あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二十一話

「ごちそうさま!それじゃ、おとうさんのところに行ってくるー!」

「あ、こら待ちなさい!ニサ!」

 

お腹いっぱいに食事を摂ったニサは開口一番そう言うと食堂の中を駆けていく。

エムリナが静止の声を走らせるも、弾丸特急な愛娘はピャーっと走って食堂の外に出て行ってしまった。

もうっと困った顔で腰に手を当てるエムリナを、その周りで女中仲間が笑みを浮かべ見ていた。

大人びたお姉さん風の先輩侍女が話しかけてくる。

 

「ニサちゃん元気になったわね」

「はい、お陰様で。ですが少し元気になりすぎるのが困りものです」

 

そうは言うがエムリナの表情には微笑みがあった。

エムリナも最近は仕事の研修に掛かりきりでニサに構ってあげられないでいた。その間ニサは侍女達の仮住まいである別館でお留守番をしている。別館には女管理人さんも住み込みで常にいるので安全面では大丈夫だと思うが、やはり寂しい思いをさせていたはずだ。

心なしか暗かった顔もラインハルト皇子の元に通うようになってからは元気を取り戻している。

少しだけ元気すぎる気もするが。

 

「それにしても、お父さんねえ.....」

「すみません。ちゃんと訂正するよう言って聞かせているんですが全然ダメで、『おとうさん』呼びが定着していまして。あの子一度こうと決めたら頑固で.......」

「ふふふ、ラインハルト様が良いと言ったのなら私達が口出しすることではないわ気にする事無いと思うわよ」

 

まるで貴族の令嬢のように、たおやかな笑みを浮かべる彼女は紛れもなく貴族だった。

よくメイドと云う事で間違った考えがあるが、貴族など高い階級に仕える以上、教養や礼儀作法は必須だ。さらにはそういった場所で働くことに対する保証なども必要となってくる。

その為、高い階級の貴族の所で働く者達は比例して出自も確かな貴族出身が多いのだ。

彼女もまた例に漏れず、帝国貴族の生まれであった。

本人は貴族と云うのもおこがましい小さな家であると笑って謙遜するがエムリナから見れば十分に凄いと思う。

なんせ自分は出自も不確かな孤児出身で生まれもダルクス人である。

そういう自らを強く保障してくれる事柄がエムリナにとって強い憧れでもあった。

そんな私が今やお城の中で働く一人なのだから、人生というのは寝物語よりも奇妙な事で溢れている。もはや奇跡と言っていいだろう。

 

「あ、でもファンクラブの人達には気をつけたほうが良いかもしれないわね」

「ファンクラブ?」

 

聞き慣れない言葉に首を傾げると先輩侍女は教えてくれた。

 

「この城の者達で作られたラインハルト様の愛好会よ、最初は十人くらいの侍女達から密やかに始まったんだけど今では都市中に愛好家たちは存在するわ。ちなみにファンクラブの語源は、この事を知ったラインハルト様が『まるでファンクラブのようだな』と言われた事から付けられた名称よ。たぶん外国の言葉だと思うのよね」

「へぇ、なるほど.....それでなぜ、そのファンクラブというものに気をつけなければならないのですか?聞いたところ怖いところではないようですが......」

「まあ、確かにほどんとの人達はそうなのだけど.....ただ、親衛隊と呼ばれる一部の人間は違うわ。彼らはラインハルト様の信奉者。ラインハルト様を救済の徒と崇めているのよ。だからもし彼らの前でラインハルト様を侮辱しようものなら......ね?」

 

前言撤回。

何だか怖そうである。

思わず冗談のつもりで言った。

 

「新しい宗教かなにかですか?」

「あはは、違うわよ。そこまでじゃないと思うわ......たぶん」

「え!?」

 

最後に聞こえた不穏な言葉に驚くエムリナの前で先輩侍女は困り顔で頬に手を当てる。

 

「私達も把握できていないのよね、困ったものだわ」

 

まるで関係者のような言い方に、

 

......もしかして。

察したエムリナは恐る恐る尋ねてみた。

 

「ちなみに先輩はそのファンクラブに入っているんでしょうか......?」

「.....ふふ」

 

意味深な笑みをこぼす先輩侍女は自らの胸元に指先を忍ばせ。

ネックレスのように首に掛けていたソレを取り出す。

指先で摘まんで現れたソレは一枚のカードであり、その面にはこう書かれていた。

 

『公式ラインハルト皇子ファンクラブ』

その直ぐ下に、

『NO8 広報担当 リアナ・メルアイ』と.....。

 

「貴女もファンクラブに参加してみない?」

 

まさかの創設メンバー直々の言葉に、最初は悩む様子を見せていたが。

結局は、

 

「えっと、よろしくお願いします......」

 

おずおずと手を差し伸べるエムリナであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

母親が怪しげな組織に勧誘されている一方その頃、その娘ニサはというと。

物珍しい城内の廊下を、探検家の様な面持ちでテクテクと歩いていた。向かうはラインハルトの執務室。

昨日エムリナに連れられて来たので道のりは覚えている。

目をキラキラと輝かせる小さな探検家は迷うことなく階段を昇っていった。

 

その途中何度も衛兵とすれ違うが、彼らもニサの存在を知っているのか呼び止めることなく侵入されるままにしていた。昨日の今日だからよほど情報伝達能力が優秀なのだろう。あるいは彼らの上に立つ上司の厳しさ故かもしれない。

 

とうとう最上階まで来たニサはそのまま駆け足で廊下を走って行く。まったく疲れた様子は見えない。それどころかグングンと加速していくほどで、ほどなくして目的の場所が見えてきた。

今まで見て来たこの城の扉の中で、一番に頑強な造りになっている執務室前の扉だ。

 

その扉の前に二人の女性が立っていて言い争いをしていた。

いや、正確には一人の女性が一方的に、もう一人の女性に向かって声を荒げていたのだった。

 

「おい、エリーシャ!昨日のアレはいったい何のつもりだ!」

「あら、どうかしまして?」

「どうかしまして、ではない!あの夜にイムカを仕向けさせた事についてだ。私が殿下の元に通うと知っておきながらなぜ妨害させるような事をした」

 

どうやら話の内容は昨夜の事、つまりイムカに護衛を頼んだ(という建前で執務室に向かわせた)訳をセルベリアは問いただそうとしていた。

エリーシャを見る目には疑心が込められている。それもそうで、いわばあれは裏切り行為に等しいのだから。

事と次第によってはタダじゃおかないぞと云う目で見ていた。

 

「妨害だなんてとんでもない。ですが、どうやらその様子では上手くいかなかったようですわね」

「あれが妨害でなくていったい何だというのだ。しかもイムカに怪しげな技まで教えたな」

(わたくし)が?何の事でしょうか」

「この後に及んで白々しい嘘をつくな、私が分からないとでも思ったのか。あの戦い方は一度見ているのだからな」

 

私の目は誤魔化せないぞ。

確信の自信に満ちた目を見てエムリナは観念したのか、話し出す。

 

「ふぅ....これ以上の隠し立ては無駄のようですわね。確かにイムカさんに隠形の技を教えたのは私ですわ」

「なぜイムカに、どんな目論見があってのことだ」

「必要だと思ったからですわ。私の企みにとってもあの子にとっても利になる事だと判断しました」

「企みだと?」

「ええ、ご主人様の大きすぎる器を満たす方は多い方が良いでしょうから、()()と施していますの。あの方は他人からの想いに疎いですから.....いえ、最初から自分が愛されると思っていないのでしょうね.....」

「いったい何の事を言っている.....?お前は何を知っている!?今すぐ教えろっ」

「セルベリア様にもいずれ知っていただく必要がありますわ、ですが、子供の前で語る話ではありませんので」

「なに?」

 

言われて初めてその気配に気付いたセルベリアが視線を下げると、ニコニコした笑顔のニサが二人を見上げていた。

話に夢中で気づかなかった。

 

「なんのおはなしをしてるの~?」

「ふふ、誰かに大好きって気持ちを伝えるにはどうすればいいのか、考えていたのですわ。でも難しいものですわね人の心というのは、私には到底理解しきれない.....」

「そんなのかんたんだよ!」

「え?」

 

虚を突かれたと云った様子でエリーシャは目を瞬かせる。

セルベリアをして初めて見る表情のエリーシャに向かってニサは言った。

 

「ちゃんと大好きって言えばいいんだよ。ニサも毎日お母さんに言ってるよ。そうすると優しく笑ってくれるもん」

 

それは純粋な子供の言葉であり、無垢な思いで語られる内容であった。

――重く複雑に捉えているのは大人だけで、子供にとっては驚くほど単純なことなのだろう。そして、だからこそ真理なのだ。

 

エリーシャは眩しいものを見るように目を細め、柔らかな微笑をこぼした。

 

「そうですわね、きっとその通りなのですわ。ニサさんは素晴らしいです」

「えっへん。テヘヘ褒められちゃった。おとうさんにも褒めてもらうー」

「あらあら、それは良い考えですね。ですが今はごめんなさい、今ラインハルト様にはお客様が来ていますの。邪魔をしてはいけませんわ」

「おきゃくさん~?だれー?」

 

コテンと首を傾げるニサにエリーシャは幼子に言うよう優しく言ってあげた。

 

「ラインハルト様の兄君、マクシミリアン皇子から使いの者が来ましたの」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

執務室にて、ラインハルトは使者の男と対面していた。

 

「はるばる遠路より、お疲れであろう。使者殿、楽にされるがいい」

「はっありがとうございます」

 

執務机の前に置かれた左右のソファーにラインハルトと使者の男が座っている。

 

ラインハルトの言葉に会釈するが使者は緊張しているのか顔が固い。ビシッと体も背筋よく伸ばし切っている。あれでは楽にすることなど出来ないだろう。

彼にとっては遠路をかけて来た事よりも、この瞬間こそが一番大事な仕事だと言っても過言ではない。そう考えると使者の態度も仕方ないだろうと思える。

だからこそラインハルトもそれ以上を言わず、早速本題に取り掛かった。

 

「それでは使者殿の用向きを聞かせていただこう」

「はっマクシミリアン殿下より言伝を賜っておりまする。お納めください」

 

そう言って懐から取り出した物を眼前のテーブルに酷く丁寧な動作で置いた。

テーブルに置かれたそれは簡素な封に入れられた一枚の手紙であった。

紙の質こそ上等なものであるが飾りつけの無い白い封に入れられた手紙を手に取り、苦笑するラインハルト。

......質素剛健な兄上らしい。飾りではなく内容こそが大事なのだと言いたいのだろう。

 

ラインハルトもまた同じ考えである。

 

だが、そんな思いとは裏腹になぜか前に座る使者の顔は心なしか青い。どうやら彼にとってみても、この手紙は酷く簡素な物なのだろう。ラインハルトの不況を買わないかと恐れているのだ。

 

安心させてやるように手早く封を開けて内容に目を走らせる。

 

「......」

 

手紙を読んで黙考するラインハルト。その様子を心配混じりの目で見ている使者。自分の仕事が成功するかどうかの瀬戸際だ。息を飲んで見守っている。

すると、

 

「.....くくく」

 

ラインハルトの口の端が弧を描き低い声が漏れ出る。

手紙にはこう書かれていた。

 

『あの時の約束を果たしに来い』

 

これだけである。

これが他の貴族であればまずは長ったらしい美辞麗句をさんざん述べて、全く意味の無い内容を読まされるはめになっただろう。

 

「本当に、無駄を嫌う兄上らしい文言だ」

「ら、ラインハルト皇子....?」

 

ラインハルトの笑い声の意味するところを図りかねていた使者が恐る恐る声に出す。叩き返されるとでも思ったのだろうか不安そうな顔をしている。

 

「いや、何でもない。それより、兄上の言伝は確かに受け取った。ご苦労であった今日は疲れを癒し明日また来るがいい」

 

途端に晴れやかな顔になる使者の男。

 

「ははあ、畏まりました!ありがとうございます」

「うむ」

 

畏まった様子で平伏する使者に頷くと、ラインハルトは使者を退出させる。

扉の前で最後に礼をとった使者が部屋を出た。待たせていた侍女に用意された部屋に案内される手筈だ。

 

そして、使者が退出したのと交代で執務室にセルベリアとエリーシャが入ってくる。これも手筈通り。あらかじめラインハルトが呼んでおいたのだ。

だが一つだけ予想外な事が起きた。

 

「なぜニサまで居る?」

 

疑問を口にするのとニサが駆け込んでくるのは同時であった。「おとうさん遊びに来たよ!」と言いながらラインハルトの元に飛び込む。受け止めてやると嬉しそうにしているニサ。

 

「申し訳ありませんご主人様。待っていただくよう言ったのですが邪魔をしないと言うので連れて来てしまいました」

「ふむ.....まあよかろう。但しニサ、ここで聞いた事をよそで喋ってはいけないぞ。子供でも守秘義務が課せられるからな」

「しゅひぎむ?」

「もし誰かに喋ろうものなら怖ーいお仕置きをしなければならない。そういう事だ、分かったね?」

「うん分かった」

「良い子だ」

 

素直に頷く小さな頭を撫でてやるとニサは気持ち良さそうにしてラインハルトの膝にもたれかかる。

 

その様子を黙って見下ろしていたラインハルトは視線を立ち並ぶ者達に向けた。

空いているソファーに座らず律儀に待機するセルベリアとエリーシャ。

ラインハルトは二人をゆっくりと眺めて思う。

 

.....彼女達とは暫しの別れになる。

 

一抹の感傷に浸り、ラインハルトは命令する。

 

「さて、それでは本題だ。早速で悪いが二人には協同任務を行ってもらう事になった」

 

先に反応を示したのは軍人が本分のセルベリア。

 

「は、協同任務ですか。それは先程の使者と何か関係が?」

 

流石に鋭い。セルベリアの予想は正解だ。

大仰に頷くと、

 

「そうだ。その為お前達二人には....」

 

ラインハルトは言葉の後に一拍おいて告げた。

 

「帝国との緩衝にしてガリア公国最大の防御陣地『ギルランダイオ要塞』へと向かってもらう」

 

新たな戦場の名を......。

 

 


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