あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二十三話 ギルランダイオ要塞攻略編

帝国西方領には二種類の国境線がある。

一つは列強ひしめく連邦国家と面する西方戦線。警戒令が敷かれているため常に緊張状態を形成しており、お互いの情報監査班が国境を監視し合っている。

そしてもう一つが中立国ガリアと接する国境線。二つの国は連なる山脈群によって隔てられ、帝国の進入を阻むかのように鎮座している天然の盾となっている。

その上さらにガリアの盾を頑健ならしめんとする存在こそが彼の有名なギルランダイオ要塞であり、長い歴史を鑑みてもこの人工の砦が破られた事実は最近まで存在しなかった。

五年前に起きた第一次ヨーロッパ大戦の折、発展した火薬技術と新たに登場した戦車という存在によって初めて破られたのだ。

戦後、ガリア政府は要塞陥落の反省を活かし、更なる防衛拠点としての発展に尽力してきた。

それによって近代的な数多の兵器が要塞の随所に見られるようになる。

報告ではヨーロッパ世界においても防御能力においては随一であるとの推測がされている程であり。

しかも山脈の各地にはガリア公国軍の保有する軍事基地がいくつも隠されているとの情報もある。

正しくこの地がガリア公国にとって最大の防衛ラインであった。

 

そして、ニュルンベルクを発ってから二週間程の道のりを進むセルベリア達は、途中数度の補給を進路状の基地に立ち寄った際に行い、それを終えるとセルベリアは移動につぐ移動を強行させ、彼ら『遊撃機動大隊』はその名に恥ない勢いと驚くほどの速さで西進を続けた。

 

もうすでにガリア公国との国境である山脈の半ばまで来ており、黒い無骨な数十台の車両がギルランダイオ要塞に続く険しい山道を突き進んでいた。

 

今も無残に朽ち果てたガリア軍のものと思われる防御陣地の一つを、悠々と踏破している途上の事であった。

 

「.....どうやら、戦況は我が方に圧倒的有利なようだな」

 

大型軍用トラックの助手席から外の光景を眺めるセルベリア。

窓からは砲弾で掘り返された大地、歪に壊されたバリケード。崩壊した建設物やトーチカといった破壊され尽くしたガリア軍の名残が映っていた。

既にこのような場所を三っつほどセルベリア達は通過している。

これらの光景から分かるように帝国軍はガリア公国軍との戦端を既に開いていた。そして状況は味方が優勢に戦いを進めているようだ。

 

「大隊長。このままでは自分たちが到着する前にギルランダイオ要塞は攻略されてしまうのではないでしょうか?」

 

セルベリアの隣に座り、運転席でハンドルを握る士官の男が心配そうに声をかける。

男の名はハインツ・リヒター。階級は中尉。セルベリアを頂点とした遊撃機動大隊に所属する士官の一人だ。

がっしりとした体に威勢のよい男らしい眉。

しかも中々の精悍な顔つきをしているため、さぞかし世の婦女子たちに人気があることだろう。

 

まあ、だからといって別に一度も彼の容姿に惹かれた事はないのだが....。

なんて事をセルベリアはハインツを見ながら思いつつ、

 

「かもしれんな。五年前に一度は落ちた要塞だ、二度落ちない道理はないだろうさ。それは過去の戦線を経験した中尉なら分かるだろう.....?」

 

何を隠そうこの男、元は南方戦線にいたころセルベリアと共に戦った兵士の一人で。セルベリアがニュルンベルクに戻る時に何故か一緒に着いてきたのだ。当初は故郷に帰れと言ってやったが彼曰く「隊長の意中の相手とやらを見極めるまでは帰れません!」とか何とか意味の分からない事を言ってセルベリアに付いて遠路はるばるやって来たという経緯をもつかなりの変わり者で。

その変わりようは半年前、ラインハルトの命令で『遊撃機動大隊』を創設するにあたって兵士の募集をする際、真っ先に入隊していたハインツは南方戦線時の過去の戦友達に呼びかけて彼らを集めた事からもよく分かる。

 

あの時はセルベリアも驚き呆れたものだ。

 

新兵の審査で会場に来たら見知った者達が半数以上を占めていたのだから、驚くなというほうが難しいだろう。

部隊編成にかかる時間はもっと長くなると思っていたのに、たった三日ほどで終わってしまったのだ。

 

部隊編成終了の旨を殿下に伝えた時「そうかご苦労......え?」と思わず二度見してきた程である。

あの時の殿下の呆気にとられた顔は今でも記憶に強く刻まれている。

殿下のレアな表情を見れたので良しとしよう。

 

その光景を思い出し、ふふ....と口の端は自然と笑みを浮かべる。

 

「なにやら御機嫌がよろしいですね。何かいい事でもあったのですか?」

「うん?......まあな、彼の要塞がいかほどのものか考えていたのだよ。もし未だ帝国の手に落ちていないようであれば、私自ら試すのもいいだろうと思ってな....」

 

危ない。顔に出ていたか。

セルベリアは緩んだ表情に活を入れた。女から軍人の顔に戻る。

 

まさか部下に愛しい人の珍しい表情を思い出して嬉しくなっていたなどと正直に話すわけにもいかない。

上に立つ者として厳かな威厳は大切なのだ。

ゆえに咄嗟に誤魔化したセルベリアだったが、ハインツは成る程と納得の顔で頷く。

 

「さすがです大隊長。戦争のない間も貴女の牙はまったく衰えていないようですな。また大隊長の活躍を間近で見られる日が訪れ自分も嬉しいです」

 

と言ってにこやかに笑みを浮かべるハインツ。

うまく信じ込んでくれたらしい。誤魔化せたことに内心で安堵する。

 

だが、誤魔化しの言葉も決して嘘ではない。それどころか私があの要塞を落とすのだとセルベリアは意気込んでいた。

なぜなら、

 

.....要塞攻略の功績を認められれば褒美に殿下自らが何でも願いを叶えてくれるのだから!

大事な事だから二度言うが殿下自らがである。

前の夜這いの件で惨敗したセルベリアにとってまたとない好機。昨夜のセルベリアは興奮で夜も眠れなかった。

もしセルベリアに犬の尻尾が付いていればブンブンと喜びで振り回されていた事だろう。

 

必ずや功績を打ちたてて、私が殿下に望む願いは.....。

 

「......ふふ」

 

蠱惑的な笑みを浮かべ遠くの空を眺めるセルベリア。その様子を横目で見ていたハインツは、

思わずゴクリと息を呑み。恐々とした様子で小さな声を漏らした。

 

「あの方角からして大隊長殿はまだ見えぬギルランダイオ要塞を見ているのか。恐ろしや、彼の地はもはや大佐の狩猟場でしかないのだろうな.....」

 

あとは狩られるのを待つのみなのだ。南方戦線で経験したハインツはそう確信した。

 

.....我らの美しくも恐ろしき蒼い女神によって戦場は地獄となるだろう。

女神に魅了された一人である俺は女神の尖兵として喜んでこの命を彼女の為に使える。

俺の呼びかけに答えたみんなも俺と同じ思いだ。

 

そして、またあの頃のように、この目で神話が創られていく様を見届けたい。

だからこそ俺はこの方について行くのだ。

 

「もう間もなく到着します、この谷間を越えた先です」

 

憧憬を胸にハインツはさらにアクセルを強く踏み込んだ。

 

もう此処からでも遠くから爆発音が風に乗って聞こえている。

 

戦場はもう直ぐそこに来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

そこは正しく戦場の有様を呈していた。

帝国軍とギルランダイオ要塞はにらみ合う形で陣形を敷き、その中心では塹壕に潜む無数のガリア軍兵士達が突撃する帝国軍兵士の攻勢を防いでいた。

戦場のあちこちに点在する機関銃座から絶え間なく響く雷鳴の如き銃声の反響と恐怖の混じる怒号が飛び交い、その音と同じ数だけ帝国兵たちは凶弾に倒れ、戦場に膨大な死者が生まれていく。

 

それらの光景がセルベリア達を出迎えた。

 

地上に陣を敷くガリア軍の後ろには此処からでもよく見える雄大な要塞の姿が在り、あれこそが聞きしに勝るギルランダイオ要塞なのだろう。

要塞の上部に取り付けられた砲台から轟音が響き、進む帝国軍の頭上に降り注いでいる。一向に鳴り止む気配はない。

今もまた遠くで不運な帝国の重戦車が砲弾によって爆散した。しかもそれだけではなく、さらに視線を横に移せば重戦車を盾にしながら進んで行く帝国兵たちが居たのだが。順調に塹壕の手前まで来た時に、重戦車用の地雷が作動したのだろう。戦車の真下から爆発が起こり、一瞬で戦車が残骸に変わった。その後ろに隠れていた兵士達も戦車の被爆に巻き込まれるか運よく生き延びた者も、その後、機銃の掃射によってバタバタと倒されていき全滅を余儀なくされた。

その光景は確かにガリア公国が要塞のみならず防衛陣地強化に努めたという情報が嘘偽りではなかったと確信させる。

 

「喜べ中尉。どうやら要塞は未だ落ちてはいないようだ。我々の活躍の場は残されている」

「はい大隊長殿」

 

遥か前方の地で行われている光景を見て、セルベリアはリヒター中尉に笑いかけた。

中尉も笑みを浮かべて答えると、後頭部近くにある小窓の被せを横合いに開き、空いた窓を覗き込む。

 

「待たせたな諸君、ようやく待ち望んでいた我々の戦場に到着だ。よく休めたかな?」

 

小窓からは軍用トラックの荷台部分が見えるようになっている。そして、その中には三十人ほどの兵士が待機状態で座っていた。

小隊長であるハインツの部下、第一〇(イチゼロ)遊撃機動小隊だ。

さらには同等の規模の小隊が後続の各軍用大型車両に存在した。

 

「ああ、とても快適な旅路だったぜ、それで隊長。俺たちの敵はどこだい、今すぐにでも行けるぜ」

 

ハインツの言葉に小隊の面々はギラギラとした瞳を隠すこともせず、今にも飛び出していかんばかりに殺気だっている。二週間もの長旅に彼らもうんざりしていたのだろう。早く戦場を駆け巡りたいのだ。彼らの顔が物語っている。

流石は南方戦線で共に戦った戦友達。実に頼もしい。

笑みを深めるハインツの横から、

 

「安心しろ敵は逃げん。それに、この様子では早々に終わることはないだろう。どうやら帝国軍は予想よりも硬いガリアの守りに苦戦しているようだ」

 

泥臭い戦線が更に苛烈さを増していく様子を眺めているセルベリアの声が上がり。

 

言葉はそこで終わらず、

 

「まあ私たちが居れば話は別だろうがな.....」

 

言外に私たちで要塞を落とすのだと言ってのけたのだ。

セルベリアの挑発的な言葉に小隊の面々の戦意が目に見えて向上する。

もう直ぐにでも軍用トラックから降りて遠くに見えるあの戦場に向かい参戦できる事だろう。

 

だが、その前に向かわなければならない場所がある。

 

セルベリアは直ぐ傍の帝国軍の陣中に視線を向け、目的の場所を視認する。

それは帝国軍が敷く陣形の奥まった場所にある一際大きな天幕で、大勢の帝国兵士たちによって周囲を固められていた。恐らくはアレがそうなのだろう。

リヒター中尉にあそこに向かうよう指示する。

 

「まずは軍と合流する、恐らくはアレが仮設司令部だ。あそこに向かえ」

「かしこまりました」

 

了承する中尉の操るトラックを先頭に、遊撃機動大隊が乗る大型車両の列は、帝国軍の集う後方の拠点へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★    ★     ★

 

 

 

 

 

ギルランダイオ要塞を攻めるにあたって、ガリア方面軍の臨時司令部を兼ねた天幕の中で、三人の男達が軍議を行っていた。

中央に置いたテーブルの上に、戦場を俯瞰して見た地図を敷き、チェスの駒を実際の兵士たちに見立てながら話をしている。

 

「要塞攻略を開始してから四時間弱、いまだに前線の塹壕すら突破できないとはねぇ。こりゃあガリア軍を甘く見ていたかもしれんね」

 

テーブルの一角に座りボリボリと頭を掻きながら困ったような顔で呟く男の名はラディ・イェーガー。ガリア方面軍の一翼を担う将校である。階級は少将という帝国において上級の位を持つ彼だが、元は敵国の将軍という異色の経緯をもち帝国と争った過去がある歴戦の勇士だった。

その彼をして此度の戦況の難しさには首を捻らざるをえない。

 

当初の予定では既に塹壕を突破し要塞攻めに移行しているはずなのだが、思わぬガリア軍の激しい抵抗に戦線は膠着してしまっていた。

 

イェーガーのぼやきに反論の声が上がる。

 

「時間の問題に過ぎん。ガリアの犬どもとて此処が抜かれれば後がない事を分かっているのだろう。だからこそ本気で抗いもする。だが長く続くはずがない、いずれは精強なる帝国兵士はあの塹壕を越えるだろう....」

 

しわがれた声でそう言ったのは対面に座す初老の軍人。名をベルホルト・グレゴール。皇室との関わりも深い伯爵の位をもち皇帝に絶対的な忠誠を誓っている。この男もまたガリア方面軍の要であった。

 

「このままじゃ泥沼だ。塹壕を突破してもその間に万を超える帝国兵が死ぬことになる。部下を無駄死にさせるきか」

「これは必要な犠牲だ。それに、この戦場での死は決して無駄にはならん。わしがそうはさせん。彼らの死はガリアを滅ぼす事で報いてみせる」

「だから死ぬまで突撃させろってか?悪いが俺はその考えには乗れねえな....」

 

年季の入った深い皺が刻まれた顔を歪ませるグレゴール。

 

「だったら他に作戦を考えてみろ。この戦い物量作戦でいくしか他に手はないと思うがな」

「.....耐久力の高い戦車部隊による一点突破ってのはどうだ?例えば俺のヴォルフを使ってもいい、どこか一つに綻びさえ作れりゃ、そこを基点に傷を広げていける」

「だめだな、塹壕前の地雷群を忘れたか。帝国式Ⅳ号重戦車を吹っ飛ばす威力の代物だ。最低でもマクシミリアン殿下の旗艦ゲルビルほどの超大型戦車でなければ難しいだろう」

 

ゲルビルとは帝国の誇る戦車開発の結晶とも呼べる戦車の事で、その全貌はもはや戦車とは思えず正しく移動する要塞と言っても過言ではない。第一次ヨーロッパ大戦の戦車登場から研究を続けてきた帝国は他国の追随を許さない程の巨大な戦車を造り上げる事に成功していた。

その威容をもって迫る破壊力は凄まじく。現にセルベリア達が通ってきた荒れ果てたガリア軍の防御陣地も実はゲルビルの突撃をもって破壊し踏み荒らした成れの果てだったのである。

故にグレゴールの言うとおり、確かにゲルビルならばこの膠着した塹壕戦を突破することも不可能ではないはずだ。

しかし、

 

「却下だ。最初に言っていた通りゲルビルを此度の戦場で使うことはない」

 

唐突に響いたその言葉に二人の将は視線を移す。

二人の視線が向かった先にはまるで王様が座る様な豪華な椅子が据えられており、そこに一人の男が泰然とした様子で座っている。凛々しさよりも冷酷な印象を思わせる表情。

そして金髪の頭に冠を頂いたその男こそ、ガリア方面軍総司令官にしてラインハルトの腹違いの兄マクシミリアンその人であった。

 

「.....そうは言うけどよ、これじゃジリ貧だぜ。ゲルビルに搭載されたラグナイト砲なら状況を打破できるかもしれねえんだ。それに、元はそのつもりで改修したはずだろ?」

 

イェーガーの言うとおり、マクシミリアンは開戦前よりギルランダイオ要塞攻略の為に技術者に働きかけ、更なる車体の強化と新兵装ラグナイト砲の改装作業を行わせていた。

それを事前の資料で知っていたイェーガーは内心の疑問を問うたのだ。

 

「アレはあくまで最終手段。ゲルビルはガリア公国領内制圧にも必要なため今の時点で万が一にも機能停止させられる訳にはいかぬ、少なくとも改修作業のできる要塞を落とすまでは危険を避けねばならん。そのことは事前資料にも記入していたはずだぞ、イェーガー」

「あれ?そうだっけか?ワリいワリい、そういやそんなことも書いてあったような.....」

 

昨夜ブランデー片手に機密情報を読んでいたとは流石に言えねえな.....。

 

「まったく、それで帝国少将とは呆れた男だ。わしに傷を負わせたとは思えんな」

 

苦笑いを浮かべるイェーガーをジトリとねめつけ、嘆かわしいとでも云うように額に手を当てるグレゴールは、盤上の駒を見据えて、次にマクシミリアンを見た。

 

「ですが殿下。イェーガーの言葉ではありませんが、このままガリアに良いようにされるのも癪であるのは確か。栄光ある帝国軍が地に塗れる姿を見るのは耐えかねませんな。何か次の一手を考えるべきやもしれません。もしよければ私が策を用意いたしますが?かねてより試験中の装甲列車エーゼルの試し撃ちを行うには絶好の機会ですので.....」

 

マクシミリアンが超大型戦車ゲルビルという奥の手を本国より持ち込んできたようにグレゴールもまた切り札的存在である装甲列車エーゼルを運んできていた。

彼の列車に備え付けられた砲門より放たれる大型榴弾砲を使えば塹壕に潜むガリアの犬共を一網打尽にできると考えたのだ。

だが、その提言に対してマクシミリアンは首を横に振った。

 

「それには及ばん。もう既に手は打ってある。じきに到着するであろう.....」

「ん?何のことだそりゃ。聞いてないな、資料にも書いてなかった.....よな?」

「う、うむ....」

 

アルコールのせいで今ひとつ確信をもてないのでグレゴールに同意を求めると、初老の軍人は渋々と云った様子で頷きを返す。

 

「個人的な口約束に過ぎぬからな。アヤツがまだ忘れていなければ、もうそろそろだと思うが。.....いや、流石に早すぎるか。あと一週間以上は掛かるやもしれんな......」

 

と、その時。

 

「マクシミリアン皇太子殿下に報告!帝国領より『遊撃機動大隊』を名乗る部隊がやって参りました。お目通りの許しを申しております!ニュルンベルクから戻った使者も一緒です!」

 

マクシミリアンの言葉が言い終わらぬ内に天幕の外から兵士の報告の声が上がった。

 

その報にマクシミリアンは感心した様子を見せる。

 

「ほう....驚くほど早いな。ニュルンベルクからこの国境まで普通であれば一月以上は掛かるものを....」

 

....如何なる魔術を用いたのか知らぬが好都合だ。

直ぐにマクシミリアンは許可を出した。

 

「よい、通すがいい」

 

言葉の後に、直ぐ近くに待機していたのか間をおかず天幕の中に一人の軍人が入ってきた。流麗な動作で帝国式の敬礼を行う。

 

「ニュルンベルク軍遊撃機動大隊、大隊長セルベリア・ブレス大佐です。ラインハルト殿下の命により馳せ参じました!」

 

厳しく引き締められた凛々しい顔立ち、そして言葉を紡ぎ終わり真一文字に結ばれる唇。立ち居振る舞いからも堂々とした印象を感じさせる。

弟の背中で震えていた少女とは思えない。

だが、背中までなびく銀髪はなるほど当時の面影を残している。

間違いなく目の前の女があの時の少女だ。

 

「久しぶりだなブレス大佐。貴官と会うのはこれで三度目だな」

「は、マクシミリアン皇子もお変わりない様子です」

「貴官はだいぶ変わったな。軍人として見違えるほどに強い女性になったようだ。それと不肖の弟はどうしている?」

「日々滞りなく政務に励んでおられます。それとラインハルト様からお言葉を賜っております『ガリア方面軍の勝利を願う』とのことです」

「そうか。それでは早速だが貴官を呼んだ話をしようではないか......」

 

マクシミリアンは卓上に敷かれたマップの上に新しく取り出した駒を置いた。

青みがかった銀色のクイーンだ。

それが置かれたのは現在、帝国軍とガリア軍の激しい塹壕戦が行われているであろう地点の只中だった。

 

「単刀直入に聞くが()()使()()()()?」

 

それがヴァルキュリアの力だと直ぐに理解したセルベリアはややあって頷いた。

 

「はい。ラインハルト様もそれを見越して槍と盾を私にお預けになられましたから、問題ありません」

「ほう、槍だけでなく盾までもか、それは喜ばしいことだ」

 

なぜか盾という言葉にピクリと反応を見せたマクシミリアン。探るような目でセルベリアを見詰めている。

 

「余が貴官を呼んだ理由は既に気づいているようだな。であればその力を今は余の為に振るってもらう。現在進行されている攻略作戦に貴官の部隊も参加し、ギルランダイオ要塞前で塹壕戦を行うガリア軍の防衛網を崩してみせよ」

「おいおいまじかよ.....」

「本気ですか、マクシミリアン殿下」

 

まず先にマクシミリアンの命令に反応を示したのはセルベリアではなく、マクシミリアン直属の将校であるイェーガーとグレゴールであった。

 

現在の戦線は地獄の釜も同然だ。屈強な帝国兵でさえ攻めあぐねている状況だというのに、総司令官はこんな小娘を戦線に送ろうと云うのか。それでこの戦況が打開するとは到底思えない。

二人が瞠目する中、セルベリアはゆっくりと余裕たっぷりに答えた。

 

「かしこまりました。それではマクシミリアン皇子には我が部隊が戦線突破を図る様をご覧になって頂きましょう」

「.....ブレス大佐。その言葉もはや取り消すことはできんぞ。帝国軍人として語った以上、必ず実現してみせろ。もしおめおめと帰ってくるようであればワシがお前たちを処分してやろう....」

 

言葉というものは重い。軍人であればなおさら軽々と口にする言葉には気を付けなければならない。大言壮語を述べるならば帝国軍人として現実に行ってみせよ。

 

グレゴールの鋭い眼光がセルベリアを睨み付けた。

 

血のように紅い瞳が平然と見返す。

 

「もちろんですグレゴール将軍。私の言葉に嘘偽りはありません」

 

真紅の目に見詰められているとグレゴールをして呑み込まれてしまいそうな程の迫力を感じさせられた。

明らかにこの年の娘が発する威圧感ではない。

歴戦と呼ばれる一握りの兵士と同じ目をしている。

.....もしかするとあの噂は本当かもしれんな。

 

「ふん、精々励むのだな.....」

 

視線のぶつかり合いはグレゴールが帽子を被りなおす仕草を行うことで終わりとなった。

 

「それでは私はこれで、作戦を開始いたします」

 

最後に敬礼を行ってセルベリア・ブレス大佐は天幕から出て行った。

宣言を現実のものとするため直ぐにでも彼女は部隊と共に前線に向かうのだろう。

 

セルベリアが退室したのを確認したイェーガーは、マクシミリアンに尋ねた。

 

「それで、あの娘はいったい何者なんですかい」

 

それに答えたのは細い顎に手を置きつつ何かを考えていた様子のグレゴールだった。

 

「セルベリア・ブレス大佐だ。現在はラインハルト殿下の直属にして側近だが、彼女の名は帝国上層部でもよく聞いていた。その時は傭兵として活動していたそうだが.....」

「どうした?」

「いや、これから先はワシも虚構の類だと考えていた事で信じておらんかったのだが。イェーガー貴様は『ヒルダの奇跡』を知っておるか」

「ああ、酒場でよくその噂話が酒のツマミに流れてたからな。確か当時のヒルダ公主国の宰相が連邦と裏で繋がっていたとかで、クーデターまで起こした騒ぎだろう」

「そうだ。しかも連邦はクーデターが起きた翌日に侵攻を起こしたのだ。それによってヒルダは領土の半分以上を失うほどの事態に陥ってしまう。一時は滅亡するかと思われた。だが、残存したヒルダ軍の奮闘によって盛り返すことに成功し、ついには連邦軍を追い返し領土回復にまで至った事からこれを『ヒルダの奇跡』と呼ぶようになった」

 

グレゴールの言葉に、ああ、と頷くイェーガー。

領土を半分も失い、それでも最後に勝利した。確かに奇跡だ。

どんなに必死に守ろうとしても掌からこぼれだすのは止められない。少なくとも俺には無理だった。

 

「それで、ヒルダの奇跡とセルベリア・ブレスに何の関係があるんだ......まさか」

「うむ。その戦いにブレス大佐も参加していたようなのだ。しかもかなり中心的な役回りを担っていたそうだぞ。情報も誇張されていたり眉唾物な噂話が多く出回っていたが、中でも彼女らが率いた部隊は伝説にまでなっているらしいからな.....どこまで本当かは分からんかったが、実際会ってみてあながち間違っていないのかもしれん」

「なるほど歴戦の傭兵というわけか。殿下もそれでブレス大佐を呼んだのですかい?」

「そんな事は知らんが、確かに奴であればそのぐらいは出来るかもしれん。なんせアレはヴァルキュリア人だからな。しかも覚醒している......余はただヤツの兵器としての価値を見て呼んだに過ぎん」

 

ふとマクシミリアンは卓上に置かれた銀色の駒を見詰め。

 

「ラグナイト弾一つにとっても数は有限だ。だがアレは槍と盾があればほぼ無制限に戦うことが出来る。これほど都合の良い道具もないだろう。ガリア方面軍は力を温存することができ、かといって遊撃部隊の数が減ろうと余の腹は痛まん。それに覚醒したヴァルキュリア人の力を知る絶好の機会でもあり、使い潰れればそれまでだったと限界も知ることが出来る。またラインハルトの力を削ぐ事にもなろう。余の不利益となることが一つもないのだ」

 

口元を冷酷に吊り上げる。

 

「さて、どこまでやれるか見物だな。セルベリア・ブレス.......」

 

余のために此の戦場で踊ってみせろ。

 

壊れてしまったとしても別に構わない。

 

なんせ、他にも代わりは要るのだから。

 

盤上に輝く銀の駒を見下ろすマクシミリアンの手には新たな駒が二つ握られていた。

 

 

 


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