ファウゼンを奪還する事に成功した後も俺たちの戦いは終わらない。直ぐさま救援活動に移行した。
焼け落ちた工場から人々を救い出す。
それは絶望と隣り合わせだった。
時間が経つごとに助けられない者が増えていき、遂には生き絶えた者達を運び出す作業に変わる。あの切り替わる瞬間が一番堪えた。それでも誰も諦めようとはしなかった。泣き言の一つも言わず懸命に働いた。俺もヴァジュラの制限時間一杯まで瓦礫の撤去に勤しんだ。それは深夜まで続いた。
現在時刻は4:40分。
俺たちはファウゼン市内から抜け出し僅かに離れたとあるポイントに向かった。未だ辺りは闇が支配する。手元の明かりだけが頼りだ。
小高い丘に登る。
ーーここが示し合わせた場所のはずだが、彼らはまだ来ていないのか?
そう思ったが違った。すでに彼らはそこにいた。
気づいた時には黒い集団に取り囲まれていた。
その中から一人の男が現れる。
「……お待ちしておりましたラインハルト殿下」
「うん、来てくれて感謝する……ダハウよ」
男はカラミティ・レーベンの隊長ダハウだった。
ラインハルトは遂にダハウと邂逅する。
あらかじめファウゼンに来る前に決めていた。ファウゼン制圧後に此処で会う事を。今ならばまだ警戒は万全ではない。彼らならば僅かな隙をつけるとふんだ。期待通りだったな。
「流石はカラミティ・レーベン。ダルクス人だけで構成された精鋭部隊よファウゼン潜入はお手のものか」
「痛み入ります。しかし殿下が行った事に比べれば我らの潜入など子供の遊びのようなもの。まさか本当にファウゼンを取ってしまわれるとは、流石はラインハルト様」
「あまり褒められたものではないがな」
なんせ俺がやった事は帝国からしたら裏切り行為以外のなにものでもないからな。ダハウはそれを知っていながら泰然としている。むしろそれを喜んでいるようだ。
「グレゴール将軍は我らダルクス人を毛嫌いしていましたからな、私は特に何も思いませぬ。この事は内密に致しましょう」
「……もしやファウゼンで行われた事を知っているのか?」
「はい、ここに来て調べました。ダルクス人収容所なるものがあった事は知っております」
すでにファウゼンで起きた慘状は知っているようだ。
帝国に失望したか。見切りをつけたか。怒りを覚えているのか。ダハウは何を考えているのか俺の目からは分からない。
答えを知りたい。
「それでは聞かせてほしい俺と手を組み帝国を裏切るか否か」
「……」
闇夜の中、時が静かに流れる。
やがてダハウは口を開いた。
「いいでしょうガリアにつきましょう」
「そうかでは……」
「……ですが貴方は帝国そのものだ、貴方と手を組む事は出来ない」
そう言ってダハウは懐からピストルを取り出して俺に向けた。
「どういうつもりだ?」
「こういうのはどうでしょう?貴方の首を帝国に引き渡せばその功績で私は昇進する。その裏で帝国の情報をガリア公国に売り渡す。もしガリア公国が勝てば私は地位を得られるでしょう」
「……成程、地位の為ガリアのスパイになると?」
「さてその情報をさらに帝国に売り渡すのも良いでしょう、どちらに転んでも私は望みを叶えられる」
ダハウは含みを持たせた笑みを浮かべる。
成程、二重スパイか。成功する可能性は高いだろうな。それならガリアが勝っても良いし、帝国が勝っても良い。
どちらでもダハウは成功する。
……まあ、ぶっちゃけ無理なんだけどな。
俺はチラリと背後の連れを見る。フードを目深に被った彼女はふるふると震えているのが分かる。しまったな怯えさせてしまったか。
「言っておくがやめておけダハウその未来に先はない」
「おや?顔色が変わりましたな、さしもの殿下もこの展開は想定していなかったようですな」
「いや、そうじゃなくてだな……」
焦る俺を見てしたり顔のダハウ。一矢報いたつもりのようだがそうじゃないんだよ。とりあえず武器は下ろしたほうが良い。
国際問題になるからな。
このままだとお前の計画が秒で崩壊するぞ。
そう説得するよりも早く彼女は俺の目の前に飛び出した。
「おやめなさい!」
「む?きさまはーー」
誰だこの者は。
困惑するダハウを無視して彼女はフードを取り払う。
「私はコーデリア・ギ・ランドグリーズ。ガリア公国の国家元首です!」
「なに!?」
その声明に驚いたのはダハウだけではない。ラインハルトを除いた全員が驚く。何故こんな所に国家元首がいるんだ。そういった類の驚きだ。
ダハウもまたまさかといった顔でコーデリアを見ている。
こんな事は聞いていない。
ーーなぜ彼女がここに!?
しかも今の事を聞かれてしまった。
まずいぞ。これでは計画が前提から崩れてしまう。スパイどうこうの話ではない。
コーデリアは失意の顔でダハウを見る。
「わたくしは貴方と話すのを楽しみにしていましたのに、貴方とジークが手を結べば素晴らしい結果がガリアに訪れるとそう思っていましたのに。それなのに貴方はこともあろうにジークを、私のジークを帝国に売り渡すつもりだなんて!!」
わたし許しません!!
そんな感情を顔いっぱいに表現してダハウを睨む。相当怒っているようだ。あれは震えていたんじゃなくて俺の為に怒ってくれていたのか。
そんな事を呑気にラインハルトが考えていると。
「ジークを帝国に売るなら私を撃ち殺してからになさい!」
「そんな事を出来るわけがない」
「小娘一人撃てませんか?そうでしょうともこんな卑劣な事を考えるなんてダルクス人も地に落ちたものですわ!迫害を受けるのも当然でしょう!」
「なんだと?」
小娘が言わせておけば。
ダルクス人を持ち出されてはダハウも黙っていられない。
「ジークは身も知らずの怪我をしたダルクス人の為に懸命になって働いてくれましたわ!自らの身も顧みず私達の為に戦ってくれました!それなのに貴方はどこで何をしていたのですか!ダルクス人の為に働いていると言っておきながら貴方がやっている事はその真逆ではないですか!」
「黙れ貴女に何が分かると言うのだ!ダルクス人ではない貴女にダルクス人の痛みが分かる訳がない!俺はダルクスの未来のために泥を被るのだ!」
そうだ俺ば間違っていない。
温室のガリアでぬくぬくと育った姫君に我らの苦境を理解できる訳がないのだ。かくなる上はこの公女もろとも拐ってしまおうか。そんな事すら考えてしまう。
「……ダルクス人の痛みを理解できない、この私が?」
……なんだ?
彼女の俺を見る目が変わる。悲しみとは違う。哀れみとも決意ともとれる。何かを決心した顔だ。彼女は何かをする気だ。
「分かりました。そこまで言うのなら貴方に私の本当の姿を見せましょう」
そう言うと彼女は貫頭衣に手をかける。
……本当はジークに先に見てもらいたかったのだけど。
ふとそんな事を考えながらコーデリアは頭部を隠していた衣を脱いだ。
その姿は伝承に残るヴァルキュリア。
ーーではなくダルクス人のものだった。
その場にいる全員が目を剥いた。ラインハルトですらだ。呆気に取られていた。
……そうか、そういう事だったのか。
本当の彼女はダルクス人だったのだ。それこそがランドグリーズ家が隠し通してきた秘密。それがいま白日の下に晒された。
「……これでお分かりになったでしょう。私もまた貴方と同じダルクス人です」
「ば、馬鹿な……。ガリア公国を治める者がダルクス人……?」
絶句する。
そんな事が現実な訳がない。だがまざまざと現実を見せつけられる。否定出来ない程に彼女の容姿は我らと同じだった。
「……っ!」
動揺からピストルを地面に落としてしまう。
その事にすら気づかず、ダハウは虚空を見る。茫然自失といったところか。彼を責められない、ずっと探し求めていたものが唐突に目の前に現れたのだ。我も忘れよう。だが誰かが肩を叩いてやらなければならない。よくやったもう十分だ、と。しかしカラミティ・レーベンの誰もが事実を受け入れられずにいた。ただ一人を除いて。
「諦めて負けを認めろダハウ。殿下に対する意趣返しのつもりだったのかもしれんが悪手だったな、こんな完璧なカウンターを用意していたとは流石は殿下!」
「おお、その声はセルベリアか?やはり来ていたか!」
「殿下!ああ!もう一度会える日を一日千秋の思いで待ち望んでいました!」
「俺もだよ」
感極まった声を懐かしく思う。
セルベリアが来ている事は想定していた。だからこそダハウが本気で俺を撃つとは最初から思っていない。俺を試したと見るべきだろう。本当に信頼できるか否かを。
全てコーデリア姫に持って行かれてしまったがな。
……これはもう正直言って詰みだろう。
完璧な一手と言わざるを得ない。内心で唸る。
彼女はこうなる事を想定していたのだろうか。そうは思わない。きっと最後まで悩んだはずだ。だがそれでも彼女は秘密を明かした。それがダルクス人の為になると信じたからだ。
ダハウよこれにどう答える。
はたしてダハウは……。地面に膝をついた。まるでコーデリアに恭順の姿勢を示すように。
「姫殿下、数々の無礼お許しください。このダハウ、貴女様に忠誠を誓いたく存じます」
「……ダハウ、その忠誠は私に?それともダルクス人にですか」
「無論この忠誠はコーデリア姫に。ですが私の理想はダルクス人の為に命を賭ける所存です。全てのダルクス人が心安らげる地を作らんが為に」
「……分かりました、では共に作りましょう。そしてガリア人とダルクス人が共に生きられるこの地を守る為に私達は戦うのです」
「ははっ!」
かくして盟約は成された。
ここにガリア大公とダルクス部隊の長との誓いが。
この日カラミティ・レーベン数百名はコーデリアの指揮下に入った。それを知るのはこの場にいる俺たちのみ。
……このアドバンテージを使わないわけにはいかないな。
帝国軍に対する圧倒的なアドバンテージを手に入れた俺はそれをどう利用するか考えていると、ふとコーデリア姫が俺を見ている事に気づいた。
何だ?何か言いたそうな不安な顔をしておられる。
「どうしました?姫様」
「あっ、わ、わたくし貴方にまで秘密にしていた事があるのです実はダルクス人だったの」
「はい、驚きました。まさか姫様がそのような秘密をお持ちだったとは」
ランドグリーズ家の歴史は古い。様々な秘密が存在するとは思っていたが恐らくこれはその中でもとびきりだろう。
そう言うと何故かコーデリアは泣きそうだ。
「わたくしの事、嫌いになりましたか?」
それは隠していた事に対してからか、それともダルクス人だからか、あるいはその両方だろうか。
姫様は俺の信を裏切ったと思っているようだ。
「いいえ姫様、嫌いになったりなどしていません。誓いはあの日のまま、貴女に剣を立てた時から変わっていません。貴女が何者であろうとも、あの日の誓いの剣は今もこの胸の中に。我が忠誠は揺るがない」
本心だ。例え姫様がダルクス人だろうと関係ない。
俺の誓いはあの日助けた少女のものなのだから。
「我が名はジーク、貴女の為の剣だ、生涯貴女を守り抜こう」
「ジーク……!ありがとうございます、貴方さえいれば私は大丈夫です。もう迷わない、恐れない、私はガリアを導く者コーデリア・ギ・ランドグリーズとしてガリアが勝利するその日まで戦い抜きます!だからどうかジーク!ガリアに勝利を!」
「……そのオーダー確かに拝命致します」
「ダハウも頼みますね?」
「畏まりました!」
セルベリアは後にこう語る。
登る日の光に照らされて一人の少女に傅く二人の姿は絵画のように美しかったと。かたや一人はダルクス人を率いる者、かたやもう一人は帝国を支配する者、相反する二人が一人の公少女に膝を着いている。それはなんだか夢のような光景で。それは何か新しい兆しのようなものを私達に予感させるには十分だった。涙を流すカラミティ・レーベンの者達を見てそう思わずにはいられなかったのである。
立ち上がったジークハルトが皆に告げる。
「今日この日を持って我らは帝国を離反する!帝国に対する反撃の覚悟は出来ているな!?」
「おおっ!!」
ーー兆し。
それは帝国に対する反撃の兆しであった。
次回『秘密兵器』