あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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五十九話 

 

日が完全に沈んでから約三時間が経過した。

 

夜も更けたアスターテ平原の戦いは闇が深まるにつれ、両軍の戦況は明らかに二極化していた。

連邦軍の攻勢はすっかり弱まり、逆に帝国軍の攻撃は昼と変わらぬ戦いぶりを発揮していたのだ。

これは暗闇が支配する環境が帝国軍にとって不利になりえない事を意味している。

その理由は単純で帝国軍の可視近赤外 (VNIR) 帯域が連邦軍よりも圧倒的に広いからだ。

帝国は世界初のノクトヴィジョン。つまり暗視装置の実用化に成功していた。

 

それらはⅤ号パンター戦車以降から搭載され始め、歩兵には突撃銃ZM MP44に装着して使用されるアクティブ赤外線方式の暗視スコープが作られた。

アクティブ方式であるため、赤外線を自ら投光する必要がある。

『照射装置』で投射した光の反射を『受像装置』で感知する事で暗視が可能となるのだ。

従来の多くがその暗視装置で最前線の兵士が使用している。

初期バッテリー付属のため有効距離は100mほど。

だが。完全に闇が支配する戦場の中で100m先の敵を感知している事がどれだけ戦闘に有利に働くかは想像するまでもない。

 

中でも圧倒的な戦果を上げていたのは勇猛な突撃機甲旅団でも、

無双を誇るヴァジュラス・ゲイルでもなく、央相互支援連隊に所属する無音の狙撃兵部隊だった。

暗視装置は赤外線ライトの出力によって視認距離が変わるため、帝国軍では装甲ハーフトラックに大型の赤外線照射灯を搭載した車両も作られた。60mm口径赤外線サーチライトの有効射程は――驚異の1500m。

 

――総勢80名の狙撃兵たちは遮蔽物ひとつない戦場のど真ん中にズラリと並び、

暗視スコープで1500m先に捉えた敵を正確に撃ち殺していく光景は悪魔的だ。

 

その優位性は目隠しをされた敵に対して、だんびら刀で斬りつけるようなものだ。つまり一方的に殺される。次々と前線の兵士が最後まで理解できずに夜闇を切り裂く弾丸に頭や胸を撃ち抜かれていった。

 

結局、戦闘終了までに狙撃兵によって殺された連邦の兵士は、士官合わせて約4000人に上った事が後になって判明した。戦争終結後にこの事が連邦にも知られるようになると狙撃兵部隊は『ナイトハンター』と呼ばれ恐れられる事になる。が、現時点でそう呼ばれる事を知らない狙撃兵たちは、機械的な作業でトリガーを引き、ただ無言で闇を駆ける一弾を放つのみ。

並んだ照射機の光点が不気味に戦場を映した。

 

 

***

 

 

視界不良が恐怖と混乱を助長させる。

その一方で第三機甲軍10万は、暗視装置で捉えた敵に圧倒的な火力を浴びせ続ける。

もはや戦闘はいっそ哀れな程に、帝国軍の勝利は疑いようもない。

それでも連邦軍は必死の抵抗を続ける。追い詰められた六万の兵士が前進する様は、まるで最後に激しく燃える灯のようでった。彼らの最後の抵抗は帝国軍の目を惹きつける。ゆえに、

――その背後で1万の本隊が密かに動いていた事を第三機甲師団は気づけなかった。

 

それも仕方ない、暗視装置でも戦場全てを見渡す事は不可能なのだから。それに帝国軍に悟られぬよう慎重に動いていたこと、夜だったこと、約6万の味方の献身があってようやく、敵に知られず北に向かって脱出を図る事に成功する第15軍団本隊。このまま静かなる撤退は成功するかに思われた。

 

「よし、このまま撤退を――なに!?」

 

――だが彼らを待ち伏せていた部隊があった事を。

時代錯誤な軍馬に跨った騎兵の集団が、目の前に現れた事で知る。上流に沿って北に向かう矢先だった。前方の部隊が血しぶきを上げて倒れる。いつの間にか現れた軽騎兵に打ち倒されたのだ。先頭の老兵が嗤う。

 

「カカッ、沈む船から鼠が逃げ出しておるわ」

 

帝国軍の作る包囲網から脱する直前で、逃げる連邦の動向に気付いた男がいたのだ。軽騎兵団長ユリウスだ。この絶望的な局面で逃亡兵が出る事を見抜いていたユリウスは川岸付近に軽騎兵を動かしていた。夜の内に西岸からネールゾンプ湿原に移動した事からも分かる様に彼らは夜間行動に慣れている。

騎士という地位に甘んじず激しい修練を積んで騎兵戦術の『夜駆け』も習得している精鋭達だ。夜間戦闘に切り替える事など造作もない。

戦闘を開始する軽騎兵団の動きは夜の中において鮮やかな曲刀を思わせる。固まる敵に掛けて滑らかに斬り込んだ。凄惨な戦いだった。

 

「戦闘は最小限に撤退を優先!――なりふり構わず撤退しろ!!」

 

夜の戦闘に不慣れな第15軍団は不利な状況を嫌い、戦闘を避け、逃げる事を強行した事から、結果、軽騎兵団に倒されに倒される。その戦いぶりは凄まじく。

1万もいた15軍本隊がたった3千程度の軽騎兵団に、数千人にまで削られた程だ。

 

実に三分の二を失う結果となったのだ。

それでも多大な犠牲を払いながらも、ヒューズの指揮によって最後まで逃走を選択した本隊は、命からがら戦場より逃げおおせる事に成功した。戦っていたら壊滅していた事は疑いようがなく、それほどに軽騎兵団は執念深く強かった。

彼らが万全の状態であったなら逃げる暇もなかった事だろう。

 

その後の戦況は語るまでもない。

あらゆる不利的状況が加算した連邦軍は司令官が逃亡した事がトドメとなり。

一気に敗戦は濃厚なものとなっていき、ここからの流れで連邦軍が逆転することはもはやなく。

後はもう蹂躙されるのを待つばかりであった。

 

必死の抵抗を続ける戦いの旋律がむなしく戦場に響き続ける。

 

 

 

***

 

――そして八時間後。

 

......地平線の彼方から朝日が昇り夜の終わりを告げる。

あっという間だったように思う。

長かった戦いも終わってみれば一瞬の事だ。

そう、戦いは日の出と共にちょうど終結した。後には勝者である帝国軍が立っていて。

 

戦場には夥しい数の死が倒れていた。

その数は実に7万人を超える死傷者が出た。そのほとんどが連邦軍の兵士だ。

こちらは数千人程度の死傷者しか出ていない。圧倒的な勝利に軍が湧いている。

それまで半信半疑だった者達も認めざるを得ない。これほどに圧倒的な勝利に導いた指揮官の実力を。ラインハルトの力の強大さをこの場に居る誰もが気づいたのだ。彼はこれまで力を隠していただけなのだと。虚けと呼ばれ侮られていた男は真の英雄だった。尊敬と畏怖の念が一人の男に向けられる。

 

その男は快挙ともいえる偉業を成し遂げたばかりだというのに、

もはやこの平原での()()()()()()の余韻に浸る間もなく次の戦いに目を向けていた。

ほんの十数分前に二つの緊急通信が入った。

その内容は。

 

「――北と南から大規模な軍勢がアスターテ平原に向かって進んでいる。到着は最低でも一週間以内になるだろう。敵の目的は我が軍の挟撃にある事は明白だ。.....ハッキリ言ってこのままでは負けるだろうな」

 

影からの報告ではおよそ20万を超える見込みだ。もしこのまま何もせず敵の挟撃を許すような事になれば普通に考えて勝ち目はない。その言葉に司令室の空気は一段階重くなる。室内に揃った将校達の感情を示すようであった。八万もの敵を倒したばかりだというのに、立て続けに迫る敵の襲来を聞いて改めて敵の強大さを知ったという感じだ。だが――

 

「そんじゃあ作戦を考えるとしようぜ大将!敵が来るなら俺の部隊がぶっ潰す!何人来ようが関係ねえ!」

「そりゃそうだ、怖気づいても意味はない。敵が強大なのは最初から分かっていた事さ。何なら俺さんの部隊に任せてもらっても良いんだぜ?」

 

真っ先にそう言ったのは突撃機甲旅団長のオッサー・フレッサーと特務試験部隊ヴァジュラス・ゲイル隊長リューネ・ロギンスだった。強大な敵の数にまるで怯えた様子は無い。恐れ知らずの二人の頼もしいその様子に周りの者も鼓舞されたように頷き合う。明らかに張り詰めていた部屋の重圧が和らいだ。狙ってそうしたのであれば流石は歴戦の猛者と言えるだろう。

 

「.....心配せずとも働いてもらうとしよう。お前達にしか出来ない事だ、同様に安全は保障出来ないがな.....」

 

次の戦いで彼らには重要な任務を与える予定だ。

というか精鋭である彼らにしかできない。

危な過ぎて、普通の兵士だったら間違いなく死ぬが、なに、きっと大丈夫だろう。

......ふふふと意味深な笑みを浮かべるラインハルトを見て、戦意に溢れた二人はニヤリと笑い、

 

「.....おい、俺たち次の作戦で死ぬんじゃないか?」

「.....早まったかもしれねえな。旦那のあの顔はとんでもない事を考えてる時のだ。俺はいきなり未完成の鎧に入れられたぜ、あん時は死ぬかと思った」

「マジかよ.....?」

 

内心では戦々恐々と顔を青くしていた。

何をする気なんだ?怖くて聞けない二人であった。

大の大人が震える横で赤毛の青年が口を開いた。盤上の地図を見据えて、

 

「ラインハルト様が負けると言ったのは『このアスターテ平原で戦う場合は』と云う事ですね?」

「そうだ。敵の方が数で圧倒している以上は、この平原で戦うのは不利でしかない。先の戦いはあくまで我が軍よりも敵が少なく、用意周到していた作戦が上手く決まったから圧勝できた。だがもうこの平原に施した策はなく、次は対等の状況で戦わざるを得ない」

「そうなると数で勝る敵が有利なのは確かですね。普通の指揮官ならば平原に陣を敷き防御を固めて援軍が来るまで待つのが定石ですが.....」

「――叩きに行くぞ。勝つにはそれしかない」

 

ラインハルトは既に決めていたかのようにキッパリとそう言った。アイスも驚くことなく、それが当然であるかのように頷いた。どうやら彼も同じ考えのようだ。確かにアスターテ平原は大軍を動かすには都合の良い地形だ。だがそれは敵も同じこと。条件が同じであれば数で優勢な敵が優位に立つのは道理と言える。先に陣を敷いている我が軍が戦況を有利に運べるのも確かだが、一時の優位性に固執して此処に留まれば、いずれは数で勝る敵に包囲され全滅の憂き目に合うだろう。

だからこそ、そうなる前に、

 

「先んじて敵を待ち伏せし奇襲する。それこそが数で劣る我が軍が連邦軍に勝てる唯一の方法だ」

「.....ですが時間が足りませんね」

 

盤上の地図を見ていたアイスがそう言った。今度はラインハルトが頷く番だ。

その通りだ。時間が足りない。北と南から迫ってくるこの敵を対処する時間が圧倒的に足りない。

 

「北は『ラインケルツ』から南は『カッツェケルヒ』と考えれば、運よく順調に撃退できたとしても移動で2日の距離、撃退に3日、この平原に戻るので2日、1週間では一つの軍を撃退するのが限界です。まあ、これも現実的ではない数字ですが.....」

「だがやらねばならん。ライン川の氾濫が鎮まれば敵は西からも来る。そうなればどちらにせよ挟撃は免れない」

「だったら後退した方が手っ取り早いんじゃないですかい?」

「ダメだ。ここで各個撃破しなければ敵がこの平原で集結する事になってしまう。何十万という兵だ。今度こそ勝ち目はなくなる。我が軍に後退の文字はない」

 

それに――東にはハイドリヒ最大の都市がある。西方戦線から逃れた多くの民が集まっていた。もし仮に後退を選ぶ事になれば都市での防衛戦が展開される事になるだろう。そうなれば被害は甚大なものとなる。民間人も巻き込まれるだろう。それだけは避けたい。

アイスにもこの会議が始まる前に言ってある。後退はないと。最初は酷く反対されたが意思が固いと見るや渋々と云った様子で諦めた。それから何かを考えている。

そこでシュタインが口を開いた。

 

「ラインハルト様」

「なんだ、何か案でも?」

「はい、二正面作戦を行うべきかと。確かに最善は全軍で各個撃破を狙う事ですが、それは時間という制限があって実現不可能と言って云いでしょう。であれば次善の策です、こちらも二手に軍を分け北と南の軍を撃破するしかありません」

「.....戦争とは常に数の多い方が勝つ。戦争の要諦が戦力の集中という面からいえば二正面作戦は愚策であるといえる。だから二つに軍を分ける事は相応に危険を孕む事になる、.....違ったか?」

「いいえ間違いありません。私が教えた事です、だからこそ分かっているはず。既に状況がそれを許さないという事に。.......それとも、他に何か理由が?」

 

シュタインの冷徹な視線が射抜く。こちらの思惑を覗くような目だ。

そして完全に悟られていた。分かっていた事だが見透かされているな。

シュタインが睨んだ通り、俺は二正面作戦を敢えて取ろうとしなかった。その理由は幾つかあるが、中でも最たる理由は編成内容についてだ。どういう事かと云うと、

 

「分かった。二正面作戦を採用しよう、ならば編成内容だが....」

「アイス殿とラインハルト様の陣容で分けるのがよろしいかと」

「......それに加えてハイドリヒ卿には我が軍から6万の兵を貸し与え.....」

「――殿下」

 

冷たい声音がシュタインの口から発せられた。美麗な眉がキュッと寄せられる。その顔からは何を言っているんですか?と言外に声が聞こえるようであった。内心で冷や汗が滲む。

「な、なんだ?」

表向きは冷静沈着にして内側では死刑台に臨む囚人の様な気持ちでシュタインの言葉を待った。言ってくれるな....。そんな思いとは裏腹にシュタインはあくまで冷淡に言った。

 

「兵を貸し与えるにしても多すぎます。一個師団でよろしい」

「っ....却下だ。それはあまりにも少なすぎる!」

「先ほど殿下が言ったように戦争の要諦は戦力の集中にあります。これ以上の戦力分散は認められません。本来であれば一兵とて分ける余裕はないのです」

「それでは死にに行けと言っているようなものだ!俺の友に死ねというのか!?」

「いいえ。アイス殿にはラインハルト殿下が敵を撃退するまでの壁となって時間を稼いでいただきます。その間に敵を撃退した殿下の軍が足止めを受けている敵の後方に回り込み奇襲する戦法です」

 

シュタインの述べる作戦は実に合理的だ。バランスよく軍を分けるのではなく比重を片方に傾ける事で第三機甲軍の戦力の低下を防ぎながらアイスには俺が撃退するまでの時間を稼がせることが出来る。

いわば矛と盾の役割分担だ。俺が矛でアイスが盾。上手く運べばそのままアイスと戦う敵の後方に回り無防備な背中を攻撃する事が可能だろう。実用的な提案だ。.....唯一つ盾が破られない保障はないという点を除けばだが。恐らくシュタインはアイスの生死については、全く考慮していない。シュタインが提案したのは時間を稼ぐのにギリギリの兵力でしかないからだ。

 

やはりか。予想していた事が的中してしまった。シュタインはあまりにも合理的すぎる。子供の頃からの付き合いで知っている。彼は昔から冷血で冷徹な判断を下す男だった。必要だと考えれば極端な話だが無抵抗の人間だって殺せる。あの時もそうだった......。

だが俺には彼の考えを否定する事が出来ない。彼は言った。

 

――....私が最も最優先すべき事はラインハルト殿下の安寧を尊ぶことです。その為ならば私は幾らでも非情になれる。体を欠損しようと、人のあるべき心を失おうとも微塵も恐ろしくありません。

 

全ては俺の為に。彼の行動原理は其処に帰結する。それほどに想ってくれる者をどうして否定できよう。だが友人を見捨てる事も俺には出来ない。だから二正面作戦を敢えて無視していた。

それが現状における最善であることは理解していてもだ。

シュタインの提案を吞むべきだ、と心の片隅で思っていても。選べずにいた。

 

しかし、そんな俺の甘さからくる迷いを断ち斬ってくれたのは他ならない友だった。

 

「ラインハルト様、我々はその兵力で十分です」

「馬鹿な何を言っている?」

「確かにラインハルト様の御考え通り一日前の私の軍なら無理だったでしょう。ですが()()()()()ならば可能です。......そうだろユリウス?」

「然り、全てのハイドリヒの兵を招集させるとしましょう。儂が呼びかければ直ぐに駆けつける手筈です。逆に敵を撃滅させてご覧に入れましょうぞ」

 

領主と老兵が笑い合う。そんな何気ない光景を俺は衝撃を受けながら見ていた。まるで昔から忠誠を尽くしていたかのような、そんな物腰だが聞いていた印象とは明らかに異なる。

アイスを排斥しようと画策していた一派の、その筆頭が従順な態度を取っているのだから驚きだ。

いったい何があった?

疑惑の視線で見ていると老兵と目が合った。旧時代の英雄は俺に低頭すると、

 

「ラインハルト皇子。儂と主との間にあった経緯を知っているのであれば驚くのも無理はありますまい。ですが儂らは先の戦いでアイス・ハイドリヒを当主と認め申した。この命尽き果てるまで剣を捧げる所存です」

「....そうか、我が友を頼む」

 

彼らを助けに森に入ったと聞いたが、その時に俺の知らない事が色々とあったのだろうか。経緯を知らない俺からすると奇妙な光景だったが、なるほど。本当に彼らがアイスに忠誠を誓ったのであれば問題ない。最後の迷いは無くなった。

 

 

***

 

 

 

細かな内容を詰めた後、程なくして軍議は終わった。

次の作戦開始時間の猶予まで兵を休ませる為に各部隊長は陣幕を退出する。

ラインハルトだけが最後まで残り、まだ椅子に座って何かを考えている。

その視線の先には盤上の軍用図がある。影からあった報告によって作られた仮想敵の駒と自分の軍の駒が所せましと配置されていて。

ただそれをジッと見詰めている。いったい何を考えているのだろうか。

 

「――ラインハルト様。この近辺の正確な地図をお持ちしました」

「ありがとう、そこに置いてくれ」

 

一人の陣幕に入って来たのはアイスだった。手には数枚の紙が携えられてある。

頼んでおいた書類を運んで来てくれたのだ。次の作戦で必要になるだろうそれを、目の前に置くとアイスは近くの椅子に座った。黙して盤上の軍用図を見る。二人とも何も話そうとせず静かな時が流れる。

 

........................。

 

ふとラインハルトの視線が動いた。蒼い瞳が広大な机に広がる戦場盤図から青年だけを映す。

 

「北と南そして西から迫る、この三つからなる敵の動きをどう見る....」

 

それがどのような意図を含んだ言葉だったのか、アイスは正しく理解した。いや、この場においては誰か居ても彼にしか伝わらなかっただろう。ラインハルトの感じる違和感を理解できる者は。

だからアイスは間断なく答える事が出来た。

 

「規模は違えども、あの時の状況と酷く酷似しています」

「.....お前もそう思うか、只の偶然ではなく?」

「はい、シュミレーションの結果。七年前の戦法と全く同じ状況だという事が判明しています。まず間違いないはずです」

 

ラインハルトの奇妙な問いかけに対してアイスは直ぐに頷いた。

それだけで十分だった。ラインハルトの目に明らかな殺気が宿る。それを見ていたアイスが驚くほどの異常な殺意の感情。しかしながらすぐさま平静を取り戻し、その色は隠された。だがよく見れば怒りで体は震え強く拳が固められている。

「すまない」とラインハルトは込められた感情を吐き出すと、続けて独白する様に言った。

 

「.....俺は今も夢を見る。一日も忘れた事はない」

 

目を閉じれば当時の光景が鮮明に浮かぶ。夥しい死が溢れ、死が満たす戦場。あそこは地獄だった。あの日から全ては始まったと言って云い。あの惨劇を繰り返さない為に俺は力を求めた。

受けた痛みを、絶望を忘れないために。

そして俺は力を手に入れた。最初は塵芥も同然の小さな力だったが、仲間を増やし数を集めた事で何時しか形を成して鉄塊の如きとなり、何年もの歳月を掛けて練磨された力は、ただそこにあるだけで敵に畏怖を与える刃となった。

触れれば切れる最強の矛。

五つの私設部隊から構成された力の具現だ。あるいは俺の復讐を果たすための暴力装置。誰かを傷つけるその暴力を振り降ろす事に躊躇いはなく。

幾万もの命を吸ったその剣は、殺戮の魔剣へと昇華した。

 

「やはり来て居るのか.....」

 

その魔剣を振りかざすはラインハルト・フォン・レギンレイヴ。

いつの間にか俺自身が地獄を作る側になっていたのだ、と気づいた時にはもう俺の手は血で真っ赤に染まっていた。何千何万という人間の死体で作られた道を歩いている。だが後悔はない。その道の果てに一人の男が立っているからだ。奴の首を斬り落とすまでは歩みは止まらない。そいつは七年前の地獄を作り出した因縁の敵。

七年前のあの時の状況と現在の敵の動きが酷似している事は明白だ。

恐らくこの戦闘区域に来ているだろうあの男――

 

「パエッタ・カストーレ大将。くるなら来い。つけよう、あの日の決着を.....」

 

この盤上のどこかに居るはずの男の名を呟きながらラインハルトは睨みつけるように言って、

 

「だから、必ず勝って戻れ。いいな」

「はい、ラインハルト様――」

 

 

 

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