あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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四十四話

第一次ヨーロッパ大戦は馬と鉄砲で始まり、戦車と飛行船で終わった戦争と言われている。

いまだ戦車の登場が起きていなかった時代、決戦兵科として戦場の勝敗を左右したのは騎兵だ。

銃器も現代ほど発達していなかった為に、騎兵の力は戦場において脅威であった。

戦場を暴れまわる彼らは、敵には恐れの象徴として、味方からは英雄として憧れの目で見られる、

正に戦舞台の華。

 

とりわけ帝国の騎士は他国にも名が轟くほどであり、

帝国の武を担う存在だった。

数多くの騎士団が生まれ、その多くが伝説を残してきた。

中でも有名なのが『ハイドリヒの騎士』だ。

 

彼らが帝国の歴史に現れたのは中世からの事である。

戦場に参加すれば必ず大将の首を討ち取り、味方を救い、帝国を勝利に導いてきた。

彼らの為してきた偉業は枚挙に暇がないほどで、その武功によって時の皇帝は後のハイドリヒ卿となる男に伯爵の称号を与えた、連邦との大いなる壁となるよう領地を辺境に据えて。

それがハイドリヒ辺境伯の始まりである。

 

そしてその後も彼らは無双の如き活躍をしてきた。彼らの活躍を描いた劇の演目が生まれるほどで。現代でもそれは高い人気を誇っている。

 

......だが、無敵の援軍と称された彼らの時代は唐突に終わりを告げる。

 

騎兵よりも頑強で突破力がある戦車の台頭によって。

火力は比べるまでもない。騎兵が一人の兵士を撃ち殺す間に戦車は一つの陣地を踏み潰す。

それが決定的な差となった。

次第に戦場の主役は戦車に移っていったのは語るまでもない。

すると当然ながら騎兵に対する価値は薄れていき、しまいには偵察兵の上級兵科程度の価値にまで成り下がっていった。

 

貴族達も馬から鉄の馬に鞍替えする事で時代に乗り遅れぬよう努めた。

戦場の光景が様変わりしていく中、騎兵の価値を世に示そうとしたのがハイドリヒの騎士である。

戦車が大地を駆けるのを横目に貴族の誇りである騎兵にこだわり続けた彼らは、とどのつまり時代に適応できなかった者達だ。戦車が騎兵の役割に取って代わるのを許せず、全盛の栄華に固執し続けた。

その結果が今の『ハイドリヒ軽騎兵団』である。

騎兵6000人、歩兵2000人、戦車10輌のあくまで騎兵を主体とした構成部隊。

 

古くからハイドリヒ領の一地方を治める豪族である老臣達はハイドリヒ騎兵団を夜の内に移動させた。前もって西岸を守る本隊からは最も遠い地点に布陣していたので、誰からも見咎められることなく眼前の森に入る事に成功する。

深まった森に侵入すると明かりを灯して夜間行進に切り替えた。

慎重に敵に気取られぬよう静かに進んでいく。

彼らの最終的な目的はヤハト砦に居る兵士の救出にあった。今もまだ懸命に戦う味方の元に駆けつけコレを救い連れ出す。正しく英雄の為す行いだ。それこそが帝国貴族の誇りであり。先陣を切って低俗な連邦軍を撃滅する事こそが帝国を勝利に導くための正しい行いだと信じている。

 

輝かしい栄達を取り戻すべく猛進する軽騎兵団は翌日の明朝頃には森を抜けて湿原地帯に出た。生い茂る草木が胸元辺りまで成長した一帯は歩兵には邪魔な障害になるが騎兵にとっては何の問題もない。あるとしたら昨夜から降り注ぐ雨ぐらいだ。それも馬蹄の音を掻き消して本隊から抜けるのに一役買ってくれたのだから文句も言えない。早く止んでくれるのを願うばかりである。

湿原を通り過ぎようと命令を下しかけた時、斥候からの報告が届いた。

 

「なに、連邦軍の中隊規模部隊が直ぐ傍まで来ているだと?」

 

軽騎兵団の指揮官を務める老臣の男は報告を聞いて皺のある顔を歪ませる。

もう少し後になるかと思っておったが、存外、近くまで来ていたか。

 

「ユリウス、どうする見つからぬよう迂回するか?」

 

同時代を生きた戦友でもある初老の男が馬を寄せて尋ねてきた。

ヤハト砦救出を目的とする以上、このような場所で敵に捕捉されるのは回避したい。

アイスに向かって直々に言った老臣の騎士――ユリウスは首を振る。応えは否。

 

「この大所帯では今から動いても間に合わぬ。それに、栄えあるハイドリヒ騎兵団に退却の二文字はない。敵を見付けた以上、壊滅的打撃を与えるのが我らの役目だ。たかだか中隊規模の部隊なぞ迅速に全滅させればよい。敵の攪乱にも使えるしのう」

「分かった、ならば」

「うむ、銃剣突撃をさせる.....」

 

戦闘が始まる。それを確信したユリウスは喜悦の笑みを浮かべていた。戦う事が楽しみで仕方ないとばかりに。ユリウスだけではない、周りにいる全ての騎兵達が似たような笑みを浮かべている。

ハイドリヒ騎兵団の武勇伝として語られる突撃。それをこれから為そうと云うのだ。

伝説の再来である。

子供の頃から寝物語として聞いている若き騎兵達は嫌が応にも士気が上がった。

 

士気の炎が鎮まらないうちにユリウスは陣形を整えさせた。平坦な横五列に並ばせた突撃陣形だ。時間の問題もあって複雑な形にすることを諦めシンプルなものとした。だがそれが強い。

騎兵が最も力を発揮する陣形と言っていいだろう。

全ての騎兵を投入するまでもない。700で事足りると判断したユリウスは後方で指揮を執る。

 

陣形の構築自体は十数分間という短い間で終わった。その手腕は流石と言わざるをえない。

整然と並んだ騎兵たち。馬の嘶く声だけが湿原に響き渡る。騎士は静かに敵が訪れるのを待つ。

そしてその時は間もなく訪れた。

 

遥か視界の先、湿原の奥まった森の中から連邦軍の歩兵が現れる。

森と同化するような緑の軍服に身を包んだ偵察兵だ。続々と森の中から何十人という兵士が出て来て、最終的なその数は900人に上った。二個中隊規模だ。

 

双眼鏡でそれを確認したユリウスはやはりとほくそ笑む。睨んだ通り斥候部隊だった。

あれは言わば目であり耳だ。潰すことが出来れば敵の攪乱に繋がる。指揮官の首を持ち帰れば独断専行の罪を帳消しに出来るだろう。数多の武功を立てればあの小僧とて文句は言えまい。

 

状況もこちらに味方した。生い茂る草木が敵の索敵を阻害してくれたのだ。御蔭で湿地帯の中ほどまで来た所でも敵がこちらに気付いた様子はない。

ユリウスは無言で『乗馬せよ』の合図を出す。限界まで気づかれぬよう騎士達にはあらかじめ下馬させておいたのだ。それでもまだ彼我の距離は五百メートルはあった。

だがこれだけ近づければ十分過ぎる。

 

騎士達は対歩兵用の装備を従士から受け取ると背中に掛け馬に跨る。武器は突撃銃のℤⅯ ⅯPを採用している。ツェヒマイスター社(ℤⅯ社)の最高傑作と称されるほどのマシンガンだ。

他にも同社のライフル銃ℤⅯ Karを使用する軽騎兵も多い。他の銃よりも大幅な軽量化に成功しているため馬上において扱いやすい武器となっている。

これらを区別する為に便宜上、偵察銃騎兵・突撃銃騎兵という兵科で呼ばれている。さらには隠し玉の対戦車槍騎兵などというものまであるほどだ。

 

静かに準備を整えた騎兵達。それだけで高い練度である事がありありと分かる。戦闘を間近に控えてなお、気を乱すような者は誰一人としていない。

手塩にかけて育て上げた騎兵達の様子を見てユリウスは満足げに頷くと豪快に息を吸う。

そして―――号令を下した。

 

「突撃ーーッッ!」

 

ユリウスのけたましい突撃命令が湿原に響き渡る。

瞬間―――まるで雷に打たれたかのように同じタイミングで700からなる騎兵隊は地面を踏み出した。邪魔な草原を踏み荒らし、一気に駆け抜けていく。風と一体化するような疾走感であった。

瞬きをする間にグングンと距離を伸ばしていく。

 

ここでようやく異変に気づいた連邦の偵察兵が目の前から迫ってくる騎兵の存在を認識し、何事か叫んでいる。恐らく敵の接近を報告しているのだろう。

思った通り連邦斥候部隊は慌てて臨戦態勢の様子を取り始める。その間にも帝国騎兵隊は猛進を続け、彼我の距離は遂に百メートル以内に入った。

連邦軍兵士からすると一斉に迫り来る騎兵の姿は恐怖以外のものでしかないだろう。

荒々しい馬蹄の音を聞き引き攣った顔の兵士たち、だが直前で迎撃の準備は整った。

 

「放てィッ!騎兵を寄せ付けるな!」

 

指揮官の命令の下に、銃撃が開始される。

バババババン!―――銃砲の音が響いた瞬間、何人もの騎兵達が顔を苦悶させ落馬する。距離から考えて恐らく偵察銃の弾が命中したのだろう。

それに対して突進する騎兵の勢いは衰えるどころか、やってくれたなと味方の死に憤慨する騎兵隊は軍馬の足を加速させる。

 

「抜剣せよ!」

 

先頭を駆ける騎兵の声で腰に差していた軍剣を構えだす騎兵隊。剣甲兵の扱う長剣より短く、振り回しやすい得物となっている。偵察銃や突撃銃を使用する前のサブウェポンとして使われる。

抜剣は隊長騎兵の出す最後の命令だ。つまり後はどちらかが全滅するまで戦い抜くのみである。

 

「ウォオオオオオオオ!!」

「うわああああ!?.....ガッ!」

 

とうとう一人の騎兵が敵の戦列歩兵に到達した。悲鳴を上げる目の前の兵士が突進する馬の体によって吹っ飛ばされる。車と衝突するのと大差ない。肺が破裂し血を吐いて絶命する。

騎兵はそれだけで止まらず、敵の奥深くまで入りこみ隊列を乱し、混乱する兵士を討たんと馬から降りる。

そこから先は乱戦である。目につく兵士に向かって軍剣を切り込んだ。肩口から袈裟に入り吹き上がる血しぶき。袈裟切りを受けた兵士が激痛で地面を転がる。それを助けようと他の兵士達が銃を構えるが、その前に連射される銃撃音。バタバタと連邦の兵士が倒れていく。

前から来た騎兵の突撃銃によって掃射を受けたのだ。助けられた騎兵も背中の偵察銃を構えると撃ち出し始める。

 

見れば700の騎兵隊がどんどん斥候部隊に雪崩れ込み、陣形を崩しながら攻撃を行っている。

抵抗の甲斐なく陣形の中まで侵入を受けた斥候部隊。

あちこちで上がる怒号と悲鳴が響き渡り、瞬く間に血で血を洗う戦場となっていた。

 

恨み骨髄なのはどちらも同じか、両軍は一歩も退かず。

どちらかが全滅するまで戦いは続いた。

 

決着はそれから一時間後に着いた。

 

後に両軍の決戦地からアスターテ会戦として呼ばれ語られる事になる。

その発端となる戦闘はハイドリヒ軽騎兵団の一勝で幕を下ろす。

実に激しい戦闘であったが騎兵団側の被害は驚くほど少なかった。

奇襲が成功した戦術的有利が働いた事に加え、騎士の練度が圧倒的に連邦の兵士よりも高かった事が勝利に繋がったといえる。

 

勝利に湧く騎兵達の声が湿原に広がる。

―――それも束の間の事だ。

 

後の戦史家が描いたアスターテ回想録にはこうある。

『ハイドリヒ卿の命により斥候に出ていた騎兵団が、

湿原地帯にて敵連邦の斥候と遭遇し戦闘を行う。

これを迅速な対応で騎兵を駆使した騎兵団が勝利する。

湿原に勝利の声が勇ましく響いた。

..........だが。

この直ぐ後に敵の()()()()()が現れ、これと交戦する。』

 

 

 

 

―――その時、

戦場に孤立する約500弱となってしまった騎兵隊の遥か前方にて、

三十輌近くもの中戦車が森の奥より飛び出して来た!

その奥から追随するは2000の歩兵部隊。戦車の背中に隠れる形で行進してくる。

中戦車は怒濤の勢いでこちらに向けて迫って来た。

その光景に騎兵隊は騒然とする。

 

先ほどは騎兵隊が連邦軍の虚を突いたが、今度は連邦軍が騎兵隊の虚を突く番であった。

ならばこのまま500の軽騎兵は為す術なく戦車の餌食となってしまうのか。

 

......否である。

 

「第一次騎兵隊、戦線離脱!歩兵部隊は前に出ろッ!方陣態勢をとり戦車の壁となるのだ!本隊はその後ろから追随するぞ!対戦車戦闘用意!」

 

飛び出した戦車の確認をした瞬間にユリウスはまたもや響く声で叫んでいた。湿原に轟く声を聞いた騎兵隊の動きは迅速で直ちに離脱を始める。同時に待機させていた2000の歩兵部隊を前進させると、その後ろをユリウス率いる5300の騎兵団が続く。

ユリウスは獰猛な笑みで中戦車を見ていた。

 

.....騎兵では戦車に勝てないと言われてきた。

儂らの時代は終わったのだと。違う、終わってなどいない!お前達は諦めてしまっただけだ。

儂らは歴代当主の御意志を継ぎ、示さねばならない。騎兵が戦車に勝てるという事を.......。

その為に長年かけた戦術をこれより駆使する。

 

「連邦の指揮官よ無謀と笑っているか?ならば見せてやろう。帝国最強と謳われたハイドリヒ軽騎兵団のその力!貴様らに敗北を刻んでやる!!」

 

まず先に2000の歩兵部隊が目標地点に到達した。

前から向かって来る戦車を迎撃せんと陣形を構える。

その頃には生き残った500の軽騎兵隊は戦場を脱兎の勢いで逃げ出していた。

 

凡そ二十八輌の中戦車と600の歩兵からなる連邦軍戦車部隊も逃げる騎兵隊に砲口を向ける事はなく。

戦闘意志のある前方のハイドリヒ歩兵部隊に狙いを済ませると、行進しながら砲撃を開始した。

走行中の射撃は命中率が低い。あえてそうしたのは戦車部隊の威圧にこちらが怖気づいて敗走すると考えたのだろう、いわゆる威嚇射撃だ。

....馬鹿め、それで臆する我が兵ではない。戦車と戦う為に鍛えた歩兵なのだ。

歩兵部隊が戦車を引きつけている間が好機と捉えたユリウスは命令を走らせた。

 

「ザルツ千人騎兵長は左翼から回り込み敵戦車の背後を突け!ダンテ千人騎兵長はその援護を!右翼も同様に敵戦車の背後を突く!ギルブレイクよ行ってくれるな....?」

「「了解!」」

 

年若い千人騎兵長二人の声が揃い。戦友である壮年の騎士も静かに頷く。

二人の千人騎兵長が合わせて2000の軽騎兵を率いて本隊から別動する。味方の歩兵部隊を左翼より追い抜いた2000の騎兵は曲線軌道を描きながら戦車と敵歩兵600の間に割り入ろうとした。

戦車の弱点は後部にあるラジエーターだ。そこを破壊すればどんなに頑強な戦車であろうと行動不能は免れない。燃料に引火すれば内側から爆発する。それが騎兵で戦車に勝つ唯一の手立てだ。

 

故にザルツ千人騎兵長が戦車隊の背後を攻撃して戦車の破壊を目論み、それを邪魔しようとするでろう歩兵部隊の妨害をダンテ千人騎兵長が受け負う戦法だ。

軽騎兵団副長ギルブレイクとその副官も右翼から同じ動きで攻撃を加える、挟撃作戦である。

 

その時には戦車砲がこちらの歩兵部隊に被害を出し始めていた。

負けじとこちらも対戦車槍で牽制するが、放たれた槍の一撃は戦車の頑丈な前面装甲によってダメージが通らない。ならば比較的装甲の薄い側面を狙い撃たんとすれば、戦車周りに配置された守護部隊によって狙い撃ちにされる。

 

やはり背後からの攻撃でなければ戦車にダメージを与える事は出来ない。

勝負の行方は両翼から挟撃する4000の軽騎兵に委ねられる事となる。

湿原に降り注ぐ雨はいつしか激しさを増していた。

 

 

 

はたして激戦の果てに、

 

敵歩兵の壁を最初に突破したのは年若いザルツ千人騎兵長であった。

 

戦闘が膠着するのを嫌った彼は愛用のℤⅯ ⅯP3を乱射し、防衛する戦車部隊の兵士たちを次々と撃ち殺しながら一点突破を図ったのだ。

被弾率の高い馬上という危険を押しながらもザルツは地面に降りることなく騎兵を率いて戦車の背後に回る事に成功。戦車周りに張り付いていた歩兵は残らず射殺する。戦車の背後が、がら空きになった。

 

「対戦車槍騎兵VB PL 用意!」

 

VB PLとはフォン・ビスマルク社(VB社)が開発した元祖対戦車槍の事だ。戦車を相手に想定した対抗手段として開発された対戦車兵器を軽騎兵が装備する事で騎兵でも戦車を破壊する事が理論上可能となるのだ。その代わり騎手としての高い技能が要求される。対戦車槍の携帯上、片手で手綱を操らなくてはならないからだ。

 

そしてその難題は軽々とクリアされている。ザルツの命令に一人の騎兵が反応した。

馬を戦車の背後に近づけると。

それまで中世の騎士の如く構えていた対戦車槍を中戦車の後部ラジエーター部分に向けた。穂先は蒼い結晶体を捉えている。

 

―――パシュっと乾いた音が鳴った瞬間、火薬が炸裂し発射体であった先端部分が勢いよく飛来した。俗に鉄笠と呼ばれる飛翔体は見事な精度でラジエーターに突き刺さり、その衝撃で内側に秘められた化学燃料が発火現象を起こす。結果――中戦車は内側から破裂する風船の如く火柱を噴き上げて爆破した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()が後ろから近づいた対戦車騎兵の攻撃によって破壊されたのを確認したユリウスは会心の笑みを浮かべた。

背後に控える2000の予備部隊も歓声を上げる。これで湿原に残る敵戦車全ての撃沈を確認したからだ。

それすなわち騎兵が戦車に打ち勝った瞬間でもある。

 

彼らにとってそれは悲願だ。

中には泣いて喜ぶ者までいた。自分達のこれまでは無駄ではなかったのだと。

その通りだ、無駄な事があろうか。今この瞬間、帝国に新たな兵科が誕生したのだ。今までは自分達が便宜上使っていた偵察銃騎兵と突撃銃騎兵、そして戦車破壊の立役者である対戦車槍騎兵の三つが、実戦でも通用しうると分かった。

帝国軍務省にこの成果を報告すれば必ずや正式に新兵科として発足されるだろう。

そうなれば失われた栄光を取り戻すことが出来る。

 

 

歓喜する騎兵たち。英雄と呼ばれていた頃を幻視する。

あるいはそうなっていてもおかしくはなかっただろう。

 

だが、アスターテ回想録にこうある。

()()()()()が現れ、これと交戦する』....と。

あえて歴史家が大戦車部隊と綴ったのだ。たかだが三十輌近くの戦車が出現しただけで、こう述べるであろうか。

時に歴史書とは誇張された文章が多々見られるのは珍しくない。これもその類なのか。

 

―――真相はこうである。

 

 

 

 

 

その時、ユリウスは大地が鳴動するのを感じた。

馬の上からでも分かるほどの地面の揺れ。すわ地震かと思ったが、揺れは一定の大きさに留まり、だが時間が経っても治まる事はなかった。

それどころか少しづつ揺れ自体が近づいているように感じる。

 

「まさか........っ!?」

 

嫌な予感を感じて一筋の汗が頬を垂れる。皺だらけの表情が強張り。

ハッと顔を振り向かせた。

近づいて来る音の出所は......背後の森!

ユリウスは心の臓をわし掴みされた思いで、もう遅いと分かっていながらも口を開く。

 

「全部隊はんて―――」

 

言葉の途中で、

―――鬱蒼と茂る森の中から敵戦車は現れる。

砲塔は無防備な背中を見せる予備部隊に向いていて、

奇襲に成功した中戦車10輌の砲門は一斉に火を吹いた。

乗っていた馬ごと騎兵の体が景気よく吹き飛ぶ。

 

突然の事に予備部隊は混乱の渦に落とされる。今度こそ勝利したと思ったらまさか前からではなく後ろから敵が現れるとは思ってもみなかった事だろう。

ユリウスもまた愕然としていた。早く命令を出さなければいけないのに何故敵が背後を取れたのか考えていた。

気付けば雨は止んでいた。――脳裏を雷鳴が打つ。

 

「っなんたる迂闊!たかが雨で敵の接近に気付けぬとは!」

 

西岸の本隊から抜け出る際、馬蹄の音を掻き消してくれたように、激しい雨音が戦車の接近する音を気づきにくくしていたのだ。

それに気付いたとしても遅い。

中戦車と共に現れた大量の歩兵が攻撃を仕掛けている。凶弾が一人の騎兵を襲ったのを見たユリウスは直ぐに命令を出した。今反転すれば損害は免れない。ならば.....!

 

「第三次予備騎兵隊は急ぎ前進せよ!前の部隊と合流する!」

 

後ろに退路がないなら前に出ればいい。それが一番被害を最小限に食い止めながらこの状況を脱する事の出来る最善。目の前の戦場では勝利した3000の騎兵と1800の歩兵がこちらの異変を察したのか合流を図ろうとしていた。

 

十分過ぎる程の戦果は残した。もはやこの戦場に未練はない。

 

「よし!部隊と合流した後、そのまま湿原を脱出するぞ!!」

 

そのためにユリウスは強く手綱を振るった。

砲火を背中に浴びながら1300の騎兵達は戦場の中心に向かって駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「......流石は、過去『帝国8個軍将(アルハトネ)』に選ばれたハイドリヒ最強の騎士《來馬》のユリウス、判断が早い。やはり私の予想どおり後ろの騎兵隊は背中を小突いてやっただけで前に動き出したか」

 

森の茂みで隠れるように停車していた中戦車の上から、双眼鏡で前方の戦場を眺めていた女は穏やかな口調で言った。黒の軍帽子に緑彩色のコートを着込んでいる。帽子の隙間から覗く金髪を掻き分け双眼鏡から目を離す。

見た者がハッとするような端正な顔立ちの美女だった。

てっきり誘いかとも思ったけど違ったようだ、という言葉に傍に控える副官が同意する。

 

「グデーリィン装甲大隊長の慧眼の賜物です。まさか敵もこの広い湿原を前にして後ろを取られるとは思ってもいなかった事でしょうね」

「まあ、何やら敵は目の前の戦場に固執していたきらいがあったからね。現にあんな無茶な戦い方で戦車に攻撃している所を見せられると執念を感じざるをえないよ、流石は帝国に謳われたハイドリヒ軽騎兵団といったところなのかな.......」

 

敬意を表するような事を言った後に、そこで顔を嫌悪の表情に歪めて連邦軍第33装甲大隊長グデーリィン大佐は言った。

 

「だからこそ本当に気味が悪い。時代遅れのレイシスト、今はもう輝かしい戦車の時代だ。現代でお前達の出番はない、戦車が騎兵に負けるなんて事があってはいけない。帝国の亡霊共は墓場に帰るがいい、この私が土に還らせてやろう」

 

ここで騎兵という存在そのもの消し去ってやる。それほどの強い思いを込めてグデーリィンは作戦の最終段階に移った。

 

「潜ませていた戦車部隊を全て投入開始!戦場の中心に集まった騎兵団を包囲殲滅せよ!」

 

その声に伝令兵が各地の部隊に命令を伝達する。

それから程なくして状況は戦場に表れた。

周囲の森に潜ませていた戦車部隊が一斉に湿原地帯に入っていったのだ。

投入された戦車の数は百輌に上った。

 

前方から50輌、左右からは20輌づつ、後ろから10輌からなる大戦車部隊だ。目標は湿原中央で合流を果たした軽騎兵団。包囲するというよりは各部隊が交差する一点に居る軽騎兵団を轢き殺すといった勢いで猛然と進軍する。この攻撃を脱するにはもはや散り散りとなって我先にと逃げる他ないだろう。戦う軍としての集団的要素は失われる。

 

彼らがこの土壇場でどう動くかは知らないが、この未来が覆ることはない。戦車部隊による壊滅か逃走による消失か二つに一つだ。結果は変わらない。

 

遠くからその様を見届けるグデーリィンは中戦車が駆け抜けていく光景に陶然とした表情で言った。

 

「ああ、やはり戦車による包囲殲滅戦とはかくも美しいものだ。如何なる名画といえども目の前の芸術には遠く及ばない。そしてこれほどに多くの戦車を運用できなければこの形にはならない。大量の戦車を送ってくれた本国には感謝のほかない......が、その多くが他国の力を借りているとなれば少々思うところもあるな」

 

グデーリィンの言葉通りこの作戦で使われている多くの戦車は連邦製の物ではなかった。

ではどこかというと、自国の名を冠する大西洋の遥か先にある大陸からの物だ。

その国の名を、

 

「ビンランド合衆国。あの国は対帝国の為に我が国と同盟関係を結んでおきながら此度の戦争には一兵も出さぬ気だ」

「帝国とは貿易協定を結んでいますからね。その代わり大量の物資や兵器を提供する事で戦後の割譲会議に参加しようというのでしょう」

「守銭奴共がっ厚顔無恥とは正にこの事だ。まあ、自国の主力中戦車M4シャーマンを五千輌近く無償で送って来たのは褒めてあげますけどね。御蔭でこの北東戦線にも有り余るほどの戦車を使える」

 

そこだけは感謝しないといけませんね、とニコリともせずに言った。いつもなら戦車の事となれば目がない彼女が今は戦場だけを見ていた。

副官はこの女上司が顔色を変えるのは戦車を見る時ぐらいだという事を知っている。極度の戦車至上主義と言っても過言ではない。その彼女が今は戦場の騎兵だけを見詰めている理由、それは怒りだ。

 

戦場において戦車こそが至高と豪語する女潔の前で騎兵という時代遅れの産廃が戦車を破壊する様を見せつけたのだ。彼女は静かに怒りを内包し熱を高めていた。

 

帝国の軽騎兵部隊には同情する。グデーリィン大隊長は本気で潰す気だ。その怒りは彼らが全滅するまで消えない事だろう。

 

「大隊長命令です。雷の如く素早く殲滅しなさい。騎士団ごっこに興じる帝国の蛮族を全て葬るのです」

「了解です!」

 

更には駄目押しとばかりにこの念の押しようである。

もはやハイドリヒ軽騎兵団に生き残る術は無いのだ。

それでも諦めていない6000弱の軽騎兵団は包囲から脱出せんと突破を図ろうとしているが苦戦している。

 

目の前からは50輌からなる戦車部隊が壁のように迫って来て、そこに対応していては横っ腹を突き崩さんと左右から槍の如き一撃を繰り出す20輌の戦車部隊。後ろからは逃がさないように退路を塞ぐ10輌の戦車部隊が張り付いている。これでは逃げる事すら出来ない。

 

もはや全滅は時間の問題かに思えたその時―――

 

「報告!遥か前方より敵の増援部隊が現れました!」

 

その報告は届いた。

グデーリィンが素早く双眼鏡を構えて見れば、

確かに退路を塞いでいた自軍の中戦車部隊が、

背後から現れた帝国の新手部隊によって攻撃を受けている光景が映った。

 

時刻は正午、雲がかった空が晴れ、真上から太陽の陽が差す快晴の頃。

 

 

 

 

 

 

 

――――駆けつけたハイドリヒ伯の本隊一万二千が湿原地帯に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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