あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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三十話

()――――――イ!!!」

 

自らが破壊したギルランダイオ要塞の門を潜り抜け、その内部にセルベリアが足を踏み入れた瞬間。男の怒声が上がり。

同時に、ありとあらゆる方位から激しい銃声が轟いた。

広場に集結していた守備隊歩兵たちの一斉射撃が敢行されたのだ。

降り注ぐ射撃の雨が、ただ一人。セルベリアだけを狙い迫りくる。

弾雨は一瞬で目標に到達し、セルベリアのみならずその周囲を瞬く間に穿つ。地面は弾丸によって何度も掘り起こされ、土煙が舞う。

本来であればそれらに混じって血肉がはじけ飛ぶ光景が要塞守備隊の目に映るはずだった。

だが、弾雨が到達する寸前でセルベリアの体は霞んでいた。

 

「な、消えた!?」

 

勿論そのような能力をセルべリアは持っていない。

消えたと錯覚する程の速さで駆け出しただけだ。

瞠目する兵士の目の前に、次の瞬間セルベリアは現れる。

まるで魔法のような速さに驚愕の表情が拭えない兵士。手に持つ銃のトリガーを引く暇もなく、ヴァルキュリアの槍を腹部に突きつけられ。

 

一拍後。蒼い閃光が兵士の目を焼いた。

 

撃たれた痛みに悲鳴すら上げる事もできず意識を失い、それだけで終わらず。

放たれた一条の光は兵士の腹を貫通した後も、その後ろに控えていた何十人という兵士達を貫いていった。

細く途切れる光。立っていた兵士達が苦悶の声をもらしバタバタと倒れていく。

 

「――悪いが最初から全力でいかせてもらう!」

 

艶めかしい紅い唇から呟かれた言葉の後にセルベリアは。手に握る槍に力を込め。横凪に一閃する。

剣のように刃で斬るのではなく、鈍器で打つという感じで。

グシャリと頭を粉砕されて。一人ではなくまとめて三人の敵が、振り回された槍の一撃で命を奪われた。頭部を失った三っつの残骸が固い地面に崩れ落ちる。

 

どよめく守備隊を前にセルベリアはさらに槍を右殴りに振り回す。やはりそれだけで三人以上の血しぶきが上がった。その様は雑草を鎌で刈り取るかの如き気安さで、無造作に行われていく。

何度も、何度も。

やがて乱舞するヴァルキュリアの槍が数多の兵の鮮血で真っ赤に染まる頃には屍の道が出来上がっていた。

 

この時点で既に守備隊員は五十人近くが戦闘不能に陥っていた。

セルベリアが要塞に突入してまだ一分と経っていない。

僅かな時間でこれほどの状況を生み出した要因はセルベリア個人の強さもあったが、やはり一番はヴァルキュリアの槍から放たれる蒼い閃光の賜物だろう。

先の塹壕戦のような障害物もなく、物資の集積地としても使われる開けた地形であることも功を奏し、槍の光が放出されるたびに、多くの守備隊歩兵が貫かれていく。

 

あまりにも理不尽。

今も捉えきれない速さで動くセルベリアに向けて放つ銃弾はむなしく空を切り。ようやく被弾したかと思えばセルベリアの持つ盾の恩恵によって無傷という悪夢のような光景が現在進行形で起きていた。

 

さらには要塞に侵入する敵を迎え撃たんと密集陣形を組んでいたため、瞬く間に陣中に入り込み、乱闘劇を繰り広げているセルベリアに対してガリア守備隊歩兵は上手く対処を取れないでいた。

フレンドリーファイア――つまりは同士討ちになる可能性が高く、ガリア兵達はおいそれと撃てなくなってしまったのだ。覚悟を決めて撃つ者も中にはいたが、人間離れしたセルベリアの動きにあっさりと躱されてしまい、その射線上の先にいた味方に被弾する。

そんな状況が広場のあちこちで頻発していた。

 

「待て撃つな!味方に当たる!距離を取って囲い込め!」

 

慌てて撃ち方を止めるよう指示を出す指揮官の声が上がるのと、時を同じくしてセルベリアも声高に叫んだ。要塞の外に向かって。

 

「作戦を開始する!」

 

合図をきっかけにして、破壊された要塞の門から、颯爽と帝国軍が突入してくる。

黒を基色として青の刺繍が刻まれた軍服に身を包む兵士達。

命令あるまで門の近辺で待機していた遊撃機動大隊だ。

主の許しを今か今かと待ち望んでいた彼らは、鮮やかな動きで隊列を組むと、射撃体勢を取る。

狙いはセルベリアに気を取られて背中を見せている前方の密集陣形を組むガリア守備隊歩兵。

だが当然彼ら遊撃機動大隊の射線は先んじて敵陣に斬り込み、その半ばに入り込んだセルベリアまでもを射程内に入れてしまっている。

このままでは味方に撃たれてしまう状況で。

 

「構わん、私ごと撃て!」

「なっ!?」

 

なんと自分ごと撃つよう部下達に指示を下すセルベリア。

敵の指揮官が呆気にとられる中、命令を受けた遊撃機動兵は一切の躊躇もなく、構える銃のトリガーを引いた。

一斉に放たれた弾幕がガリア兵を目掛けて襲いかかる。驚きと悲鳴が入り混じり。

 

「ば、馬鹿な、指揮官自らを囮にして、それごと撃たせるだと!?ふさげるな!こんな非常識な戦術見た事無いぞ!」

 

背後から撃たれて倒されていく目の前の兵士達に、ガリア軍の指揮官は驚愕する。

それもそうだろう、目の前では銀髪の女が自らの部隊と思われる帝国兵の攻撃に晒されるのを、片手の盾で防ぎながら、もう片方の槍で光を放ち続けているのだ。

味方に撃たれながらも、それを意に介さず敵を討ち続けるという常識はずれにも程がある光景に目を疑う。無謀すぎる蛮行だ。

 

しかしその効果は絶大だった。

接近戦を仕掛けたセルべリアによって密集陣形で構えていたガリア守備隊の内部は蹂躙された。

その脅威から逃れようとチリジリになったならば、突入して来た遊撃機動大隊の攻撃により各個撃破される。

大隊の攻撃を対処しようと相対すれば、今度はセルベリアが無防備な背中をヴァルキュリアの槍でなで斬りにするのだ。これではまともな反撃すら許されない。

そうして、暴れまわるセルベリアの御蔭で遊撃機動大隊はろくに死傷者を出すことなく守備隊を掃討していった。

あまりにも理不尽な光景に、

 

「......っ。認めない!こんな戦いを俺は認めん!!蛮人どもがああああああ!!!」

 

指揮官の男が、構えるマジェックスM1を乱射させ、最後の抵抗を試みるが。

撃ち出される銃弾は空しく宙を切り、男の目の前に青い影が迫った。

 

「あ....」

 

意味のない乾いた音が喉から漏れる。呆気にとられた男の前に、セルベリアが現れ。次の瞬間、横凪に振り払われた凶刃が男の頭と胴を泣き別れにしていた。

 

「......現実を受け入れられない者から死んでいく、ここはそういう世界だ」

 

地に転がる骸に向かってそっと言ったセルベリアは、広場を見渡す。

数百からなるガリア兵の骸がそこかしこに散見していた。立ち上がる気配のある者は居ない。

指揮官の男を最後に、広場に集結していた敵兵は全滅した事が分かる。

 

「これでひとまずは要塞の守りを崩せたか。あとは後続の軍を呼び込めば勝利は確定するな」

 

要塞前面の広場を完全に帝国軍が制圧した事を確認したセルベリアは、ふうっと息を吐きヴァルキュリア化を解いた。体から立ち昇る蒼い光が治まると、槍と盾が自動的に形状を変える。短剣程になった槍と小さな盾。

如何なる原理でそうなるのかはセルベリアも知らない。

 

唯一解明している事実は、この状態では古代ヴァルキュリア人が残した遺物の恩恵をセルベリアは受けられないという事だ。つまり戦場で見せたような見えざる力で銃弾を弾く事が今はできない。

広場のガリア守備部隊を全滅させたことで張り詰めていた緊張の糸を緩めてしまい、ヴァルキュリア化を解除してしまう。

 

瞬間――セルベリアの背が粟立った。

 

「ッ!」

 

危険を察知したセルベリアは咄嗟に床に伏せる。

その一瞬後、頭のあった位置に一発の弾丸が通り過ぎ、地面に着弾する。

反射的に回避していなければ、眉間を撃ち抜かれていただろう。

広場に生き残りは居なかった。周囲にも敵の気配はない。

つまり、

 

「狙撃か!いったいどこから.....っ!」

 

すぐさま敵狙撃兵に狙われてる事に気づき、狙撃地点を探すセルベリア。だが探している間にも、敵は待ってくれない。少しの間を空けて次の弾が飛来した。キン!と甲高い音が響く。

運良く掲げていた盾に当たり、かろうじて防ぐ事に成功した。

 

.....危なかった!あと少しズレていたら撃ち抜かれていたかもしれない。

冷や汗が頬を垂れる。歯噛みしたセルベリアは頭上を睨む。

 

......未だ背筋は冷たさを残すが、御蔭で狙撃兵の居所は掴めた。

セルベリアが睨む先は要塞各所に屹立する尖塔の頂点だ。

 

―――敵はあそこに居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「要塞司令部に報告!要塞内部広場が帝国軍によって制圧された模様!増援は間に合わなかった!繰り返す増援は間に合わなかった。何て奴らだ!侵入してまだ五分と経っていないんだぞ!?.....クソッ!最悪だ要塞前の帝国軍まで動き出しやがった!.....」

 

戦場全体を見渡せるであろうギルランダイオ要塞の尖塔内部。其処にはガリア軍の要塞観測班が戦場の移り変わりを逐一要塞司令部に報告していた。

彼らの報告を元に要塞司令部の通信士は前線司令部に情報を送っていたのだ。

だが前線のガリア国境警備隊が敗れた今、その機能は果たせずにいた。

よって観測班には撤退命令が出ていたのだが、彼らはそれを良しとせず最後まで司令部に情報を通信する事を決意した。

正しく決死の覚悟だった。この塔を枕に討ち死にするきなのだ彼らは。

そしてそれは尖塔の屋上に腰を据える狙撃兵の男もまた同じ想いだった。

 

「クソッたれ!この俺が二度も外すなんて.....!なんて悪運の強いやつなんだ!!」

 

苛立ちを隠さず、狙撃兵は悪態を吐きながらスコープを再度覗く。

望遠レンズによって集束した視線がターゲットを捉える。

焦点を定めるのは忌々しい銀髪の女だ。

見た目とは裏腹に同胞を何十人と葬り去る化け物のような存在。

広場で行われた戦闘とも言えない一方的な殺戮劇に興じていた光景を狙撃兵は見ていた。

故に男はあの女の恐怖を思い知らされた。

信じられないことだが、あの化け物には如何なる攻撃も通用しなかったのだ。

 

「だからこそ、油断した瞬間を狙ったっていうのに!....っなんて勘してやがる!」

 

最初の一弾で決めなければならなかったというのに。

寸前で躱されるとは夢にも思わなかった。

そのせいで焦ってしまい第二撃目を半端な狙いでトリガーを引いてしまい、盾で防がれてしまった。致命的なミス。

最悪な事にそれで自分の居場所を教える事になってしまった。

 

「っ!?」

 

スコープ越しの視線に爛々と輝く紅い瞳が衝突したのだ。

見つかった!

普通であればこの距離を肉眼で捉えるのは不可能だ。ただの偶然だと判断するべきだろう。まだ捕捉されたと思うのは早計のはずだ。

だがそうではない。確かにあの女と視線が合った。視認されたのだ。

現に女は塔の上に立つ俺から一切目を離さないではないか。

獲物を狙う捕食者のような紅い瞳が完全に男を捉えていた。

ゾッと恐怖を覚えた。構える狙撃銃がカタカタと震える。

 

「――っクソッタレ!死ねよ化け物!!」

 

恐怖を振り払うかのように吠える狙撃兵は、叱声の勢いのままにトリガーを引いた。

重い鉛のような心とは裏腹に軽やかな炸裂音と共に射出された弾丸は一直線にターゲットの元に向かい。

 

その動作を()()()()セルベリアは身体を半身に逸らし、撃ち込まれた狙撃弾頭を鮮やかに躱すと。

途端にヴァルキュリアの槍を構え、蒼い光の槍を解き放った。

 

「.....神よ」

 

絶望が込められた声が男の口から漏れる。

 

――――視界に迫る蒼い光の輝き。

 

それが狙撃兵の男が最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

鋭利な美貌をしかめて、セルベリアは胸元に手を当てた。

 

「っ.....。流石に引き金を引いた後で躱そうとしたのは無謀だったか」

「隊長!怪我を!?早く衛生兵を.....!」

「いや、問題ない、かすり傷だ。それにこの状態なら傷もすぐに治る」

 

躱しきれたと思ったのだがそれは思い上がりだったらしい。胸の辺りを掠めてしまったのか、じわりと血が滲むのを見て苦笑する。

駆け寄った兵士が慌てて衛生兵を呼ぼうとするのを止めさせた。

ヴァルキュリア化の恩恵に治癒力の向上もある。この程度なら支障は出ない。

 

セルベリアは尖塔に向けていた槍を下げる。

.....もう狙撃される恐れは無いだろう。

 

見上げる視線の先、光線に貫かれた尖塔はその頭頂部を消失させていた。

爆発の余波で今も噴煙が塔の先端から昇っていく。

奇跡的に倒れる事こそなかったが、もはや観測塔としての機能は完全に失っていた。

 

威容を欠いた哀れな塔を見上げていたセルベリアの背後から報告が上がる。

 

「要塞前のガリア方面軍が要塞攻略に向けて動き出しました。増援がもう間もなくやって来ます!」

「そうか、ようやく来たか。指示を出したのはグレゴール将軍か?」

「いえ、確認したところエドワーズ中佐の命令と判明しています」

「エドワーズ....?聞かない名だな。.....まあいい、それより向こうの増援も到着したようだ」

 

要塞中央の巨大な建物の門より、巣穴から這い出た蟻のようにワラワラと大勢のガリア兵が飛び出して来た。

即座に遊撃機動大隊が迎撃を開始する。瞬く間に銃撃戦が始まった。

セルベリアはと云うと、何故か動かず周囲を見渡していた。

やがて頷くと、ハインツ達に指示を出す。

 

「このままでは消耗戦だ。その場合、少勢である我々ではこの広場を支配できない。故に我々は敵の首を取る」

「なるほど、つまり敵司令部を強襲するのですね」

「そうだ、この場は後ろのガリア方面軍に任せるとしよう。丁度良く到着したことだしな....」

 

要塞の門から帝国軍が侵入して来るのを見て、

セルベリアはおもむろにヴァルキュリアの槍を建物の一部に向けると。

凛とした声が広場一帯に響いた。

 

「大隊総員に告ぐ、私に続け!」

 

放たれる光、轟音と共に施設の壁が崩壊し、セルベリア達は一気に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより室内戦闘に移行する!目標はたった一つ、敵司令官の首だけだ!私達の手でこの戦いを終わらせるぞ!」

 

要塞内部に侵入を果たした遊撃機動大隊率いるセルベリア。

その身から蒼い光を立ち昇らせ、通路を進み。黒衣の兵士達が後ろから追随する。

要塞司令部を目指す途上、異変に気づいたガリア兵がセルベリアの前に立ち塞がるが。ヴァルキュリアの槍で悉く障害を一掃する。

緊急のバリケードを築こうとする工作兵も、必死に食い止めようとする守備部隊も、彼らの抵抗はすべからく無駄に終わる。

先頭に立つセルベリアが放たれる銃弾を一手に引き受け、その全てを見えざる壁によって弾いていき。槍から放たれる光が邪魔な障害をバリケードごと吞み込み、後に残るは無人の空間。

ガリア兵の抵抗を意に介さず、セルベリア達はどんどん要塞内の奥に向かって突き進んでいった。

 

やがて......。

 

「たったいま要塞司令部と思われる部屋の制圧に成功した。だが既に部屋に人の姿はなかったことから、恐らくは拠点を放棄したと思われる。私達はこれから逃亡した敵の士官を追う、お前達は念のため要塞近くまで来ていてくれ。固定砲はもう機能していないから危険はないはずだ.....」

 

そう言うとセルベリアは手に持つ無線マイクを口元から離し、通信兵にマイクを返した。

視線の先には無人の部屋が映る。

数多くの機械がそのままの状態で残されており、寸前まで人が居たであろう痕跡が確認でき。

よほど慌てていたのか書類の紙が何枚も床に散らばっていて、その上を踏んだ幾つもの足跡が残されている。

 

ほんの数分前まで確かに此処が要塞司令部だったのだと、かろうじて分かる。

セルベリアは要塞司令部から廊下に出た。

 

「まだこの要塞内に居るはずだ探せ!なんとしても見付けて捕縛しろ!」

 

絶対に取り逃がす訳にはいかない、男の名は。

 

「ゲオルグ・ダモン司令官を逃がしてはならない!」

 

ダモン将軍がこのギルランダイオ要塞に居る。その情報を知ったのは先程の事だ。捕虜としたガリア兵の一人から司令部の場所を聞きだした時に、一緒にその名が飛び出したのだ。

ガリア軍最高司令官を捕まえる千載一遇のチャンスにセルベリアは意気を燃やしていた。

最高司令官の身柄を確保したとなっては戦争の早期終結を望めるかもしれないからだ。

あるいはその功績で戦場から退くことが可能になったとしても可笑しくない。

そうなればセルベリアがガリア方面軍に居続ける理由もない。

つまり、

 

「この戦いが終われば殿下の元に帰れるかもしれないな.....」

 

勝手な考えでしかないが、そう思えば嫌でもヤル気が湧き上がる。

この戦場で蓄積していた疲れもどこかに吹っ飛んでいった。

 

セルベリアは意気揚々として廊下を進み、司令官室を目指す。

邪魔をする敵はいない。遊撃機動大隊の部隊が先に進み、露払いしてくれているのもあるが、ガリア軍は要塞自体を放棄する考えに至ったようだ。

要塞前部から続々と後退を始めている。司令部を守りきれない以上は仕方ない事だろう。

なのでギルランダイオ要塞の集積地広場を始めとした、その多くが現在、帝国軍の侵入を許していた。

とはいえ今も激しい銃撃の音が遠くから聞こえている。最後の時間稼ぎだろう。

 

「セルベリア大隊長殿!司令官室の制圧を完全に行いました!ですが.....」

 

先行させておいた小隊の一人がセルベリアに駆け寄り報告する。なにやら言いよどむ兵士に、

 

「どうした、何かあったのか?」

「はい。それが、司令室に突入したところ、ガリア軍の高級将校が.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長テーブルの奥、部屋の中央に置かれた椅子に一人の男が座っている。

眠ったように目を瞑り、身動き一つしない。

事実、彼はもう目を覚ますことはないだろう。

ガリア公国の軍服は血に濡れていて。床には拳銃が転がっていた。

 

それが入室したセルベリアの目に映った光景だ。

 

ゆっくりと部屋の中に入ったセルベリアは安らかな死に顔を見せる老人将校をジッと見て。

背後に立つハインツに問いかける。

 

「この男は何者だ?名のある将と見たが。まさかダモン司令官ではないだろうな......?」

 

胸章に描かれたエンブレムから少将という事が分かるから、恐らく違うのだろうなと思うが一応聞いてみる。

やはりハインツは首を振って。

 

「違います、確認したところ要塞に常駐する『ガリア軍要塞守備隊』に属する士官の一人だと思われます」

 

その言葉を聞き、セルベリアは落ちていた拳銃を拾う。ガリア公国の国旗が刻まれたそれは高級士官だけが持てる代物である。

 

「間違いなく凶器はこの拳銃、心臓を一発、即死だな.....」

「はい、見事な死に様です」

「.....やはり自決か。だが何故だ?」

 

ダモン将軍ではない事が判明しますます怪訝に思う。

他の士官が退却している中、なぜこの男だけが司令官室で死んでいるのか。全く意味が分からない。

言い知れぬ不安感がセルベリアを襲う。

この将校の死の真相を知る必要がある。直感だがそう思った。

少しだけ考えてみる。

 

・必死に抵抗するガリア兵。

・放棄された無人の司令部。

・将校が自決した司令官室。

・ダモン司令官の不在。

 

「.....なんだこの違和感は?」

 

喉に引っかかった小骨のような、もどかしい感覚。

何かを見落としてしまっている気がする。だがそれが何なのか分からない。

 

「そもそもなぜこの将校は司令官室に来た。要塞を守り切れなかった負い目から責任を取ったとも考えられるが、それなら司令部でも構わないはず。わざわざこの部屋に来なければ行けなかった理由はなんだ」

 

考えるセルベリアの視線にふとテーブルの上に置かれた皿が映る。

綺麗に食べ終えられた空の皿。まだ料理を食べ終えてからそう時間は経っていないようだ。

優雅なもので。この将校の最後の晩餐だろうか.....。

 

そんなわけない。ダモン司令官のものだろう。

つまりこの戦争が起きている中で食事を摂っていたという事か。呑気なものだ。

そう考えたところでドキリとした。まさか、そんなことが.....。

 

「っ.....ダモン司令官は陣頭指揮を執っていなかった.....?」

 

ありえないだろう飛躍した発想だ。

だが、もしそうなら辻褄が合う。

それに、他にも理由がある。

セルベリアは部屋を見渡す。

 

司令部の混迷具合が見て取れる荒れた部屋と比べ、この部屋は綺麗に整い過ぎている。

機密情報を持ち出さなかったのか、或いは元からそんな物は無かったのか。

そこまでは分からないが。

 

「ダモン将軍が優先的に逃亡した可能性があるな......」

 

予想の一つでしかない。未だ確証はないが、想定する一つの案として、心の片隅にでも置いておこう。

そう思ったセルベリアの元に。

一人の兵士が駆け込んだ。

 

「ガリア方面軍が要塞後部の制圧に成功しました!完全にギルランダイオ要塞は我が軍の支配下にあります!我が軍の勝利です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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