『アマトリアン』
首都ランドグリーズ近郊に位置する森の中に建設されたガリア軍の総合軍事基地施設。基地は通称アマトリアンと呼ばれ、一次大戦後にガリア国内の軍備を整え基地開庁の指針を立てたとされる、アマトリアン将軍に由来している。
基地内にはガリア軍中央本部が置かれ作戦司令室や士官の執務室が入っている。
また、基地は軍事訓練や兵器・武器の整備など軍事的な業務が行われていると同時に兵士の居住地区の役割を担っており、彼ら兵士の生活の場となる隊舎には食堂や医務室など生活に最低限必要な施設をはじめ、娯楽を提供するサロンなどが用意されている。
武器や兵器の研究開発所も基地内に併設されており、技術者たちが日夜開発や整備に励んでいる。
リオン・シュミット整備士もその一人だ。
どうやら今日は昼からお偉いさんが来るようで。出迎えるために整備班総出で集合している。なにが始まるんすかね。
ま、難しい事は同僚に任せてオイラは戦車の整備をするっすかね。
自由人なリオンは班を勝手に抜けて整備工場に向かった。いつもの所に向かう。最近はもっぱらそれが日常になっていた。
「ふんふふーん……ん?」
陽気に鼻歌を歌いながら目当ての区画に向かうと、そこには見知らぬ誰かがいた。黒いサングラスの男だ。怪しい出立ちの男はリオンが整備する戦車を見ていた。
エーデルワイス号をだ。
……誰っすかね。
軍関係者?
整備服を着ていない、それどころか見たことのない服だガリア軍人とは思えない。
明らかに不審者っすね。
どうしたものかと考えていると男がリオンに気づく。よおっと友人に声をかけるぐらいの気軽さで手を振ってきた。
「ここの整備士か?」
「そっすよ、あんた誰っすか?」
「俺はラ……違ったまだ慣れないな」
男はやれやれと首を振って。
「ジークだ、ジークハルト君は?」
「リオン・シュミットっす、よろしくっすジークの旦那」
もうリオンの中に警戒感はなかった。元々そういうのがないのだリオンには。人を疑う心が。
「それでエーデルワイス号に何か用っすか」
「君が整備してるのか?」
「そうっすよ」
「……良い戦車だよな、この子は」
「分かるっす!めちゃくちゃ良い戦車っすよね!」
同意する。
何気ない言葉がリオンの琴線に響いた。
エーデルワイスは凄い戦車っす。それは整備する自分が一番分かっている。それを一目で見抜くとは只者じゃない。
何者っすかこの兄さん。
それからジークと暫し戦車談義をする。
それで分かった事がある。メチャクチャ詳しいっすこの人!
特になんすか自分の知らない帝国戦車の事までかなり事細かく解説してくれた。とんでもない知識量っす。凄いっす。
「兄さん何者っすか何でそんなに帝国戦車に詳しいんすか?」
「色々とあってな」
ニヤリと意味深に笑う。
そんな態度にますます好奇心が湧くリオン。
知りたいっす、もっとこの人の事を。
「ジークの兄貴と呼ばせてください!」
「兄貴か……まあ良いだろう好きなように呼ぶがいい」
「はいっす兄貴!」
兄貴という言葉にジークは一瞬、意外そうにするも直ぐに許諾した。改めて彼の訪問理由を尋ねた。
「……それで兄貴は何でここに?」
「それはだなエーデルワイス号の……」
「ーーハルトさん?」
その少女の声に会話が途切れる。
おやこの声はとリオンが反応する。聞き覚えのある声だったからだ。
「あ、イサラさんこんにちはっす」
やはり思った通りそこにいたのはイサラだった。彼女はこちらを見ていた。いや正確にはジークの兄貴を見ていた。
ジークの兄貴は黙っている。
事情を知らないリオンにも奇妙な緊張感を感じた。
なんすか?ジークの兄貴と、イサラさんは知り合いなんすかね。
「……面と向かって会うのは久しぶりだなイサラ」
「ハルトさん!」
抱きついたイサラさんがジークの兄貴に。
感極まった様子のイサラにさしものリオンもビックリする。
いったい何事っすか!?
何で兄貴にイサラさんが抱きつくんすか。意味わからんす。
「……すまない本当の事を言えなくて」
「いいんです!兄から聞きました今までずっとガリアの為に動いてくれていたんだって!だから……!貴方が何者でもいいんですハルトさんはハルトさんだからっ」
「ありがとう」
なんか分からないけど、どうやら和解したようっすね。
二人の空気感か和らいだのを感じて。
いやー良かった良かったと、事情を知らないリオンはとりあえず頷いておく。
イサラが離れたタイミングで声をかける。
「二人は恋人かなんかすか?」
「ち、違いますリオンさんハルトさんは大切な友達です」
「成程っす今のは秘密にしておくっす」
「だから違うと言ってるじゃないですか!今のは挨拶みたいなものです」
ジト目で見られる。
怒られたっす。項垂れるリオン。それを見ていたジークが助け舟を出してくれる。
「それでイサラはどうしてここに?」
「はい兄から今日、ここで戦車の開発に関する事で重要な話し合いが行われると聞いたのでエーデルワイスの様子を見に来たんです」
「え?初耳っす」
今初めて聞いた様子のリオンにジークとイサラが呆れた目で見る。視線が痛いっすね。
せっかくの助け舟を沈没させてしまうリオンを諦めてジークはイサラに言った。
「ちょうど良かったイサラにも聞いて欲しい、君にとっても無関係な話じゃないからな」
「?……分かりました」
私にとっても無関係じゃない?
どういう事だろう。不思議そうにリオンと顔を見合わせる。ジークは勿体ぶった動作で咳払いしたかと思うとエーデルワイスを指差した。
「エーデルワイスを量産化する!」
またリオンと顔を見合わせる。今度は驚きで。
「エーデルワイス号を……!」
「量産するっ!?」
「うむ!正確には後継機だな」
どういう事っすか!?
エーデルワイスを量産化って。そんなの可能なんすか?
まず最初にリオンはそう思った。
確かにエーデルワイスの性能は凄い。他の戦車と比較しても負けていないぐらいだ。帝国戦車にだって引けを取らない。
それはこれまでの戦績で証明している。
だが開発となると話は別だ。残念ながら量産には向いてない。
だからこそ今までエーデルワイスの後継機が現れる事はなかったのだから。それをやるとジークは言うのだ。
「聞けばエーデルワイスが製造されたのは第一次大戦後直ぐだとか、ここアマトリアンが出来る前だ、それからもガリアの製造技術は上がっている、現在なら十分に量産体制が整っている、後は上からのゴーサインだけだ」
「エーデルワイス号が量産される……」
「……イサラはどう思う嫌か?」
「……いえ、考えた事もなかったので驚きました。でもそれが兄さんの為になるなら私からもお願いします、それはきっと父の悲願でもあったはずですから」
父テイマーは私が幼い頃に亡くなった。
私とこのエーデルワイスを残して。きっと志半ばだったはすだ。その意思がここで引き継がれるなら、きっと父も喜ぶだろう。
イサラは笑って了承した。
「どうかよろしくお願いします」
「……でも開発資金はどうするんすか?金がないと新型戦車開発なんて不可能ですよ」
「ああ、それなら問題ない、先日、貴族共から予算を分捕ってきた、本来は正規軍に回すはずの予算だったようだが問題ないだろう」
「問題ありまくりっす!?」
貴族から予算をぶん取った!?
なんすかそのワード、初めて聞いたっすよ。
ジークの兄貴まじで只者じゃなかったっす。
「そんな事して大丈夫っすか?」
貴族とか執念深いんじゃないっすか。
逆襲を恐れるリオンが尋ねると返ってきた答えは別の人物からだった。
「ーーご心配には及びません、私の名前で決議を通しましたので」
今度は誰っすか。
声の方を向いて驚愕する。
そこにいたのはなんとコーデリア姫だった。視察団を引き連れて歩いてくる。その後ろには整備班が。やばいっす、班長からめちゃくちゃ睨まれてるっす。「おい、何でお前がここにいるんだ?」って感じで。
慌てて隠れるジークの後ろに。
「おい俺の後ろに隠れんなよ」
「後生っす兄貴助けてください!」
「……ったく仕方ないな」
やれやれと言いながらもジークは背中で庇うように立つとコーデリアに話しかける。
「やあ姫様、どうでしたか見学は?」
「ランドグリーズの外にはこんな場所があったんですね。知らないことばかりで楽しかったですっ」
コーデリアの言葉は嘘ではないのだろう。
とても楽しめた事がその表情から窺える。連れてきて良かったなとジークは思った。お姫様がこんなむさい場所に来ても楽しめないだろうと考えたのだが間違いだったらしい。
「それは良かった」
「ジークのおかげてす、ありがとうございます」
嬉しい事を言ってくれるね。
思わず頭巾越しに頭をポンポンと撫でる。コーデリアも嫌がらない。むしろ嬉しそうにしている。最近こういうスキンシップが増えていた。ほとんどの時間を一緒に過ごすようになったからだ。
何か上手く出来ると褒めるようにしている。
貴族から予算をぶん取った後も同じように褒めて撫でてあげたら喜ばれたので、自然と定着した。
周囲の視線もあるので早々に切り上げた。
「さて皆にはこれからエーデルワイスのコピーを作ってもらう」
整備班からざわめきの声が上がる。直ぐに話し合いが始まった。専門的な会話が飛び交う。
「エーデルワイスはリオン達が整備していたな確か」
「確かにこいつの性能はガリア戦車の数倍上だ」
「だが……」
「ああ……」
なにやらエンジニア達で頷きあう。そして代表して一人が手を挙げる。
「質問いいだろうかジークさん」
「勿論だなんだ?」
「確かにエーデルワイスは良い戦車なんだが、開発コンセプトが違いすぎてガリア正規軍には合わない戦車なんだ、つまりガリア戦車は守りの戦車、エーデルワイスは攻めの戦車なんだ」
エンジニアが懸念したのはそれだ。
いくら優れた戦車を作ろうとも開発コンセプトが軍の運用方法と合わなければ意味がない。
ガリア正規軍の防衛主体の戦術と攻撃主体のエーデルワイスでは戦場ではソリが合わないと考えたのだ。
それを聞いたジークは会心の笑みを浮かべた。その言葉を待っていたかのように。
「問題ない、この戦車は正規軍に払い下げないからな」
「え?」
正規軍に納入しないのか?ではどこに。
「造られた戦車は全て義勇軍に卸す」
「義勇軍に!?」
「ああ、これをもってガリアは攻勢に転じる」