あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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七十六話

 

旋回を始めた陸上戦艦を見て、敵軍の動きが変化した事に気づいた。

交戦する回数が明らかに減り、戦場全体に流布する雰囲気が明変わる。

いよいよ敵は本腰を入れてきたようだと悟る。

好都合だ。こちらから行く手間が省けた。

現状を見据えてセルベリアは笑みを浮かべた。

陸上戦艦が目標を自分に捉えている。

普通の兵士であれば卒倒する状況だが、ヴァルキュリアであるセルベリアにはそれがない。恐怖はあるがそれよりも恐ろしい事を知っている彼女にとって自身に迫る恐怖はどうということではない。抑制できる。

 

だからこそセルベリアの顔つきが変わる時、それは最も恐れていた事が起ころうとしている事でもある。すなわちラインハルトの身に危険が迫っている場合だ。

何が起きているかというと動き出したのだ。陸上戦艦が。

勿論それはアルバトロスの事ではない。

セルベリアが狙撃を行い被害を被った軍艦『エーゲル』が前進を開始した。

もうもうと黒煙を上げているがそれでも十分な速度で敵の軍艦は帝国軍の本陣に向かっている。

これこそパエッタの別動策である。無事を確認した後、帝国軍本陣に攻撃命令を発令した。

突撃せよと通達したのだ。

 

「させるか!」

 

カエサルの手綱をしならせ本陣に向かう軍艦を追おうとしたが、数十メートル前方の地面に砲弾が直撃する。アルバトロスの133mm機関砲だ。同時に五つが降って来た。直撃こそ免れたものの敵の狙いは明らかだ。妨害と撃破。先にアルバトロスと倒さなければ進めない。だが倒してから間に合うという保証はどこにもない。間に合わないかもしれない。

 

「......」

 

――どうする。もう一度、遠距離狙撃を試みるか?

いやダメだ。この距離では当たらない可能性がある。

やるなら必中の距離、それも一撃で葬らなければならない。

だが近づこうにも敵の壁が厚い。

それを退けている間に敵艦は本陣に到達する。

無理を通せばヴァルキュリアの力だ。何とかギリギリ間に合うだろう。

 

だがそうすれば確実にアルバトロスは後ろのハイドリヒ軍を蹂躙する。

唐突に選択を迫られる。

セルベリアはここで選ばなければならない。

大切な主君か、その主君の親友のどちらかを。

 

普通であれば此処でセルベリアが選ぶのはラインハルトなのは間違いない。

一瞬の躊躇いも無くハイドリヒ軍を切り捨てる。

例えそれでラインハルトの怒りを買う事になろうとも。

それでラインハルトが生きるなら迷いはない。

 

カエサルを方向転換させようとしたその時、セルベリアは視界に映り込んだもの見て思わず笑みを浮かべた。それを確認した瞬間、セルベリアは進路を元に戻した。

なんとセルベリアはラインハルトではなくハイドリヒ軍と共に戦う事を選んだのだ。

 

「......任せるぞ」

 

意味深げに唇から漏れる声。

それにどういう意味が含まれているのかは分からない。

だがただ一つ分かっている事がある。

それはセルベリアとアルバトロスの戦いが避けられないものになった事である。

 

あれだけ遠かった彼我の距離が。もう既に数キロメートルまで縮まっていた。何故か極端に敵との交戦がなくなったからだ。一直線に敵の元まで通過する事ができた。

そこまで来た時、おもむろにヴァルキュリアの槍を構える。

騎士の馬上槍の如く狙いをすませて一気に撃ち放った。

 

空気を巻き込む音を音を伴ないながら突き進む閃光は見事、アルバトロスに命中するも、頑強な鉄板の装甲に虚しく弾かれてしまう。

やはりオーラを込めた全力の一撃でなければあの装甲を貫く事はできないか。

冷静に観察したセルベリアは徐々に馬速を早める。

 

巨大な質量を伴なったアルバトロスがいよいよ目の前まで迫って来た。

その比較は蟻が象と戦うようなものだ。踏み潰されたらひとたまりもない。

現にアルバトロスはその質量を活かしてセルベリアを轢き殺すつもりだ。

圧倒的な力の前では人間ごときを殺す事なんて児戯にも等しい

 

しかしセルベリアに人の常識は通用しない。

彼女もまたその身に圧倒的な力を秘めているのだから。

勝負は一瞬。交差した瞬間に決まった。

 

直前でセルベリアは鐙から跳躍した。

勢いよく空中に舞い上がったセルベリア。目の前に迫るアルバトロス、激突する直前でヴァルキュリアの槍を突きだした。回転する螺旋の槍と舳先がぶつかり合った。

装甲が削れる想像を絶する金切り音が響き渡り。

 

「ハアアアアアア!!!」

 

全力を込めてオーラを撃ち出した。その衝撃でセルベリアの体は後方に飛ばされる。計算していた訳ではないが、衝突の衝撃で潰れる寸前だったセルベリアの体は、撃ち出されたオーラによって緩和された。御蔭で勢いよく空中に投げ出されただけで済んだ。地面を何度も転がり倒れる。

アルバトロスは完全に沈黙した。もう動く事はできない様子だ。

代わりにセルベリアも満身創痍だった。

相打ちで済んだのが奇跡だ。

 

「....いやまだだ」

 

敵の士官を捕縛しなければならない。

あれほどの陸上戦艦だ。前線指揮官クラスのはずがない。

きっとこの戦争を終結に近づける程度の将校が指揮をしているはずだ。

ココで逃せば戦が長引いてしまう。

セルベリアむくりと起き上がり、疲弊する体に鞭打ってアルバトロスに向けて歩き出す。

その足取りはしっかりとしていた。

 

 

 

 

 

 

**

 

 

―――――――――

 

 

―――

 

 

 

カツン、カツンと廊下の奥から足音が響いてきた。

一定のリズムは狂う事なく。静かに、だが存在を示すかのように近づいてくる。

.....来たか。

まるで長年それを待っていたかのように老人は顔を上げる。

 

そして彼女は現れた。

あれからいくばくかの時が経ち、少女は大人になっていた。

美しくなった、と形容するのは敵ながらオカシイ事だろうか。

だがあの時と変わらない。その瞳だけは。

何者にも負けないという強い意志が感じられる。

その力はあまりにも脅威だ。

 

それを見てストンと今までつっかえていたものが落ちた。

どうやっても消えなかった恐怖が薄れていくのを感じる。

判断は間違っていなかったのだと納得した。

 

そうか、これが私の望んだ事だったのだ。

全力を尽くして戦い、そして見事に敗れた。

部下や友が眠るこの地で......。

実に満足な気分だ。例え負けようとも悔いはない。

最後にそれが知れたのだから。

 

だからパエッタは笑みを浮かべてこう言った。

 

「よく来てくれた心から感謝する。君を待っていた」

 

 

 

待っていたと語るパエッタにさしものセルベリアでさえ動きを止めた。

通常であれば勝利をかすめ取った憎き敵だ。

憎悪をもって出迎えるのが筋だと思うが、目の前の指揮官は何やら満ち足りた表情をしている。

どう見ても本心を言っているようにしかみえない。

だが何かおかしい。異常事態が起きようとしている。

いや前兆は既にあった。

セルベリアはブリッジを見渡して。

 

「貴様がこの船の指揮官か......他の乗員はどうした?」

 

ブリッジには誰も居なかった。

そもそもココに来るまで敵との邂逅は一回もなかった。

侵入を妨げようとする兵士すら立ち塞がる事はなかったのだ。

当然の疑問にパエッタは頷き、

 

「儂はこの軍の最高司令官パエッタ大将だ」

「なに!?」

 

パエッタが何者であるかを知り驚きを隠せない。

まさかここで出くわす事になるとは思いもしなかった。

思いがけず戦局の終幕が訪れようとしている事を知る。

かつてない好機だ。そう考えていたセルベリアに、パエッタは先程の彼女の質問を律儀に返した。

 

「兵士は退艦させた。君が相手では無駄に犠牲を強いるだけだからな」

「?私達が何者なのかを知っているのか?」

「君達の事は何も知らない。.....だが君とは初めてではないはずだ」

「何を言っている?連邦軍に知り合いは居ない」

 

事実、目の前の老人に対してセルベリアに覚えはない。

あの日だけで何百人という敵を怒りのままに殺し尽したのだ、

その中の一人であったパエッタを覚えているはずもない。

 

「――残念だなダゴン戦役では私の作戦で君達の部隊は壊滅したと聞いたのだが」

 

セルベリアの目が見開かれる。

思いがけない事を聞いた、何を言ったのか理解が遅れる。

 

「......いま何と言った」

「あの作戦で指揮していたのは儂だ。七年前のアスターテで起きた事を忘れたとは言わせんぞ。それとも君にとっては覚えておく必要のない事だったかな――」

 

それまで警戒していたセルベリアの雰囲気が、ガラリと変わった。

そしてパエッタは感じ取った。恐ろしいまでの濃密な殺気を――しかしパエッタは笑みを保つ。もはや死ぬ覚悟は済ませた。相手に強い関心を持たせる事で少しでも時間を稼ぐのだ。

......だがこれは少しばかり意外だ。これほどまで強い反応を示すとは。

 

内心で驚きを感じていたパエッタの喉元に槍が突きつけられていた。まるで反応できなかった。

 

「貴様が、貴様が......っ」

「....ここまで恨まれているとはな」

「っ当たり前だ!貴様のせいで何人死んだと思っている!」

「それはこちらの台詞だ!よくも儂の部下を何人も殺してくれたものだな」

「先に私の仲間を殺したのはお前達だ」

「ほう、そうだったのか成る程......」

 

納得した。

どうやら彼女もまた多くの友人を失ったのだろう。

驚く事ではない。あの戦争はどちらも痛手を被る形で終わった。

あれは何の意味もない戦いだった。

 

「ならば、さぞかし儂の事が憎いだろう?今すぐ八つ裂きにしたいはずだ」

 

パエッタにはセルベリアの憤怒が手に取る様に分かった。

いっそ先程の一撃で血しぶきを上げていてもおかしくなかっただろう。

だが同時にセルベリアが殺す事はないとも思っていた。

儂が死んだら降伏する者が居なくなる。それでは戦闘が終わらない。

場が混乱して戦争が無駄に長引いてしまう。

だから降伏を宣言させるまでは殺せないはずだ。

 

それが正しい事をセルベリアの苦悶の表情が教えてくれる。激しい葛藤を見せていた。

....せいぜい苦しむがいい、味方の仇を前にして腸が煮えくり返っているのはお前だけではない!

パエッタの心を浸していたのは暗い愉悦だ。

最後の瞬間が訪れるまでセルベリアの苦しむ姿を楽しんでやる、

という負け惜しみでしかない行為だが、復讐を遂げられるなら何でもいい。

復讐する対象が目の前に居るのに仇を討てないのは悪夢だ。

彼女の悔しさは想像を絶する事だろう。

 

――そう思っていたのはここまでだ。

 

ふとセルベリアは突き出していた槍をおろす。

気づけば目に宿っていた殺気が晴れていた。

 

「.....そうだ七年前もそうだった。私は怒りに吞まれて我を忘れた。

――その結果、私は本当に大切な人を失いかけた。......だからもう間違えない。本質を見失わないそれが死んだ仲間の意思だから」

「仲間の死を正当化する気か、それで儂に対する憎しみを捨てきれるか?」

「飲み込むさ、私はもう選択を間違えない」

「馬鹿な君も悪夢を見たはずだ――」

「これ以上の問答は必要ない、そして時間稼ぎに付き合う気もない」

「っ...!」

「お前の魂胆は読めている。私を動揺させ時間を稼ぎ、その間にもう一つの軍艦が帝国軍本陣を急襲する狙いだな......」

 

読まれていたか。確かに帝国軍本陣を陥落させるのが狙いだ。

だがそこまで分かっていて、その余裕はなんだ。

理由は直ぐに分かった。セルベリアが「アレを見ろ」と指差した方角に目を向ける。

ブリッジの窓の向こう、そこには帝国軍を蹴散らして進む陸上戦艦エーゲルの姿がある。

――いや、凝らして見れば艦橋の上で連邦兵を相手に帝国兵が戦っている。

報告で聞いた特殊な鎧で武装した兵士だ。次々と船に乗り込んでは攻撃を行っているではないか。

 

偶然にも先程のセルベリアの遠距離攻撃が功を奏して、艦橋が焼き尽くされた際、地上用迎撃武器が軒並み使いものにならなくなっていた。ヴァジュラス・ゲイルがその隙を見逃すはずがない。侵入に成功していた。それを見てセルベリアは彼女に託したのだ。

 

「信じられんあの兵器が魔女以外に制圧されかけているとは」

「あれが私の信じた仲間だ。――諦めろもう貴様達に勝ち目は無い」

 

投降を促す。なけなしの希望は断たれた。

もはや連邦軍の敗北は確定した。これが覆る事はない。

唯一希望があるとすれば最後に残った四番艦『フォーゲンナー』だったが一昨日から通信が途絶しているため情報が一切分からない。もしあれがこの場にあれば連邦は勝てていただろう。

深いため息を吐いてパエッタは、

 

「完敗だ.....負けを認めよう」

 

それを受けてセルベリアが捕縛に動こうとしたその時、パエッタは懐からある物を取り出した。

手のひらに収まるリモコン形のスイッチだ。

嫌な予感はこのブリッジに入った直後から感じていた。

パエッタの不穏な言葉や乗員を脱出させた事を知り、その予感は現実味を帯びていき、男から離れろと警鐘は鳴り響いていた。

 

――つまりこの男は最初から、

 

「道連れだ魔女よ共に逝こう。この船は君の為に作ったのだから」

 

ブリッジは一瞬で爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 












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