あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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二話

「お、おいあの御方、ラインハルト様じゃないか!?」

「本当だ!なぜこのような所に殿下が.....!」

 

城を出た二人は馬上の人となって帝都の城下町に居た。

透き通った白陶器のように見事な艶皮を持つ白馬に乗ったラインハルトは町並みを眺めながら進み、興奮した様子で手を振る民に笑顔で手を振り返していた。

灰色の馬に乗ったセルベリアが直ぐ後ろをついて来る。

二人ともひどく目立っていた。

白馬の王子を体現するラインハルトに絶世の美女のセルベリアなのだから当たり前だ。

しかしラインハルトの人気ぶりが凄まじい。

 

現にラインハルトの端正な笑みに婦女子達の黄色い歓声が通りのあちこちで響き上がっている。

 

それを無表情で、しかしどこか面白くなさそうに見ているセルベリア。

それに気づいたラインハルトが、

 

「どうしたセルベリア?民たちの前で浮かない顔をしてやるな」

 

巧みに馬を操りセルベリアの横手に並び言った。

 

「は、申し訳ありません。いえ、少々驚いていました。なぜこんなにもこの者達は好意的なのだろうと」

 

民衆を見ながらセルベリアは口にする。

内心の大部分を占めていた感情を押し隠しながらも実際に疑問に感じていた事をラインハルトに聞いてみた。

 

巷ではラインハルトのことを揶揄する言葉がある。すなわち『帝国の虚け者』である。誰が広めたか知らないがいつの間にか帝国界隈ではこんな笑い話が立つ。「ラインハルトはアホ皇子なのだそうだぞ」と。

初めてこの話しを聞いた時は怒りで我を失ったほどだ。噂を流した出所を調べて張本人を縛り首にあげようと躍起になった事もある。その時はラインハルト自らが気にするなと諌めた事で落ち着いたが、今でも犯人が目の前に現れようものなら一刀のもとに切り伏せ、直ぐには殺さず自らが行った愚挙を後悔し末代まで絶望させるほどの拷問にかけてやる。

 

城の貴族共も腰に帯びた軍刀で叩き切ってやろうかと何度本気で考えただろうか。

エントランスでラインハルトを待つセルベリアに言い寄って来た男どもの事を思い出すと無意識に眉間に皺が寄る。

お茶の誘いを受けてくれだの、いかに自分が素晴らしい人物であるかなどと下らない戯言を述べるだけでは飽き足らず、よりにもよって自身が最も敬愛している人の悪口を言い出す始末。

「あなたほどの人物がラインハルト皇子の元に居るのはあまりにも勿体ない。その御力は帝国の為に使われるべきだ。つきましては我がウィップローズ家が手助けいたしましょうぞ」などと言ってきた小太りの貴族にいたっては「なにがウィップローズだお前などボンレスハムで十分だ。失せろ下郎」と反射的に言ってしまいそうだった。

必死に口を結んだが視線は射殺すほどの殺意を込めていたのが自分でも分かる程だったが。

なぜか小太りの貴族は恍惚の表情で嬉しそうに去って行った。

今思い出すだけでもむかっ腹が立ってきた。これから引き返して闇討ちでもしてやろうかと考えてしまう。

もちろん、ラインハルトを守り抜く事こそが自身の使命であり最優先事項と考えるセルベリアがラインハルトの傍を離れるはずもないのだが。

 

話しを戻すが、つまるところ帝国臣民のラインハルトに対する感情が伝え聞いた噂に反して、驚くほど好意的な反応にセルベリアは戸惑っていた。どうして歓声を上げる少女たちは熱に浮かされたようになり、子供達は英雄を見るような輝かしい目でラインハルトの名を呼び、挙句の果てには大人たちや老人の中には跪き祈りを捧げている者達までいる。その者達がなぜ崇拝するような目でラインハルトを見ているのか、セルベリアには分からなかった。

首を傾げるセルベリアの為にラインハルトは軽い口調で説明する。

 

「それはだな、もう二年前になるが城下に頻繁に訪れていた時期があってな。ある時そこで民の声を聞き、困っている事があるようなら助けてみようと思ったのだ。単なる気まぐれだったが、思いのほか楽しくてな調子に乗ってしまった。最初は確か教会の老婆を送ってやった所から始まって落とし物を拾ったり迷子を助けたりしていたのだが段々とエスカレートしていったのが悪かった。ひったくりを捕えたり襲われかけていた女性を助けたり、若人衆と浄水システムが壊れた浄水路の修理をしたこともあったな。そうそう他にも当時帝都中に蔓延っていた麻薬の密売組織を警察の人間と検挙した事もあった」

「.....」

 

出るわ出るわラインハルトの口からぽろぽろと驚きのエピソードが。

呆気にとられるセルベリアに気付かないラインハルトは思い出すように目を細める。

 

「だがやはりあの一件からだろうか。これほどの高まりになったのは」

「そ、それはいったい?」

窒扶斯(チフス)の治療だ。まあ治療といっても俺は対応策を作っただけなんだがな。帝都からチフスが消えたのは一重に医師や周りの人間達の頑張りがあったからだ。あれがなければ俺だけではどうしようもなかった」

 

己の力の至らなさを痛感するように力なく首を振るラインハルト。それをセルベリアはぽかんと口を開けて見ている。

 

窒扶斯とは古代ヨーロッパ時代から存在する伝染病の一つで、過去に数万人の命を奪っていたこの病魔は多くの人々から忌み嫌われている。現代でも数年前まで対処法は確立しておらず、ヨーロッパ世界の各地で病に侵された民は絶望の声を上げていた。

悪名で知られる病の一つをラインハルトは克服したと言ってのけたのだ。

 

もし嘘だったら打ち首獄門でもおかしくない行いだが、セルベリアは聞いたことがある。二年前の南方戦線にいた頃。一人の若い兵士が天幕に飛び込み嬉しそうに言ってきたのだ。

「帝都でチフスの治療法が見つかった!これで家族が助かる!主に感謝を!!」と叫びながら号泣していた兵士が印象的で覚えている。

 

「で、ですが確か治療法を見つけた医師はガフナーという男だと帝国政府は公表していたはずでは」

「間違っていないさ。言っただろう医師の助けが必要だったと」

 

先程の会話を思い返せば確かに言っていた。あっと声がこぼれる。

 

「その男がガフナー医師ということですか?」

「ああ」

 

ニヤリと笑みを浮かべ頷くラインハルト。ニヒルなラインハルトの笑みに心を射抜かれる少女たちが続出する中セルベリアは頭の整理が落ち着かない。

 

少しの間を空けてようやくまとめる。こういう事だろうか。『教会の老婆を助ける』➡『ひったくりを捕える』➡『強姦から女性を救う』➡『帝都の者達と汚染した浄水路を清掃・修理』➡『警察と共同して麻薬密売組織の検挙』➡『チフスの治療』これら全てをラインハルト指導で行ったらしい。

 

整理がまとまりセルベリアはラインハルトに勢いよく顔を寄せる。

 

「危険な事をし過ぎです殿下!なぜ徐々に難易度が上がっているんですか!?後半に至っては一歩間違えれば死んでいたかもしれないんですよ!」

「おお!?落ち着けセルベリアっ」

「落ち着けるはずがないじゃないですか、貴方が死んでしまっていたら私は生きる意味を失ってしまう.....貴方が死んだら.....うぅ」

 

激昂したと思ったら今度は赤い瞳を潤ませ始める。どうやらラインハルトが死んでいたらのシチュエーションを想像してしまったらしい。

 

ギャップ兵器次弾装填の音が聞こえた気がして、ラインハルトはそれを阻止しようとセルベリアを宥める。

 

「悪かった。もうお前が傍に居る限り危険な事はしない、誓おう」

「....はい、私が居る限り殿下を危険に晒させはしません」

 

泣きそうな顔を堪えて凛々しい表情になるセルベリアだが瞳の眦にある涙に気付き、ラインハルトは指で拭きとろうとする。

 

「で、殿下!?」

「動くなじっとしていろ...」

「あぅ.....」

 

セルベリアは顔を真っ赤にして小動物のように縮こまる。

近い、近すぎます殿下!

息が掛かる程に近い。馬上のため詰め寄った際に顔を近づけた所為だ。

ああ、相変わらず殿下は美しい....。いやそうじゃない!早く離れなければっ、し、しかしこんな機会は滅多にない...!ああどうすればいいんだ!?

 

合戦場でもこうは迷わないだろう。数多の戦場を潜り抜けて来たセルベリアは常に即決果断を旨として行動してきた。数々の窮地を生き延びるためには一瞬の躊躇いさえ命取りになるからだ。

しかし今のセルベリアは出たての新兵のように固まって動けない。

 

「帝国政府には俺から名前を公表しないよう仕向けたのだが、元患者である彼らは俺が裏に居たことは知っているからな、こうして慕ってくれている。理解したか?」

「ひゃい!」

 

結局ラインハルトの方から離れるまでピタリと硬直していたセルベリアだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「何やってんだあの皇子は?」

 

望遠鏡から目を離した男はチッと舌打ちをした。

 

「こんな街中で目立つような事しやがって、仕事がしにくいだろうがよ。噂通りの馬鹿皇子かあ?くそッタレが」

 

頬に傷のあるその男はスコープを置き胸元から取り出した煙草をくゆらせる。

煙をゆっくりと肺に取り入れながら考えを巡らせる。息を吐くと同時にシビレを切らした横合の青年が声を掛ける。

 

「どうします?このまま撃ちますか」

 

そう言った青年は、狙撃銃を構え何かを狙っているような態勢でスコープを覗いている。

目標は数百メートル先の白馬に乗っている金髪碧眼の男だ。

 

「いいや、ダメだなこりゃ民衆が集まり過ぎている。皇子が死ねばパニックになるだろう、帝都が混乱に包まれる。それは上の人間も望んでいない、別の地点で殺るぞ」

「どこです?」

「好都合な事にあの皇子は馬に乗っている。どうやら鉄道は使わないらしい。手間も予算も省けて助かるぜ。なあお前ら?」

 

傷有りの男は笑いながら振り返る。薄暗い部屋の中には十数人の武装した兵士がいた。男の言葉に暗い笑みを浮かべながら兵士達は物音一つ立てない。不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「当初予定していた列車襲撃案は変更だ。地図を持ってこい」

「はっ」

 

部下に地図を持って来させた傷有りの男は、紫煙を吹きながら楽しそうに眺める。

 

「皇子の自領であるハプスブルクがここだ。帝都から三日ってところか、此処から繋がる交道は幾つかあるが.....ここだ。この山合いで山賊に扮して襲撃をかける。いいな諸君?」

「はっ」

 

締めくくるように傷有りの男はニンマリと笑い言い放った。

 

「それでは『ラインハルト皇子暗殺計画』を続行しようか」

 

 

 


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