あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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四十五話

それはアイス・ハイドリヒ率いる本隊が到着した間際の事である。

刻一刻と連邦の大部隊に包囲されつつあるハイドリヒ軽騎兵団。

彼らが何とか活路を見出そうと懸命に抗う最中。

その外側から、包囲する戦車部隊の背後に向けて秘密裏に接近する謎の歩兵部隊の影があった。

それは軽騎兵団に属する歩兵でも連邦の部隊のどちらでもなかった。その正体はハイドリヒ本隊の先遣部隊である。

 

既に連邦軍と戦闘を行う軽騎兵団を発見した先遣隊は、連邦軍に気付かれないよう、湿地帯のいたる所に繁殖する草むらを隠れ蓑にゆっくりと接近を試みていたのだ。幸い敵はハイドリヒ軽騎兵団を袋叩きにする事に熱中してこちらに気付いた様子はない。

御蔭で至近距離まで近づく事に成功する先遣隊。

鬱蒼と伸びる茂みの中から一人の士官が顔を出す。

視界の先で映る戦闘を垣間見た。

 

凡そ二十輌からなる戦車部隊が突進を仕掛け、包囲陣の中に閉じ込められたハイドリヒ軽騎兵団を蹂躙している所であった。

その反対側からも同じく二十輌の戦車部隊が激しい攻勢を仕掛けているのが見て取れた。まったく同時に行われる二方向からの攻撃にハイドリヒ軽騎兵団は為す術もなく。榴弾の雨を浴びている。一方的な戦いを見て、

 

「.....耄碌したとはいえ、あのユリウス翁を戦術でこうも完膚なきまでに負かせるとは」

 

敵ながらあっぱれの一言だ。もはや目の前の戦いは容易に詰みの状況だろう。

その光景を双眼鏡片手に見詰めていた士官の男――ルッツ少佐はそう冷静に結論付けた。

これから自分達は奇襲を仕掛けるがそれで勝敗の趨勢が変わるとは思えない、というのが正直な考えだ。

なんせこちらは千にも満たない上に歩兵しかいない。

屁のツッパリにしかならんだろう。こちらが返り討ちに合う可能性の方が高い。

 

「若もあのような男は放っておけばよいというのに....」

 

思わず愚痴がこぼれる。

ユリウス率いる軽騎兵団が独断先行した事に気づいたのは夜が明けた黄昏時の事だ。

報告を聞いたアイスは直ぐさま部隊を編成し引き戻すべく追いかけた。

配下は引き留めたがアイスはそれを是としなかった。

『父の代から仕える彼を見殺しには出来ない、見殺しにすればこれから先、他の先代派が味方になる事は無いだろう。僕がこの地を治める為には彼らの力が必要だ』

 

そう言ってアイスは自分達を説得したのだ。

先代当主に固執し続ける老人達は愚かとしか言いようがない。今の当主はアイスその人なのだから、彼に仕えるのが筋だと考えるのが若い世代達だ。

 

「一昔前までは名を馳せた武人であったかもしれないが、もう貴方の力が通用する時代ではなくなったという事でしょう、世代交代ですユリウス爺。大人しく私に助けられて隠居するといい.....」

 

温和な顔に似合わぬ野性味溢れた笑みを浮かべたルッツは周囲に隠れる部下達に告げた。

 

「これより攻撃を開始する。若の指示通り動け、いいな」

「隊長、もし軽騎兵団が自分達の狙いに気付かなかったらどうすれば?」

「その為に私がこの隊長に選ばれたのだが、もし失敗したらその時はみんな仲良く全滅するとしよう。なに、きっと上手くいく。若の作戦を信じろ」

 

自分が仕える男の力がどれ程のものか、部下たちはこの戦場で知る事になるだろう。

ルッツ少佐率いる以下800の先遣隊は作戦を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

「報告!ダンテ騎兵隊半壊!敵戦車の進撃を食い止めていたダンテ千人騎兵長が散華されました!これ以上はもう持ちませんっ」

「.....っ!」

 

その報告を聞いたユリウスはいよいよもって終わりが近づいている事を自覚した。

敵がこちらを包囲するにあたって前から壁のように迫る五十輌もの大戦車部隊の対応をギルブレイクに、退路を断つ後ろの戦車部隊をザルツ。そして報告にあったダンテには左手の戦車部隊を任せていた。散華というのは討死したという意味である。ダンテを失った事で包囲攻撃防衛の一角が崩れた、軽騎兵団の全滅という未来は分刻みで近づきつつある。

 

「もはやここまでか......」

 

覇気のあったユリウスが力なく(こうべ)を垂れた。長い戦歴の中で初めての事である。それほどまでに厳しい状況下なのだ。

打開策も浮かばず。諦めが胸中を支配する。

 

正にそんな時だった。

 

ふとそれに気付いたユリウスは顔を上げて戦場を見る。

 

老いたとはいえ未だ勘は錆びついていない。

絶体絶命の状況であるからこそ、暴走せず冷静に戦況を見ていたユリウスは戦の流れが変化したのを敏感に感じ取っていた。それまで整然と包囲を構えていた一角が綻びを見せ始めたのだ。続けて爆発音が轟く。こちらに向けて迫っていた敵中戦車が破壊されたのが遠くからでも見えた。

 

「......なんだ?戦闘が行われている、どこの部隊だ?」

 

確認したところ恐らくだが猛進する敵の背後から忽然と現れた未確認部隊が、連邦軍戦車部隊に向けて攻撃を始めているようだ。

混乱した戦場では部隊を完全に把握する事は出来ない。

それでも敵ではない事は確かだ。

もはや死を覚悟していたユリウスに活路の光が差す。

ならばと、

正確な状況を理解していなくとも、自分に課せられた役割は最善を尽くす事のみである。

 

「今一度立ち上がれ栄光ある騎士達よ!まだ朽ち果てる時ではない、好機は今ぞ!!一丸となって敵を討ち倒すのだ!包囲の一角を突き崩すぞ!」

「応!」

 

枯れ果てた喉に鞭を打ち、咆哮の如き声を叫ぶ。

周囲の騎士達がその声に呼応して雄叫びを上げた。

苛烈なる敵の攻撃をギリギリのところで食い止めていた彼らに指示を出す。各自の判断で戦いを行っていた騎士達が、一つの目的の元に動き出した。

包囲網の一角に生まれた歪みの如き僅かな綻びに向けて。

兵力が6000を切ったハイドリヒ軽騎兵団は最後の抵抗とばかりに反撃を仕掛ける。

 

ここまでくると軍馬に乗っている騎兵は僅かばかりである。そのほとんどが歩兵となって銃撃戦を展開していた。

 

ハイドリヒ軽騎兵団が繰り出す突然の攻勢に二十輌からなる敵戦車部隊からも動揺の色が見える。

外側の奇襲部隊と内側からの全力攻撃だ。混乱しないはずがない。

先ほどよりも目に見えて包囲の壁が薄くなっているのが分かる。

 

だがそれでも.....。

あと一歩のところで敵の陣容を崩せない。歩兵だけでは突破力に欠けるのだ。

味方全員を脱出させるほどの穴を作るには火力が必要不可欠である。

だがそんなもの機動力を重視したハイドリヒ軽騎兵団に存在しない。

 

「度し難い!高火力の兵器を持ってさえいれば突破は可能だというのに!。.......いやまて」

 

馬上から見詰めていたユリウスはハッと何かを思い出したように表情を変える。

そうだ、一つだけあった。

我が兵団が保有する中で最強の火力を備えた兵器が。

それを使えばこの場から逃げる事も可能かもしれない。

だがそれは同時に自身の信念を捻じ曲げる事になる。ハイドリヒ軽騎兵団団長としての誇りが根底から崩れ去るだろう.....。

 

思い悩むユリウス。それを見かねたのか傍に居た若い騎士が言った。

 

「ユリウス団長。我々は既に覚悟は出来ています。降伏はないということを。最後の一兵となるまで戦い抜く所存です。最後の下知を下さい、最後の突撃命令を.....!」

「っ....!」

 

死を覚悟した若い騎士の言葉によってユリウスの決意は固まる。

躊躇は一瞬だった。

 

「......戦車を使う」

 

その言葉に一瞬、配下の者達が驚きの表情になるが、ユリウスの顔を見て直ぐに頷いた。

.....そうだこれでよい。

 

「儂の負け戦に次代を担う若き者達を巻き込むわけにはいかん!もうこれ以上誰も死ぬな!」

 

これより先は判断を誤るな。

儂の役目は誇りに固執して無謀にも敵と戦い全滅する事ではない。

後の帝国の礎となる若き兵士を育て、生き抜かせる事にあるのだ。

 

「.......この状況を考えると戦車があってよかったかもしれん、伯には感謝せねばならんのう。不用な物と思っていたがこれでは伯に合わせる顔がないわい。......いやいまは」

 

いま考えるは悔やむ事ではなく、この死地にあって活路という道を切り開く事のみ。

 

覇気の籠った目を取り戻したユリウスの視界の先では、戦争前夜ハイドリヒ伯が強制的に組み込んだ十輌の戦車が初めてその砲口から火を吹き上げたのだった。

 

「全部隊は帝国戦車を基点に包囲から脱出せよ!」

 

―――戦場の光景はまた様変わりしてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「....驚いた。あの男が己の信念を捻じ曲げるとは。情報部もあてにならないな、まんまと騙されたよ。しかし、あの包囲から僅かとはいえ逃げおおせるとは思わなかったぞ.......」

 

視線の先で完璧と思われていた包囲網は突撃を敢行した帝国の戦車部隊と、その背後から現れた帝国の奇襲部隊の挟撃によって包囲に僅かな抜け道が生まれた。生き残ったハイドリヒ軽騎兵団の騎士達がその道を通って脱出を図っている光景を見ながらグデーリィンは静かにそう言った。

傍に控えていた副官の男も確かに同じ思いだったが、

だがそれでもハイドリヒ軽騎兵団の損害は著しいモノとなっている。包囲攻撃を受けて小一時間程度だというのに、6000いた兵力はもはやその数を半減させている。水を差されたとはいえ完全な勝利と言っていいだろう。

だからこそ機嫌を悪くする上司に向けて称賛の言葉を送る。

 

「大佐殿。敵はあの悪名高きハイドリヒの悪鬼共です。これを大佐殿は完璧と言っていい程に打ち負かしたのです。突撃十字鷲勲章は確実に授与される事でしょう。おめでとうございます!」

 

賛辞を聞いても表情をピクリとも動かさなかったグデーリィンだったが、おもむろに視線を副官に移す。

冷たい笑みを浮かべている。

それを見た長い付き合いの副官は後ずさる。これ以上ないほどに彼女が怒りを覚えている時の反応だからだ。

静かな口調でグデーリィンは言う。

 

「.....私は勲章が欲しくて戦ったわけではない。戦車の栄光を示すためにあの男の首を求めて指揮を執ったのだ、それを逃したのでは何の意味もない。.......左翼の第四装甲部隊に命令。反転し逃げた敵を追え、敵の一兵に至るまで抹殺せよ!」

 

その命令は激しいまでに苛烈であった。

何が彼女をそうまでして駆り立てるのか。それは彼女にしか分からない。

だが酷くあの敵に執着している事だけは明白だ。

 

それこそ敵の本隊と思われる軍勢が現れたというのに、それを歯牙にもかけない様子はどこか異常だ。副官の男は――少々暴走気味の美貌の隊長殿に向けて言った。

 

「ご覧の通り遥か前方の東の森から敵本隊―――恐らくハイドリヒ卿の部隊と思われる敵軍が出現した模様です。左翼後方より現れた奇襲部隊もまた本隊に属する部隊でしょう。どうやらハイドリヒ伯は最初からご自慢のハイドリヒ軽騎兵団を囮にして、釣られた我らの部隊を誘き出し、その背後を攻撃する算段だったのかもしれません。だとすれば危険です、敵には何らかの策がまだある可能性があります。ここは一度退かれて態勢を整えるのも一手かと愚考いたしますが」

 

副官の進言に、グデーリィンはうむと頷き。その言葉に同意する。副官の言葉をちゃんと聞いているあたり頭は冷静であるようだ。

 

「私も当初はそう思ったが、それならば助けに来るのが遅すぎではないか?ここまであの騎兵団を使い潰す必要はないはず。我々を騙す為の捨て石的作戦だったのかもしれないが、リスクが高すぎる。これが徹頭徹尾奴らの作戦だったとはどうしても思えない」

 

違和感が拭えないといった風である。実際その通りだ。

現在のハイドリヒ軍が置かれている状況は偶然の結果に過ぎないのだが、彼女等が知る由はない。

グデーリィン達が考えるハイドリヒ軽騎兵団と本隊の連携した作戦というものはなく、急ごしらえの作戦でしかないのだから。

 

「分かりました。でしたらお好きな方を選択するのが後腐れないでしょう。我々は貴女の選んだ道であれば後悔しません」

「無論そのつもりだ。迫る敵も逃げる敵も関係ない、そのすべてを蹂躙する。それが私の装甲大隊に課せられた役割なのだから―――『第一から第三の混成装甲中隊』に伝令!東より接近する敵本隊と思われる軍勢を撃破せよ!第四以外の各部隊は装甲中隊を中心に臨機応変の機動をもって攻撃開始!」

 

グデーリィンの命令によって、戦場の陣形は著しく変わっていった。

すなわち〇形の包囲陣から▷形の魚鱗陣にだ。

それまで前面の壁となっていた50輌からなる第三混成装甲中隊が縦の並列陣、退路を断つ装甲部隊と右翼の装甲部隊はそれぞれ斜線の陣となって、▷形を成していた。

 

対するハイドリヒ伯本隊の16000は鶴翼の陣を展開しようとしている最中だ。

通常であればハイドリヒ伯が先手を打てた場面にも関わらず、驚くことに陣形の展開が終わるのは装甲大隊の方が先だった。

その陣形構築速度は見事なもので、グデーリィンの装甲大隊は瞬く間に、完璧な魚鱗の陣を布いた。異常なまでの即自対応力だ。

高い練度の差を見せつけた総勢10000を超える大戦車部隊は、敵軍に向けて進撃を開始する。獰猛な鉄の牙が不完全なハイドリヒ伯の本隊に剥いた。

先手は装甲大隊が取る。

 

――――かに思われたがグデーリィンの元にその報告が届いた。

 

「なに!?第四装甲部隊が足を止められただと!?いったいどういう事だ!」

『――――っ!』

 

通信機を介して第四装甲部隊の隊長が焦った声で説明する。

それを聞いたグデーリィンの目が見開く。『やられた!』と内心で強く思った。

つまり要約するとこうだ。

ほんの数分前まで、合流を果たし北東に向けて逃げていた、恐らくは森に逃げ込もうというのだろう、ハイドリヒ軽騎兵団の背後に追撃をかけていた第四装甲部隊。彼らはグデーリィンの指示通り敵を逃がすつもりは毛頭なかった。その攻勢は激しく背を向けて逃げる帝国兵をガリガリと踏み潰していった。

そのままであればハイドリヒ軽騎兵団とルッツ少佐の先遣隊は北東の森に入る前に全滅していただろう。

 

だが攻勢の途中で異常自体は起きた。

なんと前方に突如として大小多数の沼地が出現したのだ。

それによって中戦車の多くがぬかるみに足を取られて行動不能に陥らされたのである。

 

通信機を握りしめる上司のただならぬ気配に副官も動揺を隠せない。

戦車の弱点は後部の積層ラジエーター部分だけではない。足回り。つまり履帯がダメージを受ければ戦車は動く事も出来ず鉄の塊になり下がるのだ。

破壊されたわけではないので修理すればまた使えるようになるのだが、短時間で出来るものではない。

 

それが示すことは一つだ。――――追撃の失敗である。

 

「っですがなぜ!戦車の行動を阻害するほどの悪地がいきなり生まれたのですか!?」

「誘導されたのだろう.......だがそれ以上に先程の雨だ」

 

ふいにグデーリィンは空を見上げる。

雲ひとつない空天日の晴天だ。大振りの雨が降っていたとは思えない熱量の日光が降り注いでいる。忌々しそうに黒帽子を深くかぶり直した。

 

「.....元々ここは湿地帯で沼地は散見されていた。だがあの雨で予想以上に増水したんだ。戦車の足を止める程に。......合衆国お得意の大量生産によって製造されるシャーマン中戦車の構造は簡略化されている。そのせいで数は揃えられるんだが性能は標準の域を超えない。履帯の耐久力の低さも弱点の一つだ」

「帝国の戦車はなぜ動けるのでしょうか」

「単純に性能の差だろう。恐らくあれは7.5cm砲装甲車だ。言わずと知れた帝国Ⅳ号戦車。現在最も帝国で多く使用されている名機。.....流石だな。改良を経て悪地をものともしないとは。帝国の戦車製造技術レベルは、三大国一と言っても過言ではない。噂の新型Ⅸ号重戦車を是非見て見たい」

 

先程までは先頭を進んでいたはずだが味方を逃がす為に戻って来たのだろう。北東の森に向けて突き進むハイドリヒ軽騎兵団の最後尾で殿を務めている10輌の帝国戦車が、追撃する第四装甲部隊を相手に奮戦している様を双眼鏡で捉えながらグデーリィンは言う。

 

技術情報部から新型戦車『Ⅸ号』の存在を聞かされていた。

帝国軍事機密のため未だに連邦軍はその存在の性能を把握できていない。

故に知る必要がある。攻撃力、耐久力、機動力。あらゆる能力を。弱点を。知らなければならない。

だからこそグデーリィンは本国よりある任務を課せられていた。

その最重要任務は『新型戦車の鹵獲』である。

 

その為にあらゆる障害を取り除く必要がある。ハイドリヒ軽騎兵団もその一つだったのだが。どうやらそれを達成することは難しいようだ。

 

「.....チッ!これ以上は被害を無駄に出すだけ。追撃は中止させなさい」

 

......いや、それ以上に排除するべき障害が存在する事を知った今。ハイドリヒ軽騎兵団に煩わされている暇はないというのが正しい。

舌打ちを打ったグデーリィンは視線を前に移した。

 

「この地ではハイドリヒ軽騎兵団こそが最も手強い敵になると思っていたのだが。.....どうやら違ったようです」

 

現状、最優先で排除するべきはただ一人。

 

「アイス・ハイドリヒ辺境伯。彼こそが最大の障壁になるでしょう」

 

もし本隊による牽制、ハイドリヒ軽騎兵団を脱出させた手際、悪地による追撃の妨害すら彼の読み通りならば彼の戦術家としての能力の高さが窺える。数年前に妾の子が当主になってからも臣下に恵まれず、飾りだけの当主だと言われていたのだが、どうやら藪を突いて蛇を出してしまったかもしれない。

 

警戒度を引き上げた。

 

湿地帯の茂みを利用しての奇襲や戦車を沼のぬかるみに嵌めた事といい、どうやら地の利は敵にあるようだ。

軍人としての勘が叫ぶ。

甘く見ていい敵ではないと。油断するとこちらが喰われかねない。

 

.....だからこそ僥倖としか言いようがない。最も手強い敵を戦争の始めに倒せるのだ。これを好機と言わずして何と言う!

形の良い彼女の唇が弧を描く。

 

「小細工を行わせる暇もなくハイドリヒ伯はここで倒す!装甲大隊蹂躙せよ!!」

 

言下に連邦軍の攻撃はより苛烈に、より激しさを増していった。

目の前の帝国軍は防ぐだけで手一杯の様子。中戦車を主体とした装甲大隊の突撃にジリジリと押されつつある。このままいけばいずれ敵の守りは崩れるだろう。事実、アイスがどんなに小賢しい知恵を働かせようと、この戦いで連邦軍が負ける事はない。

 

そして、程なくして決着はつくだろう。

だがそれがどのような結末になるかまでは彼女にも分からない。

 

勝利はどちらの手に委ねられるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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