あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三十九話

 

数日後、ナジアル平原にて。

 

ナジアル平原。そこはガリア中部最大の面積を誇る平野地帯。そこには現在、

帝国軍の一大陣地が広がっている。

ガリア侵攻の要と言っても過言ではない。本国から送られてくる潤沢な物資が惜しげもなく使われ着々と要塞化が進んでいた。

 

そこから遠く離れた辺鄙な場所にカラミティ・レーベンの宿舎はあった。要塞化が進む中央と違って身を隠すものもない剥き出し状態で前線にもほど近い。弾除けになれと言わんばかりの不憫な陣地だ。

戦闘が始まれば真っ先に狙われるだろう。

実際それも彼らの任務の一つだった。ダルクス人の命は石ころ同然に軽いのだ。

 

最初の方こそ扱いの酷さに眉を寄せたものの今ではセルベリア達も慣れたものだ。

そのセルベリアはというと、

 

「……はぁ」

 

物憂げにため息を吐いていた。

最近は1日一回はこれをするものだから。カラミティ・レーベン達ですら覚えた程だ。

 

「おい、今日も仮面のお姫様が西の空を見上げてるぞ」

 

ほどよい大きさの岩ころに座って遠くの空を見ている様はさぞ写真映えするだろう。仮面を被って素顔が見えないが。

最近はもっぱら彼らの間で賭けの対象になっている。ずばり仮面の奥はどんな顔をしているのか。

すこぶる美人な顔をしていると語る者もいれば、いや人前には出せない程の醜女なのでは言う者もいる。

 

たまたまそこを通りかかった副官が吹き出しかけた。

おいおい聞かれていたら殺されても文句言えんぞ、ただでさえ最近は機嫌が悪いんだ。その理由を知る副官はやれやれ殿下も罪な男だよなと思いながら。

 

「大隊長こちらにいらしたんですね」

「……はぁ」

 

あらら、こりゃ重症だわ。

遊撃機動大隊の長とは思えない。

全く聞こえていない様子に副官が呆れる。損な役目を負わされたかもしれないと今更後悔しながらほうけた隊長に活を入れる。

 

「来ましたぜ遂に殿下からのメッセージが」

「ーーなに!本当か!?」

 

先程とは打って変わってコンマ0.1秒程度の反応だった。

いや、聞こえてたんじゃないですか。と言いそうになるが我慢した。これから更なる試練が待っているからだ。

 

良かった殿下は無事に首都にたどり着いたのだな。

セルベリアはもう元気を取り戻していた。

仮面をしていても分かる嬉しくてたまらないオーラ全開だ。彼女が心待ちにしていたのが分かる。それだけに心苦しい。

 

「それで彼からはなんと!?帰還命令か!そうなんだな!?」

「まだ何も言ってませんぜ、あ〜何と言うか」

 

歯切れの悪い副官に苛立ちを感じるセルベリアは黒いオーラを立ち昇らせる。

 

「なんだ命令だ早く言え!」

「分かりました、まずは任務ご苦労との事です」

「うむっ!それで用件は?」

「カラミティ・レーベンの隊長ダハウと話がしたいとの事でした」

「ふむふむ……それから?」

「以上ですーーっ」

 

ですを言い切る前に死ぬかと思った。

冷たい空気が首を走った。恐らくそれは殺意という名の。殿下まじで言葉を選んでください。命がいくつあっても持ちませんから。

必死の思いで副官は祈った。

 

 

 

 

 

 

 

「……入るぞ」

 

不機嫌さを隠そうともせずに彼女は入って来た。

まだ許可を言っていないのだが。

宿舎で書類に目を通していたダハウは苦笑する。力関係を考えれば今更か。

 

「……」

 

何故かきつく睨まれている気がする。

はて何故だ?

思い当たる節がないダハウは困惑する。戸惑う表情のダハウを無視してセルベリアは無言で無線機を置く。

見たことのない型だ。帝国軍の使う新型機とも違う。

 

「これは……?」

「かけろ、その人と話せば分かる」

 

有無を言わさぬ圧力を感じる。

拒否できる雰囲気ではなかった。恐る恐る無線をかけるダハウ。受話器を耳に当てて数コール後、男の声が。

 

「……カラミティ・レーベンの長ダハウだな?」

まさかと思った。だがダハウはあえて尋ねた。

「そうですが貴方は?」

「俺はジ…じゃなかった、ラインハルト・フォン・レギンレイブだ」

「……っ」

 

その声の主の正体にダハウは息をのむ。

薄々そうではないかと思っていたが、あっさりと教えてくれるものだ。余裕すら感じる。敵国の首都に向かったのではなかったか。逆に心配する。ダハウの内心を読んだかのように。

 

「安心しろ傍聴の心配はない」

「……まさかこうして貴方と話が出来るとは思いませんでした」

「そうか?セルベリアが世話になっている、後で必ず礼をするつもりだったぞ俺は」

「その礼を期待していなかったと言えば嘘になりますな」

「……くく、クハハハ!面白いなお前」

「恐縮です、知っての通り我が部隊は味方からも疎ましくされていますもので」

「そのようだな、よくぞ帝国なんぞで働けるものだと感心する」

 

呆気に取られる。貴方はその国の皇子でしょう。

皮肉混じりの発言など意に介さないようだ。

これがラインハルト皇子か。面白い男だ。

マクシミリアンとも違う。捉え所のなさを感じる。

 

「それでどのようなご用件でしょうか?」

「……うん、単刀直入に言おう、ダハウよ俺の配下になれ」

 

来たか。

いつかこんな日が来るとは思っていた。

セルベリアから彼がガリア入りをしたと聞いた時から、この日が来ると考えていた。

直ぐには答えず。

 

「……ふむ、それは私にマクシミリアン殿下を裏切れと、そう仰るのですな?」

「……そうだ。兄上を裏切ってもらう」

少し間があったなとダハウは感じる。

どうやら彼にとってもこれは心苦しい選択のようだ。

「私に卑劣な裏切り者になれと?それは我々がダルクス人だからでしょうか」

「ある意味ではそうだ、ダルクス人であるお前達が欲しい」

 

正直に言ったのだろうがこれには少し失望する。

やはりこの方も一緒か。他の帝国人と。

ダルクス人なら簡単に裏切ると思ったか。

恐らくマクシミリアン同様に汚れ仕事をさせる気だろう。

 

「成程……では早速交渉に入りましょうか。貴方が私に提示できる報酬が満足できるものであれば、私は喜んで貴方の配下になりましょう」

 

あえてマクシミリアンが提示した報酬を言わない。何を提示するか天秤にかける。

その結果次第では……。

腰のピストルに手を近づける。

 

「初めに言っておくが俺が与えるのはダルクス人の自治区を認めるものではない、俺にそんな権限はないからな」

「……」

「それを先に言った上で俺が提示する条件はダルクス人のこれからだ」

「これから……?」

どういう意味か図りかねる。ラインハルトの言葉は続く。

「お前達の敵は誰だガリア人か?帝国人か?……どちらも違うよな、お前たちの本当の敵は偏見と迫害だ、それがお前達を苦しめて来たはずだ」

「……はい」

 

その通りだ。

いつだって敵は強大だった。それに比べればガリアも帝国も可愛いものだ。我々の敵はいわば世界そのものなのだから。

 

「もしもお前達がそれと戦うなら俺は全力で協力する。一緒に世界とだって戦ってやる。それが俺の提示できるものだ」

「……勝てると思いですかこのヨーロッパ世界に」

「分からない、だがその第一歩を示してやる、このガリアで」

「それは何ですか」

「ーーガリア公国を守り英雄になれダハウ」

「なっ!?」

 

その言葉に絶句する。

何を言っているんだこの男は。ガリア公国に寝返れというのか?てっきりマクシミリアンの背中を撃てと言われるかと思ったのだが違うのか。ガリアの英雄?どういう事だ。

 

というかこの男は今どこにいる?

首都に向かった事は推測していたが。

 

「待ってください貴方は今どこにいるのですか?」

「む?ガリア太公コーデリア姫の執務室だが?」

「……は?」

 

当然のように言う。ますます意味が分からない。

何がどうなったらそうなる。どういう状況にいるんだ。

 

「この件はコーデリア姫たっての願いでもある、今後はコーデリア姫直轄の部隊になるだろう、正体も明かしてもらう、言っただろダルクス人である事がお前達をスカウトする理由だと……って姫様?」

「私にも話させてくれませんか?……あのコーデリア・ギ・ランドグリーズと言います、ダハウ様のお力を貸していただけませんか?ガリア公国はダルクス人の力を必要としています!」

「………」

 

何だこれは。

なぜ帝国の皇子がガリアの姫君と同じ部屋にいる。

あまりの事に頭が痛い。予想だにしなかった事が起きている。よくわからないがラインハルト皇子はガリアに味方しているようだ。

事態は一部隊の長の思惑を超えている。

 

だがこれはチャンスでもある。同時にリスクを孕んでいる。

マクシミリアンの下で汚れ仕事に従事するか、それとも全く新しい道を歩むのかのターニングポイント。

 

「……一つだけ聞かせてください殿下はダルクス人の事をどう考えていますか」

「そうだな……努力家で一途、ツンとしているがたまに見せる笑顔が可愛い、真面目に働いてくれるし協調性もある、俺のために成果を出してくれるからその働きに報いたい、そう考えている。これは身近なダルクス人の女の子の評価だが、他のダルクス人にもかねがね同じ評価だ」

 

言われて記憶を振り返る。

初めて殿下を目撃した時のことを。川向こうにいた彼はダルクス人と分かる女性と一緒にいた。大切にしているのだろう親密な様子が遠くからでも見てとれた。衝撃を受けたものだ。

あれが嘘でないのなら。

 

変わる。帝国は彼の下で。

取ってみても良いと思った。その手を。

だが同胞のために安易な考えは許されない。

 

「一つだけ条件があります、直接会って話がしたい貴方と、できれば姫君とも……」

「分かった、では会おう。また追って時間と場所を伝える」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

通話が終わり重い息を吐く。

時間にすれば短いものだったが、あまりに多くの事が起こった。濃密な時間にさしものダハウも眩暈を覚えた程だ。

それを見てクックックと笑っているセルベリア。

普段動揺を簡単に見せないダハウの様子を見て楽しんでいた。

 

「……わざと黙っていましたな」

「ふっそう睨むな私とて詳しい事は聞いていなかったのだから」

「……はぁ、まさかこう来るとは」

「クク、最高だろう?彼と一緒にいたら飽きる事はないぞ」

「でしょうな、まさかラインハルト皇子があのような考えの持ち主だったとは」

 

知っていれば最初から彼の元に馳せ参じただろうに。過去を変える事は出来ない。

だったらここからだ。

どうするダハウ?

お前の双肩には同胞の命がかかっているぞ。間違いは許されない。

 

マクシミリアンにつくか。

ラインハルトにつくか。

難しい決断を迫られる。

 

マクシミリアンが提示したものは自治区の保証。

一見ダルクス人に利があるように見えるが独立を認めるものではない。

 

ラインハルトが提示したものは、ダルクス人の英雄化。これもダルクス人の地位を上げる事になるが実現までにどれ程の時間がかかるか、実現できるかも不透明だ。

どちらも一長一短だな。

 

いや待てセルベリアはどう動く。

仮にラインハルト殿下の提案を蹴った場合、俺を消しに動くはずだ。

見切りをつけるならここしかないが。

殺すこの女を?不可能だろう。思わず唸る。

 

……なんだ初めから選択肢は一つではないか。

 

ラインハルト。ここまで読んでいたというのか?

恐ろしい男だ。既に私は詰みの状態というわけだ。

ここから抜け出す方法はない。

一カ月前以上からこの盤面を予測していたなら、見事という他ない。敵なら恐ろしいが味方ならこれほど心強い者も居ないだろう。

 

「難しく考えるなダハウ、狡猾なお前にとって簡単な事だろう」

「……貴女がどう動くか分からないから怖いのですよ」

「私が?……成程そういう事か、約束しよう今回に限ってお前がどんな判断をしようと私は手を出さないと」

「ありがたい、これでフェアな判断ができそうです」

 

と言っても考えはまとまりつつある。

本当に彼が私の考える通りの人間なら、私は彼の手を取る。だからこそ願う。何度も裏切られてきたダルクス人に安寧を与えてくれる者であってくれと。

 

「心配するな私のような化物すら受け入れてくれた方だ、殿下なら導いてくれる、ヴァルキュリア人だろうがダルクス人だろうがあの方にとっては関係ない事だからな」

「それは俄には信じ難い事ですが貴方が言うならそうなのでしょうな」

「当然だ!……だから早く決断して私を殿下の元に帰らせろ!」

 

本音はそれですか。

やれやれとダハウは肩をすくめる。せっかく良い事を言っていたのに台無しだ。しかしダハウの口元には笑みがあった。

 

「次に会う時を楽しみにしておりますぞ……ラインハルト皇子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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