あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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五十二話

アスターテ平原に響き渡る破裂したような音響弾の合図は遠く離れた場所からでもよく聴こえた。

正方形に陣を構える帝国軍の遥か最後尾の奥、最も安全な位置に布陣された本陣。時が来るのを待っていた金髪の男は、此処にまで届いたその音を耳で拾い、微かに笑みを浮かべた。

味方の軍勢に囲まれながら仁王立ちで前を見据えていたその男――ラインハルトは全軍を見渡しながら語り掛けた。その声を何万という人間が聞く。

 

「全軍傾注せよ.......長らく待たせたが、時は来た。これより連邦軍との交戦に入る。篤と知れこれは只の一戦ではない!西方戦線における重大な戦略の要となる一戦だ。ノコノコとやって来た侵略者を一兵残らず殲滅する。この一戦において降伏を受け入れる事はなく、彼の軍の全滅、それだけが俺の求めであり、それこそが帝国の安寧に繋がる。俺は......俺は戦いが好きではない、だが時に戦わなければ生き残れない事を俺は知っている。力を持たない者は淘汰される世界である事を俺は身をもって知っている。故に諸君等に問う、諸君等は弱者か?奪われる側の人間か?」

 

やけに静かな時間が流れ、その一瞬後。――何万という人間の声で空気は震える。

 

「否!―――否!!我らは帝国の先兵なり!帝国が示す力の代行者なり!我らの進む先に敵は無く、踏み荒らした大地には屍の道が出来ている!」

「よくぞ吠えた帝国の益荒男達よ、ヴァルハラの英雄達よ!その言葉に偽りなくば俺に示すがよい!この俺ラインハルト・フォン・レギンレイブに証明せよ!汝らにヴァルキュリアの加護あれ!――第一陣前進せよ!!」

 

 

 

 

 

 

戦前の通例の一幕を終え、帝国軍第三機甲師団がラインハルトの命令で前進を開始する。

百の戦車と万に届こうかという軍勢が遮蔽物となっていた丘を駆け上がり向こう側に消えていく。

恐らく今頃は丘を埋めつくさんばかりに駆け下りる帝国軍を見て連邦軍はさぞかし驚いている事だろう。

彼らの視点からはこの特殊な地形を知る術がないからいきなり現れたように見えるはずだ。

「続けて戦術支援榴弾砲を平原の連邦軍に向けて叩き込め。間違ってもアイス.....ハイドリヒ卿の軍に当てるな。あくまで敵を動揺させるのが狙いだ、ハイドリヒ卿の軍が立て直す時間さえ作れれば良い」

「かしこまりました......『支援連隊に告ぐ、作戦行動開始、敵を一掃せよ』」

 

通信士を介して命令が通達される。それから少しの時間を要して配置していた幾百という砲兵隊が同数の榴弾を撃ち始めた。激しい砲火の音が連続するのを聞きながらラインハルトは傍に控えるように立っていた副官に問う。

 

「ここからは出し惜しみなしだ全力で叩く。その場合、やはり確実なのは物量戦だろう。.....だが拮抗した戦力では圧倒的な勝利は望めない。こちらも相応の出血を強いる事になる、当然それでは駄目だ。今後を考えるのであれば被害は最小限に留める必要がある。......ならば早々に切り札を切るべきか、否か?」

 

その副官――皇近衛騎士団団長シュタインは指先を細い顎に触れると、少し思案気に目線を落す。女性のように整った顔立ちをしているからそれが何とも明媚に映る。

 

「.....戦とは流れです。勝敗は常に戦場を流れる情報によって左右されるもの。敵は殿下が考案した釣り野伏せによって少なからず動揺しているはず、優勢の流れはこちらにあり、主導権を握っている立場にあります。そして、この権利を握り続けた方が勝者となります。ならば離す道理はないかと......」

「なるほど、良く分かった。戦場の主導権は俺が握りつぶすとしよう.......温存していた戦術機甲殻兵200名と突撃機甲旅団は出撃開始、なお先んじて送った機甲殻部隊も回収と整備が終了しだい各自復帰させよ」

 

現状持ちうる二つの切り札をラインハルトは早々に行使する覚悟を決めた。

本来であれば温存するべき二つの部隊。

計画の内であれば戦場に上げるのはもう少し先の事になるはずだった。

だから、これから先は計画から外れた所から戦いが進められていくだろう。

そうならざるをえなかった理由は幾つもある。

その一つは。

 

「.....本来の計画であればここでセルベリア率いる遊撃機動大隊を出陣させるはずだった。連邦軍を正面から“崩す”役回りだ。セルベリアの力と我が軍の物量で戦えば敵は即座に瓦解した事だろう。そうなれば次の策で圧倒的な勝利を見込めたはずだ」

 

それが最も被害が少なく、確実に勝てる勝利の方程式。

だがその理想の方式は脆くも崩れ去る。

度重なるイレギュラーが起き、セルベリアは居らず。

挙句の果てに暴走した部下を追って敵陣の奥深くに消えたアイス。この地に到着したラインハルトが真っ先にその事を報告で知った時はさすがに焦りを覚えた程だ。必死に策を講じて。

大軍を伏せた後、すぐさま救援部隊を送り出すことにした。

それがギュンターやイムカ達と云う訳だ。

作戦の性質上、敵にこちらの軍が気取られぬよう少数しか出せなかった事から送り出す部隊は精鋭である必要があった。それが功を奏し秘密裏に進行していた計画は何とか成功と言える所まできていた。たった一つのボタンの掛け違いで失敗していてもおかしくはなかっただろう。此処まで来れたのは一重にその場その場でのアドリブが何とか上手くいき。狂いかけた歯車を無理やり噛み合わせただけに過ぎないのだ。

今回の戦いは完璧な計画なんてものは存在しないと云う事をラインハルトに教えてくれた。

現在、筋書き通りに動いているプランはせいぜい当初の半分くらいだ。

何度、本当にコレで良いのか?と己に問いかけただろうか。

計り知れない重圧と不安が全身に圧し掛かる。

 

―――が、ラインハルトは不敵な笑みを浮かべて見せた。

全ては己の筋書き通りに動いていると周囲に思わせる為だ。

引き連れてきた軍勢の細かな数は総じて約11万4千人。物見の報告では敵の数は対岸に居る軍も合わせて8万と云った処らしい。ここにアイスの軍も合わせれば十分に勝機を見いだせる数だろう。だが、敵はそれだけではない、それ以上の軍が控えている事は確実。最悪倍以上の敵と戦う事になる。だとすればこんな序盤で不安な態度を部下に見せる訳にはいかないのだ。どれほどの敵だろうと俺なら勝てる。そう思わせる。

だからこそ此処で圧倒的な勝利を演出しなければならない。

その為に、彼らにはセルベリアの代役を担ってもらう。

だが同時にラインハルトには重大な懸念があった――

 

「本当に二つの部隊で事を為せるか?決定的な一打を叩き込み戦の趨勢を初手で決める、それには敵を瓦解させる程の衝撃を与える必要がある。その場合、ヴァジュラが有効打になりうる筈だった。だが既にヴァジュラス・ゲイルは敵に知られている以上、それは極めて難しい状況となった、人は未知に恐怖するが二度目であれば対抗策を考えようとするからな.......。っやはり俺はまた選択を間違えてしまったのか.......いや、そんなはずはない!あの一手が間違いなはずがない、友を救う為の行動が無駄なはずが....!」

 

たった一つの迷いが、真っ白な紙に墨汁を垂らしたような滲みとなった。

焦りと不安から、気づけば自らの弱い本心を吐露していた。

本当にあの時の命令が最善だったのか分からない。

言葉にすればするほど疑念が湧き上がってくる。

疑念は焦りを生み、焦りは不安に繋がる。悪循環に嵌りかけたその時、

 

「落ち着いて心を沈めなさいハルト」

「――っ!」

 

母が子に掛ける様な優しい声音。その懐かしい呼び掛けでハッと我に返る。

それはまだ幼少時代の頃に呼んでくれて今では言わなくなった自身の愛称。あの頃と変わらず落ち着きをもたらしてくれる効果は健在のようだ。

それは恐らく昔から彼は俺にとって兄のような存在であり、母の様に慈しみを与えてくれる存在だったから安心するのだろう。

外れかかった仮面をはめ直す。――いつものふてぶてしい不遜な顔を張りつけた。

 

「....すまない師匠もう大丈夫だ。......駄目だな考えすぎるのも、もっと良い選択が無かったのか何て、答えは出ない。考えれば考える程深みにはまってしまうだけだというのに」

「仕方ありません、殿下は戦の経験があまりないのですから、ご自分の指揮に不安を感じるのも指揮官として当然の事です」

「それもあるんだがな......」

 

ラインハルトは眼前の平原を見渡す。

確かにシュタインの言う通り戦経験の浅さからくる不安もあるのだろうが、きっと他にも理由はあった。このこびりつくような焦りがどこから来ているのか思い当たる記憶がある。

.....やはりあの時、夢で見た光景と似ているな。

 

「この辺りなんだ、七年前に俺が敗北を喫した因縁の地は」

「.....そうでしたか」

 

感情を思わせない声音で静かに呟く。

シュタインも知っているはずだ、七年前に起きたあの出来事を。

あの日、俺はほとんど全てを失ったと言っても過言ではない。

俺の力になると言ってくれた者は一人を残して等しく死んだ。

そう仕向けた者が居る――それを知った瞬間から俺の復讐は始まった。

その為に“禁じた知識”すらも使う事を決めたのだから。

 

だが七年前と同じ場所に立つ事に、知らず俺は恐怖していたのかもしれない。

余計な事を考えたのも防衛意識が働いた故の事だろう。

自己分析を済ませ不安を払拭していると。

スラリと腰の剣を抜き放ったシュタインは直剣を胸に翳し恭し気に言った。

 

「御安心を殿下。今度は私達が守ります、我ら皇近衛騎士団(ロイヤルガーディアン)が貴方をあらゆる害威から護り切って見せます、だから殿下は御自分の為すべき事だけを御考えください」

「......そうだったな。お前達が居るから俺は何も不安に思う必要はない。そして彼らは俺が作った最強の部隊だ、何も心配する事はなかった。ただ作戦を遂行する事だけを考えよう――これより我ら全軍は打って出るぞ!」

 

征暦1935年3月30日

 

日が傾き始めたアスターテ平原にて、

連邦・帝国軍合わせて20万を超える大会戦が行われようとしていた。

両国の歴史から見ても稀な大規模戦闘である。

そして、これは後に起きる。

連邦との間で繰り広げられる数多の戦いの、ほんの序章に過ぎないのであった。

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます!
気が付けばこの物語も一年目を迎える事が出来ました。これも読んでくれる読者さん達のおかげです。本当にありがとうございます!拙い作品ですがこれからもよろしくお願いします。ダラダラ続けるつもりはないので早く終わらせます。ほのぼの日常編を書きたい。でも書きたい事が多すぎて進まないジレンマ。

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