あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二十八話

時は遡ること数時間前。

 

――視界の先で二人のガリア兵が塹壕内に消えていく。

 

その直ぐ(うしろ)から敵兵を追いかけていた蒼い光が。二人の消えた塹壕の上を通り過ぎて行った。

目標を失い彼方に消えていく蒼い光弾を見ながらセルベリアは口惜しげに呟く。

 

「逃げられたか.....」

 

.....別に逃げる敵をいたぶる趣味はないが、上の人間に情報を伝えられ対策を取られるのは好ましくない。

そう考えて追撃したセルベリアだったが、途上でガリア軍の機銃部隊に邪魔をされてしまう。

迅速に障害を排除したものの、標的であるガリア兵はみすみす取り逃がしてしまった。

 

まんまと自分から逃げおおせた事実に少しだけ悔しさを覚えながら敵兵の血で濡れた槍先を払い、汚れを飛ばす。

 

「――追いますか?」

 

背後よりかけられる声。

セルベリアの背後には部隊長のハインツと第一〇(イチゼロ)遊撃機動小隊の面々が揃っていた。

命令すれば直ぐにでも彼らは猟犬となって逃げたガリア兵を追うだろう。

セルベリアは首を横に振った。

 

「いや、止めておこう。深追いするのは危険だ」

 

セルベリアがではない。危険があるのは小隊の者達だ。

セルベリア一人ならどうとでもできる自信があるが。只人である部下達では命の保障がない。深追いすれば高い確率で死の危険が付き纏うだろう。

それでも彼らはセルベリアの命令なら喜んで遂行するだろうが、無茶をさせて部下を失うのも馬鹿らしい。

追う必要はない事を伝え、

 

「それよりも、我々はこれより塹壕内を迂回して周囲にいる敵機銃部隊の背後を急襲する。敵の防衛線を崩すぞ、大隊総員にも伝えろ、全部隊で叩いて回るとな....」

「は!」

 

今しがたセルベリアが壊滅させたガリア機銃部隊だが、戦場を見渡せば他にも多くの機銃部隊が存在するのが分かる。帝国軍の進攻を必死になって食い止めている。

そのためセルベリアは機銃座群が守る第三防衛線を背後から襲う事で、味方の被害を最小限にする事を優先した。

 

命令に応えて動きだす部下の姿から視線を移した。

目の前の塹壕から階段を使ってゾロゾロとガリア兵が現れている。

 

「迎撃部隊か....。まずはあの敵を叩くとしよう」

 

敵の出現に慌てることなく悠然と構えたセルベリアは動き出す。

その背に黒衣の部隊を伴って。やがて戦闘が始まる。

 

混沌とした戦場はより激しさを増していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

★    ★    ★

 

 

 

 

結果だけを話すならセルベリア達『遊撃機動大隊』は多大なる戦果を上げ続けた。

帝国軍の進攻を阻み続ける厄介な機銃部隊を叩きに叩いた。塹壕を使い後ろから回り込んで前後による挟撃を行ったのだ。塹壕内の通路を通る途中、セルベリアの狙いを阻止せんと無数のガリア兵が立ち塞がったが、先頭に立ったセルベリアが先陣を切り、蒼き光芒を揺らめかせながら槍を振るい、鮮血が塹壕の壁を汚していった。

遊撃機動大隊もまたセルベリアに負けじと奮戦し、我先にと各部隊が敵機銃部隊の陣地を潰していく。

今もまた塹壕を抜けて地上を覗き、前面の帝国軍に集中していた機銃座の砲手を、偵察銃ZM Kar2でもって射殺したハインツ。

まさか後ろから攻撃が来るとは思っていなかったのか反応する暇もなく機銃ごと地面に倒れ込む砲手を見てセルベリアが頷く。

これで周囲の機銃部隊のほとんどが全滅した。

それに応じて風通しが良くなった敵防衛ラインの一角から、多くの帝国軍が入り込み瞬く間に第三防衛エリアを浸食する。

それによってガリア軍は更なる防衛ラインの引き下げを余儀なくされた。

 

セルベリアはガリア軍の後退を確認すると、進攻を一旦停止して自らの部隊を集結させた。

と云っても管轄外であるガリア方面軍の帝国兵は構わず進攻を続けているのだが。

セルベリアは集めた部隊に一時間の休憩を与えた。

既に塹壕戦の趨勢は決したと判断したからだ。後は友軍に任せるだけで塹壕攻略は時間の問題だと考えたセルベリアは、次の作戦目標であるギルランダイオ要塞の攻略に向けて力を温存させた。

 

 

 

友軍に進攻を任せてちょうど一時間が経過した頃、戦場の流れが変わった。

それまで順調に攻め進んでいた帝国兵が苦戦を強いられてきたのだ。

塹壕も半ばと云った所だった。

休憩を終え動き出したセルベリア達の前に、高い練度のガリア軍部隊が現れる。明らかに他の部隊とは動きが違う。

防衛部隊のくせして正面から戦わず誘い込むように後退を続けながら戦闘を行い。セルベリアが突撃を敢行しようとすれば、すかさず別の塹壕路から出現した部隊に攻撃を仕掛けられ。遊撃機動大隊は翻弄される。

完全に敵は地の利を活かしきっていた。

複雑に入り乱れる多数の通路から神出鬼没に現れ、高火力の武器でもって一撃離脱を図るのだ。

撤退と出現を繰り返しセルベリア達までもが苦戦を強いられる事になる。

特にセルベリアに対する対処が強く。絶対に正面はとらず死角からの攻撃を是としたのだ。

目の前の敵を追いかけるセルベリアが。小細い通路を横切った瞬間。待ち構えていた伏兵が火炎放射器の一撃を痛烈に浴びせた時はさしものセルベリアですら肝を冷やす結果となった。

 

ここまで対セルベリアを想定した戦い方を行う部隊の正体は、ガリア国境警備隊が誇る第八戦闘団であった。

アルデンの報告を聞いた団長のヴァルトは、緊急会議を行い各部隊長に厳命したのである。

彼の働きは決して無駄にはならなかったのだ。

 

第八戦闘団が遊撃機動大隊と戦闘を行う間に、他のガリア軍部隊が戦線を盛り返す事に成功する。それどころか両翼の部隊が果敢に動き出した。既に突破された中央の第一防衛ラインを両極から攻撃したのだ。お互いが連動し動く事で帝国軍を包囲する、同時に第一防衛ラインを再構築するのが彼らの作戦であった。

 

迷路のような塹壕の中を右往左往する帝国軍では、塹壕内を熟知したガリア軍の阻止が上手く出来ず、情報も錯綜としていたため塹壕内の部隊は混乱に陥った。

 

これによって戦線は膠着し、包囲された帝国軍は全滅の憂き目に合うも、セルベリアがここでようやく敵指揮官であるヴァルト団長を発見し追い詰める。

自分に向かって放たれた対戦車槍をヴァルキュリアの盾で防ぎ、ヴァルトを守る兵士達を全滅させる。

ヴァルトもまた黙ってやられる様な男ではなく、死んだ護衛の剣甲兵が持っていた盾と剣を装備して。セルベリアと一騎打ちを行ったのだ。

 

狭い塹壕を活かし、セルベリアに大振りの攻撃を制限させたヴァルト。それでも当たったら即死級の攻撃をギリギリのところで掻い潜り、猛烈に反撃を浴びせる。二人の口元には笑みがあった。

激しい剣戟を繰り返した末に、ヴァルキュリアの槍がヴァルトの胸を貫き。戦いは終わる。

彼が最後に口にした名前はセルベリアの耳に残った。

 

戦闘の余韻に浸っていたセルベリアは部隊が包囲され戦線が膠着している事を知ると、一点突破の作戦を思いつく。

それは正面の塹壕を吹き飛ばし一気に後方の敵司令部を攻略する事であった。包囲された帝国軍を要塞前に行軍させる狙いがある。

つまり口を締められてパンパンに溜まった袋に穴を空けそこから水を出す様なものだ。

 

更には敵司令部を制圧して前線の指揮系統を崩すのが目的である。そうすれば第一防衛ラインで塞がれている帝国軍という水を袋に入れる事が可能になるだろう。

 

すかさず実行に移したセルベリア。

 

瞳を閉じて己の中に眠る力を呼び起こした。

ヴァルキュリアの槍と盾が共鳴して眩い輝きが総身から放たれる。

 

そして――

 

カッと目を見開いたセルベリアは勢いよく槍を壁に向かって突き放つ。

全身から放出されていた蒼き光がベクトルを一点に変えて槍へと流れ込み。力の波動は変換されていき、破壊力を伴なう巨大な閃光となって一直線にほとばしった。

 

一瞬で土壁を容易く蒸発させた大蛇の如き閃光は、進路上のガリア兵までもを舐めるように融かしていく。

塹壕を盛大に抉った直線状の光線は先細りしていき、やがて儚く消えていった。

 

光の消えた先には新たな通路が現れ、終着点はガリア軍の後方指令所まで続いていた。

 

「進め!」

 

セルベリアの号令の元に、帝国軍が行進していく。突然の事態に敵も混乱しているのだろう、要塞からの砲撃も止まっていた。帝国軍を遮る者は居ない。

勝利を確信していた帝国軍の前にガリア軍の軽戦車が突撃してきた。一両ではなく複数が後に続いている。

まさかこれほど早く対応してくるとは思わず、

ガリア軍の迅速な働きに驚くセルベリアをよそに迎撃をしようとする帝国軍だが間に合わない。勇ましく響く声の後に放たれた砲撃が進路上の壁に着弾した。大人の拳程ある石つぶてが兵士達を襲い、ほとんどが軽傷で済んだが運の無い者は頭から血を流して昏倒している。兵士達の進みが止まった。

 

それを見て取った軽戦車が前に出る。高い機動力のある動きで迫って来た。光線を放ち少しだけ疲れを見せていたセルベリアは、味方が撃たれていく様に、勢いよく駆け出した。

 

あっという間に兵士達の前に立ったセルベリアは軽戦車の機銃を盾で弾き味方を守る。

機銃の掃射が止むのを見計らって、高い跳躍を見せると、軽戦車の上部装甲に槍を突き刺し破壊する。

視線は既に次の標的を探していた。

完全沈黙した軽戦車の後ろから迫る新たな軽戦車を捉え、また高く跳び上がるセルベリア。

空中姿勢で槍を向けると、光線を放った。

鮮やかな一筋の光が軽戦車を襲い爆発する。

 

倒した勢いのままに着地したセルベリアは前に向かって走り出す。

 

せっかく穴を通した通路に鉄の壁となって塞がるガリア軍軽戦車。短砲身から砲弾が爆音を響かせ射出する。

音速で飛来する75mm砲弾を、常人を遥かに超えた感覚をもって知覚したセルベリアは、完璧なタイミングで槍を振るい打ち返した。ちょうど砲弾を槍の芯に当てガギュイン!と耳障りな音を響かせながら、はじき返された砲弾は見事な精度で軽戦車に被弾する。傾斜装甲に改修していなかった軽戦車は痛烈なダメージを受け大破した。

 

その横を通り過ぎたセルベリアは焼け爛れて黒ずんだ坂道を上がると、降りてくる途中の軽戦車と対面する。

即座にセルベリアは光線で射抜き、残りの戦車も全て破壊して回る。

最後に残った軽戦車を槍にチャージした光の粒子で吹き飛ばすと、指令所と思われる天幕の前に降り立った。

幸運にもガリア軍将校の制服を纏った男達が複数名立っており、胸の階級章も少将のモノであることを確認する。

まさか出迎えてくれるとはな。

 

「前線司令官とその将校達がお揃いとは都合が良い――」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

そして時は今に至る。

 

絶世の美女を前にして凍り付く数人の男達。一人は絶望しきった目で地面にへたり込んでいる。今にも泡を吹いて倒れそうな程に顔色が悪い。

司令官と副官達は呆然とセルベリアを見詰めている。未だに現実を直視できないようだ。

だが、ただ一人だけ。この場でセルベリアを前にして睨みつけている者がいた。

一般的な軍服に身を包んだガリア兵の男だ。

 

一人だけ見る眼が違う男にセルベリアは興味をもった。

ジッと兵士を観察すると、ある事に気づく。

 

「ん?お前は先程のガリア兵か。また会うとは奇遇だな」

 

なんと男はセルベリアが取り逃がしたあの兵士だったのだ。こんな所で遭遇するとは思わなかった。

その兵士――アルデンは鋭い目をより強くした。

もし眼光に人を殺す力があれば、セルベリアの体は既に致命傷だろう。

さぞかし恨まれたものだな。内心で苦笑する。

 

そこでセルベリアはある事に気づく。

――もしやと思った。

 

「もしかして、途中で敵が格段に強くなったのはお前のせいか.....?」

 

思い起こすのは先程まで激しい戦闘を行っていた第八戦闘団との戦い。

まるでセルベリアを倒すために作戦を立てた様な奇妙な動き。

ほとんどの敵がセルベリアの戦いぶりを見て呆然とする中、あらゆる手段を講じて遊撃機動大隊との戦いを有利に進めていった。

最初は精鋭ゆえにと思っていたが、あらかじめセルベリアの戦いを知っている者が作戦を立てた様な敵の動きに猜疑心は強まっていた。

 

そして自分から逃げおおせた唯一の男が目の前に、しかも前線司令部に居るという情報から予測を立てた結果。

その考えが口に出たのだ。

 

そしてそれは正解である。

 

セルベリアの言葉に表情を強張らせると。

アルデンは絞り出すような声音で言った。

 

「彼らと戦ったのか、第八戦闘団と....」

「部隊名までは知らないが隊長格の名前は最後に聞いたから分かるぞ。確かヴァルトと言ったか」

「っ!?」

 

信じられないとばかりに顔を青くさせたアルデン。

女の口ぶりからすると彼はもう....。

 

「彼は死んだのか.....?」

「ああ、私が殺した。強かったよ」

「っ!.....すまないヴァルト....!」

 

....彼が命を賭して稼いでくれた時間を俺は有効に使えなかった。正規軍を動かせなかった。

申し訳なさからアルデンは震える声で死んだ英雄に謝りの言葉を吐いた。

その様子を見ていたセルベリアは事もあろうに笑みを浮かべている。

桃色の唇から「フッ」っと微かに声が漏れた。

 

「何が可笑しい!」

 

馬鹿にされたと思い怒りの目でセルベリアを睨む。

彼の死を笑うと云うなら絶対に許しはしない。

そんな思いで見詰めているとセルベリアは首を横に振った。

 

「いや、馬鹿にしたつもりはないんだ。ただ、あの男も死に際に同じことを言っていたものだからな」

「なに?」

「『すまない、アルデン。お前が託してくれた情報を活かしきれなかった』と死ぬ間際に呟いたんだ。そのアルデンと云うのはお前のことだな?」

「.....ああ。だとしたらどうする.....」

 

俺を殺すか?....。

それもいいさ。もう睨む気力もない。

語られた言葉に力なく笑みを浮かべる。

あの英雄が俺を許してくれた様な気がした。もう疲れた.....。

 

だが、死を受け入れるアルデンに対して、セルベリアが次に言った言葉は、予想とは違うものだった。

 

「見事だ」

 

賛辞の言葉が送られた。

一瞬なんて言われたのか分からず反応が遅れた。

 

「......なにを言って?」

「最前線から生きて私の情報を持ち帰り。それによって私達は予想以上の苦戦を強いられた。それだけでなくお前の働きは今後の戦闘にも影響しかねないものとなるだろう。私にとって実に危険な状況だと言える」

「だったら尚更俺が憎いはずだろう」

「確かに憎い相手だ。だがそれはお前にとっても私は憎い存在だろう?お互い様だ。そしてそれ以上に私はお前に戦士として敬意の念をもった。故に私はお前達にこう告げる――投降せよ」

 

紡がれるのは冷酷な勧告。

それに反応したのは前線司令官だった。

 

「な!?降伏しろと云うのか私達に!」

「お前達は負けたが十分に戦った。その健闘を認めて、今すぐ全兵士に武装解除させればこれ以上の被害を与える事はしないと誓おう」

「ギルランダイオ要塞が健在の状況で我々だけが降伏するなど出来る筈がない!それに塹壕内に包囲している帝国軍を倒しさえすれば、まだ我が部隊に勝ち目はある!」

「......ですが閣下。ここで貴方を失えば前線で戦う兵士達の統制はつかなくなります、そうなれば包囲は瓦解し全滅は時間の問題かと」

「グゥッ!」

 

血を吐く様な表情で訴える前線司令官の男に副官の男が宥めるように言った。

この男は先程も撤退の進言を述べた者である。別に命が惜しくて言っている訳ではない。副官もまた無念の表情だ。嫌でも言わなければならない事があるのだ。

それでも諦め切れない司令官の男はセルベリアに視線を移す。

この女さえ倒すことが出来ればまだ何とか.....。

 

と、考えていた司令官の喉元に蒼白い線が走る。ピタリと突きつけられた槍の穂先に驚愕した。

その瞬間まで見ていた筈なのに避ける暇すらなかったのだ。それどころかいつ動いたのかすら視認できなかった。

 

「私をどうにか出来ると思うなら掛かって来るがいい。その時は後ろの天幕に隠れる兵士達もろとも、この場はお前達の血で染め上がるだろう」

「き、気づいて.....!?」

 

確かにセルベリアの言う通り、後ろの指令所には多数の通信兵が息を潜めていた。其処には非常時用の武器弾薬も置いてある。先ほど戦車部隊を呼びに行った副官が外の様子を伺い、武器を持たせた通信兵と共に飛び出そうと機を窺っていたのだ。

看破されていた事実に司令官の男は遂に観念した。

 

「分かった、降伏する.....!」

 

それが塹壕戦の終幕を告げる最後の言葉となった。

 

直ぐに前線司令部から各前線部隊に武装解除の命令が行き渡る。やがて戦場から聞こえる喧騒が次第に少なくなっていった。もう少し時間は掛かるだろうが完全に終息へと向かうだろう。

 

と、その時――

 

帝国兵によってガリア軍将校達が拘束される中、一人の兵士が飛び出した。

セルベリアに向かって走り出す。

気付いた兵士が寸前で取り押さえた。周りの兵士も応援に駆けつける。

数人の兵士で羽交い絞めにされながらも男はセルベリアだけを見て叫んだ。

 

「いつか俺は貴様の前に戻って来る!必ずだ!俺を殺さなかった事を後悔させてやるぞ死神ぃいい!」

「......いいだろう、その時は相手になってやる。それより死神とは何のことだ?私の名はセルベリアだ覚えておけ」

「ああ!覚えといてやるよ!何年経とうが忘れねえ!仲間の仇を討ってやる!俺はガリア公国軍国境警備隊第三歩兵班所属アルデン・ニケ軍曹!刻め!お前を倒す者の名だッ!」

 

一度は死を受け入れた男の胸に新たな火が宿る。それは復讐と呼ばれる黒い炎。身を焦がし呪った相手を燃やし尽くすまで止まらない。止まれなくなってしまった悲しい運命を背負う男は、この日をもって帝国の捕虜となった。数年後ある男との邂逅を果たすまでその火種はくすぶり続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

捕縛されたアルデンが連行されていく様子を眺めていた視線を逸らす。

逸らした先にギルランダイオ要塞が映った。

アルデンにも興味はあったが、今はこちらが先決だ。

 

「それにしても要塞から動きが見えないがどうしたものか」

 

要塞前まで来た時点で不思議に思っていたが。なぜか要塞内のガリア軍は一向に動く気配がない。

捕縛した前線司令官に訪ねてみたが、やはりと言うべきか教えては貰えなかった。尋問する時間も惜しいので聞くのは諦めた。後はガリア方面軍が煮るなり焼くなり好きにするだろう。

 

とりあえず、助けに動かないと云う事は要塞司令部は前線部隊を切り捨てたと云う事だ。

哀れなものだな味方に裏切られるとは。

 

「まあ、それは私も大差ないのかもしれんが.....」

 

現在所属しているガリア方面軍が古巣のニュルンベルク軍の様な仲間かと云えば首を捻らざるをえない。

マクシミリアン皇子が私をどう使うつもりなのか、何となくだが分かる。少なくとも手放しで喜べる状況ではないだろう事は確かだ。流石に後ろから撃たれる事はないと思うが気をつける必要があるだろう。

 

「.....早く殿下の元に帰りたいものだ」

 

ついつい弱音を吐いてしまったセルベリアは気を取り直して。

要塞上部に視線を移すと固定砲台が散発的に撃ち出し始めた。

敵がようやく混乱から立ち直り稼働を開始したようだ。

 

よく見れば城壁のトーチカ機銃がこちらを狙っていた。逆にこちらも狙い返してやる。ヴァルキュリアの槍から放たれる蒼い光弾が正確にトーチカを狙った。見事に光弾はトーチカの固い壁を貫き、内部のラグナイト燃料に引火して爆発した。それを数度行い城壁に取り付けてあったトーチカ機銃を破壊していった。城壁の上で兵士の驚く声が微かに聞こえる。

これでセルベリア達を邪魔する存在は一つだけになった。

背後に集結した遊撃機動大隊に声を掛ける。

 

「さて、諸君。そろそろ私達も働くとしよう、給料分は動いてもらうぞ。といっても既に給料以上の働きはしているのだがな。ボーナスは掛け合ってやる、あの御方なら存分に報いてくれるだろう心配することはない。ゆえに.......我ら遊撃機動大隊はこれよりギルランダイオ要塞を攻略する!」

「ハ!」

 

セルベリアの号令の下に。

遊撃機動大隊は休む暇もなく要塞攻略に乗り出した。

まずはその手始めだ。

 

「下がっていろお前達.....」

 

先頭に立つセルベリアがおもむろに、ヴァルキュリアの槍を、要塞の門に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

要塞司令部は混乱を極めていた。

ダモン将軍不在という件に加えて前線司令部との通信が完全に途絶。その他の部隊とも連絡が取れなくなってしまった為だ。前線司令部が降伏したとの報告を最後に二度と繋がる事は無かった。

そのせいで不確かな情報が錯綜している。

 

「前線司令部が降伏したなんてあるはずがない!これは敵の情報戦術だ!」

「守備隊を早く城壁に回せ!帝国軍が攻めて来るぞ!」

「守備隊だけで守り切れるわけがないだろ!やはり正規軍を早く出すべきだったんだ!」

 

敵の罠である事を訴える者や慌てた様子で指示を出す副官。前線部隊が突破された事に混乱した男の怒声が響く中、それを後ろで見ていた老人将校がここで口を開いた。

 

「落ち着け!お前達までその様では余計に皆が混乱するだけだ!」

「ですが閣下」

「だから落ち着けと言っている。恐らく帝国軍は直ぐには攻めて来ぬだろう、観測塔からの報告では要塞前に集まっている帝国軍は大隊規模程度と聞いている。その数で要塞攻めをするはずがない。それに塹壕の軍を片づける必要があるからな」

「た、確かに....」

 

帝国軍が直ぐに動く事がないと分かり冷静を取り戻す。この状況においても泰然とした将校の態度に安心感を得たのだ。

相手を落ち着かせるならまずは自分から。長いこと戦場に立った経験が彼にそれを教えてくれた。

潜った修羅場の数が違うのだ。冷静に対処すれば何とかなる。帝国軍と戦うのは何も初めてではない。

 

「安心せい、帝国の重戦車でも壁の門を破壊する事はできんよ....」

 

確かにその通りだ。過去の大戦から学び改修を重ねたギルランダイオ要塞の強固な壁は、重戦車の砲弾ではビクともしない代物となっていた。

だが、今回の敵が今まで戦ってきたどの敵とも該当しない存在である事を彼はまだ知らない。

 

事態は唐突に始まった。

 

最初に知ったのは光。それも只の光ではない、蒼い光の爆発が要塞を一瞬だけ白く染め上げたのだ。直ぐ後に遅れてやってきたのは音。これもまた尋常ではない音で。要塞に居る全ての者の耳にその轟音は届いた。

そんな明らかな異常がいきなり要塞の壁側で起きたのだ。

他の者が驚きで固まる中、将校だけが動いていた。

上階に駆け上がり外の様子を見渡せる観測窓から覗く。途端にしわがれた声が喉を鳴らした。

 

「おお、なんということだ!」

 

目に映る光景が信じられなかった。

 

なんせ敵の侵入を阻む鉄壁の盾と確信していた要塞の門に、あろうことか巨大な穴が出来ているではないか!

切り取ったかのようにポッカリと綺麗な円形の痕が形成しており。人だろうが戦車だろうが簡単に素通り出来るだろう大きさだ。もはや防衛機構としての存在意義を失っていた。

だがそれ以上に驚くべきは。

 

「信じられん!まさかあの数で要塞攻めを行う気か!?」

 

そのまさかである。

将校の眼下に要塞前の帝国軍が動く気配を見せたのだ。

すぐさま要塞司令部に将校の声が響いた。

 

「全員傾注!たったいま壁が突破された!全守備隊を広場に集結させよ!敵を入れてはならん!急げえええい!!」

 

一瞬の間の後に.....。

室内は激しい喧騒に満ちる。

要塞内の各守備隊に向けて一斉に指示を出し始めた通信兵達。

 

下階に降りた将校は副官達にこの場を任せると、自らは部屋を出て行った。

 

どこに行くのか?

たった一つしかない。最高司令官たるダモンの部屋だ。この上はダモン将軍の正規軍に頼るしか他あるまい。

 

部屋まで続く廊下が今は無性に長く感じながら。

 

久しく見せた事のない駆け足で急ぐ。

 

老いた体に鞭打って、息を切らせた将校の目に司令官室の扉が映る。

 

先んじて呼びに行かせていた部下達が困った様子で扉の前に立っていた。帰って来ないから予想していた事だが思わず荒々しい声音で叱声を飛ばした。

 

「お前達何をしている!なぜダモン将軍を呼んでこないのだ!」

「か、閣下!?どうしてここに!」

「違うのです何度お呼びしても返事がないのです!」

 

怒りの表情で迫って来る将校に驚く男達。

慌てて弁明をした。

将校のあまりの気迫に皆たじたじになっている。

 

「.....なんじゃと?返事がないだと?」

 

訝しむ将校に全員が一斉に首を振る。

その様子に嫌な予感を覚えた将校は。並みいる部下達を押しのけて扉の前に立った。

 

「ダモン将軍!至急お伝えせねばならぬことがあります!よろしいか!」

 

問いかけると云うよりは金貸しの引き取り業者の如く叫ぶ。悠長に構えている余裕もなかった。

だが、将校の問いに扉から返ってくるのは無言の間。

部下の言った通り返事がない。

何かあったのだろうか.....。

ドンドンと扉を強く打ちつけるも変わらず。扉は開かない。

 

「開けますぞ!ダモン将軍!よろしいですな!ダモンしょ.....」

 

とうとう我慢できず返答もないままに扉を開ける。

 

開かれた部屋の中を見て絶句した。

 

ゆっくりと室内に足を踏み入れ辺りを見渡す。

 

――なるほど、道理で返事もないはずだ。

 

なんせ()()()()()()()のだから。

 

そう、司令官室は蛻の殻だった。入室した将校と部下以外は誰の姿も部屋には無かった。

 

隈なく視線を彷徨わせていた将校の目にある物が映る。

 

白いテーブルクロスの上に置かれたソレは。

 

嫌味なくらい綺麗に食べ終えた空の皿であった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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