あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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六十八話

わらわらと大勢の帝国軍が平原に迫ってくる。

その数は優に八万を超えた。

こちらの数の約二倍に相当する。

 

「やっぱり打って出て来るか。.....やれやれ、もう少し到着は時間が掛かると思ったんだけどな、予想よりもずっと早い、御蔭で最悪なタイミングで敵と交戦する事になりそうだ」

『二日前の時点で上が准将の進言を聞いていれば、とっくに渡り終えていたはずなんですけどね』

「.....どうやら敵は僕らをこの平原から叩きだすつもりだ、第十五軍のように」

 

彼らを半日で壊滅させた敵だ、僕が見て来たどの敵よりも強いだろう。

来ないでほしいなーとか思いながら、目の前から向かって来る帝国軍を確認していたウェンリーは無線機を手に取る。交信する相手はこの難しい局面を打破する頼もしい味方だ。

背後にそびえるエーゲル級大型駆逐艦の艦長に向けて、

 

「それでは艦砲射撃をお願いします」

 

カフェで紅茶を頼むような気安い口調で行われた注文(オーダー)はその印象に反して重厚かつ強大な兵器を動かす。艦橋に位置した138mmの砲台が軋むような機械音を立てながら回ると、照準を遥か前方より迫る帝国軍に定めて――火砲が鳴る。

衝撃が空気を震わせて、放たれた鉄の弾頭が大気をかき乱した。

 

思わず耳を押さえたウェンリーが見たものは、進攻する帝国軍の目の前の土砂が派手に吹き飛ぶところであった。その衝撃はあまりにも凄まじく。先頭の戦車が玩具のようにひっくり返り、巻き上げられた百㎏の土砂が頭上より降り注いだ。何十人という兵士が軒並み埋もれた程だ。

激しい爆発が連続する。

 

同様の現象が他にも四か所の着弾地点で起きていた。

一瞬で五十人近くの死傷者が出ていた。

圧倒的な戦略兵器だ。たった一隻で戦況を変えうる力を持つ。

これこそが連邦軍の秘密兵器だ。

 

その後も、

エーゲル級大型駆逐艦『ミラン』は固定砲台となり、長い射程の砲撃で一方的な攻撃を仕掛ける.....とはならなかった。

 

丘陵地帯に展開していた帝国軍が反撃を始めたからだ。

一斉に放たれた砲撃は驚くほどの射程距離を伸ばして、迎撃に動き出した戦車を襲った。距離にして2km(2000m)を超えていた。射程と比例して連邦軍の戦車装甲を貫通する威力だ。

恐らく帝国が誇る野砲の攻撃だろう。流石にそうやすやすとマウントを取らせてはくれない。

 

戦いの初動は双方に小さくない被害を出して始まった。

 

それから六時間――

両軍激しい攻防を交わす事になったが、激しい攻めを行う帝国軍と比べて連邦軍はどちらかというと守りに準拠していた。敵は数的有利を活かすために、連邦は不利的状況を耐えるために。状況が軍に自然とそうさせたのだ。それに連邦軍は受ける戦いが得意だ。伊達に第二次ヨーロッパ大戦初期から帝国軍の侵攻を受け続けていない。

 

おかげで、

目立った敵の動きは最初だけで、戦いは長期化の構えとなった。

平原に施したバリケードに隠れた連邦軍の抗戦に帝国軍は苦戦を余儀なくされている。

バリケードとは、死臭が立ち昇る骸の事だ。すなわち全滅した約八万人もの犠牲者からなる死の壁である。これは疫病を防止するため一か所に集められていたモノだ。腐敗が進んでいた為に焼却処分する予定であった。苦肉の判断だ。積み上げられた死体が壁となったのである。奇しくもそれが戦車の突破を難しくさせた。

 

戦友の亡骸を糧に戦う連邦軍は強かった。

そして、何キロにも渡る平原の戦いは、直ぐに来た落日と共に静けさが落ちた。

戦闘開始時刻じたいが昼過ぎだった事もあり、我を忘れて戦った兵士にとっては、

あっという間の事だっただろう。

疲れた体を落として安堵する、

一日目の戦いが終わったのだと連邦軍は一息を吐いた。まだまだ戦えるさと笑い合いながら。

それが彼らにとって悲劇の始まりだと知らずに。

 

まず哨戒に出ていた兵士が人知れず頭を撃ち抜かれて死んだ。

それから短時間の間に何人もの犠牲者が出た。気づいた時には百人近くが倒されていた。

そう、狙撃だ。中央相互支援連隊に所属するナイトハンターによる『夜狩り』が開始された。

彼らの任務内容は様々あるがその一つは敵に恐怖を与える事だ。前線の敵を休ませない。示唆行為こそが彼らに課せられた目的だ。忠実に彼らは実行した。

 

こうして敵からの静かなる攻撃を夜の間、受け続ける事になったのである。

帝国軍にはノクトヴィジョンがあった。

それを知らない連邦軍は訳も分からず耐え続けるしかなかった。

10時間。それが彼らが受けた苦しみの時間である。

何十もの哨光機を煌々と照射し夜を照らし続けたが、あまり効果は上がらなかった。

 

夜間戦闘は最後まで連邦軍が苦戦を強いられる事になる。

.....1日目の記述はコレで終わりだ。初戦としてはかなり少ないと言えよう。

 

理由は戦闘の最初日は驚くほど戦いに動きがなかった事が上げられる。

後のアスターテ会戦録にも指して取り上げられることは無かった。

要は普段と同じでつまらない戦争情景なので、記述する必要がないと云う事だ。

 

 

 

 

というのも、その次の日の四月九日、

――世界に衝撃が走る。

そして後世まで残る軍史の移り目となったせいだ。

 

 

 

***

 

 

 

――そして四月九日。両軍にとって運命の日となる、

その時が訪れようとしていた。

 

夜から継続していた戦いが朝に引き継がれた第二次アスターテ会戦は、

朝日が昇る前にはもう激しい戦いを再開していた。

昨日よりも明らかに敵の攻勢が強い。

それを連邦軍が必死に食い止めている構図だ。

 

その間にも『ミラン』からの援護射撃は始まっており、帝国軍に甚大な被害を与え続けていた。

コレも連邦軍に防衛寄りの戦い方をさせた要因の一つである事は疑いようがない。

間違いなく『ミラン』はこの戦場におけるアドバンテージだ。まず何と言っても単純に巨大だ。大きいと云う事はそれだけで戦争において有利に繋がりやすい。その大きさで敵は畏怖し味方は頼もしく感じるからだ。現に敵の方が圧倒的に数が上でも、全くと言っていいほど士気が低下していない。『ミラン』が彼らの精神的支柱になっているからだ。

 

逆を言えばそういった兵士の拠り所となる存在を失った軍は脆い。体ではなく心が傷を受けるからだ。人であれ兵器であれ信頼していた存在を失うと人間は簡単に弱くなる。鍛え上げて来た軍人でもそうだ。いやあるいは軍人のほうがソレは顕著に表れるかもしれない。

 

――だからこそ、敵がミランを狙うのは当然の事だった。

 

―――――――――

―――――――――!

―――――――――!!

 

ソレは地鳴りと共に現れた。

地平線の彼方から姿を露わにする、その威容を目撃した連邦軍に衝撃が走る。

未知ではなく、既知故にだ。

 

とてつもなく巨大な戦車だった。長大な砲塔に無骨な装甲、その姿はまさに動く要塞。

あれを知っている。恐らくこの場に居る多くがそうだろう。

猛将と呼ばれた将軍の乗った巨大戦車だ。知らないわけがない。

それがなぜ帝国軍に従っているのか、理由を想像する事は難しくない

帝国軍が平原に戻って来た時点でその可能性を考えていたから。

 

すなわち第六軍の敗北。それが確定した。

それでも実際にこの目で見ると、どうやって敵がアレを拿捕できたのか理解できない。あれほどの兵器を破壊ではなく拿捕、そこに真実が見え隠れしているのだが、そこまでだ。

唯一分かる事は、

敵は僕たちの知らない特別な何かを持っていると云う事だけ.....。

 

同時にようやく分かった。

帝国軍はアレの到着を待っていたのだ。だから攻勢にどこかノリが無かった。

僕だけじゃなかった。敵もまた『待つ戦い』をしていたのだ。

 

ますます勝てる気がしなくなった。時間が経つごとに敵の規格外さが良く分かる。今まで戦ってきたどの帝国軍よりも遥かに強く、そして異質だ。

想定する中では凡そ最強の軍隊だと確信していた。

 

「――まあだからといって負けてやれないんだけどね」

「第2番艦ミランより入電、巨大戦車迎撃の出撃許可を願うとの旨です」

「前線に出したくはなかったが.....仕方ない。出撃許可を認めよう。

無理だけはしないでください。――でなきゃ僕たちに女神が微笑む事はない」

 

物騒な事を呟いたウェンリーの目に冗談の色はない。

巨大戦車と大型駆逐艦。この二つの巨大兵器の戦いが自分達の明日を左右すると理解していたからだ。そしてそれは敵にとっても同じだろう。敵もここでミランを破壊したいはずだ。

偶然でもなく必然的にお互いの優先順位が一致した結果。

 

――巨大兵器同士の雌雄をかけた戦いは実現した。

 

凄まじい音を立てながら大型駆逐艦ミランは平原に乗り上げる。

水しぶきのように土砂が巻き上げられて、

巡航時速三十五km/hで動く軍艦はそのまま勢いよく前進を開始した。艦首は南東を向いている。

前方に集中する連邦軍に進路が当たらないようするためだ。

グルリと迂回するように三日月の進路を描き、駆動する履帯の痕がアーチの形をかたどった。

流麗な曲線軌道を描いたかと思ったら――138mmの砲門がピタリと巨大戦車を狙っていた。

円運動を実行した事で横の砲門が敵を狙いやすくなったのだ。

 

そして流れざまにミランは攻撃を行った。

138mm砲による一斉射撃が敢行される。計五門からなる攻撃は見事に巨大戦車を狙い撃った。三発は周囲に当たり地面を抉っただけの結果となったが、残り二発が直撃したのだ。

巨大戦車から激しい爆発音が響いた。

オオっと連邦軍から歓声が上がる。

 

――だが

 

次の瞬間――その何倍もの轟音が巨大戦車より放たれた。

800mm列車砲からなる巨大弾頭が音の壁を破壊し風を貫いたのだ。

生じたソニックウェーブの耳障りな音を聞いた兵士が見たものは、平原の一角が吹き飛ぶところだった。軍艦の隣の地面が根こそぎ抉れた。あまりの威力を目撃して軍の手が一瞬止まる。

あれがもし自分達に向けられたらと思うと身震いする。

 

そうはさせない――とばかりにミランは足を休ませる事無く平原を縦横無尽に駆け巡り始めた。

敵の破壊力は凄まじい。だが当たらなければどうということはない。巨大戦車の仕組みは突撃砲に似ている。その巨大さ故に砲身を回頭する事が出来ないのだ。上下の弾道計算しかできない。そこに付け入る隙がある。すなわち機動力を活かしてのヒットアンドウェイ。一撃離脱戦法である。

 

――数時間をかけて、

広い平原を活かした戦いは有利に運んだ。

未だに敵の攻撃を一発も被弾せず無傷のミラン。逆に彼の攻撃はもう何発も当たっていた。巨大戦車の至る所から黒煙が上がっているのを見てミランの勝利を誰もが信じた。

 

「勝てる勝てるぞ!列車砲の弾道にさえ注意していれば小回りの利かない巨大戦車では動き回るミランを当てることは出来ない!嬲り殺しにできる!!」

 

観戦していた兵士の言う通りだ。巨大戦車はミランの機動力に翻弄されて狙いが付けられないでいた。ミランを指揮している艦長の作戦勝ちだ。更に五門同時の一斉射撃が全て巨大戦車に直撃する。ひときわ大きな爆発音が起きた。装甲板が吹き飛んでいる。もはや稼働しているのが限界の様子だ。

大破寸前といったところだろう。

最後のトドメを撃つために時計回りに平原を走るミラン。

次の射撃体勢が整えば直ぐさま放つ構えだ。

終わりだ。

 

その時――巨大戦車に異変が起きた。

車体の足元から突如として白煙が噴き出したのだ。燃料に引火したかと思ったが違う。

実害のない只の煙だ。

全員が戸惑う最中、あれよあれよという間に巨大戦車は白煙の中に消えた。

大きな砲身も見えなくなってしまう。

まさかアレは、

 

「煙幕かな....?」

「....ひ、卑怯者ー!」

「そうだ!逃げるな!」

 

この期に及んで煙幕に隠れるなんて。

全員が帝国軍に怒声を浴びせた。正々堂々と戦え馬鹿ヤロウ!というのが連邦軍の総意だろう。

ただ、彼だけを除いては。

 

.....本当にあれは逃げる為の手段なんだろうか。考える中で最も手強いと判断した目の前の敵が何もせず逃げるとは思えなかった。ミランが白煙に近づきつつある。白煙越しにトドメを撃つ気だ。

依然として帝国軍に動きはない。巨大戦車を見捨てる気か。

そんなはずない。第十五軍と第六軍をも倒した彼らなら必ず逆転の一手を考えるはずだ。

.......逆転?

 

「まさか――連絡班!直ぐに艦長に繋いでくれ!狙われているぞ!面舵を取れ!」

 

音よりも早く、

その瞬間――白煙を貫いて砲弾が飛び出した。

その狙いは正確無比にして80cm砲の弾頭は吸い込まれるようにミランに向かい――

 

――直撃した艦体の腹が一瞬にして吹き飛んだ。

驚愕の声を上げる暇もなく遅れて爆発音が耳を打った。

僕たちに出来た事は衝撃波で四散した煙幕の奥から、

ゆっくりと現れる巨大戦車の勇壮を見詰め続ける事だけだった。

 

どうやって巨大戦車がミランに砲弾を当てる事が出来たのか、恐らく仕組み自体は簡単だ。だがそれが自分に出来るかというと首を傾げざるをえない。天性の弾道予測計算能力が必要だ。そして敵にはそれが出来る人間が居たのだろう。逆転の発想だ。

 

『どうやって巨大戦車は白煙の中からミランを正確に命中させたのでしょうか?』

「.....推測だけど、恐らく観測手は別にいたんだろうね。誘導射撃だ」

「おお!なるほど!巨大戦車の砲撃班ではなく、どこか見晴らしの利く場所で観測していた別チームに弾道予測計算を行わせて、その計算式を巨大戦車に送る。いわば遠隔操作と云う事ですか。確かにそれなら白煙で視界を遮られれても巨大戦車が正確に目標を命中させる事が出来た事に納得がいきます!」

「そう。そして煙幕は砲身を隠す意味もあった。まさか視界不良の中で正確に狙われているとは思わなかっただろうね......見事にミランを釣られたよ」

 

爆発して派手に炎上するミラン。たったの一撃で大破に追い込まれた訳は彼の耐久性の弱さにある。機動力を活かした戦闘を得意とする為に装甲は薄く作られており。本来は攪乱や後方からの援護に適した兵器なのだ。前線に出して榴弾の雨を掻い潜らせたり巨大兵器と戦わせるには分が悪い。最初日で投入しなかったのにはそういう理由がある。

 

「それでもあの巨大戦車相手なら勝機はあると思ったんだけどな」

『たった二十秒で二次元的弾道予測値を割り出すような輩です、准将の責任ではありません』

「いや、僕がもっと早く気づいていれば躱せたはずだよ。――分かっていた事だけど敵にも僕の常識では計り知れない天才がいるもんだね」

『認めざるをえないでしょうね。.....おや准将。敵にも、と云う事は我が軍にもあのような天才が存在するのですか?もしそうなら是非会ってみたいのですが』

「君の事ですよグデーリン大佐」

 

そう言うと()()()()()()照れたような感情が伝わってくる。

面と向かって褒められたことが無いのだろうか。いや、面とは向かってないのだけれど。

 

『あれが実現できるのは私の戦術を採用してくれた准将の御蔭です!』

「君の発案した戦術なら勝機はある――そう判断したからね」

『彼らは?』

「大丈夫、あと三分後に到着する。作戦に備えてくれ」

『配備は終わりました、あの巨大兵器同士の戦いで時間が稼げましたから』

「なら」『ええ』

「――僕⦅私達の勝ちだ』」

 

無線機をoffにする。

周囲を見ると珍妙なものを見るような目が僕を囲んでいた。

いったいどうしたんだろうかと思ったけど、そりゃそうだ。

あの大型駆逐艦が倒された直後だというのに、落ち着いて話す僕が信じられなかったのだろう。

彼らにとってすればミランが最後の頼みの綱だったのだ。

それが倒されたとなれば悲嘆に暮れるというものだ。納得する。

 

遠目に映るミランはもう全体に火が上がっていた。

倒されはしたがミランは十分に役目を全うしてくれた。

――時間を稼いでくれた。

 

勝利に湧く帝国軍を見る。

彼らには悪いけれどここで死んでもらう事になる。すまない。

ウェンリーは彼らを最強の敵と定めた上で謝った。

時間切れだ。もう彼らに勝ち目は残されていない。

 

恐らく、この戦いは歴史に残る。

 

それは一回の戦いで十万を超える程の大会戦が起きたから?――違う。

 

史上初めての巨大兵器同士による大乱闘が行われたから?――違う。

 

 

『世界で初めて飛行機が実戦に投入されたからだ』

 

 

戦場では多くの思惑が蠢くなか、

偶然か必然か征暦1935年四月九日に――戦争の転換点は訪れた。

 






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