あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二十四話

未曾有の危機であるガリア公国軍において、領外の瀬戸際で敵の侵略を阻む為に必要不可欠なギルランダイオ要塞。その要所を守る為に用意された常備部隊がガリア軍には内外に存在する。ひとつは『要塞守備隊』と呼ばれる巨大な要塞の防御機能を十全に稼動させ、侵攻する帝国軍から要塞を防衛するための要塞内の軍。

もうひとつは現在、要塞前の複雑に入り組んだ塹壕に潜み帝国軍と熾烈な争いを繰り広げている『ガリア国境警備隊』。

彼らは元々、ガリア領の山脈各地に点在していた軍事基地に滞在し、帝国軍の動きを抑制、又は未確認の部隊が国内に侵入するのを防ぐ役割を担っていたのだが、今回の帝国軍侵攻によってその多くが補足され制圧されてしまった。いわば彼らはガリア軍と帝国軍の初戦における敗残兵であり、帝国の侵攻に押されて最終防衛ラインである背後のギルランダイオ要塞まで後退してきた背景をもつ。

破壊・制圧された基地の数は十六。

撤退を余儀なくされたガリア兵の数は優に二万を超えていた。

 

そして、帝国の猛勢から何とか命からがら生き延びた彼らに、非情な指令が通達されたのが昨日。

その内容こそが『要塞前面の塹壕地帯にて帝国軍を撃退せよ』......であった。

 

作戦指令責任者はゲオルグ・ダモン。ガリア公国軍の全権を担う将軍の名だ。

 

征暦1935年3月14日

 

帝国の襲来を聞きつけたガリア政府は直ちにガリア正規軍の派遣を行う。

そして、駆けつけ援軍としてやって来たのがダモン将軍であり、最前線から後退してきた部隊の存在を知り、彼が発した最初の命令である。

 

 

 

 

 

 

 

★     ★      ★

 

 

 

 

それは新春とは思えない程に日差しの強い、正午11時45分の時の事。

 

「いまだ!一斉射撃!!」

 

死を恐れないかのように戦場に押し寄せる帝国兵を塹壕の最前列にて防戦し指揮をとるアルデン・ニケ軍曹が、班員達と共に、手にしたマグスM3の銃口を前に向けて一斉射撃を敢行した。

横一列に並んで弾かれた面による射撃が、迫り来る帝国兵を襲う。

直撃を免れなかった兵士達は糸の切れた人形のように地面に倒れた。唯一人形と違うのは倒れふす際に恐怖と絶望の表情に彩られながら崩れ落ちる事である。

 

「.....よし、敵の沈黙を確認。迎撃に成功セリ」

 

前方の十数人からなる敵部隊の全滅を確認した軍曹は、出していた顔を塹壕に引っ込める。班員達も同様に。

いつまでも顔を出しているマヌケがいれば直ぐにでも帝国軍の砲弾が雨あられと降ってくるからだ。

 

慣れ親しんだ土と硝煙の混じったニオイを嗅ぎながら軍曹は思う。

 

なんでこんな事に.....。

元は国境警備隊の俺が、今じゃあ要塞守備隊の真似事だ。

その要塞守備隊は首都から来たガリア正規軍と共に要塞内に篭っている。本来であれば実戦部隊である正規軍が俺たちの役目を受け継がなければならないというのに。

帝国軍の侵入を阻む固く閉ざされた要塞の扉が開くことはない。つまり俺たちに退路は存在しないのだ。

 

「ちくしょう、正規軍は何やってんだよ......!」

 

同じ班員の兵士が我慢の限界だとばかりに声を荒げる。

ここまで来れば助かると思った。それだけを希望に撤退戦を行ったのだ、無理もない。

みんなも言わないだけで胸中では同じ思いなのだろう表情が固い。

仕方ない、部隊の班長として俺が言うほかないだろう。

 

「今は耐えろ。......ダモン将軍にも何かお考えがあるのだろう」

「ですが!?このまま明日の一二〇〇(ヒトフタマルマル)時までここを守り抜けなどと、俺たちに死ねと言っているようなものです!」

「だからこそだ。大丈夫、ガリア公国軍が同胞である俺たちを見捨てるはずがないだろう.....?」

 

落ち着かせるように、声に力を込めて兵士に語りかける。

兵士も安心できる材料が欲しかったのだろう、俺の言葉に素直に頷いた。確かな信頼の目で俺を見る。

 

そして俺は少しだけ罪悪感を感じる。根拠も何もない俺の言葉を信じてくれた申し訳なさに。

内心では俺も同様の不安を感じているのだ。

 

.....もしかしたらガリア正規軍は俺たちを見捨てるかもしれない。

ダモン将軍は俺たちを.......。

 

そこでハッと我に返る。

馬鹿な。そんなことあるはずがない。

疲れているんだ。そのせいで心が弱くなって変なことを考えてしまっただけだ。

頭を振って不安を掻き消した。

 

「......みんなよく聞け。確かに俺たちは地獄のような状況に置かれているかもしれん。だが、あの撤退戦を成功させた君たちならば、必ずや今回の作戦も成功に導けるものであると俺は確信している。ゆえに今は走り続けてくれ、生き延び続けて欲しい。その果てに勝利は存在するのだから!」

「ハッ!」

 

俺の拙い激励に答えてくれる兵士達の姿を見て、俺はようやく心からの笑みを浮かべる事が出来た。

 

大丈夫だ。俺たちは死なない。ダモン将軍が提示した明日の一二〇〇(ヒトフタマルマル)時までこの塹壕地帯を死守する事が出来れば要塞の門は開き仲間と補給が現れるはずだ。

そして、帝国軍に対する有効な秘策がダモン将軍には有る。

それまで俺たちは信じて戦うのみ。

 

不屈の意思を固めたその時、

 

『こちら要塞司令部!4-1第三歩兵班聞こえるか?応答せよ』

 

通信兵の背負う通信機より要塞司令部からの連絡が発信された。

軍曹は部下から受話器を受け取り応信する。

ちなみに4-1というのは複雑に入り組んだ塹壕の中で迷わない為の座標の事だ。

 

「こちら4-1第三歩兵班聞こえている。どうした?」

『3-1地点の第七歩兵班が敵戦車の砲撃によって壊滅したもよう、帝国兵の小隊規模が入り込もうとしている。貴官の班は直ちに3-1地点に向かい増援が来るまで帝国軍を足止めされたし』

 

3-1地点は直ぐ隣りの座標番号だ。走れば三分ほどで着く。

突破されればこちらの部隊の後背に回り込まれる恐れがある。

迷っている暇は無い。

 

「分かったすぐに向かう!増援の到着予定は分かるか?」

『およそ六百秒持ちこたえてくれ!幸運を祈る!』

 

それを最後にノイズ交じりの通信は途絶する。

 

受話器を通信兵に返した軍曹はゆっくりと仲間の兵士達の顔を見た。

 

「みんな聞こえたな?今から俺たちの班はお隣りに引越しだ。先にいる帝国兵には鉛の弾丸を引越し祝いにくれてやろうかと思うが、いかがかな?」

「ははっ奴らが嫌というほど見舞いしてくれますよ!」

 

軍曹のおどけた冗句に班員達も笑って軽い口調で答える。今も砲弾が頭上を飛び交っている最中の出来事だ。

そして、立ち上がる軍曹の姿に追随して、彼らも重い腰を上げると。

すぐさま第三歩兵班は走り出した。

 

先ほどまでの疲れきった顔はどこにもなく。全身から覇気を漲らせていた。

 

素早く地を駆ける彼らの視界に程なくして帝国兵達の姿が映る。

 

その数は十人にも満たない。

地上の地獄から運よく生き延びてほの暗い坑道まで来たのだ。

安堵と恐怖からの解放からか隙だらけだった。

......生き延びれて嬉しいのは分かるが此処はまだ戦場だぞ?。

 

「っ!?ガリア兵だ!構え....」

 

ようやく俺達の接近に気づいた瞬間には時遅く。数秒の遅れが勝敗を決した。

 

「撃て!」

 

俺を中心に銃撃の構えをとった班員の銃砲が連続した。

帝国兵達は断末魔を上げる間もなく銃弾に襲われて地面を転がる。

激しいマズルフラッシュが止み、後に残されたのは慟哭する顔をした帝国兵の亡骸だけである。塹壕を取り返す事に成功した俺は仲間が防衛準備に移るのを尻目に亡骸に目を向けていた。哀れに思うつもりはない。だが、

 

.....彼らにとっても此処で死ぬのは無念であったろう。

 

倒れ伏した兵士の遺体を見下ろし、せめて黙祷だけでも捧げてやろう。

 

そう思った時である。

 

「―――どんなに戦場を渡ろうと味方が殺されているのを見るのは慣れるものではない。そう思わないか?」

 

その言葉に全員が瞬時に反応をとり銃を構えた。声の方に向かって銃口を向け、そして全員が驚愕に顔を彩る。

直ぐ近くまで近寄られていたにも関わらず全く気がつかなかった気配もそうだが。

声の主の姿があまりにも現実離れしていたからだ。

 

驚くほどの美女だった。

神々しいとまで言ってもいい。なぜなら、彼女は渦巻いた形状をした槍と無限の回転を思わせる盾をその手に持ち、青い炎の如き光を身に纏っていたのである。

 

「お、お前は.....何者だ?」

 

馬鹿げたことだが思わず尋ねてしまうほどに、彼女の存在は現実味がないもので。もし此処が戦場でなかったなら膝をついて祈りを捧げてしまいそうなほどに神秘的だったのだ。

 

その言葉に女は呆れたような顔で俺たちを見下ろし言った。

 

「決まっているではないか、お前達を地獄に叩き落とす怖い魔女、つまり敵だ」

「っ!?....う、撃て!」

 

呆然としていた軍曹だったが、女の言葉で我に戻る。マグスM3の銃口を向けて号令を掛けた。

もし女が敵であれば呆気にとられる自分達は格好の獲物である。帝国兵の亡骸が俺達になるだけだ。

班員達も班長の言葉でほぼ無意識にトリガーに指を掛けた。

 

発砲する瞬間。女はおもむろに盾を眼前に構える。

 

それを奇妙に思うが、すぐに女の行動の意図を理解させられた。銃撃の激しい音が鳴り響き、軍曹の口から悲鳴がもれる。

 

「馬鹿げてる!?」

 

俺を含め班員の放つ全ての銃弾が女の盾によって弾かれているのだ。

女は何でもないことのように空しく落ちる銃弾と俺達を見据えていた。

やがて、弾が尽きた俺達はまたもや呆然となって手に持つマグスM3の銃口を力なく下げた。

 

「攻撃は終わりか?ならば今度は私の番だな」

 

冷たい眼光が俺達を見据え、女は片手に持つ槍の穂先をこちらに向ける。まるで俺達のマグスM3の銃口のように。

女の行動の意図を察した班員達の口からは「ハハ」と乾いた笑い声がこぼれた。まさか、という思いで立ち尽くす俺達は。

ドリルのように回転する槍に青い光が込められていくのを、他人事のように見ていて。

 

 

――――横にいた兵士が青い光弾に撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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