あれから俺達は満身創痍になりながらも何とか演習場から生還した後、兵舎に戻り泥のように眠りに着いた。
本当に死ぬんじゃないかと思った。
五体満足なのが不思議なくらいだ。
戦闘不能になった者からジークハルトがラグナエイドで回復を図るから、何度も戦線復帰を強いられた。
あれで心が折れた者も多いだろう。
ただただ生き延びる事だけを俺達は考えていた。
俺達のささやかな願いは叶えられたかに思えた。だが起床した俺達を待ち受けていたのは更なる受難だった。
翌日、朝早くから演習場に人が集まりだす。軍人や貴族といったその多くは観客だ。今日行われる催しを噂に聞いて見に来たのだ。その半分は会合にいた貴族達だが中には高名な顔もある。
それを見たバルドレン・ガッセナールは笑みを浮かべた。
「父上も人が悪い、たかだか無名の平民相手にここまでするとはな」
いっそ同情する。
このような舞台で戦わなくてはならない相手に。
いいや、これは戦いではない私刑だ。
一方的に嬲る為の。
無様に負ければこの衆目だ、特別軍事顧問などと言う高邁な役職を奪ってしまう事も可能だろう。
大貴族の決闘に負けるとはそういう事だ。
つまるところ父上は新型戦車の設計図だけでなく、あの男の全てを剥奪する気なのだ。
「我が父ながら恐ろしいな」
「……逆を言えばそれ程に彼を脅威と考えているのかもしれません」
オドレイがふと呟くようにそう言った。
父上は豪放磊落を絵に描いたようなお人だ。その父上がここまで小細工を弄するのも珍しい。
「まさか父上があの男を恐れているとでも?」
「分かりません、ですがあの噂を聞いたことがありますか?」
「あの噂とは?」
オドレイは言うのを一瞬躊躇った。
それを口にするのは憚られるのではと思ったからだ。意を決して彼女は言った。
「一部の貴族からまことしやかに語られているのですボルグ宰相を倒したのはあの男ではないかと」
「なに?」
バルドレンが驚いて見せる。
どうやら兄は知らなかったようだ。あの一件は貴族の間でも口を閉ざす者が多い。そのせいだろう。
「あの男がボルグ宰相の失脚に関わっていると言うのか。だがあれは……」
「事実は分かりません、あの件を話す者もあまりいませんから、ですがあの男の台頭を考えれば、あながち間違いではないかも知れません」
あれはボルグ宰相の失態だったはずだ。
民衆を敵に回した事で徹底的に叩かれて辞職に追い込まれた。あの権勢を誇った宰相が牢獄の中だ。
当然だ観衆にあんな事を知られたのだ、絞首刑モノだろう。
あれが意図されたものだったというのか。
俄には信じられん。
「どちらにせよ今回の決闘で分かるでしょう」
「我らは試金石というわけか面白い、思ったより楽しめるかもしれん」
もし妹の言ったようにあの男、
ジークこそがボルグ宰相を陥れた元凶であるならば、この戦い何もせず手をこまねいているとは思えん。必ずや俺の前にやって来るはずだ。その時こそ俺の手で葬り去ってやろう。
「レオン・ハーデンスはいるか?」
彼が顔を出したのは俺達が朝食を終えて待機して直ぐの事だった。呼ばれたのは俺か?
起立し敬礼する。
「はい、います!」
「うむ、皆も昨日はご苦労、そのままで聞いてくれレオンお前もだ」
「はっ!」
敬礼を解き着席する。
ふと気づいた。室内に入って来た彼の後ろに誰かいる。ダルクス人の女の子だ。誰だろうか皆んな興味津々だ。
「これからジークハルト小隊の編成内容を発表する。偵察兵からロドリゲス・ゲルコー、ハンネ・ノイマン、マニュー・ミルコ」
「はい!」
「次々いくぞ突撃兵から……」
それから淀みなく兵科と名前が呼ばれていく。資料を読んでいる気配がない。驚いたまさか暗記しているのか生徒の名前を。たった一晩で。彼の能力の一端が窺える。
そして彼の本気も。
彼は俺達を使う気だ。
本気で貴族とやり合う気だ。勝つ気でいるのだ。
この場にいるほぼ全ての生徒の兵科を言い終える。
「よし、これで最後だな」
「あれ……俺は?」
ただ一人レオンだけがまだ呼ばれていない。
どういう事だろう。
まさか俺だけ除名とかじゃないよな?一抹の不安を覚えていると。
「ハーデンスお前は俺の副官だ、好きな兵科を選んでいい」
「副官ですか俺が?」
「そうだ不服か?」
「いえ、そんな事は」
慌てて首を横に振る。
まさか副官に抜擢されるとは思わなかった。
「君達のデータは読み込んである、その上で判断したレオン・ハーデンスが副官に相応しいとな。不満や異議のある者はいるか?」
「……」
この場にレオンが副官に相応しくないと考える者はいないようだ。ありがたいことに。
少しだけ緊張感がある。
それでも逃げる気はなかった。
「それと紹介しよう、もう一人の副官のイムカだ」
少女が彼の横に立つ。
俄にざわつく。好奇の色が強くなる、男子と女子で意味が異なった。ずばりこの二人はどういう関係なんだ?である。
友人の一人が手を上げた。目には下心があった。
「質問ー、隊長殿とはどんな関係なんですかー?もしかして隊長の女?まさか戦場に連れていくんですか主に性欲的な意味で」
笑いが起こる。
下世話な詮索にレオンが眉をひそめた。
おいやめておけと目線を送るが伝わらない。どうやら昨日の訓練を根にもっているようだ。
彼も悪気があったわけではない。ただの軽口のつもりで言ったのだ。
だが事は冗談では済まされないようだ。
明らかにジークハルトの纏う空気が変わった。ぞくりと肌が粟立つ。
「……そうだな改めて彼女が何者か紹介しよう。イムカは俺の妻だ」
あ、やばい地雷を踏んだ。
誰もがそう確信した。
「冗談でも彼女を愚弄する事は俺が許さない、ダルクス人的差別もだ。それが小隊のルールだ、破った者はこの俺自らが罰を下す」
そこで初めてサングラスを外す。
覗き見る目からは冷たい眼光が放たれていた。それだけで軍人でも威圧されそうな程だ。こういう人を怒らせてはいけない。
心からそう思った。友人もガクガクと首を振っている。
「いい、ハルト。言いたい事は言わせればいい」
助け舟を出してくれたのは彼女だった。
優しい、クラスメイトみんなが思ったが違った。
「元気が有り余っている証拠。昨日の訓練では手加減してしまった。次からは全力でやろう」
昨日の訓練?
……ま、まさか、あの蒼の鎧を纏っていた人物は。
それを理解したのだろう友人の顔はもう真っ青を通り越して灰色になっている。
「もしかして昨日の訓練相手ってイムカさんだったんですか?」
「そう、私」
あっさりとそう首肯して見せた。
途端に悲鳴が上がる。完全に全員のトラウマになっていた。全員の殺意が友人に向く哀れ。ダルクス人だからと甘く見たツケが回ったな。バタンと倒れる音。見れば気絶したらしい友人が泡を吹いて倒れていた。
「おいおい戦いはこれからだぞ、もうリタイアかよ。……仕方ないな先に話しておくか」
どうやらビビらせ過ぎたらしいとジークハルトは考え、士気を上げるために話すことにした。
なぜ彼らを小隊に選んだかを。
やはり理由があったのだ。
「それはお前達が平民出身だからだ。ここにいる全員がガリア貴族ではない、だから選んだ」
「……何故貴族ではダメなのですか?」
「今日ここで行われる戦いがガリアの行く末を決める為だ、俺はこの戦いに勝ち軍内部の掌握に動く、そうすればお前達はスピード出世間違いなしだな」
無論これだけで軍の全てを掌握出来る訳ではない。
良いとこ三分の一といったところか。いや、上手く行けば三分の二までいけるか?と意味深な事を呟くジークハルトに対して生徒達はポカンである。
すみません話について行けないんですが。
軍部を掌握?何言ってんだこの人。
クーデターでも企んでるのか。
もしかしなくても分かる俺達はとんでもない人の所に来てしまったのだ。
「全てはガリア方面軍に勝つ為に必要な事だ……時間だ行くぞ、ついて来い俺に。未来を変えたいなら」
〜⭐︎〜
朝の公務を終えるとコーデリアはほっと息つく暇もなく立ち上がる。そっと覗いて廊下に誰もいない事を確認すると部屋を出る。
数歩も行かないうちに。
「おや姫様、今日も外出なさるんですか?」
「………っ」
慌てて振り返るとマーヤが神妙な顔をして立っていた。バレてしまったと思いながら挨拶をする。
「はい、今日の公務が終わったので少し息抜きをしようと思って」
「それは構いませんが今日もあそこに行くのですか?」
「はいそのつもりです」
その答えにマーヤは思う。
最近もっぱら姫様は外に出かけるようになった。宰相に抑え込まれていた反動だろう。
それはいい。問題はその回数だ。
事あるごとに姫様は理由をつけて外出なされる。
理由は簡単。
「またジーク殿に会いに行くのですね」
である。
困ったものだ。ほぼ毎日これでは流石に姫様のお体に支障が出る。お止めしなければ。
だってだってとコーデリアは言う。
「だってもう二日も会えていません!」
「……」
二日である。2年もではない。
内心でため息をつく。
最近はジーク殿が側にいないと心配でならないようだ。あのしっかり者の姫様がこの変わりよう。
ジーク殿が甘やかすせいだ。
これまで精神的にも肉体的にも一人で耐えて来た姫様が初めて信頼できる庇護を得たのだ。彼に頼るのも仕方ない事だろう。
少しだけ寂しい思いをしつつ説得を試みる。
「姫様、そう何度も会いに行ってはジーク殿もお困りになるでしょう」
「ジークは私の騎士だから、わがままを言っても良いんです」
しかし姫様も頑なだ。
小さい子供のような事を言い出す。何ですかその論理は。
こんな事は初めてだ。
どうやら姫様にとってジークは特別なようだ。
ほとほと困り果ててしまう。
ふと気づいた。
「姫様はもしやジーク殿の事を……」
「え?」
「……いえ、何でもありません失礼しました」
咄嗟に頭を下げる。危なかった。
恐らく姫様は自分でも気づいていないのだろう。
自らのお気もちに。
マーヤはそれを指摘せず心の中に留めおいた。
彼女は次代のガリアを継ぐ者。
一介の侍女が私情に流されてこれを言うわけにはいかなかったのだ。
姫様がジーク殿に恋をしているかも、などと。
強く祈る。
……どうか姫様がそれに気付くことがありませんように。それはあまりにも残酷すぎる。
彼は帝国の皇子。
決してその恋が報われる事はないのだから。
もうマーヤは何も言わなかった。
「それでは行って来ます、アマトリアンに」
「はい姫様」
遅くならないようにしますねと言うコーデリアの背中を見送る。
どうか姫様のお心がこの先も健やかでありますように。
頼みますぞジーク殿。
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