あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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四十八話

突如として発生した白い霧、理不尽な自然の猛威に襲われて混乱した第33装甲大隊。その長であるターニャ・グデーリィン大佐はそれらの収拾に奔走させられる事になった、おかげでハイドリヒ伯とその私設軍隊を取り逃がしてから――約12時間が経過していた。追撃はしておらず、それどころか部隊をまとめ終わると、その場に待機させ、僅かな供回りだけ連れて彼女は後方の大本営に向かった。

その理由は.....。

 

 

 

 

 

――コンコンと緊急用に設置された会合室の扉を叩いて、

 

「失礼します、第33装甲大隊長ターニャ・グデーリィン大佐です。招集命令を受け参りました」

「―――ああ、来たか。君で最後だ、空いた席に座りたまえ」

 

入室した彼女を待っていたのは、一人の男だった。いや、厳密には並みいる将校達が揃っているのだが、まずはその男を紹介させてほしい。

 

年は五十を超える。

だが年齢を感じさせない引き締まった体躯に、連邦軍将校特有の深緑のキャップと軍服を身に纏うその男こそ、北東戦線総司令官パエッタ大将である。

司令官に選ばれただけあり有能な士官だ。

 

彼は厳格な表情で席を示す、頷いたグデーリィンは静かに歩き、中央の机に置かれた地図を囲むように配置された――その空席に座る。

その間、周りに座っている士官達を横目で視認した。

錚々たる面々が揃っている、北東戦線における主要な指揮官達だ。

 

連邦加盟国ダキア公国の山猫旅団(ピシカサバティカ)

ルシタニア小連邦の群青大鷹師団(ブルディノス)、同じくカッパドキアのコルテマ騎士団、

トラキア将国の鉄馬機甲軍団、南国ヒスパニア砲兵大隊。アラビア・ペトラエア合同旅団。

これらは全て連邦に属する国々からの派遣軍隊だ。他にも無数の有力な部隊が各国々から提出されている。

それらを束ねるのが大西洋連邦機構において二強の一角を誇るヴァロワ共和国より選定されたパエッタ大将というわけだ。

 

(.......ん?)

 

主要所属国である軍人達が一堂に介すという中々お目にかかれない光景を、興味深く視線だけで見ていた時だ、一人だけ何やらおかしな軍人を見付けた。

というのも、その軍人は腕を枕にして寝ていたからだ。隠れて良く分からないが体格から見て男だろう。

それよりも、

 

.....こんな場所で寝ているのか、というか寝れるのか。

 

作戦会合室で眠れる男の胆力が凄まじいのか、只の阿保なのか判断に困る。考えあぐねていると、

 

どうやら最後の訪問者が到着した事で、中断されていたらしい会合が再開された。

この場で最初に口を開いたのはやはり。

 

「....ちょうどいい、今来た者も居る事だ。もう一度、件の内容を繰り返させてもらおう。この戦線の勝敗が左右される重大な事なので、今一度深く理解して頂きたい」

パエッタ大将の視線が私を見てそう言った。情報を把握出来ていないので大変ありがたい。

周りの将校達も渋々ながら理解を示してくれた。

彼らにとっては小娘の私に邪魔された事が不服なのだろう。

パエッタ大将は「ありがとう」と礼を述べ。

 

「.....それでは、私が君たちを呼んだ理由を話させていただきたい。......今から約六時間前の事だ、先行させていた連邦軍第15軍団からの通信が完全に途絶した。彼らは、現時点において失敗した帝国軍誘引包囲作戦に参加していた者達だ」

 

――帝国軍誘引包囲作戦。

それは作戦の名の通り、術中に嵌めて誘い出した帝国軍を、大軍をもって包囲殲滅する作戦の事だ。その第一段階は占領した帝国の防衛施設を利用して、偽りの救援信号を出させる事から始まる。そして、その信号に誘引され騙されて来た帝国軍を本隊――第2軍の力を持って全滅させるまでが作戦内容だ。単純でシンプルだが帝国貴族にはコレが良く効く。味方の窮地を救う事こそ貴族の誇りだと豪語する愚かな存在をターゲットにした作戦。第15軍団は誘引した帝国軍の退路を塞ぐのが任務内容だったはずだ、後退したハイドリヒ軍と接敵した可能性は十分に高いだろう。だが、それがロストしたと聞いても誰も驚く者は居ない。彼らは既に聞いた話だからだろう、しかし、グデーリィンにでさえ動揺は見られなかった。先んじて送られた通達を読んだためだ。

その作戦には私も......。

 

と、そこに嫌味な声が響く。

 

「おや、そういえば貴女もその作戦に参加していたのではありませんか?ターニャ殿」

 

声の方を向くと、ニヤニヤと厭らしく笑みを浮かべる男がこちらを見ていた。

お前は本当に私の味方か?と言いたくなる邪な顔の男は、連邦軍第19工兵連隊長オズマ大佐。残念ながら私に近しい軍の人間だ。

 

「.....確かに本作戦には参加していたが、何か....?」

「おお、いえいえ!別に失敗した責を追求するわけではありませんとも!.....ただ、どのような顔をしてこの場に来るものかと思っていたのですよ、敵を目前にして逃げられたというではありませんか!いやぁ、貴女の様な美人でも男に逃げられる事があるのですなぁ.....」

 

冗談交じりの言葉に、周囲からも笑い声が上がる。

何が楽しいのか冗句の程度が低すぎて笑えない。

この男、どうやら私に対してライバル意識があるようで。何かと突っかかって来るのだ。昔、演習訓練の時に女だからと舐めて掛かってくるオズマを完膚なきまでにのしてしまった事を未だに根に持っているらしい。狭量な男だ。

付き合ってやる気にもならない、無視を決め込む事に......。

 

「敵を逃がすとは貴女らしくもない。そういえばターニャ殿は帝国の血を引いているのでしたな、もしや同郷の人間に手心を加えたのではないか?なんせ貴女の率いる第33装甲大隊は.....」

「――黙れ!!」

 

瞬間――オズマを鋭く睨んでいた。熱く怒りが込み上げる。

何を言われようとも耐えるつもりでいた。だが私の出生と部下の事を言われるのだけは我慢ならない。

 

二人の間を剣呑な空気が流れる。周りの誰も止めようとはしない。彼女にどんな背景があるかを知っているからだ。連邦においても有名だった。腫れ物を扱う様なその目を見て、

グデーリィンはこの場に味方がいない事を改めて理解する。

もしかしたら中にはオズマ同様、仲間とすら思っていない者も少なくはないかもしれない。

分かっていた事だ。それでも自分と慕ってくれる部下の名誉の為にも退く気はなかった。

 

こういう席での口論はどちらに味方が多いかで決まる。その場合、包囲作戦で失敗した私に対して味方となってくれる者はいないだろう、場合によっては最悪、作戦失敗の責任追及にまで至る可能性がある。そうなると確実に大隊長の座からは降ろされる。応じて階級も格下げられるだろう。あるいはそれがオズマの狙いかもしれない。同階級の競争相手を蹴落とす為の演出。まんまと誘い水に乗ってしまったと云うわけだ。

.....例えそうだとしても侮られたままで黙っている私ではない。

 

オズマの顔が真っ赤に染まるような、怒りに悶える程の返答を装填して、口を開こうとしたところ、

 

「――あの、それで通信が途絶した味方の軍はどうなってしまったんですか?」

 

何だか気怠そうな男の声が。

その男を見て少し驚いた。

先ほどまで机に突っ伏して寝ていた妙な男だった。

その男がいきなりむくりと起き上がってパエッタ大将に質問を行ったのだ。

男の階級章を注目して目を見開く。准将を示すモノだからである。

自分よりも上の階級だった事に驚いたのだ。

誰も注意しなかったのは出来なかったからだ。

総司令官パエッタ大将の次席幕僚であり参謀に向けて起きろと言える者はいなかったようだ。

......いったい何者だ?。

 

剣呑な空気は、空気の読めない男のせいで曖昧霧散となった。

オズマもそれを察したのかチッと舌打ちをすると、余計な事をしやがってと言いたげな目で睨む。対する男は気にした様子もなく、やはり覇気のない目をしていた。

 

毒気を抜かされたオズマはそれきり黙る。流石にこれ以上なにかする気はないようだ。

だが変わって男を見る視線には何故か嘲りの感情が浮かんでいた。そして気づく、周囲の者もまた男を呆れたような目で見ていた事に。

それを疑念に感じるよりも早く、パエッタ大将がハアっとため息を漏らす。

 

「またかねウェンリー准将、先ほども同じ質問を聞いた気がするが?」

「はあ、そうでしたっけ。すみません」

 

頭を掻いて謝る男――ウェンリー准将は何とも覇気のない男だった。

ボサボサの黒髪に眠そうな目。悪くない顔立ちなのだが、どこか締まりのない顔。

何とも非常勤という言葉が似合いそうで。階級は准将。

何だかちぐはぐな印象を彼からは受ける。

 

.......ウェンリー?どこかで聞いた事があるような。

 

「まあいい、それで君の質問だが......恐らくは先行した連邦軍は壊滅したものと思われる、信じられぬことだが通信が途絶してから六時間なんの音沙汰もない以上、極めてその可能性は高い」

准将はようやく思い出したかのように、

「ああ、そうでしたね。それで閣下は危機感を覚え、部隊を集結させることにしたんでしたね」

のほほんと言った。

「そうだ。故に我らは一丸となって戦わなければならない!皆、私に力を貸してほしい!これは聖戦なのだ!民を長きに渡って蔑ろにする帝国を倒し、真の自由を与える為の聖戦!勝利だけが望まれる!それが各国の兵士を預かった私の責務であり!それが危ぶまれるのであれば全戦力をもって応じるのみ!皆でこの試練に挑もうではないか!」

 

パエッタ大将が、拳を固め、熱く語る。

その熱意に押されたのか、おおっとざわめきが起きる。同調する声が響く中、その横でウェンリー准将はあくびをかました。

見咎めたパエッタ大将が不機嫌そうに呟く。

 

「....ウェンリー准将。ヤル気があるのか君は」

「.....え?....あ、はい、もちろんです閣下。閣下のこの戦争に賭ける意気込みは感服に値します」

 

そんなこと微塵も思っていなさそうな淡々とした口調であった。しかも自分の将校専用の帽子をサワサワ手遊びしながらの事だ。誰からの目にも准将が集中していない事が分かる。

嘲るように誰かが小さく呟いた。「穀潰しのウェンリー」......と。

 

それで思い出した。彼の名は連邦軍において私とはまた違った意味で有名だ。

確か数年前に起きた戦争で奇跡的な戦功を上げた将校が彼だ。本名はウェンリー=オスマイヤ。

アラビアで起きた帝国との小競り合いに巻き込まれた難民を無傷で逃がした事で一躍有名になった。だがそれ以降目立った活躍もなく准将となった事で穀潰しと揶揄されるようになったと聞いている。

 

おおよそ准将の出世に嫉妬した者達が流したのだろう。

ままある事だ。現に同じ階級のオズマ大佐から難癖をつけられたばかりなのだから。

それにしても准将の態度は傍から見れば冷や冷やさせられる。

あれでは火に油を注ぐことにしかならないだろう。このままいけば叱責されるのも時間の問題だ。

 

何故か自分がハラハラしながら見ていると、誰かの手が上がった。浅黒い肌に黒髪。白いターバンを頭に巻いた男。確かあれはアラビアの将軍ではなかったか......。

 

「如何なされたイブラハム・カーン中将」

「具体的にどのような策を御考えか。大将殿は」

「うむ、まずはこれを見て欲しい」

 

その言葉によくぞ聞いてくれたとばかりに立ち上がると、パエッタ大将は前の檀上から降り中央テーブルまで歩いた。指図棒を手に持ち、テーブルに広げられた地図上を指し示す。

 

「ここが現在、我々が居る地点だ。ここから東23㎞先にラインという河川が存在する。第15軍団から最後の通信が届いたのも同一だ。辺境伯ハイドリヒ軍発見の報告の後、其処から先は通信不能の状態にあった。恐らくは敵の通信妨害があったと思われる――よって敵の大軍がアスターテ平原に集結している可能性が高い。第15軍団はそれと戦い全滅したと私は考えている」

 

ライン川を越えた先にある――アスターテ平原と思われる平地部分まで指示棒をスライドさせながらパエッタ大将は説明をする。

 

「総勢約8万の兵力を持っていた第15軍団が撤退する暇もなく倒されるなど、よほど戦力差に開きがあったとしか思えん、帝国は我々と同じように包囲作戦を取ったのだと考える。最低でも20万は必要な筈だ」

「20万.....!我が第2軍の総兵力よりも多いではないか!.....まて、最低といったか?」

「そうですな。残念ながら敵はそれ以上かもしれません」

 

その言葉で将校達の間に動揺が広がる。

パエッタ大将率いる本隊――第2軍の総兵力は15万。通常であれば頼もしさを感じる数字も、今だけはその威光に陰りが見える。帝国の20万という仮想数値に目に見えて不安を覚えている様子だ。オズマ大佐は顔を青ざめていた。

ウェンリー准将は.....ダメだ。ボーっと上の空で何かを考えている。本当に彼らと同じ情報を共有しているのだろうか。動揺した様子は全くない。

 

「――そこでだ!」

 

突然の大きな言葉に肩を震わせる。パエッタ大将が自信満々の表情で――――じっくりと将校達を見渡しながら言った。

「私はこの強大な敵を前に打ち砕く用意があります。それは三個分進攻撃です」

「三個分進攻撃?それはいったいどのような作戦なのでしょうか」

「簡単な事です、要は3つの軍団をもって三通りの進路から同時に攻撃を開始することで、敵はこの複数の戦況を同時に対処しなければなりません。まず間違いなく首脳部は混乱の極地に至る事でしょう。この作戦が成功した暁には驚くほど少ない被害で圧倒的な勝利を収める事が可能となります」

「おおっ.....!!」

 

絶対の自負が込められた発言に、色めき立つ各国の将校達。

だが、その中で一人の将校が声を上げる。

 

「ですが、軍を三つに分けるとの事ですが、敵よりも少ない我が軍を更に少なくすれば攻撃力の低下は否めません。これで三個分進攻撃が成功するでしょうか.....?」

「確かに.....」

「心配なされるな、我が軍を三つに分ける様なことはせん。北東戦線における二つの軍の力を借りる。つまり第6軍と第27軍の力をだ......!」

「ムーア大将とパストーレ中将の軍を!」

 

将校達の視線が一斉に地図に向かう。

ちょうどアスターテ平原を北と南で挟み込むかのように第6軍と第27軍の現在地を示す印が在るではないか。

 

「彼らの軍は既にライン川を越えている。そしてアスターテ平原より、およそ北40㎞の地点にパストーレ中将の第27軍12万が.....。南36㎞の地点にムーア大将の第6軍11万が行軍中だ。そして既に彼らとは話がついている。目下、アスターテ平原に向かって移動中とのこと......さて諸君これでも不安かね?」

 

張り詰めていた部屋の空気が弛緩するのを感じた。

パエッタ大将の言葉で安心した将校の気が緩んだのだ。作戦が成功すればアスターテ平原に計38万もの大軍勢が集結する事になる。安心するのも仕方ないと云える。

もうすでに勝ったと思い込んでいる者までいた。オズマは言うに及ばず、カーン中将まで一応の納得をしていた。

満場一致の流れが生まれ始めている事に言い知れぬ危機感を覚える。見積もりが甘いと言わざるを得ない。提言したいが左官程度の階級である私に発言力は皆無と言って云い。何を言おうと無駄だろう。

その時だ、思いがけない人物が発言を行ったのは。

 

「お待ちください閣下。それは早計です」

なんとウェンリー准将が真剣な表情でパエッタ大将に食って掛かったではないか!

パエッタ大将の顔色が変わる。

 

「なに.....?」

「我々がこの作戦通りに動いたとして、作戦通り術中に掛かってくれる訳ではありません。敵もまた常に考え動いている事をお忘れなきよう閣下」

「分かっておる、あたりまえではないか」

不機嫌そうに鼻を鳴らした。何を当然の事をといわんばかりに。

 

「それならば斥候を送り、より綿密に情報を探った上で判断する方が良いんじゃないでしょうか。今は少し慎重に欠けているように思えます」

「分かっていないのは君だよ准将。敵はアスターテ平原から離れる事は無い、大軍を動かすにはあそこが最も適した地形だ。むざむざ敵が有利な状況を捨ててまで動くとは思えん、ありえぬことだ」

 

パエッタ大将は帝国軍がアスターテ平原より動く事は無いと考えているようだ。確かに数十万規模の大軍を動かすには平原をおいて他にはない。普通の指揮官ならば地の利を活かして大軍を動かせるこの地に腰を構えるだろう。侵略者である連邦軍を迎え撃つには格好の場所だ、

 

「帝国軍がただ動かずにいるとは思えません、逆にこちらを攻撃してくる可能性もあります。その場合、地の理は敵にあります。奇襲を行うのは容易かと、ムーア大将とパストーレ中将にも注意喚起をしていただきたいと思います。」

「准将、君はこう言いたいのかね。敵はわざわざ平地を移動して第6軍と第27軍の各個撃破を狙うと」

「はい、閣下。確かに三個分進攻撃は素晴らしい案かと思います。ですが同時に危険も高い作戦です、今少し慎重に、第15軍がなぜ逃げる事も出来ずに全滅したのか、それを深く考える必要があると危惧します。まずはそれを調べてからでも遅くはありません」

「他に何があると言うのだ、第15軍は敵の策に嵌り包囲され逃げる事も出来なかった。ただそれだけであろう。ならば我々は更なる大軍をもって敵を討ち滅ぼすだけだ!」

 

パエッタ大将は自分の予想を確信している。准将の意見で今さら意思が覆ることはない、それが分かっているのか准将も渋い表情で――帽子を握り潰す。

 

「そういえば准将は第6軍と第27軍を本隊より分散させるのにも反対していたな、君が言っているのは慎重ではなく臆病者の考えだ。臆病では戦争に勝てんぞ」

「そうかもしれません。ですが.....」

「それにだ!我が軍には“アレ”があるではないか....。例え帝国が罠を張っていようとも無駄だ。その罠ごと踏み潰してくれるわ!これ以上の問答は不要だ!何かあるならば後日、報告書を提出せよ!」

「......分かりました閣下」

 

折れたのは准将だった。あるいは准将自身、自分の意見で大将の方針が変わるとは思っていなかったのかもしれない。それでも懸念するところをしっかりと伝えた度胸には驚かされた。

ジッと見詰めていると、何やら考えている准将と目が合った。キョトンと目を瞬かせている。

不覚にも綻んでしまう。

 

.......面白い人だ。

 

 

 

 

 

 

結局、軍の方針は三個分進攻撃に決定した。

ウェンリー准将が意見を具申した以外は誰も反対する者は出ず。

それで高官だけによる作戦会議は終いとなった。

 

パラパラと将校達が退出する中、私はとある人物を探す。

目当ての人物は直ぐに見つかった。まだ彼は席を立たず考え込んでいる様子。

邪魔をするのも気がひけるので待っていたら。

 

「ん?貴女は.....」

と、気づいて向こうから声を掛けてくれたので。

「ターニャ=グデーリィン大佐です。初めましてウェンリー准将」

「....初めまして、どうも。」

 

差し伸べられる私の手を見て、おずおずと握手を返してくれた。

ニコリと微笑み。

 

「先ほどの事ですが。上官にも臆せず意見する姿勢にとても感服しました」

「いえ....。大したことではないですよ。結局なんの意味もなかったわけですし。僕が何を言おうとあれは決定事項だったんだ。それを告げる場でしかなかった、分かっていながら言わずにはいれなかった.....」

「この作戦が失敗するとお考えですか准将は」

 

単刀直入に聞いてきた私に一瞬驚いた様子を見せる。そして、返答を考えているようだ。

いきなり来た私に言うか言うまいか悩む顔の准将は、考えた末に答えてくれた。

 

「実用性は認めるよ。成功する可能性もある。欠けているのは柔軟性とその先だね」

「その先....?」

 

「有史以来、帝国領に攻め入ったのはナポレオン皇帝の時世以来の事になる。大西洋連邦機構となってからは二度目の試み、名だたる名将が揃っているけれど侵攻作戦の指揮を執った事があるのは七年前に准将だったパエッタ大将だけだ。これからは先は我々にとっても未知の領域になる、幼子が初めて来る道で迷ってしまうように我が軍も帝国領の只中で道に迷ってしまう、幼子であれば親が共に連れだって行けばいい、だが我々には敵がいる。何が起きるか分からないのであれば綿密に探る事は重要となってくる」

 

「我が軍はそれを怠っているとお考えですか」

「彼ら自身そうは思っていないだろうね。だけど慢心が見えるのは否めない。恐らくその理由は史上初の600万を越える大遠征軍と新型兵器の存在によるところが大きいだろうね......」

 

言われて思い出す、あの巨大な兵器の威容を.....。

確かにあれには目を奪われた。

アレの存在を知った時はこれさえあればもはや帝国を恐れる事はない、と思ったほどだ。

そう考えれば、なるほど、私自身も知らず驕っていたかもしれない。

 

ちなみに私の部隊に連邦産の戦車がなかったのも、その存在が大きく影響している。

連邦軍が新型兵器を開発するのに力を注いだのは良いが、そのせいで生産工場が不足し、戦車の生産が間に合わなくなってしまったのだ。

そのせいで外国に力を借りるという、本末転倒な事になっていた。上層部は馬鹿なんだろうか。

その事を知った時はお腹が捩れるかと思った。主にお笑い方面の意味で。

 

副官には変わったジョークセンスをお持ちですねと言われた。

なぜだろう......。

 

その間に何かを考えていたウェンリー准将は私を見て言った。

 

「僕に協力してくれませんか。もしもの時を考え保険を取っておきたい」

「保険とは?」

「うん、もしも仮に.....この戦で敗れた場合、予想できる被害は甚大なものになります。僕はその被害を出来るだけ最小限に留めたいと考えています、そしてそれは迅速に指揮を執れるかでその被害規模は変わってくる。だけど混乱した戦闘時に他の部隊長と連絡を取っている暇はないでしょう。だから、その時は貴女に僕の指揮に従ってもらいたい。それは貴女の帝国籍部隊――第33装甲大隊にこそうってつけです」

 

その時、グデーリィンの目が細まった。

 

「......やはり知っていましたか私達の事を。......では先ほど助けてくれたのは最初からこれが理由ですか。オズマ大佐を使ったのも准将の仕業ですね」

「.....気づかれていたのか......ごめん、貴女のことは調べさせてもらった。彼を利用したのを認める」

 

やはりそうだったか。おかしいとは思ったのだ。

あの状況で他の将校が居る場で突っかかって来たのには違和感があった。そして准将が助けてくれた時に疑った。

そして今ので確信に至る。

 

「演技が上手いですね、いや、下手といったほうが良いのかな。なぜわざわざ私を知っている節を匂わせたのですか、今のがなければ気づかなかったでしょうに」

 

いや、分かっている。この人は人を騙す事に慣れていない。

だからこそ最後の最後にボロが出た。

わざわざこんな芝居を打ったのは必要に刈られての事だろう。

准将はいきなり頭を下げた。

 

「本当に申し訳ない!軍全体を考えての事とはいえ君に危険な役割を与えようとした事は確かなんだ。騙すようなことをした。でもさっきの話は嘘じゃない、軍人としてではなく、僕個人の頼みとして僕に力を貸してくれないだろうか」

「引き受けましょう」

「直ぐに返答を聞けるとは.....って早いっ!?......良いのかい?」

「構いませんよ、元々さっき助けてもらった礼を言いに来たのですから」

「だけどあれは.....」

 

そう。あれは私に恩を感じさせる為の仕込みだった。

そこに善意はなく、嫌らしい程に計算尽くした利算目的の行い。

凡人の皮を被り、その裏では謀略の限りを尽くしている。

だからこそ面白いと思った。准将の戦いはもう始まっている。仲間の生存確率を上げる為に人知れず動いている。だからこそ面白いと思った。

この男なら私を、私の部隊を無意味に使い潰す事はしないだろう。

 

......それに、男に助けてもらったのは初めてだ。

つまるところ。どうやら私は呆れた事に、私を利用しようとするこの男を気に入ってしまったようだ。

 

「―――良かったですな」

 

突然の声に振り返る。この場に居た将校たちは退出したはず.....。

二人以外誰も居ない会合室の扉を開けて男が入ってくる。

浅黒い肌のその男は.....。

 

「貴方は......カーン中将!....何故ここに?」

 

連邦属州アラビアの将軍、イブラハム=カーン中将その人だった。

なぜここに来たのかと疑問に思っていると、中将は笑みを浮かべながらウェンリー准将の元に。

まさか.....。

 

「そうじゃよ、俺もこの男の誘いに乗った協力者じゃ。この男には借りがあるからのう」

 

まるでこちらの考えを読んでいるかのように言った。

やはりか。よほどウェンリー准将は用意周到に事を進めているようだ。

まさか中将すら抱き込んでいるとは。

 

「中将には間で撤退の基点となってもらいます。大佐にはその流れに合わせて後詰をお願いしたい。僕は先導します、そうすれば全体を動かせる、詳しくはこれから話していきましょう」

 

「うむ、だがやはり妙な事じゃのう、戦う前に負けた時の事を決めるというのも」

 

「連邦が滅びない為に、僕らは戦で負けた時の事を考えるんです、次の戦いの為に。だからこの話し合いが無駄に終わる事を願いましょう」

 

「そうですね、結局のところ我が軍が勝てばいいのですから。これが意味の無い雑談になればそれに越したことはない」

 

「さしずめ僕らのしている事は捕らぬ狸の皮算用というやつですね」

 

「......何ですソレは?」

 

「諺です。たしか東の海を越えた先の国にあるキョウという国の言葉だったは

ず......」

 

...........................

 

 

 

 

 

......................

 

 

 

 

 

...........

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 


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