司令官用のテントから珍しいラインハルトの怒声が飛ぶ。
「まだ連絡は来ないのか!?もう作戦進行時間は過ぎたはずだが.....」
「特務試験部隊からの通信は一切ありません」
淡々とした通信士の物言いにラインハルトは唇を噛んだ。
奇襲降下作戦が始まってから、もう一時間が経とうとしていた。
作戦が成功に終わったなら敵から何かしらの反応があるはずだ。だが敵軍からその様子はない。未だこちらの封鎖網を突破しようと必死だ。敵からの反応が何もないと云う事は理由は一つしかない。だが、まさかそんな。
「どうやら作戦は失敗したようです」
認められないでいた事実をあっさりとシュタインは口にした。
口の中に苦いものが満ちる。
分かっていたことだ。作戦は失敗した。
作戦成功の報告がないということはそれ以外にない。ならば当然の帰結として、作戦に関わっていたヴァジュラス・ゲイルは全滅したのだ。真実はあまりにも無慈悲だ。
イムカ達はもう帰ってこないだろう。敵に包囲されて無惨に殺された。
選択を誤ったのだ。
何て愚かな真似をしてしまったんだろうか。
ヴァジュラは無敵の鎧でもなんでもない。攻撃を受けたら壊れる機械の鎧だ。それを忘れて危険な作戦を彼女達に押し付けた。成功率が低い事は分かっていたはずなのに。彼女達ならできると思い違いをした俺の責任だ。
「また俺は仲間を死なせてしまったのか......」
「殿下これは....」
「黙れ」
慰めようとするシュタインを黙らせる。
これは遊びではなく戦争をしているのだ。だから部隊が全滅することは仕方のない事だ。そんな事を言おうとしたのだろう。普通の司令官ならそれで納得するだろう。だがそんな慰めが俺の心を癒すことはない。反吐が出る。
もっと彼女達のために何かできたはずだ。後悔だけが募る。
せめて、完成させていれば。あんなガラクタではなく。
「
「.....完成?あれが完成体ではないのですか?」
「あんな物、本来の力と比べればゴミのようなものだ。だが作れなかった。何もかも足りない....」
シュタインには分からなかった。ラインハルトが何を言っているのかを。
あれほどの力を引き出す兵器がゴミとはいったいどういう事なのか理解できない。
それでもラインハルトが苦悩している事だけは痛いほど分かる。
彼の苦悩が晴れるとすればあの部隊が戻ってくる他はない。
だがあの部隊の生存は絶望的だ。
掛ける言葉を見付けられずにいた、その時、慌ただしい雰囲気がテントの外から聞こえて来た。
「何事です?」
「敵に動きがありました!何かこちらに向かってきます!」
「なに!?」
その報告で弾かれたようにラインハルトは動いた。
勢いよくテントから飛び出して遠く視線の先を睨みつける。
帝国戦車と連邦戦車が争う場所よりも、更に奥から何か動く存在が見えた。
ここからでも良く分かる。遠近感が狂ったような存在感だ。あまりにも巨大な戦車である。
戦車の外見に既視感を覚えた。
「帝国の超重戦車に似ているな。デットコピーとは思えない出来だ....」
連邦の諜報部も侮れない。
だが驚くべきはそれを製造できた技術力だ。いくら近年にかけて連邦の戦車製造力は目覚ましいものがあるとはいえ、これは一朝一夕で為せる物ではない。連邦の戦車製造技術が今の帝国に追いつくにはあと五年は必要なはず。
だからこそ、その技術力を与えたのは別の者である可能性が高い。他の勢力が介入しているとすれば。連邦の他に戦車生産力の高い国は一つしかない。..........まさか。
いやだがあの国が介入したという情報はなかった。今はまだ帝国と貿易協定を結んでいる、この時期にあの国が動いたと考えるのは早計だ。だが、もしあの国が秘密裏に連邦を助力していた場合、戦況は一変しかねない。
「.....いや今はそれよりも」
あの超重戦車をどうにかする方法を考えなければならない。
といってもほとんど絶望的だ。軍勢を山岳に分散させた今、あれを破壊する力は残されていない。あの国との関係性を疑ったのは、ほとんど現実逃避に近いだろう。ハッキリ言って現在の戦力であれを倒すのは不可能だった。逃げるべきか、選択を迫られる。
「避難してください殿下。私が殿を務めます」
「逃げろというのか。それも良いかもしれないな。.....俺が逃げれば突撃機甲旅団と第三機甲軍は全滅するだろう。何万人もの味方が死に俺は負ける」
「あなた一人は生き残れる、であれば私の勝ちです」
「.....いやまだだ、何か手はあるはずだ。.....ウェルナーに繋げ!奴の榴弾砲と高射砲で破壊を試みる。準備を急がせろ!」
「――お待ちください何か様子が変です!」
それまで淡々としていた通信兵が怪訝な様子で無線機に耳を当てている。
何かの音を拾おうとしているようだ。そして何かを聞いた通信兵は目を見開いた。
それから笑みが浮かび、何かを伝えるように指をさす。
「司令官!あの戦車を良く見て下さい!旗を!」
「旗?」
いくら巨大だとはいえ流石にそこまでは目視できないので、望遠鏡を借りてもう一度よく見てみる。そして通信兵が何に興奮しているかを理解した。
旗だ、確かに旗が翻っている。――帝国の軍旗が戦車の上に翻っていた!
それが意味することは限りなく一つだ。つまり、
「.....イムカ達が勝ったのか?」
そう呟いたと同時に爆発音が轟いた。狙いは俺達ではない。
超重戦車の放った巨大な弾頭が連邦軍の一角を吹き飛ばしたのだ。
ここからでも敵の動揺が伝わった。恐らくあれは敵にとっても特別な存在なのだろう。もはや目の前の帝国軍と戦っている余裕はない様子だ。後ろから迫る超重戦車によって激しい混乱に襲われていた。この瞬間を無駄にできない。命令を下した。
「突撃命令だ!突撃機甲旅団は突進を開始!連邦軍を蹴散らし封鎖戦に勝利せよ!――超重戦車は気にするな!今この時は確実にアレは我が軍の味方だ!」
それがこの山岳戦における最後の命令となった。
* * *
出口を巡る山道の戦いは無事に終結した。
あれほど激戦を繰り広げたにも関わらず最後はあっけないものだった。
敵の混乱が予想以上に強かったのだ。
その隙を突いて突撃機甲旅団の戦車が命令通り突撃を敢行。連邦軍は為す術もなく竹を割った様に倒されていった。圧倒的な勝利だ。
それも全てはあの超重戦車のおかげだ。あれを見た敵は戦意を損失していた。それが特に印象的だ。
全員が見ている中でハッチが開き、内部から現れたのはやはりイムカ達だった。
今日一番の歓声が上がったのは言うまでもない。
彼らの戦果を聞いた。
色々とぶっ飛んだ報告だった。まるで映画の一幕のようだ。
敵本隊は壊滅的打撃を受け降伏。もはや軍としての働きは難しいと聞いて正直彼らに同情した。相手が悪かったとしか言いようがない。そして敵司令官が戦死した事を聞いてラインハルトは暫く熟考した。出来る事なら捕縛しておきたかった。というのが偽りなき本心だ。利用価値は極めて高い。生け捕りに出来ていたら戦争を終わらせる事すらできたかもしれない。殺したのは悪手だった。しかし、最悪ではない。捕虜が居ると聞いて、その男と会うことにした。その男に賭けてみる事にした――
「初めまして少将。この軍の指揮官で、帝国の第三皇子。
ラインハルト・フォン・レギンレイヴ上級大将だ。よろしく頼む」
「.....!?」
連れて来られた男は最初、何を言われたのか分からない様子だったが、理解が進むにつれ驚きに染まった。まさかこんな所で宿敵である帝国軍の司令官。しかも皇族と出くわすとは思ってもみなかったのだろう。
「....あ、光栄です殿下、お初に目にかかります」
「よい。変にへりくだる事はない。貴殿はわが国の民ではないのだから、俺に敬語は必要ない」
「では司令官殿と。私の事はジャン・ロベールとお呼びください.....」
「ファーストネームか?貴殿とは敵同士だが少しだけ親しみやすくなったな」
「恐縮です。それで司令官殿、私はなぜここに連れて来られたのでしょうか」
「話が早くて助かる。怯えていたらどうしようかと思っていたがその心配はないようだ。
......貴殿は現在の戦争の状況を把握できているか?」
「......はい」
感情を出さないように努めていた彼の表情に影が差す。
自分達の敗北を突きつけられて喜ぶ酔狂な人間は居ないだろう。
例えそれが自分をリンチにした奴らであろうとも。その事を言ったらギョッと驚かれた。
「部下からの報告で聞いた。その傷は最初からあったと」
「それだけで?」
「色々と推測はできる。直に話しをしてみて分かったが貴殿は臆病者の類ではない。
いや、それどころか勇気ある人だ。.....恐らく貴殿の主張が軍上層部は気に食わなかった。
傷はその結果だ.....違うか?」
「.....その通りです」
「ムーア大将の事は噂程度に聞いている。好戦的な人柄だと、やや猪突型の武将だそうだ」
「はは、その評価は間違ってないですね」
「貴殿は戦場の不利を悟って味方を救おうとした」
「.......」
なぜそこまで分かるんだろうか。この人はいったい何者だ。彼の目はそう物語っていた。ここに連れて来られた目的が分からないのだろう。不安そうにしている。安心させる様に微笑んだ。
なぜか余計に顔が強張った。なぜだ?
「そう警戒する事はない。俺の望みは君の望みでもある。――味方を救いたくはないか?」
「どういう意味ですか。俺が助けられる味方なんてもういない」
「いや居る。山岳地帯で今もなお戦っている数万余の兵が、貴殿の救うべき味方だ」
「......まさか、降伏を促せと言うのですか!」
「そうだ。もはや勝敗は決した。これ以上の戦いは無意味だ」
「無理だ味方を裏切れない!」
「裏切りじゃない!いいか良く聞けジャン・ロベール。これは救済措置だ。我が軍はこれから三日間を掛けて掃討戦を開始する。そうなれば大勢が死ぬぞ!?何万人もの人間が死ぬんだ!あの超重戦車も使うぞ。無駄死にだ。お前はそれを見てみぬふりをするのか」
「......なんで、何で俺なんだ」
「貴殿にしか出来ない事だからだ、現在の第六軍においてムーア大将旗下、幹部唯一の生き残りである少将は最高位の階級になった。最高軍務者である貴殿が呼びかければ――第六軍は降伏する」
それから彼には考える時間を半日間与えた。
酷く悩んでいる様子だった。簡単には頷けなかったことだろう。
――それでも最終的に彼は承諾した。
決意した決め手は捕虜を不当に扱わない事を制約した念書だ。
内容はラインハルト・フォン・レギンレイヴの名の下に彼らを保護すると誓ったのだ。これを破れば末代までの恥となるだろう。勝手に将兵を処刑しようものなら戦争犯罪で非難轟々だ。するつもりは全くないが。
敵との交信はイムカ達が鹵獲した超重戦車の通信システムを利用した。
流石は移動要塞と言われるだけはある。敵の無線機と繋げる事は容易だった。
そしてラップ少将の声明で降伏を促した。
ムーア大将の死亡も第六軍全てに伝わっただろう。その証明として、彼らが言うところの巨大戦車を使ってある種のパフォーマンスを行った。
内容は実に簡単な事だ。あらかじめ決めた日時に主砲を鳴らしたのだ。山岳地帯だから良く響いた。全ての軍がその音を聞いただろう。同時に嘘でない事が嫌でも理解できたはずだ
そして――征暦1935年4月5日
ほとんどの第六軍部隊が、三日の内に競うように降伏を宣言。帝国軍と共に山を降りて来た。
条約に基づいた武装解除を行い、彼らを捕虜とした。
いくつかの部隊は辛うじて来た道を戻り撤退したというが、もう戻って来ることはないだろう。
こうして、山岳地帯における第六軍との戦いは幕を閉じたのである。
連邦軍死傷者、
計3万845人。
行方不明者(撤退兵)
約2万人。
捕虜は7万3862人に上った――
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