あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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五十三話

――5年前。

 

それは肌寒い日の事だった。

夜の帝都を人々が白い息を吐きながら帰路に着く中、ひときわ賑わいを見せる帝都の一角、今もまた一組の軍人達が手を擦り合わせながら店の中に入っていく。俗に酒場と呼ばれる所だ。

凍える体に酒を入れて温まろうというのだろう。他にも多くの店が軒を連ねていて、同様の理由で訪れる人で活気が溢れている。大きな歓楽街。

 

帝都に多数見受けられる寄り合い所とでもいうべき街角の店に一人の男が居た。

 

酒場なのだから当然だろうが、その風貌は周りの者とは少々異なっていた。

バーカウンターに座るその男は、酷く疲れている様子だ。

着ている服も元は高価な下地で仕立てられた物だろうが、今は草臥れて見る影もない。

髪は何日も洗っていないのか油まみれで、ネギ坊主のままに伸びる髭で口元は覆われている。

外見だけで判断すれば完全に浮浪者の様相であった。

店主が立ち入りを禁止しない所を見るに知人の常連なのだろうか。

そうでなかったら追い出されても仕方ないと思える程だ。

 

抜け殻のような男に当然ながら誰も関わろうとしない。

それどころか不自然なほど男の周囲には誰も居なかった。

ぽっかりとそこだけ空間が空いている。

まるで男と関わるのを恐れるかのように。

 

男もまたそれを望んでいるのか一言も喋らずグラスを傾け黙ってチビチビと酒を舌で飲んでいる。何とも寂しげな雰囲気だ。

 

............。

 

それから時計の針が一時間を回った時。

軋む音を立てながら酒場の扉が開いた。

 

ふと店中の視線が向けられる。

いつもであれば直ぐに視線は興味を失い霧散するはずがその時だけは違った。

僅かに驚きや息を飲む声があちこちで起きる。

なにやら動揺が広がる中、やはりあの浮浪染みた男だけは興味を持たず背中を向けたままだ。はなから自分には関係ない事だと考えているのか無関心だった。

 

だが意外な事に新たな来店者の足音は男の方に向かっていた。

そして、

 

「フレッサー少佐だな?」

「......あ?」

 

自分が声を掛けられるとは微塵も考えていなかった事から反応が遅れた。その男――オッサー・フレッサーはそこで初めて背後を振り返った。まず視界に入り込んできたのは鮮やかな黄金、目を奪われ。次いで輪郭を捉えてようやくそれが髪の色だということに気付く。驚くほど整った顔立ちの少年が立っていた。その横には銀髪の少女。こちらも見た事がないほどの美貌で、今まで見てきた美女が全て色褪せるほどに少女は美で構成されていた。

少女の反対側には黒髪の女が立つ、流麗な立ち振る舞いは堂に入っており、腰には儀礼用の剣を帯びている。

妙な三人組だった。中央に立つ少年を見詰める。

上等な仕立ての服装で身なりの良い格好をしている。

平民ではありえない。

だとすれば、

「貴族か.....。失せろボウズ、誰だか知らんが俺に関わるな」

「貴様.....っ!」

 

少年の言葉を無下に一蹴する男を銀髪の少女が睨みつけた。

前に出ようとする少女をスッと横合いから伸びた手が制止する。

少年が止めたのだ。その目はこちらを見ていて、

 

「勘違いしないでもらおうか。俺は貴族じゃない、そして貴方が大の貴族嫌いだと云う事も知っている。上官であるテイラー男爵との間で起きた事も既に調査済みだ」

その言葉でオッサーは察した。

「ああ、なら調査官か、とうとう俺を捕らえに来たってわけだ。.......チクショウが俺から何もかも奪うだけじゃ飽き足らず今度は俺自身って事かい、貴族様の手口には反吐が出るぜ.....!」

 

部下達を奪うだけでなく地位も名誉も落とされて、あげく今度は尊厳までも取り上げるのか!

落ち窪んだ瞳から覗く眼光が少年を睨む。

剣呑な空気が酒場を覆った。今にも男は爆発しそうな様子で。

そうなれば少年に殴りかかっていただろう。

実際そうなっていれば即座に少女が間に割って入り、瞬時に拳打を男のどてっ腹に埋め込んでいただろうからオッサーが動かなかったのは幸いでしかないのだが、そうとは知らないオッサーはゆっくりと拳を固めようとする。

だがそれが振るわれる事はなかった。少年の次に発した言葉が驚愕に過ぎたからだ。

 

「――いや貴方が捕まる事はないよ、なぜなら君の上官であったテイラー男爵は今頃、牢屋の中だから」

 

「......は?」

 

何だかデジャブな反応だが、その驚愕の度合いは大きく違った。

オッサーにとってそれは正に驚天動地の事だ。

捕まった?あの貴族が.....?ありえないだろう。

少年の言った言葉を上手く呑み込めない。理解と拒絶が巡るましく巡って思考が乱れに乱れた。

ようやく言葉に出来た事といったら。

 

「う、嘘だ!」

 

これだけだ。

ブルブルと震える大男を静かに見据える少年は嘘つき呼ばわりされながらも怒りは見せず、ただ落ち着いて言った。

 

「信じられないのなら、後日、確認に来ればいい。だがこれだけは言っておく、もう貴方は自由だ。軍に戻る事も出来るだろう」

あまりにも少年が淡々としているものだから、本当なんじゃないかと思えてしまう。

「.....仮にそれが真実だとしてそれが出来るお前は、いや、あんたは何者なんだ?なぜ一介の平民如きにこんな事をしてくれたんだ......?」

「別に俺とて只の道楽のつもりで助けたわけではない、俺の利になると判断したから動いただけだ。.....それに、お前は奪われる痛みを知っている。俺もあの戦争で経緯は違えど大切な者達を奪われた身だ.....なぜか他人事だとは思えなくてな、見過ごせば俺の負けだと思っただけだ」

 

そう語る少年の瞳はどこか空虚で乾いていた。哀しみと悲嘆が入り混じる悲しい瞳だ。

いったい何をその目は見たのか、

どれほどの絶望を抱いたのか少年の過去を知らないオッサーにうかがい知る事は出来ない。

だが計り知れない悲劇があった事は想像に難くない。自分もまた同じ目をしていたから分かる。

その年で俺と同じ量の絶望を知っている少年に同情する。

....もし本当に彼の言っている事が真実であれば、彼は俺の恩人になる。誰も助けてくれなかった世界で唯一俺の味方をしてくれたこの貴族の少年に恩を返してやりたい。

 

それは同情から来る思いだったが、徐々に膨らんでくるその思いは時が経つにつれて強い信念になる。

 

「.....さっき貴方は自分の利になると言ったな。それは何だ?俺が貴方に与えられるモノは少ないが俺に出来る事があるなら言ってくれ、貴方の助けになりたい」

「恩を感じる必要は無いんだが、だがそうだな俺は善人じゃないからな、もし俺に恩を感じるというのならこの手を取れ......俺に力を貸してくれ、もう奪われたくないんだ」

 

後に思い返せばその言葉に込められていた感情は懇願だったと思う。

祈るような思いだった。もう大切なモノを失いたくない。そんな感情が痛いほど伝わってきた。

だからその手を掴むのに何ら躊躇はなかった。

 

差し伸べられた手を自分の大きな手が掴んだ瞬間、オッサー・フレッサーという人間は立ち上がった。どん底に落とされた闇から這い上がるために。

その目はもう強い輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

オッサー・フレッサー准将は自他ともに認める叩き上げの軍人である。

貧民街で生を受けた彼の家もまた貧しく。

次男坊であった彼は兄弟たちを食べさせていく為に15という若さで家を出た。

そしてその足で帝国軍の戸を叩いたのだ。

彼は若かったが運よく体格に恵まれていた、年齢を偽るなどして何とか入隊する事に成功し、大人たちに混じって歩兵訓練に日夜励む事となる。

初めての戦争はその翌年、辺境という場所がら小競り合いが頻繁に行われる事もあって、その年も当然のようにどちらが領域侵犯をおこなったとかで始まった。どちらが行っていようと関係ないのだ。ただ大義名分を掲げる理由さえあればいい。

そして、オッサーもその戦に参戦する事になり、彼は初めての戦場を駆けるのだった。

16歳の誕生日の事である。

それが軍人としての彼の始まりだ。

 

少年時代は常に戦場を泥だらけになりながら這いずり回っていたと言って云いだろう。

休息が取れるのは塹壕の中か野戦病院に居る時だけ。

もはや彼にとって戦争こそが日常でだったのだ。

それを苦に思った事は一度もない。元からそういう生来のモノだったのか、はたまた戦場にネジを一本どこかに忘れてきたのかもしれない。

 

いつしか彼は部隊を率いるまでになっていた。

長いこと共に戦って来た戦友たちだ。

豪放な性格のおかげか兵士から慕われていたようで。そういった者達が集まって出来たのが彼の最初の部隊だった。その部隊は強く、後に多くの戦績を上げる事になる。

軍の中においても次第に評価されていくのはそう遅くはなかった。

それに比例して上官とのもめ事も多くなったが。

まあ、そんな事もありながら色々と紆余曲折を経て遂には少尉にまでなった。平民出身という事を考えれば驚くほど速いスピード出世と言っていいだろう。

 

だが、その頃からだろうか身分というものに差を感じ始めたのは。

帝国に絶対の存在として君臨する貴族。

ただ貴族に生まれたからという理由で全てを許されると思っている特権階級の上位者。

名家に生まれただけの無能な人間が自分の上官になる。何度も死ぬ思いをして勝ち取って来た位をあっさりと超えて当然のように命令するのだ。何度その命令で死にかけただろう。平民を唯の捨て石としか思っていないのだ。許せないのはその無駄な命令で何人もの戦友達が命を落とした事だ。彼らの能力に見合った死地ではない。路傍の石を扱うかのような愚挙に何度やるせない思いをした事か。それからも何度も部下達を無駄に死なせてしまった。

 

それは計り知れない不満となって心の底に澱みとなり沈殿していった。

意外な事にオッサーは一度も反発した事はなかった。その頃には分かっていたからだ。貴族と平民の間には埋まる事のない歴然とした差がある事に。

平民の士官が不審な死を遂げた事があった。警察は動かない。表沙汰になることも無かった事から恐らくそういう事なのだろう。

 

摘発に動いても無駄である事を察して直ぐに軍から部隊ごと異動させた。

それからも複数に渡って彼の部隊は転属する事になる。

その度に功績を上げ続けた。

平民としては異例の左官にまで登りつめるまでに。

 

その様子を嫉妬の目で見る男が居た。テイラーという男だ。

男爵だったが彼はお世辞にも優秀な軍人ではなかった。それどころか悪事に手を染めるのを何とも思わない程度には下衆な性根を持っていて、部下の功績を自分のモノにすることで伸し上がって来たような男である。

テイラー自身も自分が有能であるとは思っていない。だからこそ平民でありながら優秀な士官を見ると、あえて自分の部下にして、その功績を奪い嘲け笑うのだ。身分の差を痛感して苦渋に染まる部下の顔を見るのがたまらなく楽しい。何人もそれで使い潰してきた。

その標的にオッサーは選ばれたのだ。異動願いを出したばかりの事である。不運としか言いようがない。

 

何も知らないオッサーはテイラーの軍に加入した。

時を同じくしてその年、大きな戦争が起きた。

名をダゴン会戦という。連邦との間で起きたそれは両軍共に大きな被害が出た。

その被害の中にオッサーの部隊はあった。

ほぼ壊滅と言っていい程に悲惨な状態であったそうだ。

誤解のないように言っておくが、会戦当初の折オッサー達は連邦軍を相手に勝ち続けた。一つの局地戦においては多大な貢献を果たしたのだ。あまりの強さにその地では戦闘そのものが行われなくなった程で、戦争終結辺りまでは負けていなかった。ならばなぜ彼の部隊が壊滅したかというと、切り捨てたのだ。

オッサー達の上げた多大な功績に目が眩んだ彼らの上官であるテイラーが無謀な命令を指示した。

その結果、あっけなく敗北に追い込まれた。

なお無謀な命令だったとしてもそれだけで簡単に負けるオッサー達ではない。明らかに作為的なものがあった。オッサーが負けるよう仕組んだ。それにテイラーが一枚咬んでいるのは言うまでもない。しかもそれだけで終わらず。戦争後、部隊全滅の責任全てを負わされたオッサーは軍を除隊処分となった。それも裏で仕組んだテイラーの仕業だ。平民一人を陥れる事など造作もない、と言わんばかりであった。

当然オッサーも抗議したが、それが受け入れられる事はなく。議題は法廷にまで上がったがオッサーの味方をする者は誰一人居なかった。当時の法廷は貴族重視の裁決となる場合が多かったのだ。それでも抗議を続けたが、その度にオッサーは財産を失っていった。

 

2年の月日が経ち、気づけば財も積み上げた地位も全て無くなっていた。

裁判を起こす事も出来ず毎日を失意の中で過ごしていた。

そんな折に現れたラインハルトによって救い上げあられたのだ。

彼もまた優秀な人材を探していた。ニュルンベルクの城主となってからまだ間もなく、人材不足が悩みの種だったからだ。人を探しに二人の共を連れて帝都に居たところオッサーの噂を聞きつけたのである。

そこからは先述の通りである。

ラインハルトの手によってあっさりと事態は解決した。裁判すら開く必要もない。

一週間そこらで証拠を集め軍警察と共にテイナー男爵の別荘に乗り込んだ。(真っ先にお供二人が突撃した)

テイラー自身も供述を認め直ぐさま御用となった。

主に二人のお供が暴れた御蔭かもしれない。真っ青な顔で保護してくれっとすっ飛んで来たから何があったか想像できるので割愛させていただく。

何人もの人生を狂わせたテイラー男爵は今後一生、牢の中で過ごす事になるだろう。

 

そんな裏側を経てようやくオッサーは人生をやり直す事が出来るようになったのだ。

 

 

 

 

あれから五年の月日が経った。

短いようで長かった。

あの貴族の少年がまさか帝国の皇子だったとは思いもしなかった。知った時は驚いた。あのテイラーが捕まったと聞いた時よりもずっとだ。同時に納得した。それだけの権力をもっていれば貴族の横暴を暴く事も容易い事だろう。だが平民の為にそこまでしてくれる人は居ない。

しかも自分の創設した部隊にいきなり隊長として抜擢してくれる者も居ないだろう。

平民では左官が限界だった昇進も今では准将だ。

帝国という国においてはありえない事だった。

 

これも全て救ってくれた大将の御蔭だ。救ってもらえてなければ今頃は生きていなかっただろう。日々を自堕落に過ごしやがて何も為せぬまま死んでいたはずだ。

感謝してもしきれない。

だから、これからの人生は大将の為に使うと決めた。

大将の恩為に戦う。

 

戦える日を待った。その間に軍を増強し装備を補強し兵站を統制した。

そして今日、ようやくその日は訪れた。

奇しくも目の前に聳える敵は7年前に戦った連邦軍。

敵は八万を超える。

望むところだ。その程度で俺を止められると思ってんのか?今の俺はちと強いぜ。

何せ五年もこの日が来るのを待っていたんだからな。

 

だから感謝するぜ大将。

もうちっと待つかと思ったが、早々に出番をくれるって言うんだからよお!

 

――現在、状況はこうだ。

遥か遠くに見えるライン東岸から列のように続く大勢の連邦軍とハイドリヒ軍が戦闘を繰り広げている。その時点で10万に届こうかという大軍の攻防戦。その光景は圧巻の一言だ。

ハイドリヒ軍を中央に据えて左翼側に位置する突撃機甲旅団五千と第三機甲軍5万。右翼からは残りの第三機甲軍5万がハイドリヒ軍と対峙する連邦軍を挟み込むように展開しつつある。

右翼と連携して挟んで叩く、それが狙いだ。

敵もそれを阻止しようと扇形に陣形を変えつつある。だが敵の陣形には綻びがある、まだ完全ではない。

其処を突くのが、

 

「俺たち突撃機甲旅団だ」

 

突撃開始の合図の元に300輌の重戦車が突撃を敢行する。

――ヴィイイイインと背後のラジエーターが声量を震わせながら突角陣の隊形で突き進み。それに付き従って歩兵も走る。既に前方では戦闘が始まっている。第三機甲軍の歩兵部隊だ。先頭に居たのだから当たり前だが一番槍を上げられなかった事が残念でならない。ちと出遅れたが今度は俺たちの番だ。援護を兼ねて砲撃を開始しながら、なおも突き進んでいき、敵の歩兵を蹴散らしていった。大規模な戦車部隊に敵も危険と判断したのだろう、敵も慌てて戦車部隊を出してくる。戦車と抗するには戦車しかない。

こちらの重戦車に対して敵も重戦車を出してきた。連邦製の戦車は硬い事で有名だ。強大な戦車砲の一撃でも当たりどころでは無傷を誇る。特に前面の装甲は最も硬いとされている。

だからそこ以外を攻撃するのが常道だ。

だがオッサーは獰猛な笑みを浮かべて言った。

 

「――撃て!」

 

戦車長であるオッサーの命令で放たれる戦車砲の一弾。

従来よりも長い砲塔から射出した弾頭は一直線に飛来して敵重戦車に迫る。着弾箇所は前面部分になる。弾かれて終わりだろう、敵の誰もがそう思った。

 

――しかし。

敵戦車の装甲に着弾した瞬間、コンマ0.1秒の間を持って10,5cm砲の弾頭は分厚い装甲板を貫いた。装甲が破られた際に生じたバジンと凄まじい音が遅れて耳朶を叩き、周囲の者に驚愕を与える。紅い粉塵が舞うのを呆然と見ているしかなかった。

まさか前面装甲を破る戦車砲が出て来るとは思いもしなかったのだ。

それがⅨ号重戦車ケーファーの華々しい登場となった。

 

誰もが驚く中、既にオッサーは次の標的に目を移している。

戦いに飢えた猛虎が新たな獲物を定めて、次の餌食となる戦車が出るのは、

それから直ぐの事であった―――

 

 

 

 

 


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