「初めてです私こんな事は」

「帝国の辺境では風習が残ってるんですよ騎士の洗礼は、これで貴女は俺の主だ。貴女の敵は俺の敵です」

「……ジークハルト私は貴方を信じます心から、もう疑いません。なので好きにやって下さって構いません」

「かしこまりました……大公女陛下」

 

お墨付きを貰った。

これから忙しくなる。俺の部隊から何人かスタッフを回そう。もう隠れ潜む必要もない。イムカの無事も早く確認したい。

それから兵器工場の視察と予算案の見直しもある。これは至急やっておきたい。義勇軍と正規軍で装備の質に差があるのは問題だからな。

 

一カ月だ。一カ月で改革を終わらせる必要がある。

 

ガリア方面軍との決戦に間に合わせる為に。

万全の準備を整えたガリア公国軍をぶつけるしかガリア方面軍に勝つ道筋はない。

奇跡に頼らず正道で勝つ。

それが俺のガリア公国軍強化計画だ。

つまり最低でも一カ月は時間を稼ぐ必要があるわけだが。

何かいい手はないだろうか。

 

「そうだわジークに見せたい物があるんですっ」

 

……何だろう。

 

 

 

 

 

 

✴︎ーー✴︎ーー

 

執務室に招かれてコーデリア姫が提出したのは二つの企画書だった。

……これは驚いた、いつか俺が言った事を元に作られた案じゃないか。ここまで形にしていたとは。

お世辞にも完璧とは言い難い。

しかしそこにはコーデリア姫の理想とでも言うべき願望が綴られた内容が込められていた。福祉や生活といった面についても触れられている。

正直ここまでダルクス人の為に考えている為政者が、どれくらい居るだろうか。親身さでいえば俺以上だ。

何か理由でもあるのか?

 

「どうでしょうか?やはり駄目ですよね……?」

「ふむ……いえ素晴らしい出来だと思います」

 

特に何気なくそう言ったら、パァッと表情が輝いた。なんだ?よく分からんが嬉しいようだ。

 

「本当ですかっ!?」

「はい、十分凄いです特にダルクス人の人権に関する案は俺には思いつかない事が細々と細部まで書かれていて驚きました」

「寝ずに頑張って書きました!」

「陛下凄い!偉い!でもちゃんと寝ましょうね」

 

もし倒れられては一大事だ。しっかりと釘をさす。

にも関わらずコーデリアは褒められてご満悦のようだ。宰相に厳しくされた反動だろうか、笑顔が増えた気がする。

うん、女の子は笑顔が一番だ。

 

さて次はダルクス人の英雄部隊の創設についてか。

これも俺が言った事だな。

ダルクス人の部隊を作り英雄に仕立てる。大々的に報道する事でガリア人に認めさせるというものだ。

 

ただ問題点があるとすれば一つだけ。

ダルクス人のみの部隊。

そんな部隊はガリア軍に存在しないということだ。今から創設するにしても時間がかかり過ぎる。

兵士を集めて訓練するだけでも半年はかかるだろう。恐らくその前に決戦が始まってしまう。

その点を指摘するとコーデリア姫が残念そうにする。

 

「そうですね、ダルクス人の方々を無理に前線に立たせる訳にもいきませんものね、仕方ないとはいえ彼らが活躍するのにこの戦争はまたとない機会でしたのに」

 

確かにコーデリア姫の言う通り、この戦争は彼らの地位を上げるのにまたとない機会だ。とはいえコーデリア姫の落ち込みようはどうだ。

 

「……以前から思っていたんですが姫様はダルクス人に対する何か強い思い入れでもあるんですか?」

「……え!?、えっと、それは……!」

 

聞いてはいけない事だったかと思うぐらい姫様の反応は劇的だった。説明出来ない事なのかしどろもどろになる。

以前から妙だと思っていたのだ。ヴァルキュリア人である姫様がダルクス人に肩入れする理由が分からない。

コーデリアは本当に申し訳なさそうな顔で。

 

「……ごめんなさいジークの事は信用しています、ですがこれはランドグリーズ家のみに伝わる事なのでおいそれと話す事は出来ないのです」

 

父と母が亡くなり後見人となったボルグ宰相に知られるところとなり弱みにつけ込まれる結果となったから、なおさら。

もう誰にも知られる訳にはいかない。

唯一それを知れる外部の人間が居るとすれば。

それは……。

コーデリアの頬が朱に染まる。

 

それは私の夫になる人だけだ。

チラリとジークを見る。彼は私を見ている。

何故か先程の騎士の誓いを思い出す。すると胸が高鳴る思いになる。彼はどんな思いであんな事をしたのだろうか。

 

「姫様?」

「ひゃい!?なんですか?」

「失礼ながら一つ良い案を思いつきました」

「え……?」

 

なんでしょうか、まさか結婚!?。

寸前までそんな事を考えていたからか発想が変な方向に飛躍する。いけませんわ私にはまだ早いとお父様も言ってらしたもの。

だけど何故か次の言葉に期待している自分もいる。

真剣な表情のジークは私の胸中を知ってか知らずか、あっさりと次の言葉を言った。

 

「上手くいけばダルクス人の英雄部隊を創れるかもしれません」

 

それは予想だにしない言葉だった。

創れる。宰相に無下にされて以来、夢想するしか出来なかったあのダルクス人部隊を。

 

「本当ですか!」

「はい、無論上手くいく可能性は低いですが、成功すれば多くのダルクス人を味方に引き入れることが出来ますやってみる価値はあるでしょう……彼を説得さえ出来ればですが」

「彼……?」

 

いったい誰のことだろう。ジークハルトはおもむろに懐から無線機を取り出す。私を解放するきっかけを作ってくれた小型携帯機だ。「失礼」と断りを入れて彼は誰かと通話をする。

ーーープルル、カチッ。

 

「……俺だ、ああ無事だ報告が遅れたな、……そうかイムカも無事か、ああ分かった……ああ、頼みがある遠距離通信の準備をしてほしい」

「………?」

「そうだ、確かセルベリアに遠距離用通信端末を渡していたはずだったよな?」

「……」

「分かった頼むセルベリアに伝えてくれ、

カラミティ・レーベンと……

ダハウと話がしたいとな……」

 

コーデリアは知らない。

これがこの戦争における一つのターニングポイントになる事を、ジークは誰と話してるんだろなと呑気に考えているコーデリアには知る由も無かった。歴史の転換点があっさりとやって来た。

 

 

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