あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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四話

 

それは十八時間前の出来事。

 

「いいかおめーら!よく聞けよ、『獅子殺し』作戦の説明をするぞ!」

 

彼らが居るのはアース山脈の麓に広がる森の中。空いた広場で傷有り男の声が響き渡る。

 

「標的ラインハルト・フォン・レギンレイヴは目下この山に向けて接近中だ。奴はハプスブルクに繋がるこの山道を必ず通る。そしてこの村.....名前なんだっけ?」

「レニイ村です」

「そうそうレニイ村だ。ここを通るだろう。もしここを通過していくようならそれでいい、この地点に待ち伏せて獅子が網にかかれば襲って殺せ。恐らくコレになるだろう。本命のα案だ」

 

切り株に置いた地図上に指を走らせて、周囲を囲む部下達に説明を語る。

 

「しかし、もし標的がレニイ村で一晩を過ごすようであれば、表と裏に部隊を分け包囲する。その後慎重をきして明朝まで待ち標的を捕捉次第号令をかける。合図は『金獅子は檻に入った』だ。コレをβ案とする。だがこのβ案にはならんだろうがな」

「なんでですか?」

 

不思議そうにメガネをかけた青年が訊ねる。帝都でラインハルトを狙っていた青年だ。

 

「なんでってそりゃあ仮にも帝国の皇子が寂れた小村に泊まるかよ、貴族ってのはなあ温かい部屋と柔らかいベッドがなきゃ睡眠もできない生き物なんだぜ?そんな人種が汚ねえ部屋に泊まろうと考えること自体が異常だぜ」

「へ~」

 

感心したように頷く青年を見てチッと舌打ちする傷有り男。思い出したくない事を思い出してしまったという感じだ。

 

「話しを続けるが作戦決行時はこの服に着替えとけよ」

 

そういって取り出したのは野盗が着るような小汚い衣服。何年使い込んだの?と思わずにはいられないボロボロの状態だ。ほつれにほつれている。

 

「なんですかこれ」

「万が一にも俺達の正体が知られちゃならねえ。存在しない存在、それが俺達『マスカレード』だ。そして標的が標的だけに今回は銃火器の使用も禁じる。銃弾の一つも残すな。俺たちの正体を匂わせるな、俺達はただの小汚ねえ山賊風情だ。支給した山刀だけを使え、いいな!まさかビビってんじゃねえだろうな相手は剣を嗜む坊主と護衛の女一人だけだ!」

 

喝を入れるように声を飛ばす傷有り男の言葉に男達はまさかという顔で笑う。

その中でメガネをかけた青年だけあっそうだと云う感じに手を上げる。

何事かと思ったが何とも気の抜ける内容だった。

 

「そういえばあの女の人めちゃくちゃ美人さんでしたよね!セルベリアさんでしたっけ『蒼き女神』セルベリア・ブレス!この女軍人さんはスゴイって聞きますよ?」

「ああ?」

 

傷有りの男は呆れたように青年を見て、

 

「だからなんだ。女一人に俺達が負けるとでも思ってんのか?外様風情が口出しする気かおい!」

 

傷有りの男はメガネの青年を睨みつける。

とんでもないっと言うように手をバタバタと振り笑顔で答える青年。

 

「まさか、そんなことしませんよ、お好きにやっちゃってください。僕は只の派遣された狙撃兵ですから....」

 

――でももし、貴方達が失敗すれば僕が後始末するんですからね。

 

ニコニコと笑みを浮かべる青年の目が一瞬鋭く光った気がする。

....いや、まさかな。

それを気のせいで済ませた傷有り男は苛立った様子でタバコを咥えた。

 

まさかこの後、十八時間もの間待機することになるとは思ってもいなかった傷有り男である。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

山の斜面で光が反射した。それは狙撃兵の青年が捕捉した際に使っていた双眼鏡の光である。

ほんの一瞬、太陽の光に反射しただけの誰も気づく事のない光を、ラインハルトは見逃さなかった。

 

「あれは.....まさか」

 

光りが反射した遠くの斜面に視線を飛ばすも。流石に分からない。

次に自宅に入ろうとしていた村長に目を向ける。

 

「老公。聞きたいことがあります」

「ん、なんじゃい?」

「先ほど山菜のスープと言っていたが、山菜を摘むのはこの村の人にとって珍しいことではないのか?」

「うむ、そうじゃよ。みんな山菜を取って食べるのお」

「そうですか。では今の時間あの山の斜面で山菜を取る村人に心当たりはありますか」

 

斜面を指し示してたずねてくるラインハルトを怪訝な表情で見やり。言われた通りの方向を見る。

 

「あそこか?いや、あそこには誰も立ち入らんぞい。あそこら辺は毒草の群生地帯じゃからな。薬師のばあさんぐらいしか行かんのお。そのばあさんにしたって最近腰を痛めたらしく行けなくなったと喚いておったわい。それがどうかしたかの......こ、こりゃどうしたね!?」

 

ラインハルトは駆け出し勢いよく扉を開ける。途中追い越した村長が驚いた様子を見せたがあえて無視した。

 

「セルベリア!緊急事態だ!臨戦態勢をとれ!」

 

家の中に向けて大声で呼びかける。見間違えであればそれでいい。しかし、自分の考え通りだったら、もしかしたら一刻の猶予もないかもしれない。

急いでセルベリアの居る部屋に入る。

 

「セルベリア起きているか?」

「は、申し訳ありません。直ぐに準備を終えます」

 

既に起きていたセルベリアは軍服を身に纏い、軍刀を腰に帯びているところだった。

 

そこから十秒もかからず臨戦態勢となり、ラインハルトに跪く。

後は命令を待つのみだ。

 

「今すぐ裏手の山に向かい索敵せよ、今現在この村が狙われているかもしれん。もし敵対勢力を発見した場合。即刻殲滅せよ」

「はっ!かしこまりました!」

 

それは簡潔すぎる命令だった。

なぜ、どうして、誰が、何のために。

あらゆる情報が不足していたが、セルベリアは戸惑う事すらなくラインハルトの命令に了承した。

 

すぐに立ち上がり、命令を遵守しようと動き出すセルベリアの背にラインハルトは声を飛ばした。

 

「状況の打開が困難だと判断すれば、『盾』の使用を許可する!必ず生きて戻れ」

「はっ!」

 

ラインハルトの声に答えたと同時に村長宅から飛び出したセルベリアは裏手の山に向かって、放たれた矢の如く走り出す。

 

 

 

 

 

★    ★     ★

 

 

 

 

 

森の中に入ったと同時に、人の気配と濃密な殺気を感じる。瞬間、刃の閃きがセルベリアの視界に映った。

木の陰に隠れていた山賊風の男が飛び出してきたのだ。

振りかぶった山刀で斬り掛かってくる。

 

「ふっ!」

 

すぐさま横に身を捻り斬撃を躱すと、軍刀に手を添える。刺客の目が強張った。

しかし、もう遅い....。

 

「ハアッ!」

 

裂帛の抜刀と共に男の胴を切り払う。

血煙を吹きながら崩れ落ちる男を冷ややかな目で見下ろすセルベリア。

この時、男が剣を振るい崩れ落ちるまで三秒と経っていない。

瞬く間に決着したのだ。

 

「ば、馬鹿な」

「なぜ襲撃を仕掛ける前に俺達の動きがバレている!?」

「なぜだ....!」

 

一瞬の内に起きた仲間の死に戸惑いの声を上げる山賊風の刺客。対処の早すぎるセルベリアの行動にも驚いている様子だ。

 

「問おう。何者だ貴様ら。ただの野盗には見えんが、私達が目的か?」

「......」

「答えぬならば、斬る!」

 

無音の答えが開幕のスタートになったと知らない刺客の男は、驚くべき速さで迫るセルベリアに目を剥く。

咄嗟に後ろに飛び退くと、

冗談のような速さで振り切られた軍刀が浅く胸を裂く。

胸の痛みを堪えて、斬撃をセルベリアに浴びせようと山刀を振るうが、圧倒的な反応速度で斬撃を躱すと軍刀を横凪に振るい腹を切り裂いた。

臓物をこぼしながら刺客が倒れようとするのを無視してセルベリアは先に進む。

 

気配を消して森の中を無造作に歩き続けると、いきなり近くの茂みに軍刀を突き刺した。

 

「ガぁ!?」

 

絞り出すような断末魔が上がった。引き抜く軍刀の切っ先にはベットリと血が付着している。

茂みに隠れていた刺客の血だ。

茂みを覗き確認すると刺客の亡骸がある。胸を一突き、即死だろう。驚きに染まった表情が印象的だ。なぜ自分が見つかったのか分からないままに死んだのだ。

 

「お前達は殺意が濃すぎる.....視線に殺意が乗ればすぐに分かるさ」

 

軍刀を振って付着していた血を払うと視線を横に向ける。

三人の刺客がセルベリアを囲むように立っていた。

 

「こんどは三人がかりか。いいのか、全員を呼ばなくても?」

「ほざけ!」

 

嘲笑するようなセルベリアの挑発に刺客たちが一斉に剣を向け走り出す。

三方向からの同時攻撃だ。これならひとたまりもあるまい!

勝利を確信した刺客達の攻撃に、セルベリアの対応は実に迅速だった。

まず真正面の刺客に対してセルベリアは距離を詰めた。

刺客の男もそれならばと迎え撃つ。この女は確かに強い。だが、三合まで持ちこたえれば味方がセルベリアの背中を切り裂くだろう。

そんな勝利の予想はあっさりと裏切られることになる。

刺客が牽制して山刀を横凪に切り払うと、セルベリアは跳躍して山刀を躱す。嘘のように刺客の頭上を飛び越えたのだ。

しかもギョッとする刺客の隙だらけな後頭部をセルベリアは伸びやかな足で強く蹴った。後ろ向きで蹴ったにもかかわらず正確に刺客の脊椎部分を強打しボギャっと響く鈍い音。

昏倒する刺客。死んではいないだろうが、もう一度立ち上がれるかは不明だ。

 

華麗な動作で地面に着地すると振り返り、駆け寄って来る二人の刺客を捉える。

仲間が倒されたのを気にも留めず刺客達はセルベリアと剣を打ちあう。

一瞬でも仲間の方に注意が向けばたちまちあの女の軍刀は俺達の命すら奪っていく!

そう理解した刺客達は冷や汗をかきながらセルベリアに向けて鋭い一撃を放つ。

しかしこの女は只者ではなかった。

二人がかりで斬撃の雨を浴びせるが、セルベリアは冷静に軍刀で打ち払う。

一合、三合・・・・絶え間なく刺客達はセルベリアと切り結ぶ。

しかし鉄壁の防御を崩せない。逆に男達の体が刀傷だらけになっていく。

なぜだ!手数はこちらが上なのに、どうして俺達が傷を負っている!?

そんな思いが肩で息をしている男の顔にアリアリと書かれていた。圧倒的な力の差に男の戦意は消失していく。

無理だ、勝てない。

とうとうそう思った男は立ち尽くすが、もう一人の仲間はそう思っていないらしい。

今も必死でセルベリアと戦っている。

しかし、二対一で崩せなかったセルベリアの防御を一対一で突破できるわけもなく。

程なくして決着はついた。

恐怖と疲れで大振りになった一撃をセルベリアは半身で躱しフェンシングの要領で軍刀を突いた。

それまでと異なり変わった剣法に刺客は対処できず、反応する間もなく喉を貫かれた。

ごぼりと口から血反吐を吐きながら、白目を剥いて倒れ伏す刺客の男。

 

「ひいっ!」

 

立ち尽くす男の口から情けない悲鳴が漏れ出る。

セルベリアの視線が男に向く。

男は思わず後ずさった。

 

「どうした来ないのか?仲間は死んだぞ、後はもうお前だけだ」

「来るなぁっバケモノぉ!」

 

恐怖のあまり涙や鼻水を流しながら子供のように喚き散らす男は、山刀を向けて必死に牽制する。

その光景をひどく冷めた表情で眺めていたセルベリアは男に問う。

 

「死にたくないのか?しかしお前達は私達や村人を殺そうとしていただろう。自分が殺されるのはいや等と理に反しているではないか、罪のない人々を殺そうとしておいて、自分達は殺されたくないなどと、そんな不条理が通るはずがないだろうが!」

 

淡々と紡がれていた言葉が段々と熱を帯びていき、後半においては列火の如く燃え上がった。

押し込めていた殺意の衝動を解き放つ。途端、圧倒的なプレッシャーが男に襲いかかる。

 

「ひっ!ヒィイ!!」

 

不可視の圧力に押された男は地面に尻もちを着き、ブルブルと震える。

 

「いやだぁ、死にたくねえ!」

 

歯の根をカチカチと響かせながら訴える。

 

「....生きたいか?」

「生きたい!生きたいよう!」

 

セルベリアの言葉に必死の形相で首を振る。

 

「ならば貴様らの正体・その構成人数と作戦内容を教えろ。剣を交えて分かったが、やはりお前たちは只の野盗ではない。正統的な帝国式剣闘術を修めているな」

 

帝国式剣闘術は貴族や士官といった一部の人間にしか教えられない剣術だ。まかり間違っても平民が学ぶ機会はない。

ならばこいつらは軍人崩れの野盗かと思うが戦時中の今、逃亡兵に対しては厳しい監視の目がついている。これだけの数が逃げれば上層部に報告される筈だ。

帝国軍は逃亡兵を一級戦犯として扱うから追手もでているだろう。前線からここまで逃れてきたと考えるのは少々現実的ではない。

 

だとしたら答えは......。

 

「そ、それを言えば見逃してくれるのか?」

「.....ああ、約束しよう」

 

答えを導きだすよりも早く刺客の方が白旗を上げた。

正直に答えてくれるなら話は早い。

 

「さあ言え、お前達は何者だ?仲間はあと何人いる」

「......お、俺達は『マスか.....あ?」

 

恐る恐る言おうとしていた男がいきなり、えっと云う顔になる。蚊に刺されたような気安さだ。

 

セルベリアの目が見開かれる。視線の先には、

刺客の男の胸から一本の矢が生えていた。

ようやく気づいた男は、

 

「あ、ああああ......!!」

 

悲壮な表情で悲鳴を上げる男はそれを最後に糸の切れた人形のように地面に倒れる。

セルベリアは驚くよりも先に、木の裏に隠れた。

 

木々の先からしわがれた男の声が響いて来る。

 

「やーれやれ、何を喋ろうとしてんだろうねえ。俺の子分に口の軽いやつが居たなんて悲しいぜ、君もそう思うだろ?」

 

セルベリアは隠れた木の影から相手を窺う。声のした方向に奴はいた。

隠れもせず堂々と立っているその男には顔に傷があった。

タバコを吹かしながら片手に弓を持っている。

傷有り男はジロリと森の惨状を見渡す。

 

「みーんな殺しちまったかあ。また一からやり直しだなあおい。どうしてくれるんだよ俺の可愛い子分達をみんな殺しやがって」

 

その可愛い部下を射殺した男の口から出ていい言葉ではない。セルベリアは声を張り上げて男に問うた。

 

「お前が指揮官か!」

「そうだよ。俺がこいつらの親分だ」

 

確かに格好は正に山賊の親玉といった表現がお似合いだが、手にもつ弓と背に掛けた矢筒の所為でどちらかというと狩人のようだ。

 

「指揮官自らが出てくるとはな!」

「言うねえ。お前が俺の子分どもを殺しまくったからだろうがよ」

 

セルベリアの言葉に含まれた意味に気付き苦笑する傷有りの男。

次の言葉はさらに苛烈であった。

 

「安心しろ、その部下達と共に冥土に送ってやる!」

 

言葉と共にセルベリアは軍刀を構える。

 

「....来いよ、俺を殺せばあんたの勝ちだ。だが、その前に俺の一弾があんたを射抜くがな」

 

煙草を吐き捨てた傷有り男も弓に矢を番える。

 

静寂が場を支配する。

 

それは嵐の前の静けさのようで、

 

神経を集中させる二人にはもはや木々のかすれる音すら煩わしい。

 

二人のちょうど中間でつむじ風が舞い、木の葉が踊る。

 

やがて風の輪舞は終わりを告げ、木の葉は地面に落ちた。

 

その瞬間――セルベリアは風のように走り出した!

 

 

 

 


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