意外にもパラシュート、あるいは落下傘と呼ばれる降下装置の歴史は古い。
中世前には既に幾つもの文献が残されていた程だ。
その名前も元々は連邦の発明家が名付けた代物だった。
時代に適応できず一時は消えた技術だったが、近年になって事情が変わった。
飛行機の発明により需要が高まった為である。
1911年には現代の基礎となる背負い式を帝国が発明した。
同年にビンランド合衆国が軍事的利用を試みるようになるのは有名な話だ。
そして今回の奇襲降下作戦は実戦における世界初の公的な使用となる。
――背負い式パラシュートでイムカがエアボーンを決めた時を同じくして、
異変に気づいたムーア大将が天井を見詰めていた。
なにが異常な存在が乗り込んできた事に気づいたのだ。
「敵か!まさかパラシュートで降りてくるとはな!野蛮な帝国らしい卑怯な真似だ!」
だが認めざるをえない、敵の手腕を。
見事な作戦だ。
まさか空中挺身で空から奇襲をかけて来るとは予想だにしなかった。
強風が吹き荒れる山岳でのパラシュート降下は危険が多い。
事故が起きる可能性が高く。その手は取らないと考えていたからだ。
だが敵はやった。危険を顧みず飛び降りた。
だとしたら間違いなく敵は精鋭だ。
精鋭を送って来たと云う事は敵の狙いは、
「此処か......!?」
少数精鋭による司令部の壊滅が敵の目的だと気づいた時にはもう遅い。敵はまごう事なき精鋭だった。命令を出す暇もなく、易々と敵が巨大戦車に侵入した事を無線で告げられた。
それを最後に戦車内部から味方の交信は途絶えた。
ムーアは急いで扉を厳重に閉めるよう指示を出す。
司令部にある物は何でも使ってバリケードにした。
『第六護衛団に告ぐ!敵の狙いは司令部だ!現在敵の侵入を受けている!直ちに急行せよ!繰り返す敵の狙いは――』
周囲の部隊を呼び集めようと無線機越しの叫びにも似た命令を発動していた。
その途中で途切れる――。
全員の目が唯一の外に繋がる扉に向けられた。
耳を澄ませば重々しい重厚感のある足音が聞こえてくる。敵の足音だ。
――ライフル音が反響した。
司令部外に取り残された数少ない兵士達が抵抗しているのだ。だがその音も直ぐに消える。
敵の反撃に合ったようだ。
音からして銃ではなく近接武器、剣や刀といった武器で斬りつけられたようだ。
苦悶の悲鳴を上げることなく体が崩れる音がした。
恐ろしいまでの手練れだ。
そして敵は遂に扉の向こう側に来た。来てしまった。
敵と司令部を挟むのは扉一枚しかない。絶体絶命だ。
だがムーアは笑みを浮かべた。
「無駄だ!その鋼鉄製の扉は戦車と同じ素材で作られている!破壊不可能だ!貴様らがこの部屋に辿り着く事はない。俺の味方は直ぐにやって来るぞ?貴様らの作戦は失敗だ!フハハハハ!」
敵の侵入を受けても暫くの間は持ちこたえれるように内部の防衛も完璧だ。
敵が扉を破るよりも味方が駆けつける方が早いとムーアは理解していた。
手榴弾でも傷つかない。鉄壁の盾である。
それこそ
「お前達は無駄死にだ!無惨に死ね帝国軍!この俺の邪魔をした報いだ――」
その瞬間――鋼鉄の扉は吹き飛んだ。
留め金が弾け飛び、一瞬で扉という意味を失った鋼鉄板はムーアの顔を掠めて後ろの壁に激突した。硬い音を立ててバタンと倒れるのを黙って見ていた。静寂が支配する。
無音の圧力をムーアはひしひしと感じた。
それはいつもはムーア大将自身が発するプレッシャーに似ていて、いつもは副官を黙らせるそれが、皮肉な事に今はムーア本人に襲いかかっていた。目の前の敵によっていつもの立場は逆転していたのだ。
敵は妙な鎧に身を包みこちらを見ていた。
初めて見る敵は確かに只の兵士ではなかった。
片手には長大な武器が握られていた。砲身のような機構を見て、あれで扉を破壊したのだと確信する。ここにいる全員が襲いかかっても勝ち目はないだろう。
ムーアが敵を確認したと同様に敵もムーアを確認したようで、
「お前がこの軍の指揮官だな?」
「.....そうだ」
「降伏しろ。大人しく投降すれば命までは取らない。軍に戦闘を停止するよう命令をしろ」
「ふ......それで君は俺がはいそうですかと素直に承諾すると思うのかね?」
「従わないと大勢の連邦兵が死ぬ事になる」
「貴様ら帝国軍もだろ?それが俺達の望みだ。死ね帝国豚ども」
「.......残念だこれで無駄な血が流れる」
手首をグルンと返して武器を構える。血塗りのブレードが鮮やかに映った。
こちらに恐怖を与える目的のパフォーマンスである事は明らかだ。
恐怖に吞まれる部下にムーアは叫んだ。
「お前たち分かっているな?投降した者はこの俺が殺す!臆病者は我が軍に無用だ、この局面を乗り越えた真の強者だけが俺の友だと理解しろ!連邦万歳!帝国を倒せ!」
「連邦万歳!帝国を倒せ!」
鼓舞された全員が備え付けの武器を構える。そのほとんどが小銃だったが、彼らに降伏の意思は見受けられなかった。最後まで戦おうというのだろう。
何が彼らにそうさせるのかイムカには分からなかった。名誉、恐怖、怒り、あまりにも複雑で色々な感情が交差している。今日初めて出会う彼らをイムカが理解できるはずがない。
.....理解する必要は無い。
降伏させることが出来ないのであれば敵は殺す。
それだけ、
――瞬間、紅く染まったヴァールの刃が敵の首筋に向かって軌跡を描いた――
遅れて入って来たオスロとメリッサが見たものは見るに堪えない惨状だった。
辺り一面が鮮血に染まっていた。生きている者はほとんど居らず。
割られた人間がそこかしらで倒れていた。そのほとんどが首を一撃の出血死だ。
よくもまあ鮮やかなものだと感心させられる殺しっぷりだ。
殺した当の本人はヴァールの血糊を拭いていて、
「ごめん作戦失敗、敵は降伏を拒否した」
「だろうな、この現状を見たら馬鹿でも分かる。全員殺したのか?」
聞いたにも関わらず、
全員死んでんだろうなと思っていたオスロは次の言葉で驚いた。
「いや、一人だけまだ生きてる」
「まじで?玉砕覚悟で全滅パターンかと思ったんだが」
「うん、指揮官の命令で投降を禁じられてたから真っ先に敵の将軍を殺したんだけど、それでも敵は投降しなかった。.....怖かった」
「そういうのは時々あるもんだが。ほとんどが専制君主制とか帝国でよく聞く話で、民主制の連邦には珍しい事なんだけどな。ここの指揮官はよっぽど部下の洗脳が上手かったらしい。それでよく生け捕りにできたな......」
「生け捕りにしたつもりはない。最初から気絶していた」
「どういう状況?」
聞かれても分かるわけがない。
何せその捕虜は本当にイムカが来る前から味方のリンチに合い気絶していたのだから。まったくイムカ達とは関係のない所で起きた異例の状況だ。彼——ラップ少将が起きて事情を話さない限り分かるはずがないのだ。
「一応捕虜にしておくか」
「そうね、そうしましょう隊長からはそういう指示も含まれていた事だし」
「でもどうする。作戦は失敗してしまった」
本来の作戦では敵将を降伏させ、一切の戦闘行動を禁止し、この山岳地帯における戦争を終わらせる。いわば短時間による一撃必殺。それで敵軍を沈黙させるのが狙いだった。それが失敗したとなるとかなり困難な状況に陥ったと言って云いだろう。
なんせ周囲は敵ばかり、大勢の敵に囲まれている状況だ。
いかに対歩兵無双を謳い文句にしているヴァジュラス・ゲイルでもこの数の差では一時間と持たない。仲良く磨り潰されるのがオチだ。初めて経験する戦争で全滅なんて事になったら期待してくれている殿下に合わせる顔が無い。それだけは嫌だった。
でもいくら考えもこの状況を打破する方法を思いつかない。
『死』という言葉すら頭をよぎった。
ヴァジュラの中で汗が頬を垂れる。まだ稼働限界まで一時間ある。汗が流れる理由もオーバーヒートの暑さからではないのだろう。
「まだ稼働時間に余裕がある。思い切って敵の包囲を突き破る」
「無茶だわ。恐らく予想できる被害は九割ってところね。――九割が死ぬ。それじゃ駄目だわ私達の力はまだこの戦争に必要よ」
「でもそれ以外に方法はない」
「――いやあるぜまだ生き残る方法が」
オスロは似合わないニヒルな笑み(ヘルムがあるので見えない)を浮かべてイムカに言った。
驚く二人の女性から熱い視線を受ける。今日まで大型特殊免許を取得していた自分に感謝した。
実際には早く話せと言わんばかりに苛立った二人からの睨みつける視線だったが、オスロは気にしないようだ。満を持して男は口を開いた。
「ま、なんていうかアレだ.......この戦車――鹵獲しちまわない?」
1章に時間が掛かり過ぎているので、
ちょこちょこ執筆で間を空けずにちょこちょこ投稿しようかなと思う。
密度は薄くなるかもしれんがお許せ。
感想と評価くれた方ありがとう。